長野県安曇野市、明科七貴(あかしなななき)にある「Le Milieu(ル・ミリュウ)」は、2018年に塩瀬豪さんと齋藤翔さんが立ち上げたワイナリーだ。ワイナリー設立当時には、なんとふたりとも30歳という若さだった。
代表の塩瀬さんは、安曇野のワイナリー「あづみアップル」に所属していた頃に醸造家として「日本ワインコンクール」で銀賞を獲得した経験の持ち主。副代表の齋藤さんは、須坂市の「楠わいなりー」と「安曇野ワイナリー」で合計5年間栽培と醸造を学び、現在ではソムリエとしても活躍している。
2人の若きプロフェッショナルによるLe Milieuでは、安曇野の地にふさわしい栽培法を心がけ、収穫したぶどうそのままの味をワインに表現。手作業による自然なワイン造りにこだわっている。
今回は、副代表の齋藤さんにお話を伺った。Le Milieuの今シーズンのぶどう栽培やワイン醸造への取り組みを中心に、最新ヴィンテージでのワイナリーとしての新たな挑戦に関しても紹介しよう。
『厳しい気候条件でも高品質なぶどうを収穫した2021年』
従来は降水量の少ない土地だった長野県だが、近年は急激な気候変動の影響による雨量の増加が感じられると話してくれた齋藤さん。安曇野の一部地域ではヒョウが降ったこともあり、米などの農作物にも影響が出たという。
「雨が多いと、確かにぶどう栽培には不安があります。しかし最近は、降雨量の多さがだんだんと普通のことに思えてきましたね。今年は、そこまでひどい天候ではなかった印象です」。
2021年は特に雨量が多かった安曇野だが、幸いにも収穫できたぶどうの品質は素晴らしかったそうだ。まずはLe Milieuの、2021年のぶどう栽培に関して紹介していきたい。
▶濃厚で良質なぶどう
気象条件は、ぶどうの品質を大きく左右する。安曇野では今シーズン、春先に急に寒気が戻ったことなどが原因で、Le Milieuuの自社畑でのぶどうに「花ぶるい」が出た。花ぶるいは、開花してすぐに花が落下する現象で、実付きのばらつきの原因となる。
「花ぶるいの影響で、1房あたりの重さが例年の半分程度になった品種も出ています。しかし、ぶどうの実数が減ったことで自然と収量が落ち、結果的には濃厚で質の高いぶどうが収穫できました」。
難しい条件のなかでのぶどう栽培には、常に不安がつきものだ。予測できない気候を味方につけて成功に導けるかどうかは、栽培家の腕の見せどころだろう。また、天候に応じて柔軟な対応を取れるかどうかも、収穫できるぶどうの品質に大きく関わってくる。齋藤さんは、近年の天候不順はひしひしと実感していると語ってくれた。
「いかにタイミングよく農薬散布をするかなど、工夫できる点を見つけていくことが重要です。新しい栽培方法なども取り入れつつ、地道に取り組みたいですね」。
▶ピノ・ノワールとリースリングに期待
Le Milieuには、荒廃農地を開墾した1.5haの自社畑がある。さまざまな欧州系品種のぶどうを栽培しているが、なかでも2021年度の出来栄えがよかったのはピノ・ノワールとリースリングだ。
「特にリースリングは、樹齢とともに少しずつ香りのボリュームが出てきました。味わいの厚みもあるワインに仕上げられそうなので、ぜひ期待してください」。
2021年ヴィンテージのワインのリリースを、今から心待ちにしたい。
▶新しい品種の開拓にも意欲
Le Milieuでは、シャルドネやメルローをはじめとした西洋品種のぶどうを栽培している。栽培する品種の数が多いのが特徴。品種をしぼりこまず、幅広く栽培することで、Le Milieuの自社畑の土地に適性がある品種を見定める狙いがあってのことだ。
今シーズンは自社畑の拡張を実施していないものの、Le Milieuは新しい品種の開拓にも意欲を見せる。齋藤さんが個人的に栽培をはじめたのが、サヴァニャンやソーヴィニヨン・グリなどの珍しい品種だ。
「個人的に注目している品種なので、自分の畑で試験栽培をはじめました。土地に合うようなら、Le Milieuでの栽培を検討するかもしれません。将来的には、地域のほかのワイナリーさんにもおすすめできればと思っています」。
新しい品種を作ればワインになった時にそれだけ楽しみは増える。作業の大変さとのバランスを見て新しい品種を増やしたいと話してくれた。
栽培しているぶどうの持ち味を活かすことに注力しつつ、新しい品種への探究も忘れない。若いチャレンジ精神から近い将来生まれるであろう、新しい味にも期待したい。
▶10年後も楽しんでもらえるように
2021年ヴィンテージでは高品質のぶどうが収穫できたピノ・ノワールとリースリングだが、これから先もずっと栽培を続けられるのかに関しては不安もある。また、この先数年は問題なくても、10年後には気候変動がさらにすすみ、安曇野の土地にあうぶどう品種が変わる可能性も考えなければならないのだ。
「栽培と醸造を手がける自分たちが納得できて、しかもお客様に楽しんでいただけるものを継続的に造ることを目指します。毎年の結果を見極めつつ、慎重に見極めたいですね」。
『2021年のぶどう栽培』
農薬の散布は最小限にし、土は自然に任せる方針の農法を取っているLe Milieu。雨の多かった2021年においても、農薬に頼らない手法をすすめてきた。
Le Milieuが新たに導入した栽培上の工夫と、2021年のぶどう栽培について詳しく紹介しよう。
▶ぶどう栽培の工夫
Le Milieuの農法は、減農薬をベースとする。使用している農薬はボルドー液のみ。ベト病対策として効果を発揮するボルドー液は、日本において有機農法での利用が可能だ。ボルドー液をどのタイミングで散布するかが、健全なぶどうを栽培するコツだとLe Milieuでは考えている。
「ボルドー液だけで栽培したぶどうでも、慣行農法で栽培したぶどうに劣らない品質のものが収穫できました。試行錯誤しながら、できるだけ農薬を減らしていきたいです」。
またLe Milieuでは、葉がしげりすぎて風通しが悪くならないよう、副梢(脇芽が伸びた枝)の管理を頻繁におこなっている。葉がしげると湿気がこもり、病気にかかりやすくなるためだ。
▶レインカットと傘かけ
降水量が年々増加傾向にある長野県でも、ぶどうの実を雨から守る「レインカット」を導入するワイナリーが増えているそうだ。Le Milieuでは現在レインカットは導入していないが、数年前に比べて、必要性は強く感じるようになったと考えている。
現在、Le Milieuが雨対策として採用しているのは、「傘かけ」だ。自社畑の一部のぶどうに傘をかけ、雨から守る取り組みをしている。
物理的に雨がよけられる傘かけには、一定の効果があるようだ。しかし、ぶどうの房ひとつひとつに紙で傘かけをする作業は手間がかかるの。作業にあたる人数が限られる小規模ワイナリーでは、自社畑のすべてのぶどうに傘をかけるのは現実的な方法ではないのだ。
Le Milieuの自社畑の栽培上の悩みは、病気がメインだ。雨を避けて病気を減らすことは、より健全なぶどうを多く収穫することにつながる。
「傘かけは人手と時間がかかるので、1日作業をしても『まだたったこれだけか』という感じです。ぶどうを雨から守ることで、病気になりにくい状態にできることは実感しています。雨対策は、今後さらに重点的にすすめていきたいですね」。
▶減農薬栽培の難しさ
浸透性の高い農薬を使えば、効果的に病気の発生を抑えられることは事実だ。2021年も、ぶどうの病気が発生したというLe Milieuの自社畑。6月にぶどうの花が咲いた段階で、早くも「べと病」が発生したので薬剤を散布した。もし菌が残っていると、いくら傘かけで雨を防いでも効果が期待できないためだ。
Le Milieuでも使用しているボルドー液は、葉や果実、幹などの表面を覆い、外部からの病原菌の侵入を防ぐ働きがある。しかし、一般的な農薬とは違い、植物の内部にまで浸透することはなく、雨が降れば薬剤は流れる。また、実が成長して大きくなれば、散布できていない部分も増えてくる。
「浸透性のある農薬を使ったらどんなに楽だろうと思いましたね。しかし、それではLe Milieuの目指す方向性と違ってきてしまうので、なんとか乗り切りました」。
強力な効き目のある農薬を使えば、手間もコストも大幅にカットできる。しかし、効果が期待できる農薬には二面性がある。大きなメリットの裏側には、環境に与える悪影響や健康被害などのデメリットが隠れているのだ。だからこそ、Le Milieuでは手間がかかってもできるだけ農薬に頼らない農法にこだわっているのだ。
「ボルドー液を散布するタイミングが、栽培成功のポイントです。傘かけなどで物理的に雨を防ぐ方法と農薬を、上手に使い分けてやっていきたいですね」。
できるだけ自然なぶどう栽培を心がけるワイナリーだからこそのジレンマを感じている、Le Milieu。
「ぶどう栽培は天候などに左右される前提があり、自分たちでコントロールできない部分が大きいと感じています。減農薬栽培に取り組んでいますが、ぶどうの収量を増やさなければワインとして商品にできないのが悩みどころです」。
海外の有機栽培の例では、畑にオリーブオイルやオレンジの皮のエキスを散布する取り組みを実践している例もあるそうだ。Le Milieuと同じような取り組みをしている日本のワイナリーの話も聞き、ぜひ参考にしたいと話してくれた。
『Le Milieuの新たな試み』
最後に、2021年にLe Milieuがおこなった新たな試みについて伺った。ワイン醸造とイベント参加、そして新たなスタッフの加入について紹介したい。
▶酸化防止剤を使わない白ワインへの挑戦
2020年から継続しているLe Milieuのワイン醸造の大きなテーマは、酸化防止剤を使わない白ワイン造り。Le Milieuでは、委託醸造を引き受けたワインでも、亜硫酸塩をなるべく使わないよう心がけている。
酸化防止剤の代わりとして、二酸化炭素を用いての醸造も試験的に実施。酸化防止剤をできるだけ使わない製法を確立するうえでの試みだ。異なる製法で出来上がったワインを比較して、どの程度酸化をおさえられるのかを確認している。
「赤ワインはそれほど気にしなくてもよいのですが、白ワインは酸化を防ぐ処理をすることで、仕上がりの印象がかなり変わると感じています。添加物をできるだけ使わないナチュラルで美味しい白ワインを造りたいですね」。
繊細な白ワインの味わいの酸化に対しては、どのようにアプローチするのが最適なのか。ピュアで美味しく飲めるワインを醸造するために試行錯誤を続ける。
「繊細な」「洗練された」「上質な」などの意味がある「フィネス」なワインを目指しているLe Milieuだからこそ、こだわりたいテーマなのだろう。
▶ワイナリーに新メンバーが加入
Le Milieuには2021年、20代後半の若いスタッフが加わった。地元出身の若者で、これまでも栽培作業などを手伝ってくれたことがあるそうだ。新メンバー追加でさらにパワーアップするLe Milieuでは、スタッフが仕事に慣れてきたら、畑の拡充にも取り組みたいと意気込む。
「新しい人が加わると、人手が増えるので挑戦できることの幅も広がります。今後、どのように事業展開していくかがさらに楽しみになりました。ワインや農業について、若い人たちがもっと興味を持ってくれるきっかけになればと考えています」。
新たな人材が増えることは、アイデアがさらに広がり、人との繋がりを広げることにもつながる。新メンバーの若い感性にも期待したい。
▶対面でのイベント参加と知名度アップへの取り組み
「ワイン関連のイベントは、お客様と直接お話ができるチャンスです。また、Le Milieuを知らなかったという新しいお客様との出会いも期待できます。さらに、私たちワイナリー関係者にとっては、ほかのワイナリーさんとの情報交換の場といった役割も果たしているので、再開が待たれますね」。
Le Milieuでは、2021年にはオンラインワイン会などのイベントに何度か参加。2022年もオンラインイベントには積極的に参加したいと考えている。
しかし、オンラインイベントは、対面でのイベントに比べると新しいお客様との出会いが難しいと感じている齋藤さん。今年こそは、対面でのイベントの再開を心待ちにしている。
また、2018年にワイナリーを創業したLe Milieuでは、知名度をしっかりと上げるための営業を開始する前に、コロナ禍に突入してしまった。そのため、自由に行き来が可能になった際には、ワイナリーの知名度を上げるための営業活動も再開したいと考えているそうだ。
大型イベントの中止だけでなく、飲食店での酒類の需要低下も問題視されている昨今。齋藤さんの知り合いの飲食店でも、団体客が戻ってくる見込みがないとして、営業規模の縮小を考えているケースもあるそうだ。
「畑の作業と醸造作業がひと段落する冬から春にかけては、ワイナリー関係者がイベントに参加しやすい時期です。ぜひ近いうちに、心置きなく対面イベントに参加できる日が来ることを待ち望んでいます」。
『まとめ』
Le Milieuの2021年ヴィンテージは、前年とほぼ同じラインナップの銘柄がそろう。同じ品種でも、ヴィンテージごとの味の違いを比べてみるのも面白そうだ。
「以前からLe Milieuのワインを飲んでくださっている方からは、ピノ・ノワールのレベルがアップしていると評価していただきました。ぜひたくさんのお客様に味わっていただきたいです」。
これまでLe Milieuを知らなかったお客様にも、ぜひワイナリーに遊びに来ていただきたいと話してくれた齋藤さん。周辺のワイナリーと2〜3軒はしごして楽しんで欲しいという。
若いエネルギーに満ちたワイナリー、Le Milieu。安曇野でワイナリー巡りをすると、きっとたくさんの元気がもらえるに違いない。自然豊かな安曇野の地で絶え間ない努力を続けるLe Milieuの存在に、心を寄せていきたいものだ。
基本情報
名称 | Le Milieu(ル・ミリュウ) |
所在地 | 〒399-7104 長野県 安曇野市 明科七貴4671-1 |
アクセス | 安曇野インターから車で10分 |
HP | https://le-milieu.co.jp/ |