岡山県北西部にある新見市哲多町は、石灰岩質の土壌と冷涼な気候が特徴で、果樹栽培に適した条件を備えている。「岡山ワインバレー 荒戸山ワイナリー」は、そんな新見市哲多町にあるワイナリーだ。
ワイナリーの代表を務めるのは、神奈川県川崎市出身の野波晶也さん。野波さんは2014年、哲多町に移住してぶどう栽培を始め、2018年には念願の醸造所である岡山ワインバレーをオープンした。
自社畑で栽培するのは、厳選したこだわりの品種。赤ワイン用品種としては、イタリア品種のネッビオーロとサンジョヴェーゼを一文字短梢の棚栽培で育てている。また、白ワイン用品種は垣根仕立てのシャルドネを栽培。
理想とするワインを追い求めてワイン醸造を続けてきた岡山ワインバレーのモットーは、必要以上に手を加えないこと。それぞれのぶどうに適した酵母を選択し、あとは原料となるぶどうが持つポテンシャルを信じて醸造している。
セニエは必要最低限にとどめ、樽は木目の細かいフレンチオークの新樽を使っているのもポイントだ。シンプルながらこだわりの詰まった野波さんの醸造は、クラシカルでスタンダードを基本としている。ぶどうそのものをしっかりと味わえるワインを生み出しているのだ。
野波さんひとりで切り盛りする岡山ワインバレーだが、地域の方や飲み手とのつながりを大切にしている。繁忙期には地域の方が手伝いに来てくれたり、ワインを飲んだお客様がワイナリーを訪ねてきたりするという。
人が自然に集まってくる、あたたかい人柄の野波さんが運営する岡山ワインバレー。今回は、2022年以降の動向についてお話を伺った。
『2022〜2023年のぶどう栽培』
まずは、岡山ワインバレーの自社畑周辺の天候と、ぶどう栽培について。2022年の新見市哲多町におけるぶどう栽培を振り返り、2023年の最新情報についてもあわせて紹介していこう。
▶︎雨対策を徹底
西日本全体で雨が非常に多かった2021年8月。岡山ワインバレーでは垣根仕立てのシャルドネの畑で有効な雨対策が出来ず、収量が減るなどの影響が出た。
植物は、状態がよくなかった年の影響を翌年に引きずってしまうことがあるという。2022年もシャルドネの樹には、2021年の雨の影響が少し残っていたため収量は伸び悩んだ。
そのため、2023年は早めの雨対策をおこなった。これまでは9月の収穫にあわせて8月に垣根のフルーツラインに対して施していたレインカットを、早々と6月におこなったのだ。
「早めにビニールをかけると、その後に副枝が伸びたり湿気がこもったりする懸念があり、作業上の手間もかかるため、これまでは実施していませんでした。しかし、背に腹は変えられません。今回の取り組みがよい結果につながることを願っています」。
2023年は梅雨のあいだにレインカットを設置。今年の結果を確認して、来年以降の対応を決めていくつもりだという。房に直接雨が当たらないことで、病気の発生を抑止できる可能性が高くなることを期待したい。
近年の安定しない自然環境の中で農業をおこなう上では、健全なぶどうを栽培するために、刻々と変化する天候に柔軟に対応していくことが必要なのだ。
▶︎天候以外の問題にも対応
岡山ワインバレーの自社畑で問題となっているのは、天候だけではない。虫や鳥の被害も深刻なのだ。2022年に特に悩まされたのはハチによる被害なのだとか。スズメバチなどがぶどうを食べてしまい、傷ついた部分から腐っていく粒がかなり出た。
「ハチは成熟したぶどうを狙ってやってきます。収量が減ってしまうため、自社畑の近くに巣を作らせないことが大切なのですが、周辺は山に囲まれた環境なので対策が難しいのです」。
これまでも飛来したハチを捕まえるトラップは使用していたが、2022年はスズメバチを巣ごと駆除するタイプの駆除剤を用いて効果を試している。
「それでも近くに巣がいくつかできたのか、たくさんのスズメバチがやってきました。キイロスズメバチやオオススメバチと種類もそれぞれで、ぶどうを食べてる間はぶどうに集中しているので、ハサミで捕まえていました。あまりにも捕れるので、最終的にはスズメバチを食べてみたほどです。ぶどうの味はしませんでしたが割と食べられましたよ」。
また、ヒヨドリによる食害も見逃せない。実は野波さんは犬を飼っているのだが、害鳥や害獣を追い払ってくれないのだとか。
「一応、鳥を追いかけることはするのですが、あまり役には立たないですね。うちの犬『タメトモ』は癒し専門です」と、野波さんは苦笑する。
▶︎新たな品種の栽培も検討
岡山ワインバレーではこれまで、サンジョヴェーゼとネッビオーロ、そしてシャルドネの3品種に絞ってぶどう栽培をおこなってきた。一番初めに植えたサンジョヴェーゼとネッビオーロは、2023年に樹齢8年目を迎えた。
「最初に植えた宮ノ峠(みやのたわ)の畑は当初は育ちが少し遅かったのですが、最近は土地の状態にぶどうが適応してきたのか、樹が落ち着いてきました。非常に品質がよいぶどうが収穫できています」。
宮ノ峠の畑は、もともと石灰岩質の残土置き場だった場所だ。少し掘るとゴロゴロとした石がたくさん出てくる。自然と根域が制限されるために、糖度や着色度合いが上がりやすい環境になっているとも考えられる。
また、岡山ワインバレーではこれまでの3品種に加え、赤ワイン用の補助品種として新たな品種を栽培することも検討している。植栽する候補にあがっているのはメルローだ。
「日本での栽培が適している赤ワイン用品種で、果実感のあるものというと、まず浮かぶのがメルローではないでしょうか。自社畑での栽培も可能だと思うので、栽培を検討しているところです」。
メルローを栽培することになった場合、植えるのは宮ノ峠の畑になる。植える畝の高さなどまだまだ検討事項は多い。だが今後、岡山ワインバレーのラインナップに新たな品種が加わることがあるとすれば、非常に楽しみだ。
『2022〜2023年のワイン醸造』
次に、岡山ワインバレーの2022年以降のワイン醸造を見ていこう。
常にこれまでの経験を生かして新たなことに取り組んでいる野波さん。2022年ヴィンテージにはどんなワインが造られたのだろうか。醸造過程におけるこだわりポイントや、それぞれのワインの特徴を紹介したい。
▶︎サンジョヴェーゼ100%の「Unnatural(アンナチュラル)」
2022年ヴィンテージの新たな取り組みとして誕生したのが、サンジョヴェーゼ100%の「Unnatural(アンナチュラル)」。
「Unnatural」は、岡山ワインバレーのフラッグシップワイン「QAUGURA(クァウグラ)」の品質をより高める過程で誕生したという経緯がある。
赤ワイン「QAUGURA(クァウグラ)」は、サンジョヴェーゼとネッビオーロを使った銘柄だ。2022年ヴィンテージでは、より濃い色合いと果実味を表現するため、色付きが淡かったサンジョヴェーゼの一部は使用しなかったのだ。
「色付きの淡かったものや、『QAUGURA』の醸造工程のセニエで出た一部などを、『Unnatural』として商品化しました」。
色合いは非常に淡く、フレッシュなテイストだ。発泡性で飲みやすく価格も手頃なため、若い世代やワインを飲み慣れていない方にもおすすめ。岡山ワインバレーのワインを初めて購入するという人にも試して欲しい1本だ。
「発泡性の赤ワインは珍しいので、ワイン好きの人にもぜひ飲んでいただきたいですね。私自身も美味しい飲み方やペアリングを研究中なのですが、和食とも合う使い勝手のよいワインです。炭酸が抜けた後に氷を入れて飲むのもおすすめですよ」。
「Unnatural」は、広島県尾道市の宿泊施設「LOG (ログ) Lantern Onomichi Garden 」で提供するワインとして採用された。「LOG」は、昭和38年(1963年)に建てられたアパートメントをリノベーションし、2018年12月年にオープンしたホテルやカフェギャラリーなどを有するひとつの複合施設だ。
「国際的に有名な建築家がリノベーションに携わっていて、瀬戸内海の海沿いという素晴らしいシチュエーションにある魅力的でおしゃれな場所です。採用していただけて、とてもありがたいですね。尾道はエモーショナルで本当に大好きな街なのでそこで楽しんで頂けるのは私にとってもとても嬉しいことです。そんな特別な場所で是非『エモいワイン』を楽しんでもらいたいですね」。
尾道の素敵な宿で味わう「Unnatural」はどんな味がするのだろうか。大変興味深い。
また、2024年3月22〜23日にかけても「LOG」でイベントを開催。「尾道の春の景色とワインを楽しむ」と題して好評を博した。
▶︎「エモいワイン」とは
さまざまな分野において、「ナチュラル」であることが支持されがちな昨今。そんな中、岡山ワインバレーの「Unnatural」は、野波さんによる、時流へのちょっとしたアンチテーゼの意が込められたネーミングである。ちなみに、エチケットの流暢な文筆記体の文字は野波さんが書いたものなのだとか。
「大自然の中に暮らしている私自身は特に『自然派ッ!』というわけではないので、あえて『Unnatural』という名前にしました。但し、今の世の中的にはある意味でエモーショナルなものを求めているのではないかと思うのです。狙ったのではなく、即興的に造ったワインだという背景に、感情を揺さぶられ、その世界に没頭してしまう飲み手がいるのではと期待しています」。
「Unnatural」が持つ魅力を、いわゆる「エモさ」だと表現してくれた野波さん。プロダクトとしてのワインを、かっちりしたベースを持って造っている岡山ワインバレー。あえて対する存在として造った「Unnatural」は、ある種の人たちにきっと素敵な共鳴をもたらすだろう。そして、ワインファンの裾野を大きく広げたいという野波さんの思いが、多くの人に伝わるに違いない。
▶︎力強い味わいの「QAUGURA」
岡山ワインバレーのフラッグシップワイン「QAUGURA」は、2021年、2022年ヴィンテージともに樽熟成中。2021年ヴィンテージは、2023年秋より発売開始した。
「2021年ヴィンテージの「QAUGURA」は、サンジョヴェーゼ主体でネッビオーロを24%ブレンドしています。かわいらしい色合いで、口に含むと後からネッビオーロのタンニンと果実感が追いかけてくる感じです。抜栓してから2日目くらいからだんだん美味しくなっていくので、変化する様子も楽しんでいただきたいですね」。
「QAUGURA」のエチケットは野波さんのパートナーの方が描いた絵画だ。備中地域にあたる新見市哲多町は、国指定重要無形民俗文化財に指定されている備中神楽が盛んな地域で、その神楽の舞が抽象的に描かれている。
野波さんは備中神楽を初めて見たときに夜通し踊り、また地域の人も集まって神楽を楽しむという文化に驚いたそう。そんな地域に根付いた文化をリスペクトし、またワインもそういった存在になりたいと表現したのが「QAUGURA」なのだ。
「QAUGURA」のネーミングについて、野波さんに解説いただいた。
「『QAUGURA』は備中神楽の神楽と、イタリア語の『augurare/augura』を組み合わせた造語です。語源であるラテン語の『Augur』は、古代ローマの鳥の飛び方を見て占う『卜占官(ぼくせんかん)』をあらわし、願いや希望といった意味を持つのです。また、お祝いの意味をあらわす言葉『auguri』も語源のひとつですね」。
炎が踊るようなエネルギーが伝わってくるエチケットは、「QAUGURA」の力強いテイストをよく表しているので注目していただきたい。
「QAUGURA」について野波さんが提案してくれたのは、数日かけて飲み切るというスタイルだ。抜栓してから2日目くらいからがが美味しいので、少しずつじっくりと飲んで、味わいが変化する様子も楽しんで欲しいと話してくれた。
「QAUGURA」を手に入れたら、造り手おすすめの飲み方を試してみるとよいだろう。
▶︎珍しいセパージュのスパークリングワイン
オンラインショップで販売中のワインの中からもう1本、スパークリングワインの「Sparkling HAKUBI 2019 chardonnay(スパークリング ハクビ 2019 シャルドネ)」を紹介したい。
「シャルドネとサンジョヴェーゼという珍しい品種を組み合わせて造ったスパークリングワインです。白ですが、サンジョヴェーゼの色味がほんのりとついていて、美しい色合いですよ。サンジョヴェーゼの酸味がアクセントになっている点も楽しんでいただけると思います。2019年ヴィンテージですが、今ようやく飲み頃になってきたと感じています」。
ポップで楽しいイメージのエチケットは、スパークリングワインにぴったりだ。楽しい場をさらに盛り上げてくれるだろう。
岡山ワインバレーでは「Sparkling HAKUBI 2019 chardonnay」以降はスパークリングワインは造っていないが、今後もよいシャルドネが収穫できた年に造る予定とのことなので、期待して待ちたい。
『岡山ワインバレーの未来への取り組み』
最後に、2024年以降に実施する取り組みや、今後予定していることなどについてお話いただいた。常に新たな挑戦を欠かさない岡山ワインバレーは、今後どのような道を進んでいくのだろうか。
▶︎周囲とのつながりを大切に
2022年以降、野波さんは自らワインを扱う飲食店に出向き、直接話してワインを試飲してもらう機会を積極的に持ってきた。岡山ワインバレーのワインを取り扱ってくれる飲食店は少しずつ増えてきている。
「ワインを取り扱ってくださる販売店や飲食店の方、また、飲み手の方とも直接会って話すことで、率直な意見を聴くこともできます。『こんな味わいのワインが飲みたい』といった意見を聴きながら、今後のワイン造りに生かしていきたいですね。普段はひとりで作業をすることが多いので、なるべく独りよがりにならないようにと心がけています」。
外からの意見を積極的に取り入れ、ワイン造りに生かしていこうという野波さんの姿勢は、周囲の人にも支持されていることだろう。今後も自分から飲食店などに直接足を運んで接点を増やしていくことで、岡山ワインバレーのワインはより幅広い層の飲み手に届くだろう。
▶︎さまざまな料理に合うワイン
サンジョヴェーゼとネッビオーロというイタリア系の品種でワインを造る岡山ワインバレーのワインは、実はイタリア料理以外とのペアリングにも定評がある。
「『Unnatural』は、出汁を使った和食にも合うのではないかとアドバイスをいただきました。東京のお寿司屋さんでも『QAUGURA』を出していただき、好評のようです」。
岡山ワインバレーの赤ワインはフルボディではないため、和食との相性もよいのだ。また、シャルドネもすっきりしたタイプで、合わせられる料理の幅が広い。
野波さんは今後もプロの料理人とのつながりを持ちながら、さまざまなペアリングを提案してくれることだろう。
「食のプロにいろいろと教えていただきながら、今後はさらに、消費者が求めている味わいと自分が求める味わいを追求したいと考えています。より多くの人に岡山ワインバレーのワインを飲んでいただき、美味しい料理と合わせて楽しんでほしいですね」。
また、岡山ワインバレーはさまざまなイベントにも積極的に参加している。2022年9月に東京で開催された、岡山のものづくりを紹介するイベント「岡山かー」に参加。また、2023年3月に岡山で開催された「ワインに恋してときめいて」、7月と10月に倉敷市でおこなわれた「くらしきWINEな夜会」、12月に大阪国税局主催の「日本ワインエキスポ2023 in Osaka」にも参加した。
今後もよりたくさんのイベントなどで、岡山ワインバレーのワインに出会えることを期待したい。
『まとめ』
サンジョヴェーゼとネッビオーロというイタリア品種とシャルドネを栽培し、理想のワイン像を追いかけてワイン造りに取り組む岡山ワインバレー。
2022年以降、悪天候や獣害に悩まされつつも栽培管理にしっかりと向き合い、高品質なぶどうを栽培してきた。
ぶどうのポテンシャルを最大限に生かしたワインは、造り手のこだわりがしっかりと詰まったワインになっている。
今後はさらに、新たな品種の栽培にも挑戦し、さまざまな醸造手法を取り入れたラインナップが展開されることだろう。これからの岡山ワインバレーの取り組みにも、引き続き注目していこう。
基本情報
名称 | 岡山ワインバレー |
所在地 | 〒718-0312 岡山県新見市哲多町田淵72 |
アクセス | https://goo.gl/maps/K9Qe7SbierBc51uY8 |
HP | https://okayamawine.jp/ |