『新巻葡萄酒 ゴールドワイン』変わらぬために変化し続けるワイナリー

山梨県といえば、国内で唯一地域表示が許されたワイン産地だ。文字通り国内におけるぶどうとワインのメッカとして揺るぎない地位を築いている。

「新巻葡萄酒 ゴールドワイン(以下「新巻葡萄酒」)」はそんな山梨県で創業90年以上を誇る老舗である。代表取締役の中村紀仁さんは4代目社長にあたる。

社名はワイナリーの所在地である山梨県笛吹市一宮町の「新巻地区」にちなんだもの。戸数32戸の小さな集落だ。しかし同じ集落にもう1軒別のワイナリーがあり、さらに近隣地区も合わせると4軒ほどのワイナリーが稼働しているという、ぶどう栽培とワイン醸造が盛んな土地柄だ。

「100年先も愛されるワインを造り続ける」というヴィジョンを掲げる、新巻葡萄酒の中村さんにお話を伺った。

『自家消費用の醸造施設がルーツのワイナリー』

中村さんの曾祖父が1930年に醸造免許を取得した新巻葡萄酒は、家族だけで営まれているという。そのルーツは「ブロックワイナリー」と呼ばれる施設である。近隣の農家が自分の畑のぶどうを持ち寄って自家消費用のワインを造るためのもので、戦前の山梨県でみられた仕組みだ。
こうしたワイナリーはほかにもいくつかあるという。

中村さんによると、当初は生食のためのデラウェアなどを育てており、醸造は後から始めたという。生食用と醸造用を二本立てで育てるのはむずかしく、先代がワイン造りをするには自社で原料を造らなければと栽培ぶどうの比率が上がっていった。

子供時代の中村さんは、家業をワイナリーというよりもぶどう農家として捉えていたという。収穫の手伝いをする程度だった。敷かれたレールを歩くことに疑問を感じることもあった思春期を経て、ワイン業界に入る前はエネルギー商社の営業職にいた。
その後、1年間オーストラリアに語学留学。このときワイン好きになった。

また、商社時代に職人さんたちと話す機会があり、ものづくりに漠然とした憧れがあった。オーストラリアのワインに触れたことで、その想いが呼び覚まされたのだ。自分には戻る場所がある。
海外に出たことが新たな視点から家業を見直すきっかけになり、家を継ぐ決心をした。「ですから4代目といっても業界にどっぷりというわけではなく、広い視点から見ています」。
中村さんは創業者一族でありながら、より広い視野を持ち合わせた経営者なのだ。

『全てを自社で完結させる、ものづくりの究極の形』

新巻葡萄酒が栽培している品種は「デラウェア」「甲州」「マスカット・ベーリーA」の3種類。いずれも山梨県で昔から栽培されてきたぶどう品種だ。
割合として一番多いのはデラウェアで、およそ5割を占める。4割が甲州、1割がマスカット・ベーリーA だ。

いずれも生食も可能なぶどう品種だが、収穫したぶどうは、ほぼすべて醸造に回しているという。デラウェアが多いのは生食用ぶどうを栽培していた延長で、甲州が多いのは山梨でポピュラーな品種だからだ。

欧州系のワイン用ぶどうを栽培していないのは、「日本ワインの父」こと川上善兵衛が育種に力を注いだ土地柄ということもあるのだろう。欧州系の新しい品種を取り入れなくても、事業が上手くまわっていたことも理由のひとつだ。

新巻葡萄酒のぶどうは100%自社栽培である。「決算書に『仕入れ項目がない』と言わます。100%自社のぶどうだけでワインを造っているので原料の仕入れというのがなくて、ちょっと不思議な感じなんですね」。

100%自社のぶどうで醸造しているのは「自分が育てていないものを持ち込んで醸造することに、ストレスを感じるから」だそうだ。もちろんそれで経営が成り立つ形が確立しているからこそ、実現できている。

ワインづくりは、ある意味で「ものづくりの究極の形」だ。原料となるブドウを自分たちで栽培し、ワインを醸造して販売まで手がける。
全ての工程を自社で完結させているのだ。多くのワイナリーが自社の圃場でぶどうを栽培しているが、たいていの場合、自社の収穫分だけではまかないきれずによそからぶどうを買い入れている。
そのため、新巻葡萄酒のように自社で完結しているのはまれな例である。

1.5haあるという自社圃場のぶどうだけで造っている点は、新巻葡萄酒の強みでもある。生産者と価格交渉をする必要がなく、自分の労働力が価格に吸収される。栽培の過程を誰よりもよく知っているので、品質が安定することに確信が持てる。毎年同じ畑から収穫されるのでブレがない。

「よいヴィンテージというのは待っていても出来ない。自分で作るものだと思ってるんです」と中村さんは力を込める。2020年のように雨が多い年もあるが、どんなヴィンテージであっても例年通りのクオリティーで、同じ収量を出すことを何よりも大事にしているのだ。

『基本を積み重ねつつ、大きなくくりで農業を考える』

ぶどう栽培で重要なことは、基本をしっかりとすることと、大きな視点をもつことだという。ひとつひとつの作業ではなく、通年や10年単位での視野が必要だ。新巻葡萄酒の栽培に関して、順に紹介しよう。

土作り
必要なものを土壌に足していくが、土壌分析の結果だけで判断することはない。ぶどうの果汁や生育の状態、葉の具合、pHなどを見て足りないものを感じ取りながら加えていく。

雨が多い日本ではミネラル分が欠乏しやすいので、まずミネラルを補給し、樹勢に応じて窒素系の肥料をまいていく。このとき考慮すべきは、肥料同士の拮抗作用だ。
代表的なところでは、カリウムとマグネシウムが拮抗する。特定の栄養素を過剰に投与すると、バランスが崩れて害が生じるのだ。

土の世界は目には見えず、科学で解明されていない事象もある、まだまだ未知の領域だ。迷信や宗教的なものが入りやすい分野でもある。だから勉強が欠かせないのだという。

根圏(こんけん) 
「根圏」とは、根のまわりの環境を指す言葉だ。植物は「根酸」と呼ばれる有機酸を出して、根の周りを酸性化し、ミネラルなどを溶かして吸収しやすくする。その結果、有機酸や有機物に微生物が集まり、根圏土壌の生物相が豊かとなるのだ。

土は、人間の腸に例えられる。近年の科学概念で「腸内フローラ」と呼ばれる考えかたがある。人間は腸の状態で性格や体型が変わるのだそうだ。この話は土壌と植物の関係とよく似ている。腸を整えるように、微生物や土壌動物のことも思い浮かべながら土作りをしていく必要がある。

剪定
剪定の際には樹1本1本、枝1本1本を見て作業を進める。土づくりや生育期の芽かき、新梢管理も合わせて果実と樹体を理想的な状態へ導いていく。植物生理や環境からの影響を考えたうえでの剪定が必要なのだ。

作業転換のタイミング
植物には「栄養成長」と「生殖成長」というふたつの成長ステージがある。

栄養成長とは幹や枝を伸ばし、葉を茂らせて自分を大きくしていくこと。生殖成長は果実をつけて子孫を残すためにエネルギーを使う成長を指す。

栄養成長のステージで必要なのは主に窒素である。生育期に誤って未熟な堆肥などの有機物をまいてしまう場合、土壌微生物が有機物を分解するために窒素を使うため、窒素が不足する「窒素飢餓」という状態に陥る。
このときには窒素系有機資材は効いてくれない。逆に分解後に時間差で窒素が遅効きしてしまう。

栄養成長から生殖成長に切り替わると、栄養分を果実に貯め始める。このタイミングで大きく作業が変わる。樹体を強めるような作業や窒素を遅効きさせてしまうことは果実の成熟を遅らせてしまうのだ。

農業は繊細な仕事だ。ひとつひとつの要素がからみ合っている。しかも気候は年ごとに変わっていく。「ワイン造りの8〜9割を占める」という農作業をだからこそ、中村さんは人任せにしたくないのかもしれない。

『醸造はシンプルだが気が抜けない作業』

公式サイトに「醸造はあくまでシンプルに、どんなヴィンテージであっても良質なぶどうを造ることに重きを置いております」と書かれている通り、醸造はあくまでシンプルに、ぶどうのよさを活かすことを考えている新巻葡萄酒。
ぶどうの個性を活かすなら、きれいに造らなければならない。酒石ですら出したくないという。

無濾過は再発酵する可能性があるためトラブル発生のリスクがつきまとう。
お客様の手元に届いたときには、しっかり商品として洗練された状態で楽しんでいただきたい。中村さんはあくまで安定志向である。流行りの自然発酵は発酵中の果汁が少しでも酸化したら、タンク1本丸々廃棄しなければならない。
小さなワイナリーにとって、その代償はあまりにも大きい。だからどうしても慎重になるのだ。

大事なことはブレのない仕上がりだ。毎年均一なワインが出来上がるように腐心している。それが一番大事なことだが、同時にもっとも困難なことでもある。

毎年発酵がはじまると、中村さんは緊張するという。発酵自体は微生物の仕事なので目に見えない彼らに任せるしかない。
自分は発酵が終わるまで介入できない。うまくいかないときのために補助作業を備えておくが、あくまでも基本は待つことである。
いつもどおりに発酵が進むように準備を整えて、ひたすら待つ。醸造はシンプルな作業だが気が抜けない。

『日本一コスパのよいワイナリー』

新巻葡萄酒は醸造だけでなく、商品展開もシンプルで潔い。
栽培品種であるデラウェア、甲州、マスカット・ベーリーAが1種類ずつ。
ぶどうが3品種なので、ワインも3アイテムとシンプルだ。派生商品の甘口、辛口、無濾過、スパークリングなどは醸造していない。
ただしボトルのサイズが2種類存在する。720mlと一升瓶だ。
「普段から飲んでいただきたいので、一升瓶も造り続けているんです」。

日本ワインは、価格設定が少々高めのイメージがある。しかし毎日飲むことを考えると720mlが1本2,000円超えると高いと感じてしまう。中村さんたちがリリースしているワインは1本1,200円からとリーズナブルだ。
この値段設定であれば、ワインを生活の中のささやかな楽しみにすることが可能だ。

出勤の道すがら「冷蔵庫にワインが1本あったな、仕事終わりの楽しみにしておこう」「明日の分もまだ残っている。明日の晩酌も楽しみだな」と思ってもらえたら。それが中村さんの意図するところだ。

日々のワインに海外産の安価なワインを手に取るという選択肢もある。
だが、飲み慣れてくると低価格帯のワインは、空にするのが辛くなってくる。同じ海外産でも2,000円超えてくると、ぐんと高品質なものになっているという。
中村さんによると、安価で知られるチリのワインも2,000円以上であれば銘醸地に負けないものが揃っているそうだ。

「海外産ワインも視野に入れながら、自分たちのポジショニングを考えています。日本の市場で勝負するなら、海外産のものと戦っても大丈夫だろうと見当つけて値付けしています」。普段使いを意識した価格設定だが、品質は妥協していない。一升瓶はかなりお買い得だ。
「自分たちは『日本一コスパのよいワイナリー』です」の一言に、もちろん異論はない。

『あえて棚で栽培する』

新巻葡萄酒の圃場は、甲府盆地東部の西向き斜面に拡がっている。傾斜はなだらかで、甲府盆地に比べて夏の気温は下がりやすい。
だが最近では熱帯夜も発生するので、注意が必要だという。

土壌は日本ではポピュラーな火山性の黒ボク土(日本の国土の約3割、全農耕地のうち約26%を占める土)と褐色森林土(日本の土壌の約30%、農地の7パーセントを占める。山地や丘陵地に多い) 、一部粘土質のところもある。
粘土質のところ以外は水はけがよい。

栽培方法は昔ながらの平棚で、X字型の「長梢剪定」という剪定方法で手入れしている。欧米式の垣根栽培を採用するワイナリーも多いが、あえて平棚で栽培している理由はふたつあるという。

ひとつは樹勢のコントロールが容易で、どんな品種でも育てられる仕立てかただからだ。垣根だと枝や果実をコンパクトなスペースに収める必要が出てくるので、湿潤な日本の気候では樹勢のコントロールや病害の管理に困難を強いられる。

もうひとつの理由は既存の平棚を活かしたいからだ。棚を新しく作ると10aあたり約150万円かかるため、つぶしてしまうのはもったいない。

しかし昔は雪の重みで棚がつぶれてしまい、ぶどうをよそから仕入れざるを得なくなったこともあるという。その反省を活かし、剪定の手順を考えながら作業することでリスクを回避している。
具体的には、荷重のかかるところから先に剪定するという。広い棚の中央を真っ先に抜いて、あとは潰れやすいところを片づけていく。剪定すれば棚は軽くなる。強度のある縁の部分は後回しだ。
もちろん棚の補強も考えるべきだが、まずは剪定が基本になる。異常気象が続く昨今、用心に越したことはない。

『異常気象に対応し、変えないために変化を続ける』

品質や収量を安定させるために、やりかたを変え続ける。変えないために変えていくのだ。作業自体が大きく変わることはあまりなく、タイミングを変えることのほうが多い。
多雨や猛暑など、年によって天候は一様ではない。どのタイミングで次の作業を始めるか。同じ年は二度とないので、理論だけでなく経験が必要な時もある。

例えば2020年7月、山梨県はずっと雨だった。今までにないことなので、これまでやってこなかった決断をしなければならなかったという。

運よく新巻葡萄酒にとっては質も量も過去最高を達成した年になったが、本当に紙一重だった。自社栽培したぶどうだけでワインを造っているので、不作に陥ってもバックアップはない。そのため、失敗できないのだ。     

山梨県は気候変動の影響に特に苦労している土地である。例えば猛暑。夏の暑さで、ぶどうにも影響が出ている。赤ぶどうに含まれる成分のアントシアニンは、気温が30度超える日が続くと生成が阻害される。
高すぎる気温、特に夜間の気温が高いと実が赤く色付かない。そのため、赤系のぶどう栽培は猛暑だと苦労を強いられる。

台風の多さと巨大さにも、気をもまされる。2021年のように春が温かい場合もスケジュールが狂ってくる。中村さんは温暖化をひしひしと感じているという。
成育シーズンになると不安で眠れなくなることもあるそうだ。

『まとめ』

家族経営だからこそ、顔が見える新巻葡萄酒のワインが出来るのだろう。「2,000円台中盤の赤ワインを開発したい」「新種の栽培に挑戦したい」という考えもあるそうだが、その一方で「自分の世代で出来ることは限られているので、次につなげることを考えたい」と、4代続く老舗ならではの発言も聞かれた。

「コロナ禍が1年以上過ぎて、人々がどれだけ旅行や外出を必要としているか明らかになりました。人生の一部になっているんですよね。やっぱりそういう楽しみが必要なんだと思います」一般的には嗜好品としてとらえられるワインだが、旅行や外出同様、必需品と呼んでも差し支えないのではないか。

生活の中のささやかな楽しみとなる1本を造る。創業90年を超える老舗ワインの4代目社長は、コロナ禍で改めてワインの価値を見直したと語る。
変わらぬ味わいを提供し続けるために、変わり続ける。老舗ワイナリーの挑戦はこれからも続く。

基本情報

名称新巻葡萄酒
所在地〒405-0065
山梨県笛吹市一宮町新巻500
アクセス車で
中央自動車道一宮御坂ICより車で9分
電車
JR石和温泉駅からタクシーで約9分
HPhttps://aramakiwinery.jp/

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