HOCCAワイナリーは、日本酒の酒蔵が母体のワイナリーだ。出発は、「日本酒と果実酒の両方に取り組むことで、より良い酒造りへのヒントを得られるのでは」という試みからだった。
ワイナリーの中心となって活躍するのは、醸造責任者の阿部龍弥さんをはじめとした若いメンバーたち。大切にしてきたテーマは、日本酒と同じく「食事に寄り添う透明感のある酸」があることだ。日本酒造りと同様、手を加えすぎないことをこだわりとしてワイン造りをおこなってきた。
ワインの味だけでなく、絵本の世界に迷い込んだようなエチケットも魅力のひとつ。若い感性が生きている。
そんなHOCCAワイナリーだが、2022年に大きな転期が訪れた。新型コロナウイルス流行の影響もあり、自社ぶどう畑を手放すことになったのだ。3月に急遽決定したことで、2022年の醸造はもとより、HOCCAブランドの存続自体が危ぶまれた。
しかし、若いスタッフを中心とした小回りのきく方針転換で、主力商品として展開しているシードルの醸造に注力する方向に移行。原料のりんごを確保し、6000ℓの醸造量をクリアした。
波乱を乗り越え、新たなステージに踏み出したHOCCAワイナリー。激動の2022年を追う。
『自社畑の廃止とシードル醸造への転換』
2022年に自社畑を手放したHOCCAワイナリー。一旦、自社ぶどうによるワイン造りを休止し、シードルの醸造をメインに据えた。
驚きと波乱に満ちた2022年を、ワイナリーはどのように乗り越えたのか。HOCCAワイナリーが歩んだ1年を振り返りたい。
▶︎まずはりんごの確保から 体制を立て直しシードル醸造へと舵を切る
自社畑の廃止が正式に決まったのは、2022年の3月のことだった。当時はワイナリー事業の継続すら危ぶまれる状態だったという。
「HOCCAワイナリーは2018年から5年間経験を積み上げてここまで来ました。これまで続けてきたワイナリー事業を、簡単に諦めたくなかったのです」と、醸造責任者の阿部さんは言う。
阿部さんは社長に事業の継続を訴える。熱意が通じ、ワイナリー事業の継続が決まった。
しかし大変なのはその後だ。自社畑がない以上、外から原料を調達しなくてはならない。何を調達してどんなお酒を造るのか、急いで方針を固める必要があった。
会社のメンバーで集まり、何度も話し合った。その結果決まったのが、シードルの醸造への注力だったのだ。以前から関係があるお取引先様から、りんごが調達しやすい状態にあった。2022年ヴィンテージの醸造に向けてりんごの確保が確定したのは、なんと6月に入ってからのことだった。
「山形にはりんご、ラ・フランス、ヤマブドウなど、良質な山形産果物を扱う生産者の方がたくさんいます。もともと繋がりがあったところからりんごを回してもらえたので、ギリギリのスケジュールでしたがなんとかなりました」。
HOCCAワイナリーは、酒造りに対して真摯な姿勢を貫く。りんご生産者のもとへ挨拶に出向き、原料のりんごをどういった思いや体制で育てているのかを聞いた。現地を見て直接話し、生産者のこだわりや苦労を理解した上で原料を使いたかったからだ。
▶︎久しぶりのシードル醸造 自分たちのスタイルを見極める
10月中旬からスタートしたシードル造り。HOCCAワイナリーにとって、2022年に新設したワイナリーでの、初めてのシードル醸造だった。
「3年前と同じようにしたつもりだったのですが、搾汁がうまく進まず、戸惑いました。りんごの一般的な搾汁率はおよそ65%ですが、そのときは40%ほどしかジュースが絞れなかったのです」。
しかし阿部さんは冷静に状況を分析し、判断した。その後、プレス機にりんごを入れる方法を変えることで搾汁率を上げることができた。
「搾汁率を70%ほどまで上げることができました。いろいろな人に話を聞きながら調整し、HOCCAワイナリーに合うやり方を模索した結果です」。
ぶどうで造るワインと、りんごで造るシードル。「果実から造られる醸造酒」という点では同じだが、製造方法に違いはあるのだろうか。
「一番大きな違いは、シードルには『マッシュ』という工程があることです。りんごをすりおろす作業のことですね」。
ぶどうの場合、房をプレス機に直接入れれば果汁を搾ることが出来る。しかし、りんごは実が硬いため、プレス機に入れるだけでは搾汁できないのである。
そこで、りんご果汁を絞りやすくするために搾汁前に行うのが「マッシュ」という作業だ。巨大ミキサーのような「マッシャー」と呼ばれる機械にりんごを入れ、すりりんご状にする。
りんごの搾汁作業は、極めてスピーディーに行われる。りんごは酸化しやすいため、できるかぎり早く搾汁を済ませることが美しいりんごジュースを造る上で欠かせない。
「搾汁の次におこなうのは発酵で、その点はワイン造りと変わりません。ただし、りんごはぶどうよりも淡白な味わいなので、発酵するときには皮や軸、種も全部入れて複雑味を出します」。
酵母を添加して発酵させる点はぶどうと同様だが、細かな違いもある。発酵中の栄養添加の処理だ。発酵中に栄養が少ないと、硫黄のような還元臭が発生してしまう。りんごに含まれる窒素分はぶどうよりも少なく、発酵を促進するために栄養の添加が必要なのだ。栄養を入れる量やタイミングが美味しいシードル醸造の鍵となるため、一瞬たりとも気が抜けない。
造り手の繊細な観察と対応によってはじめて、旨みたっぷりの美味しいシードルが出来上がる。
シードル醸造にかかる期間は、最短でおよそ2か月ほど。搾汁や発酵、澱引き、2次発酵とさまざまな工程を経て完成するシードルには、造り手のこだわりと情熱がたっぷりと溶け込んでいる。
▶︎フレーバー・シードルの可能性に着目して
HOCCAワイナリーが醸すシードルには、りんご100%以外のラインナップも存在する。ラ・フランスやヤマブドウなどを添加した、フレーバー・シードルだ。
「アメリカでは、シードルのことを、『ハードサイダー』と呼ぶそうです。いろいろなフレーバーが楽しめる、いわゆる『クラフトハードサイダー』がアメリカで流行っているので、うちでも挑戦しようと考えました。これから日本でも人気が高まる、新ジャンルのお酒だと思いますよ」。
ラ・フランスやヤマブドウのような山形の風土を感じてもらえるものから、パッションフルーツやレモンを用いたより遊び心のあるものまで、幅広く検討している。
さて、続いて見ていきたいのはフレーバー・シードルの製造方法や味について。
「シードルなので、ベースはあくまでもりんご果汁です。りんご果汁にフルーツ果汁をフレーバーとして足し、ブレンドしていくイメージで造ります」。
アルコール度数はいずれも6〜7%ほどで、食前酒、食中酒として気軽に楽しめるお酒になっている。
女性や若者など、あまりアルコールに強くない人々にも楽しんでもらいたいと話す阿部さん。そのため、今までのワインやシードルはフルボトルのみの展開だったが、フレーバー・シードルはハーフサイズでも販売していく予定だ。
「フルボトルだと余らせてしまう人にとって、ハーフボトルは手に取りやすいサイズです。特にシードルは発泡性のお酒なので、小さいボトルがちょうどよいと思っています」。
気軽に楽しめるフレーバー・シードル。新しい選択肢として、今後広まっていきそうな予感がする。
▶︎ぶどうのワイン醸造へも意欲 相性のよいぶどう農家の方を見つけたい
2022年、HOCCAワイナリーはシードル醸造を本格始動させた。2023年以降は、シードル以外に、ぶどうを使ったワインの生産をおこなう予定はあるのだろうか。
「せっかく去年までおこなってきたワイン醸造ですから、今後は買いぶどうで醸造したいと考えています。お互いに話し合いながら、長く付き合っていける農家さんを探したいですね。新しい企画にチャレンジしたいと考えているので、変化を楽しめる人と一緒にやっていきたいです」と、阿部さんは意気込みを話す。
ここで、HOCCAワイナリーが2021年ヴィンテージに醸造したワイン「HOCCA Table Rouge」「HOCCA Table Blanc」の2種類を紹介しておきたい。気軽に楽しむことをコンセプトに造られたこれらのワインは、飲みやすく軽やかな仕上がり。家庭料理に合わせてのんびりと楽しめるワインだ。
家庭料理に合う秘訣は「酸」。HOCCAワイナリーのワインやシードルは、酸味を意識して造られている。ワイナリーに一貫したテーマは「キュートな酸」を表現すること。心地よい酸があるから、幅広いジャンルの料理にも入り込んでいけるのだ。
「HOCCA Table Rouge」「HOCCA Table Blanc」について注目すべき点がもうひとつある。それは、シンプルなワンポイントのエチケットだ。
「HOCCA Table Rouge」「HOCCA Table Blanc」のエチケットは、コインサイズの丸型シール。ほかではなかなか見られない斬新なデザインになっているため、ワインショップに並んでいたら目を引くこと間違いなしだ。
「シンプルを極めたデザインにしてみました。シールにはHOCCAならではのキャラクターイラストが印字されています。ちなみに、2022年に醸造したシードルも、同様のエチケットデザインにする予定です」。
攻めたデザインのエチケットにした理由は、とにかく「手に取ってもらう」ことを目指すため。HOCCAワイナリーのお酒は家庭的な料理に合わせることを想定されているので、幅広い層に購入してもらうことを強く意識しているのだ。
「HOCCAのお酒は、ご家庭の普通の食事に合わせて楽しんでほしいのです。もちろん、週末のごほうび的に飲んでもらえるのも嬉しいですね。夫婦の晩酌に選んでもらえたら素敵です」と、阿部さんは微笑む。「HOCCA Table Rouge」「HOCCA Table Blanc」は、HOCCAワイナリーの公式オンラインストアで購入可能だ。
近い将来、またHOCCAワイナリーでぶどうのワインが生産が再開されることを願うばかりだ。それまでは、バラエティ豊かなシードルを味わいつつ、造り手の思いを堪能しよう。
『これからのHOCCAワイナリー』
続いては、HOCCAワイナリー2022年の振り返りと将来の目標について見ていきたい。将来的に企画していることや、今後のワイナリー運営についての思いにスポットライトを当てていこう。
▶︎2022年に再確認したHOCCAワイナリーの「良さ」
「HOCCAワイナリーのよさは、多彩なアイデアを持つ社員がいることです。また、レスポンスが早く、企画を迅速に実行できる力があることも強みですね。入社1年目の社員の提案で、ウクライナ支援を目的としたシードルを発売しました。地元テレビの取材を受けるなど、大きく注目していただいた取り組みでした」。
ウクライナ支援のためにおこなったのは、HOCCAワイナリーで醸造したシードルの寄付だ。シードルのボトルには、ウクライナへのメッセージシールを貼り付けた。
2022年には、都内のワイン関連のイベントにも多数参加した。「今後も来てくださいと声をかけていただくことも多く、よい経験になりました」と、阿部さんは笑顔で振り返る。
事業継続が危ぶまれた苦しい時期を、柔軟性と意志の強さで乗り越えたHOCCAワイナリーの造り手たち。事業を継続でき、醸造していること自体が嬉しいと言う。
危機を乗り越えたHOCCAワイナリーは、またひとつ強さとしなやかさを身に着けたことだろう。2023年以降も、持ち前の軽快なフットワークで、多くのことにチャレンジしていく。
▶︎シードル・ワイン造りの目標
「まだまだスタートラインに立ったばかりです。まずは目の前のことに対して堅実に、ひとつずつ取り組んでいきます」。
2023年は、シードルが主軸商品に切り替わってから2年目の年。今後必要になるのは、シードルのラインナップを充実させていくことだ。
具体的に考えているのは、「クリアなシードル」を造ること。現状HOCCAワイナリーの醸すシードルはいずれも濁りがあり、旨味やコクの強さがメインの仕上がりだ。選択肢を増やすためには、すっきり感を一番に据えた商品も必要になってくるだろう。
あらゆるタイプのシードルを揃えることができれば、シードルを専門的に取り扱う醸造所としての存在感はさらに増すはずだ。フレーバー・シードルというHOCCAならではの武器も携え、目標に向かって突き進む。
▶︎人とのつながりを大切に 地域に根ざしたイベントを
「時代はようやく、『ウィズコロナ』に突入しつつありますよね。長引いたコロナ禍によって、人々の間にフラストレーションが溜まっているのを感じます。今後は、たくさんの人をワイナリーに呼んで、楽しく過ごしていただける場の提供をしていきたいです」。
阿部さんが想定しているのは「お祭り」のようなイベント。地域の人々に来てもらい、様々な催しやお酒を心ゆくまで楽しんでもらう。地域に根ざした活動を増やしたいと考えているのだ。
「山形県鶴岡で造っている以上、地元鶴岡での認知度向上をもっと図っていきたいのです。10年、50年、そして100年と、長く続く会社にしていきたいですね。そのため、まずは地域で続けるための基盤を作れたらと思います」。
まだまだ地元の認知度が足りないと、阿部さんは話す。地元の人達とのコミュニケーションが増えれば、地域全体の活性化につなげることができる。地域が元気なら自ずと訪問客も増え、地域の産業も潤うだろう。今後も同じ場所で事業を続けていくうえで、地域貢献は無視できないテーマになる。
HOCCAワイナリーでは、「地域の祭り」以外にも考えているイベントがある。ひとつは、都内イベントの積極参加、そしてもうひとつが四季に関連したイベントの開催だ。
すでに都内のイベントには参加しており、関連会社の社員も含めて力を入れているそうだ。イベントの誘いは、取引のある飲食店や酒屋経由で話をもらうことが多いという。HOCCAワイナリーが人のつながりを大切にしてきたからこそ生まれている縁なのだ。
では、四季に関連したイベントとは一体どういったものなのだろうか。まだまだ構想中の段階ではあるが、春なら桜に関連したイベント、夏なら花火大会に関連したイベントを考えているという。
「イベントだと、ワインやシードルを飲んでくれるお客さまの反応を間近で見ることが出来ます。お客さまが飲んでくれるシーンを見るのが、社員にとって一番の活力になるのです。飲んでくれる人がいるなら、どこへでも飛んでいくつもりです」。
▶︎阿部さんの夢
阿部さんには、お酒造りに関して常日頃から抱いている夢がふたつあるという。
ひとつは、日本酒の概念をくつがえすようなお酒を造ること。もうひとつは、ワインと日本酒が融合したお酒を造ることだ。
ふたつの夢に共通するのは、自由な発想で既成の枠を超えるものを造りたいという思い。夢の源泉となっているのは「お酒造りへの純粋な情熱」にほかならない。
「新しいものを自由に生み出す楽しさを大切にしたいのです。一緒に働くメンバーにも、自由に発想する楽しさを伝えていけたらと思っています」。
かつて阿部さんは、アルバイトでたまたま体験した酒造りの奥深さに衝撃を受け、醸造の世界にのめりこんだという経歴を持つ。醸造に関して日々湧き上がる疑問は、今でも尽きないそうだ。多くの謎を解き明かしたいと、生涯をお酒造りに捧げることを選んだ阿部さん。人生をかける価値のある醸造を、次の世代につなげていくことも使命のひとつだと考えている。
「自分も下を育成する立場になってきました。でも仕事が楽しくて、まだまだプレーヤーでいたいという気持ちも大きいですね。誰よりもたくさんの醸造の知識をつけたいと考えています。ずばり醸造とは、私の生きがいですね」。
醸造は奥深く、一筋縄ではいかない。うまくいかなくて、頭をかかえることも日常茶飯事だ。しかし、困難を乗り越えた先に達成感や感動、充実感があるという。
「夢のお酒造りが具体的にどんなものになるのかは、まだわかっていません。夢の実現にたどり着くのは先かもしれませんが、あきらめず答えを探していきたいです。ずっと自分の心にある夢ですから」。
『まとめ』
2022年ヴィンテージのシードルは、ドライとスイート以外にも、フレーバーを数種類生産。多彩なラインナップから選べる楽しみがある。2023年ヴィンテージ以降も、シードルのラインナップをより充実させていくことを目標にする。
生き残っていくためには、これからも柔軟に変化し続けることが必要だと、阿部さんは言う。また、変化と同時に大切にしていくのは、伝統を受け継ぐことだ。自社の創業300年を目前にする日本酒部門の歴史を守ることも、使命のひとつなのだ。
「革新と伝統は相反することですが、両方を大事にしてやっていきたいです。難しい課題ですが、乗り越えていきます」。
お酒造りを心から愛する造り手の言葉は、どうしてこうも頼もしいのだろう。今後どんな困難が立ちふさがっても、HOCCAワイナリーは絶対に乗り越えられると思わせてくれる力を秘めている。HOCCAワイナリーの挑戦を、これからも追いかけていこう。
基本情報
名称 | HOCCAワイナリー |
所在地 | 〒997-0346 山形県鶴岡市上山添字神明前123 |
アクセス | 車 庄内朝日ICより車で10分 電車 鶴岡駅から車で15分 |
HP | https://hocca.jp/ |