歴史ある老舗から、魅力的な個人経営のワイナリーまで、多くのワイナリーが集まる日本の一大ワイン産地、長野県塩尻市。
今回紹介するサンサンワイナリーは、塩尻市の柿沢地区、北アルプスの美しい山々を北西に望む場所にある。塩尻で昔から栽培されてきた品種に加えて、欧州品種の栽培にも果敢に挑み、丁寧かつこだわり抜いたワイン造りを徹底しているワイナリーだ。
今回は、醸造・栽培管理の責任者として活躍されるファクトリーマネージャー田村彰吾さんに、サンサンワイナリーのぶどう栽培とワイン醸造のこだわり、これからの展望について興味深いお話を伺った。さっそく紹介していきたい。
『憩いの場としてスタートしたワイナリー』
サンサンワイナリーの畑は2011年、「社会福祉法人サン・ビジョン」の利用者の憩いの場となるべく開墾された。
畑がある場所はもともと営林署の土地で、森林の苗圃跡地だった。その後、所有権は塩尻市に移るが、耕作放棄地に。そんな折、塩尻市から土地の活用についてサン・ビジョンに打診があり、かねてから地域活性化として農業と福祉の連携に関心を持っていたため、ぶどう畑として活用することを決めたのだ。
「生い茂る雑木林を伐採し、整地することからのスタートだったようです。当時を知る職員は、通常の業務よりもチェーンソーを持っている時間のほうが長く、木の根っこを抜く仕事がずっと続いたそうです。」と話してくれた田村さん自身は、2015年の入社だという。
サン・ビジョンが定款にワイン事業を加え、本格的に農業に取り組み始めたのは2012年のこと。サンサンワイナリーの施設が建てられ、ワイン醸造を開始したのは2015年だ。その後、2016年にはワイナリーショップとレストランがオープンした。
『サンサンワイナリーのぶどう栽培』
サンサンワイナリーでは、3か所の自社畑でぶどうとリンゴを栽培している。
同じエリアにある畑とはいえ、土壌や気候の特性はそれぞれ異なる。サンサンワイナリーの畑の特徴と、栽培されるぶどうについて紹介していこう。
▶︎高地にある自社畑
ワイナリーの目の前にある標高840~864mの柿沢の自社畑では、メルロー、シャルドネ 、シラーが垣根栽培されている。
柿沢より少し下ったところにある自社畑では、カベルネ・ソーヴィニヨンを棚栽培。2022年に3年目を迎えた樹がすくすくと育つ。
また、ワイナリーから1kmほど離れた東山地区にある自社畑は、標高900m。リンゴとナイアガラ、コンコードのほか、ドイツ系品種も試験的に栽培されている。
▶︎サンサンワイナリーで栽培する品種
「メルローとシャルドネは、昔から塩尻で栽培されてきた品種でもあり、ワイナリーを立ち上げた醸造家・戸川英夫が、標高840mを超える地の気象条件を検証の上、この柿沢という風土であれば、よい品質のぶどうができると判断して植えられました。シラーに関しては、ややチャレンジする意味も大きかったのですが、日本らしさのある味わいをめざしました。」
また、ナイアガラとコンコードは、塩尻では明治20年代から栽培されてきた歴史を持つ品種だ。だが、晩腐病に弱く栽培が難しい品種特性があり、地域のぶどう農家ではほかの栽培しやすい品種への植え替えが進んでいるという。
サンサンワイナリーでは、地域での栽培実績が長い品種の衰退を憂い、自社畑での栽培に力を入れてきた。だが近年の気象変動の影響は大きく、今後も栽培を続けていくかどうかは検討を進めているところだ。品種の更新も視野に入れている。
また、カベルネ・ソーヴィニヨンは、メルローのワインのブレンド用に採用された品種だ。
「うちの赤ワインは、メルローをメインで造ってきました。お客様からは、『きれいな赤ワインだ』とお褒めいただいていましたが、実はきれいすぎると感じることもあったのです。ワインの味わいの芯となる品種を探した結果、カベルネ・ソーヴィニヨンの栽培を決めました。」
東山の自社畑では、冷涼な気候に最適な品種を見出すため、さまざまなドイツ系品種を試験的に栽培。また、ソーヴィニヨン・ブランも栽培している。
ソーヴィニヨン・ブランは、かつて柿沢の自社畑でも栽培した実績があり、品質の高いワインに仕上がることがわかったため、追加での植栽を決めた。
サンサンワイナリーでは試行錯誤を重ねつつ、着実に土地に合う品種の選定をおこなっているのだ。
▶︎自社畑の土壌の特徴
続いて、サンサンワイナリーの自社畑の特徴を紹介しよう。畑の周りには大きな建物など風を遮るものはなく、傾斜8%の畑は風が吹き抜け、病気になりにくい環境だ。風が吹く方向は季節によって異なることも特徴だという。
「標高が高いので、昼夜の寒暖差があります。糖度がしっかりと上がり、適度な酸も残った状態の高品質なぶどうが収穫できる土地なのです。」
また、自社畑はいずれも、黒ボク土という火山灰が堆積してできた土壌で、保水性は高め。東山の畑はもともと野菜畑だったこともあり、窒素やマンガンなどのミネラル成分が多く、肥沃な土壌だ。
保水性の高い畑のぶどうで作られる赤ワインは、タンニンが控えめでエグみや渋みを感じにくい味に仕上がると話してくれた田村さん。
「保水性の高い畑で栽培したぶどうは、女性的なワインになりやすいのです。しなやかで柔らかいワインが期待できますよ」。
現在サンサンワイナリーでは、柿沢の自社畑に元肥を漉き込み、土壌改良に取り組んでいるところだ。今後、さらにぶどうの育成に最適な環境が整っていくことだろう。
『健全なぶどうを作ることが第一』
サンサンワイナリーがぶどう栽培においてもっとも重要視しているのは、健全なぶどうを作ることだ。
「長野県は日本のほかの地域に比べると乾燥しているので、ぶどう栽培には適した環境だと実感しています。ですが、雨がたくさん降ったときなどには、要所要所できちんと防除をすることを徹底しています。健全なぶどうが育たなければ、元も子もありませんからね」。
▶︎樹液の流れに注目
サンサンワイナリーのぶどうは1m間隔で植えられている。いわゆる「密植栽培」だ。狭い間隔で植栽されたぶどうの根は、お互いに干渉しないよう、みずから地中深くに張っていく。そのため、より多くの微量元素を吸収しやすくなるのだ。さらに、密植することで樹勢がおさえられるというメリットもある。
また、サンサンワイナリーでは、仕立て方に関して、「ぶどうの樹液の流れ」に重点を置くことにこだわっている。樹液の流れに着目するとは、一体どういうことだろうか。
春先、ぶどうの枝から左右に芽が出る場合、ふたつの樹液の流れができているのだという。この流れに注目した剪定をおこなっているのが、サンサンワイナリーの仕立て方の特徴なのだ。
樹液の流れに注目して剪定をおこなっているワイナリーは、珍しいのではないだろうか。
▶︎カベルネ・ソーヴィニヨンの棚栽培に挑戦
サンサンワイナリーでは、カベルネ・ソーヴィニヨンは棚栽培で育てている。もともと畑にあった棚を利用する形ではあったが、田村さんたちは事前に綿密なリサーチをおこない、栽培が成功するであろうという確証を得てから棚栽培を選んだ。
「塩尻市の岩垂原(いわだれはら)地区でメルローを栽培し、近隣のワイナリーに卸している方が棚栽培を採用していました。その方にお話を伺うと、糖度が20度を超えるぶどうが収穫できるとのことでした。棚栽培はもともと日本の気候に適しているため、可能性はあると感じました。垣根栽培にこだわる必要もないし、棚栽培で如何にして高品質なブドウを栽培していくか挑戦をしてみたいと感じ、試してみることにしました」。
棚栽培のカベルネ・ソーヴィニヨンの収穫は、およそ3年後になる見込みだ。将来サンサンワイナリーからリリースされるであろう、カベルネ・ソーヴィニヨンのワインの味わいが、非常に楽しみだ。
『サンサンワイナリーのワイン醸造』
続いては、サンサンワイナリーのワイン醸造のこだわりと、目指すワインについて紹介しよう。田村さんに、どんなワインを作りたいか尋ねてみた。
「すいすいと飲めて、気がついたら1本開けてしまった、という感じの飲み口のワインが造りたいですね」。
▶︎白ワインは低温発酵
サンサンワイナリーの醸造の根底を支えているのは、徹底した衛生管理だ。タンク周りはもちろん、設備全体の衛生状態は常に万全に保たれている。
白ワインに関しては、低温発酵が基本。低温で発酵させることで、コクやうま味、ミネラルの要素がしっかりと感じられるワインに仕上がる。
「果汁を発酵させながら、澱とともに寝かせる『シュール・リー』をする醸造スタイルを採用しています。一般的な白ワインの発酵は1〜2か月ですが、うちでは5〜6か月間かけて発酵させることも珍しくありません。長い発酵期間を通して酵母が自己消化し、アミノ酸をワインに溶出させながら発酵するので、旨味がしっかりと感じられる味わいが特徴です」。
▶︎手作業でのピジャージュがこだわり
いっぽう、赤ワインに関しては、ピジャージュ(櫂入れ)はすべて基本的に、手作業でおこなうのがこだわりだ。
「実は、『ヴィニマティックタンク』という横に自動で回転する6,000ℓのタンクを使っているので、本来は手作業でピジャージュをする必要はないのです。しかし、あえて手作業にこだわっているのは、種からの渋みが過剰に抽出されてしまうことを防ぐためです」。
機械のメリットをあえて利用せず、大変な手作業を選んで造り上げられたサンサンワイナリーの赤ワインは、労を惜しまない造り手の、ワインへのこだわりがつまった逸品なのだ。
また、日本でワインを造る場合には、主張が強く重い味わいよりも、繊細かつ果実味と酸がしっかりとあり、濃すぎない味わいがよいのではと考える田村さん。飲みやすさはもちろん、日常の食事に寄り添い、食事の邪魔をしないのもポイントだ。
サンサンワイナリーの赤ワインには、タンニンが滑らかで優しい口当たりのワインが数多くラインナップされている。日本ワインの優しさに触れたいなら、サンサンワイナリーのワインをぜひ味わってみてほしい。
▶︎醸造における苦労と楽しみ
田村さんにワイン醸造で最も苦労したことを尋ねてみた。
「ぶどうの出来がよくなかったときが大変でしたね。例えば、2016年は雨が非常に多く、苦労しました。フラッグシップワインとして醸造するはずだったぶどうが、樽熟成をするには品質的に厳しい状況だったのです。ぶどうの品質によっては、醸造時に工夫が必要となります。もちろん、どんなワインに仕上げるかを考えるのは、ワイン醸造の楽しいところでもあるのですが」。
ピンチはチャンス。ぶどうの特徴を生かし、いかに美味しいワインを造るかは、醸造家としての腕の見せ所でもあるのだろう。
▶︎強みは無補糖としっかりとした造りこみ
サンサンワイナリーの強みとして挙げられるのは、「ノン・シャプタリザシオン(無補糖)」でのワイン造りだ。欧州品種だけではなく、コンコードやナイアガラに関しても、補糖はおこなわず、果実の持つ甘味のみでワインを造っている。
また、ぶどう栽培から瓶詰めまでの全工程を通し、しっかりと造りこむワインであることも特徴。
「あまり丁寧にしすぎず、気を抜けるところは抜きたいなと思うんですけどね。バランスをとりながら醸造できるよう、気をつけています」。
▶︎さまざまなシーンで楽しめるワイン
鋭い感性と、論理的思考でワイン醸造に取り組む田村さん。ご自身のワインの楽しみ方について伺った。
「食事が終わったあとに、生ハムなどのおつまみと一緒にワインを飲むことが多いですね。サンサンワイナリーのワインは食事にも合いますが、家族や友人と語り合いながら、ゆっくり飲むのも美味しいですよ」。
サンサンワイナリーのおすすめのワインをたずねると、間髪入れずに、『サンサンエステート 柿沢 シャルドネ ネイキッド』の名を挙げてくれた。
「コクとミネラル分がしっかりとあるワインです。ペアリングは、パスタであればクリームソース系が合うと思います。和食なら、カツオ出汁をきかせたメニューに合わせていただきたいですね」。
また、入門ワインとしておすすめなのは、ナイアガラのワインと、コンコードのワイン。
「サンサンワイナリーのナイアガラとコンコードは、デザートワインと甘口、辛口、スパークリングがあるので、バリエーションが豊富です。お好みの1本を見つけてほしいですね。塩でいただくほろ苦い山菜の天ぷらなら、すっきりした酸が特徴の味わいに、ピッタリとマッチしますよ」。
『サンサンワイナリーの未来への展望』
これまで、40代以上のワイン好きに向けた製品展開をおこなってきたサンサンワイナリー。現在は、ターゲットの見直しも視野に入れ、ブランディングの再構築を検討している最中だという。
日本ワインを文化として定着させ、さらに盛り上げていくためには、20〜30代に向けたワインのラインナップも必要だと考えている田村さん。
「ワインは難しいものではなく、品種もバリエーションもたくさんある、とても楽しいお酒だということをわかってもらえたらうれしいですね。ワインを楽しんでくださる層の裾野を広げたいと考えています」。
▶︎ドイツ系品種に期待を寄せる
サンサンワイナリーがドイツ系品種の植栽を推し進めるのも、ドイツ系品種にはアロマティックな品種が多いのが大きな理由だ。フルーティで香り豊かなドイツ系品種で造ったワインなら、わかりやすい美味しさで、これまでワインをあまり飲んでこなかったお客様に受け入れてもらいやすいのではと考えている。
また、ぶどうジュースのような感覚で飲めるナイアガラとコンコードも、若い世代に人気の味わいだという。これから日本ワインを飲んでみたいと考えている人は、サンサンワイナリーのナイアガラやコンコードのワインを試してみるのがおすすめだ。
▶︎SDGsへの取り組み
サンサンワイナリーでは SDGsへの取り組みに対しても非常に前向きだ。
「おいしい日本ワインが全国にたくさんある中で、今後は社会への貢献やSDGsの問題への取り組みが、ワイナリーの評価においても重要なポイントになると考えています」。
社会福祉法人が母体であるサンサンワイナリーでは農福連携をおこない、地域の障がい者就労支援にも力を入れて取り組んでいる。これからはさらに、環境問題の解決にも積極的に取り組んでいくことを視野に入れている。
具体的には、ワインの製造過程で出る廃棄物の利用を模索している。すでに、赤ワインを造る際に出てくる澱(おり)を東京の革メーカーに託し、染色に利用してもらっている例もある。サンサンワイナリーの澱で染色した革は、ベルトやポーチ、鞄や靴などの商品になっている。
「澱で染めた革でできた靴を妻にプレゼントしましたが、とてもきれいな色をしていましたよ」。
また、ぶどうの搾りかすは安曇野市の養豚場に提供、餌や発酵寝床として利用されている。
サンサンワイナリーは高品質なワイン造りに取り組むことに加え、循環農業も目標に掲げる。社会と地球への貢献ができるワイナリーとして、さらに成長し続けているのだ。
『まとめ』
新型コロナウイルスによる情勢がさらに落ち着けば、以前のようにつくり手と味わうワイン会を開催して、消費者と直接会ってワインを飲んでもらえる機会を作りたいと考えているサンサンワイナリー。
栽培が難しいといわれるピノ・ノワールの栽培にも意欲的だ。栽培スタッフもみな、ピノ・ノワールの栽培を始めたいと話しているそうだ。
研究熱心でロジカルな、田村さん率いるサンサンワイナリーのメンバーなら、ピノ・ノワールの栽培に成功し、美味しいワインを醸造することも夢ではないだろう。
社会福祉法人サン・ビジョンがめざす「人との出会いから始まる物語」、そして今では、本格派ワイナリーとして大きな成長を遂げたサンサンワイナリー。新たな品種の栽培にも果敢に挑戦し、今後さらに魅力的なワインのリリースにも期待が高まる。サンサンワイナリーの活躍から、ますます目が離せない。
基本情報
名称 | サンサンワイナリー |
所在地 | 〒399-0722 長野県塩尻市大字柿沢日向畠709-3 |
アクセス | https://sun-vision.or.jp/sunsunwinery/facility/ |
URL | https://sun-vision.or.jp/sunsunwinery/ |