2023年に創業50周年を迎えた「はこだてわいん」は、函館市に隣接した七飯(ななえ)町にあるワイナリーだ。
はこだてわいんでは長らく、余市町にある契約農家などから買い付けたぶどうを使ってワインを生産してきた。そして、2017年に満を持して自社畑での栽培をスタート。
栽培するのは、カベルネ・ソーヴィニヨンやシャルドネといったワイン専用品種だ。比較的温暖な「道南」だからこそ栽培が可能な品種を武器に、函館・七飯のテロワールを表現できるぶどう栽培おこなっている。
地域の味にこだわっているはこだてわいんが造るワインは、「誰もが楽しめること」「安心安全であること」がテーマだ。国際的な品質基準である「ISO9001」を取得しており、厳しい品質基準をクリアしたワインを製造・販売している。
今回は、代表取締役社長の佐藤恭介さんにお話を伺った。多くの人にワインを楽しんでもらいたいという強い思いを抱くはこだてわいんの、最新情報を追っていきたい。2022年のぶどう栽培とワイン醸造、2023年の活動や目標に至るまで、ワイナリーの今に迫ろう。
『2022〜2023年のぶどう栽培』
最初のテーマは、ぶどう栽培について。2022年の栽培を振り返りつつ、2023年の栽培目標についてお話いただいた。
栽培管理をする上での難しさが見られた2022年、はこだてわいんではどのようなぶどう栽培がおこなわれたのだろうか。
▶︎雨の影響を受けた2022年のぶどう栽培
まずは、2022年のぶどう栽培を振り返ろう。2022年は、気候変動の影響を大きく感じた1年だった。
「春の訪れが早く、雪解け時期が例年よりも早かったですね。順調に生育を見せていたのですが、雲行きが怪しくなったのが6月下旬頃のことでした。ちょうどぶどうの開花時期に、頻繁に雨が降ったのです」。
8月上旬にも大雨が降ったが、その後気候が持ち直し、日照時間も気温も十分だった。だが、開花時期の雨の影響からは逃れられなかったようだ。実は、ちょうど雨が降ったタイミングと、栽培スタッフが新型コロナウイルスに罹患して人手が不足していた時期が重なったのだという。そのため、病害虫対策が不十分となってしまったのだ。
「人が足りない状況で、対応が後手に回ってしまいました。秋の気候はよかったため、開花時期の対策が適切におこなえていればよいぶどうができた年だったので、悔しいですね」。
続く2023年は高温多湿な天候となった。温暖化の影響なのか、北海道の気候の大きな変化を感じているという。
「高温や日照時間が増えること自体は、決して悪いことばかりではありません。春が早く訪れ、生育に必要な温度が充分に担保でき、秋が長くなること。気候変動で北海道がぶどうの生育適地になっていくように感じます」。
しかし、これまでの北海道になく多湿となってきたことからいかにこれを乗り越えるかが、健全なぶどうを育てるための鍵になる。多湿によって発生する病害虫のリスクさえ乗り越えられれば、これまでよりもさらに良質なぶどうが収穫できる可能性が高くなるのだ。
これから先も、天候は刻々と変わっていくだろう。はこだてわいんは、気候変動に柔軟に対応しつつ、よりよいぶどう栽培を目指していく。
▶︎栽培管理のレベルアップを目指す
現在はこだてわいんではよりよいぶどうづくりを目指すべく、気候変動に合わせた品種選びと今までのぶどう栽培についての見直しをおこなっている。
まずは品種選びについて見ていきたい。北海道ではこれまでドイツ原産種を中心に栽培されていたが、はこだてわいんではフランス原産種を中心に栽培してきた。
代表的な品種は、カベルネ・ソーヴィニヨンとシャルドネだ。函館は余市よりも秋が長いことから、カベルネ・ソーヴィニヨンのような晩熟品種でも栽培できる環境と考えているのだ。
またシャルドネに関しては、土地との相性のよさを感じているという。周囲のワイナリーでも多く栽培されており、「函館の気候や土壌に向いている品種」との意見も多い。今後も引き続き力を入れていきたい品種だ。
一方で、函館の夏の気温が他産地に比べて低いことを活かして、北海道ならではの品種栽培も検討している。
「ケルナーなど北海道らしい品種を残していかなければということは考えているので、機会があれば、今後ぜひチャレンジしてみたいですね」。
現状はケルナーに割ける土地がないため、すぐに実行に移すことは難しいが、今後土地や人材に余裕ができれば挑戦してみたいと話してくれた佐藤さん。
函館で栽培されたケルナーは、いったいどんな味がするのだろうか。今後も引き続き、函館のテロワールが感じられるワインが続々とリリースされるのが楽しみだ。
▶︎丁寧な防除で病気の予防を重視
はこだてわいんでは現在、余市で長年ぶどうを栽培していた経験者をコンサルタントとして招いてぶどう作りを抜本的に見直すとともに、ブラッシュアップすることを目指している。
栽培管理を見直す中で大きく変化したのは、防除に対する考え方だ。以前よりも、防除をより重視するようになった。はこだてわいんではこれまで、防除をあまりおこなわない栽培をおこなっていたという。
「栽培管理方法を見直し、コンサルタントの方からもお話を聞く中で、防除の重要性を再認識しました。まずはより健全なぶどうが育つ環境を整えることが大切だということがわかったのです。そのため、2023年からはしっかりと防除をして、収量を確保することを目指すことにしました。自然に任せて病気への対応が後手になるよりも、予防を重視していきます」。
天候が安定しない中でのぶどう栽培では、生育状況が雨の振り方などに大きく左右されがちだ。自然に任せた結果として病気が出ると、収量が減少するので自社栽培のぶどうでのワインの醸造量が減ってしまう。
しっかりと収量を確保して畑を管理できれば、価格が安定し、より多くの人がワインを手に取りやすくなるだろう。醸造量を確保して価格を安定させるのも、造り手の使命のひとつなのだ。
『はこだてわいんのワイン醸造』
続いては、はこだてわいんのワイン醸造にテーマを移そう。
はこだてわいんでは、ここ数年新たな品種をリリースしている。さらに創立50年という記念の年である2023年には地元出身タレントとのコラボワインも完成。それぞれのワインの味わいや魅力、誕生秘話に迫る。
▶︎ピノ・ブランの可能性を引き出す醸造を
はこだてわいんのラインナップに新しく加わったのは、ソーヴィニヨン・ブランとピノ・ブランのワインだ。
まずはピノ・ブランから、特徴や印象を紹介していこう。
ピノ・ブランのファーストヴィンテージは2020年。造り手自身も大きな手応えを感じていいるという期待のニューフェイスだ。高品質なぶどうが収穫できたため、ポテンシャルを最大限生かしたワインにしようと、さまざまな工夫がを凝らした。特筆すべきはシュール・リー製法を採用したことだ。
シュール・リーとは、白ワインを澱(おり)と共に寝かせる醸造手法のこと。澱の持つ旨味がワインに移り、より味わいに深みあるワインが出来上がる。
「ピノ・ブランには、北海道の気候が合っていると感じています。お客様からの評価も高い銘柄です。現在2022年ヴィンテージを発売しているので、ぜひ楽しんで頂きたいです」。
ピノ・ブランにぴったりのペアリングを紹介しよう。函館といえば新鮮な海の幸。ピノ・ブランのワインも、地元で採れた海鮮に合わせやすいように造られている。「刺身やカルパッチョには間違いなく合いますよ」と、佐藤さん。北国ならではのキリッとした酸がありつつ、コクもしっかりと感じられる上質な味わいだ。
▶︎ファーストヴィンテージのソーヴィニヨン・ブラン
続いて紹介するのは、2021年がファーストヴィンテージとなるソーヴィニヨン・ブランのワイン。余市町の契約農園で栽培したソーヴィニヨン・ブランから生まれた。
「凍害が出るなど、非常に苦労しながら育てていただいた品種です。2021年に晴れて初収穫を迎え、リリースすることができました」。
もともとソーヴィニヨン・ブランは、酸が高い品種だ。しかし2021年の暖かかった気候の影響で、酸が落ちて柔らかく濃厚な質感になった。
「キレのあるさっぱり系のワインができると思っていたのですが、思いのほかボディ感が出ました。ぶどうが本来持っている果実感やキメ細かい酸味を、うまく表現できたと思っています」。
昼夜の寒暖差が大きかったために糖度が十分に上昇し、アルコール度数も高めの仕上がりとなった。「ソーヴィニヨン・ブラン 2021」は、ワイナリーの直営ショップで販売している。生産本数はやや少なめなので、気になる場合は、早めの購入がおすすめだ。函館旅行に行く際には、はこだてわいんを訪れてみたい。
▶︎創業50周年記念限定商品「ガルトネルのりんご」
はこだてわいんは、2023年4月26日に創立50周年を迎えた。記念にリリースしたのが、七飯町産りんごを使ったスティルワインの「ガルトネルのりんご」だ。特別なワインの誕生秘話を紹介したい。
「ガルトネルのりんご」誕生の立役者となったのは、北海道でフリーアナウンサーをしている佐藤麻美(まみ)さん。佐藤麻美さんがプロデュースし、はこだてわいんが製造するという形で限定商品が誕生したのだ。
「佐藤麻美さんとは以前からご縁があり、YouTubeチャンネルでうちのワイナリーを紹介してもらったこともありました。50周年を記念して『一緒になにかおもしろいことができないか』という話になり、コラボワインを造ることになったのです」。
函館出身の佐藤麻美さんは、タレントの大泉洋さんと共に北海道のローカル番組を持っているという地元の有名人。地元を盛り上げるため、自身のYouTubeチャンネルでも精力的に活動している。
りんごで造ることにこだわったのは、佐藤麻美さんのアイデアなのだとか。気になるのは「ガルトネルのりんご」という名前だ。
「ガルトネル」とは、幕末に北海道に来た外国人の名前。当時五稜郭にいた榎本武揚などの旧幕府軍の許可を受けて農地を譲り受けて開墾したガルトネル氏だが、幕府の時代が終わりを告げるとともに土地を追い出されてしまった。だが、その土地は明治政府のもとで誕生した北海道開拓使によって官営農園となり、アメリカから来た指導者のもとで初めて西洋式農業がおこなわれた。なんと日本で初めて西洋りんごが栽培されたのも、このガルトネル氏が拓いたこの土地だったのた。
「ガルトネル氏が農地を拓いた土地こそが七飯町だったのです。『ガルトネルのりんご』は、そんな伝統ある土地である七飯町の果樹農家が育てたりんごだけで造った、こだわりのワインです」。
メインに使用したのは、「ほおずり」という品種のりんご。非常に酸味が強く、加工用に用いられる珍しい品種だ。このりんごにまつわるエピソードは佐藤麻美さんの公式YouTubeチャンネルで詳しく紹介されているため、ぜひあわせてご覧いただきたい。
七飯町の歴史と農業への思いを込めて造られた「ガルトネルのりんご」は、食事に合う味わいに仕上がっている。食事に合う味にするため、はこだてわいんが試作したものを佐藤麻美さんがすべて飲んでチェックして選んだそうだ。味わいはセミドライで、海鮮には文句なしに合う。また、そのまま飲んでも美味しいワインだ。
「はこだてわいんの製品は通常ろ過しますが、『ガルトネルのりんご』は無濾過で造っています。りんごの果汁感を、ぜひ感じてみてください」。
はこだてわいん50周年記念ワインの「ガルトネルのりんご」は、1,200本限定生産。絞ったりんごそのままの果実感とすっきりとした切れのある清涼感の味わいは、海鮮や和食とも合う魅力的な銘柄だ。
『イベント参加やSNS発信にも注力』
はこだてわいんが目指すのは、ワインの裾野を広げること。より多くの人にワインに親しんでもらうため、イベントへの参加や情報発信も積極的におこなっている。
2023年におこなった、ワインの販売に関する取り組みにも注目してみよう。
▶︎SNS展開に力を入れる
はこだてわいんでは、代表の佐藤さん自らがSNSを活用し、精力的にワイナリーの今をお客様に伝える取り組みを実践している。
「SNSの重要性は十分に理解していて、色々な研修に参加するなどして力を入れている一方で、運用する難しさも痛感しています。より若い世代をターゲットにするために、試行錯誤しながら進めています」。
はこだてわいんのInstagramを見ると、木彫りの熊の写真が目にとまる。両手で支えたワインボトルをパクッと口に咥えた熊は、ワイナリーの蔵に昔からあったものなのだそう。熊を登場させるのは佐藤さんのアイデアだ。ほっこりと癒やされる写真が並ぶはこだてわいんのInstagramの、今後の更新にも注目してほしい。
▶︎「見せ方」の大切さを実感
近頃は、販促活動にも工夫が必要だと感じていると話してくれた佐藤さん。「見せ方」ひとつで顧客への訴求力は大きく変わってくる。ワインの裾野を広げるためには、今よりさらに「販売」にも力を入れる必要があると考えているのだ。
「2023年は、販売に関するチャレンジングな取り組みをおこないました。ある酒販店の若手経営者からの持ち込み企画で、『若い消費者にうけるワイン』を造るという提案を受けたのです。ワインをコスメの瓶のような美しい容器に入れて販売するという企画でした。思いつきもしなかったような売り方で、驚きましたね」。
訴求対象にマッチした販売戦略をとることで、確実に相手に伝わる売り方が可能になる。若い人に訴求するには、「見栄え」と「質」の掛け算が大切なのだ。
ワインの売り方ひとつをとっても、色々な見せ方や感性があるんだと参考になったという。これからも飲み手のニーズに合わせた売り方を積極的に試みていく予定だ。
▶︎イベントラッシュで大忙しの2023年
創業50年という区切りの年である2023年、はこだてわいんは地域密着を目的に数々の催し物に参加している。
「はこだてグルメサーカス」や「函館西部地区バル街」は、地域を代表するグルメイベント。多くの地元の方にあらためてはこだてわいんを味わって頂いた。
また春と秋にワイナリーで開催するイベントでしか販売しないワインもあり、大盛況のイベントとなった。ゴールデンウィーク、シルバーウィークに開催しているので、函館・七飯まで足を伸ばした際にはぜひ参加してほしい。
「2023年は節目の年なので、各種のイベントでたくさんのお客様にアピールできてよかったです」。
『まとめ』
2022年にぶどう栽培の難しさを改めて感じ、栽培管理を見直すという目標を掲げた、はこだてわいん。防除に注力した丁寧な管理で、高品質で安定した収量が確保できる栽培を目指す。
函館・七飯の魅力をワインで表現するはこだてわいんは、これからも、土地の恵みを味にうつしこむワインを醸造していく。
50年間やってこられたのは、「人のつながり」があったからだと佐藤さんは言う。さまざまな人と接点を持ってワイン造りをしてきたことで、色々なアドバイスがもらえた。また、今までにない企画が生まれ、一緒に取り組むこともできた。2023年も改めて人のつながりの大切さを実感する1年になりそうだ。
「知り合いだけでなく、知り合いの知り合いとつながるなど、ワインが取り持つ縁の素晴らしさを身をもって知ることができました。大変なことはまだまだあると思いますが、助けてくださる人もたくさんいます。人との縁を大切にしつつ、これからも頑張っていきたいです」。
次は創業100年に向けて突き進む、はこだてわいん。これからの取り組みについても、引き続き楽しみに見守っていきたい。
基本情報
名称 | はこだてわいん |
所在地 | 〒041-1104 北海道亀田郡七飯町字上藤城11番地 |
アクセス | JR新函館北斗駅より車で10分 高速道路大沼公園ICより車で25分 |
HP | https://www.hakodatewine.co.jp/ |