北海道中川郡池田町にある「十勝ワイン(池田町ブドウ・ブドウ酒研究所)」は、2023年に設立60周年を迎えた。十勝ワインは、地震や冷害が原因で陥った財政難から脱却することを目指し、国内初の自治体経営ワイナリーとして誕生したワイナリーだ。
北海道の中でも特に寒冷な土地である道東エリアでのぶどう栽培を可能にするため、十勝ワインがおこなってきたのが、耐寒性の高い独自品種の開発である。
「セイベル13053」をクローン選抜した豊産性の「清見」や、池田町に自生していたヤマブドウを交配した、耐寒性が高い「山幸」「清舞」などが代表的な品種だ。十勝ワインは数々のオリジナル品種を使って、独自の魅力を持つワインを醸造してきた。
また、国内初の瓶内二次発酵スパークリングワインを製造したワイナリーでもある十勝ワイン。北国の綺麗な酸は、美味しいスパークリングワインを生み出す最高のエッセンスだ。
今回は、十勝ワインの2023年と2024年の取り組みについて、製造課長の東 億(あずま はかる)さんにお話を伺ったので紹介していこう。
『2023年のぶどう栽培を振り返る』
最初に見ていくのは、2023年のぶどう栽培について。寒さが厳しい池田町だが、2023年はかつてない猛暑に悩まされた年だった。
前例のない天候に、どのように対応したのか。また、栽培管理における新しい試みなどはあったのだろうか。振り返っていきたい。
▶︎猛烈な暑さに襲われた2023年
まずは、2023年の天候の様子から確認しよう。なんと、5日連続で北海道の最高気温を記録したというのだから、ぶどうにとっても厳しい状況だったに違いない。最高気温が気温35度に達する日が続いたのだ。
「猛烈な暑さに加えて、天候の推移が読みづらい年だったと記憶しています。生育期に入った頃は雨が少ないという印象でしたが、収穫期になると降り続いたこともあり、難しい判断に迫られることが多かったですね」。
生育期の雨は2022年に比べて少なく、花期には好天に恵まれたため、収量自体は増えたという。だが、収穫時期である9月の降水量は例年よりも多かった。収穫期の雨はぶどうの味に大きく影響するため、収穫のタイミングを図るのが難しかったのだ。
「暑さの影響もあり、これまでで収穫時期が最も早い年でした。成熟具合を確認しつつ、8月の末くらいから大急ぎでスケジュールを立てたのです。最初に収穫を迎えた『清見』は9月6日頃に収穫しました。例年よりも1週間以上早いタイミングでしたね」。
暑さによって収穫を早める理由は、酸が落ちてしまうことを防ぐため。ワイン用のぶどうはは糖と酸のバランスが重要であることから、酸が抜ける前に収穫する必要がある。
一方、ヤマブドウの血を引く「山幸」と「清舞」は、暑さの影響で酸が控えめになり、むしろ例年よりも飲みやすい味わいに仕上がった。品種によっても、天候の影響の出方はさまざまなのだ。
「2023年ヴィンテージの総合的な評価としては、『酸が穏やかで飲みやすい』という感じでしょうか。長期熟成させるより、購入後すぐに楽しんでいただくのがおすすめですよ」。
今までにない天候は、今までにない味わいのワインを生み出す可能性も秘めているのが興味深いところだ。東さんは、『よいチャレンジになった』と、2023年を振り返った。
▶︎栽培管理における工夫とこだわり
続いて見ていくのは、栽培管理における工夫とこだわりについて。ぶどうが健全に生育するために欠かせない栽培作業のひとつが「除葉」だ。除葉には、防除に使用する薬剤を満遍なく行き届かせるとともに、風通しと日当たりをよくする効果が期待できる。
適切に実施する必要がある除葉作業だが、例年と異なる天候の場合には特に注意が必要だ。十勝ワインの自社畑では2023年に、除葉をして房に日光が当たりすぎたことで、日焼けしたり酸が抜けすぎたりする傾向が出たという。
「天候を随時確認しながら、除葉の程度や実施タイミングを決断していく必要がありました。自社畑の管理の他に、栽培を依頼している地域の農家さんにも周知しなければならないため、正しい判断が求められるのです。今後も正しい情報を取捨選択し、天候の様子をつぶさに観察して適切に対応していきたいです」。
▶︎新しい品種にも期待
寒冷な気候に耐える強さを持つ品種を数々送り出してきた池田町ブドウ・ブドウ酒研究所だが、2021年にも新たにふたつのオリジナル品種、「未来」と「銀河」を登録した。新品種は順調に成長しており、2024年にはある程度まとまった収量が見込まれている。
新しい2品種の名付け親は、なんと国民的アーティスト「DREAMS COME TRUE(ドリームズ・カム・トゥルー)」のボーカリストである吉田美和さん。吉田さんが池田町出身であるという縁から依頼が実現した。
また、池田町には「DREAMS COME TRUE VINEYARD(通称「ドリカムブドウ園」)という畑がある。DREAMS COME TRUEのリーダーである中村正人さんが植樹したぶどうを、地元の中学生が収穫して十勝ワインが醸造。出来上がったワインは、成人式で新成人たちにプレゼントするという企画がおこなわれているという。
ぶどう栽培とワイン醸造が町ぐるみでおこなわれているのは、自治体が経営しているワイナリーがあるからこその特徴だろう。素敵なネーミングを持つ新品種にも期待していきたい。
▶︎病気に負けない品種で有機栽培を
栽培における十勝ワインのチャレンジのひとつに、「有機栽培」がある。2021年の夏から、一部の畑で化学農薬を使用しない有機栽培をスタートさせたのだ。
「化学農薬不使用で有機栽培している畑が2.7haあります。2024年には有機に切り替えて3年目になるので、有機栽培の認証を取得できたらと思っています」。
有機農法で栽培しているのは、「清舞」「山幸」「未来」「銀河」の4品種だ。有機栽培で育てたぶどうは慣行農法よりも20〜25%ほど収量が減るため、できるワインもその分少なくなる。だが、十勝ワインは有機栽培の推進に積極的だ。
「今後は、さらに農薬に頼らない農業を目指していきたいです。そのために必要なのは、より病気に強い品種ですね」。
これまでの品種改良において十勝ワインが重視していたのは、「耐寒性がある」品種を生み出すことだった。だが気候変動が激しい近年の傾向を受け、「病気への耐性」が強く求められるようになってきたのだ。
病気に強い品種の栽培では、防除の回数を減らせる可能性もある。病気に強い品種を生み出すことができれば、より持続可能で環境に優しいぶどう栽培が実現できることだろう。
『十勝ワインのワイン醸造』
次に焦点を当てるのは、十勝ワインのワイン醸造について。2023年ヴィンテージの醸造や、リリース予定のワインについて見ていこう。
2023年の注目銘柄や、東さんが自信を持っておすすめしたいと話してくれた銘柄についても紹介していきたい。
▶2023年はアイスワインに注目
最初に紹介するのは、2023年ヴィンテージの「山幸 アイスワイン」。十勝ワインを代表する品種のひとつである山幸を使った、極甘口の個性派ワインだ。
「いつもは少量生産のアイスワインですが、2023年は豊作だったので、通常よりも多く生産できました。2024年12月にリリース予定です」と、東さんは嬉しそうに話してくれた。
アイスワインは房が樹に付いたまま凍ったぶどうを原料として使うため、寒冷な地域でしか造ることができない。凍ったぶどうは、糖分が多く蜜のように濃厚な味わいが特徴だ。
「アイスワイン用に使うぶどうの収穫は、果実が完全に凍る12月下旬に実施します。房を長期間そのままにしておくのでしっかりと完熟するのです。2023年は気温が高かったこともあり、凝縮感のあるぶどうからよい果汁が絞れました」。
美味しいワインを造るためとはいえ、アイスワイン用のぶどうの収穫をおこなう時の外気温は、マイナス15度前後。凍てつく寒さの中での厳しい作業だ。
また、冬まで房を付けたままにしておくと、獣害にあう危険がアップするというデメリットもある。そのため十勝ワインでは、アイスワイン用のぶどうを栽培する区画を事務所から近くに移動した。以前は野生動物が多いエリアで栽培していたため、獣害が酷かったのだ。
2023年ヴィンテージの「山幸 アイスワイン」は2000本ほど発売する見込みだ。ぜひ多くの方に味わっていただきたい。
▶フラッグシップワイン「ジュエル オブ トカチ」
続いて紹介するのは、フラッグシップワインの「ジュエル オブ トカチ」。自社畑の中で最高品質のぶどうが育つ区画の「山幸」のみを使った自慢の銘柄だ。
丁寧に栽培管理したぶどうを厳しい選果にかけてから醸造。「胸を張って出せるワイン」だと、東さんは話す。
「『ジュエル オブ トカチ』は、十分に熟した『山幸』のみを使い、手間暇かけて造っています。力を入れている銘柄ですよ」。
「ジュエル オブ トカチ」は、小さめの樽を使ってバランスのよい造りをしているため、コクやタンニンがしっかりと出ている。ろ過をほとんどしておらず、旨味が強いことが大きな特徴だ。「山幸」という品種の魅力がしっかりと表現されている。
「2022年ヴィンテージの『ジュエル オブ トカチ』を、2024年にリリースします。おすすめは、『山幸』の魅力であるスパイシーさにマッチするペアリングです。黒こしょうをかけて味わう料理に合わせてみてください。ジビエはもちろん、チーズを使った料理との相性もよいですね」。
「これぞ山幸」という味わいを感じられるプレミアムな「ジュエル オブ トカチ」を、ぜひゆっくりと時間をかけて楽しんで欲しい。
『十勝ワインの節目とこれから』
十勝ワインにはワイナリーの象徴的な存在である「ワイン城」と呼ばれる施設がある。2024年は、ワイン城が50周年を迎えた記念すべき年でもある。
ワイン城の50周年を祝うため、十勝ワインはさまざまなイベントや限定商品を企画。主なものを紹介していきたい。
▶︎ワイン城の50周年記念
ヨーロッパの古城を思わせる外観のワイン城は、1974年に建造された。当初は主に醸造設備として使用されていたが、現在では「池田町ブドウ・ブドウ酒研究所」の事務所やレストランとしても使用されている。
「用途は変わったものの、建物の形は基本的に50年前からそのまま残っています。ヨーロッパの城塞風の外観は、ワイン発祥の国ジョージアの城を模したと聞いています」。
2024年にはワイン城50周年記念銘柄が複数リリースされた。第1弾の「北国のカルテット~大樽熟成~」、第2弾の「TOKACHI ORIGINAL」第3弾の「山幸マグナム2015」「山幸ダブルマグナム2015」などで、いずれも数量限定での販売だ。また、記念イベントも実施して盛大に祝ったそうだ。
「『池田ワイン城50周年感謝祭』というイベントも、7月に実施しました。DREAMS COME TRUEの結成35周年とのコラボレーションコンサートや、池田町出身の特撮映画造形師が作った映画の上映もおこない、コンサートや映画と共にワインが楽しめる場となりました」。
▶︎ブランデー製造開始からは60年の節目
2024年は、十勝ワインがブランデーの製造を始めてから60周年という節目でもある。そこで、60周年を記念した特別なブランデーをリリースするという。
「これまでのブランデーは、契約農家が栽培したキャンベルやナイヤガラに、自社の『清見』を混ぜて造った原酒を使用していました。しかし、今回記念銘柄として、初めて自社の『山幸』単体で造ったのです。酸の高い『山幸』を8年熟成させたので、非常に豊かな香りが特徴です」。
ブランデーの原酒には酸味が必要不可欠だ。しっかりとした酸があることで、熟成に耐えうる質の高いブランデーが生まれる。「山幸」は酸が高いぶどうなので、ブランデーに最適な品種特性を備えているといえるだろう。
ブランデーは蒸留酒のため、原料がたくさん必要で熟成期間も長く、価格はワインより高くなる。だが、シングル・バレルで造った自信作とのことなので、あわせて注目したい。
▶︎「スパークリングワイン」に、さらに注力
今後、十勝ワインが一層力を入れたいと考えているジャンルは、「スパークリングワイン」だ。瓶内二次発酵のスパークリングワインを、日本で一番最初に販売したワイナリーである十勝ワイン。日本におけるスパークリングワインの先駆者として、さらに力を入れていかなければならないと考えている。
スパークリングワインの中でも特に注力しているのが、瓶内二次発酵の「ブルーム」シリーズである。
「現在、『ブルーム』のベースはシャルドネで、ケルナーや清見をブレンドしています。今後はベースの品種から見直していきたいですね」。
「ブルーム」シリーズには白、ロゼに加えて、ブラン・ド・ブランの「ブルーム シャルドネ」、ブラン・ド・ノワールの「ブルーム ピノ・ノワール」、「ブルーム 山幸」の5種類がある。
今後の方向性を決める段階で、飲み手の意見も積極的に取り入れていきたいと話してくれた東さん。「ブルーム」シリーズを飲んだ方は、ぜひ直接、十勝ワインの造り手に感想を伝えていただきたい。
爽やかな酸と芳醇な香りを持つ、北国のぶどうから生まれるスパークリングワインに期待が集まる。
▶︎幅広い層に支持されるワイナリーを目指して
これまで、設立からの長い歴史を共に歩んでくれた、昔からの顧客を大切にしてきた十勝ワイン。今後はさらに、時代の流れに合わせて、新しい客層の開拓も考えていきたいと考えている。
「若者の酒離れが取り沙汰される昨今ではありますが、若い世代も含めた幅広い年代の人に、十勝ワインのワインを楽しんでいただきたいと考えています。さまざまなお客様に訴求できるラインナップを取り揃えているので、まずは気軽に試せる『町民用ワイン』シリーズから手にとっていただけるとよいのではないでしょうか」。
「町民用ワイン」シリーズは、もともと「町民還元ローゼワイン」という名前で池田町の町民向けに製造していた銘柄をリニューアルしたお手頃価格のワインだ。赤、白、ロゼとスパークリングの4種類があるので、気になった方はぜひ購入してみて欲しい。
『まとめ』
気候変動の影響は北海道でも例外ではなく、2023年は異常な暑さに見舞われた十勝ワイン。冷涼な気候ならではのぶどう栽培を深化させてきた十勝ワインだが、急激な変化にも柔軟に対応し、収穫時期を早めるなどの工夫で乗り切った。
2024年は、ワイン城の50周年やブランデー製造60周年を迎えた節目の年。さまざまな記念銘柄をリリースし、大きなイベントも開催するなど、ますます盛り上がりを見せている。
北海道には新しいワイナリーが増えきており、十勝ワインのオリジナル品種である『山幸』などを使ったワインをリリースするワイナリーも多くなってきた。
そのため今後は、「これこそが十勝ワインの個性だ」と胸を張って言えるワインを確立していきたい、と話してくれた東さん。これからも北海道でのぶどう栽培とワイン醸造を続ける。十勝ワインが次に目指すのは100周年だ。
「十勝ワインならではの存在価値をアピールして、個性を持ちながらも長く経営していけるワイナリーでありたいですね。ワインに使っている品種が特別なので、最初はとっつきにくいかもしれませんが、まずは気軽に飲んでみてください。本当に美味しいので、びっくりしていただけると思いますよ」。
基本情報
名称 | 北海道池田町 十勝ワイン |
所在地 | 〒083-0002 北海道中川郡池田町清見83番地 |
アクセス | https://www.tokachi-wine.com/access/ |
HP | https://www.tokachi-wine.com/ |