長野県塩尻市にあるワイナリー「ドメーヌ・スリエ」の経営母体は、土木業を営む「有限会社 塩尻建友」。地元の荒廃農地を再生し地域に貢献することを目的として、2015年からぶどう栽培を開始した。また、2015年からは、自社醸造施設でのワイン醸造もおこなっている。
荒廃農地を再生した自社畑は、塩尻市の「広丘郷原(ひろおかごうばら)」地区に点在。ワイナリーから車で10分圏内にある畑の広さは、全部で4haほどだ。塩尻市は降雨量が少なく、夏でも朝晩はぐっと気温が下がる土地である。昼夜の寒暖差が大きいため、ぶどうの糖度が上がりやすくぶどう栽培の適地とされているのだ。
ドメーヌ・スリエでは、できるだけ除草剤を使用しない栽培方法を選択。「上段」「中段」「下段」に区分した自社畑では、土壌や気候の違いを考慮しながら複数の品種を栽培している。
自社栽培のぶどうを使って造るのは、畑ごとの味わいを生かした単一品種のワインがメインだ。中でも、メルローからは5つもの銘柄が造られ、同じ品種でもさまざまな味わいを楽しむことができる。化学物質をできるだけ使わず、自然のままの製法でワイン醸造をするのも、ドメーヌ・スリエこだわりのひとつだ。
今回は、主任の渡邊康太さんにお話を伺った。ドメーヌ・スリエの最新情報を紹介していこう。
『ドメーヌ・スリエ 2023年のぶどう栽培』
まずは、ドメーヌ・スリエの2023年のぶどう栽培と、自社畑周辺の気候を振り返ってみたい。全国的に猛暑が記録された2023年、ドメーヌ・スリエではどのようなぶどう栽培がおこなわれたのだろうか。
「塩尻市では、夏の暑さよりも雨の少なさが際立った年でしたね。カラッとした天候が続いたので、ぶどうにとっては過ごしやすいシーズンだった印象です。湿気が少なく、畑での作業もラクに感じましたよ」。
2023年の塩尻市の気候の特徴と、ドメーヌ・スリエのぶどう栽培について詳しく見ていこう。
▶︎2023年の気候と対策
「雨が少なかったことから、特に赤ワイン用品種では、優れた品質のぶどうが収穫できました。雨による病気の心配もなく、糖度もしっかりと上がったのです。バランスのよい味わいの果実になりましたね」。
一方、白ワイン用品種は糖度が上がりすぎ、酸が抜けてしまった品種もあった。例年、白ワイン用品種の糖度は24~26度程度だが、2023年には一番高い数値が28度を記録。温暖湿潤な日本の気候で育つぶどうとしては、まれに見る高い糖度だったのだ。
そこで、少しでも多く酸が残った状態で収穫するため、白ワイン用品種は収穫時期を早めた。通常は9月に入ってから収穫を開始するが、2023年は8月下旬に繰り上げたのだ。だが、もっと早い段階で収穫するべきだったかもしれないと振り返る渡邊さん。白ワイン用品種の中には、糖度が上がりすぎて発酵しにくくなったものもあった。
「赤ワイン用品種は完熟した健全なぶどうでしたね。雨が少なかったために凝縮感が強く、例年よりも搾汁率は下がりましたが、仕上がりには期待が持てます」。
▶︎気候変動を見据えた対応
もともと雨が少ない地域である塩尻市ではあるが、ぶどうの樹に水やりをすることはない。だが2023年は、近隣のエリアで水不足のために樹が枯れた畑もあったという。これから先の気候の推移によっては、栽培管理の方法を一部見直す必要が出てくるのかもしれない。
「数年前から、塩尻市では梅雨自体がなくなってきているのではないかと感じるほどです。私が2015年にドメーヌ・スリエでぶどう栽培を始めた頃は、梅雨の時期には毎日カッパを着て畑に出ていました。しかし、2020年以降はカッパを着て作業をすることがほとんどなくなりましたね」。
気候の変化に対応するために、新たな品種の導入にも積極的だ。植栽から数年が経過し、2023年にようやくまとまった収量が確保できたのはリースリング。ドメーヌ・スリエのリースリングは、冷涼な地域で育つものとは異なる風味が特徴だという。
2022年完熟するまで収穫を待ったところ病果が出てしまったため、2023年は少し早めに収穫することでリスクを回避。すると、青りんごのような香りとすっきりした飲み口になったのだ。2023年ヴィンテージの仕上がりは、渡邊さん自身も満足のいくものだったという。
今後新たに植えることを検討しているのは、タナやプティ・ヴェルドなど。他のワイナリーがあまり栽培していない品種を試してみようと考えている。また、塩尻市にある自社畑の土壌には、糖度があり完熟させた状態での収穫が可能なため、ピノ・グリが向いているそうだ。
「栽培している品種の中では、ピノ・グリに可能性を感じています。塩尻市ではピノ・ノワールが育ちにくいため、ピノ・グリも同様なのではないかと考えていました。しかし、実際に作ってみると、小粒であるため収穫作業が大変なのが難点ですが、病気にもかかりにくく栽培しやすいのです。今後がさらに楽しみな品種ですね」。
▶︎ドメーヌ・スリエのぶどう栽培
ドメーヌ・スリエの自社畑には、棚栽培と垣根栽培のエリアがある。借り受けた際にもともと棚が設置されていたものはそのまま使用し、更地を新たに開墾した畑は垣根畑として造成しているのだ。
ぶどう栽培においてこだわっているのは、除草剤を使わないこと。雨が少ない塩尻では雑草の成長も遅いので、月に1度の草刈りで問題ない。
ただし、雨が降ると草の繁殖スピードがアップするので、草刈りの頻度を増やして対応する。雑草が伸びて湿度がこもってしまうと、病気が出やすくなるため手入れが欠かせないためだ。特に棚栽培の畑の方が風が吹き抜けにくいため、雨が降った後には湿気がこもりやすく注意が必要だという。
「手を入れすぎるのもよくないので、伸びすぎない程度に管理しています。周りの畑がきれいなので、ある程度手入れをしなければという気持ちもありますね」と、苦笑しながら話してくれた渡邊さん。
ドメーヌ・スリエの自社畑は、渡邊さんを含めた3人体制で栽培管理をおこなっている。協力して区画ごとに作業を進めていくが、作業の進め方については各自が自分の判断でおこなう。樹齢30年以上のメルローなどの古木があるエリアでも、病気が出ない限り、特別な管理はしていないという。樹の力を信じておこなう栽培が、ぶどうそのものが持つ美味しさを引き出すのかもしれない。
『ドメーヌ・スリエのワイン醸造と、おすすめ銘柄』
続いては、ドメーヌ・スリエのワインにフォーカスしよう。年ごとの天候がぶどうの出来に影響することで、ヴィンテージによって味わいが異なるのがワインの魅力のひとつ。2023年、ドメーヌ・スリエではどのようなワインが誕生したのだろうか。
フラッグシップであるメルローについてだけでなく、リースリングのワインや、樹が成長して収穫が可能となったタナとプティ・ヴェルド、好評だったビジュノワールのワインなどについても紹介していきたい。
▶︎メルロー「REVIVRE(ルヴィーブル)」シリーズ
ドメーヌ・スリエのメルローのワインには、5つの銘柄がある。「REVIVRE(ルヴィーブル)」シリーズとしてリリースされており、いずれもメルロー単体のワインだ。
5つの銘柄の違いは、「Ⅰ」「Ⅱ」はフレンチオーク樽熟成、「Ⅲ」「Ⅳ」はステンレスタンク、「Ⅴ」は塩尻市産のミズナラ材で作られたミズナラ樽熟成という点だ。また、「Ⅰ」「Ⅲ」は樹齢30年の老樹、「Ⅱ」「Ⅳ」「Ⅴ」は樹齢10年以内の若樹のぶどうを使用している。
さらに、「REVIVRE」シリーズには限定銘柄もある。「REVIVRE Ⅱ メルロ 古樽熟成 2021」は、濃縮感があって評判のよいワインだという。和食にも合わせやすいため、いろいろな料理と合わせて楽しみたい銘柄だ。また、「REVIVRE Ⅲ メルロ ノンバリック 2021」は、樽を使用していないため純粋なメルローの味わいが楽しめる。
ドメーヌ・スリエのメルローのワインは、いくつかの銘柄を購入して飲み比べしてみるのがおすすめだ。
▶︎「GI長野」取得のリースリング
続いて紹介するのは、「【GI長野 認定品】リースリング 2023」。「GI長野」とは、長野県産の原料を用いて県内で造り品質を保証された、長野県産の日本酒やワインに与えられる認証だ。「GI長野」の取得は、ドメーヌ・スリエのワインでは初だという。
「『リースリング 2023』は、酸が残っているタイミングで早摘みしたリースリングを使っています。早飲みタイプで、ワイン単体で味わうよりも食事に合わせることでより美味しく飲んでいただけると思います」。
ドメーヌ・スリエの公式オンラインショップでは、さまざまな料理と合う味わいだと紹介されている「リースリング 2023」。おすすめは、鶏や豚のローストやキッシュ、焼魚、魚介の天ぷら、刺身、鮨、ポテト料理とのペアリングだ。
また、渡邊さんのおすすめペアリングは、地元産の山菜や露地栽培のアスパラなど。季節ごとの新鮮な食材に合わせて味わいたい。
▶︎2023年ヴィンテージの振り返り
ドメーヌ・スリエが2023年に仕込んだワインについても、いくつか触れておこう。
自社畑で栽培を始めたタナとプティ・ヴェルドが収穫できた2023年。少量のみだったため、メルローと共に仕込んだ。複数のメルローワインをリリースしているドメーヌ・スリエだが、通常はメルロー単体の銘柄が多い。メルローのみのワインとは異なる風味が感じられ、面白い仕上がりになっているそうだ。
また、ビジュノワールのワインにも注目したい。ビジュノワールはタンニンが強く、力強いタイプのワインになる特性を持つ品種だ。
「ビジュノワール単一で仕込んで、たくさんの方に試飲していただきました。タンニンが強いので、海外の赤ワインが好きな方には好評でしたね。しかし、赤ワインを飲み慣れていない方には向いていないようなので、どのような形でリリースするかについては検討が必要だと感じています。ブレンドワインに使用することも検討しています」。
そんな2023年ヴィンテージの赤ワインは、いつものドメーヌ・スリエの味わいとは違うのだと話してくれた渡邊さん。一体どういうことだろうか。
実は、2023年の醸造シーズンに渡邊さんがぎっくり腰になってしまったため、例年は渡邊さんが担当している「櫂(かい)入れ」を、別のスタッフが担当したのだ。
「櫂入れの力加減で、仕上がりが大きく変化するのです。2023年は、私が担当しているヴィンテージよりもさっぱりした味わいになると思いますよ」。
▶︎2024年の新たな取り組み
最後に、2024年の醸造ではどんな取り組みをする予定なのかを尋ねてみた。
「これまでは醸造に使用する酵母の使い分けはしていなかったのですが、2024年はいろいろな種類の酵母を使ってみようと考えています。品種ごとに異なる酵母を使うことで、新たな味わいを表現したいですね」。
新たな取り組みを検討するきっかけとなったのは、ワイナリーを訪れてワインを試飲したお客様からの声。白ワインの味がどれも似通っているという指摘を受けたのだという。そこで、まずは酵母を変えることで対応してみようと考えた。
実際にワインを飲んで感想を伝えてくれるお客様の声は貴重なものだ。今後のワイン造りにしっかりと生かし、より多くの人に響くワイン造りを目指していくつもりだと話してくれた。
『まとめ』
年ごとの気候の変化が大きい昨今では、ぶどう栽培をする上で常に状況を判断し、柔軟な対応をおこなう必要がある。ぶどうの力を信じて、できるだけ手をかけすぎない栽培管理をおこなうドメーヌ・スリエでは、2024年にはどんなぶどうが育つのか楽しみだ。
2024年以降は営業力もさらに高めていきたいと話してくれた渡邊さん。首都圏でのイベントに参加した際などに、もっとワイナリーの認知度をあげるべきだと感じることが多いのだとか。現在は公式オンラインショップでの販売と、塩尻市を中心に長野県内の酒販店での販売がメインだが、今後は県外での販路拡大も積極的に検討していく予定だ。
ドメーヌ・スリエではリリースするワインの事前告知をおこなっていないため、発売されるワインについて知りたい場合には、公式オンラインショップをこまめにチェックするとよいだろう。
さらに、2024年6〜7月にかけてはクラウドファンディング企画を実施したドメーヌ・スリエ。サポーターへのリターンとして、自社醸造のワインと共に「ワイン醸造に使用したぶどう」を提供するという興味深い取り組みだった。シャルドネ、マスカット・ベーリーA、ブラッククイーン、カベルネ・ソーヴィニヨン、ピノ・グリの5種類を提供し、目標金額を見事に達成した。
ドメーヌ・スリエの2024年ヴィンテージのワインと、新たな取り組みにも引き続き注目していきたい。
基本情報
名称 | ドメーヌ・スリエ |
所在地 | 〒399-0704 ⻑野県塩尻市広丘郷原1637-1 |
アクセス | https://goo.gl/maps/Nb4aw4cdHo59WKe1A |
HP | https://www.domaine-sourire.jp/ |