追跡!ワイナリー最新情報!『丸藤葡萄酒工業』厳しい天候の中でも、未来に向けて突き進む

日本ワインの歴史を作ってきた醸造所のひとつである「丸藤葡萄酒工業」は、山梨県甲州市勝沼町で明治時代からワイン造りを営んできた。

ボルドーへの留学経験がある四代目代表の大村春夫さんは、甘口ワインが主流だった当時のスタンダードに負けず、辛口ワイン醸造を推進。垣根でワイン用ぶどう栽培に取り組むなど、本格的なワイン造りを貫き日本ワインの礎の一端を築いてきた人物だ。

そんな丸藤葡萄酒工業のぶどうは、一部不耕起・草生栽培のナチュラルな環境の自社畑で栽培される。除草剤や化学肥料はほとんど使用せず、元の大地が持つ自然の力に任せているのだ。「適地適作」と「テロワール」をテーマにぶどう栽培を行っており、土地に合うぶどうから「ぶどうの品質」を大切にしたワイン醸造をおこなっている。

今回の記事では、丸藤葡萄酒工業の2022年の取り組みを追う。栽培の様子や醸造、また2023年の目標について、ワイナリーの「今」に迫っていこう。

『収穫期の雨に苦しんだぶどう栽培 甲州の品質は良好』

丸藤葡萄酒工業がある勝沼は、近年、真夏の高温に晒されている。2022年の天候や、ぶどう栽培の様子はどのようなものになったのだろうか。

ぶどうの出来や栽培で取り組んだことを通して、2022年ぶどう栽培の全体像を見ていきたい。

▶︎収穫期の雨が多かった2022年の勝沼

「2022年は辛い年でした。ここ3年ほどは異常な天候が続いていますね」。大村さんの口調は極めて穏やかだが、直面している苦難の大きさが感じられる。一番の困難は、収穫期に降り続いた雨だった。

「8〜9月は雨が多く、10月には台風もやってきました。直撃はしなかったものの雨量は多く、収穫に悪い影響を及ぼしましたね。6月が空梅雨で雨が少なかったので安心しかけたのですが、結果的には雨に悩まされたシーズンでした」。

収穫期の雨は、晩腐病などの病気を引き起こす。必要な手入れの量も増えてしまい、作業量的にも厳しい1年となったのだ。収量は2021年と比較して、全体で2割ほど減少した。

収量減少の原因は雨だけでなく、6月の空梅雨にもある。花が咲く時期に雨量が少なかったことで実の大きさが制限され、果実が小粒だったのだ。特に2022年の甲州は小粒の傾向が強く、ひと房の重量が例年よりも軽かった。しかし小粒の中に養分が凝縮されたことで、甲州の味わいは良好に仕上がったそうだ。

「うちは、大量生産を目指しているわけではありません。収量の確保以上に、ぶどうの品質がよいことが重要です。甲州の品質が確保できたことが、2022年のよかった点ですね」。

甲州の品質は、困難な状況の中の一筋の光だったようだ。

ぶどうは乾燥を好む植物だが、実は、「乾燥状態が適しているタイミング」と「湿気があっても問題ないタイミング」がある。収穫期は乾燥状態が続くことが理想であり、開花期には多少の雨があれば果実が充実する。天候とぶどうの生育タイミングが噛み合うことではじめて、ベストな状態のぶどうが収穫できるのだ。

ぶどう栽培は、一生をかけて打ち込んでも知り尽くすことができないほど奥深い。丸藤葡萄酒工業は、難しい天候も乗り越えて新たなシーズンを見据える。

▶︎契約農家と自社畑

契約農家からの買いぶどうと、自社畑のぶどうを使ってワインを醸している丸藤葡萄酒工業で2022年は収穫期の悪天候により、ぶどうの栽培管理の手間が増えた。契約農家はワイン用ぶどうのみを栽培しているわけではないため、ワイン用ぶどうのみに手をかけるのは難しい状況にあるという。

「収穫期に雨が続いたときの手入れには時間がかかります。そのため、こちらが理想とするレベルのぶどう管理を契約農家さんにお願いするのは難しいこともあるのです」。

雨の多い収穫期には、どんな対応が必要となるのだろうか。

前提として、高品質なぶどうを収穫するには、果実がしっかりと熟すのを待たなくてはならない。しかし雨が降っていると、「待つ」という行為が一筋縄ではいかなくなる。雨により病気の可能性が高まるなか、ぶどうを木にならしておくのは非常にリスキーだ。病気が広まるか、熟すのが先かの見極めはプロでも難しい。しかも近年の温暖化によって、さらに見極めの難易度が上がっている。

こういった現状から、契約農家の中にはワイン用ぶどうを食用品種に植え替える人もいたという。特にシャインマスカットは生食用ぶどうとして人気が高く、高値で取引される。

「うちはもともと広い自社畑を持っていたので少しのんびりしていましたが、ワイナリーが自社でぶどうを確保しないと厳しい時代に入っていると感じます。自社で生産することを念頭に入れ、収量減らしてでも質がよいものを生産する必要がありそうです」。

自社畑で一定の生産量を確保するには、これまで以上に人手が必要となる。2021年までは天候が悪い中もスタッフのみで切り盛りしていたが、2022年は特に人手不足を実感した。

雨の影響をもっとも受けたのは、プティ・ヴェルド。収穫期の雨で作業量が増えたことが原因だ。

「人手不足を解消するには、やはりボランティアの確保が必要でしょう。SNSなどを活用して、ボランティアをスムーズに募集する案も検討していこうと思っています」。

丸藤葡萄酒工業のぶどう栽培に消費者が参加できれば、生産者と消費者の双方にとって実り多いイベントになるはずだ。丸藤葡萄酒工業のぶどう栽培に参加できるその日を、多くの日本ワインファンが待ち望んでいることだろう。

▶︎2022年にスタートした栽培の工夫

丸藤葡萄酒工業では、垣根栽培と棚栽培を併用してぶどうを育てている。

垣根栽培では、長梢剪定で両方向に主枝を伸ばす「ギヨーダブル」と呼ばれる方式を採用。2021年までは、地面から70~80cmのところに房をつける「結果母枝」を誘引していた。だが2022年には、結果母枝を誘引する針金の高さを1mの位置に引き上げる試みを実施。

誘引の高さを引き上げた理由は、「湿度対策」だ。ぶどうの房が地面から離れることになるので、雨の跳ね返りや地面からの湿度の影響を減らすことができる。

「2021年に一部の区画で試験栽培したところ結果がよかったので、2022年からは全面的に高さを引き上げました。2023年も1mの位置で誘引しようと思うので、最適なタイミングで実施して結果を出したいですね」。

垣根の誘引位置を高い場所に変更した決断は、棚栽培の経験によるものだ。地面から離れた位置にぶどうを実らせる棚栽培では、湿度の影響を比較的受けにくい。高温多湿な日本との相性がよいことが実感できているという。

「うちは棚栽培でプティ・ヴェルドやソーヴィニヨン・ブランも育てています。甲州はもともと棚が合う品種ですが、それ以外の品種も棚栽培でよいのではないかと考えています。湿度が高く雨も多い日本には、やはり棚栽培のほうが適していると感じますね」。

丸藤葡萄酒工業では、垣根栽培を30年間続けてきたが、果粒に玉割れが起こるなどトラブルの発生も避けては通れなかった。湿度の影響を受けやすいため、防除の必要性も高くなってしまう。

「ヨーロッパのように雨が少ないところや、標高の高いところなら、垣根栽培でもよいと思います。しかし夏の高温が厳しく雨も増えた今の勝沼では、無理に垣根栽培を貫くメリットは少ないのではないかと感じています。自然環境にあった栽培方法を選ぶことが大切ですね」。

老舗の丸藤葡萄酒工業だが、今なお進化の途中にある。長年蓄積してきたぶどう栽培の経験を次につなげ、高品質なワインを醸すのだ。

『丸藤葡萄酒工業 ワイン造りの今』

次は丸藤葡萄酒工業のワインについて迫っていこう。丸藤葡萄酒工業ならではの「甲州シュール・リー」へのこだわりや醸造の歴史、ワイン造りの今後について紹介したい。

▶︎甲州ワインの醸造スタイルは3種類

最初に伺ったのは、近年の甲州ワインの仕込みについて。

「甲州の仕込みは、年々早くなっています。昔は10月入ってから始めていましたが、今では9月20日頃から始めて10月20日頃には終わっています」。

気候変動によって収穫時期が変わることで、仕込みの時期も変化するのだ。その後に始まるのは赤ワインの仕込み。ワイン酒造組合主催の新酒祭りなどもあり、10月以降は忙しい時期になる。

丸藤葡萄酒工業の甲州ワインには3種類のスタイルがある。ひとつずつ解説していこう。

ひとつは、丸藤葡萄酒工業が醸す甲州の代名詞とも言える、シュール・リーのスタイルだ。果汁を低温発酵させた後、発酵が終わったワインと澱を接触させて造り上げる。

シュール・リーとはフランス語で「澱の上」の意味。澱に含まれる旨味成分が果汁にのり、コクのあるワインを生み出せる醸造手法だ。丸藤葡萄酒工業では、6〜8ヶ月ほど、澱とワインの接触期間を設けている。甲州シュール・リーの年間生産本数はおよそ3万本。丸藤葡萄酒工業の醸すワインの中でもっとも生産量の多いワインだ。

ふたつめのスタイルは樽熟成の甲州で、年間生産量は7000~8000本ほど。そして残りのひとつは、醸しスタイルだ。「醸し」とはいわゆるオレンジワインのこと。果皮ごと発酵させて造る白ワインを指す。

醸しスタイルのワインにするのは、「渋み」要素が強いぶどうのみ。果皮の持つ渋みを、そのままワインに溶け込ませ奥行きのある味わいを生み出す。貯蔵に使用するのはコンクリートタンク。野生酵母で発酵させており、年間生産本数はおよそ4000〜5000本だ。

▶︎シュール・リーへのこだわり

「うちでは1988年からシュール・リーの甲州を造り続けています。これからも続けていきますが、今後に向けた課題もあるのですよ。例えば、ハイパー・オキシデーションを続けるかどうか、酵母の種類をどうするかなどといったことです」。

ハイパー・オキシデーションとは、ぶどう果汁をあえて空気に触れさせる醸造手法のこと。丸藤葡萄酒工業では、果汁を循環して空気に触れさせ、ハイパー・オキシデーションの効果を得ている。ハイパー・オキシデーションをおこなうと、渋みや苦味を和らげることができる。ただし同時に、フェノール系の色素が取れてワインの色が薄くなってしまうデメリットもある。

「以前はハイパー・オキシデーションを利用する割合が多かったのですが、社内の若いスタッフなどの要望もあり、段々と減らしているところです」。

乾燥酵母についても、さまざまなものを試行錯誤中だ。ワインのトレンドはつねに移り変わり、好まれる風味も変わってきているという。

「若い世代からは、香り高い酵母がよいという意見も出ています。近年は柑橘系の香りが好まれるなど、ワインの流行も変わるのです。個人的には素朴なぶどうの香りが好きですが、いつまでもそこに固執するのもよくないと思っています。寄り添うようなワインを表現しつつ、現代の感覚も取り入れながらやっていきたいですね」と、大村さんは微笑む。

丸藤葡萄酒工業のシュール・リーへのこだわりは、ワインの味や製法だけでなく「ボトル」にも表れている。「ルバイヤート甲州シュール・リー」のボトルは、淡いグリーンが美しく、ガラス表面には加飾(チャン)が施されたデザイン。丸藤葡萄酒工業も参加する、地元・勝沼のワイナリー数社が運営する団体、「勝沼ワイナリーズクラブ」のオリジナルボトルだ。

「ボトルもシュール・リーの歴史とともにあります。瓶の加飾(チャン)部分は、かつてワインを学ぶためにフランスに渡った勝沼のふたりの青年、土屋龍憲さんと高野正誠さんが向き合ったデザインで、向き合った間の空間がワイングラスを表しています。甲州市営ぶどうの丘にふたりをデザイン化したモニュメントがありますよ」。

このボトルもワインの製法と同様、変革のタイミングに立っている。オリジナルボトルの容量は720ml、かつての日本ワインの主流だ。一方、世界のワインボトルのスタンダードは容量750ml。今後、輸出を増やすことを考えると、世界基準に合わせることが必要だ。

「ボトルの刷新を考えていますが、オリジナルの型を使っているので大掛かりな変更になります。ボトル容量だけでなく、コルクからスクリューキャップへの変更なども、並行して検討しなくてはなりません」。

昨今では、高品質なコルク素材が手に入りづらくなっている。スクリューキャップという選択肢がある一方で、より長持ちする圧縮コルクを使用する方法もある。どの選択肢を選ぶか、考えるべきことは多く悩みは尽きない。

若い世代が育つ丸藤葡萄酒工業。伝統と若い感性の融合は、新しい価値を生み出すだろう。丸藤葡萄酒工業の甲州シュール・リーが今後どのような未来を切り開くのか、楽しみでならない。

『未来の丸藤葡萄酒工業』

最後に見ていくのは、丸藤葡萄酒工業が掲げる目標について。

日本ワインをより一層盛り上げるため、ワイナリーの魅力をさらに高めるため、丸藤葡萄酒工業はどのような取り組みを実施していくのか。ワイナリーが描く未来を覗いてみよう。

▶︎ぶどう栽培の新プロジェクト 新しい品種選定も進む

丸藤葡萄酒工業は、2023年に新しいぶどう栽培のプロジェクトに参加することになっている。プロジェクトの内容は「コンピューターを使用して防除のタイミングを測る」というものだ。

プロジェクトに参加した理由は、勝沼の気候変動にある。近年の気候変動によって、勝沼は夏の気温が非常に高い土地となり、ぶどう栽培の難易度が上がっているのだ。

気温が上がるだけでなく、昼夜の寒暖差も小さくなっている。寒暖差がなければ、赤ワイン用ぶどうの色づきが悪くなるのが悩みの種。気候変動によるぶどう栽培の難しさを解消するため、新しい栽培品種の選定も進めていく。

気候変動に対応できる品種として試験的に栽培しようとしているぶどうのなかに「ソワ・ノワール」という品種がある。

「黒い絹」を意味する「ソワ・ノワール」は、ピノ・ノワールとメルローの交配品種。色素の濃さと収穫期の早さが魅力的な品種だ。8月中に収穫できる早熟品種のため、秋雨や台風に当たる可能性を回避できるのが強み。さらに色素が濃いことで、色づきの問題も解消できる可能性がある。今後のワインのポテンシャルに期待大だ。

「今後注力すべきはまず、よいぶどうを入手することです。気候変動があっても、品質の安定したぶどうを収穫できることが大切になります。大量生産ではなく、品質のよい素材でいいワインを造ることを続けます」。

丸藤葡萄酒工業の考え方には、もの造りの本質のすべてが詰まっている。

▶︎人に来てもらえるワイナリー目指して

「今後、私たちが優先してやっていくべきなのは、消費者にワイナリーへ足を運んでもらうこと。現地に来て生産者の話に耳を傾け、ワインを味わってもらうことです。そのためには、古い設備を改修するなど、ワイナリーをきれいに維持することは大切ですね。今のうちに設備投資をして、多くの人に愛されるワイナリーになっていきたいです」。

大村さんが話すのは、生産者と消費者の距離を近くする取り組みの重要性だ。ワインに興味がある人は、ぶどうやワインの歴史にも興味を持ってくれるはず。消費者が日本ワインの魅力を発信すれば、「日本ワインファン」の裾野は自然と広がっていく。

ワイナリーに来てもらうための取り組みとして丸藤葡萄酒工業が考えているのは、イベントを開催したり、参加したりすることだ。開催できるかどうかは新型コロナウイルスの情勢にもよるものの、2023年以降もさまざまな企画がある。

ひとつは、新型コロナウイルス流行の影響で中止されていた「蔵コン」の再開だ。蔵コンとは、丸藤葡萄酒工業主催の「ルバイヤート・ワイナリーコンサート」のこと。前年に仕込んだワインの試飲パーティーと、音楽コンサートが同時に楽しめるイベントだ。

もうひとつは、ワイナリーツアーを実施すること。コロナ禍以前に実施していた、生産者の声を届けられる企画の再開を検討している。

外部のイベントにも、積極的に参加する姿勢だ。2022年11月には、全国30社以上のワイナリーが一堂に会する「ヴァン・ジャポネ・フェス2022」に参加した。

「訴求力のあるイベントが開催できたら、もっと日本ワインが盛り上がるのではと思っています。『日本ワインは以前よりも美味しくなったね』ではなく、『日本ワインは美味しくて当たり前』をスタンダードにしていきたいです」。大村さんの日本ワインに対する思いは深い。

2023年には、たくさんの消費者を日本ワインの味方にするために、情報発信も工夫していくという丸藤葡萄酒工業。ワイナリーから発信される情報を楽しみに待ちたい。

『まとめ』

2022年の勝沼の気象条件は、非常に厳しいものだった。そんな中でも丸藤葡萄酒工業は、品質の高い甲州を収穫することに成功。こだわりのシュール・リーやその他のスタイルから、魅力的なワインを数多く生産した。

「2023年こそは、よい年だったねと、仕込みが終わったタイミングで笑い合えるヴィンテージにしたいです。日頃のおこないがよければ、実現すると思いますよ」と、大村さんは闊達に笑う。

テロワールという概念の中には、気候風土だけではなく、美味しいワインを造るんだという造り手の高い志も含まれるという。これは、大村さんが「現代日本ワインの父」と称される麻井宇介氏から聞いた教えだ。いくらよい環境があっても、造り手自身に「美味しいワインを造ろう」という気持ちがなければ、美味しいワインにはならないのだという。

「人の営み」を何よりも大切に、これからも消費者に愛されるワインを造り続ける丸藤葡萄酒工業に、今後も注目していきたい。


基本情報

名称丸藤葡萄酒工業
所在地〒409-1314 
山梨県甲州市勝沼町藤井780
アクセス車 中央自動車道 勝沼インターチェンジを甲府方面におり、国道20号線の四つ目の信号(交差点名『藤井』)を左折、上り坂を200mほど上った左手が当社です。
電車 新宿-特急スーパーあずさ-大月-中央本線-勝沼ぶどう郷
新宿-中央線中央特快-八王子-中央本線-勝沼ぶどう郷
新宿-京王線特急-高尾-中央本線-勝沼ぶどう郷
HPhttps://www.rubaiyat.jp/

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