北海道の南部、函館市に隣接する七飯(ななえ)町にあるワイナリー。1973年創業の「はこだてわいん」だ。約50年もの長きに渡って北海道でワインを造り続けてきた、歴史あるワイナリーである。
はこだてわいんでは、北海道においてワイン専用品種のぶどう栽培が盛んな余市町の契約農家のぶどうと、七飯町の自社畑で栽培されたぶどうを原料にワインを醸造している。
今回は、はこだてわいんの誕生から現在までの歩みを、代表取締役社長の佐藤恭介さんに伺った。北海道ならではのぶどう栽培とワイン造りについても詳しくお話いただいたので、ぜひ最後までご覧いただきたい。
『七飯町のぶどう栽培とワイン醸造の歴史』
はこだてわいんのある北海道亀田郡七飯(ななえ)町は、近代農業分野において長い歴史を誇る。
1857年、当時「箱館」と呼ばれていた、現在の函館が開港。時を同じくして、西洋式の近代農法が日本に導入された。その際に大規模な試験農場ができた場所のひとつが、七飯町だったのだ。
▶︎試験農場でぶどう栽培と果実酒醸造をスタート
まずは、七飯町におけるぶどう栽培とワイン醸造の歴史を見ていこう。
七飯町で試験的に栽培されたのは、りんごやさくらんぼなどの果樹や、のちに「男爵いも」と呼ばれる品種のじゃがいもなどが中心だった。
特にりんごは生育がよく、七飯町で育ったりんごは青森などにもたらされ、現在まで続く一大産地となった歴史がある。
また、七飯町では当時から垣根栽培でぶどうも作られていた。収穫されたぶどうで果実酒も醸造していたという記録が残っているそうだ。だがその後、果樹栽培は民間に払い下げられたことで次第に廃れていった。
だが、七飯町周辺はヤマブドウが多く獲れる土地であったことから、昭和初期よりヤマブドウの栽培がおこなわれ、地元企業である「小原商店」が果実酒の醸造を始めた。そのワインの販路は千島列島から樺太まで広がっていった。
第二次世界大戦が勃発すると、音波レーダーなどの軍備品として需要が高まった「酒石酸」を得るためにワインを増産したが、戦後には再びニーズが激減。販路だった北方領土がロシアに実効支配されたこともあり、小原商店は事業を縮小して、酒類製造は休眠状態となった。
▶︎地域おこしのためのワイナリー
はこだてわいんの前身である「駒ケ岳酒造(株)」が発足したのは、1973年のこと。地元農家がヨーロッパ系の交雑品種のぶどうである「セイベル」の栽培を始めたのを機に、若者たちがワイン造りによる地域おこしを計画したのだ。小原商店が保有していた酒類製造免許を利用し、小原商店の醸造部門としてワイン事業が開始された。
発足当時の駒ケ岳酒造は函館市内に会社を構え、近隣の農家から購入したぶどうを原料にワイン醸造をスタートした。その後、設備の老朽化などの理由から、1984年に本社と工場を函館市の隣町である七飯町に移転。社名を「(株)はこだてわいん」に変更し、新たなスタートを切った。
『はこだてわいんのワイン造り』
地元農家のぶどうでのワイン造りをおこなっていた、はこだてわいん。だが、当時の道南エリアはぶどうの生育期間の日照が不足していたため、ぶどう栽培に適した土地ではなかった。もともと北海道には梅雨はないのだが、「蝦夷梅雨」と呼ばれるぐずついた天気が続くことがあり、その影響で日照時間が短くなるのだ。
「当時の北海道ではまだ、ワイン用のぶどう栽培も一般的ではなく、栽培技術不足で収量が増えないという問題を抱えていました。そのため、輸入原料を調達してワイン醸造をおこなうようになりました」。
だが、北海道産の原料だけでワインを作りたいと考えていたはこだてわいんでは、北海道産のぶどうを確保する方法を模索していた。そんなときに出会ったのが、余市町の果樹栽培農家だった。
▶︎余市町のぶどうとの出会い
当時の余市町では、売り上げが落ちてきた特産品であるりんごの代わりとして栽培する作物を探していた。農業試験場と農家が検討した結果、余市町はワイン専用品種のぶどう栽培に適していることがわかった。そこで、りんごを栽培してきた農家は、ワイン専用品種のぶどう栽培に切り替えることを決意。収穫したぶどうは、はこだてわいんが買い取ることになった。
余市町でワイン専用品種のぶどうを栽培し始めたのは、7軒の農家だ。もともとりんごを栽培していた経験が長く、ベースとなる果樹の栽培技術力が高かったため、ぶどうの収量は順調に増えていった。
余市町のぶどう農家が栽培したぶどうは、次第に北海道のほかのワイナリーにも提供され始め、今では品質の高さに全国から注目が集まるまでとなった。はこだてわいんでは現在まで継続して、余市町からぶどうを購入している。
▶︎七飯町の自社畑
買いぶどうでのワイン醸造の歴史は長いが、自社畑は保有していなかったはこだてわいん。だが、函館市に隣接する北斗市でぶどう栽培を成功させた例があることを知り、自社畑でのぶどう栽培の可能性を検討し始める。
そして2017年、はこだてわいんは七飯町に農地を取得して、ワイン専用品種のぶどう栽培をスタートさせた。
「うちと同じ時期に、道南エリアでワイン専用品種のぶどう栽培を手がける企業が増えてきたので、驚いています。大手酒造メーカーやフランス・ブルゴーニュのワイナリー、東京のレストランのオーナーシェフなどが、道南エリアでのぶどう栽培を開始しました」。
はこだてわいんの自社畑の周辺では、ぶどう栽培を始めたばかりの畑が多く、地元産のぶどうで醸造したワインが多く出回るのはもう少し先のことだ。
はこだてわいんでは、2020年に収穫したぶどうで試験醸造を試みた。そのワインは、2022年7月にリリース。ファーストヴィンテージは400本余りのため、瞬く間に売り切れてしまった。
『はこだてわいんのぶどう栽培』
はこだてわいんの自社畑の広さは1.7haで、3,000本の樹が植えられている。
赤ワイン用ぶどうはカベルネ・ソーヴィニヨンとメルロー、ピノ・ノワールの3品種。白ワイン用ぶどうはシャルドネとリースリングの2品種だ。
▶︎気候変動により、ぶどう栽培の適地に
「北海道のぶどう栽培が本州に比べて難しいとされるのは、寒すぎてぶどうの樹が冬を越せないケースがあるためです。気温がマイナス20度以下になると、樹が凍って死んでしまうのですよ」。
だが、函館市周辺の道南エリアでは、冬でもそこまで寒くはならず、七飯町は比較的温暖な気候だ。1970年代に問題になっていた日照不足も、以前に比べると曇天の日が減ってきたため改善され、ぶどう栽培が容易になった印象があるそうだ。
寒冷地でぶどうを栽培する場合、冬季には雪で樹を覆って越冬させることがある。だが、雪が少ない地方にあるはこだてわいんの自社畑では越冬に雪は利用しない。南西向きの斜面に畑があるため、雪が少ないだけでなく、雪解けや春の訪れも早いのだ。
一方、隣接した畑であっても、南東に向いた斜面では、ぶどうの樹を雪にすっぽりと覆って越冬するケースもあるという。
「自社畑の周囲はぶどう栽培を始めたばかりのワイナリーが多いので、どちらが正しい栽培方法なのかの検証は十分ではありません。近年は気温があまり下がらない傾向がありますが、大雪になった場合でも被害が出ないよう、しっかりと対策をしていきたいと考えています」。
▶︎テロワールの表現が今後の課題
はこだてわいんが育てる赤ワイン用品種のカベルネ・ソーヴィニヨンは、実は北海道での栽培には気候が向かないと考えられている品種だ。近隣のワイナリーやぶどう農家も、カベルネ・ソーヴィニヨンはほとんど栽培していない。はこだてわいんが、あえてカベルネ・ソーヴィニヨンを栽培するのはなぜなのか。理由を尋ねた。
「1970年代にはぶどう栽培に向いていなかった道南エリアですが、今では土地のポテンシャルに注目したワイナリーが続々と進出してきています。地球規模での気候変動が、この土地の気候を変えたからでしょう。今後も気候変動の影響は大きいと思うのです。北海道の中でも南に位置する七飯町は、早期に気候変動の影響を受けると予想して、あえて早めにカベルネ・ソーヴィニヨン栽培に取り組むことにしました」。
ワイン専用品種のぶどう栽培は、40年ものキャリアを持つ余市町の農家からレクチャーを受けている。
「栽培担当者には、まずはしっかりと高品質なぶどうを作ることをリクエストしています」。
品質が安定したぶどうを栽培し、その上で七飯町のテロワールを表現していくのが、はこだてわいんのこれからの課題なのだ。
▶︎道南エリアの気候と土壌にシャルドネがマッチ
はこだてわいんが栽培する白ワイン用ぶどうは、シャルドネが中心だ。近隣の畑でもシャルドネを栽培するケースが多く、良質なぶどうが収穫できているという。
「シャルドネは、道南エリアの気候や土壌に合う品種のひとつだと感じています。品質のよいシャルドネを栽培してワインにするのが、今から楽しみですね」。
一方、余市町の農家には、ピノ・ノワールと、ドイツ系品種を中心に栽培を依頼している。白ワイン用ぶどう品種ではケルナーとバッカス、赤ワイン用ぶどう品種ではツヴァイゲルトレーベとドルンフェルダーだ。
ドイツ系のぶどう品種は余市町の気候や土壌に合うため、醸造したワインは高い評価を得ている。また、以前は北海道の気候にマッチしていないと考えられていたピノ・ノワールも、気候の変化や技術力の向上により次第に品質がアップしてきている。
また、今後の気候変動を見越して、余市町の農家にもソーヴィニヨン・ブランを栽培してもらうなど、栽培を依頼する品種を少しずつ変えているところだ。
『多くの人が日常的にワインを飲む文化をつくる』
北海道でのワイン醸造に50年近く携わってきた、はこだてわいん。目指すのは「ワインを日常的に飲む文化をつくること」だ。
そのために、ワイン造りや品質管理などにおいて、独自の工夫を凝らした取り組みを続けている。
▶︎誰もが「美味しい」と感じるワイン造り
「日常的にワインを飲んでもらうには、お酒が苦手な人や普段ワインを飲まない人でも『美味しい』と感じてもらえるワインを造ることが必要です。そのためには、手軽に購入できる価格であることも重要ですね」。
ワインに馴染みのない人に美味しいと思ってもらうには、飲みやすいことが必須だ。個性的な風味も大切である一方、ほのかな甘みを感じる味わいも求められる。
はこだてわいんでは、こだわりのあるワイン造りをする一方で、いつ飲んでも美味しく感じる普遍的なワイン造りも大切にしている。
「りんごやもも、メロンなどを使ったフルーツワインを造っているのも、少しでも多くのお客様にワインに親しんでいただきたいと考えているからです」。
▶︎世界標準の品質基準「ISO9001」を取得
多くの人にワインを飲んでもらうため、はこだてわいんで徹底しているのは品質の担保だ。
「近年は、個性や土地のテロワールを打ち出したワインのニーズが高まっています。しかしながら安心・安全は、時流に関係なく必ずクリアしなければならない条件です」。
はこだてわいんでは、食品等事業者に課せられている国際的な衛生管理手法「HACCP(ハサップ)」に沿って、衛生管理が行われている。また、国際的な品質基準である「ISO9001」も取得。「ISO9001」は、世界170か国以上で導入されている、一貫した製品やサービスを提供し顧客満足を向上させるための、品質マネジメントシステム規格だ。
「ISO9001を取得しているワイナリーは国内では少ないと思います。消費者に安心して手にとっていただけるワインを造るため、品質基準をマニュアル化し、遵守しています」。
▶︎日本ワインの裾野を広げる
日本ワインのマーケットは成長してきており、ワイナリーの数も年々増加している。しかし、「国内のすべてのワイナリーを支えられる規模までは、市場は成長していない」と佐藤さんは分析する。
日本ワインを日常的に飲む人は全国規模では少ないため、小さなワイナリーはある程度の高価格帯にしないと経営的に成り立たないのも現実だ。だが、販売価格が高いことは、日本ワインの普及に歯止めをかける一因でもある。
「我々の使命は、リーズナブルな価格の日本ワインを販売して、日本ワインに親しむ人を増やし、裾野を広げる一翼を担うことだと考えています」。
▶︎ECサイトやSNSを活用、首都圏にも販路拡大
はこだてわいんでは以前、函館を訪れる観光客に焦点を当てた販売戦略を採ってきた。だが、新型コロナウイルスの影響で観光客は激減。
現在は、コロナ禍であっても利益を得るため販売戦略強化している。そのひとつが、消費者との接点を増やす取り組みだ。
「ECサイトを活用した販売や、SNSでの情報発信に注力しています。また、北海道だけではなく、首都圏での販売戦略も積極的に行っています。リーズナブルで美味しいというアピールポイントを中心に訴求して、販路拡大を目指しているのです」。
さまざまな手段を活用して自社のワインを広く世に送り出している、はこだてわいん。直近での目標は、「ハレの日に飲む」というワインの需要を、より「日常的なもの」にしていくことだ。
「チリ産のワインなどの安価なワインが日本に輸入され、『ワインを日常的に飲む』ことが以前よりも一般的になってきています。今後は、日常的に飲む輸入ワインが、少しずつ日本ワインに置き換わってくれば嬉しいですね」。
『はこだてわいんの、おすすめワイン3種』
はこだてわいんには、多くの人が飲みやすいようにと、甘めの味わいに仕上げたワインのラインアップが多い。
おすすめのワインを佐藤さんに伺ったところ、3銘柄を紹介していただいたので、さっそく紹介しよう。
ひとつ目のおすすめワインは、「しばれわいん ケルナー」だ。「しばれづくり」シリーズは、ぶどうを人工凍結させる、はこだてわいん独自の製法を用いて醸造されている。低温でゆっくりと醗酵させることで、ぶどうの甘みや酸味、華やかな香りを際立たせたデザートワインだ。
「しばれづくり製法」は、アイスワインのような芳醇な味わいを、少しでも安価に提供したいと開発された。
北海道での栽培量が多いケルナーを使った「しばれわいん ケルナー」は、酸をうまく生かした味わいが特徴。「さくらアワード2021」でゴールド賞を受賞した実績を持つ。
「料理を食べた後、くつろぎながらカクテルのような感覚で飲んでいただくと、幸せな気持ちになれますよ。スイーツと一緒に召し上がっていただくのもおすすめです」。
ふたつ目のおすすめワインは、女性から高い評価を得ている、「香り仕込みケルナーSparkling」。余市町で育ったケルナーを100%使用したスパークリングワインだ。心地よい酸味とケルナー本来のフレッシュな香りが広がり、酸味と甘みのバランスがよく飲みやすい。国産スパークリングワインで唯一、「さくらアワード2021」でダブルゴールド賞を受賞した。
3つ目は、北海道産の原料にこだわった「北海道100シリーズ」の、「北海道100 ピノ・ノワール」。30年以上余市町で栽培し続けてきたピノ・ノワールを使用した、軽やかで繊細な味わいが特徴の赤ワインだ。醤油で味付けした煮込み料理やおでん、肉料理にもよく合うという。
どのワインも、北の大地の恵みがしっかりと感じられる味わいに仕上がっている。ぜひ一度手に取り、日々の食卓と共に楽しんでいただきたい。
『まとめ』
50年間積み上げてきた知識と経験をもとに、これからも美味しいワイン造りを突き詰めていく、はこだてわいん。
「これまで真摯におこなってきたぶどう栽培とワイン造りを踏襲し、社員一丸となって、さらなる高みを目指したいですね」。
はこだてわいんの自社畑で栽培されたぶどうで造られたワインが、初リリースを迎えた2022年。2023年以降も、続々と新たな銘柄に出会えるのが楽しみでならない。
日本ワインの裾野を広げることを使命とする、はこだてわいんの、今後より一層の飛躍に期待したい。函館周辺を訪れた際にはぜひ、はこだてわいんまで足をのばしてみてはいかがだろうか。
基本情報
名称 | はこだてわいん |
所在地 | 〒041-1104 北海道亀田郡七飯町字上藤城11番地 |
アクセス | JR新函館北斗駅より車で10分 高速道路大沼公園ICより車で25分 |
URL | https://www.hakodatewine.co.jp/ |