『安心院葡萄酒工房』ワインはぶどうを育む風土からの贈り物、安心院に寄り添い愛されるワイン造り

別府温泉や由布院温泉があり「おんせん県」の愛称でも有名な、九州東部に位置する大分県。

大分県宇佐市の安心院町(あじむまち)にある安心院葡萄酒工房は、朝霧が立ちこめて昼と夜の温度差の激しい安心院盆地ならではの気候を活かしたぶどう栽培と、芳醇なワインを醸すワイナリーとして知られている。

九州といえば焼酎のイメージが強いが、安心院葡萄酒工房の母体である三和酒類株式会社は「下町のナポレオン」の愛称で全国区の知名度を誇る焼酎「iichiko(いいちこ)」を製造しているメーカーだ。

ほとんどの人は「下町のナポレオン」と「ワイン」のイメージが結びつかないのではないだろうか? ましてや今回ご紹介する安心院葡萄酒工房は数々のワインコンクールで入賞を果たし、2020年の日本ワイナリーアワードでは最高位の五つ星を獲得している、いわば名門ワイナリーである。

ワイナリーの立ち上げから安心院葡萄酒工房に携わっている工房長の古屋浩二さんに、その歴史やワイン造りへの想い、今後の展望についてのお話を伺った。

『朝霧に包まれる景観地、安心院』

九州や大分県以外の人間でないと安心院のことを「あじむ」と読むことは難しいかもしれない。筆者も初めて安心院ワインを手にした時は読み方を知らずに「あんしんいん」と読んでいた。
おまけに、その名前の印象から大きなお寺を想像し、寺町で造られたワインを勝手にイメージしていた。

実際の安心院町の紹介をすると、大分県北部の宇佐市に所在する山間に囲まれた町で、南端には標高1,059メートルの立石山をはじめとした山が多くあり、北西部の盆地から津房川が流れる地理となっている。

安心院盆地は昼夜の寒暖の差が激しく放射冷却による朝霧に包まれることで有名だ。小説家の司馬遼太郎は「盆地の景色としては日本一」と絶賛したことでも知られている。

『安心院葡萄酒工房の歴史』

いいちこよりも歴史あるワイン造り

三和酒類株式会社は社名からもわかる通り、1958年に日本酒の蔵元の3社が集まり設立された会社である(その後にもう1社が加わり4社となった)。

三和酒類株式会社がワイン造りを始めるきっかけとなったのが、1960年代後半に安心院町で農地整備されぶどうが植えられたことである。

当時の三和酒類株式会社は日本酒しか製造していなかったが、「安心院町でぶどうが採れるのであればワインが造れるのではないか」という声をきっかけに、1971年にワインの製造免許を取得。
ここから三和酒類株式会社のワイン造りがスタートした。

前述した「いいちこ」の製造を開始したのはその数年後のことなので、実はワイン醸造の歴史のほうが長いのだ。

ワイン造りは試行錯誤の連続

安心院ワインが初めて販売されたのは1974年。

その後、1990年代になると日本国内では赤ワインブームが巻き起こり、三和酒類株式会社でも売り切れが続出するほどのワイン需要となった。
元々は三和酒類の本社工場の一角で細々とワイン造りをしていたが、空前のワインブームと「一般の観光客も見学できるワイナリー施設を」という安心院町からの要請もあり、ワイン醸造施設を2001年に立ち上げることとなった。こうして、安心院葡萄酒工房は開設されたのだ。

安心院葡萄酒工房を立ち上げる際、古屋さんは「ワインの技術者を育てよう」という会社の方針で、カリフォルニア大学デービス校でワイン造りを学んだのち、オレゴンのワイナリーで研修をするなど、その腕を磨いた。

当初、安心院の土地にはどんなぶどう品種が合うのかがわからず、手探り状態で15品種ほどの様々なぶどうを植えて試行錯誤をする日々だった。
今でも新しい品種を積極的に取り入れて、安心院のテロワール(ぶどうの味わいに影響する、栽培地の土壌・地勢・気候のこと)にあうぶどう品種を模索し続けている。

国内外からの需要が急増

2021年現在、安心院葡萄酒工房は年間約15万本のワインを生産し、その8割が大分県内への出荷となっている。

最近では国内外の様々なワインコンクールで受賞していることもあり、他の都道府県からの問い合わせも増えているが、そのすべてに対応しきれていないというのが実情だ。
その需要に応えるためにも、現状15万本の生産量を倍の30万本にすることを目標にして畑の拡充を進めている。

しかしその目標とは裏腹に、安心院町のぶどうの生産量は、栽培農家の高齢化等の影響で年々少なくなっているという問題を抱えていた。
このままでは安心院ワインを造り続けることはできない、ということでそれを解決するために安心院葡萄酒工房は2010年に農業法人を設立。

ワイン用ぶどう品種の栽培量を増やすために農地を買上げ、2021年現在、約15ヘクタールの造成が完了した。
2011年から様々な品種の試験栽培をしており、いまでは自社畑から約66トンのぶどうが収穫ができているという。
これに加えさらに、15ヘクタールほど造成しているエリアがある。ここは2021年の春から3年かけて植えつけを行う予定だそうだ。

『各種ワインコンクールでの受賞歴』

以下は国内外から注目を浴びるきっかけとなった安心院葡萄酒工房の受賞歴の一部である。
この輝かしい受賞歴からも、安心院葡萄酒工房が極上ワインを醸しだす実力派ワイリーであることがうかがえる。

日本ワイナリーアワード 2020

  • 5つ星ワイナリー 受賞

デキャンタ アジア ワイン アワード 2019

  • 安心院スパークリングワイン 2017 金賞受賞

日本ワインコンクール 欧州系品種白部門

  • 安心院ワイン シャルドネ リザーブ 2016 金賞・部門最高賞
  • 安心院ワイン シャルドネ リザーブ 2017 銀賞
  • 安心院ワイン アルバリーニョ 2017 銅賞
  • 安心院ワイン シャルドネ イモリ谷 2016 銅賞

日本ワインコンクール 欧州系品種赤部門

  • 安心院ワイン メルロー リザーブ 2016 銅賞
  • 安心院ワイン メルロー イモリ谷 2016 銅賞

日本ワインコンクール 国内改良等品種赤部

  • 安心院ワイン 小公子 2016 銅賞

日本ワインコンクール 北米系等品種白部門

  • 安心院ワイン ナイアガラ 奨励賞

日本ワインコンクール 欧州・国内改良品種等ブレンド白部門

  • 安心院ワイン 卑弥呼 白 奨励賞

日本ワインコンクール スパークリング部門

  • 安心院スパークリングワイン ロゼ2014 銅賞
  • 安心院スパークリングワイン 2016 銅賞

『安心院のテロワール』

安心院葡萄酒工房の自社畑は赤土の混じった粘土質の土壌だが、場所によって砂が多く混ざるなど、数メートル離れるだけでも土質が変わってしまうくらい複雑な土壌だ。

粘土質の土壌に比べ、砂質の土壌では水はけは良いが養分も保持できないため、適切な施肥管理を行っている。
また、他の国に比べて降水量が多い日本では、どんな土壌であっても水はけをよくする努力は特に欠かすことができないため、暗渠(あんきょ:地下に設けた水路)を設置するなど、排水対策にも力を入れている。

2020年の異常気象で、安心院葡萄酒工房でも2020年の収穫量は前年の6割に落ちたが、ぶどうの出来は上々だった。 
「7月までは日照量が少なく温度も低かったのですが、8月に入ると一転、雨が全く降らず晴天が続いたので、ぶどうの酸が下がりきらないまま糖度が上がったのではないかと考えています。結果として糖度も酸もあるベストな状態でぶどうが収穫できました」と古屋さん。
2020年のぶどうは過去最高の糖度で、とても品質の良いものとなったそうだ。

今後は、ぶどうが育ちやすいよう土壌改良を続けていくのはもちろんのことだが、昨今の異常気象にどのように対応していくのかも課題の一つだ。

『色々な酒をつくっていることが強み』

「日本酒とワインを一緒に作っている会社が少ないうえに、「いいちこ」の会社がワインを作っていることにみなさん驚かれる」と古屋さんは語る。

学生時代には微生物について学んでいたという古屋さん。その頃から発酵技術や洋酒に興味を持っていたことから、三和酒類株式会社に入社。
入社後は焼酎造りに1年間携わり、その後、現在のワイン・リキュール・ブランデーなどの洋酒を担当することとなった。ワインの生産量が少なかった頃は、秋はワインを造り、冬は日本酒造りの手伝いに行く、なんていうこともあったという。

「ビール以外の酒づくりは一通りの経験があります」と古屋さんは笑う。

そんな古屋さんに、ワイン造りとほかのお酒造りとの違いについて尋ねてみた。
「ワイン造りはベースにぶどう作りがあるんですね。そこが難しいところだと感じています。
ワインも日本酒も焼酎も微生物によるアルコール発酵という点では同じです。日本酒や焼酎には麹を使う難しさはありますが、原料である穀物そのものの個性はあまりなく、醸造の特性の方が強く出やすいんです。

一方、ワインの場合は原料のぶどうの個性をいかにして引き出してあげるかが重要で、そこがワイン造りの面白さでもあり難しさでもあるんじゃないかな」。
様々なお酒造りに携わってきた古屋さんだからこそのお話だ。

また、これまでの自身の経験も踏まえ「自社内でいろいろな酒を造っていることが他のワイナリーと違う最大の強みです」とも話してくれた。

『安心院葡萄酒工房のワイン』

「醸造に支配されてしまったワインは特性が出てこないんです。品種やその土地のぶどうの個性がしっかり表現できるようなワインを目指しています」と語る古屋さん。
そのこだわりのワイン造りを紹介しよう。

瓶内二次発酵でのスパークリングワイン生産量は国内トップクラス

瓶内二次発酵とは、瓶の中で糖と酵母を加えて二次発酵させることで、密閉した瓶の中で発生する炭酸ガスを液体に閉じ込めるスパークリングワインの製法をいう。
この製造方法はシャンパーニュで用いられることから、「シャンパーニュ製法」とも呼ばれており、持続する泡のきめ細やかさと芳醇な香りが特徴である。

その瓶内二次発酵で国内トップクラスのスパークリングワインの生産量を誇るのが安心院葡萄酒工房だ。

2016年に日露首脳会談が行われた際、安倍首相とロシアのプーチン大統領が乾杯で飲んだことで一躍注目を浴びたのが安心院のスパークリングワイン「安心院スパークリングワイン エキストラブリュット2014」だった。

今でこそ安心院葡萄酒工房を代表する人気商品となっているが、2006年の初リリース当時は瓶内二次発酵でスパークリングワインをつくっているワイナリーは日本国内に5社程度しかなく、技術やノウハウが国内にはほとんど無い状態だった。
そのため2006年以前は一次発酵で試作を繰り返すなど試行錯誤の連続だったという。

「2005年に初めて瓶内二次発酵でスパークリングワインを造ったんですが、納得のできるものができずリリースはしませんでした。翌年に再チャレンジし、ようやく初リリースとなったんです」

そんな苦労をしてまで瓶内二次発酵のスパークリングワインにこだわった理由は何なのだろうか?
「本物とか偽物とかいう表現はおかしいかもしれないけれど、人工的なものを添加して造るのではなく、微生物や酵母の力だけで本物のスパークリングワインを造りたかったんです」
妥協をせず、ひたすら本物を求め続けるその熱い思いが、国内外から高い評価を得るスパークリングワインを生み出したのだ。

現在、安心院葡萄酒工房で作られている「安心院スパークリングワイン」はシャルドネ100%のブラン・ド・ブラン(白ぶどうのみで作られるスパークリングワインの総称)。

今後はピノ・ノワール100%で作られるブラン・ド・ノワール(黒ぶどうのみで作られるスパークリングワインの総称)にもチャレンジしていきたいという。ブラン・ド・ノワールならではのボリューム感と骨格のあるスパークリングワインがリリースされるのが待ち遠しい。

栽培量を増やしていく品種

「これから特に栽培量を増やしていく品種は白ならシャルドネとアルバリーニョ。赤はピノ・ノワールとピノ・タージュ」と古屋さんは語る。

シャルドネはブラン・ド・ブランのスパークリングワインの核となるぶどう品種であり、白ワインの原料としても有名な品種だ。

ピノ・ノワールはフランスのブルゴーニュ地方の赤ワインで有名なぶどう品種であり、ブラン・ド・ノワールのスパークリングワイン造りにも欠かせない品種である。

南アフリカの土着品種として有名なピノ・タージュは2011年に試験栽培を開始した。国内での栽培はまだまだ少ない品種だが、安心院葡萄酒工房では状態の良いピノ・タージュが収穫できていて、果実味が強くパワフルなワインで評価も上々だという。

安心院町は比較的温暖な気候なので、その条件下でもしっかりと色づくことができ、味に厚みがあり果実味の強いパワフルな品種が栽培に適している。

今後は人気が高いスパークリングワインに注力しながら、スティルワイン(非発泡性のワイン。いわゆる赤ワイン、白ワイン、ロゼワインのこと)やブランデーなど様々なラインナップを提供していく。

国際品種から希少品種まで

その他のぶどう品種としては、小公子、ビジュノワール、ノートンなど国内外の希少品種も栽培。収穫タイミングや病気への耐性など、品種ごとの特性を見ながら試行錯誤をしている。

ワイン好きの方でもあまり聞きなれないぶどう品種がいくつかあるのではないだろうか。

メジャーな国際品種だけに留まらず、マイナーな希少品種も積極的に栽培し、自社のワインをより良くしていこうという安心院葡萄酒工房のチャレンジ精神を強く感じた。

安心院のテロワールとぶどう品種ごとの個性を出すことと、ワイン愛好家にも認知度の低いマニアックな希少品種をどうやってワインにして、その美味しさを広くアピールしていくかが今後の課題となりそうだ。

『安心院に寄り添うワイン』

安心院葡萄酒工房の全てのワインは安心院産のぶどうで造られている。安心院産にこだわる理由は、「ワインはぶどうを育む風土からの贈り物であり、産地・地域とともに発展していくのがワインのあるべき姿」という考えがあるからだ。

毎年開催されている「安心院フェア葡萄酒まつり」は県外からの訪問者はもちろんのこと、地元の人々にも愛されるイベントとなっている。
しかし、2020年は新型コロナウイルスの影響で中止となってしまい、イベント以外にも全国的に人の往来が激減したことで、安心院町へ訪れる人も減ってしまった。

そんな中、少しでも安心院町を盛り上げようと、地元の安心院高校の生徒たちと一緒にワインラベルを製作。
ラベルに記載されているQRコードを読み込むと、生徒達が作成した安心院町の紹介動画を見ることができる。
地元の人々の献身的なサポート無しでは成し遂げられないこの試みは、様々なメディアに取り上げられて大きな話題となり、安心院町が全国的に注目されることとなった。

安心院葡萄酒工房が安心院町を愛し、そして地域の人々からも愛されていることがよくわかるエピソードである。

『安心院から世界へ』

安心院葡萄酒工房では人材育成にも力を入れており、オーストラリアやフランスのワイナリーにスタッフを派遣し、様々な技術を学ぶ機会を作っている。安心院産のぶどうの個性を生かしつつ、彼らが持ち帰った技術や経験、新しい考え方などを積極的に取り入れ、世界を見据えて常にチャレンジし続けている。

デキャンタ アジア ワイン アワード2019では「安心院スパークリングワイン 2017」が初出品で金賞を受賞。
日本のワイン産地として有名な山梨県や長野県ではなく、九州・大分県産のワインが金賞を受賞したことで国内でも大きな注目を浴びることとなった。
そして、この金賞受賞により安心院葡萄酒工房のワインが海外でも十分に通用することが名実ともに証明された。

今後は更に需要が伸びていくであろうアジア圏を中心に海外展開をして、ゆくゆくは日本を代表するワインを育てることが大きな目標だ。

『まとめ』

「安心院葡萄酒工房のワインは、家族で食卓を囲みながら気軽に飲んで欲しい」と語る古屋さん。

最近では低価格の海外産ワインが多くなった影響もあり、日本ワインの方が割高に感じることも少なくない。
食卓でワインを楽しもうという時にも海外産ワインを選ぶケースが多いと思うが、日本の食文化に相性が良いのは言うまでもなく日本ワインである。

安心院葡萄酒工房のワインは日本の食文化との相性のよさはもちろん、家族団らんの場面でもっと気軽に楽しんでもらえることを目指している。
安心院の人々に愛されるワインは日本の食卓で愛されるワインとなり、次の目標である世界で愛されるワインへ向けてその一歩を確実に進めている。

今宵の食卓は美しい朝霧に思いを馳せながら、安心院ワインを楽しんでみてはいかがだろうか。

基本情報

名称安心院葡萄酒工房
所在地〒872-0521 
大分県宇佐市安心院町下毛798
アクセス車 大分自動車道 日出JCTから北九州方面(宇佐別府道路)に向かい、安心院ICで降りる。(2時間30分前後)
電車 柳ヶ浦駅又は宇佐駅(日豊本線)からタクシーで30分程度。
HPhttp://www.ajimu-winery.co.jp/index.html

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