『岡山ワインバレー』イタリア品種のクラシカルなスタイルのワインに挑戦するワイナリー

岡山県の北西部、高梁川の上流域に位置する新見市。今回紹介する「岡山ワインバレー」は、新見市哲多町にあるワイナリーだ。新見市はその多くが標高400~600mの石灰岩質のカルスト台地に覆われており、冷涼で水はけがよい。ぶどうをはじめとする果樹栽培に適した条件を備えている土地だ。

岡山ワインバレーの代表を務めるのは、野波晶也さん。関東から西日本への移住先を探すなか出会った新見市哲多町で、生涯をかけてする仕事として、ぶどう栽培とワイン醸造を選んだ。イタリアを代表する高級ぶどう品種を栽培し、スタンダードな醸造方法でワインを造る。

岡山ワインバレー設立の経緯と現在、今後の展望について詳しく伺った。ぶどう栽培の歴史が長い岡山県ならではの栽培方法など、興味深いお話をさっそく紹介していこう。ぜひ最後までご覧いただきたい。

『移住と就農、ワイン造りのスタート』

野波さんは神奈川県川崎市の出身だ。大学卒業後は、東京のIT関連企業に勤めていた。だが、いつかは転職して、地方に移住したいと考えていたという。

IT企業に勤務していた当時、週末に長野でおこなわれた農業研修を受けたこともある。長野県東御市などで新規就農者を募集していたときのことだ。だが、当時はまだ、サラリーマン生活を辞める決心はつかなかった。

▶︎一生続けられる仕事を求めて

その後、30歳半ばとなった野波さんは本格的に移住を決心し、さまざまな土地を訪れて候補地を探した。その中のひとつが、岡山県新見市だったのだ。

「海が好きなので、初めは西日本の瀬戸内海沿いに移住したいと思っていました。さまざまな縁があり、移住先は結局、山沿いの地域になってしまいましたね。西日本に移住を決めたのは、まったく知らない土地ということと、実家の神奈川から遠い場所だからという理由が大きいのです。移住後に気軽に地元に戻れないくらいの距離がある土地を選びました」。

移住先を探し始めた当初は、自分が新たに手がける仕事に関して、明確なヴィジョンがあったわけではなかった。だが、成果が数字のみで評価されがちな世界とは違い、自分自身の手で作ったものをお客様に直接販売できる農業には、大きな魅力を感じたという。また、農業が土地に根ざした仕事であることも、野波さんにとっては重要だった。一度植物を植えてしまえば、他所へ移ることは簡単ではない。そんなストイックさに惹かれたのだ。

「移住先で始める仕事は、生涯をかけて成す仕事であること。また、もっとも自分を表現できる仕事であることなどをじっくりと考えた上で、自分で栽培したぶどうでワインを造ろうと決心したのです。長く続けられる、長い時間のかかる『ものづくり』をしたいと考えました」。

2014年に新見市哲多町に移住した野波さんは、ぶどう栽培を開始。2018年には念願の醸造所、「岡山ワインバレー 荒戸山ワイナリー」もオープンした。

▶︎土地の持つポテンシャルに注目

新見市哲多町には、既に20年以上前から先行しておこなわれていたぶどう栽培の歴史がある。野波さんの岡山ワインバレーを含め、現在市内では、4つの事業者がワイン生産の事業をおこなっている、西日本でにわかに注目されている地域なのだ。

「実際に畑や栽培方法を見学してとてもユニークな印象を持ちました。石灰岩土壌だけでなく表土を覆う赤土や中国山地周辺の気温、また特にぶどう栽培における岡山県の人達の真面目さというか向き合い方に突き動かされるものがありました。可能性と、面白いことができるのではということを直感しましたね」。

野波さんには、かつてイタリア・フィレンツェを旅した経験がある。旅先で立ち寄った店で飲んだイタリアワインの味に感銘を受けたことも、ぶどう栽培とワイン醸造を始めるきっかけのひとつだった。「ああ、このギュッとくる感じのワインを造ってみたい」と感じたのだという。

哲多町でイタリア品種の栽培に挑戦してみたいと考えた野波さんは、栽培品種にサンジョベーゼとネッビオーロを選んだ。

サンジョベーゼはイタリアの代表的なワインとして知られるキャンティの原料にもなるポピュラーな品種で、ネッビオーロは「王のワインにして、ワインの王」と呼ばれる、バローロに使用される高級品種だ。いずれも栽培が難しいとされるが、野波さんはあえて困難に挑戦する道を選んだのだ。

『岡山ワインバレーのぶどう栽培』

岡山ワインバレーで栽培されているぶどう品種は、全部で3種類。サンジョベーゼとネッビオーロのほか、白ワイン用品種のシャルドネも栽培している。

それぞれの品種の栽培について、詳しく伺った。

▶︎石灰質の畑

シャルドネは、ぶどう栽培を辞めることになった事業者の畑に、すでに植えられていた樹を引き継いだ。

シャルドネが植えられている畑は石灰質土壌で、なんと畑の下には鍾乳洞が広がっているそうだ。「テラロッサ」と呼ばれるような赤土が地表を覆っている。吉備高原特有の特殊な土壌は水はけがよくミネラル豊富で、ぶどう栽培には非常に適しているとされる。

一方、サンジョベーゼとネッビオーロは、谷を埋め立てた場所にある畑と、野波さんの自宅の前の畑に植えられている。

「ネッビオーロを植えた谷の畑は、トンネルを掘った後に出る石灰岩質の残土を埋め立てた岩だらけの土地です。自宅前のサンジョベーゼの畑は急斜面にあり、日当たりと水はけがよいのが特徴ですね。イタリア品種を栽培するには極力水分コントロールができる場所にしたいと考えました」。

▶︎一文字短梢剪定栽培でイタリア品種を栽培

岡山ワインバレーのシャルドネは垣根栽培で、サンジョベーゼとネッビオーロは棚を利用した一文字短梢剪定栽培だ。

古くからぶどう栽培が盛んだった岡山では、生食用のマスカット・オブ・アレキサンドリアが多く作られてきた。マスカット栽培で採用された一文字短梢剪定栽培が、岡山ではスタンダードな栽培方法だ。

一文字短梢剪定栽培では、主幹から左右に枝を下ろし、ひとつの枝に対して1〜2つの房を残す。葉と枝のすべてをしっかりと管理し、どれだけ健全に保てるかが、収穫するぶどうの品質を大きく左右する。収穫時期までしっかりと房が育つように、枝葉を管理することが大切だ。

「棚の構築や毎年のビニール張りなどコストもかかりますが、丁寧に手をかけて栽培しやすい仕立て方なので僕には合っているやり方のようです。棚栽培は、棚の上部にレインカットが設置できるので、雨の多い日本にはメリットが多いですね。このあたりは、秋になると雲海に包まれる地域なのですが、今のところネッビオーロの方が気候に合っているような感じがしています」。 

▶︎雨の少ない哲多町

岡山県は、台風などの自然災害の被害を受けにくい地域。中でも岡山ワインバレーがある新見市哲多町は、降水量が少ないため、ぶどう栽培には最適なのだ。

「異常気象が続いているので今後の気候についてはわかりませんが、雨の影響を受けにくいのは、ぶどう栽培にとって大きなアドバンテージだと感じています」。

だが、2021年は西日本全域で長雨が続いたため、収量に大きく影響が出た。例年の4分の1弱しか採れなかったのだ。垣根栽培をしているシャルドネにはレインカバーを設置していないことが大きく影響したという。

「今後は、雨対策について考えていく必要がありますね。また、遅霜にもやられてしまうことがあるので、人間が出来ることはやって天候とうまく付き合っていくしないと思っています」。

『スタンダード・シンプルな醸造方法にこだわったワイン造り』

続いては、岡山ワインバレーのワイン醸造のこだわりについて紹介しよう。

「ワインは古代からある飲み物なので、日本酒などに比べると原始的な醸造方法で造られます。基本的にはぶどうを潰し、発酵させるのみで、水を加えたりする必要もないのです。そのため、『必要以上に手を加えない』というのがこだわりですね。結局はぶどうそのものの品質が勝負ですから」。

▶︎酵母選びの工夫

とはいえ大切なのは、理想とするワインのデザインから原料のぶどうをどのように導いていくかの想像力と構成力。ヴィニュロンはコンポーザー(作曲家)であり、コンダクター(指揮者)のようなものだと考える野波さん。醸造段階で重視しているのは、ぶどうに適した酵母を選択することのみで、あとはぶどうの持っているポテンシャルに委ねるという。

ぶどうの状態に合わせ、複数の酵母を組み合わせて使うこともある。また、別々の発酵槽で異なる酵母で発酵させてからブレンドすることも。味わいに複雑さを出したいときに用いる手法だという。

また、ぶどうのポテンシャルを最大限に発揮させるため、「セニエ」は必要最小限にとどめる。セニエとは、赤ワインの色素を濃く仕上げるために果汁を抜き取る工程のこと。だが、セニエすることでぶどうの味わいのバランスを損なうと考え、できるだけぶどう本来の状態で仕込むことを心がけているのだ。

▶︎「トロンセの森」の樽と、酸の強いシャルドネ

岡山ワインバレーでは、樽はフレンチオークのなかでも希少価値のある、フランス・アリエ県の「トロンセの森」のものを使用している。楢材の樽で、非常に目が細かいのが特徴だ。 

「トロンセの森の樽で熟成すると、非常にエレガントな味わいに仕上がります。石灰岩土壌の影響か、うちのシャルドネは樽負けしません。風味豊かでパワフル、それでいて華やかな感じですよ。むしろ、樽に入れた方が和らぐ、そんな個性のあるシャルドネですね」。

岡山ワインバレーのシャルドネは酸が強く、長期熟成に向いている。熟成させても酸が残るシャルドネは日本国内では少ないという。おそらく、岡山ワインバレーの畑の土壌が、シャルドネに鮮やかな酸を与えているのだろう。

▶︎日本酒好きが造るシャープなワイン

実は、大の日本酒好きだという野波さん。そのためか、岡山ワインバレーのワインは、どれもキレのある味わいが特徴だ。

シンプルな方法で醸造し、クラシカルでシャープな仕上がりのワインを目指している岡山ワインバレー。余計な工程を加えずに醸造することで、ぶどうそのものの品質がしっかりと味わえるワインに仕上がるのだ。

「ぶどうの品質を高めることに注力して、醸造はできるだけシンプルにおこないます。早め早めに対応し、手をかけて丁寧に栽培管理をする今のやり方が、自分には合っていると感じますね」。

▶︎人とのつながりを大切に

野波さんに、ぶどう栽培とワイン醸造で最も苦労している点を尋ねると、苦笑しながら、「全部だなあ」と答えてくれた。

栽培と醸造、販売までをひとりでこなす野波さん。自社ワインの販路も、東京などに自分で赴いて開拓する。やりたいことや、やらなければならないことはいろいろとある。しかし、体はひとつしかないのが悩みの種だ。

「ワイナリーに直接きてくださるお客様の対応なども、もちろんひとりでしています。忙しいのですが、飲み手の方と直接関わるスタイルは、これからも続けていきたいですね。お客様とコミュニケーションを取ることは、僕自身のモチベーションアップにもつながるので、たくさんの方にワイナリーに来ていただきたいです。人との関わりの中で生まれた味だと感じていただけたら、嬉しいですね」。

どんな場所にぶどう畑とワイナリーがあり、どんなふうに造られたワインなのかを知った上で飲んでほしいと話してくれた野波さん。周囲の人たちとコミュニケーションを取ることで、自分のやっていることが意味のあるものだと実感できるという。人とのつながりを大切にしたいと語ってくれた、穏やかな笑顔が印象的だった。

▶︎優しい人たちが集まってくる

普段はワイナリーに関わる仕事をひとりでこなしている野波さんだが、繁忙時には地域の方にお手伝いを依頼している。

「レインカットのビニール張りや収穫のときなどには、10人くらいの方に手伝っていただいています。忙しい時期に、差し入れをしてくださるご近所さんもいらっしゃるので、本当にありがたいですね。岡山ワインバレーは、僕ひとりでは成立しません。たまたま僕はラッキーで、優しい方たちに恵まれました」。

ぶどう栽培についていろいろなことを教えてくれる先輩農家や、ラベルデザインをしてくれるアーティストのパートナーをはじめ、ワイナリーまで来てくれるお客様とのつながりがあってこそワイナリーが成り立っていると話してくれた野波さん。

自然と人が集まってくるのは、野波さんの人柄によるところが大きいだろう。造り手の人柄が感じられる、キレがありながらも優しい味わいの、岡山ワインバレーのワインをぜひ飲んでほしい。

『岡山ワインバレーの未来』

最後に、岡山ワインバレーの未来について伺った。

現状は野波さんがひとりでワイナリーを切り盛りしているため、これ以上の畑の拡充は難しい。規模はそのままに、クラシカルなスタンダードワインを作り続けることが、今後やっていくべきことだと語ってくれた。

「今はまだ、新しいことにチャレンジする余裕はありません。あえて言うなら、『長く続けること』こそが、最大のチャレンジですね」。

もともと、岡山ワインバレーのターゲット層は、40〜50代の共働きの夫婦に設定されていた。販売価格はやや高めなので、若い世代には受け入れられにくいのではと想定していたのだ。だが、日本ワインの人気の高まりも後押しし、最近は若い世代にも顧客層が広がりつつあるという。

「うちのワインは、開栓して数日経ってからが、もっともパフォーマンスを発揮します。シャルドネは開けて2、3日目くらいが一番美味しいですよ。赤ワインの飲み頃はヴィンテージによって違うので、飲み比べをしていただくのもよいかもしれません。何日かかけて、味わいの変化を楽しみながら飲んでいただけたらと思います」。

最近では、高級クルーズ船や関東の酒販店での取り扱いも始まった。店頭で見かけた際には、ぜひ手に取ってみてほしい。キレのある味わいが楽しめるだろう。

『まとめ』

ぶどう栽培が昔から盛んな岡山県新見市の石灰質土壌の畑で、シャルドネとイタリア品種のぶどうを栽培する岡山ワインバレー。

年内に発売を予定している新商品「Nunatural」も魅力たっぷりに仕上がった。サンジョヴェーゼ100%の無濾過ワインは、商品のネーミングからも野波さんの新しい野心的な取り組みであることが垣間見える。色付きの淡いサンジョヴェーゼを短期間で醸し、軽くプレスした後に瓶詰した早出しのフレッシュなワイン。果実味と繊細な酸味のバランスが秀逸で、生ハムやカルパッチョとの相性は抜群とのことだ。

自社醸造の開始から数年が経過し、シャルドネのワインは理想とする形に近づいてきた。赤ワインについては、野波さんがイタリアで出会って衝撃を受けたワインの味わいを目指し、よりパワーアップさせていくつもりだ。そのため、サンジョベーゼとネッビオーロの補助品種となるぶどうを選定している最中だという。

岡山ワインバレーの赤ワインが今後どのように趣を変えるのか、楽しみにしたい。

一生涯続けていく仕事として、ぶどう栽培とワイン造りを選んだ野波さん。ワイナリーの歩みは、これから長く続いていくことだろう。

野波さんと岡山ワインバレーが今後紡いでいく歴史は、きっとたくさんの人の心を動かすものになるに違いない。

基本情報

名称岡山ワインバレー
所在地〒718-0312
岡山県新見市哲多町田淵72
アクセスhttps://goo.gl/maps/K9Qe7SbierBc51uY8
HPhttps://okayamawine.jp/

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