新潟県新潟市の日本海沿岸に、複数のワイナリーが集まる新潟ワインコーストがある。その中心となるワイナリーが、「CAVE D’OCCI WINERY(カーブドッチワイナリー)」だ。レストランやカフェ、スパ、宿泊施設などが併設されているカーブドッチは、「滞在するワイナリー」がコンセプト。
カーブドッチの自社畑は海が近いため、砂質土壌で水はけがよい。海の影響を大きく受けて育ったぶどうは、軽やかで強い香りがあるのが特徴だ。カーブドッチでは、新潟という産地の特性を生かし、「テロワール」が宿ったワイン造りを大切にしている。
カーブドッチのワインは、シリーズごとにコンセプトがあり、どんな状況で飲まれるかをイメージして造っているのが特徴だ。レストランで飲まれるようなクラシカルなイメージで造られた「セパージュシリーズ」、ぶどうから受けたインスピレーションを自由に表現した「どうぶつシリーズ」、ワイン未経験者をターゲットにした「ファンピーシリーズ」と、ワイン好きからビギナーまで幅広い層の人が楽しめる多彩なラインナップが魅力である。
今回は、2022~2023年のぶどう栽培とワイン醸造、新たな取り組みについて、取締役ワイン部門統括の掛川史人さんにお話を伺った。カーブドッチの最新情報を紹介していこう。
『2022~2023年の気候変動とぶどう栽培』
まずは、2022~2023年のぶどう栽培について見ていこう。日本各地で猛暑や大雨といった異常気象が起きている中、新潟も例外ではなかったようだ。
日本海から1.3kmの場所にあるカーブドッチの自社畑周辺は冬季の雨量が多く、夏季は晴天率が高いために日照時間が長い。本来ぶどうが栽培しやすい環境だが、2022~2023年は安定しない気候が続き、非常に厳しい年となった。カーブドッチのぶどう栽培に、どのような影響があったのか振り返ってみよう。
▶︎降水量が多かった2022年
日本海側に面している新潟市は、太平洋側と比べると夏季の雨量が少ない。そのため、ぶどうの病害が少なく健全なぶどうが育ちやすいのがメリットだ。だが、2022年の8~9月は、珍しく雨が多かったという。
「雨が多く大変な年でしたね。雨対策をしっかりとおこなったため、幸いにも大きな被害には繋がらず安心しました。また、雨が続いて例年よりも気温が低く維持されたため、酸の残りがよかったという印象です」。
また、乾燥に弱いアルバリーニョに関しては、雨が多かったことがプラスに働いた。気象変動が激しくぶどうの生育が難しいと思われる年でも、品種によっては問題が発生しないこともあるということがわかる。
▶︎暑さに悩まされた2023年
続く2023年は、極端に雨が少ない年となった。中でも、8月の降水量はたったの2㎜しかなかったという。
「乾燥に弱いアルバリーニョはダメージを受けました。必要に応じて水を撒くなどの対策をしましたが、水分不足への根本的な対策は難しく、収量を大幅に落とす結果となりました」。
一方、赤ワイン用品種を栽培する上では雨が少ないことは好ましい。健全なぶどうが育ち、病果がほとんど出なかったのだ。十分に熟した果実を収穫できたために、優れたワインが数多く誕生した。
「赤ワイン用品種は色付きがよく、果実味たっぷりでタンニンもしっかりとあるぶどうになりました。新潟の地に合う品種だからといって、自社畑を全部アルバリーニョにしていたら、深刻な被害を被っていたでしょう」。
2022年と2023年の経験から、ひとつの品種にこだわりすぎず、異なる特徴を持った品種を幅広く育てる重要性を改めて実感したそうだ。
▶︎天候に左右されない「香り」が魅力
雨が多い年と少ない年という両極端な気候の2年間では困難なことが多かったが、新たな発見もあった。ヴィンテージごとに酸味や果実味などは異なっていたものの、カーブドッチのぶどう最大の特徴である「香り」には、全くぶれなかったのだ。
特にアルバリーニョにおいて特徴的な香りをキープできたのは、土壌の力が大きく関係しているのではないかと掛川さんは推測する。
カーブドッチの自社畑で育つアルバリーニョは、もっとも樹齢が高いもので17年だが、最近植えたばかりの苗もあり、バリエーションが豊富だ。「枯れさえしなければ、よいものができる」と掛川さんが太鼓判を押す、頼もしい品種である。
「極端な天候にもかかわらず、アルバリーニョ特有の香りがしっかりと表現できました。健全に育った房において、一定以上の品質が担保できたことが大きな成果でしたね。新潟で育つアルバリーニョならではの傾向と安定性が確認できたのは、不安定な気候だったからこそわかった成果です」。
海の影響を受けたカーブドッチの土壌は、100%砂質で水はけがよい。毎年安定して産地のテロワールが宿ったワインが造られるのは、非常に頼もしく魅力的だ。
去年までの天候の影響が何らかの形で出てくる可能性もあるため、慎重に推移を見守っていく必要はあるが、2024年に関しても素晴らしい品質のぶどうが期待できるそうだ。2024年のカーブドッチのワインも楽しみにしたい。
『カーブドッチのワイン醸造における変化』
続いて深掘りするのは、カーブドッチのワイン醸造について。代表的なトピックに、「天然酵母への挑戦」と「世代交代」がある。
これらの変化は、カーブドッチのワインにどんな影響をもたらしたのだろうか。詳しく紹介していきたい。
▶︎天然酵母の本格導入
2023年からカーブドッチでは、これまで使用していた培養酵母に加えて、天然酵母の導入を本格的に開始した。酵母の選択肢が増えることで、造り手のイメージにより近いワイン造りができるようになったと掛川さんは話す。
カーブドッチからリリースされているシリーズのうち、「どうぶつシリーズ」は、全て天然酵母に移行。それ以外のシリーズでは、目指すスタイルに合わせて使い分けをおこなう。
「それぞれのシリーズを造る際のイメージは変わっていませんが、使えるツールを増やしたということです。選択肢が増えたため、造り手が想定する『目指す姿』により近づけられるようになりました。柔らかく造りたい時にはより柔らかく、膨らませたい魅力をさらに膨らませられるようになったと言えばわかりやすいでしょうか」。
天然酵母の導入によって、より自由で複雑なカスタマイズが可能になった。今後はさらに、ぶどうの状態に合わせて酵母を使い分け、ひとつの醸造の中でも工程によって天然と培養両方の酵母を使う『ハイブリッドな醸造』も視野に入れている。
▶︎若い世代にバトンをつなぐ
カーブドッチでは、2024年に醸造責任者を交代した。掛川さんから、草野さんへバトンが手渡されたのだ。2024年現在44歳の掛川さんが現場のオペレーションから半歩身を引き、指揮官的な立場になるには早すぎるようにも思われるが、29歳の草野さんに引き継ぐことで、若いエネルギーが新たな変化を起こすことを期待している。
「彼はワインバーで勤めていた経験もあり、これまでに飲んだワインの数でいうと、私とは比べ物になりません。社内で一番ワインを飲んでいるメンバーなので、日々更新される情報量が多く、トレンドをキャッチする能力も高いので頼もしいですね。イメージを具体的に表現する力がある人なので、若い世代ならではの感性で、新たな味わいを造り上げてくれると期待しています」。
掛川さんは今後も変わらず、「どうぶつシリーズ」を手がけていく。カーブドッチの年間生産本数11万本のうち、「どうぶつシリーズ」はおよそ1万本。掛川さんの愛情がさらに深く込められた「どうぶつシリーズ」も楽しみだ。
▶︎2023年のおすすめワイン
ここで、掛川さんおすすめの2023年ヴィンテージの銘柄を尋ねてみた。
「どうぶつシリーズのオレンジワイン、『2023 いっかく(アッサンブラージュ)』がおすすめです。ケルナーとソービニヨン・ブラン、ピノ・ノワールのアッサンブラージュで、ケルナーのトロピカルさ、ソービニヨン・ブランの香りとジンジャーのようなスパイスが感じられるのが特徴ですよ」。
どうぶつシリーズは、掛川さんがぶどうから受けたインスピレーションを自由に表現して造られたワインだ。中でも「2023 いっかく(アッサンブラージュ)」は香りと後味がよく、ぶどうの力を感じられる仕上がりで、掛川さんが思い描く理想のスタイルに一番近いのだそう。
綺麗で万人受けする味わいだという「2023 いっかく(アッサンブラージュ)」は、香辛料を使ったアジア料理などど合わせてみたい。
『カーブドッチのさまざまな取り組み』
カーブドッチは、常に進化し続けるワイナリーだ。今やワイナリーを代表する品種となったアルバリーニョの栽培を2010年にスタートし、2014年には造り手の思いを色濃く映し出す「どうぶつシリーズ」が誕生。その他にも、時代に応じてさまざまな変化を経験してきた。
カーブドッチの新たな挑戦は、栽培管理や醸造においてだけではない。日本ワイン業界全体の成長を願う掛川さんがおこなっている、さまざまな取り組みに迫っていきたい。
▶︎人材確保のため、新たなサービスを利用
ぶどう栽培とワイン醸造は、季節によって仕事量が安定しない業種だ。そのため、必要なタイミングで働き手を十分に確保することは、ワイナリーにとって常に大きな課題となる。
この課題に対応するため、カーブドッチではスポットワーカーの活用を開始。空いている隙間時間を活用して働きたい働き手と、短期間スポット的に働いてほしい企業をマッチングするサービスの利用には、想定以上のメリットを感じているという。
「畑仕事やイベントの出店などにスポットワーカーを活用しています。また、引き抜きも可能なサービスなので、数回働いた後に入社してくれた人もいますよ。一時的な人材確保だけでなく雇用にもつながるため、今後も引き続き、人材不足の解消に効果が期待できそうです」。
▶︎ワインの副産物を活用したビール
サステナブルな取り組みにも積極的なカーブドッチでは、ワイン醸造の過程で、ぶどうの皮や澱(おり)などの副産物が大量に発生する点に着目。通常は廃棄されるものだが、商品化につなげる工夫を始めたのだ。すでに商品化されている「アルバリーニョの皮を使ったビール」について紹介しよう。
「アルバリーニョの香りがメインのビールで、ホップやモルトもほんのりと広がります。ワインに近い味わいですが、アルコール度数は6~8%ほどでのため、お酒が弱い人でも楽しめます。話題性がある製品なので、人が集まる時の手土産にもおすすめですよ」。
食事の際にはまずビールで乾杯したいという人も多いだろう。その点でも、訴求力が高い商品だと言えそうだ。時代の流れに沿った「ローアルコール」商品は、新しい感覚で飲めるジャンルのお酒としての価値が今後さらに高まっていくことだろう。
「カーブドッチのビールは、ワインと同じ750mlのボトルを採用しています。風味や品種など、お酒そのものについて会話が広がるのが、ワインの魅力のひとつです。その豊かな時間をビールでも作りたいと考えました」。
2024年には、絞った後のぶどうの皮を使って樽熟成させて造るビールや、澱(おり)を使ったグラッパなどの醸造もスタートさせた。
「みんなでシェアして飲んでほしい」という、カーブドッチのあたたかい気持ちが込められているビールを飲みながら語り合えば、大切な人たちとのかけがえのない時間を過ごせそうだ。
▶︎魅力的なイベントを開催
カーブドッチは、醸造施設だけでなく温泉や宿泊施設、レストランも併設された滞在型のワイナリーだ。また、ワイナリーを満喫できるイベントも随時開催している。
「ワイナリーを利用されたお客様のご要望を、現場に立つスタッフたちが的確に吸い上げて、新たなアイディアを出してくれますよ。ワイナリーで実施しているイベントも、お客様の声をしっかりと反映して企画しています」。
2024年5月には、アルバリーニョのぶどう畑でワインや食事を楽しめる「ヴィンヤーズフェスタ」というイベントを開催した。庭のバラが咲き誇り、ぶどう畑の新緑がきれいな5~6月は、カーブドッチが最も美しい時期だ。
カーブドッチの春を象徴するイベントとして企画した「ヴィンヤーズフェスタ」では、畑の中にテーブルセッティングされた席でワインと食事を楽しむことができる。爽やかな海風が吹き抜け、春を感じる豊かなひとときを過ごせるだろう。
2025年5月にも開催予定とのことなので、興味がある人はぜひチェックしてみてほしい。
▶︎滞在におすすめの時期は?
カーブドッチ内には複数の宿泊施設があり、四季折々の楽しみ方ができるのが大きな魅力だ。今後は施設やサービスをさらに進化させ、「ワイナリー・リゾート」として、滞在するワイナリーの楽しみ方を広げていく予定だ。そんなカーブドッチに滞在する最適な時期を尋ねると、意外にも「冬」という答えが返ってきた。一体なぜだろうか。
「冬のワイナリーに滞在するというイメージは、あまりないかもしれませんね。繁忙期が終わった冬のワイナリーはとても静かで、落ち着いて過ごせる場所です。ワインが蔵で静かに熟成している冬のワイナリーだからこそ体験できる、特別なサービスを提供しています」。
四季を通じてワイナリー・ステイの楽しみを提供しているカーブドッチでは、2023年から、冬のワイナリーを満喫してもらうための「冬のワンデイパスポート」を提供している。パスポートを提示するだけで11種類のコンテンツが無料で体験でき、ランチやグラスワインが楽しめる飲食チケットも付属しているという楽しい内容だ。
「冬だからこそ提供できる、アップグレードしたサービスを楽しんでいただきたいですね。のんびりとワインを飲んで、石窯で焼きたてのパンを楽しんだり、温泉やブックカフェでゆっくりと過ごしたりてください。心と体を癒す時間になるでしょう」。
新潟の冬の景色を眺めながら、快適な宿泊施設で自分自身と対話する時間を楽しめるカーブドッチ。冬にこそ、滞在型ワイナリーの真価が発揮されるのかもしれない。
▶︎日本ワインの未来を支える活動
最後に紹介するのは、掛川さんが理事を務める「JVA(一般社団法人 日本ワインブドウ栽培協会)」について。
JVAは、日本ワインの品質向上と発展をめざし、2019年に設立されたワインブドウ生産者のための非営利の支援団体だ。ウィルスや病害虫に侵されていない健全な苗や、日本にはまだ入ってきていない品種の苗を輸入・育成・普及する活動をしている。
また、いくつかのワイナリーやぶどう生産者が集まり、ぶどう栽培に関する知見を広めるセミナーも開催。新しい品種や栽培方法について、誰でも情報にアクセスできる機関があるのは、ワイン業界にとって大きな道しるべとなる。
「世界中のさまざまなワイン産地には、国が主催する同様の協会があります。日本ワインの未来にとって重要な活動ではありますが、我々は非営利団体のために運営が大変なのです。そこで、日本ワインを応援したいと思っていただける方には、ぜひJVAへのご支援もいただけると嬉しいです」。
ワイナリー関係者だけではなく、日本ワインファンもJVAに入会できる。また、2024年冬頃には、クラウドファンディングも始める予定だ。
世界的にみると歴史がまだ浅いとはいえ、急激な発展を遂げている日本ワイン業界。JVAは日本ワインのさらなる発展に欠かせない存在になるだろう。
『まとめ』
安定しない気候によって苦労が多かった2022~2023年ではあったが、カーブドッチにとっては新たな挑戦やスタートの時期でもあり、さまざまな発見もあった。特に、ワイン醸造において天然酵母の本格導入と世代交代は、今後の行く末をある意味で決定付ける大きな出来事だったといえるだろう。
「カーブドッチは『進化』していくワイナリーです。これからもさまざまな企画をしながら、よりよい滞在型ワイナリーとしてのあり方を追求していきます」。
次々と魅力的な施策を打ち出していくカーブドッチに足を運び、滞在型ワイナリーの魅力を余すことなく味わってみたい。
基本情報
名称 | CAVE D’OCCI WINERY(カーブドッチワイナリー) |
所在地 | 〒953-0011 新潟県新潟市西蒲区角田浜1661 |
アクセス | https://www.docci.com/access/ |
HP | https://www.docci.com/ |