「はすみふぁーむ&ワイナリー」は、日本における重要なワイン産地である長野県東御(とうみ)市にある。2005年に「日本一小さなワイナリー」としてスタートしたワイナリーだ。
アメリカ・メジャーリーグの球団職員からワインの造り手に転向したという、異色の経歴を持つオーナー蓮見喜昭さんが立ち上げた。
はすみふぁーむ&ワイナリーは規模こそ小さいが、造るワインは本物。自社畑で草生栽培するぶどうは、すべてワイン用ぶどう品種だ。造り手は、栽培作業のひとつひとつについて徹底的に考え抜き、日々ぶどうに対し真剣に向きあっている。
高品質なぶどうから生まれたワインは、辛口の仕上がりだ。「アメリカンスタイルのピノ・ノワール」を目指しているのが、ワイナリーならではのこだわりのひとつだ。樽にアメリカンオークを使用しており、フレンチオークが主流の一般的なワイナリーとは異なる。
はすみふぁーむ&ワイナリーは独自の価値観を持ち、よりよいワイン造りに向けてチャレンジを続けている。
今回お話を伺ったのは、2021年のはすみふぁーむ&ワイナリーの状況について。ゼネラルマネージャーの内山貴之さんに、ぶどう栽培の様子からワイン醸造の進行状況までをお話いただいた。
『天候の悔しさと栽培結果の満足 2021年のぶどう栽培』
はじめに紹介するのは、はすみふぁーむ&ワイナリーが2021年におこなったぶどう栽培について。2021年ならではの天候や挑戦した取り組み、栽培エピソードを見ていこう。
▶好天から一変して長雨に 2021年の天候とぶどう栽培
「天候についていうと、シーズン始めは調子がよいのかと思いきや、後半が大変でした。8月の長雨の影響が大きかったです」と、内山さんは2021年のヴィンテージを振り返る。
梅雨が短いところまではよかったのだが、夏後半の天候がぶどうの収量に直接響いた。2週間以上も雨が降り続き、結果的に収量は昨年比にして20%ほど減少。特に早生品種への影響が大きく、ピノ・ノワールやシャルドネは大きく収量を落とす結果になった。
一方、晩生品種であるメルローや甲州は、幸い影響が少なかった。
品質については良好で、丁寧に行った栽培が功を奏した。品質と収量を考えると、満足と悔しさ、半々の出来だ。
「台風が来なかったのはよかったのですが、5月の遅霜や長雨が痛かったですね。なかなかうまくはいかないものです」。
造り手にとって、自然とはなんと残酷なものだろう。自然相手のぶどう栽培は、自然によって笑い、泣かされることもある。自然がもたらす恵みに感謝しながらも、もう少し天候が良ければと祈るのは日常茶飯事だ。
現在はすみふぁーむ&ワイナリーでは、物理的な雨対策は行っていない。
「今のところ、雨の多い天候は『ヴィンテージの個性』として許容しています。しかし今後の天候次第では、何かしらの対策が必要になるかもしれません」。
はすみふぁーむ&ワイナリーならではの個性を保ちつつ、雨の影響を少なくできる対策とは一体何か。変わりゆく天候に対応するワイナリーの試行錯誤は終わらない。
▶栽培でやりたかったことができた1年
上質なぶどうが収穫できた2021年。はすみふぁーむ&ワイナリーのぶどう栽培の成功の秘訣をたずねた。
「栽培でやりたかったことがすべてできたのが大きかったです。今まで積み重ねてきた栽培技術やデータが、より洗練された1年でした」。
はすみふぁーむ&ワイナリーではこれまで、人手が足りず作業のタイミングが押したり実施が難しかったりということがあった。しかし2021年は、栽培でするべきこと、したかったことがもれなく実施できたのだ。
栽培がうまくいった満足感と、品質のよいぶどうができたという結果は、大きな自信につながる。
「やるべきことを成し遂げられたからこそ、悪い天候にも耐えられたのだと思います。2022年も手落ちのないよう、粛々とぶどう栽培をしていきたいです」。
天候に涙をのみつつも、今まで積み重ねてきた栽培技術に確信が持てた、2021年。はすみふぁーむ&ワイナリーにとって、得るものの多い重要な1年間になったことは間違いない。
▶アルバリーニョに可能性を感じて
はすみふぁーむ&ワイナリー2021年の栽培品種に変更はないが、収穫品種にはニューフェイスが現れた。
「試験栽培していたアルバリーニョが2021年に初収穫を迎えました。まだ量はごくわずかですが、はじめて醸造できました」。
はすみふぁーむ&ワイナリーのアルバリーニョは、6〜7年かけて栽培されてきた。ほかのぶどう品種とは病気が出るタイミングが異なっており、対策が難しかった。そのため、本格的な収穫までに想定以上の時間がかかったのだ。
「『健全に育っているな』と目を離したすきに病気が起こったり、収穫間際になると急に傷んだりと、タイミングが難しい品種でした。タイミングのズレを念頭に置いて栽培することで、ようやく収穫までこぎつけられました」。
アルバリーニョ独特の栽培タイミングを掴めたことで、2022年以降は収穫量を増やせる見込みだ。
『新しいワインが生まれた年 2021年のワイン醸造』
続いて紹介するのは、2021年のワイン醸造に関するエピソードだ。
2021年ならではの個性や、ワイナリーとしてチャレンジしたことを聞いた。ワイナリーいち押しのワインも必見だ。
▶バリエーション豊かなワインが誕生
「2021年ヴィンテージの仕込みは終了し、樽やタンクに貯蔵している段階です。やっと醸造室が片付いてきましたね。熟成後にどのようなワインにしてリリースするかを考えているところです」。
はすみふぁーむ&ワイナリーにおける、2021年ワイン醸造のキーワードは、「豊かなバリエーション」。
2021年ヴィンテージでは、数多くのぶどう品種から質の高いワインが誕生した。
収量が伸びなかったシャルドネとピノ・ノワールも、ワインの仕上がりは上々だ。
カベルネ・はよく知る農家の圃場から非常に高品質なぶどうが届き、ワインとしての出来も上々だ。「今までにないくらいよい年になったからと、醸造用に分けていただきました。自社畑で育てていたカベルネ・フランのワインはアッサンブラージュ(ブレンド)用にしていましたが、今年は単一品種で出せそうです」。
品種それぞれが個性豊かなワインに仕上がっているため、アッサンブラージュするか単一品種で出すか、製品にするうえでの選択肢が広がっている。
「最終的には熟成の結果次第で考えますが、単一品種にできるクオリティであれば、単一品種のワインとして出したいですね。品種の個性やヴィンテージが比較しやすいため、お客様にも人気なのです」。
2021年ヴィンテージのワインは単一品種のワインが増える見込みであり、新アイテムが追加される可能性も高い。
「エチケットをどうするかも悩んでいます。ワインが増えると、エチケットの色やデザインをどうしようという新たな悩みが出てくるのです」。
ワインがリリースされるまで、造り手が産みの苦しみに耐える期間が続く。ワインを開けるときには、ぶどうと造り手に想いを馳せながら飲みたいものだ。
▶2021年の一押しワイン「アルバリーニョ」
内山さんが今年一番の出来と評するのが、2021年に初収穫できた「アルバリーニョ」のワイン。注目すべきは「香り」だという。
「醸造が終わった段階の香りに、紅茶を思わせるマスカテルフレーバーが出ています。上等なダージリンを思わせる、マスカットのようなふわっと甘い香りです。さらに渋みのニュアンスも感じられます」。
今までのはすみふぁーむ&ワイナリーのワインでは醸されたことのない新しい香りに、内山さん自身が驚いているという。
大きな期待がかかるアルバリーニョだが、惜しむらくは生産量が少ないこと。2022年春頃に、ごく少量が限定リリースされる予定だ。リリース方法は未定だが、おそらく直営店や直営カフェのみで取り扱われることになるだろう。
「カフェで試飲できるように調整していきますが、実際にどうなるかはわかりません。社長とも相談しながら進めていきます」。
アルバリーニョは、現在日本のワイナリーで人気の高いぶどう品種だ。「ほかのワイナリーさんも注目している品種のワインなので、商品として世に出すのは、少し緊張しますね」。
はすみふぁーむ&ワイナリーのアルバリーニョで感じられる紅茶のニュアンスは、通常はアルバリーニョではあまり見られない珍しい特徴だ。ボトリングしたとき、最終的にどのように味と香りに表れるかに期待が集まる。
ワインの出来次第では、「はすみふぁーむ&ワイナリーらしさ」を表現する唯一無二の存在になる。ワイナリーの可能性をまたひとつ広げる可能性を秘めた存在だ。
▶オンラインイベントを精力的に開催
新型コロナウイルス感染拡大の影響や、度重なる降雪によって、ワイナリー直営店やカフェの運営が難しかった2021年。周囲の商店街や施設も休業が続き、地元の人の訪問はもちろん観光バスもキャンセルが相次いだ。
厳しい状況ではあったが、光明も差した。旅行会社とコラボして開催した、オンラインイベントが大好評だったのだ。
「2021年は、オンラインイベントを平均で月2回以上のペースで開催していました。1回につき10人から100人ほど参加していただいて、実に多くのお客様と交流することができました」。
旅行会社のオンラインパッケージの中でも、トップを争う売上を記録したそうだ。気になるオンラインイベントの内容を紹介したい。
イベントの内容は「ワイナリー見学ツアー」。オンラインなので、ワイナリーの施設を撮影した写真や動画つきのスライドを紹介しながら進められる。
また参加客にはワイナリーから事前にワインや信州産のおつまみが送られており、説明を受けながらワインの味を楽しむことができる。またリアルタイムでチャット質問もできるので、オンラインといえど、造り手と飲み手の深い交流が可能だ。
「個人のお客様だけでなく、会社単位で参加してくれたお客様もいらっしゃいました。真夏の暑気払いや忘年会シーズンにニーズが合致したようです。オンライン飲み会の一貫として参加していただくケースもありましたね」。
「現地に行かなくてもよい」という性質から、興味はあったが行けなかった顧客層にもオンラインイベントが大ヒット。子供が小さくて遠出できない夫婦や、旅行が気軽にできない高齢者層の参加も多かった。
ワイナリー訪問はワインを楽しむ醍醐味ではあるが、居住地やその他の理由で気軽に訪問できない人は多い。はすみふぁーむ&ワイナリーが実施したオンラインイベントは、隠れていたワインファンを惹きつけた。ワイナリーとしても顧客層を広げる絶好の機会になったのだ。参加客からの反響も大きく、イベント後の問い合わせやワイナリーの訪問が多数あった。
「オンラインイベントで飲んでいただいたワインを再度ご注文いただいたり、わざわざワイナリーに寄ってくれたお客様もいらっしゃいました。効果を肌で実感しています」。
外出自粛や飲食店の営業自粛が叫ばれた2021年は、ワイン業界にとって厳しい1年だったが、はすみふぁーむ&ワイナリーは逆境をチャンスに変えて躍進する。
『新圃場の栽培とオンラインイベントの拡充を 2022年の目標』
最後のテーマは、はすみふぁーむ&ワイナリー2022年の目標について。
すでに計画されている目標は大きく2つ。新たな畑での栽培開始と、オンラインイベント開催だ。
▶田んぼをぶどう畑に開墾 栽培を開始
「もともと田んぼだった耕作放棄地があり、2〜3年かかってようやくぶどうを植えられる状態に持ってこれました。2022年からようやくぶどう畑としてスタートを切れそうです」。
田んぼを畑にするまでの道のりは、長く険しいものだった。まるで「沼」のような場所だったのだ。
「少し雨が降っただけでぬかるみがひどく、足の甲まで埋まってしまうくらいでした」。
ぶどうは乾燥した土地を好むため、そのままではとても植栽できない。そのため、はすみふぁーむ&ワイナリーは、田んぼから水を抜く作業を進めてきた。幸いにも、取得した土地の下層部に新しく畑が開墾されたことで、高低差を利用して水を流すことができた。
たまたま過去の治水工事で上流部との水路が途切れていたこともラッキーだった。水路がつながっていると、周囲の水田から水が絶え間なく流れてきてしまうからだ。また、単純に水を流すだけでなく、植物の力を利用した水抜きも行った。
「わざと土地全体に雑草を生やし、植物に水分を吸い取ってもらったのです。周囲の田んぼや畑に迷惑になる部分だけをカットし、あとは放置して土地の水を少しずつ減らしていきました」。なんと地道な作業だろう。数年もの歳月がかかったのも納得だ。
晴れてぶどう畑として生まれ変わった新圃場。田んぼだった土地がぶどうとうまく馴染むかは未知数なため、初年度は試験栽培が中心になる。
「もし栽培がうまく行けば、水田からワイン用ぶどう畑に仕立て直すノウハウが確立できるかもしれません」。
開墾方法を他社のワイナリーに共有することも視野に入れている。
東御は粘土質土壌の地域も多い。粘土質土壌は水分を豊富に含み、ゆるい土壌になるのが一般的。しかし粘土が一度完全に乾燥すると、ブロックのように固く締まり水をほとんど浸透させなくなる。乾燥気味の土壌になり、ぶどう栽培に適する状態になるのだ。
「ただし、難しい面もあります。そもそも粘土が固くなるまでには長い時間がかかりますし、ぶどうの成長も遅い土壌です。根気がいる土壌ではありますが、不可能ではないと考えています」。
粘土質土壌のワイン用ぶどう栽培で実績を出しているワイナリーもあるため、土壌のポテンシャルは十分だ。はすみふぁーむ&ワイナリーでも、新たな圃場での可能性を追求する。
「新しい畑では、アルバリーニョを垣根仕立てで栽培できればと思っています。カベルネ・フランも試験栽培予定です」。
新圃場で育ったぶどうの嬉しい収穫報告を心待ちにしつつ、2022年のぶどう栽培を応援したい。
▶引き続き開催予定の「オンラインイベント」
「2021年に手応えを感じた、2022年もオンラインイベントを続けていきます」。さまざまな人が参加できるという最大のメリットを生かし、新たなイベントを現在進行系で企画中だ。
「具体的には『ワインに興味はあっても、ワイナリーを訪れることにハードルを感じている人向け』のイベントを考えています。ワイナリーを深く知るきっかけになるような内容にしたいですね」。
気楽に参加できるボリュームのコンテンツを増やしていけたらと話す内山さん。内山さんが特にオンラインイベントで大事にしたいと話すのが、実際の見学では得られない情報を盛り込むこと。
オンラインだからこそできる「醸造室の中の光景」「仕込みの最中の映像」「ぶどうが開花する瞬間」などを紹介したいと考えている。
「オンラインイベントには可能性があります。一方通行ではなく、お客様のリアクションを感じながら進めることができる。今後も伸ばしていきたい取り組みです」。
オンラインイベントを充実させるという目標は、遠方でワイナリーに行きたくても行けないワイン好きにとって、何よりの朗報だ。
『まとめ』
2021年、はすみふぁーむ&ワイナリーは積み重ねてきた栽培経験を生かし、高品質なぶどうを栽培することができた。長雨や遅霜で収量減の影響は受けたものの、満足できる結果になった飛躍の1年だった。
2021年ヴィンテージのワインは、今後ボトリング工程に移り、製品としてリリースされる。単一品種の新商品が出る可能性も高く、発売情報からは目が離せない。
また、新しく収穫したぶどう「アルバリーニョ」のワインにも大注目だ。直営カフェで試飲できる可能性があるため、ワイナリーからの発表を楽しみに待ちたい。
毎年新しいことに、向上心を持って取り組むはすみふぁーむ&ワイナリーは、尽きぬチャレンジ精神で朗らかにつき進む。
「チャレンジをやめることは衰退すること」とは、ワイナリーのスタッフ全体で共有している考えだ。今年もその先も、はすみふぁーむ&ワイナリーは挑戦を続けていくことだろう。
基本情報
名称 | はすみふぁーむ&ワイナリー |
所在地 | 〒389-0506 長野県東御市祢津413 |
アクセス | しなの鉄道田中駅より車10分 |
HP | http://hasumifarm.com/ |