追跡!ワイナリー最新情報!『甲斐ワイナリー』天候に打ち勝ち高い品質を維持した2021年

江戸時代から酒造業を営み、現在はワインを醸造している「甲斐ワイナリー」。貯蔵室や売店の建造物は国登録有形文化財に指定されており、古きよき時代の面影を今なお残している。

酒造りの伝統を継承してきた甲斐ワイナリーは、山梨県甲州市にある。日本ワインの聖地ともいえる場所で、丁寧に実直にワインを造っている。1.3haほどの自社圃場では、甲州、メルロー、バルベーラなどを栽培。
栽培はとにかく「丁寧に」がモットーだ。ワイナリーで働くメンバーが、日々目を光らせてぶどうを観察し、どんな小さな異変も見逃さない。

昼夜の寒暖差にさらされ、水はけが良好な圃場でたくましく育ったぶどうは、上質な酸と芳醇な香りを持つワインになる。甲斐ワイナリーのワインは美しいのどごしを持ち、和食に合うのが特徴だ。特に、旬のたけのこと「かざま甲州」とのペアリングは、ぜひ一度体験していただきたい。日本ワインの粋を感じられるはずだ。

今回は甲斐ワイナリーの2021年シーズンについて、ぶどう栽培やワイン醸造などさまざまな角度から紹介したい。お話を伺ったのは、栽培醸造責任者の風間聡一郎さん。甲斐ワイナリーの2021年ならではのエピソードとは?ぜひ最後までご覧いただきたい。

『防除が重要だったぶどう栽培』

最初に紹介するのは、2021年シーズンのぶどう栽培について。2020年のインタビューでは、例年の3倍の降雨量があった「梅雨」に悩まされたと伺った。果たして2021年はどのような1年になったのだろうか?

▶雨の多かった2021年の天候 引き続き苦労した降雨対策

「2020年に引き続き、2021年も降雨に悩まされました。2020年と違うのは梅雨明け後の降雨量が多かった点です。特に8月の降雨が厳しかったですね」。

山梨県甲州市の2021年の梅雨は、すでに例年の200%近くの降雨量を記録していた。しかし悪夢は終わらない。通常は梅雨明け後に回復する天気も、例年比200~300%の降雨が続いた。

一部ではあるが、圃場が全滅してしまった契約農家もあったという。防除のタイミングを逃すと、あっという間に病気が蔓延してしまう。生食用ぶどうから先に防除していると、後回しになったワイン用ぶどうが間に合わないことがあるのだ。

幸いなことに収穫月の9月から、天候は回復に向かった。収穫時期に持ち直したものの、生育期の多雨はぶどうにとって弊害が大きい。8月の降雨は自社畑においても、病害の発生や着色不良をもたらした。

「病気の影響は、もっとも被害が見られた自社畑で10%ほど。シーズン中は病気の兆候がないかを丹念にチェックをしながら、晴れ間をねらって防除に取り組みました」。
通常であれば、防除は雨の日を避けて行われる。しかし2021年は雨予報が出ていても、小雨であれば散布を決行した。

発生していた病気は「晩腐病」。ぶどうの成熟につれて症状が広がる、やっかいな病気だ。晩腐病の病原菌は巻きひげや結果母枝(実を付ける枝のこと)の組織の中に菌糸になって潜り込み、越冬する。見ためでは感染の有無を確認できないのが難しい。

6月から8月に雨が増えると急速に増え、ぶどうの成熟期に発病する。発病して終わりではなく、発病後の降雨で二次感染が広がってしまう。適切に対処していても、完璧に防除するのが難しい病気のひとつだ。

しかし、晩腐病が出るのはある程度仕方ないと、甲斐ワイナリーでは考えている。特にメルローなど赤系の品種は、未熟のまま醸造すると、ネガティブな青い香りのするワインになってしまう。晩腐病は完熟に近づけば出てくる病気でもあるので、春先の巻きひげの除去からはじまり、防除による予防が欠かせない。

発症後も1粒ずつ処理をするなど、徹底した管理がとても重要なのだ。量より質を取るためには、我慢しながらこの病気と付き合わなければならないということだ。

▶ぶどうの品質は良好 バルベーラ栽培の成功が自信につながる

病気が発生した畑があったものの、甲斐ワイナリー自社畑の収量は、結果的に平年並みまで持ち直した。契約農家の圃場も、手入れの行き届いた健全なぶどうが届く結果となった。

「難しいヴィンテージでも、品質を確保しつつぶどうを栽培できたのは、大きな自信につながりました」。
また2021年は、栽培の難しい赤ぶどう「バルベーラ」でも期待以上の収量が確保できた。栽培方法を模索していたバルベーラで成果を出せたことは、甲斐ワイナリーにとって大きな励みになった。バルベーラは、聡一郎さんが一番好きなぶどう品種だという。

バルベーラの栽培に成功した理由は検証中だが、試験中の栽培方法がカギとなった可能性がある。
「まだ課題が残っているので、来期からさらに改善をかさねて、安定化に向けて取り組んでいきます」。

続いては2021年のぶどうの味について。例年と比較すると、酸度が高めのぶどうが収穫できた年だった。酸が豊富だと切れのあるスタイルを出しやすい。2021年ヴィンテージならではの個性が楽しめそうだ。

「2021年は難しいヴィンテージだったのは間違いありません。しかし難しいほど、経験値を上げられる機会になります」。
ぶどうと共に生きる造り手は、天候の難しさをも自らの力に変えていくものなのだ。

▶2021年に新しく取り入れた栽培の工夫 防除作業を改善

2021年は、防除の徹底が非常に重要になった年だった。ポイントになったのは、「短時間で確実に防除をすること」。新しい防除用薬剤の散布機材を導入し、作業を素早くおこなうことを徹底した。

新たに導入したのは、スピードスプレーヤー1台と電動の噴霧器2台。スピードスプレーヤーとは、薬剤散布専用自動車のこと。最効率で防除するのに適した農業機材だ。また、電動の噴霧器は手動より効率よく防除できる。

2021年は噴霧器2台を軽トラックに積み込み、2名体制で防除作業を行った。これまでの倍のスピードで作業ができ、効果を実感したという。必要なタイミングで素早く作業することで、病気の蔓延を予防。質の高いぶどうを収穫することが可能となった。

『新アイテムと新しい取り組み 2021年の醸造』

続いて紹介するのは、2021年シーズンの「ワイン造り」について。2021年ヴィンテージならではの出来や、新たに挑戦したことについて伺った。

▶切れのある味わいが期待できる今シーズンのワイン

2021年ヴィンテージのワインのキーワードは「切れ味」。ぶどうの酸が豊富だったことから、スッキリとした味わいになることが予想されている。

「特に甲州、デラウェアといった白ワインは酸が高いのが特徴です。味が落ち着くまで時間が掛かりそうな雰囲気ではありますが、例年よりもさらにキリッとしたワインになるのではないかと思っています」。

熟成がすすむと高い酸味が落ち着いて角が取れ、より調和のとれたワインになるだろう。

また甲斐ワイナリーの甲州は、糖分を残した半甘口に仕上げるタイプが多い。甘口タイプのワインにとって、酸の高さはバランスを保つための大きなアドバンテージになる。より甘みも引き立たせることができるため、バランスの良さや味の要素が際立つ仕上がりになりそうだ。
新アイテムのペティアン(微炭酸のスパークリングワイン)も、酸味が重要な要素になるため期待が持てる。

▶新たな醸造の取り組み 新アイテムも登場

甲斐ワイナリーでは、2021年に新たにチャレンジしたワイン造りの取り組みがある。

ひとつは、「ピエ・ド・キューブ」という自然酵母の選択方式を取り入れたこと。自然酵母で発生する可能性があるリスクを軽減するために採用した手法だ。

ワイン醸造に欠かせない「酵母菌」には、実はさまざまな種類がある。なかでも、酵母の個性を生かし、土地に生きる酵母を使用するのが「自然酵母」での発酵だ。

自然酵母の発酵はリスクと隣り合わせ。酵母のなかでもワインに悪い影響を及ぼす酵母の存在があるためだ。培養酵母はワインの発酵にプラスの影響を及ぼす酵母株しか含まれていないが、自然酵母にはよい酵母だけでなく、悪い酵母も含まれる。

よい酵母が優位に発酵すれば問題ないが、逆もありうる。万が一、発酵中に悪い酵母が優勢になると、ワインをダメにしてしまう可能性もあるのだ。

ピエ・ド・キューブの手法を取り入れることで、自然酵母を事前に選択して主発酵に使用することが可能になる。
「自然酵母を取り入れるリスクは思った以上に高く、醸造所の全タンクが悪い酵母の影響を受けることもあるので注意が必要なのです」。
酵母はワイン醸造に欠かせない存在だが、目に見えないからこそ気をつけるべき点もあるということだ。

ふたつめの新たな取り組みは、トップレンジのワイン「キュベかざまメルロー」について。2021年は、手作業での除梗作業を取り入れた。メルローに特有のオフフレーバー(ワインにとって好ましくない香り)である「青い香り」を抜くためだ。果梗を丁寧に除去することで、青い香りの発生を防ぐことができる。

除梗機にかけた後、さらに手作業で除去した。トップレンジならではのこだわりが、上質な味や香りにつながる。

最後に紹介するのは、新アイテム。甲州の「醸しペティアン」だ。甲斐ワイナリーでは「古壺ペティアン甲州」という甲州のペティアンがこれまでにも生産されている。

「古壺ペティアン甲州」と異なる新アイテムのポイントは、果皮と共に醸したこと。いわゆる「オレンジワイン」の甲州ペティアンを造ったのだ。

「甲州は本来、果皮にえぐみや苦みのある品種です。厚みを出しつつ苦みを抑えるよう仕込みを行うことで、飲みやすい出来に仕上げました」。
果皮と果汁の接触時間を短くすることで、苦味を抑え風味を調整したという。

実は過去に同様のワイン造りにチャレンジしていた甲斐ワイナリー。しかしどうしても納得がいかずお蔵入りになった経緯がある。2021年は満足のいくものができたため、製品化にこぎつけた。

「春や初夏の山梨で、景色を楽しみながら飲んでもらえたらと思っています」。
甲州の特性と爽やかなペティアンらしさを両立させた、今までにないワインが誕生した。

『変わりゆく天候へ適応するために 次年度の目標』

最後に伺ったのは、甲斐ワイナリー「次年度以降の目標」だ。高品質なぶどうを育て、よりよいワインを造り続けることに真摯に取り組む甲斐ワイナリー。今後の計画や夢について、紹介していきたい。

▶ビニールによる雨除けの設置 未来への投資を進める

「雨対策の重要性は年々増しています。来期までの目標は、ビニールを使った雨除け設備を取り入れることです」。
近年、これまでにない降水量を記録し続けている山梨県甲州市。甲斐ワイナリーにおいても、さらなる降雨対策の必要に迫られているのだ。

ビニールの雨除け設置を決断したのは、病害の発生を減らすためだ。これまでは房に傘をかける方法で雨除けを実施してきたが、傘かけは付け外しの労力が大きい。傘自体のコストは安いものの、時間的にも人手的にも負荷のかかる方法だった。

一方、ビニールによる雨除けは初期コストこそかかるものの、設置すれば後々の管理が容易になる。将来的に見れば少ない投資で済むため、効率のよい対策だといえるのだ。

しかし、一度で全圃場に雨よけを完備させるのは難しい。2022年以降から、段階的に実施していく予定だという。

「天候不順が当たり前のようになって来ていますが、私たちはこの土地から逃げることはできません。とれる対策をすべておこない、この土地で育てた好きなぶどうを醸造して販売するという実直なスタイルを貫こうと思っています」。

▶新型コロナウイルスの影響とワインイベント

2020年は新型コロナウイルスの影響が直撃したワイン業界。甲斐ワイナリーにおいても、多くのイベントが開催中止となり、併設カフェも運営できない状況となった。

「まだまだ先行きが不透明なので、イベント開催は未定ですが、2022年こそ開催できたらと考えています」。情勢次第の部分があるため確定ではないが、まずは小規模なイベントからの再開を検討中だ。

甲斐ワイナリーは2021年3月と7月に、伊勢丹主催の「世界を旅するワイン展」に参加した。当時は、都内の飲食店はほとんどが通常の営業ができなかったころ。ワイン会をはじめとするイベントは、軒並み中止だったなかでのイベントだった。

「試飲もなく、生産者の来場も少ない状況ではありましたが、来店されたお客様の表情は明るく、みなさん楽しんでいた様子でしたね。甲斐ワイナリーのブースでは、おかげさまで、過去最多の本数を販売することができました。ほかに、東京や関西の飲食店さんにお誘い頂いてワイン会にも数回参加しました。コロナ禍で外食を控えて自粛するといったことが、逆にワイン会やイベントを楽しむ要素になっていたのではないかと思います」。

ワイナリーを訪れて土地の空気に触れ、造り手と話しながらワインを飲むことは、ワインファンにとって嬉しい機会だ。2022年は甲斐ワイナリーでもイベントが開催できる状況になることを期待したい。

『まとめ』

2020年に引き続き、降水量が多かった2021年。生育期に降り続く雨は甲斐ワイナリーの自社畑のぶどうにも襲いかかった。しかし、造り手のたゆまぬ努力により、被害は最小限に抑えられた。すっきりとした酸を持つ、品質の高いぶどうが収穫できたことがなによりの証拠だ。

甲斐ワイナリーの2021年ヴィンテージのワインは、切れのある酸味がポイントだ。甘口ワインと酸味のバランスもよく、ペティアンにも期待がかかる。特に新アイテムである、甲州の醸しペティアンは見逃せない。

変わらない強みを生かして、さらに技術の研鑽を積み、甲斐ワイナリーは今後も素晴らしいワインを生み出し続けるだろう。新しいワインがリリースされるたびに、飲み手をワクワクさせてくれる存在なのだ。


基本情報

名称甲斐ワイナリー株式会社
所在地〒404-0043
山梨県甲州市塩山下於曽910
アクセスお車でお越しの場合
中央高速自動車道、勝沼インターより約10分
電車でお越しの場合
JR中央本線、塩山駅下車 徒歩12分、タクシー1分
HPhttps://kaiwinery.com/

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