『笹一酒造』富士山の麓で、日本古来の自然信仰を大切にした酒造りをする

日本ワインの銘醸地のひとつとして名高い山梨県。今回紹介するのは、そんな山梨県大月市笹子町で日本酒蔵としてスタートし、日本の歴史と伝統を大切に酒造りをおこなっている「笹一酒造」だ。

富士山を臨む「富士御坂」の地で、清らかな水と大地の恵みを存分に生かし、日本酒とワインを造っている笹一酒造。代表取締役社長を務めるのは、山梨県酒造組合会長、山梨県酒造協同組合理事長も務める天野怜さんだ。

今回は天野さんに、笹一酒造の歴史と酒造りに関して詳しく伺うことができた。いにしえからの信仰象徴である富士山の麓で自然の魅力をそのまま表現する酒造りをおこなっている笹一酒造の、ぶどう栽培と醸造におけるこだわりに迫っていこう。

『笹一酒造の誕生と歩み』

笹一酒造が誕生したのは1661年、なんと江戸時代にまで遡る。創業当初は「花田屋」という屋号だったという。

そして大正時代になり、1919年のこと。天野さんの祖父で、当時の山梨県知事でもあった天野久氏が、社名を「笹一酒造」に改名。現在の代表は、社名が「笹一酒造」になってから5代目の当主だ。

連綿と続く歴史を持つ笹一酒造について語る際には、ワイン醸造だけではなく日本酒醸造に関する話題にも触れる必要があるだろう。

また、笹一酒造の歴史を紐解くには、山梨という土地のなりたちや文化と歴史、日本の山岳信仰への理解も不可欠だ。笹一酒造がこれまで辿ってきた道のりを振り返ってみよう。

▶︎社名「笹一酒造」の由来

まずは、社名の由来について紹介しておきたい。笹一酒造の「笹」とは、「酒」を意味する古語である。

また、「一」が示すのは、日本を代表する霊峰である「富士山」。笹一酒造の醸造所は富士山の麓にあり、「酒の日本一を目指す」という思いを込めて命名されたという。

「社名のロゴのモチーフにも、日本の伝統的な紋様を取り入れています。三種の神器のひとつである『八咫鏡(ヤタノカガミ)』で、『笹一』の文字の周りをふちどりました」。

笹一酒造の社名には、何百年もかけて受け継いできた伝統のもと、日本の自然と文化を心から慈しみながら酒を造るという決意が込められているのだ。

▶︎富士御坂の恵みを受けた酒造り

笹一酒造があるのは、富士の裾野に広がる「御坂(みさか)山地」。御坂一帯は、約2500万年前に大陸プレートが移動したときに誕生したエリアだ。小笠原諸島が大陸とぶつかり、隆起して生まれたのである。そのため現在でも、御坂の大地を深く掘り返すと小笠原諸島と共通した土壌が出てくるのだという。

「御坂と小笠原諸島に共通する土壌として、特徴的なものは『軽石』ですね。軽石が含まれているおかげで非常に水はけがよいのです。ヨーロッパの代表的なワイン産地などでは大地に染み込んだ水が地下に染み込むまで1年ほどかかるそうですが、御坂の地では10日ほどしかかかりません。地下に落ちた水は、40年近くかけて地下40mから地上へと湧き上がってきます。笹一酒造の酒蔵がある場所は、御坂で水が湧き上がってくる唯一のポイントでもあるのですよ」。

湧き上がってきた清らかな水を使い、400年前から日本酒を造って来た笹一酒造。酒蔵の裏手には杉の木があるのだが、杉はよい水の場所でしか育たたないと言われているため、先祖が杉を見てこの地で酒造りをすることにしたのだとか。

「笹一酒造では、水の豊かな場所では日本酒を造り、関東山地側にある水はけがよく乾いた場所ではワインを造っています。笹一酒造は日本酒だけでなく、この地に古くから息づく甲州種のぶどうを使ったワイン造りもおこなってきました」。

▶︎酒造りにおける信念

笹一酒造は、どのような考えを持って、山梨という土地で酒造りに取り組んでいるのだろうか。

「日本酒とワインを対比してみると、日本酒は『水』の酒で、ワインは『土地』の酒だといえるでしょう。山梨は水はけのよさと豊かな水が絶妙なバランスで両立している土地です。だからこそ私たちは、ただひたすらに山梨という土地と向き合って酒造りをしているのです」。

日本人は古来より、無生物を含めた全てのものに霊が宿るという「アニミズム」を信仰してきた。日本文化に根ざす「八百万(やおよろず)の神々」の思想だ。

そして、アニミズム信仰と酒造りは深いつながりがある。酒は古くから神社における祭事に使われたり、ハレの席で振る舞われたりしてきたものであるためだ。

「日本酒はもちろん、ワインに対しても、富士山から端を発する日本文化の象徴たる存在であると考えています。山梨に息づく甲州を使って、日本人のアミニズムに根ざすワインを造るという意識で醸造に向き合ってきました。もともとこの土地にあったものを尊重し、食文化に合わせて酒造りをすることが、私達の目指すものです」。

『笹一酒造のぶどう栽培』

続いて見てくのは、笹一酒造のぶどう栽培について。笹一酒造では、山梨の土地に根ざした以下の品種を中心に栽培している。

  • 甲州
  • マスカット・ベーリーA
  • シャルドネ
  • シラー

栽培のこだわりや圃場の特徴などについて紹介していきたい。

▶︎伝統品種と西洋品種、それぞれの特徴を引き出す畑

甲州とマスカット・ベーリーAは、古くから山梨で栽培されてきた伝統品種だ。土地に根ざした固有の品種で、ぶどうの個性を引き出すことを目指す笹一酒造。固有品種を栽培しているのは、醸造所から近い場所にある「甲斐大和」地区の圃場だ。

「甲斐大和地区の圃場は『笹子峠』という峠から吹き下ろす風である『笹子おろし』が吹きつけます。とにかく猛烈な風が吹き荒れるため、虫がつかないのです。自然環境を生かすことで、甲州そのものの味をしっかりと出すことができていると思います」。

一方、西洋ぶどう品種のシャルドネとシラーは、甲府盆地の南に位置する「豊富」地区の圃場で栽培している。

「豊富地区の圃場では西洋品種を栽培しています。豊富地区は甲府盆地の影響が強く、昼夜の寒暖差の大きい地域です。そのため、スパイスのフレーバーを感じられるぶどうが育ちやすいのです。スパイシーさが魅力になる品種は何かと考え、シャルドネとシラーを選びました。品種特性を考慮し、一文字短梢栽培で育てています」。

豊富地区の圃場は、夏の暑さが厳しいのが特徴だ。最も気温が高い時期には日中に40℃を超えることもあるという。だが、高台に位置するため陽が沈むと気温が急激に低下し、激しい寒暖差が生まれるのだ。

また、風通しがよく水はけもよい土壌で、八ヶ岳からの偏西風の影響を受ける。標高は800mくらいで、畑は斜面にあるため日照も問題ない。

「暑い場所ではありますが、山から来る風によって風通しが非常に良好です。御坂山だけでなく他の山の風の影響も受けており、あらゆる方向から風がびゅうびゅうと吹き下ろしていますよ」。

異なる性質を持つ2か所の畑で育つ、笹一酒造のぶどう。それぞれの地の利を生かし、豊かなフレーバーを持つ健全なぶどうを栽培しているのだ。

▶︎栽培のこだわりと、今後の可能性

笹一酒造では、丁寧な手入れをおこなうことで質の高いぶどうを生み出している。

特に力を入れている作業は、茂ったぶどうの葉を間引く「除葉」だ。風通しをよくすることで病害虫のリスクを減らしたり、光合成の効率を上げたりするためにおこなっている。光合成で生み出される糖度と酸のバランスを計算しながら実施しているという。

「近年は予想のできない天候も増えているので、気候に合わせた柔軟な栽培管理をするよう心がけています。また、雨よけのための『傘かけ』をできるだけ前倒しにおこない、樹の仕立てもより最適な形になるよう試行錯誤しています。さらに、気候変動で不安定になりがちな収量を増やすために、一部では垣根栽培も増やしています」。

気候変動によって栽培の難しさが年々増しているとはいうものの、利点も感じているという天野さん。例えば、暑さと寒暖差による効果で、シラーのスパイス感がより魅力的に表現できるようになったことが挙げられる。今後、笹一酒造が栽培するシラーへの期待がいっそう高まる。

『笹一酒造のワイン造り』

笹一酒造がワイン造りにおいて最も大切にしているのは「土地のものを、そのままのきれいな形でお酒にする」こと。日本酒にもワイン造りにも共通した信念である。

山梨の自然そのものをダイレクトに感じられるワイン醸造を目指す笹一酒造。ワイン造りにおける信念とこだわりと、酒造りへの思いを伺った。

▶︎土地のものを、そのままの形でワインに

「山梨という土地のポテンシャルを最大限に生かしたいと思っています。降水量が多い土地であるにも関わらず、ワインの銘醸地としても成功しているのは、ぶどうと土壌の相性がよいからでしょう。そこで、笹一酒造のワイン造りでは土地の味わいを引き出すために、アッサンブラージュをしないワイン造りをしています」。

酒造りにおいては、できるだけ余計なことはしたくないと強調する天野さん。自然そのままの形が、もっとも尊く美しい。自然から与えられた恵みをそのままに表現し、飲み手に届けることを使命としているのだ。

天野さんは、日本の文化を酒という形で海外に正しく伝えたいという思いもあると話してくれた。

「優れたワインというものは、そのワインが内包する歴史や文化にも価値があるものです。ヨーロッパの名高いワインは、ワイン自体が歴史書のようなものだと言えるでしょう。同じように、甲州ワインでぶどうの持つ歴史背景や文化の重みを伝えることこそが、私たちの責務だと思っています」。

▶︎「OLIFANT(オリファン)」ブランド

笹一酒造のワインブランド「OLIFANT(オリファン)」には、変化する食文化に対応しながら、現代の料理に合うワインにしたいという思いが込められている。

「オリファン」とは、ローマ神話に登場する酒と豊穣の神様「バッカス」が手にしていた象牙製の角笛のこと。命名したのは、数代目の当主と親交があった東京大学名誉教授の辰野隆(ゆたか)氏だ。「酒蔵なのだからお酒の神様に関連のある名前を」ということで付けてもらった名前なのだという。

「『OLIFANT(オリファン)』のテーマは、土地の味わいを生かしつつ、現代の食文化や人々の口に合う味わいを目指すことです。山梨県の食文化は、すべて『山』の恵みとつながっているということを表現できればと思っています」。

どんな土地でも、地元の自然が育んだ食材が料理にも生きている。例えば、山梨の郷土料理には濃い味噌味が多い。かつて移動手段が徒歩だった時代には、山道が多く汗をかくために塩分補給が欠かせなかったことが関係しているのだ。現在の山梨にはジビエ料理のレストランが増えているが、そんな歴史を持つ地域ならではの歴史やエッセンスが生かされているそうだ。

「甲州のワインは、山梨の食材だけでなく、皆さんが普段食べる和食やお惣菜との相性も抜群です。甲州にはグレープフルーツや和柑橘のような香りもあるので、柑橘をふりかけて食べるメニューなどに、特にマッチしますよ。魚やチキンなど、さまざまな食材に合わせて楽しんでいただきたいですね」。

日本人の味覚や食文化に寄り添う「OLIFANT(オリファン)」。美しい液体を口に含めば、土地の恵みをそのままワインに溶け込ませるという笹一酒造の思いを感じられるだろう。

『これからの笹一酒造 酒文化発信の担い手として』

最後に見ていくのは、笹一酒造の未来について。

太古からの自然の恵みを享受して、文化として連綿と受け継いできた思想に基づいた酒造りがモットーの笹一酒造では、今後どのような企画を考え、実行していくのか。

開催しているイベントや、実施予定の取り組みについてお話しいただいた。

▶︎新酒まつりの魅力 日本酒とワインが同時に楽しめる場所

笹一酒造の魅力のひとつに、毎年開催している「笹一新酒まつり」がある。

「日本酒とワインの新酒を同時解禁する新酒まつりを、70年ほど続けて開催しています。日本酒とワイン両方の新酒が楽しめるのは、笹一酒造だけですよ」。

「笹一新酒まつり」の開催は、11月の第1週目の週末。毎年3000人近くの人が集まるという。

また、3月31日には「ささいちの日」として、春祭りを開催。日本酒の新酒と熟成ワインが振る舞われるイベントだ。

「ささいちの日」は、天野さんが代表に就任してから新たにスタート。コロナ禍の中始まった企画だったものの、今や笹一酒造の2大祭りのひとつとして欠かせない存在になっている。

「『ささいちの日』には、山梨の料理人にきていただきます。地元ならではの味覚を、さまざまな料理として楽しめますよ。笹一酒造の庭や、試飲などが楽しめる直営ショップ『酒遊館』で開催していますので、ぜひ気軽に立ち寄って楽しんでください」。

笹一酒造はJR東日本中央本線の笹子駅から徒歩3分ほどの場所にあるため、アクセスのよさも大きな魅力だ。都心からほんの1時間ほどの距離のため、日帰りもできるという手軽さは見逃せない。海外からの観光客も増えており、山梨という土地のポテンシャルの高さを感じさせる。

▶︎山梨の文化や歴史を発信していく

今後は山梨の魅力を県外にもさらに発信していくべきだと考えている天野さん。

「ポテンシャルのある山梨だからこそ、『ワイン県』という名前ではもったいないと思うのです。山梨のあらゆる酒や食を、さらにアピールしていけたらと考えています」。

かつて山梨は「ワイン県」としての魅力を打ち出していたが、近年は「美酒・美食王国やまなし」としての魅力を発信しつつある。

また、富士山が「世界文化遺産」として登録されてからというもの、世界中の人が富士山を訪れるようになった。高級リゾートホテルが建設され、今後はさらに「高級観光地化」が進むと予測される。

高級ホテルが立ち並べば、必然的に求められるのは「レベルの高い酒」だ。卸す場所があってこそ、ワイナリーや酒蔵は「レベルの高い酒」を造ることができる。

「時代の流れに合わせて酒造りのレベルも上げていければと思っています。我々は山梨の文化を日本酒とワインを通じて発信していくという任務を担っているのです」。

『まとめ』

山梨の存在感を世界に発信していくという使命は大きいものだが、笹一酒造は強さとしなやかさを持ってこれからもまっすぐに突き進む。

「はるか古代から続く富士山信仰や、日本特有の『八百万の神』の考え方は、海外の人たちにとっても非常に魅力あるものに映っています。『日本酒』や『日本ワイン』を海外に輸出すると同時に、日本の文化も正しく伝えていき、さらに日本文化が世界に認められるものになるよう価値を底上げしていきたいですね」。

富士山に守られた山梨の自然環境は、豊かな味わいの日本酒とワインを生み出す。笹一酒造は山梨にしかない唯一無二の自然と歴史、そして文化に敬意を持ち、これからも丁寧に酒を造るのだ。

笹一酒造が醸す日本酒とワインを味わいたいと思ったら、都心からもほど近い山梨にふらりと立ち寄ってみて欲しい。きっと美味しいお酒と食があたたかく出迎えてくれるだろう。

基本情報

名称笹一酒造
所在地〒401-0024  
山梨県大月市笹子町吉久保26番地
アクセスhttps://maps.app.goo.gl/TD6XFnYxFGC24Vwm6
HP
https://www.sasaichi.co.jp/

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