『WANOワイナリー 』スチューベン生産量日本一の小さな町自慢のワイナリー

日本有数の広さをもつ青森県西部の津軽平野。北西部は日本海に面し、南西部には青森県の最高峰で、日本百名山にも選定されている岩木山(いわきさん)を望む。

津軽平野は、日本最大のりんご栽培地として知られている。そんな津軽平野には、実は「スチューベン」という品種のぶどう生産量が日本一の鶴田町がある。
原産地と同じ緯度にあり栽培に適していたため、鶴田町では古くからスチューベンの栽培が盛んだ。

鶴田町でスチューベンワインを醸造するのが、今回紹介する「WANOワイナリー」 。代表の八木橋英貴さんにお話を伺った。

それでは、WANOワイナリーの魅力に迫っていこう。

『スチューベン生産量日本一の町・鶴田町のワイナリー』

もともと鶴田町でスチューベン栽培を行ってきた八木橋さん。なぜワイナリー設立に至ったのだろうか。まずは八木橋さんがワイン造りに興味を持ったきっかけや、WANOワイナリー設立までの経緯を紹介したい。

▶青森と東京での経験

「私は農家ですから」と語る八木橋さん。八木橋さんの父も、鶴田町でスチューベンを栽培する農家だった。自身も父の後を継ぎ、スチューベン栽培に携わることになる。
ワイナリーを立ち上げる前には、夏は鶴田町、冬は東京で働くという生活を10年間ほど送っていた。

「青森に比べると、やはり東京は情報が早いですね。ぶどうを作っているなら、ワインを造るべきだと、何人もの東京の友人にすすめられたんです」。

スチューベンはアメリカ、ニューヨーク州で誕生した品種だ。ウェイン種とシュリダン種の交配から生まれたぶどうで、果皮が黒く果実は小ぶり。

20度以上にもなる糖度の高さと、冷蔵で2ヶ月ほど貯蔵可能なほど、日持ちがよいのが特徴だ。スチューベンの収穫時期は、10月初旬から中旬。食用として栽培されることが多いスチューベンは、冷蔵保存することでクリスマスや正月の時期まで楽しむことができるという。

鶴田町の特産品であるスチューベンをさらに多くの人に知って欲しい。生食するだけではなく、加工して活かす方法としてワイン造りに興味を持ち始めた八木橋さん。
東京ワイナリー」でワイン造りの現場を体験したことで、次第にワイン造りの魅力のとりこになっていく。

八木橋さんはその後、青森県の弘前工業研究所が実施する講習を受けて醸造の経験を積み、晴れて酒造免許を取得するに至ったのだ。

▶さまざまなワイナリーを自身で視察

八木橋さんは岩手県花巻市大迫町のワイナリー「高橋葡萄園」を訪れる機会を得た。高橋葡萄園はオーストリアでワイン醸造を学んだ経験のある、高橋喜和さんが経営するワイナリーだ。

八木橋さんは、高橋さんにコンサルティングを依頼した。さまざまなアドバイスや指導を受け、WANOワイナリー設立に向けて本格的に走り出す。ワイン造りに関する多くの経験を積み、試行錯誤を重ねた八木橋さん。
ワイナリーの立ち上げまでには、大迫町や長野、山梨など、いくつものワイナリーを訪れて醸造やワイナリー経営について学んだという。

2016年5月にワイナリーを設立、翌年の2017年から醸造を開始した。2021年、WANOワイナリーは5回目のヴィンテージを迎える。

『WANOワイナリーのぶどう栽培』

WANOワイナリーのワインの根幹を支える、スチューベンが生み出される背景について伺った。ぶどう栽培に関する工夫やこだわりを紹介しよう。

▶岩木山の麓のぶどう畑

WANOワイナリーのぶどう畑は合計1.3haほどの広さがある。ぶどう畑は岩木山の麓に位置しているが、火山灰土ではなく昔は沼地だったとされる粘土質の土壌だ。山の麓なので風がよく吹き抜け、年間を通して風が強い。
湿気がこもることがないため、ぶどうの病気に苦労することはあまりないという栽培適地だ。

病気の少なさは、スチューベンの特性も幸いしている。スチューベンは栽培しやすく、病気に強い品種なのだ。
「ほかの土地で栽培されているぶどう品種を鶴田町で作ったら、なかなか難しいかもしれませんね。スチューベンは、この土地に最適な品種です」。

自社畑での栽培は、棚栽培でのスチューベンが90%を占める。キャンベルアーリーとナイアガラも栽培しているが、自社の畑だけでは足りないため契約農家にも栽培を依頼しているという。

自社畑ではスチューベンのほかに、ワイン専用品種のシャルドネ 、ピノ・ノワールなどを栽培する。この2品種はワイナリーを立ち上げてから植栽したものなので木が若く、これからが楽しみな段階だ。
また、粘土質の土壌はメルローの栽培に向いているのではと考え、栽培を検討している。

▶ぶどうの木が健康であることが第一

WANOワイナリーのぶどうは、減農薬で栽培されている。除草剤は使わず、肥料は有機肥料のみを使用しているのだ。

「木が健康であれば、農薬は必要ありません。健全に育った木であることが、最も大切です」。
八木橋さんは、ぶどうの木が健康であることが第一で、そのうえで害虫や病気に対しての対策を講じるべきだと考えている。

実は1年間ほど、まったくの無農薬での栽培を試みたこともあった。だが完全無農薬での栽培は難しかった。結果的に、一般的に使用される農薬の半分ほどの量での栽培に落ち着いたという。

ぶどう栽培では、病気や害虫以外にも、鳥害や獣害も発生するので注意が必要だ。「ムクドリ」による鳥害には、防護ネットを設置して対策を実施している。棚栽培のスチューベンは樹高が高いため、木に登らないタヌキの被害は出ない。

しかし最近では、アライグマによるやっかいな獣害がある。対策としては、針金製のワナを設置する。ワナの中にカレーパンを置くとアライグマがワナにかかりやすいという。なんとも驚きのエピソードだ。

さまざまな苦労を経て実ったスチューベン。毎年何件も、ほかのワイナリーから譲ってほしいとの依頼があるそうだ。八木橋さんの栽培するスチューベンは、東京や横浜、新潟などにも出荷されている。
WANOワイナリーのワインは、日本各地から求められる高品質なスチューベンで醸造されているのだ。

▶毎日が楽しいぶどう栽培

八木橋さんにぶどう栽培の苦労は?とたずねると、素敵な答えが返ってきた。
「苦労はあまりないです。毎日、楽しいですよ。草刈りをしていても、機械に乗っていても、ぶどう畑を眺め、どれだけ成長しているか見ることができますから」。

ぶどうは毎日育ち、畑の状態は日々変化していく。ひとくくりに自社畑といっても、場所によって栽培方法を変える必要もある。
健全なぶどうを栽培するために何ができるのかと考えることもまた、八木橋さんにとっては楽しみのひとつだ。ぶどうをこよなく愛し、農業を楽しむ八木橋さんの深い思いが感じられる答えだ。

『WANOワイナリー のワイン』

WANOワイナリーで醸造されるワインは、メインがスチューベンを使用した赤、白、ロゼ、スパークリングなどのラインナップ。ほかに「青森ヌーヴォー」として、ナイアガラやキャンベルアーリーを使ったワインもある。

▶酸のキレのあるロゼワイン

スチューベンは生食用として栽培されることが多いぶどう品種だ。実際、WANOワイナリーの近隣にある、鶴田町のぶどう農家は生食用にスチューベンを作っている。

本来そのまま食べるのに適したスチューベンでワインを造ることに、当初は不安もあった。しかし、数年間のヴィンテージを重ねた結果、非常によい感触を得ているところだ。

WANOワイナリーのラインナップのなかでも、八木橋さんが特におすすめするのは、ロゼワイン。華やかな香りと、酸味のキレが特徴の味わいが好評だ。

スチューベンで造ったワインは、日本での知名度はまだまだ低い。より多くの人に、存在を知って飲んでもらいたいと八木橋さんは考えている。
知名度アップのために、今後はコンクールへの参加にも意欲をみせる。

▶農家だからこそできる、健全な実だけで造るワイン

八木橋さんのワイン醸造のこだわりは、健全果の選別にも見られる。WANOワイナリーのぶどう園では、ワイン用の原料としてのぶどうを出荷する場合でも、「もぎ実」のぶどうだけを使っている。

鶴田町のスチューベンの収穫は10月頃だ。収穫した房は冷蔵し、正月の時期などの贈答用として房の大きさを揃え、箱詰めにして販売する。その際、房からハサミで切り落としたぶどうが加工用となるのだ。
ほかにも色乗りのよくない実を選び、最初から加工用に回すこともある。しかし、木から落ちた実が加工用になることはない。

木から落ちた実など状態のよくない果実を加工用に使うことは、無駄を出さないという意味では理にはかなっている。しかし、八木橋さんはこう語る。
「自分で農家をして、ワインを造るこだわりとして、もぎ実で状態のよいものだけを使いたいんです」。

健全な果実を得るためには、収穫時期の見極めが大切だ。例えば、翌週に雨が続くという場合には、病気の心配が出てくる。スチューベンは幸い実が小粒であるため、実割れの心配は少ない品種だ。

しかし、収穫が遅れることによる晩腐(おそぐされ)病などの可能性がある。自分でぶどうを育てている以上、最適な収穫時期を判断し、できるだけ健全なものを使いたい。
農家だからこその心意気は、WANOワイナリーのワインに結果として現れているはずだ。

▶徹夜で行う瓶詰め作業

醸造段階ではこれまで幸いにも、大きなトラブルはほとんど経験してこなかった。そんななか、八木橋さんが「最も気合が入る」という作業は、ワインの瓶詰め作業だ。

WANOワイナリーで使われているタンクのなかで、最も大きいのは1000ℓの醸造タンクだ。大型タンクのワインを瓶詰めする場合、朝から瓶詰めしたとしても、徹夜作業になってしまう。

WANOワイナリーでは、瓶の殺菌も手作業でおこなうためだ。瓶にワインを詰めたあとに、殺菌のために煮沸作業を実施する。
お湯を沸かしたものに順に瓶をつけていく、根気が必要な作業だ。一度瓶詰めを始めたら、途中で止めることはできない。

大きなワイナリー であればオートメーション化もできるだろう。しかしマイクロワイナリーには、揃えられる設備にも限りがある。小規模ワイナリーならではの苦労を垣間見ることができるエピソードだ。

『WANOワイナリーのこれから』

鶴田町のスチューベンワインをもっと広く知ってもらうため、工夫できることはたくさんあると、八木橋さんは考えている。

新型コロナウイルス感染症の影響で、日本のワイナリーを取り巻く状況はいまだ厳しい。飲食店への卸しはほぼ無くなり、観光客も姿を消した。

しかし、「いつか元どおりになりますよ」と明るく語る八木橋さんは、あくまでも前向きだ。WANOワイナリーが考えている、新しい挑戦について紹介しよう。

▶シードルで実証された、冷凍の果実を使う技術

日本一のスチューベン生産量を誇る鶴田町。しかし、近隣で実施されている果実酒醸造は、りんごを使ったシードルが多数派だ。
りんごの一大生産地でもある津軽地方では、シードル生産者のグループがある実験を行なった。八木橋さんはその結果に注目している。

実験の内容は、凍らせたりんごでシードルを造るというもの。生のりんごで造ったものに比べて、より香りの高いシードルに仕上がったという結果が出た。凍らせた果実を使用するため、醸造の時期をコントロールできるメリットもある。
この技術をぶどうで醸造するワインにも活かせないだろうかと、八木橋さんは考えているのだ。

「ぶどうでも、シードルで行われたような実験をしようと考えているところです。ほかのワインとの差別化が図れますから、スチューベンワインの認知度アップにつながるはずです」。
WANOワイナリーは、新しい試みに常に意欲的だ。

また、雪国らしいハプニングから、新たな取り組みのアイディアを得たこともある。

イタリアの「アマローネ」というワインは、陰干ししたぶどうを醸造に使用する珍しい製法のワインだ。八木橋さんは、「アマローネ」のようなワイン造りに挑戦するため、ぶどうを陰干ししてみた。だが冬の積雪のため、ぶどうを干した場所にアクセスできなくなったのだ。
そのため、ぶどうは雪解けの春までそのままに。そのぶどうを使って醸造したワインは、アイスワインのような凝縮感が期待できるという。

▶工夫を重ねる

WANOワイナリーでは、ワインの品質の向上と同様に、商品スタイルの多様化にも重要性を感じている。そのため、採用するワインボトルのサイズに注目している。同じワインでも、ボトルの大きさひとつで、顧客が手に取りやすくなる可能性があると考えているのだ。

通常サイズの750mlだけでよいのか、500mlや375mlでの展開も必要なのか。また、コルクだけでなくスクリューボトルを導入することで、顧客に選んでもらえる可能性がアップするかもしれない。
商品に特徴を持たせるため、試行錯誤を重ねている。

小さな工夫の積み重ねが、大きな違いを生み出していく。これからのWANOワイナリーの商品ラインナップから目が離せない。

▶鶴田町でワインの祭りを

八木橋さんは、鶴田町や津軽地区全体で楽しめるワインイベントを開催したいと考えている。ワインに親しむきっかけとして、祭りの重要性を感じているのだ。
八木橋さん自身、八戸市で行われる『八戸ワインフェス』を毎年訪れ、楽しんでいるという。

「最近、白神にもワイナリー ができました。ほかのワイナリーと共同企画して、ワインイベントを立ち上げたいですね。日本人はお祭りが好きですから、楽しんでもらえると思いますよ」。

WANOワイナリーではここ数年、新酒ワインの「ヌーヴォー」にも力を入れている。ヌーヴォーの時期が、ワインが一番売れる。「今日はワインの日なんだよ」という盛り上げかたでもよいかもしれないと考えているのだ。
WANOワイナリーの新酒が楽しめるワインフェスの開催に期待したい。

▶シャインマスカットでのワイン造りに挑戦

WANOワイナリーのぶどう畑では、シャインマスカットの作付けも多く行っている。成長もかなり進み、収穫できる時期も間近となってきた。八木橋さんはシャインマスカットのワイン造りにも挑戦してみたいと語る。

鶴田町のシャインマスカットで造られたワイン。完成したら、ぜひ飲んでみたい逸品になるに違いない。

▶鶴田町が誇るワイナリー 

鶴田町は人口1万3千人にも満たない小さな町だ。WANOワイナリーはそんな鶴田町の第1号のワイナリーである。

「青森県には40の市町村があるけれど、県全体でワイナリーは数件だけなんです。そんな中、この小さな鶴田町にワイナリーがあるというので、町長も自慢してますよ」。

ほかの地方の市町村同様、これから先ますます過疎化が進むことが予想される鶴田町。WANOワイナリーの存在は、町の誇りであり、希望でもあるはずだ。八木橋さんは、地域にワインを文化として浸透させることにも意欲を見せる。

「この状況が落ち着いたら、リベンジ景気に期待しています。そのときには、自分の商品を効果的に紹介したいですね」。
八木橋さんの力強い言葉に、鶴田町の明るい未来が感じられた。

『まとめ』

スチューベンのワインは甘く飲みやすい風味が特徴で、普段からワインをあまり飲まない方にもおすすめできる。
入門編ワインとしてスチューベンのワインを選ぶなら、WANOワイナリーのワインから始めてみるとよいだろう。

スチューベンのワインをきっかけに、ワイン愛好家になる人も出てくるに違いない。

基本情報

名称WANOワイナリー
所在地〒038-3503
青森県北津軽郡鶴田町大字鶴田字小泉335-1
アクセス電車
五能線 陸奥鶴田駅 徒歩8分

五所川原東ICから車で13分
HPhttps://wanowinery.business.site/

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