山梨県甲州市勝沼町。日本を代表するワインの銘醸地で、有名ワイナリーが数多く存在する土地だ。そんな勝沼に、多様な人々が共に学び働き、命を輝かせることを目的としたワイナリーがある。
「ケアフィットファームワイナリー」は「日本ケアフィット共育機構」が共生社会の実践の場として設立したワイナリーだ。2016年には、障害者就労支援事業所を開所し、あらゆる人が混じり合い共に働ける場として2018年にケアフィットファームワイナリーを新たに設立した。現在は障害のある約20名の方たちが活躍し、ワイナリーを支えている。
共生社会の実現を目指しておこなわれる、ぶどう栽培とワイン造りとはどのようなものなのだろうか。
今回は、公益財団法人日本ケアフィット共育機構理事の向笠高弘さんと、栽培醸造家の中根拓也さん、甲州事業所責任者の竹川華さんにお話を伺った。
『共生社会の実践の場として』
「ケアフィットファームワイナリー」の発端は、「日本ケアフィット共育機構」の有志数人が、勝沼の耕作放棄地を借りてぶどうを植えたことである。
▶︎おもてなしの心と介助技術を持った人を増やすために
向笠さんが理事を務める日本ケアフィット共育機構は、共生社会を作ることを大きな目的とした公益財団法人だ。前身となるのは1999年に創設された日本ケアフィットサービス協会。
同協会は、高齢者を寝たきりにさせないことを最大のテーマとしたNPO法人である。高齢者や障がいのある方が外出できる環境を作っていくことに取り組んだ団体だ。
2022年現在でこそ法律も整備され、主要な場所のバリアフリー化は進んでいる。しかし、1999年当時、まだまだ環境は整っていなかったのだ。
「例えば、車椅子ユーザーの方は、10cmでも段差があればその先に進めません。その時、『お手伝いしましょうか?』との声かけと介助があれば助かるはずです。そんな、おもてなしの心と介助技術を持つ人がどんどん増えれば、きっとたくさんの方が安心して外出することができるのではと考えたのです」。
そこで、「サービス介助士」の資格を制度化し、講座を開催するなどして資格の普及につとめたことが日本ケアフィットサービス協会の原点だ。現在、サービス介助士の資格保有者は全国で20万人に達した。
なかでもサービス介助士が最も多いのは、鉄道事業者だ。JR東日本の駅職員でサービス介助士の有資格者は、胸の名札の下に緑色の帯があり、サービス介助士と明記されている。
また、日本ケアフィット共育機構は「防災介助士」と「認知症介助士」の普及にも取り組んでいる。変化する社会のニーズに合わせて、誰もが暮らしやすい共生社会を実現するため、多岐にわたる活動をしているのだ。
日本ケアフィット共育機構は2014年に公益財団法人化した。そして、多様な人たちが共生する社会を実践する場を作るために立ち上げられたのが、ケアフィットファームなのだ。
▶︎約20名の障害者が活躍
ケアフィットファームは、障害者就労支援事業所である。様々な障害がある方と共に、ぶどう栽培から加工・販売までをおこなう6次産業化を通して、一般就労や自立した生活を目指し訓練を行っている。作業に関わるのは約20名。
企業などに就労を希望する、65歳未満の障害のある方に対し、就労に必要な支援をおこなう「就労移行支援サービス」を利用している方と、就労が困難な方に就労場所の提供などをおこなう「就労継続支援B型サービス」を利用する方の約20名だ。
そして、2018年に誰もが活躍できる場としてケアフィットファームワイナリーが設立した。
▶︎6次産業化と農福連携を実施
障害のある方などが農業をとおして社会参画をおこなう、「農福連携」のケアフィットファームワイナリー。障害のある方だけなく、あらゆる人が活躍する。また、地域農家の方たちとの繋がりを大切にして6次産業化にも取り組んでいるのだ。6次産業化とは、農作物を生産するだけでなく、加工と販売までを一貫して担う業態を指す。
ケアフィットファームは、ぶどうのほかにもさまざまな野菜を栽培している。収穫した作物はジェラートやピクルス、ドライフルーツなど、さまざまな食品に加工される。塩山駅から徒歩5分の「地産CAFE & SHOP けあふぃっとふぁーむ」やオンラインで購入可能だ。
『耕作放棄地の再生から無添加のワイン造りへ』
向笠さんたちが耕作放棄地だった土地を再生し、マスカット・ベーリーAと甲州を植えたのは2012年頃のことだった。
日本ケアフィット共育機構の有志たちは都心から毎週末に勝沼に通い、ぶどう栽培を続けた。また徐々に地元の農家と親しくなるにつれ、ぶどう栽培の指導を受けるようにもなった。さらに新たな農地を借り受け、ぶどう畑を徐々に広げた。そして、はじめてぶどうを植えて3〜4年がたち、ぶどうが実りはじめたのだ。
▶︎委託醸造からスタート
できたぶどうは最初のうち、そのまま生で食べていた。だが、せっかくぶどうがあるのだから、ワインを醸造したいとの思いが向笠さんたちの中で高まったのだ。
しばらくは、勝沼町内の東夢ワイナリーや蒼龍葡萄酒、錦城葡萄酒、マルサン葡萄酒などのワイナリーに醸造を委託していた。その後、畑の拡大とともに、ワイナリー設立に向けて動き出す。
▶︎勝沼ワイン村に参加
ケアフィットファームワイナリーは2018年に醸造免許を取得し、勝沼ワイン村で自社醸造をはじめた。
勝沼ワイン村は、2020年にグランドオープンしたワイナリー村だ。「東夢ワイナリー」が中心となって立ち上げた勝沼ワイン村には、ケアフィットファームワイナリーも含め、全部で8つのワイナリーがある。
「はじめは自分たちだけで、単独のワイナリーを作ろうと思っていました。しかし、東夢ワイナリーの代表から勝沼にワイン村ができると聞き、ほかのワイナリーとも協力し合える方がよいと思って、参加を決めたのです」。
共生社会を目指す、ケアフィットファームワイナリーらしい選択だ。
勝沼ワイン村が本格始動したタイミングは、あいにく新型コロナウィルスが大流行した時期に重なり、大々的なオープニングパーティなどは開催できなかった。
その後も大きなイベントが開催できず、その存在が広く知れ渡るまでには至っていない。非常に魅力的なワイナリーがそろっているため、今後は注目度がどんどん上がっていくことを期待したい。
▶︎笹子おろしが吹く土地
向笠さんたちがはじめに借りた耕作放棄地は、勝沼町の鳥居平近辺にある丘陵地だ。また、ケアフィットファームワイナリーには、ほかにも勝沼ワイン村の近くを流れる、日川の下流沿いにもぶどう畑がある。
「どちらの畑も、夜になると『笹子おろし』が吹いてきます」と、向笠さん。笹子おろしとは、近隣の山から日川沿いに吹く冷風である。夜に冷風が吹くことによって、昼夜の寒暖差が大きくなり、ぶどうの生育により適した環境となる。
「昔ほどではないですが、どちらの畑も寒暖差はありますね」と竹川さん。
「はじめはぶどうにはなんの興味もなかったです」と笑う竹川さんだが、今では「ケアフィットファームワイナリーで最も栽培が得意」と向笠さんが評するほどの腕前となった。
農業とはまったく無縁のスタートながら実力を身につけ、今やすっかりファームの屋台骨的な存在だ。
▶︎日本の地場品種のぶどうを作ることにこだわる
ケアフィットファームワイナリーでは当初、20種類ほどのぶどうを少量ずつアッサンブラージュするため、さまざまなぶどう品種を作る予定だった。だが実際には、ワイン用品種はマスカット・ベーリーAと甲州の2種類に絞った。醸造家で栽培も担当されている中根さんは、日本の地場の品種だけにこだわる方針を取ったのだ。
ぶどうはもともと畑に設置されていた棚を修理して活用し、棚栽培を実施。一文字短梢栽培で栽培されている。一文字短梢栽培ではぶどうの収量は少なめになるが、糖度や酸が凝集したぶどうが育つ。
「当ワイナリーでは補糖をなるべくしたくないので、糖度の高いぶどうが必要になってくるのです」と中根さん。
また、一文字短梢栽培は仕立て方が比較的に容易なので、さまざまな障害のある方が働くケアフィットファームワイナリーにとって都合がよい仕立て方なのだ。
ケアフィットファームワイナリーでは毎年、殺虫剤、殺菌剤の使用を出来るだけ減らすように心がけている。2021年には一部の畑で使用する農薬を硫黄合剤とボルドー液のみで行った。
▶︎産地で作られる無添加のドライフルーツ
また、ワイン専用品種のほかに、シャインマスカットや巨峰など、さまざまな生食用品種を栽培しているケアフィットファーム。
「生食用ぶどうは加工にも使います。無添加のドライフルーツはとてもおいしいですよ」と向笠さん。
▶︎やまなしGAPに認定
ケアフィットファームは、「やまなしGAP」の認定を受けている。GAP(農業生産工程管理)とは、農業の持続性の確保のため、生産工程での管理や改善をする取り組みだ。
認定を受けるには、「食品安全」「環境保全」「労働安全」に関わる法令などを守るための点検項目を決め、実施と記録、点検と評価を繰り返す必要がある。ケアフィットファームは優れた農作物を作るだけでなく、地球環境と労働環境の改善に対しても、最大限に努力しているのだ。
▶︎無添加のワイン造りへのこだわり
無添加でのワイン造りにこだわっているケアフィットファームワイナリーでは、酸化防止剤の亜硫酸塩は一切使わず、発酵にも野生酵母を使っている。また、清澄剤も使わない。
そのため、ワインにできる澱をしっかり沈殿させ、上澄みの澄んだ部分を使うのだ。清澄剤不使用のワインは少し濁りが出るものの、卵白などの動物性食品が含まれることがなく、ヴィーガン嗜好の人も安心して飲める。さらに、搾汁率の向上や加工時間の短縮などに効果のある酵素も不使用だ。
果汁やワインの移動には原料へのダメージを避けるため、ポンプも使わない。
「バケツを使うこともありますし、グラヴィティフローも採用しています」と向笠さん。グラビティフローとは、タンクを持ち上げるなどして、重力だけで液体を移動させる方法だ。
余計なものはなるべく足さず、素材を大切に使う。手間ひまかけて造られているのが、ケアフィットワイナリーのナチュラルなワインなのだ。
▶︎世界に通用するワイン
ケアフィットファームワイナリーのワインについて、醸造家の中根さんは「世界にも十分に通用するワインで、愛好家の方にも喜んで飲んでいただけると思っています」と自信をのぞかせる。亜硫酸塩を使っていないため口当たりがマイルドで飲みやすいのも特徴だ。ナチュラルワイン好きだけでなく、ワイン初心者にもおすすめできるだろう。
▶︎ぶどうを最大限に活かし環境にも優しいオレンジワイン
2021年のヴィンテージから甲州については、すべてマセラシオン(醸し)をおこない、オレンジワインにしている。醸しとは、発酵時に容器内で果汁に果皮や種子を漬け込む工程だ。醸しによって果汁に色素や渋み成分が溶け、白ワインにオレンジがかった色味と渋みが与えられる。
醸しをおこなうと皮の成分が抽出されるため渋みが出て、通常の白ワインの醸造方法で造るよりも自然で味わい深いワインになる。
ワイン醸造後に出るぶどうの搾りかすは、肥料として活用している。ケアフィットファームワイナリーのワインは人に優しいだけでなく、環境にも配慮しているのだ。
▶︎完全無添加ワインをはじめとした魅力的なラインナップ
ケアフィットファームワイナリーのメンバーが、おすすめのワインとして紹介してくれたのは、「Toxic 2」という銘柄だ。補糖もまったくおこなわず、完全無添加で造られたワインだという。
残念ながら2020年ヴィンテージは売り切れなので、新たなヴィンテージのリリースを待ちたい。ケアフィットファームワイナリーのワインはラインナップが豊富。どれにしようか迷ってしまうほど、魅力的なワインばかりだ。
例えば、「Naked Ruby(ネイキッド ルビー) 2020」は、自社のマスカット・ベーリーA100%を無濾過で仕上げたワイン。色合いと味わいが濃く、甘い香りと鮮やかな酸味がバランスよい。
また、「Koshu Barrel(甲州バレル) 2020」は甲州100%で造った無濾過の白ワインで、フレンチオーク樽で3か月熟成させている。柑橘や花梨のような香りがあり、熟成をさらに重ねるとナッツのような香りも加わる。
2021年、ケアフィットファームワイナリーのマスカット・ベーリーAは一部で着色不良の房も見られたため、赤い果皮を生かして、ロゼワインとして販売している。
酸化防止剤無添加、補糖なしで野生酵母で発酵させ、無濾過で仕上げた葡萄だけで造られるロゼワインとはどのような色や香り、味わいなのだろう。
GW明けには3種類、7月にはさらに3種類の2021年ヴィンテージのワインをリリースするケアフィットファームワイナリー。リリースされたら、魅力たっぷりのワインをぜひ手にとり、味わって欲しい。
『ケアフィットファームワイナリーの展望』
「ぶどうは、年によって糖度が上がることもあれば、酸が強い年もあります。ですから、造る前に『こういう味わいのワインを造ろう』と考えるのではなく、年ごとの特徴を活かしたワイン造りができたらと思っています」と中根さん。
ワインは農産物である。自然の恵みと人の手が生み出すぶどうの質が、ワインの仕上がりを大きく左右する。
▶︎さらに多様性のある場へ
また、ケアフィットファームワイナリーの原点である、共生社会を作り出す取り組みについても、この先も展開をみせる予定だ。
障害がある方だけでなく、今後は地域の人はもちろん、生活困窮者や元受刑者、高齢者や学生と共に働いていくことも視野に入れているのだ。
「これからは、地方に住んでリモートワークをする、いわゆる『ワーケーション』も定着してくるでしょう。山梨でぶどうの栽培やワイン醸造を学べる環境作りをし、さらに多様な人と一緒に働きたいと考えています」と、向笠さんが展望を語ってくれた。
さらに、農作業と加工、ワイン醸造などの一連の作業を、企業研修の一環として活用する考えもある。すでに、首都圏の企業を対象に、ぶどう畑を企業研修のフィールドワークの場として提供した実績もある。
「2022年現在はコロナ禍の影響があり、たくさんの人に集まっていただくことは難しい状況が続いています。しかしこれからは、海外の方などもふくめ、さらに多様な人が関われるワイナリーを作っていきたいです」。
続いて、中根さんに今後の展望について伺うと、「とにかく、今までやってきたことを続けることですね」とのこと。確かに、続けることこそが最も大変で、かつ大切なことかもしれない。
甲州事業所責任者の竹川さんにも、同じ質問をしてみた。
「勝沼の地域や、山梨県を支えていけるようなワイナリーに成長できたらと考えています。農業の担い手やワインの造り手が減り、ワイン醸造が途絶えるのは悲しいですよね。ぶどう畑もワイナリーも、次の世代にしっかりとつなげていきたいです」。
さまざまなバックグラウンドを持つ人たちが、それぞれの力を生かし合い、最大限の成果を出していけるような環境。ケアフィットファームワイナリーは、多様性を受け入れる、まさに共生の場なのだ。
▶︎マークに込められた想い
ケアフィットファームワイナリーのマークは、自然をイメージさせる緑色の楕円形の中に、白で文字とイラストが描かれている。
上部に描かれているシンプルな印象のイラストは、かつて耕作放棄地を開墾してぶどうを植え、山小屋を建てた鳥居平を描いたものだ。そして、ワイナリー名の下に書かれている英文は「大地と太陽の恵みに感謝」という意味。
ケアフィットファームワイナリー創設当初の開拓精神と、勝沼の自然の中でできるナチュラルワインのイメージをモチーフとして表現した、素敵なマークだ。
ケアフィットファームワイナリーのワインボトルを手にした際には、ぜひマークにも注目してほしい。
『まとめ』
耕作放棄地の問題の解決に端を発し、多様な人たちの共生の場を作るべく誕生したケアフィットファームワイナリー。
私たち消費者は、ケアフィットファームワイナリーのワインを購入して楽しむことで、よりよい社会づくりに貢献できるだろう。
多様な人たちが共生できる社会の構築や、持続可能な農業の重要性は、消費者にとっても無縁な問題ではない。
ケアフィットファームワイナリーのワインをとおして、だれもが幸せになれる社会の実現に一歩近づきたいものだ。
基本情報
名称 | ケアフィットファームワイナリー |
所在地 | 〒409-1316 山梨県甲州市勝沼町勝沼2561-6 勝沼ワイン村 |
アクセス | 中央道勝沼ICから20号バイパス甲府方面へ1km進む。勝沼町下岩崎信号を右折し、1km進む。日川のぶどう橋渡りすぐ右折し、日川沿いに500m進む。勝沼ワイン村内にあります。 |
HP | https://www.carefit.org/farm/winery/ |