長野ワインの発祥の地である塩尻市にある「ドメーヌ・スリエ」は、2015年にぶどう栽培を開始し、2019年に自社醸造をスタートしたワイナリーだ。
日本ワインを代表する産地のひとつでありながら、ぶどう農家の高齢化により荒廃農地が増えるという問題に直面している塩尻。ドメーヌ・スリエは、地元のぶどう栽培とワイン産業を盛り上げることを使命として立ち上げられた。
ワイナリー名の「SOURIRE(スリエ)」とは、フランス語で「笑顔」「微笑み」を意味する言葉。ドメーヌ・スリエのワインを飲んで笑顔になってほしいとの願いが込められている。
「気の合う人たちと気軽に飲んでほしい」と話すのは、主任の渡邊康太さん。ドメーヌ・スリエ設立の経緯とこれまでの歩み、ぶどう栽培とワイン醸造について伺った。さっそく紹介していこう。
『塩尻市の活性化を目指し、ワイナリーをオープン』
ドメーヌ・スリエの経営母体は、土木業を営む企業である「有限会社 塩尻建友」。社長の発案で、後継者のいなくなったぶどう畑を引き継いだのだ。また、塩尻市内に増えてきた荒廃農地を活用するために、新たなぶどう畑も作った。ぶどう栽培を始めた当初から、将来的にワイン醸造をすることも視野に入れていたのだという。
日本を代表する銘醸地「桔梗ヶ原ワインバレー」として知られる塩尻市。多くのワイナリーがあるこの土地のワイン産業をさらに盛り上げるため、ワイナリーをオープンさせたいと考えた。
「荒廃農地を整備して苗を植え、ぶどう栽培を始めました。もともと植えられていたぶどうの樹をそのまま育てている畑もあります」。
▶︎ベーカリーとワイナリーをオープン
2017年にはドメーヌ・スリエの前身である「塩尻ファーム」を設立。2018年までは、自社畑で収穫したぶどうを長野県内の「安曇野ワイナリー」に委託醸造していた。そして、2019年にはベーカリーショップを併設したワイナリー、ドメーヌ・スリエをオープン。念願の自社醸造をスタートさせた。
ワイナリーの隣にある「ベーカリー・スリエ」は、塩尻産の米粉を使用したこだわりのパンが味わえるベーカリーショップ。塩尻産シャインマスカットの干しぶどう入りで、ドメーヌ・スリエの赤ワインを加えて練り上げた「信州塩尻ワインブレッド」は、ぜひ味わってみたい人気の商品だ。
▶︎渡邊さんとワイン
次に、今回お話を伺った渡邊さんと、ワインとの出会いについて見ていこう。渡邊さんは、前職ではまったく異なる業種で働いていたそうだ。
そんな渡邊さん、実は塩尻志学館高校出身。塩尻志学館高校といえば、地元・塩尻市にある歴史ある高等学校だ。果実酒類製造免許を取得しており、ぶどう栽培とワイン醸造が学べるカリキュラムが導入されていることで有名。渡邊さんも、塩尻志学館高校でぶどう栽培とワイン醸造を学んだひとりなのだ。
また、大学時代には、1年間休学してフランス・ブルゴーニュ地方のボジョレーにあるワイナリーで働いた経験も持つ。
「フランスに1年間滞在して、ビオ系のワインを得意とするワイナリーで、住み込みで働きました。当時教わったことが、ドメーヌ・スリエでのワイン造りに生かせていると感じますね」。
ぶどう栽培とワイン醸造が人々の暮らしに寄り添う塩尻で、高校生のときからぶどうとワインに親しんできた渡邊さん。縁あって入社したドメーヌ・スリエでは、入社当初からぶどう栽培に携わっている。
さらに2019年、ちょうどワイナリーがオープンしたときには、ワイン醸造に関する研修を受けるためにフランス・ボルドー地方に滞在していたそうだ。
渡邊さんが参加したのは、塩尻市主催の留学プログラムだ。塩尻市のワイン産業の活性化を目的とした研修で、ぶどう栽培からワイン醸造、ワイナリー経営まで幅広く学べる充実の内容だった。
「ボルドーで8か月ほど学び、新型コロナウイルスが流行する直前の2020年1月に帰国して、醸造家としてのキャリアをスタートさせました。タイミングよくとても貴重な経験をさせてもらいましたね」。
『ドメーヌ・スリエのぶどう栽培』
続いては、ドメーヌ・スリエのぶどう栽培について紹介していこう。
ドメーヌ・スリエの自社畑は、ほとんどが荒廃農地だったところを再生した土地だ。コンパクトな畑が市内に点在している。畑ごとに土壌の特徴に合う品種を植えており、自社畑に植える品種の選定は、渡邊さんに一任されている。
▶︎多くの品種を栽培
ドメーヌ・スリエが栽培するぶどう品種は、10種類以上にのぼる。
「社長から、好きな品種を育ててよいと言われているので、栽培してみたかった品種を中心に植えました」。
赤ワイン用ぶどうは、以下の8種類。
- コンコード
- マスカット・ベーリーA
- ブラック・クイーン
- メルロー
- カベルネ・ソーヴィニヨン
- ビジュノワール
- プティ・ヴェルド
- タナ
また、白ワイン用ぶどうは以下の4種類。
- ピノ・グリ
- シャルドネ
- ソーヴィニヨン・ブラン
- リースリング
- 竜眼
コンコードとメルローの一部は、引き継いだ畑にもともと植えてあった樹を、引き続き栽培している。コンコードの樹齢は20~25年、メルローの樹齢は30年ほどになる。
一方、プティ・ヴェルドとタナは、2020年に植えた樹だ。新しい樹からも、少しずつぶどうが収穫できるようになってきた。
▶︎ドメーヌ・スリエの自社畑
ドメーヌ・スリエの自社畑は塩尻市の「広丘郷原(ひろおかごうばら)」地区に点在している。いずれもワイナリーから車で10分圏内にあり、広さは全部で約4ha。社内では、畑の場所を3つのエリアに分けて、場所によって「上段」「中段」「下段」と表現しているそうだ。それぞれの土壌の特徴を見ていこう。
上段の土壌は赤土がメインで、中段や下段よりも肥沃。中段は川石と赤土が混ざった土壌だ。下段は信濃川水系の奈良井川のそばにあり、石が多い土壌だ。水はけは良好だが湿度が高く病気が出やすい。
同じ市内でも畑によって土壌の特徴や気候が違うのは興味深い。ドメーヌ・スリエでは、畑の特徴を考慮して植栽する品種を選定している。
「上段は樹勢が強くなりすぎるので、向いている品種を模索しているところです。中段にはシャルドネとソーヴィニヨン・ブラン、リースリングなどを植えています。下段は風が吹かず湿度は高いのですが、メルローには向いていると感じています」。
もともと降雨量が少ない塩尻市では、2022年は特に雨が少なかった。梅雨時でもまともに雨が降ったのはたったの3日程度だったという。また、夏でも朝晩はぐっと気温が下がり朝晩は肌寒いほど。昼夜の寒暖差はぶどう栽培によい影響をもたらす。糖度が上がりやすく、赤ワイン用ぶどう品種の色づきも申し分ない仕上がりとなるのだ。
「実際に栽培してみないと、土地に合う品種かどうかの判断は難しいですね。合わないと感じたら植え替えして、ほかの品種を試すことにしています。もちろん、畑との相性が抜群の品種もありますね。実は、中段の畑のソーヴィニヨン・ブランにはちょっとした秘密があるのです」。
渡邊さんがいたずらっぽく笑って教えてくれた「秘密」とは、たまたま畑のすぐ隣にある大きな倉庫の存在だ。大きな倉庫の影がソーヴィニヨン・ブランの畑の半分ほどにかかり、日陰をつくるという。
「ひとつの畑ですが、倉庫のおかげで日照時間が異なるため、同じ時期に完熟ぶどうと、酸の残ったぶどうの2種類が収穫できます。ひとつの畑で収穫した2種類のぶどうを一緒に醸造すると、バランスのよいワインに仕上がるんですよ。偶然とはいえ、熟し方の違いで絶妙な味わいが表現できる点に面白味を感じています」。
下段の畑で栽培するメルローは、「塩尻といえばメルロー」と言われるほど適性がある品種。ドメーヌ・スリエの畑でも素晴らしい品質のメルローが栽培されている。
「メルローは塩尻の気候に非常に合っていると感じますね。昔は越冬するときに寒さ対策として藁を巻いていたそうですが、今では必要なくなりました。温暖化が進んでいるので、今後はメルロー以外の品種により適性が出てくる可能性もあると感じています」。
▶︎ぶどう栽培のこだわり
ドメーヌ・スリエのぶどう栽培におけるこだわりは、できるだけ除草剤を使用しないで育てることだ。だが、除草剤を使用しない栽培方法では、頻繁な草刈りが必要となる。
暑い時期には、まだ涼しい早朝から草刈りをはじめる。昼に休憩に戻ると体重が3kgも減っていたこともあるという。大変ではあるが、美味しいワインを造るためには欠かせない作業なのだ。
また、雨が少ない土地柄ではあるが、近年は特に秋の雨に注意が必要だ。収穫時期が近づいた房が雨に当たると、ベト病などの病気が発生しやすくなるためだ。ドメーヌ・スリエでは、雨が多い時期に収穫を迎えるメルローにはレインカットをして、雨に当たらないようしっかりと対策をしている。
『ドメーヌ・スリエのワイン醸造』
続いて紹介するのは、ドメーヌ・スリエのワイン造りについて。ドメーヌ・スリエのワインの特徴は、畑ごとの味わいを生かした単一品種のワインだ。
畑ごとに別々に仕込むのは手間がかかる醸造方法ではあるが、ゆずれないポイントだという。
▶︎5種類のメルローワイン
ドメーヌ・スリエのメルローのワインには、なんと5つもの銘柄があるというのだから驚きだ。メルローは、「再生」や「復活」を意味するフランス語「REVIVRE(ルヴィーブル)」という銘柄としてリリースされている。
5つの銘柄はそれぞれローマ数字で区別されており、「Ⅰ」「Ⅱ」はフレンチオーク樽熟成、「Ⅲ」「Ⅳ」はステンレスタンク、「Ⅴ」は塩尻市産のミズナラ材で作られたミズナラ樽熟成だ。
また、「Ⅰ」「Ⅲ」は樹齢30年の老樹、「Ⅱ」「Ⅳ」「Ⅴ」は樹齢10年以内の若樹のぶどうを使用している。
少しややこしく感じてしまうかもしれないが、この仕込みの区分は、2020年ヴィンテージから開始した取り組みだ。同じメルローでもさまざまな味わいを楽しむことができると、お客様にも好評だという。
現在販売中なのは、2020年ヴィンテージのメルローのワイン。2021年ヴィンテージは、2022年の冬にリリース予定だ。ヴィンテージ違いで飲み比べることで、年ごとのぶどう本来の味わいを感じてみるのも面白いかもしれない。
▶︎ワイン醸造のこだわり
ドメーヌ・スリエのワイン醸造のこだわりは、化学物質をできるだけ使わずに自然な製法で醸造すること。
収穫したぶどうに酵母を入れて、最低限の酸化防止剤を投入する。できるだけ化学物質を使わず、自然のままの製法でワイン醸造をするのだ。この手法に生かされているのは、大学生のときに働いたフランス・ブルゴーニュのワイナリーでの経験だという。
ぶどう本来の味わいがしっかりと引き出されたドメーヌ・スリエのワインを味わえば、ぶどうが育った塩尻のぶどう畑の光景が口いっぱいに広がるに違いない。
ほかにもワイン造りにおけるこだわりがあるのか尋ねてみた。
「ぶどうの品質は毎年違うので、年ごとに特徴のある味わいが引き出せたらと思っています。実際に収穫したぶどうを見てから、どんな方法で仕込むかを考えることもあるのです。大切なのは、適切な収穫時期を見極めることと、柔軟な姿勢でワイン造りに臨むことですね」。
『ドメーヌ・スリエの強みと、今後の展望』
2019年から自社醸造を始めたドメーヌ・スリエのワインは、オンラインショップとワイナリーの店頭、地元の酒屋での販売が中心だ。
コロナ禍の影響もあり、飲食店で飲むよりも自宅で楽しむ需要の方が多いそう。状況が落ち着いたら営業を開始し、首都圏での販売も増やすことを計画している。
▶︎好きな味わいのメルローを見つけてほしい
ドメーヌ・スリエのワインをどのような場面で飲んでもらいたいかという質問への、渡邊さんの答えを紹介しよう。
「気の合う人たちとテーブルを囲んで食事をするシーンで楽しんでもらえるワインであることが理想ですね。私自身、堅苦しいのが苦手なので、ぜひ気軽に楽しくドメーヌ・スリエのワインをを飲んでもらいたいです」。
食やお酒の好みは人それぞれなので、料理とワインのペアリングも自由にしてほしいと話してくれた。気取らない日常の中で楽しんでもらえるワインを造りたいという渡邊さんの理想は、フランスに滞在中に体験した、現地の人々がにぎやかにワインを飲んでいたシーンだ。
そんな渡邊さんがドメーヌ・スリエの5種類のメルローから選ぶのは、「Ⅱ」のワイン。まだ若い樹から収穫されたメルローを、フレンチオークで樽熟成させた銘柄だ。
「『Ⅱ』の畑の樹は成長途上のため、味わいが荒々しくフレッシュです。さらに、メルロー特有の青い香りも残っていて、さっぱりと飲みやすいワインですよ」。
同じく若い樹のぶどうで仕込み、ステンレスタンクで熟成させた「Ⅲ」や、ミズナラ樽で熟成させた「Ⅴ」との比較を楽しんでほしいということだ。塩尻産ミズナラ樽の特徴は、繊細で優しい樽香。フレンチオークとの違いや、メルロー本来の味わいがダイレクトに感じられるステンレスタンクとの比較もしてみたい。
「できれば全部を飲み比べて、好きな味を探してもらいたいですね。日本人の味覚には、ミズナラ樽で熟成させたメルローがマッチするのではと感じています」。
▶︎自由な栽培と醸造で、個性的なワインを造る
ドメーヌ・スリエの強みは、小規模であることを生かした柔軟で小回りがきく体制だ。
「畑ごとに分けて仕込みをしたり、珍しい品種を栽培したりと、自由にぶどう栽培やワイン醸造をおこなえるのが、小さなワイナリーの強みだと考えています」。
ドメーヌ・スリエならではの強みを生かすことで、醸造家の個性を生かしたワインを造ることができると感じているそうだ。
実は、畑ごとに分けて仕込みをしているメルローは、畑によって収穫時期がずれてしまったことがあり、収穫したぶどうから順に仕込みをしたのがそもそもの始まりなのだとか。それぞれ素晴らしい仕上がりになり、混ぜてしまうのがもったいなくなったので、同じシリーズの別々の銘柄としてリリースした。
▶︎ブレンドワインやヌーヴォーにも挑戦
ドメーヌ・スリエでこれまで醸造したワインは、すべて単一品種で仕込んだものだ。品種ごとの特徴をそのままワインとして表現するのが狙いだ。
これから挑戦したいワインについて尋ねると、ボルドータイプのブレンドワインに挑戦したいと回答してくれた。
「2022年は、カベルネ・ソーヴィニヨンとメルローのブレンドを考えています。カベルネ・ソーヴィニヨンとブレンドするために、タナとプティ・ヴェルドを植えました。伝統的なボルドースタイルのワインを造るつもりです」。
2021年の醸造では、メルローに新樽を使ったりブラック・クイーンを樽熟成させたりと新たなことにも挑戦した。今後は、ガメイの栽培を始めることも検討している。
「苗が手に入れば、日当たりと風通しがよい場所にある畑でガメイを栽培して、新酒としてリリースできるような銘柄の開発に取り組みたいと考えています。塩尻ワインの新酒はナイアガラとコンコードがほとんどなので、ドメーヌ・スリエならではのヌーヴォーとして売り出したいですね」。
『まとめ』
塩尻のぶどう栽培とワイン産業の復活と更なる発展を願い、丁寧なぶどう栽培と個性的な腕醸造をおこなうドメーヌ・スリエ。
首都圏での販売強化を見据え、2022年2月からは、東京・銀座にある長野県のアンテナショップ「銀座NAGANO」で、ルヴィーブルシリーズの販売を開始した。また、2022年4月からは、大阪の阪神百貨店梅田本店の地下1階「リカーワールド」での取り扱いもスタート。
より多くの人にドメーヌ・スリエの名が知れ渡り、広く飲まれる日も近い。さまざまな醸造スタイルを採用し、新たなステージを切り開こうとしているドメーヌ・スリエに、今後も注目していきたい。
基本情報
名称 | ドメーヌ・スリエ |
所在地 | 〒399-0704 ⻑野県塩尻市広丘郷原1637-1 |
アクセス | https://goo.gl/maps/Nb4aw4cdHo59WKe1A |
HP | https://www.domaine-sourire.jp/ |