『CAVE D’OCCI WINERY(カーブドッチワイナリー)』テロワールを表現する、新潟ワインの先駆者

海風が運ぶ磯の香りと、どこまでも続くぶどう畑。新潟県新潟市の日本海沿岸には、日本国内とは思えない非日常の世界が広がっている。「CAVE D’OCCI WINERY(カーブドッチワイナリー)」を中心とする新潟ワインコーストの風景だ。

今回紹介するのは、日本ワインの新たな産地のひとつとして注目を集めている「新潟ワインコースト」の先駆者、カーブドッチ。

ワイン産地としてはメジャーではなかった新潟に、なぜ本格的なワイナリーが誕生することになったのか。そして、カーブドッチが新潟を代表する滞在型ワイナリーとして成長してきた、これまでのストーリーに迫ろう。

カーブドッチの歴史やワイナリーの目指すもの、そしてワイン造りのこだわりについて、取締役の掛川史人さんにお話を伺った。じっくりと紹介していきたい。

『カーブドッチの歴史』

最初に見ていくのは、カーブドッチの成り立ちと、掛川さんがワイン造りに出会うまでのエピソード。

創業者たちのどのような思いがカーブドッチを形造ってきたのだろうか。ワイナリーが出来るまでの物語をたどっていこう。

▶︎本物のワインを日本で造りたい

カーブドッチの創業は1992年。今からおよそ30年前は、まだ「日本ワイン」という言葉もない時代。山梨や長野など、ごく限られた生産地ではワインが製造されていたが、それ以外のエリアではワインを本格的に造るワイナリーはほとんど存在していなかった。

そんな時代に、「本物のワインを日本で造りたい」という志を持った醸造家がいた。落 希一郎(おち きいちろう)さんだ。

落さんとビジネスパートナーである掛川千恵子さん(掛川史人さんの母)のふたりは、当時誰もぶどう栽培をしていなかった新潟でぶどう栽培をスタートさせ、ワイナリーを造った。「カーブドッチ」の誕生だ。

ここで創業者かつ醸造家の落さんについて紹介しておこう。落さんはドイツでワイン造りを学んだ経歴を持ち、カーブドッチ設立前は日本各地のワイナリーで経験を積んだ。また、北海道では数々のワイナリー設立に携わった実績を持つ。現在はカーブドッチの経営を退き、北海道余市で「Occigabi Winery」を運営している。

「カーブドッチの自社農園では、設立当初から欧州系の品種であるヴィニフェラ種のみを栽培してきました。しかし当時、日本のほとんどのワイナリーは、甲州やマスカット・ベーリーA、ナイアガラやコンコードが主流の時代でした」。

当時の日本におけるワイン醸造のメインストリームからあえて外れ、ヴィニフェラ種だけに目をつけたカーブドッチ。落さんは非常に先進的な考えの持ち主だったのだ。

▶︎なぜ「新潟」にワイナリーを設立したのか

カーブドッチの農地周辺は、タバコやスイカ、メロンの栽培が盛んな地域だ。当時ぶどうを栽培する農家はいなかった。そのうえ、創業者の落さんと掛川さんは、新潟に縁があったわけでもなかったと言う。

なぜカーブドッチは「新潟」で産声を上げることになったのだろうか。その理由について、掛川さんは次のように話す。

「カーブドッチを新潟に造った理由はふたつあります。ひとつは、『広大なぶどう園』を作れる土地が新潟にあったことです。また、落さんとつながりが強かった『北海道産ぶどう』を供給しやすい立地であることが決め手でした」。

落さんたちは、「自分たちの手で広大なぶどう園を作る」ことを目指していた。そのためにはまず自社畑として利用できる農地が必要だ。ぶどうが栽培できる気候であり、かつ広大な畑が確保できること。この条件を満たす場所はそう多くはなく、唯一条件を満たしたのが新潟だった。

また、新潟が決め手となった理由のふたつめは、北海道との船便があったことだ。落さんは北海道産ぶどうを購入して、ワイン原料に使おうと考えていた。新潟には小樽からの船便があり、余市で収穫されたぶどうが翌朝に新潟に到着する物流のルートが確保できたのだ。

▶︎掛川史人さんとカーブドッチ

2023年現在、カーブドッチの取締役を務めるのは掛川史人さん。創業者のひとりである、掛川千恵子さんの三男だ。

千恵子さんからの勧めで、10代のときにはすでにワイナリーを継ぐことを考えていたという掛川さん。

「当時は鎌倉に住んでいたのですが、父の影響で作物を育てることに興味を持っていました。小学生の頃から庭やベランダで作物を育てていましたね。きゅうりやトマト、ネギ、いんげん豆などを栽培していました」。

掛川さんの父は庭に「コンポスト」を設置し、生ゴミから堆肥を作っていたという。ある日コンポストを見ると、以前捨てたかぼちゃの種が成長して実をつけていた。

植物の生命力に驚き、感動を覚えたという。農業に強く惹かれるきっかけとなった出来事だった。

「捨てた植物が肥料になり、そこからまた食べ物が生まれるってすごいなと子供心に思ったのを覚えています。この経験から『植物を育てて食べる』ことに興味を持ち、自分なりに野菜づくりをするようになったのです」。

栽培に打ち込む掛川さんの姿を見て、「植物を育てるのが好きなのだったらワイン造りがいいんじゃないの。ワイン造りはぶどう造りだから」と、千恵子さんは言ったそうだ。

「母の誘いがなかったら、私はワイン造りに携わっていないと思います。このときにすでに、進路が決まったようなものでしたね」と笑顔で話してくれた掛川さん。

長期休暇のたびに母が働く新潟に行き、カーブドッチにまだ畑しかない時代からのワイナリーの発展を見てきた掛川さんは、自然と「醸造家になる」ことを受け入れていた。

「私が覚えているのは、ワイナリー創業に携わった母親が生き生きとしていたことです。自分の人生を楽しんでいる姿は輝いていました」。

母が造ったワイナリーをより魅力的なものにし、新潟ワインコーストという産地の可能性をさらに追求するため、掛川さんは今日も新潟でぶどうを栽培してワインを造るのだ。

『自社農園のテロワールを宿したぶどう』

次は、カーブドッチのぶどう栽培について見ていきたい。テロワールを色濃く映し出す栽培の様子に迫ろう。

▶︎海の近くのぶどう畑

カーブドッチの自社畑は、海から1.3kmの場所にある。気候的にも土壌的にも海の影響を大きく受けた場所だ。土壌は100%砂質で、水はけが非常によい。

また、日本海側に面している土地のため冬季の雨量は多いが、夏季の雨は太平洋側ほど多くはない。生育期の雨量が少ないということは、健全なぶどうが育ちやすい環境だといえる。特に5〜6月の晴天率が高く、数年に1度は雨量が「非常に少ない」年があるという。

カーブドッチの自社畑で育つぶどうには、明らかなテロワールが宿る。どの品種にも、ある共通した特徴が見られるというのだ。

「自社農園のテロワールでもっとも特徴的なのは、砂地ならではの軽やかさが感じられることです。自社畑のぶどうは砂地で栽培したぶどうならではの、『重心が高く軽やかで、強い香りがある』味わいが明確に表れています」。

軽やかさや重心の高さといった要素は、日本のほかの産地のワインからはなかなか感じられないという。産地の特殊性は「テロワール」になり、テロワールが宿ったワインには独自性と競争力が加わる。

「農作物がその土地でよく育つことを『栽培に適している』と表現しますよね。ワイン用ぶどうにおける『適している』という表現は、ぶどうがうまく育つか否かという単純な話ではないと私は思っています」。

カーブドッチの自社畑は、決して収量が多いわけではない。砂質ゆえに土の養分は少なく、生育はゆっくりだ。ただし、小ぶりに育つ分「剪定の手間が省ける」といったメリットもある。つまり、必ずしも「よく育つ=栽培適地」とは言えない事実が伺える。

「『質がよいぶどうがとれること』と『栽培コストがかかりすぎないこと』、『一定の収穫量を確保できること』の3つがバランスよく満たされている産地を『栽培に適している』というのでしょう。また、ワイン用ぶどうには、さらに『テロワール』というものがあります。糖や酸以外の何かしらのファクターがあって、ここにしかない味が生まれているのです。そのため、土地の特殊性を品種を介して表せるかどうかを一番大事にしています」。

産地の持つ特殊性を、いかにワインの味わいとして表現できるか。ぶどう栽培においてカーブドッチが最も大切に考えている要素が、「テロワール」なのだ。

▶︎カーブドッチで栽培するぶどう品種

カーブドッチで栽培しているぶどう品種を紹介しよう。

白ワイン用ぶどう

  • アルバリーニョ
  • シャルドネ
  • セミヨン
  • ソーヴィニヨン・ブラン
  • シュナン・ブラン
  • プティマンサン
  • ヴィオニエ など

赤ワイン用ぶどう

  • カベルネ・ソーヴィニヨン
  • ピノ・ノワール
  • ツヴァイゲルト
  • マルベック
  • プティ・ヴェルド
  • メルロー
  • サンジョベーゼ
  • シラー
  • メンシア など

これらは創業以降の試行錯誤を経て、厳選されてきた結果として栽培されている品種だ。いちばん古い樹は創業当初から植えられているもので、樹齢は30年を超えている。

栽培している品種のなかでもっとも重要な品種は、白ワイン用ぶどうのアルバリーニョだ。アルバリーニョは、スペインやポルトガルの海沿いを原産とする「海のぶどう」。

「アルバリーニョは新潟の地に抜群に合うぶどうといって差し支えないでしょう。海辺の砂地特有の個性が、うまく表現できる品種です」。

カーブドッチのアルバリーニョには、特有の香りと味わいがある。これこそが自社農園のテロワールであり、隠しきれないテロワールこそがワインの面白さの最たるものだ。

「もちろん、アルバリーニョ以外の品種にも、私たちのぶどうには自社農園ならではの味がはっきりとあらわれています。例えば、世界中で栽培されている品種であるカベルネ・ソーヴィニヨンなどのボルドー系品種にも、特有の味わいと香りが出ます。軽やかなのだけれど、けっして薄くないといった表現が正しいでしょうか。まさしく、土地の特性を表した液体が生まれるのです」。

▶︎カーブドッチの栽培のこだわり

続いて、カーブドッチのぶどう栽培は、どういったことにこだわっておこなわれているのかについて紹介しよう。

「一番こだわっているのは、キャノピー・マネジメントです。房周りの環境をどのように整えるかについて、非常に気を遣っていますね」。

キャノピー・マネジメントとは、ぶどうの枝や房、樹勢をコントロールするための栽培管理を指す。キャノピー・マネジメントに力を入れている理由は、枝を真っ直ぐ上に伸ばすことが品質の向上に直結するからだ。

カーブドッチの畑で育つぶどうは樹勢が穏やかなのが特徴。枝がまっすぐ上を向いてくれさえすればかなりの好条件で栽培できるため、「枝を交差させず、上にすっと伸ばす」方法での管理に力を注いでいる。枝を上に伸ばすことで株全体の通気性もよくなるため、カビも抑制できる。

「枝の位置を整えること以外だと、房周りの除葉や剪定もシビアにおこなっています。剪定では、樹液やホルモンの流れを意識してどの枝を切るか考えるようにしていますね」。

樹液は植物にとっての血液のようなものだ。そのため、房を十分に育てるには、樹液が房まで滞りなく流れるように樹を整えなくてはならない。ぶどうの樹液が目的とする箇所まできれいに流れるように、樹液の通り道を考えて剪定しているのだ。樹液が株全体に行き渡れば、高品質なぶどうができる。

しかし、剪定はケースバイケースで、教科書通りに実施するだけではうまくいかないことも多いのだとか。そのため掛川さんはスタッフたちに、基本的な剪定の理論を共有しつつ、個別にアドバイスすることを心がけている。

「『今ここを切るとその先の枝は枯れてしまうから、あと2年待って幹を太らせてから切るといいよ』といった感じでアドバイスをしています。剪定をうまくやらないと、場合によっては樹の半分が簡単に枯れてしまうことも珍しくはありません。数年先を見越して作業することが大事ですね」。

掛川さんがスタッフ全体によく話すのが、「きれいな畑にすると、おのずと畑がよくなる」という言葉。枝がすっと上を向き、房がきれいに下を向いた樹に整えていれば、ぶどうの品質は自然とよくなってくる。

ぶどうが育ちやすい環境を整えてサポートすれば、のびのびと自然の恵みを吸い込む力を、ぶどう自身が付けていくのだろう。造り手の繊細な努力によって、テロワールを表現したおいしい果実が育つのだ。

▶︎新しい栽培の取り組み 全自動草刈り機の導入

近年スタートした、栽培における新たな取り組みも紹介しよう。「全自動草刈り機」による雑草処理だ。畑を自走して伸びた草を自動で刈り取ってくれる機械を、一部の畑に導入したのである。

全自動草刈り機を導入した理由は、草刈りの頻度を向上させて畑の通気性を確保するためだ。地表に草が生えていると、地面付近の通気性が悪くなって湿気が溜まり、病気の原因となる。

「人の手で草刈りをおこなうと、作業頻度は10日に1回ほどになります。『伸びたら切る』の繰り返しになるため、切る直前の畑は雑草が伸びた状態です。一方、全自動草刈り機であれば、毎日稼働して草の長さを常に2cmに保ってくれるので、草丈が伸びることがなく常に畑の通気性が確保されます。畑に湿度が溜まることがほぼなくなりました」。

草が短く保たれた畑には、爽やかな海風が駆け抜ける。美しく整えられた畑には健やかで味わい深いぶどうが生り、自社農園特有の「海のテロワール」を如実に反映するのだ。

『異なるコンセプトから生まれる多彩なワイン』

カーブドッチのワインをひとことであらわすなら、「多彩」。それぞれ異なるコンセプトを持つラインナップが魅力的だ。

カーブドッチのワインを語る上で外せない「3種類のシリーズ」をそれぞれ紹介しながら、カーブドッチのワイン哲学をあぶり出していこう。

▶︎テロワールを表現する「セパージュシリーズ」

カーブドッチのワイン銘柄は3つのシリーズに分かれている。いずれも醸造コンセプトや目指すもの、ターゲットが異なる。まずは、フラッグシップワイン「サブル」を含む「セパージュシリーズ」について紹介したい。

セパージュとはフランス語で「品種」を意味する。セパージュシリーズを簡単に説明すると、「テロワールと品種個性を表現した、ワインの王道を行くワイン」。

「カーブドッチは新潟市初のワイナリーです。地域で最初のワイナリーが造るべきワインとは一体なんだろうかと考えたときに、まずは、まっとうなワインを造るべきだと思い至りました。テロワール、品種個性、ヴィンテージの特徴を考え抜き、それらを丁寧にボトルの中に詰め込むことを目指したシリーズが、このセパージュシリーズです。このシリーズを造るときは、フランスワインが培ってきた歴史と文化に則った王道のワインを造ることを第一に考えています」。

そんなセパージュシリーズを代表する銘柄が「サブル」だ。サブルとは、フランス語で「砂」の意味。白ワインの「サブル」にはアルバリーニョが使われており、砂地固有の味わいが存分に表現されている。カーブドッチを代表するワインのひとつだといえる。

セパージュシリーズのワインに閉じ込められているのは、長い年月を経ても変わらないテロワール。変わらぬ味を表現することを求めて造られたのが、セパージュシリーズなのだ。

▶︎ぶどうと掛川さんのセッションが生み出す「どうぶつシリーズ」

テロワール表現をコンセプトに、クラシカルな造りを追求した「セパージュシリーズ」とは対極に位置するのが、「どうぶつシリーズ」だ。

掛川さんはどうぶつシリーズについて、「完全に自分の趣味で造ったワイン」だと話す。掛川さんがぶどうと対面して受けたインスピレーションを自由気ままに表現したのが、どうぶつシリーズのワインなのだ。

「セパージュシリーズを音楽の『クラシック』にたとえるなら、どうぶつシリーズは『ジャズ』とでも表現しましょうか。クラシック音楽は奏者が違っても仕上がりの形はそれほど大きく変わることがありません。しかし、ジャズの場合には同じ曲でも奏者によって曲の解釈がまったく変わることもあるでしょう。どうぶつシリーズは、ぶどうの個性や教科書的な正解よりも、私の好みを優先させています。そのため、世間一般的なその品種のイメージとは異なる味わいのワインが出来上がることもあるのです」。

どうぶつシリーズは、いわば、ぶどうと掛川さんのセッションによって生まれるワイン。すべては造り手がどう表現したいかに委ねられており、出来上がったワインは一期一会の作品となる。飲み手としても、しがらみなく自由で粋に楽しみたいものだ。

▶︎楽しさを全面に押し出した「ファンピーシリーズ」

最後に紹介するのは「ファンピーシリーズ」。「ファンピー」とは、「楽しくて、ハッピー!」という意味の造語である。

ファンピーが目指すのは、「ワインは面倒で難しい」というイメージを打ち壊すこと。もっと気軽に楽しくワインを飲んでほしいという思いが込められている。

「セパージュシリーズとどうぶつシリーズは、ワイン好き以外にはおそらく難解なコンセプトだと思うのです。『セパージュシリーズは砂の味がして、どうぶつシリーズは醸造家・掛川史人の個性を表現しています』と言ったって、ワイン好き以外には伝わりにくいものです。ワイン好きってめんどくさい、と思われてしまってもしかたないですよね。小難しい講釈を抜きにした、未経験でも楽しめるワインとして生まれたのがファンピーシリーズです」。

ファンピーシリーズは、明確に「ワイン未経験者」をターゲットとして造っている。これまでワインに親しんでこなかった人が「楽しい味」と思えたなら、それは本当に楽しいワインなのだろう。

ファンピーを音楽ジャンルで例えるならばJ-POP。「みんなが楽しめるワインであること」をコンセプトにしている。

▶︎掛川さんのワイン醸造

掛川さんのワイン醸造は、テクニックよりも先に「イメージ」があるという。出来上がるワインがどのように楽しまれるか、そのワインで何を叶えたいか。

ワインの目的を高い解像度で想像し、そのイメージに近づけるようにワインを導いていくのが掛川さん流のワイン造りだ。

「私が何よりも大切にしているのは、ワインごとのコンセプトです。ワインが飲まれるシーンを具体的に思い浮かべて、雰囲気や味、造りを考えます。醸造テクニックはあくまでもツールであり、それによってワインの出来が決まるわけではありません。私は、『誰が何をどう思って作っているか』が、ものづくりの根幹にあると思っています」。

掛川さんは、具体的にどのようなことを考えてワイン造りをしているのだろうか。掛川さんのイメージの世界を、少しだけ覗かせてもらおう。

例えば、セパージュシリーズのアルバリーニョを造るとき、こんな風に考えるそうだ。

これは、レストランで飲まれるワインだ。白いテーブルクロスの上にグラスがある。大切な人と一緒におめかしをして、向かい合って座っている。そんな場面のワインなら、少し緊張感があったほうがシチュエーションに合うだろう。酸味はシャープで、華やかな香りが肝。レストランの料理が隣にあるのだから、ワインの味わいにも厚みがあったほうがよいだろう。

では、ファンピーなら?今度は、どういう状況で「楽しい」と感じるのかを徹底的に考え抜く。

ファンピーの場合、ボトルがあるのはテーブルクロスの上ではないだろう。野外か、もしくはベランダかもしれない。ボトルの隣にはなにがある?軽食の入ったバスケット?そんな場面のワインには緊張感は必要なく、むしろゆるいくらいのほうがよい。そうだ、果実味がたっぷりしていたら、楽しい気分になれるのではないか。

ただし、どうぶつシリーズの場合、シチュエーションはまったく考えないという。このシリーズの根底にあるのは、掛川さんとぶどうだけの独自世界だ。

「私にとってのワイン醸造とは、ぶどうがコンセプトや自分なりの解釈に合ったプロポーションを持ったワインになるように、オペレートしていく作業なのです」。

『観光ワイナリーとしてのカーブドッチ』

カーブドッチは、観光ワイナリーである。醸造所とぶどう畑だけでなく、宿とヴィネスパ(温泉施設)、レストランがある。また、カフェと美しい庭園もある。すべてが一体となって、カーブドッチを構成しているのだ。

最後のテーマとして、観光ワイナリーとしてのカーブドッチの魅力と、今後のワイナリーの目標について紹介したい。

▶︎滞在するワイナリー、カーブドッチの「人の魅力」

カーブドッチが醸すワインの真髄は、カーブドッチに行くことでしか味わえない。なぜなら、ワインの価値はワインの味だけで決まるものではないからだ。

造り手の人柄と、味わう場所の雰囲気。そしてワインの背景にあるストーリー。すべてが合わさることで、ワインの真の美味しさに出会える。

掛川さんは、「カーブドッチという空間のなかで飲むことで、最大限美味しくなるワイン」を造っているのかもしれないと話してくれた。

「カーブドッチは『滞在するワイナリー』なので、ワイナリーに来ていただくのがコンセプトの場所です。そのため、うちのワインの美味しさは、滞在する場所の環境とレストランの質、スタッフの人柄なども総合的に作用してお客様の味覚に影響していると思います。もちろんワイン造りに妥協はありませんが、ボトルに詰まったワインをさらに美味しくするのは、周囲の環境や飲む場所の雰囲気、そこで働く人たちのあたたかさです。だからこそ、カーブドッチで働くスタッフたち自身が笑顔で気持ちよく働けるようにと、常に考えて環境づくりをしています。働いている私たちの感情がワインに映り込むからです」。

掛川さんたちがカーブドッチを運営するうえで一番大切にしてきたのは、新潟県の日本海沿いの小さなエリアを、どうやってより魅力的にしていくかということだ。長年の努力の甲斐あって、今や一帯は「新潟ワインコースト」として新たな日本ワイン産地に成長した。

「ぶどうはよくも悪くも自然環境に左右されます。私たちは新潟の可能性を信じてワインを造っていますが、雨や気温など、どうにもならないことも多いものです。それでも、人の心を動かすことができるのは、人の力があってこそです。私たちの姿勢がワインにさらなる価値を与えるのです」。

カーブドッチのスタッフたちは、「楽しさ」を忘れず、お互いにリスペクトし合いながらチームとして強くなっていけるように努力し続ける。カーブドッチにいるすべての人々が真心を込めてワインとお客様に向き合っているのだ。

▶︎観光ワイナリーだからこそ、コンセプトの異なるワイン造りを貫く

カーブドッチは「観光ワイナリー」だからこそ、実に多種多様な人が訪れる。

ワイン歴数十年の人や、近年の日本ワインブームでワインに目覚めた人。ワインよりも宿泊目的で来る人や、ワイン未経験の若い人などさまざまだ。

カーブドッチに来てくださったあらゆる人々を、全力でお迎えしたいと言う掛川さんの言葉は力強い。

「来ていただいた方全員をおもてなしするためには、いくら美味しくても、アルバリーニョのワインだけを造っていてはだめなのです。また、自分の趣味に走ったワインばかり造ることも難しいでしょう。なぜなら、私たちは観光ワイナリーだからです。カーブドッチというワイナリーがすべきことは何かと考えることで、複数のコンセプトに沿ったワインを造る必要が出てきたのが今のシリーズ展開なのです」。

ワイナリーを訪れたお客様全員がワインを心から楽しめるように。カーブドッチは広い懐で訪れる人全員を暖かく包み込み、ワインの世界へと優しく案内してくれる。

▶︎日本ワインを産業として定着させたい 未来への思い

インタビューの最後に、日本ワインの未来について掛川さんに尋ねた。

「日本ワインのレベルはどんどん上がっており、今後も発展していくと思います。しかしそこには問題が立ちふさがっているのも事実です。ひとつはぶどう苗木の問題、もうひとつは原料調達の問題ですね。日本ワインを産業として定着させるには、今後これらの問題をクリアしていく必要があるでしょう」。

日本のぶどう苗木事情は外国に比べて後れを取っている。以前と比べて格段に改善してきてはいるものの、より多くの品種に簡単にアクセスできる環境が整えられるべきだという。日本ワインの可能性をより高めるためだ。

また、苗木に関する問題には、日本国内で流通しているぶどう苗木の多くが、ウイルスに冒されているという現状もある。日本のぶどう苗に蔓延るウイルスを根絶するには、ワイナリーだけでなく苗木業者をはじめとしたワイン業界が一丸となって課題に立ち向かわなければならない。

もうひとつの問題に関しても深掘りしよう。原料調達の問題だ。現在、ワイン用ぶどうの生産農家は減少の一途をたどっている。生食用ぶどうと比較して、ワイン用ぶどうの収益性が低いことが原因だ。

ワイン用ぶどうを栽培する農家が減ってしまうと何が起こるか?しわ寄せはワイナリーや消費者にやってくる。自社農園のぶどうの割合が増え、結果的にワインの販売価格が高騰するだろう。日本ワインがより高価になる未来がやってくる可能性があるということだ。

「日本ワインを廃れさせないためには、『仮にさらに高額になっても買い続けてくれる』消費者を増やす必要があります。消費者が離れていかないためには、もっと造り手が消費者に誠実に向き合うことが欠かせないのです」。

日本ワインの未来を救う手段もあると、掛川さん。日本ワインを「産業」として発展させることだ。

ぶどうを作る人、ワイン醸造をする人、瓶を作る人、機械を作る人、メンテナンスする人、飲む人、輸出する人など、日本ワインに携わる色々な立場の人が関わり合えれば、やがて大きな「産業」となり収益性が生まれ、価格を安定させることができる。

「日本ワインを産業にする前段階として、『美味しいワインを造る』というのはもちろん重要です。日本のワイナリーは、本当に美味しいものを造れるようになってきました。そろそろ、その先の未来を見据えていかなくてはならない段階に来ていると思います。私たちも、日本ワインを国の産業として発展させられるように力を尽くしていきたいです」。

カーブドッチが、ワインを愛する人々の憩いの場でこれから先もありつづけるために。掛川さんは、ワイナリーのスタッフたちと共に、真剣に未来に向き合う。

ワインを造るのは「人」。人と人とのつながりの強さが日本ワインの未来を明るくすると信じて、カーブドッチはこれからもワインを造り、人々を楽しませるワインを提供するのだ。

『まとめ』

カーブドッチは、「滞在型ワイナリー」だ。現地に滞在してこそ、その真価を発揮する。ワイナリーの敷地内には、美しい季節の花が咲き誇り、自家製酵母でおこしたパンの香ばしい匂いが立ち込める。ワインを十分に堪能したら、カーブドッチで醸造している自家製クラフトビールを楽しむのもよいだろう。

カーブドッチのワインを現地で味わう経験には、 なにものにも代えがたい感動がある。ぜひ新潟ワインコーストを訪れて宿泊し、「ワインづくしの休日」を満喫してみてほしい。優しさに溢れたカーブドッチのスタッフとワインが、優しく迎えてくれることだろう。

基本情報

名称カーブドッチワイナリー
所在地〒953-0011
新潟県新潟市西蒲区角田浜1661
アクセスhttps://www.docci.com/access/
HPhttps://www.docci.com/

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