『武蔵ワイナリー』無農薬無肥料栽培のぶどうのほかは何ひとつ使わない「無垢」なワイン

埼玉県比企郡小川町は全国でも有数の、有機農業が盛んな土地だ。
「有機の里」と呼ばれる。そんな有機の里、小川町にある「武蔵ワイナリー」では、完全無農薬無肥料でワイン用のぶどうが栽培されているのだ。

ワイナリー代表、醸造家の福島有造さんは、安心安全なワインを造るため、あえていばらの道「無農薬栽培」を選んだ。無農薬での栽培が非常に難しいといわれるぶどう。
なぜ大変なことを承知で無農薬栽培にこだわるのか?ぶどう栽培やワイン造りの工夫とは?

福島さんがワイナリーを志したきっかけに始まり、ワイナリーの将来に至るまで、武蔵ワイナリーの魅力を余すところなく紹介していきたい。

『異業種経験を経てたどり着いたワイン造り』

まずは福島さんがワインを造ろうと思ったきっかけ、そしてワイナリー誕生の経緯について紹介していこう。

福島さんは最初から「ワイン造り」を目指していたわけではなかった。「農業をやりたい」との思いから始まり、考えた末にワイン造りの道へと進んだのだ。

そもそもなぜ農業を志すようになったのか?そして農業からワイン造りをすることになったきっかけとは何か?ワイナリー創業に至るまでの道のりを見ていこう。

▶他業種経験を経て、農業の世界へ

農業を志すまでは、農業とはまったく別の業種に携わっていた福島さん。最初に就職したのは銀行だ。6年間の勤務を経て外資系企業に転職し、その後はサラリーマンを辞めて起業。リゾートマンションの賃貸事業を営んでいた。

事業は軌道に乗っていたものの、日本独自の法規制が厳しく、業界の未来が明るくないことを感じた福島さん。長くリゾートマンション事業を続けることはできないと判断し、次に携わる事業を探していた。

そこで頭に浮かんだのが「農業」。あえて今一番難しい環境にある業界にチャレンジしてみよう、ということで思いついたのが農業だったのだ。

農業といっても、数多くのスタイルがある。その中から福島さんが選んだのは「有機農業」かつ「6次産業」だ。
有機農業を選んだのは「せっかくやるのであれば、こだわりのあるものを」と考えたから。そして「6次産業」を選んだのは、お酒が好きだったこともある。

酒造りとして最初に思いついたのは「日本酒」だったが、日本酒の製造免許の新規取得は現状できないことが判明した。新規参入が可能なものは、消去法で実質「ワイン」しか無かったのだ。

ワインに必要不可欠なぶどうを栽培するうえで、「まずは有機農業の基礎を学びたい」と考えた福島さん。福島さんは東京近隣でかつ有機農業が盛んな地、埼玉県比企郡小川町に向かった。

▶有機農業の里「小川町」 この地にワイナリーができるまで

東京から1時間半ほどでアクセスできる小川町は、地域ぐるみで高レベルな有機農業が行われている場所だ。小川町の有機農業技術を勉強すべく、福島さんは東京の自宅から小川町へと農業研修に足繁く通った。

農業を学ぶと同時に、地元の酒蔵「武蔵鶴酒造」で働くことになる。なお福島さんはワイン造りに取り組むかたわら、現在でも武蔵鶴酒造の「杜氏」として日本酒造りを継続している。武蔵ワイナリーのネットショップでは、日本酒も購入できる。ぜひチェックしてみて欲しい。

小川町で農業の勉強、酒造りの勉強に励んだ福島さんは、ワイナリーの建設について具体的に考えることになる。

小川町は、ぶどう栽培農家がほとんどいない場所だ。そのため一時は、ぶどう栽培適地に拠点を移すことも考えた。しかし福島さんは、悩んだ末に小川町の地でワイナリーを始めることを決意する。

その理由はふたつ。農業研修に通うなかで生まれた、地元農家や地域住民との絆があったこと。そして有機農業が行われている地域の中でスタートしたかったという思いからだ。

特に有機農家の中でぶどう栽培をしたかったという理由は大きい。周囲が有機農業を行っていないなか、ひとりだけ有機農業を実践するのは、周囲の理解が得られず孤立してしまう危険性があるからだ。

2011年には小川町でのぶどう栽培がスタート。ぶどう栽培の開始と同時に、晴れてワイナリー創業となった。

▶福島さんと完全無農薬の無肥料栽培

福島さんが行うぶどう栽培は「完全無農薬の有機栽培」。簡単に病害虫を防げる「農薬」を使えないということは、難易度が高く手間がかかる。なぜ有機農業に対する思いが強かったのだろうか?その理由やきっかけについて尋ねた。

「誰にでも誇れるものを造りたかった、という理由です」と福島さん。福島さん自身、東京で働いていたときは、特段食事にこだわっているタイプではなかったそうだ。

「今では食べませんが、当時はファスト・フードを頻繁に食べたりもしていました」と、福島さんは昔を思い出しながら話す。

食への意識が変わったのは、子供の誕生がきっかけだ。自分が農業をするのであれば、子供に食べさせられるものを作らなければと考えるようになった。子供に食べさせるものについて真剣に考えるようになってからは、食全般に対する意識も変わってきた。
「誰だって本当は、安全なものを食べて健康でいたいはずだ」。福島さんは、そう確信を抱くようになる。

農業をするなら、安全な食を提供したい。その思いは日に日に強くなっていった。自分の子供や家族に限らず、誰に対しても胸をはって販売できるものを作りたい。そして福島さんは、完全無農薬の有機農業を目指すことを決意したのだった。

『武蔵ワイナリーのぶどう 無農薬無肥料栽培のこだわり』

続いて、武蔵ワイナリーのぶどう栽培について紹介していきたい。

まずは、自社畑で栽培しているぶどう品種からみていこう。武蔵ワイナリーでは、主力ぶどう品種3種類に加え、ワイナリー建設後、新たに導入した品種6種類の合計9種類を育てている。比較的、糖度の出やすいぶどう品種を選んでいるのが特徴だ。

主力の3品種は、以下の通り。

  • 小公子
  • ヤマソーヴィニヨン
  • メルロー

「小公子」は山ぶどうの交配品種。糖度が出やすい赤ぶどうだ。続く「ヤマソーヴィニヨン」も山ぶどうの交配品種だ。カベルネ・ソーヴィニヨンが掛け合わされているため、華やかな香りを特徴とする。「メルロー」は、武蔵ワイナリーにおいては10本程度の少量を栽培している品種。
ほかの品種と比較すると小川町では着色不良を起こしやすく、栽培難易度は高い。

次の6品種は、今後のワイン醸造のために栽培し始めたものだ。

  • シャルドネ
  • プティ・マンサン
  • デラウェア
  • アルバリーニョ
  • セミヨン
  • プティ・ヴェルド

このうち「デラウェア」に関しては、量産が可能になればリーズナブルなラインのワイン用ぶどうにする予定だ。
「プティ・マンサン」は日本の気候に合った品種ではあるが、現在は、栃木県にあるココ・ファーム・ワイナリーから譲り受けた剪定枝を挿し木している状態だ。収穫までには、まだ時間がかかると見込んでいる。

新規の品種は3~5年後を目処にまとまった量の収穫を見込んでいる。今後新しいワインが続々と誕生することを、今から楽しみに待ちたい。

▶「無農薬無肥料栽培」のぶどう 栽培の工夫やこだわりとは

武蔵ワイナリーのぶどうは全国でも非常に珍しい、ボルドー液すら使用しない完全無農薬の無肥料栽培で育てられている。ぶどうの無農薬栽培は非常に難しい。だからこそ、実践できているケースは全国を探してもほとんどないのだ。

大変なところをあえて「無農薬無肥料」にこだわる武蔵ワイナリー。
「無農薬栽培」が可能となった要因は何といっても「雨除け」であるが、それは後ほど触れることにして先に「無肥料栽培」から触れていきたい。

無肥料栽培におけるひとつ目の工夫は、植物の成長ホルモンを利用した栽培方法を採っていることだ。成長ホルモンを利用すると、ぶどうに肥料を与える必要がなくなるという。そのため武蔵ワイナリーのぶどうには、肥料を全く与えていない。

肥料を与えない栽培を行うのには、理由がある。
「実は有機肥料であっても、未熟であったり与えすぎるとぶどうへの残留物が発生するのです。人の健康にとってあまりよくない物質なので、肥料の使用を避けたかったのです」。

肥料を与えることでぶどう内に残るのは「硝酸態窒素」という物質だ。化学肥料には特に多く含まれているが、有機肥料にも含まれている。硝酸態窒素の過剰摂取は、健康被害を引き起こすとされている。

ぶどうはそもそも、肥料が少なくても生育する植物。「与えなくても健全に育つのであれば、あえて与えることはしない」というのが福島さんの考え方だ。

肥料をやらないでどうやってぶどうを大きくするのかと疑問を持つかもしれない。福島さんが肥料の代わりに行っている工夫が、冒頭で述べた「植物の成長ホルモン」を利用した自然栽培だ。

植物の成長ホルモンの効果には、科学的理論の裏付けがあるという。実践した結果、武蔵ワイナリーでは明確な効果が出ている。「植物の成長ホルモンを利用した自然栽培」とはどのような栽培方法かを説明していこう。

簡単にいうと「枝の摘心(枝を途中で切ってしまうこと)をせず、どんどん枝を長く伸ばしていく」方法だ。その際脇芽をきれいに取ることで成長ホルモンの一種が分泌されるという。
さらにいえばその成長ホルモンには、植物の三大栄養素とされる「窒素、リン酸、カリウム」は含まれないというのだ。つまり三大栄養素は植物にとって必要ないということになる。特に窒素は過剰に与えると、先に述べた「硝酸態窒素」という毒素にもなってしまう危険物質だ。

通常のぶどう栽培では、枝が1mも伸びれば摘心を行う。なぜなら、従来のぶどう栽培においては「樹勢をあえて抑えたほうが、実に養分が行きわたる」といわれているためだ。

「樹勢を抑えてしまうと、根が伸びなくなります。根が伸びないと植物自身が栄養を吸収する範囲が限定され、肥料が必要になってしまう。うちでは枝を伸ばすことで根を深くはらせています」。

現在の研究では、植物は「枝が伸びた長さだけ、根も伸びる」ことが分かっているのだという。
「枝がどんどん伸びると、立派なぶどうの実ができるのですよ」。
ぶどう自身の力を強くして、自ら養分を取り込めるように育てる。まさしく「自然」の力を信じた栽培方法なのだ。

続いて行っている工夫は、日照不足対策に「反射シート」を導入したこと。2020年の栽培から使用している。

反射シートとは、畑の地表部に設置することで日光を反射させ、果実に反射光を当てるための農業資材だ。

ぶどうの実は光に当たることで色づくため、できるだけ実に日光を当てることが望ましい。反射シートを利用することで、ぶどうの実に当てる光の量を増やすことができる。結果として、より糖度が高く、色づきのよいぶどうになるのだ。

武蔵ワイナリーでは、棚栽培でぶどうを育てている。棚栽培は畑の通気性が確保できるため、高温多湿な日本でのぶどう栽培に適している。
だが一方で、ぶどうの実に日光が当たりづらくなるという難しさが出てくる。ぶどうの樹を天面に広げる仕立て方をするため、枝や葉が日光を遮ってしまうからだ。

反射シートを導入して地上から反射光を当てる方法は、非常に効果があったという。なんと、反射シートを導入した2020年のぶどうの平均糖度は25度を記録した。ぶどうの糖度は20度前後であることが多いため、大変高い値だ。

「反射シートならば、ぶどうに余計なものを与えなくても糖度の高いぶどうが育ちます。安心安全かつ、高品質にできることが利点です」。

毎年ぶどうの出来を精査し、新しい工夫や栽培方法を考えて改善していく。武蔵ワイナリーの進化は、留まることを知らない。科学的な理論に基づいた、ぶどうの力を最大限生かす栽培の工夫と造り手のたゆまぬ努力の結果、無農薬でも健やかなぶどうが育っているのだ。

▶有機農業の大変さ

「ぶどうの有機栽培」という、極めて特殊な道を進む武蔵ワイナリー。
有機栽培をするうえでの困難や苦労とは?現在までで印象に残っている「ぶどう栽培の困難」について、話を伺った。

「やはり教えてくれる人が誰もいないという点が、最大の苦労ですね」と福島さん。
小川町でぶどう栽培をしている人は誰もいなかったのだ。

手探りのなか始まったぶどう栽培。2013年、栽培3年目にして250kgという想定以上の収穫があげられた。
「しかし、ビギナーズラックだったのでしょうね。『この調子でいけるかも』と思ったのが甘かったです」。その後のぶどう栽培で、最大の苦労が待ち構えていたのである。

翌2014年の栽培では、収量は大幅に減って170kgに。原因は、雨による病気の蔓延だった。2014年は、梅雨の時期に長雨が続いた年だったのだ。

「雨に濡れるのがよくないことは分かっていましたから、多少の雨よけはしていました。しかし家庭菜園で使うような簡易カバー程度のもの。完全に雨を防げずみるみる病気が広がってしまったのです」。

簡易的な雨除けだったため、風で飛ばされては付け直す作業を繰り返した。これではだめだと、急遽房に雨よけの「紙袋」をかける。しかしそれも逆効果に。房への日照量が減って着色不良が起きてしまったうえに袋の中では風通しが悪くなり、病気が進む原因になってしまったのだ。

追い込まれた福島さんは、栽培を根本から見直すことにした。まずは雨よけの徹底だ。ぶどうには雨をとにかく当てないことが重要だと再確認し、対策を練った。資金的にも苦しかったが、補助金を利用してできる限りの雨よけを設置したのだ。

雨よけの設置は功を奏し、2015年は1.4tの収穫を達成。ぶどうの品質も非常によいものだった。

「雨よけをしたとはいえ、多少の病気は出るだろうと思っていました。しかし予想に反して全く病気が出ませんでした。雨よけの重要性を確信しましたね」。

たとえ困難や大きな問題があったとしても、原因をとことん考えて実験し、解決に導いていく。努力することを諦めず実直に行動していくことで、今の武蔵ワイナリーがあるのだ。

「2020年にはコナジラミの被害がありました。起こってみて初めて原因や対策を具体的に考えることができます。これからもワイナリーは進化していきます」。

福島さんは静かに訥々と話すが、その言葉には迷いがなく力強さを感じる。武蔵ワイナリーは、どんな困難にも負けないだろう。そんな確信にも似た思いを抱かせるのだ。

▶自社畑の現状と新しい試み

武蔵ワイナリーの2021年現在の畑面積は4.4ha。ワイナリー完成時の畑面積2.2haの、ちょうど倍の大きさまで広げることができた。徐々に作付け面積を広げ、目標の5haを目指している最中だ。

なお有機農業において、ひとりの人員が管理できる広さの限界は1haだと言われている。ぶどう栽培を始めた当初は、2haの畑を福島さんひとりで管理していた。
「限界を超えてやっていましたね。自覚はありました」と、福島さんは当時を振り返る。

1人でがむしゃらに駆け回り、ぶどうを栽培してきたことが実を結ぶ。2018年には2.2haで13.8tもの収量があったのだ。

現在は栽培を担当する人員も増え、畑を広げる余裕ができつつある。
「ワイナリーを安定的に運営するためには、ギリギリの栽培量では厳しいですね。そのためひとつの目標としているのが5haという数字です」。
来年には5haを達成する計画だという。

現在、武蔵ワイナリーでぶどう栽培を担当しているのは福島さんを含めて4名。そのほかに短期で手伝ってくれる人員も2名ほどいる。武蔵ワイナリーではさらに「無農薬ぶどう栽培を学びたい人」の受け入れも実施中だ。

「無農薬のぶどう栽培を学びたい人に、武蔵ワイナリーのぶどう栽培方法を教える試みをスタートしています。いわゆるぶどう栽培コンサルティング事業ですね」。

ぶどう栽培コンサルティングでは、福島さんが現在まで試行錯誤してきた「無農薬ぶどう栽培」のすべてを教えるという。武蔵ワイナリーの農場で自由に勉強してもらうスタイルだ。

現状日本のぶどう栽培において、無農薬で栽培されているぶどうは全体の1%にも満たないという。
「自分が栽培技術を広め、無農薬ぶどう栽培をする人が増えれば市場に並ぶ無農薬ぶどうが増えるかもしれない。1%が少し増えるだけでも素晴らしいことだと考えているのです」。
福島さんの試みが広まれば、消費者が無農薬ぶどうを食べられる機会も増えていくことだろう。

『「何も入れない」武蔵ワイナリーのワイン』

続いて紹介するのが、武蔵ワイナリーで造るワインについて。武蔵ワイナリーが造るワインはシンプルかつ究極的な「ぶどう以外は使わない」ワイン。これは、ワイナリー設立当初から変わらない信条だ。

多くのワイン造りで使用される「ぶどう以外のもの」は一切使用しない。ここまで「そのままのぶどう」を大切にしているのには理由がある。
「ワインは80%がぶどうで決まる」という言葉があるからだ。

醸造でいくら手を加えようが、人の手で変えることができるのはたったの20%ということだ。つまりよいワインにするには、よいぶどうを作ることが不可欠なのである。

「ぶどうには何も入れず、手を加えることを最小限にします。ワイン醸造とは、いかにぶどう本来の力を引き出すかにかかっていると考えているのです」。
福島さんのこだわりは、単純なようで奥深い。

▶ワイン醸造のこだわり 樽とステンレスの使い分け

醸造にも極力手を加えない武蔵ワイナリーでは、熟成の方法を工夫して味に変化を加えている。

具体的には、樽熟成とステンレスタンク熟成を上手く使い分けているのだ。それぞれの熟成方法でできたワインは全く風味が異なるため、熟成方法を組み合わせることで多様な表情を持つワインを生み出している。

「ワインの味に対する人の好みは千差万別。樽の香りが好きな方もいれば、ぶどう本来の香りが好きな方もいる。両方楽しめるべきだと考えます」。

ワインを造る際は「今回は樽の香りを強めに付ける、このぶどうは付けない」など色々なバリエーションを考える。樽とステンレスで造ったワインをブレンドすることもある。配合を変えながらさまざまな味を表現することで、飲み手の好みに合うワインが見つけられるのだ。

「私自身は、樽の風味が付いたワインとステンレスタンクのワイン、いずれも好きですよ。ステンレスの場合は熟成年数を重ねたときの味の変化が大きいため、熟成の面白さを感じています」。
ステンレスタンクで熟成させたワインが年月を経ると、まろやかな風味が出てくるのだそうだ。

どちらが優れているというものではない、樽とステンレスタンク。武蔵ワイナリーでは、熟成方法が異なるワインをいくつか飲み比べ、違いを感じてみるのも楽しいだろう。

▶「日本ワイン」であることを意識するワイン造り

「せっかくの日本ワインですから、日本ワインであることを意識したワイン造りをしていきたいと考えています」と、福島さん。

そのために計画しているのが、フレンチオーク樽からの脱却だという。「日本産の樽」を使用したワインの醸造だ。今後積極的に、日本ならではの木材でできた樽を使用してワインを造っていく。

日本ならではの木材とは、ジャパニーズオーク(ミズナラ)やスギ、ヒノキ。またクリやサクラなどもある。

武蔵ワイナリーでは「杉樽」を使用したワインを既にリリースしたことがある。
2018年ヴィンテージの「杉樽は及ばざるが如し」というワインだ。「杉樽は及ばざるが如し 2018」は、日本酒用の杉樽を熟成に使用。日本酒の「樽酒」を彷彿とさせるワインに仕上がった。

2020年以降は「日本酒用の樽」ではなく「ワイン醸造用のスギ、ミズナラ、ヒノキの樽」を使用することが決定している。各木材の香りが溶け込んだ、日本ならではのワインに仕上がることだろう。

「日本は緑の多い国土。わざわざ海外の樽を輸入する必要がないと思うのです。日本ならではの樽を楽しむワインがあってもいいですよね」。

福島さんのワイン造りは、固定観念に縛られない。これからも新しいワインが次々と生まれてくるだろう。

ゆくゆくはワイン用の樽を造ることも考えているという福島さん。想像のはるか上を行く武蔵ワイナリーの行方に目が離せない。

『100年先も選ばれるワイナリーでありたい 未来への思い』

最後に伺ったのが、武蔵ワイナリーの未来についてだ。武蔵ワイナリーは、どのような将来を思い描いているのか。また、将来実現したいことは何か。福島さんに話を伺った。

「多様なぶどう品種の可能性を見いだしていくこと、そしてこれからも安全で安心なものを造っていくこと。このふたつですね」と福島さん。

まずはワイン造りに直接関係する「ぶどう品種の可能性を見いだすこと」について紹介しよう。

現在武蔵ワイナリーでは、ぶどう品種を増やし、試験栽培している。
今後も「ぶどう品種ごとの特性をいかに出すか」を突き詰めていく。

福島さんがぶどう品種の可能性を感じたのは「メルロー」だ。少量のブレンドにもかかわらず、力強く放たれるメルローの存在感に圧倒されたという。

新しくリリースされたワイン「饅頭怖い 2018」は、小公子90%、メルロー10%のワインだが「半分以上メルローが入っているのでは?」と思わせるようなワインになっているのだ。

「まだメルローは糖度が出せていないため単体でワインにするのは難しいのですが、少量ブレンドするだけでワインを美味しくする力があるということを思い知らされました」。

ブレンドすることで、ワインの表情を一変させてしまうほどのぶどう品種。力を持つぶどう品種を見極めるのは骨が折れる作業だが、メルロー以外のものも、地道に探し求めていく。

なお「饅頭怖い 2018」と同様のブレンドで、「饅頭なんまら怖い 2018」というワインもリリースされた。「なんまら」とは、北海道弁で「非常に、ものすごく」という意味。

こちらは福島さんが2018年で一番素晴らしいと思ったワインだ。樽の風味が豊かに生きた、厚みある赤ワインに仕上がっている。

続いて、ワイナリーとしての将来の目標「これからも安全で安心なものを造ること」について紹介したい。

福島さんが究極的に目指すのは、日本の食生活をよい方向に変えること。安全な食品を選ぶ選択肢を増やすきっかけを作っていくことだ。
食品の安心を追い求める背景にあるのは「周りの人に健康でいて欲しい」というシンプルな願いにほかならない。

「添加物が含まれない食品を選ぶことさえ、困難な現状があります。自分が安全な食品を作り続けることで少しでも社会が変わったら、これ以上の喜びはありません」。

食の安全のために福島さんが目指すのは、「安心」「安全」を求める消費者に信頼してもらえるワイナリーであり続け、社会から必要とされる会社にしていくことだ。

「ぶどうが実を付けるのに5年、ワインになるまで数年かかります。今一生懸命やっていることが、7〜8年後のワインにつながるのです。正しいことを地道にやっていくことが、何年か後に実を結ぶと信じて頑張っています」。

ワインを通して伝える、食の安全や日本の食生活の未来。福島さんが目指しているワイナリーの未来は、人が安心して食生活を送るための未来へとつながる。

日本の食生活を守る福島さんのチャレンジを、武蔵ワイナリーのワインを飲むことで応援し続けたい。

『まとめ』

武蔵ワイナリーは、日本でも珍しい「完全無農薬有機栽培のぶどう」からワインを造る。「ぶどうに何も加えない」ワイン造りへの徹底した姿勢は、自然へのリスペクトや食の安全へのこだわりを強く感じさせてくれる。

武蔵ワイナリーのワインを飲むと、すっと体中の細胞に染み渡っていくのが感じられるはず。まるで「体が喜んでいる」ような気分を覚えることだろう。

安心、安全な食を提供するという造り手の思いを、ワイナリーに足を運びワインを飲むことで支えることができたなら、これほど飲み手冥利に尽きることはないだろう。

基本情報

名称武蔵ワイナリー
所在地〒355-0311
埼玉県比企郡小川町高谷104-1
アクセス電車
JR小川町駅からの路線バス(熊谷駅行)に乗車し上横田バス停にて下車後、徒歩で約10分

関越自動車道嵐山小川ICから7分
HPhttps://musashiwinery.com/

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