キッコーマングループのワインメーカー「マンズワイン」には、山梨の「勝沼ワイナリー」と長野の「小諸ワイナリー」というふたつの醸造所がある。
今回紹介するのは、山梨県甲州市勝沼町にある「勝沼ワイナリー」だ。マンズワイン勝沼ワイナリーでは、日本中で親しまれているスパークリングワインである「酵母の泡」という銘柄をはじめ、ラインナップ豊富なワインを醸造している。
多くの人に選ばれるマンズワイン勝沼ワイナリーのワインは、どのように生み出されているのだろうか。取締役・醸造技術部長の宇佐美孝さんに詳しいお話を伺った。
ぶどう栽培とワイン醸造における工夫とこだわり、ワイン造りにかける思いなど、さまざまな角度からマンズワイン勝沼ワイナリーにフォーカスしていきたい。
『マンズワイン勝沼ワイナリーの歴史と歩み』
まず最初に紹介するのは、マンズワイン勝沼ワイナリー誕生にまつわるストーリー。どのような経緯で設立し、今に至るのだろうか。ワイナリーの歩みを振り返ってみよう。
マンズワイン勝沼ワイナリーが生まれたのは、1962年のこと。親会社であるキッコーマンの経営理念の中には「食文化の国際交流」がある。当時は、事業の国際化と多角化をすすめていた時期だった。日本の代表的な調味料であるしょうゆを海外へ、世界の優れた食文化を日本へ普及させるという、食文化の担い手としての事業展開だ。
世界最古のお酒とも言われるワインを、その文化とともに日本に普及させるべく、マンズワインは本格的なワイン造りに取り組み、その市場を創ることにも挑戦してきた。
▶︎マンズワイン勝沼ワイナリーの誕生
ワイン事業を始めるにあたり、日本で作られた原料を使って自社醸造した本格的なテーブルワインを消費者に届けたい。そんな思いで設立されたのが、マンズワイン勝沼ワイナリーだったのだ。
またもうひとつ、あまり知られてはいないが、アメリカ向けのバーベキューソース等の原料となる赤ワインを製造するための醸造施設という側面ももっていた。他社から原料用ワインを購入するのではなく、自社製造に踏み切ったのには、いくつかの理由があったという。
「ワイン事業を始めた理由のひとつは、キッコーマンが事業の多角化を進めていた時期だったということです。また、原料用ワインを安定供給するためということもありました。将来的に事業規模がさらに大きくなったときに、他社から購入する対応では原料の供給が難しくなる懸念があったのです」。
▶︎勝沼ワイナリーのぶどう栽培の歴史
マンズワインの最初の畑は、山梨市万力山に開墾された「万寿農場」だ。昼夜の寒暖差が大きい万寿農場は山の斜面に広がる15haの畑で、1968年から複数のワイン用ぶどう品種を試験的に栽培していた。主な品種は甲州で、その他にもセミヨン、リースリング、カベルネ・ソーヴィニヨンなども手がけていたそうだ。
マンズワインが自社ぶどうの栽培を開始したきっかけのひとつには、創業当時に輸入ワインの価格が非常に高額だったこともあった。無理に海外原料を使わず、日本のぶどうで品質の高いワインを造ることを志したのだ。
万寿農場開墾の数年後には、勝沼ワイナリーにほど近い畑で甲州とマスカット・ベーリーAの栽培をスタート。またその後、福島県南会津郡田島町と下郷町でリースリングとシャルドネ、長野県では善光寺(龍眼)の契約栽培も開始した。
『マンズワイン勝沼ワイナリーのぶどう栽培』
続いては、マンズワイン勝沼ワイナリーの自社畑におけるぶどう栽培について見ていきたい。
現在、勝沼ワイナリーではどのようなぶどうを育て、どういったこだわりを持って栽培に取り組んでいるのだろうか。畑や気候の特徴などと合わせて確認していこう。
▶︎3つの自社畑と栽培品種
マンズワイン勝沼ワイナリーの自社畑は3か所にある。ワイナリーに隣接した甲州市勝沼、笛吹市川中島、そして甲斐市大久保だ。それぞれの特徴と栽培している品種を紹介する。
まずは、甲州を栽培している勝沼の畑から見ていこう。勝沼の畑は地下水が豊富なエリアにあり、ぶどう栽培の前は稲作をしていた土地だ。土壌は粘土質で保水性があるため水分ストレスがかかりにくい。標高は350mほどで、東側が丘になっている地形である。
また、川中島の畑でも甲州を栽培している。甲府盆地の底に位置し、砂質土壌のため水はけが非常によいのが特徴の土地だ。
「勝沼と川中島ではどちらも甲州を栽培していますが、土壌の性質が違うためできるぶどうも全く異なります。土壌の違いは、それぞれの畑を歩いた時の感触が違うと感じるほど明確です」。
畑ごとに異なる個性を生かし、それぞれの甲州は異なる銘柄として仕込んでいる。勝沼の畑はワイナリーから近いために栽培管理しやすいことから、マンズワインのプレミアムラインである「ソラリス」の原料として使用。一方、川中島の甲州は、日本料理に合わせるコンセプトで造るプレミアムワイン「あまつひ」用だ。
そして、最後に紹介するのは、甲斐市大久保の畑。甲斐市は甲府盆地の西に広がるエリアである。この畑では、マスカット・ベーリーAを栽培している。
山の中腹にあり、斜面は南東向き。西日が当たらないために夜温が下がりやすく、昼夜の寒暖差が大きいのが特徴だ。寒暖差があることにより果皮の色づきがよいため、赤ワイン用品種の栽培に適している。
甲斐市大久保の畑は樹齢の高い樹も多い区画のため、随時、健全な苗に植え替えながら栽培管理をしているという。
▶︎原料ぶどうへのこだわり
勝沼ワイナリーのぶどう栽培は、品質向上を目指し、常にチャレンジをおこなっている。勝沼ワイナリーでは製造量が多いため、これまでは購入原料と輸入原料を多用していたが、ここにきて、自社栽培ぶどうの使用比率が高まっている。
「醸造用の甲州の需要が市場で高まって原料の入手が難しくなったことと、よりすぐれた品質を追い求めたいという理由から、自社栽培ぶどうの使用比率を高めました。より高い品質のぶどうを収穫するため、栽培技術を高めようと常に試行錯誤しています」。
勝沼ワイナリーでは、プレミアムワインで使用するぶどうは、ひと房ずつ丁寧に「袋がけ」を試みている。雨や湿気から房を守る効果が高い袋がけは、病気の発生を抑えるためにも有効な手段のひとつである。
病気の発生率が下がれば、高品質な果実の収量確保につながる。そのため、ひと房ずつ袋がけするのは大きな労力がかかる作業ではあるが、近年、欠かさず実施している。
また、勝沼ワイナリーでは、果実の成熟度の検査をおこない、畑ごとに適した収穫時期やぶどうの品質、特徴を把握。サンプリングの結果を参考に、各ぶどうをどのワイン銘柄に使用するかを決定するという。
「自社ぶどうだけではなく、農協経由で購入した原料ぶどうに関しても定期的に成熟度検査のサンプリングをしています。産地の特徴を知ったうえで仕込むことが重要ですので、どんなワインに向くぶどうなのかをしっかりと把握するためです」。
地域ごとに異なるぶどうの特徴を知り尽くしたうえでワインにすることが、マンズワイン勝沼ワイナリーのこだわりなのだ。
▶︎変動する気候も味方につけたぶどう栽培
気候変動によって、局地的な大雨や気温の上昇など、これまでとの違いを実感することも多い昨今。マンズワイン勝沼ワイナリーでは、収穫時期がだんだんと早まってきている。
「以前は、9月半ばにマスカット・ベーリーA、9月下旬に甲州がワイナリーに運ばれてきていました。しかし現在は、9月に入ると両品種とも収穫期を迎えます。年々早まってきているように感じますね」。
天候の変化によって、収穫時期だけではなくぶどうの品質にも変化が見られる。気温の上昇に伴って熟度が上がりやすくなり、反対に酸は落ちやすくなってきているのだ。酸がしっかりと残った状態の果実を醸造に使うため、収穫時期を早めることで対応している。特に甲州は、早めの収穫が欠かせない品種だ。
今後も気候変動の影響から免れることはできないため、うまく対応しつつぶどう栽培に取り組んでいきたいと話してくれた宇佐美さん。だが、気候変動も悪いことばかりではないそうだ。
「例えば、2023年は品質が非常にすぐれた年で、酸が十分に残った素晴らしいぶどうが採れましたね。糖度の上がりもよく、甲州もしっかりと色付きました。むしろ、色付きがよすぎて、渋みが出やすい点をどう表現するかが悩みどころだったほどです」。
『マンズワイン勝沼ワイナリーが造るワイン』
次に紹介するのは、マンズワイン勝沼ワイナリーのワイン造りについて。勝沼ワイナリーではどのようなワインを造っているのか、また、造り手にはどのようなワイン哲学があるのか。
さまざまな角度から、マンズワイン勝沼ワイナリーのワイン造りに迫ろう。美味しさの秘密を垣間見ることができるかもしれない。
▶︎醸造におけるこだわり
マンズワイン勝沼ワイナリーのワイン醸造では、クリアな品質を維持することを徹底している。醸造学的な欠陥がないことが大前提で、健全なぶどうだけを厳選して仕込んでいる。また、衛生管理も徹底しておこなっているのもこだわりだ。
「私たちの仕事は、『主張しないもの』を造ることだと思っています。ワインは料理を引き立てる脇役であるべきで、親しい人との食事や会話にそっと寄り添うような存在が理想ですね」。
また、もうひとつ宇佐美さんが大切にしているのは、大手ワインメーカーとしての安定性だ。毎年、安定的な味のワインを造り、一定の品質を供給できる存在であることが、「マンズワインの造り手」としての使命なのだ。
「お客様の大切なシーンで、『マンズワインのワインを選んでおけば間違いない』という信頼感を持ってもらえるような味わいのワインを、これからも造っていきたいです」。
より多くの消費者に、自分たちのワインを楽しんでほしいと考えている宇佐美さん自身の基準には、「自分自身が飲んで美味しいかどうか」「親しい人が飲んで美味しいと言ってくれるかどうか」のふたつがあるそうだ。
「ワインのプロフェッショナルではない一般の人、例えば自分の家族が飲んで『おいしい』と言ってくれるかどうかを、ひとつの基準として考えています」。
▶︎産地を考え抜いたシリーズ「GI Yamanashi」
マンズワイン勝沼ワイナリーが造るワインには、以下のシリーズ・銘柄がある。
- 「GI Yamanashi」
- 「酵母の泡」
- 「SOLARIS(ソラリス)」の「山梨 甲州」「山梨 マスカット・ベーリーA」「古酒 甲州」
- 「あまつひ」
まずは、最も力を入れているという「GI Yamanashi」シリーズについて紹介していきたい。「GI Yamanashi」には、山梨産の甲州とマスカット・ベーリーAを使用している。
「甲州とマスカット・ベーリーAは、最もお客様から選ばれている品種です。多くのお客様の目に触れる製品だからこそ、時間をかけて丁寧に造っています。どのような造りにするか熟考し、収穫地の選定を考え抜いているのです」。
「GI Yamanashi」のワイン造りにおける最大のポイントは、毎年新たな試みにチャレンジしていること。造り方に変化を加えたり、使用する酵母の種類を変えたりするなどの取り組みをおこなっている。チャレンジの結果は必ずデータとして保存し、次の醸造につなげていくことが重要だ。メインコンセプトは貫きつつも、よりよいものを目指し続けている。
「特に大切にしているのは、原酒を造り込むことです。いろいろな収穫地のロットを細かく造り分けて、それぞれに合う作り方を選んで仕込みます。こだわりの原酒を少しずつブレンドして、安定的な味わいのワインとして仕上げるのです」。
酸の少ないヴィンテージの場合には、酸の豊富な収穫地の原酒を多めにブレンドする。それぞれの味わいをしっかりと把握した上で原酒を仕込んで管理しておくことで、ヴィンテージごとのバラつきが出ないようにしているのだ。
「GI Yamanashi」シリーズから、最新ヴィンテージのおすすめを紹介しよう。「山梨 マスカット・ベーリーA 2023」だ。特徴的なキャンディのような香りである「フラネオール」が感じられる、マスカット・ベーリーAらしい味わいが特徴。産地を厳選してブレンドしたことで、手頃な価格ながらもボリュームのあるワインに仕上がっている。
宇佐美さんのおすすめは、「山梨 マスカット・ベーリーA 2023」とカレーとの組み合わせ。ざっくばらんに飲める楽しいワインだ。
▶︎日本全国で親しまれるスパークリングワイン「酵母の泡」
続いて紹介する銘柄「酵母の泡」は、日本全国で人気のスパークリングワインだ。発売開始から10年以上の年月をかけて、何度もブラッシュアップしながら、万人から愛されるスパークリングワインとしての地位を築き上げてきた。
「『酵母の泡』は、常に試行錯誤を続けてきた銘柄です。フルーティーな原酒にしたり癖のない味わいにしたりと工夫してきました。ただし、残糖分の数値は開発当初から変えず、安定した味わいを表現できることを目指しています。誰が造っても同じ味わいになるよう調整を重ね、シャルマタンクでの二次発酵の仕方もマニュアル化してベースワインの造り方や貯酒管理の方法などを明確に定めているのです」。
日本中で愛される人気銘柄だからこそ、大事なのは消費者に「変わらぬ美味しさ」を届け続けること。造り手が品質安定化のために尽力してきたことで、安心して「いつもの味」を楽しむことができるのだ。
▶︎マンズワイン勝沼ワイナリーが醸す「ソラリス」
「ソラリス」は、マンズワインのフラッグシップワインブランドだ。勝沼ワイナリーでは、「ソラリス 山梨 マスカット・ベーリーA」と「ソラリス 山梨 甲州」、そして「ソラリス 古酒 甲州」を醸造している。
「ぶどうの品質がすべて」だという「ソラリス」においては、いかにぶどうのポテンシャルを100%引き出せるかが求められるという。
「適期に収穫をおこない、丁寧に選果した健全な果実だけを使って仕込みます。樽に入れた後の貯酒管理も徹底して、ようやく出来上がるのが『ソラリス』というワインです。ぶどうそのものの味わいを生かすために、基本に忠実に各工程を実施することを重視していますが、難しいと感じることも多いですね」。
常に醸造スタイルの追求をしており、正解を追い求めているところなのだとか。これからもさらに進化していくであろう「ソラリス」にいっそう期待したい。
『マンズワイン勝沼ワイナリーの強みと未来』
最後に見ていくのは、マンズワイン勝沼ワイナリーの強みと未来について。
マンズワイン勝沼ワイナリーはどのような強みをいかし、これからどんなワイナリーを目指していくのだろうか。
▶︎マンズワイン勝沼ワイナリー、ふたつの強み
マンズワイン勝沼ワイナリーの強みについて、宇佐美さんは次のように話してくれた。
「規模が大きい会社だからこそ、大量のぶどうを仕込めるという点が勝沼ワイナリーの強みのひとつだと思っています。仕込み量が多く、試験醸造もたくさんおこなえます。技術を向上させることがしやすい環境ですので、スピード感を持ったワイン造りができるのです」。
また、ふたつ目の強みは「調理加工用のワインも造っている点」だという。調理加工用ワインを醸造することが、なぜ独自の強みになるのだろうか。
「勝沼ワイナリーでは、海外原料を輸入して調理加工用のワインを造っています。日本のぶどうの収穫時期とは関係なく原料が入ってきますので、ワイナリーでは年中ワイン造りを実施しているのです」。
日本の原料だけでワインを造る場合、醸造ができるのは年に1回のみだ。だが、海外原料を使うことで、年間を通じて醸造に携わることができる。そのため、担当者のスキルがスピーディーに向上していくのだ。
「担当する作業工程を年中おこなえるというのは、大きなアドバンテージです。こなす回数が桁違いに多いわけですから、どんどん作業スキルが上がっていくのです」。
▶︎これからのマンズワイン勝沼ワイナリー
独自性を生かし、今後どのように進化を遂げるのか。勝沼ワイナリーならではの視点から見ていこう。
「マンズワインにはふたつのワイナリーがありますが、それぞれにコンセプトが異なります。小諸が『職人』だとすると、勝沼はさながら『科学者』ですね。勝沼ワイナリーに求められているのは、いかに安定した品質を消費者の元へ届けられるかということです。担当者が変わっても、安定した品質が維持されなくてはなりません」。
緻密にデータを収集・分析して蓄積し、次の世代に情報を引き継ぐ。担当者が変わっても永続的に機能するような技術の積み重ねが、勝沼ワイナリーのワイン造りには求められるのだ。
「ワインのトレンドは常に変化していくため、ひとつの方法に固執するのではなく、変えていくべきところは柔軟に変えていきます。そのためには『データ』が必要です。蓄積してきたデータがあれば、変えるべき場所に『根拠』が生まれるでしょう」。
マンズワイン勝沼ワイナリーのワインは、「多くの人の目に触れる」ワインだ。造り手個人の思いを込めること以上に、企業としてブランドを守ることを重視しなくてはならない。マンズワイン勝沼ワイナリーの造り手は、自社のぶれないワイン哲学を胸に、今日もワイン造りに向き合っているのだ。
『まとめ』
マンズワイン勝沼ワイナリーは、大手の強みを生かしたワイン造りと、品質の安定化に魂を捧げる造り手のたゆまぬ努力によって、日本中に選ばれるワインを生み出し続けている。
これからも変わらない品質を維持するためには、仕組みづくりが重要だ。取締役・醸造技術部長である宇佐美さんは自身の使命を、「先輩から教わってきたことをしっかりと次の世代に引き継ぐこと」だと話す。造り手の情熱と確かな技術は、マンズワインの将来を担う「科学者」たちに受け継がれていくことだろう。
マンズワイン勝沼ワイナリーに足を運べば、ショップでのテイスティングや、ワイナリーツアーも楽しめる。日本ワインの歴史と底力を感じに、ぜひ現地に足を伸ばして素敵な休日を過ごしてみてはいかがだろうか。
基本情報
名称 | マンズワイン勝沼ワイナリー |
所在地 | 〒409-1306 山梨県甲州市勝沼町山400 |
アクセス | https://maps.app.goo.gl/dyip6jp33nsBK9xJ8 |
HP | https://mannswines.com/winery/katsunuma/ |