追跡! ワイナリー最新情報!『ケアフィットファームワイナリー』 新たなコミュニティの創造を目指す

山梨県甲州市勝沼町にある「勝沼ワイン村」は、9つのワイナリーが集まっているワイン好きにおすすめのスポットだ。

そんな勝沼ワイン村にあるワイナリーのひとつが、「ケアフィットファームワイナリー」。「日本ケアフィット共育機構」が、2018年に共生社会を実践する場として設立したワイナリーだ。現在、約20名の障がいのある方たちが活躍している。

ケアフィットファームワイナリーの自社畑で栽培しているのは、地場品種であるマスカット・ベーリーAと甲州の2種類。糖度が高く酸も残る凝縮したぶどうを育てるため、一文字短梢栽培を採用している。また、栽培管理にしっかりと手をかけることで、化学農薬の使用をできるだけ減らすよう心掛けているのが特徴だ。

ケアフィットファームワイナリーは、無添加でのワイン造りにもこだわっている。酸化防止剤は一切使わず、発酵には野生酵母を使用。清澄剤も使わず、澱をしっかり沈殿させて上澄みの澄んだ部分をワインにする。

手間暇をかけて、ぶどうの個性を最大限に活かした味わいは、愛好家はもちろんワイン初心者にもおすすめだ。

今回は、公益財団法人日本ケアフィット共育機構理事の向笠高弘さんと、栽培醸造責任者の中根拓也さん、甲州事業所責任者の竹川華さんにお話を伺った。

『2022年の気候と振り返り』

まずは、ケアフィットファームワイナリーの2022年のぶどう栽培に迫ろう。ワイナリーがある勝沼の、天候の変化などについても詳しくみていきたい。

▶ベト病の発生で収量が減少

「2022年の降雨量は、2021年よりも少なかったですね。しかし、自社畑の収量は前年に比べて4割ほど落ちました」と話してくれたのは、栽培醸造責任者の中根さん。収量が落ちた原因は、2022年5月中旬頃に発生したベト病だった。

「近隣のぶどう農家さんやワイナリーでも、うちと同じようにベト病の被害が多かったと聞きました。ベト病が広がった原因は、雨の影響が大きかったと考えられます。防除のタイミングや薬品の濃度を変えるなどの対応をしましたが、防ぐのは難しかったですね」。

マスカット・ベーリーAと甲州を栽培しているケアフィットファームワイナリーの自社畑では、2022年はどちらの品種にも病気が蔓延してしまった。

▶気候の変化を実感

ぶどうを栽培している地域は日本全国にあるが、近年は天候の変化が著しく、安定しない気候に悩まされる例は多い。勝沼ではどうなのだろうか。

温暖化の影響による異常気象や、気候変動について感じているかどうか尋ねると、「夜温が下がらなくなってきた点に関しては、温暖化の影響だろうと感じています」と、中根さん。

2011年から自社畑でのぶどう栽培に携わってきた向笠さんも、「2016年頃までは、勝沼では夜になると気温が下がるので、クーラーを使う必要がないほどだったのです。しかし、今は熱帯夜が続くようになりました。夜温が下がらないので、昼夜の寒暖差がどんどんなくなってきています。ぶどうの質に影響するので残念です」と話す。

昼夜の寒暖差が小さくなっていることは、ぶどうの色付きに影響を及ぼしている。特にここ数年で、マスカット・ベーリーAの果皮の色が乗りにくくなってきたそうだ。

マスカット・ベーリーAも甲州も、山梨県では長く栽培されてきた歴史を持つ品種だ。気候の変化を受け入れつつ、これから進むべき道を探るべきタイミングが来ているのかもしれない。

「病気が広がるのを防ぐために、2023年はもっと畑に通って、しっかりと観察していきたいです。病気の予兆を早めに察知できれば、被害の拡大を阻止できるはずです」。

『ケアフィットファームワイナリーのぶどう栽培』

ケアフィットファームワイナリーの自社畑は、勝沼エリアの2か所にある。「菱山・鳥居平(ひしやま・とりいびら)」地区の丘陵地にある畑と、地域を流れる日川沿いにある「下岩崎・等々力(しもいわさき・とどろき)」地区の畑だ。

できるだけ農薬を使わずに栽培することを目指すケアフィットファームワイナリーの、2022年の取り組みを見ていこう。

▶より自然なぶどう栽培を目指す

ケアフィットファームワイナリーが下岩崎・等々力地区の自社畑で使用しているのは、日本農林規格で有機農産物に使用が認められている石灰硫黄合剤とボルドー液のみ。できるだけ農薬を使わないぶどう栽培を目指しているのだ。

ぶどう栽培でよく使用される殺虫剤に、樹の根元に塗る白いペンキ状の製品があるのをご存知だろうか。コウモリガなどの幼虫による食害予防として使用されるものだ。

だが、殺虫剤の使用を極力減らしているケアフィットファームワイナリーでは、殺虫剤を使っていない。なんと、樹の根元の半径50cm、深さ5cm程度土を掘り起こして、幼虫を除去するのだとか。地中に隠れている幼虫を手作業で取り除いているのだ。

「土を掘って幼虫を取るのは大変ですが、できるだけ無農薬でぶどうを育てたいので実施しています。また、畑のすぐ隣で養蜂を始めたので、ミツバチに害にならないように、殺虫剤はは使用していません」と、向笠さん。

ワインだけではなく、農産物の加工品の製造・販売も手がけるケアフィットファームでは、自社製品にはできるだけ山梨県内で生産されたものを使用。製品のひとつであるピクルスに使うレモンも自社で育てている。さらに2021年からは、加工で使う蜂蜜も自社で作ることにした。

数種類の花から蜜を取った蜂蜜は、あっさりとした味わいが特徴。今後は自社製品の「干しぶどうピクルス」などに使用する予定だ。

▶収量制限でより品質のよいぶどうに

ケアフィットファームワイナリーで扱う品種は、マスカット・ベーリーAと甲州のみ。「地場品種を使ったワインを造りたい」というのは、醸造と栽培を担当する中根さんのこだわりなのだとか。

向笠さんは、「いろいろな品種をアッサンブラージュしたくて、ほかの品種も植えていたのですが、なんと樹をひっこ抜かれてしまいました。残念には思いましたが、ほかのワイナリーとの差別化もできますし、こだわりは大切にした方がよいと思っています」と苦笑する。

ケアフィットファームワイナリーがぶどう栽培において心がけているのは、糖度が高く、しっかりと着色したぶどうを育てること。マスカット・ベーリーAの着色をよくするためにおこなっているのが、収量制限だ。

「通常はひとつの枝にいくつかの房ができますが、摘房してひとつだけ残すようにしています。また、摘粒して房を若干小さくすることもありますね」と、向笠さん。

大切に管理されたぶどうはやがて実りの時期を迎え、美味しいワインに生まれ変わるのだ。

『甲州は3種のオレンジワインに』

続いては、ケアフィットファームワイナリーのワイン醸造の話題に移りたい。

ケアフィットファームワイナリーでは、2021年から甲州はすべて醸してオレンジワインにしている。甲州を醸したワインは、それぞれ特徴のある3つの銘柄に仕上がる。詳しく見ていこう。

▶琥珀色に輝くオレンジワイン

甲州のワインのひとつ目は「Naked Orange(ネイキッド オレンジ)」、ふたつ目は特に果皮の着色の濃いぶどうを使用した「Naked Kohaku(ネイキッド コハク)」、3つ目は着色の濃いぶどうをさらに樽熟成させた「Kohaku(コハク)」だ。

いずれも甲州の醸しオレンジワインだが、色付きが濃い果実だけを集めて醸造した「Naked Kohaku」と「Kohaku」を造ることで、他社との差別化を図った。

「『Naked Kohaku』と『Kohaku』は美しい琥珀色で、一般的な甲州のオレンジワインとは色合いが違うのに気づいていただけると思います。自社畑で採れた甲州を丁寧に選別して造っています」。

ひと味違う甲州のオレンジワインを飲みたいと考えているなら、ケアフィットファームワイナリーの琥珀色のオレンジワインがおすすめだ。

▶オレンジワインに着手したきっかけ

ケアフィットファームワイナリーでは、2019年までは甲州では白ワインのみを造っていた。2020年から白ワインとオレンジワインを造り、2021年からはすべてをオレンジワインに切り替えたのには理由がある。

白ワインの醸造では、除梗破砕した段階で搾汁する。だが、この方法では、搾汁率が非常に悪かったことがかねてより懸念点だったのだ。

「中にはほとんど潰れないまま残っている実もあり、本当にもったいなかったですね。搾りかすは家畜の餌にしていますが、通常は産業廃棄物となり環境にもよくないのです」と、向笠さんは振り返る。

「なんとか搾汁率をあげる方法を模索する中、中根さんの提案で、醸しの手法を使うオレンジワインを造ることにしたのです。皮と共に醸すことで、ぶどうの皮が柔らかくなって、搾汁率が格段にアップします。白ワインの搾汁率は65%程度でしたが、オレンジワインにすると80%になりました」。

さらに、オレンジワインにすることには、果皮に含まれるポリフェノールなどの成分をしっかりと抽出できるというメリットもある。

「オレンジワインは美味しい上に栄養分も豊富で、原料を無駄にしないのでよいこと尽くしです。今後も甲州ではオレンジワインを造っていきます」。

甲州のオレンジワインに合う料理は何かと質問すると、中根さんは、「醸すことによって、合わせられる料理により幅が出ると思います。酸味もあってタンニンもしっかりと感じられるので、野菜はもちろん、肉料理などにも合わせやすいですよ」と答えてくれた。

甲州のオレンジワインを飲む際の、ペアリングの参考にしていただきたい。

『マスカット・ベーリーAのワインは自信作』

続いては、2022年に醸造したマスカット・ベーリーAのワインを見ていこう。マスカット・ベーリーAのワインも、ラインナップは3種類。

おすすめを聞いたところ、「全部おすすめですよ」と即座に全員が口を揃えたほどの自信作ばかりだ。

▶完全無添加ワイン「Toxic Ⅱ(トクシック Ⅱ)」

「マスカット・ベーリーAは、『Naked Ruby(ネイキッド ルビー)』、樽熟成した『Ruby(ルビー)』と『Toxic Ⅱ(トクシック Ⅱ)』です」と、中根さん。

樽熟成している「Ruby」と「Toxic Ⅱ」の違いは、「Toxic Ⅱ」が完全無添加のワインであるところ。

「Toxic Ⅱ」は中根さんが一番こだわっているワイン。「中毒」という意味を持つ「トクシック」の名にふさわしい、中毒性と深みのある味わいが特徴だ。糖度の高いマスカット・ベーリーAだけを集め、補糖なしの完全無添加で醸造した。1年に500本程度しか造れない貴重なワインだという。

いちごやキャンディ、綿菓子の香りなどと表現されることが多い、マスカット・ベーリーAの香り。その甘い香りを抑えた醸造方法で、ベリー系の香りを強く出すことに成功したのが「Toxic Ⅱ」だ。

2020年と2021年ヴィンテージの「Toxic Ⅱ」は発売から1か月で完売。2022年ヴィンテージのリリースは、約12か月の樽熟成を経て2023年の年末頃を予定しているそうだ。

▶長期熟成ワインを造りたい

毎年新たな取り組みにも積極的なケアフィットファームワイナリー。2023年に挑戦したいと考えている醸造での取り組みはあるのだろうか。

中根さんには、心の中で思い描いている理想のマスカット・ベーリーAのワインがあるそうだ。

「うちのマスカット・ベーリーAは、酸化防止剤を使用していないため、口当たりが柔らかく優しい仕上がりです。私としては、もう少しタンニンを増やして長期熟成できるワインを造りたいという思いがありますね」。

どのように造っていくかは、検討中とのこと。タンニンを増やすために一般的なのは、仕込みの段階でぶどうの梗を追加する方法。中根さんが悩んでいるのは、どのような梗をどのくらい使用するかということだ。

「ぶどうを樹に実らせたまま完熟させていくと、ぶどうの種も梗も茶色くなっていきますよね。その時点の梗を加えて発酵させるのか、もっと前の緑色の段階の梗を加えるのかを検討中です」。

ケアフィットファームワイナリーからいつか登場するかもしれない新たな銘柄を、楽しみにしておこう。

『ケアフィットファームワイナリーの強みと未来』

ワイン造りをとおして、勝沼という地域のテロワールを引き出していくことを目指すケアフィットファームワイナリー。

ワインをどんなシチュエーションで飲んでもらいたいと考えているのだろうか。また、ケアフィットファームワイナリーの強みや今後についても伺った。

▶出来上がりまでのストーリーも魅力

「うちのワインは、手間をかけて造っています。ぜひ、記念日などの特別な日に飲んでもらいたいですね」と、向笠さん。

竹川さんは、「みんなで力を合わせて造り上げているワインなので、出来上がりまでのストーリーを知っていただき、想像を膨らませながら飲んでいただければうれしいです」と話してくれた。

「私たちが掲げる『パーパス』、つまり存在意義は、『自然体で生きる』です。障害がある人が栽培や醸造に携わっているケアフィットファームワイナリーでは、さまざまな特性をもつ人たちが、未経験から農業を始めたからこそのストーリー性があるのが強みです。これからもさらに進化していけると思っています」。

▶2023年は「コミュニティ作り」に着手

日本が誇る一大ワイン産地である勝沼で、ぶどう栽培とワイン造りを通して、多様な人たちが共に生きることの大切さを発信するのがケアフィットファームワイナリーの目指す姿だ。

「これまでは、『自然と人との共生』を目指し、自然を大切にしたワインを造ってきました。2023年は第2段階のスタートの年として、コミュニティづくりに着手していきたいですね。障害者や高齢者も含めた地域の人々を中心に、さまざまな人が交じり合うコミュニティをつくっていきます」と、向笠さん。

さまざまな人たちを巻き込みながら、よりよい共生社会を目指すケアフィットファームワイナリーの活動に、共感する人は多いに違いない。

『まとめ』

ケアフィットファームワイナリーは、ぶどう栽培とワイン造りをとおして、「自然体で生きる」ことの大切さを発信するワイナリーだ。

「一緒に働くメンバー同士がきちんと相手を見て対話し、その人自身に興味を持つことを心がけています。お互いの個性を受け入れた上で、助け合いの心を持っているからこそ、高品質なワインを造ることができるのです。ひとりではできないことでも、力を合わせれば可能になるのだと日々実感しています」。

土地の個性を生かしつつ、共に働く人たちの個性も生かしていくという目標を応援したい。


基本情報

名称ケアフィットファームワイナリー
所在地〒409-1316
山梨県甲州市勝沼町勝沼2561-6 勝沼ワイン村
アクセス中央道勝沼ICから20号バイパス甲府方面へ1km進む。勝沼町下岩崎信号を右折し、1km進む。日川のぶどう橋渡りすぐ右折し、日川沿いに500m進む。勝沼ワイン村内にあります。
HPhttps://www.carefit.org/farm/winery/

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