『熊本ワインファーム』世界レベルのシャルドネとスマート農業で、未来を見つめるワイナリー

「熊本ワインファーム」は、熊本県内で最初にできたワイナリーだ。

創業は1999年。熊本県北部の山鹿市菊鹿町の農家にぶどう栽培を委託し、熊本市に作った醸造所「熊本ワイナリー」でワイン造りを始めた。

2018年11月にはより地元に根ざしたワイン造りに取り組むため自社畑でのぶどう栽培をスタートし、菊鹿町に新たな醸造所「菊鹿ワイナリー」を建設。

シャルドネを中心とした多彩なラインナップを持ち、国内外のワインコンクールでさまざまな賞を受賞している。

今回は、取締役兼製造統括部長の西村篤さんに、熊本ワインファームの創業からの歩みと、これからの展望についてお話を伺った。

それではさっそく、ワイナリーの秘密と魅力をくまなく紹介していこう。ぜひ最後までお読みいただきたい。

『熊本ワインファームの歩み』

1999年、熊本県熊本市にワイナリーを設立し、熊本県内のぶどうでワイン造りを始めた熊本ワインファーム。熊本県北部にある山鹿市菊鹿町で契約栽培のぶどうを植え付けることに決めた。ではなぜ、菊鹿町が選ばれたのか?そこには、ある素敵なエピソードが隠されていた。

▶契約農家が作ったぶどうでワイン造りをスタート

「県内のさまざまな土地を視察して回った当時の担当者が、菊鹿町に訪れたときのことです。赤いサルビアの花がとても鮮やかに、きれいに咲いていたのを見たそうなのです」。

サルビアは、熱帯から亜熱帯に分布するシソ科アキギリ属の多年草だ。さまざまな花色があるサルビアは、昼夜の寒暖差が大きな土地で、より鮮やかな花色の発色を見せる。

ワインに詳しい人なら、もうお気づきだろう。ぶどうも、果実が濃く色づくためには昼夜の寒暖差が必要だとされている。つまり、サルビアとぶどうは、同じ特徴の土地を好むというわけだ。

菊鹿町は盆地にあり、山風が強く吹く。朝晩には急な冷え込みを感じることもある土地で、しっかりとした寒暖差がある。燃えるように赤く色づいたサルビアに導かれ、熊本ワインファームは菊鹿町でのぶどう栽培に踏み切ったのだ。

まずは、菊鹿町の農家にシャルドネの試験栽培を依頼することになった。菊鹿町はもともと、西日本一の栗の産地だ。またほかにも、米作りやアスパラガスの栽培も盛んな土地である。そのため、主要な農産物を栽培する合間に、兼業でぶどうを栽培してもらう形をとった。

ぶどう栽培の経験が一切ない農家への依頼だったため、当初はさまざまな問題が発生し収穫できないケースもあったという。だが数年かかけ、次第に質のよいシャルドネが収穫できるようになった。成功の見込みができた熊本ワインファームは増反へと舵を切り、3軒だった契約農家は段階的に増えて31軒となった。

産地選びは、熊本ワインファームの成功の大きなきっかけになったようだ。また、雨の多い土地でありながら、これまでさまざまな農作物を育ててきた菊鹿町の農家たちの経験値が、ぶどうの大敵である雨対策に生かされたことも功を奏した。

▶菊鹿ワイナリーの新設、自社栽培も開始

順調に成長を続けた熊本ワインファームは、2018年に菊鹿町に菊鹿ワイナリーを設立し、自社畑でのぶどう栽培も始めた。

自社畑をもち、新たにふたつ目のワイナリーを設立したきっかけとはなんだったのだろうか。

「創業当時から比べると、日本ワインの認知度が徐々に上がり、需要が高まってきました。菊鹿町にワイナリーを作るまでは、菊鹿町で収穫したぶどうを、熊本市まで運んで醸造していたのです。しかし、菊鹿町から熊本市までは、車で1時間くらいかかります。ぶどう産地に近い場所にも醸造所があったほうがよいのではということになり、新たな醸造所の建設が決まりました」。

また、自治体と協力して、新たなワイナリーでワインを通じて地域を盛り上げるための情報発信の場にしていこうとの考えもあった。

熊本ワインファームでは、菊鹿町の醸造所新設と並行して、念願だった自社でのぶどう栽培も開始した。

自社でのぶどう栽培は初の取り組みだったが、熊本ワインファームには、すでにぶどう栽培に関する多くのノウハウがあった。契約農家に栽培を委託し始めた1999年から、農家と共に、熊本でのぶどう栽培に関しての知識を積み上げてきたのだ。
社員たちは契約農家の栽培をサポートするため、自主的に専門書などで学ぶことも欠かさなかった。

また、ぶどう栽培専門のコンサルタントを外部から招くなど、より熊本の地に適した栽培方法を長きにわたって確立してきたのだ。

『熊本ワインファームのぶどう栽培』

さて、熊本ワインファームの自社畑で栽培しているぶどうについて見ていこう。

白ワイン用品種は以下の3品種。

  • シャルドネ
  • ゲヴェルツトラミネール
  • ヴィオニエ

赤ワイン用品種は以下の4品種。

  • カベルネ・フラン
  • メルロー
  • ガメイ
  • ピノ・ノワール

▶自社で栽培するぶどう

もっとも栽培面積が広いのはシャルドネで、なんと10ha近くにも及ぶ。そのほかの品種は、九州での栽培実績が少ない品種に挑戦しようという狙いで選んだ。

「シャルドネは、ワイナリー設立から契約農家での栽培実績を積んできて、菊鹿町と相性が非常によい品種です。自社畑には試験圃場としての役割もあるので、新たなチャレンジができそうな品種を選びました」。

また、品種選定では早生品種かどうかも重視した。九州では8月下旬から9月中旬くらいに台風の被害を受ける可能性が高い。そのため、台風が来るまでに収穫できる品種であることが理想的なのだ。

確実に実績を積んできたシャルドネと、未知数のヨーロッパ系品種6品種を武器に、熊本ワインファームは新たなステージに挑戦を始めたところだといえるだろう。

▶自社畑の特徴

続いては、熊本ワインファームの自社畑の特徴を見ていこう。

自社畑のある菊鹿町は、200〜250mの山に囲まれた盆地である。排水性の高い粘土質で多くの山砂が含まれ、水はけに恵まれた土壌だ。ぶどう栽培には非常に条件がよい。

降水量は年間2000mmほどで、全国平均よりも雨量が多い。だが一方で、ぶどうの生育に欠かせない日照量は年間2000時間を超え、全国平均を上回る。

雨はぶどう栽培にとって問題となることが多いが、雨が多い地域に自社畑を持つ熊本ワインファームでは、どのような雨対策をしているのだろうか。

▶開閉式のビニールハウス

熊本ワインファームでは、雨対策をいくつか取り入れている、まずは、自社畑に張り巡らせた暗渠(あんきょ)だ。地中に埋め込んだ配管で排水し、水が溜まりにくい状態を保っている。

また、ぶどうの房に雨が当たらないよう、レインカットも実施している。驚きなのは、熊本ワインファームのレインカットの方法である。なんと、自社畑のうち1.5haにおいて、開閉式のビニールハウスを設置しているのだ。

それぞれのハウスには、ボタンひとつで操作が可能な開閉式のビニールの雨除けがついている。日光が必要な時はビニールを開け、雨を防ぎたいときには閉めることができるのだ。つまり、雨量も日照量も多い菊鹿町の気候条件を最大限に生かせる設備なのだ。

「生食用ではなく、ワイン用ぶどうに開閉式ハウスを大規模に導入しているケースは、国内ではあまり例がないと思います。大きな投資は必要でしたが、雨の日でも作業が可能ですよ。雨による悪影響を避けられるだけでなく、作業性も高いので助かっています」。

だが、ビニールハウスは台風の際に大きな被害を受けることがある。

「小さなハウスであればハウスごと外してしまえばよいのですが、うちの開閉式ハウスは大きな設備なので、ビニールを巻き上げてまとめておくことしかできません。支柱が歪むなどの問題は出ませんが、ビニールが破ける被害は発生するので、台風後の修復作業は大変ですね」。

また、「効率的な」農作業をおこなうことを推進している熊本ワインファームでは、自社畑に棚栽培を採用した。棚栽培のほうが圃場内に農業機械が入りやすいため、工数削減の効果があると考えたためだ。

実際、草刈りをする際などに、楽に農作業ができることを実感しているという。

▶早めの対策が基本

続いて、熊本ワインファームのぶどう栽培のこだわりについて、西村さんに尋ねてみた。

「健全果が収穫できることを目指して、丁寧な栽培管理をしています。リスクマネジメントにもなりますし、高品質なぶどうでワインを造ることそのものが、自社のぶどう栽培の特徴にもなっていると思います」。

開閉式ハウスで雨を徹底的に防ぎ、病害虫対策は万全だ。だが、雨が多い土地である以上、油断は禁物なのだ。ぶどうの葉が増えて重なり合うようになってきたらこまめに除葉をする。また、ぶどうの房に影響の出る要因をできるだけ早く取り除き、通気性をよくすることで病気を防ぐとともに、光合成を促進させることも欠かさない。

常に先を見据えながら対策をおこなうことで、美しく健全なぶどうが収穫できる。ぶどう栽培にとってもっとも抑えるべきポイントでしっかりと対策を実施しているのが、熊本ワインファームのぶどう栽培の特徴なのだ。

▶ゲヴェルツトラミネールとピノ・ノワールに期待

自社畑で栽培している品種のうち、西村さんが菊鹿町の気候や土地に合うと感じているのは、ゲヴェルツトラミネールだ。また、ピノ・ノワールにも期待しているという。

「ゲヴェルツトラミネールは、菊鹿ならではの特徴が表れた個性的なワインに仕上がることが予想できます。ピノ・ノワールも日本では珍しく、しっかりとタンニンがあるワインになりそうです。樹齢が上がると共に、さらに面白いものができるのではと期待しています」。

ピノ・ノワールは一般的に雨や病害虫に弱いとされる品種だが、熊本ワインファームには開閉式のビニールハウスがあるので、あまり問題はないそうだ。

しっかりとした寒暖差のある気候と豊富な日照量、土壌の水はけのよさという菊鹿町の特色と最新のテクノロジーが融合し、熊本ワインファームの高品質なぶどうが生まれるのだ。

『熊本ワインファームのワイン醸造』

熊本ワインファームでは、日本トップクラスのシャルドネワインの醸造量を誇る。味わいの特徴は、果実味と凝縮感がしっかりとあることだ。

「まずは、圧搾したジュースの状態を試飲し、糖度や酸度を把握します。その後、タンクごとにどのような方向性のワインにするかを決め、造り分けをおこなっています。酵母によっても香りの方向性が変わってくるので、できたワインを最終的にアッサンブラージュし、理想のシャルドネを組み立てていきます」。

同じシャルドネでも、収穫される果実の状態は常に異なる。もちろん、ワインの出来もヴィンテージごとにそれぞれの特徴が出る。だが、熊本ワインファームでは、できるだけヴィンテージごとの振れ幅が最小限になるよう、丁寧に造りこんでいく。熊本ワインファームならではのワインを目指すためだ。

菊鹿のテロワールを表現するために、熊本ワインファームの造り手のこだわりは、止まることがない。

▶世界レベルのシャルドネ

熊本ワインファームの中心となるシャルドネのワイン。樽の有り無しや、太陽が登る前に摘み取りをおこなう「ナイトハーベスト」の果実だけを使ったものなど、なんとシャルドネだけで7種類も造っているという。

西村さんおすすめの銘柄は、「菊鹿シャルドネ」。タンクで熟成させたワインとフレンチオークの樽で1年熟成させたワインをブレンドし、果実の凝縮感たっぷりに仕上げた1本だ。酸とともに樽由来のほどよいも甘味もあり、料理に寄り添う味わいが特徴だという。

「九州独特の、少し甘めの醤油との相性がよいと思います。刺身などの魚はもちろん、肉料理とも合わせやすいですよ」。

「菊鹿シャルドネ」は、世界最高のシャルドネを表彰するフランスのコンクール、「シャルドネ・デュ・モンド2022」でシルバー賞、「日本ワインコンクール2022」で金賞・部門最高賞を受賞した。

いつの間にか1本空けてしまうような飲みやすさと同時に、そこはかとない気品も感じらえる味わいだ。

「あまり堅い場面ではなく、気のおけない仲間内の飲み会などで楽しく飲んでいただきたいですね。日本ワインをまだ飲んだことがない方にも、日本ワインを知るきっかけのひとつにしていただけたらなによりです」。

日本ワインにあまり馴染みのない方はもちろん、本格派でありながら気軽に飲めるシャルドネをお探しの方はぜひ、「菊鹿シャルドネ」をお試しいただきたい。

▶「菊鹿スタイル」を築き上げる

熊本ワインファームは熊本県で唯一のワイナリーだ。そのため、ワイナリーの歩みは、山梨や長野、北海道など、多数のワイナリーが存在する地域でスタートした場合とは大きく異なる。自らがパイオニアとして進むべき道を模索していく必要があったのだ。

「自分たちのスタイルがぶれてしまうと、消費者にも響かないと考えました。まずはスタイルを確立していく必要があると思うのです。今、ようやく『菊鹿らしさ』が見え始めてきたところです」。

菊鹿の地ならではのぶどう栽培とワイン醸造で形成される、独自のスタイルを確立するまでは、仲間やライバルが存在しない孤独な戦いだったかもしれない。しかし、熊本県で唯一のワイナリーだからこそ、唯一無二の「菊鹿スタイル」を築き上げ、大きな魅力として日本のみならず、世界の飲み手にも伝えることができるのだ。

菊鹿ワイナリーを訪れると、目の前に広がる広大なぶどう畑を見ながら、ゆったりとした気持ちでテイスティングを楽しむことができる。また、熊本ワインファームから発信される公式サイトやSNSの情報は非常にスタイリッシュだ。

「熊本ワインファームのワインを飲むことで、ワンランク上の空間を感じられるような仕組み作りができればと社内で話しているところです」。

いっぽうで、ワイナリーを実際に訪れてみると、現場で働くスタッフたちが畑で汗を流しているシーンも目にすることだろう。

「ワイナリーにきていただいた際には、おしゃれな世界観だけではなく、農作業の大変さなども含め、さまざまな『菊鹿スタイル』の魅力を多方面からみていただきたいですね」。

『まとめ』

最後に、熊本ワイナリーの今後について紹介しよう。

「菊鹿町を拠点に、世界に発信できるワイン造りを継続していきたいと考えています。また、地域に貢献することも大切だと思っているので、地元の方に愛される企業になっていきたいですね」。

熊本ワインファームの商品は非常に人気で、リリースするとたちまち売り切れてしまうという状態である。そのため、今後も自社畑の拡大を推進していく予定だ。地域だけではなく、世界のファンに飲んでもらえるよう、さらに多くのぶどうを育ててワインを造っていきたいと考えているのだ。

ぶどう栽培においては、スマート農業の導入を推進し、働くスタッフの負担を軽減することにも力を入れていく方向だという。

「減農薬栽培や軽量瓶を導入し、環境にも配慮した活動も取り組みながら高品質なぶどう栽培とワイン造りが出来るようにしていきたいと考えています」。

熊本の小さな町で、地域の特色を生かし、世界に発信していく熊本ワインファーム。きっとこれからますます活躍していくことだろう。今後の新たな取り組みにも注目していきたい。

基本情報

名称菊鹿ワイナリー(熊本ワインファーム)
所在地〒861-0412
熊本県山鹿市菊鹿町相良526
アクセスhttps://goo.gl/maps/dHrjEyqmub2cgPUm6
HPhttps://www.kikuka-winery.jp/

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