『111VINEYARD』塩尻のぶどう栽培の伝統を引き継ぎ、身近な人に愛されるワインを造る

日本を代表するワインの銘醸地、長野県塩尻市。『111VINEYARD(イチイチイチ・ヴィンヤード)』は、塩尻市で近年注目が集まりつつある洗馬(せば)地区にある。ワイナリーを立ち上げたのは、代表の川島和叔さんだ。

ぶどう栽培とワイン醸造について、まったくの初心者の状態からスタートし、今では地域のぶどう農家の信頼を勝ち取るまでに成長した川島さん。ワインとの関わりは、塩尻ワイン大学に通い始めたことからスタートした。試行錯誤しながらも順調に歩みを進め、現在では、同じく塩尻にある「Belly Beads Winery」の取締役ワイナリー長も兼任する活躍ぶりだ。

高齢化が進み、担い手がなくなりつつある塩尻のぶどう畑を引き継ぎ、健全なぶどうのみを使ったワイン造りに取り組んでいる111VINEYARD。

今回は、111VINEYARDの発足からこれまでの歩みについて、川島さんにお話を伺った。ワイナリーの魅力を、しっかりと深掘りしていきたい。

『ワインとの出会い』

まずは、ワインと川島さんの出会いにスポットを当てよう。どんな出会いが、川島さんをぶどう栽培とワイン醸造に導いたのだろうか。

もともと、兄弟とともに家業を営んできた川島さん。だが、力仕事が多い業種のため、長く続けられるかという点に不安を抱いていた。また、なにか新しいことに挑戦したいという思いも常に持っていたという。さらに、当時はまだ3人の子供が小さかったこともあり、安定的な仕事をするために手に職をつけるべきではないかと考えていたそうだ。

▶︎塩尻ワイン大学を受講

「車の運転が趣味だったので、お酒を飲むことを習慣としていませんでした。昔は、ワインの原料がなにかさえ知らなかったくらい、お酒とは縁のない生活でしたね」と、苦笑しながら話してくれた川島さん。

そんな川島さんがぶどう栽培とワイン醸造を始めることになったのは、塩尻ワイン大学との出会いがきっかけだった。

塩尻ワイン大学は、地元・塩尻のワイン産業を担う人材を育成することを目的とした、自治体が主催する講座だ。毎月1回、土日に4コマの講義がおこなわれ、4年間かけて履修する。

当時、地元のJAに勤務していた奥さん経由で、川島さんは塩尻ワイン大学がちょうどその年に開校することを知ったのだ。2014年のことだった。

ワインと関わりのない生活を送っていたため、当初から塩尻ワイン大学に通うことに前向きだったわけではない。農業は大変な仕事で、多額の初期投資もかかるというネガティブなイメージも持っていた。

しかし、あえて挑戦したのが、川島さんの素晴らしいところだ。新しいことを始めたいと思っていた自分には、手に職をつける大きなチャンスではないのかと考えたのだ。受講料が安かったことも決断を後押しした。

ギリギリまで悩んだが、ともかくエントリーしないことには始まらないと申し込んだ。選考の結果、無事に受講が決まったが、定員35人に対してなんと150人ものエントリーがあったことを後になって聞いて驚いたそうだ。

塩尻ワイン大学の同期生は、ワイナリー設立を目標としている人も多かった。そのため、開講してすぐの頃は、飛び交う用語が難解で問われていることの意味を理解することも難しく、ついていくのがやっとだったそう。だが、続けるうちに段々と興味がわき、新しい知識が身に付く面白さにハマっていったという川島さん。順応性と知的好奇心の高さがあってこそだろう。

「自分に農業ができるかどうかという不安はありましたが、ぶどう栽培とワイン醸造に関する一定のスキルが4年間で身につけられるところに魅力を感じました。家業を続けながら、時間にゆとりを持って受講ができるのもよかったですね」。

▶︎ぶどう栽培をスタート

塩尻ワイン大学に通い始めてから半年ほど経った頃、周囲の人から、ぶどう栽培をするなら早めに畑を見つけておいた方がよいとのアドバイスを受けた。塩尻の新規就農者が増えているため、条件のよい畑は早いもの勝ちだと言われたのだ。

行動力がある川島さんは、すぐに市の農業委員に相談。川島さんの自宅周辺エリアでは、農地の貸付は50a以上からという制約が設けられているなどハードルは高かったが、なんとか条件に合う畑に巡り合った。

更地の状態で借り受けた土地は、なんといっても自宅からの近さが決め手だった。ぶどう栽培の先輩から、長く続けるためには、とにかく自宅に近い畑を借りるのがよいとアドバイスを受けたためだ。

また同じ頃、地元のワイナリーでのアルバイトを開始した。自営業のかたわらで塩尻ワイン大学で学び、さらにアルバイト先のワイナリーでもぶどうの栽培管理にたずさわるという、なんとも目まぐるしい日々。

「アルバイトをしていたワイナリーでは、棚栽培のぶどうの剪定作業なども経験しました。初めての経験だったので、どの枝を剪定するのかなどの判断がとても難しかったですね」。

さらに、2015年4月には、自分の畑にメルローとシャルドネの苗、約100本を植樹した。塩尻ワイン大学に通い始めてから、わずか1年後のことだ。

周囲の人たちの助けを得ながら少しずつ環境を整えてきた川島さんは、ここからさらにぶどうとワインに密接に関わるようになっていく。

「植樹したばかりのぶどう畑は、まだ樹が小さいので、やることがほとんどありません。芽かきと草刈りをすませてしまえば、あとは暇なのです。もっとぶどう栽培をしてみたいと思うようになったときに、ある方から、畑の管理を任せたいというお話をいただきました」。

栽培者が高齢となり、管理が難しくなった畑を引き継いでほしいという声が寄せられたのだ。そこでまずは、広さ15aほどのコンコードの畑の管理を引き受けた。畑を引き継いだ川島さんのもとには同様の希望がその後も続々と届き、2018年までにはさらに2か所の畑の管理を引き継いだ。

「畑を辞めるという話を聞くと、どうしてもそのままにはしておけません。できなくなったのなら、できる人がやればよいのだと思って引き受けています」。

『111VINEYARDの畑と、設立の経緯』

続いては、自社畑の特徴と、111VINEYARDの設立の経緯を紹介したい。

塩尻というワイン用ぶどうの一大産地にある畑の特徴と、運命の力に導かれるようにワイン造りにどっぷりとハマっていった川島さんが、ワイナリー設立までに歩んだ道のりだ。

▶︎111VINEYARDの畑

2022年現在、111VINEYARD畑は合計80aほど。信濃川水系の奈良井川沿いの、山から広がる扇状地の先端に位置する。河岸段丘のなかほどで、ゴロゴロとした石の堆積物の上に火山灰土の乗った、水はけの非常によい土地だ。標高は750mほどあり寒暖差も大きいため、果樹栽培には非常に適した気候なのだ。

「たまたま自宅の近くに恵まれた環境の土地があってラッキーでしたね。メルローとシャルドネは垣根、コンコードとナイアガラは棚で栽培しています」。

畑は常にきれいに保つことを心がけている。数か所の畑をひとりで管理しているため、常に仕事に追われている状態だ。そのため、草刈りなどは効率的に実施する必要がある。だが、決して手を抜くことはなく、ハイレンジワインを造る原料となるシャルドネとメルローの畑には、特に手をかける。

「病気が発生したときの経験を生かして、畑は区画で大雑把に把握するのではなく、ぶどうの房がついた枝を1本ずつ丁寧に観察するようになりました。隣同士の葉が重なると光合成の妨げになるので、広げるなどの細かい作業もしっかりとおこなっています。大変な作業ですが、光合成で作られた養分が果実を造るのですから、欠かすことはできません」。

川島さんが植栽したメルローとシャルドネは、2017年に初収穫を迎えた。委託醸造したのは、「いにしぇの里葡萄酒」だ。いにしぇの里葡萄酒は、川島さんのワイン大学での同期生、稲垣雅洋さんが立ち上げた塩尻市の新鋭ワイナリーだ。

続く2018年、ついにワイナリーの立ち上げにも関わることになった川島さん。塩尻ワイン大学の同期や講師とともに、「Belly Beads Winery(ベリービーズワイナリー)」というワイナリーを塩尻に設立したのだ。2018年に収穫したぶどうは、Belly Beads Wineryで醸造した。そしてようやく、111VINEYARD発足のときを迎えることになる。

▶︎111VINEYARDの発足

111VINEYARDはもともと、川島さんの畑につけられた屋号だった。

「塩尻ワイン大学では、ワインは農業かつ工業で、しかも販売までも自らが担う6次産業だということを繰り返し教わりました。いちばん大変なのが販売だということでしたね。ワインを造ることがゴールではなく、販売まで責任を持つことが重要なのです」。

いずれ自分で造ったワインを販売することを念頭に置き、まずは自分の取り組みを多くの人に知ってもらうことが大切だと考えた川島さん。畑の成り立ちをストーリーとして残すことを思い付いた。記録用としてFacebookページを作成した際に、屋号を111VINEYARDに決めたのだ。苗字の「川」の文字を3本線に見立てたネーミングは、わかりやすく、かつ印象的だ。

2022年時点では、自社の醸造施設を保有していない111VINEYARD。委託醸造時も積極的に醸造に参加した。また現在は、ワイナリー長を務めるBelly Beads Wineryで自ら仕込みをおこなっている。

『111VINEYARDのこだわりと魅力』

最後に、111VINEYARDがぶどう栽培とワイン造りでこだわっていることと、111VINEYARDのワインの魅力の秘密にせまろう。

▶︎ぶどう栽培とワイン醸造のこだわり

川島さんがワイン造りで第一条件としていることは、健全なぶどうのみを使うことだ。

「自営業を続けながらの兼業としてスタートしたため、栽培管理にあてられる時間が限られていました。しかし、塩尻ワイン大学で学んだのは、ただぶどうを栽培するだけでなく、優れた品質のぶどうを栽培する方法だったのです。うちのぶどうは本当に素晴らしい品質ですよ」。

生計を立てることが優先なので、まずは収量確保を重視して、適切なタイミングでの薬剤の散布も欠かさない。失敗した経験ももちろんあるが、試行錯誤あるのみだという。塩尻ワイン大学の座学では学べない経験は、実際に畑での作業をとおして学んだ。自然相手の農業は天候に左右されることも多いため、ときには厳しい結果になることも避けられないのだ。

自分がワインを造る前提でぶどう栽培をする川島さんは、収量制限を徹底している。また、ワインとして仕込む果実を選ぶ「選果」の基準も厳格で、ふたつのステップで選果を実施するという。まずは畑で一次選果をおこない、二次選果は除梗と破砕の前に念入りに。病気や害虫の被害にあった粒は徹底的に取り除き、妥協は一切しないのがこだわりだ。

「よいワインは、よいぶどうからしかできません。よいぶどうだけを使うのは、ワインを造るうえでの使命だと思っています。スキルが上がればもっとこだわりが出てくるのかもしれませんが、今の段階ではよいぶどうをワインにすることに注力しています」。

▶︎娘さんの作品をエチケットに採用

続いては、111VINEYARDのワインのエチケットについて触れたい。111VINEYARDがリリースしている「エフブンノイチ」というシリーズなどのエチケットには、和柄の「ムジナギク」が描かれている。このスタイリッシュな菊のイラスト、実は川島さんの娘さんの作品なのだ。

「自分が畑を始めた年に高一だった長女が、ぶどうが収穫できるようになった年に大学に入学しました。絵を描くことが好きで、電車通学の30分くらいの間にスマホで描いていた絵をLINEで送ってくれたのです。和柄のイラストがいろいろありましたが、中でもムジナギクの柄がとても気に入ったのでエチケットに使いました」。

日本人の生活に深く寄り添う花である菊柄は、お祝い事だけでなく、冠婚葬祭のすべてのシチュエーションににフィットする。

自分がよいと思ったものは分できるかぎり吸収し、アウトプットするよう心掛けているという川島さん。ワイン造りにおいては、とっつきにくい印象があるワインを、誰もがもっと気軽に飲めるように造りたいと話してくれた。そんなまっすぐな想いがそのまま表現されているところが、111VINEYARDのワインの魅力なのだろう。

▶︎大切な家族を想って造るワイン

塩尻ワイン大学では、「どんなワインを造りたいのかというイメージをきちんと持ってワイン造りをするように」と指導されたそうだ。だが、初めはまったくイメージがわかなくて困ったという。

「まず最初は、自分が美味しいと感じるものを造ろうと考えました、そして今は、家族に向けてワインを造っています。どこかの誰かではなく、自分の周りにいる人が美味しいと思ってくれるワインを目指しているのです。例えば、タンニンの味わいが苦手な妻のことを考えて、華やかで軽めな味わいのワインを造ることもありますよ」。

川島さんが家族思いであることと、愛妻家でもあることが伝わってくるエピソードだ。

また、川島さんはほかのワイナリーのワインを飲んできて、メルローはブレンドすることによって多様なスタイルが実現できることを実感した。メルローにカベルネ・フラン入れると華やかさがアップし、カベルネ・ソーヴィニヨン入れると骨格がはっきりするのだ。

「近いうちに、自分でも納得できる仕上がりのにメルローのブレンドワインができたらと思っています」。

『まとめ』

自社の醸造施設を持つことにこだわりはないと話してくれた川島さん。

「個人でワイン造りをするほうが気楽かもしれないとは思います。しかし、周りの人たちとの関わりの中で、良好な関係を築いてきたからこそ今の私があるので、今のままでよい気もしますね。たまたまよい出会いに恵まれた私は、『わらしべ農家』なのです」と、いたずらっぽく笑う。

ぶどう栽培とワイン造り漬けの生活になるとは、自分でも思っていなかったそう。体がいくつあっても足りない忙しさだが、あくまでも謙虚だ。

「毎日が一生懸命です。もう少し先になってふと振り返った時に、みんなが喜んでくれるようなワインをきちんと造れていればやっていてよかったなと思うかもしれませんが、まだそこまでは至っていませんね」。

よいぶどうでしか、よいワインは造れないという鉄則を誠実に守り、真摯な姿勢でワイン造りを続けている111VINEYARD。塩尻のこれからを牽引する存在として、ますます輝きを増すことだろう。今後の活躍をしっかりと追いかけていきたい。

基本情報

名称111VINEYARD
所在地〒399-6461
長野県塩尻市大字宗賀3132-1
アクセス洗馬駅より徒歩約10分
長野道塩尻インターより名古屋方面へ約15分
HP
https://111vineyard.shopinfo.jp/

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