ワインには、人生を変える力がある。ワインの磁力に引きつけられ、自らのワイナリーを持つことを決めたのが、今回紹介する「ドメーヌ長谷」代表の長谷光浩さんだ。
「ワインとの出会い」が長谷さんの人生を大きく変えたといっても過言ではない。長谷さんはいかにして、ぶどう栽培とワイン醸造の道に入ったのだろうか。
生粋のワインラヴァーでもある長谷さんは、日本では難しいとされる「有機栽培」で育てた、凝縮感があり香り高いぶどうからワインを造る。
こだわりを貫くワイナリー、ドメーヌ長谷のぶどう栽培とワイン醸造には、どんな秘密があるのだろうか。ドメーヌ長谷の魅力を、じっくりと紹介していきたい。
『3つのワインとの出会い ドメーヌ長谷誕生までの道のり』
東京で音楽関係の仕事に就いていた長谷さんがワイナリーを設立するまでには、数々の「ワインとの出会い」があった。それらすべてが長谷さんを動かし、ワイン造りへの道へと誘い込むことになったのだ。
ドメーヌ長谷が誕生するまでの道のりを、共にたどっていこう。
▶︎ワインとの出会い
サラリーマンとして働いていた長谷さんがワインと出会ったのは、仕事がきっかけだった。音楽業界ということもあり、取引先や仕事で会う人にはテレビ局関係の人物が多かった。彼らの多くが「ワイン好き」。そのため、ワインに親しむ機会は多く、ハマるきっかけとしては十分だった。
ワインを嗜むようになった長谷さんは20代の後半に、ある「運命のワイン」と出会う。この出会いこそが、長谷さんがワインに没頭するきっかけだった。その後、給料のほとんどをワインにつぎ込んだこともあったという。
「会社員だった頃から、ワインをよく飲んでいました。昔は、今よりも気軽な金額でよいワインを購入できましたね。なるべくよい年のワインを買ってストックしていました。当時から、特にブルゴーニュのワインが好きでした」。
フランスワインの飲み手としての期間がずっと続くと思われたある日、日本ワインに目覚めるきっかけが訪れる。山梨県甲州市にあるワイナリー「勝沼醸造」のワイン、「アルガブランカ」という銘柄との出会いだった。旅行先で飲んだとき、今まで日本ワインに対して抱いていた概念が大きく覆ったという。
「それまで飲んでいたのはフランスを中心とした海外のワインでした。しかし『アルガブランカ』を飲んで、日本ワインの可能性を感じたのです」。
ワインの沼にハマるきっかけとなった、フランス・ブルゴーニュワインとの出会い。そして、日本ワインの可能性に気づかせてくれた、勝沼のワインとの出会い。ふたつのワインとの出会いを通じて、長谷さんはさらにワインに惹かれていくことになるのだ。
▶︎ワインへの興味は「飲む」から「造る」へ
時間が経つにつれて、長谷さんが抱くワインへの興味は「飲む」から「造る」へと広がっていった。
「日本でのぶどう栽培やワイン造りに関する興味がどんどん湧いてきました。書籍を読みあさり、ぶどう栽培とワイン醸造に関する知識を増やしていきましたね」。
当時の長谷さんの本業はサラリーマン。会社務めと並行しながら「日本でのワイン造り」について探究する生活が続く。そして2011年、ついに3つ目の「運命のワイン」との出会いを果たした。
「長野県東御市の『ヴィラデストワイナリー』を訪れたときのことでした。ワイナリー併設のカフェで飲んだピノ・ノワールのワインが、自分の人生を決定的に変えたのです」。
もともとブルゴーニュ好きで、日頃からピノ・ノワールのワインを嗜んでいたからこそ、日本のピノ・ノワールの薄さに違和感があったのだ。しかしヴィラデストワイナリーのピノ・ノワールには、「フランスのピノ・ノワールが持つエッセンス」が確かに含まれていた。日本にこれほどしっかりとした味わいのピノ・ノワールのワインがあることに衝撃を受けた。
「ヴィラデストワイナリーのピノ・ノワールを飲んで具体的に思い浮かべたのは、酸がしっかりしていて上質なフランス・アルザスのピノ・ノワールでした。正直なところ、そのワインを飲むまでは、ピノ・ノワールを育てたいなら海外に行くしかないだろうと考えていたのです。そして偶然、そのカフェでヴィラデストワイナリー代表の玉村さんにお会いしたことにも、運命を感じました」。
ワイナリーから帰宅した長谷さんは、すぐに玉村さん宛に手紙をしたためた。「会社をすぐに辞めるので、修行させてください」という内容だった。
「しかし、玉村さんからは『早まるな』とお返事をいただきました。その後、まずは土日にヴィラデストワイナリーで手伝いをすることから始めました」。
▶︎学びの日々と、ワイナリー設立まで
長谷さんが長野でワイン造りの修行を始めたのは、2012年のこと。当時のことを次のように振り返る。
「『ワインを造りたい』というスイッチが入ってからは、空き時間を見つけては長野にワイン造りの勉強をしに行っていました。並行してサラリーマン生活を終わりにするための準備を少しずつ整え、自分でワイン造りをするための下地もコツコツと作っていったのです」。
会社員を続けながらの修行期間は、約2年間続いた。ヴィラデストワイナリーでの手伝いのほか、長野県内での新規ワイナリー開業希望者を対象とした長野県主催のセミナー、「ワイン生産アカデミー」にも参加。また、「アルカンヴィーニュ」が運営する民間ワインアカデミーである「千曲川ワインアカデミー」の1期生として学んだ。
「千曲川ワインアカデミー終了後、ワイナリーを立ち上げました。千曲川ワインアカデミー修了生の中で、もっとも早くワイナリーを造ったのです」。
濃密な2年間を過ごし、会社を退職した長谷さん。長野に移り住み、自社畑として借り受けた畑にぶどうの植栽をスタートさせた。
こうして、ワイナリー「ドメーヌ長谷」のオーナーとなった長谷さんは、自らの求めるワイン造りをするために、荒波を乗り越えてゆく航海に乗り出したのだ。
『ドメーヌ長谷のぶどう栽培』
ドメーヌ長谷がワイン造りで大切にしているのは、品質のよいぶどうを栽培すること。長谷さんはよいぶどうを作るためなら、どんな困難や手間も、ものともしない。
ドメーヌ長谷のぶどう栽培と、自社畑の様子を見ていこう。
▶︎一目惚れして手に入れた畑
ドメーヌ長谷の自社畑は、長野県高山村福井原にある。ワイン造りについて学び始めた当初は、東御でぶどうを作ろうと考えていたそうだ。なぜ高山村に畑を構えることに決めたのだろうか。
「高山村の耕作放棄地を訪れたときに、ここだと直感したからです。高山村なら、自分の思い描くぶどう栽培が実現できると確信しました」。
長谷さんには、常々思い描いていたぶどう畑のイメージがあった。どこまでもつづくなだらかな丘の一面にぶどうが植えられている広大な畑。海外のワイン産地に見られるようなぶどう畑の風景だ。
まず東御で畑を探したが、思ったような広い土地は見つからなかった。小さな飛び地の畑を借りる道しか残されていなかったのだ。
悩んだ長谷さんは、候補地としてほかの土地も検討し始めた。そして、高山村の耕作放棄地を訪れたのだ。一面の草むらを見た瞬間、雷に打たれたような心地だった。自分がほしかった畑にピッタリの土地が、目の前に広がっていたからだ。長谷さんの脳裏には、自分がぶどうを植えているビジョンが浮かんだ。
高山村の耕作放棄地を選んだ決め手となったのは、思い描いていたぶどう畑のイメージだけではない。そのほかの点でも、長谷さんが考えていた畑の条件にぴったりと合致していたのだ。
自社畑を持つにあたってもっとも重要視していた標高も、十分すぎるほどだった。畑の平均標高は830mに達しており、高地ゆえの冷涼な気候と昼夜の寒暖差は申し分ない。日照時間も、問題なくクリアしていた。まさに、長谷さんがチャレンジしたかった、ブルゴーニュ系の品種が育てられる理想の環境だったのだ。
▶︎高山村にある自社畑のテロワール
長谷さんが運命的に出会った高山村の畑について、さらに深掘りしていこう。土壌の特徴や気候など、ぶどう栽培に影響を与える要素を紹介したい。
活火山である白根山系の山々が連なる高山村。メインの土壌は火山性黒ボク土だ。深く掘ったところには酸性土壌の層があるが、上層部には1万年以上堆積した腐食層が分厚く広がっている。腐食層とはいっても栄養分は少なめで、水持ちと水はけは共に良好だ。
畑の耕作面積はなんと6ha。しかし全体に植栽しているわけではなく、ワイン用ぶどうに限ると広さは4.3haほど。このうち成木が2.7haで、残りはまだ幼木だ。
残りの土地には、ぶどう以外の作物を植えている。具体的には、蕎麦やブルーベリーなどだ。これらの植物を育てる理由は主にふたつある。
ひとつは、これ以上ワイン用ぶどうの植栽を増やすと手が回らなくなってしまうから。ドメーヌ長谷では、長谷さん夫婦がふたりだけでぶどうを育てている。そのため、これ以上ワイン用ぶどうの面積を増やしてしまっては作業が追いつかなくなる。
もうひとつの理由は、土壌改良のためだ。特に蕎麦は、土壌の肥料分を調整する特性を持つ。吸肥力が強いため、土壌に含まれた過剰な肥料分を吸い取ってくれるのだ。
「蕎麦は管理が楽な植物でもあります。肥料が強すぎる土壌や酸性土壌でも問題なく育つので、ぶどうに合わない土には、まず蕎麦を植えることにしました」。
▶︎ドメーヌ長谷で育てるぶどう品種
長谷さんの夢は、日本でブルゴーニュ系のぶどう品種を育て、ワインにすること。もちろん自分の圃場に選んだのも、ブルゴーニュワインに使用されるぶどうを中心とした品種ラインナップだ。
最初に圃場に植えたのは、ピノ・ノワール系統の数品種と、以前から目をつけていたマスカット・ベーリーAだ。
ピノ・ノワール系統の品種とは、ピノ・ノワールを始めとしてシャルドネ、ピノ・グリ、ピノ・ブランのこと。いずれもピノ・ノワールから派生した品種だ。
自分で選んだもの以外では、試験品種として提供を受けたゲヴュルツトラミネールとリースリング、ソーヴィニヨン・ブランも初期から栽培している。
栽培品種を徐々に増やしていき、現在では20品種にものぼるぶどうを栽培している。多品種を栽培する理由は、土地に合う品種を探るためだ。
多くの品種を栽培してはいるが、栽培のメインはあくまでもピノ・ノワール系統の品種。ぶどうにとってもっとも条件がよいとされる東向き斜面には、ピノ・ノワール系統の品種を植えた。植物の光合成は、午前中がいちばん活発なためだ。朝日が射す東向きの斜面の畑では、良質なぶどうの栽培が期待できる。
また、南向き斜面には、リースリングや赤ワイン用品種を植えた。
ドメーヌ長谷では、ぶどうの個性や土地の特性を考えながら、それぞれのポテンシャルを最大限に引き出すための栽培をおこなっているのだ。
▶︎ドメーヌ長谷の個性的な植栽
もしあなたがぶどう栽培をするとしよう。さまざまな品種の苗が手元にあるなら、畑にどのように植えていくか想像してみてほしい。
おそらく多くの人が、区画ごとに品種を分けて植えようと考えるのではないだろうか。そして、丁寧に管理したぶどうが実りの時期を迎えると、それぞれの品種ごとに収穫してワインを造る。また、場合によっては複数の品種をブレンドすることもあるだろう。
しかし、ドメーヌ長谷の植栽は、この考えとはまったく違っている。ドメーヌ長谷の畑作りの原則は「1区画に、1銘柄」。出来上がりのワインの銘柄が先にあり、そこに使われるぶどうをひとつの区画に混植している。
つまり、ブレンドの赤ワインを造りたいと考える場合、そのワインに使いたいぶどうを同じ区画に混植するというわけだ。この方法について長谷さんは、「畑=グラスの中」という考えだと語る。
「ワインの出来上がりをイメージしながら畑を作っています。同じ区画のワインを収穫して醸したらワインになるというイメージです。例えば、ブレンドの白ワイン用の畑であれば、そのワインに使うぶどうを混植します。また、ピノ・ノワール単一ワイン用の畑の場合には、使いたいピノ・ノワールの複数のクローンを混植します。混植が基本なので、畑の区画ごとに多様性が生まれます」。
長谷さんがぶどう栽培で大切にしているテーマに、「畑の多様性」がある。森にたくさんの種類の木々が生えているように、畑も多様な品種が共存する場であるべきだと考えているのだ。
「多様性は、畑を健全に持続するための鍵になります。ぶどう品種にはそれぞれに得意な環境や苦手な環境、特定の病害虫に強いか弱いかといった特性があるのです。いろいろな品種を一緒に植えることで、それぞれの強みを生かす相互作用が生まれます。また、単一品種の場合には複数のクローンを一緒に育てることで多様性を維持しています。同じ品種であっても、クローン型によって、個性が大きく異なるのですよ」。
長谷さんが実際に経験した、多様性の相乗効果を実感したエピソードを紹介しよう。
ある区画でマスカット・ベーリーAと一緒に育てているツヴァイゲルトだけが、なぜが病気に強くなることがわかった。本来ツヴァイゲルトは、非常に病気に弱い品種だ。特に晩腐病には弱く、雨除けの傘かけが欠かせない。一方のマスカット・ベーリーAはもともと病気に強く、晩腐病に強い性質を持つ。
「マスカット・ベーリーAと一緒に栽培することで、ツヴァイゲルトが病気から守られているのではないかと感じています。その区画のツヴァイゲルトは、傘かけしなくても病気にならないほど健康なのです。これはマスカット・ベーリーAと混植したことによる相乗効果のあらわれだと思うのです」。
▶︎有機ぶどうの素晴らしさ
ドメーヌ長谷では、有機栽培を導入している。また、畑には化学農薬や除草剤を使わない。だが、有機栽培は常に畑の全滅と隣合わせだ。対処療法が存在しない分、病気がまん延してしまえば防ぐ手立てはない。
長谷さんは、なぜ有機栽培にこだわるのだろうか。有機栽培を実践する理由を聞いた。
「有機栽培からできたぶどうでワインを造ると、農薬を使ったぶどうとの違いに驚かされます。よい発酵が長く続き、香りの出方が違うのです。これを知ってしまうと、慣行農業には戻れなくなりますよ」。
美味しいワインができるからこそ有機農法にこだわるというのは、造り手として実にシンプルで真っ当な理由だろう。
しかし、有機農法を貫くのは苦難の連続だ。ひたすらにトライ・アンド・エラーを繰り返し、なんとか乗り越えてきた。
潮目が変わったのは2022年のこと。今まで数えるほどしか収穫できなかったピノ・ノワールが、ようやく単一ワインにできるだけの収量が確保できたのだ。いろいろな策を試して、ようやくここまでこぎつけた。成果が表れつつあることが素直に嬉しいと話してくれた長谷さんの笑顔は、まぶしいほどだ。
うまくいきつつあるのは、ぶどうの樹自体を強くするように栽培管理を進めてきた成果が現れているということだ。できるだけ薬品を使わず、畑に多様性を持たせることでぶどうを活性化させてきた。また、土を柔らかくすることで根を強くすることも重視している。
「『すべてはつながっている』という意識が大切なのではないでしょうか。土の健康は根の健康につながり、根の健康は健全な果実を育みます。多様性を重視した有機栽培をしているからこそ、環境やぶどうの状態に気を使うことができているのです」。
素晴らしいワインが生まれる背景には、「なぜそこまで?」と思うほどの、造り手のこだわりが潜んでいるものなのだろう。
『ドメーヌ長谷のワイン造り』
ドメーヌ長谷が目指すのは、エレガントで豊かな香りがあるワイン。これまでたくさんのワインを飲んできた長谷さんは、自らの味覚と記憶に刻まれたワインを手本に、ワイン造りをおこなっている。
ドメーヌ長谷のワイン造りについて、詳しく見ていこう。
▶︎目指すのは、エレガントかつ濃厚な味わい
「お手本にしているのは、私自身が好きなブルゴーニュやアルザスのワインですね。飲み手として自分が親しんてきたワインに、少しでも近づけるように醸造しています」。
目指すのはエレガントさがあり、なめらかで芳醇な香りが溶け込むワインだ。香りだけでも幸せになれるような、「香りの情報量が多いワイン」を目標としている。
「エレガントさだけではなく凝縮度もほしいと思っているのですが、満足のいく表現を日本でするのは難しいことかもしれません。しかし自分がワイン業界に挑戦することにしたのは、感銘を受けたいくつものワインがあってこそです。目指すワインの姿に近づけるよう、がんばっていきたいですね」。
目指すものを追いかけると同時に、心に留めておくべきこともあると、長谷さんは付け加えた。
「まずはお手本に沿ってやっていきますが、いずれはこの土地ならではの仕込み方というのも見えてくると思います。まずは目指すものをイメージして造ってみて、だんだんと、この場所に合った自分なりの醸造方法を確立させていければと思っています」。
簡単にはいかないでしょうが、と言いつつも、ほがらかに笑う長谷さん。その瞳に宿る光は力強く、未来への希望に満ちている。
▶︎目指すワインを造るための、醸造のこだわり
続いては、ドメーヌ長谷の醸造のこだわりについてみていこう。こだわっているポイントは、大きくわけてふたつある。
ひとつ目のこだわりは、自社畑でのぶどう栽培に力を入れ、高品質なぶどうを収穫こすること。自社ぶどうによるワイン「Pino Fan」シリーズに、このこだわりが生きている。
「自社ぶどうのワインへのこだわりは、栽培管理に手をかけることに尽きます。よいぶどうさえできれば、醸造工程では大した手間はかかりません」。
ふたつ目のこだわりは、テーブルワインシリーズ「FUKUIHARA」における醸造の工夫だ。
「FUKUIHARA」シリーズは、買いぶどうと自社ぶどうの両方を使って醸造している。手に取りやすい価格設定の銘柄だが、「手にとりやすさ」を目指したことが、醸造において難しさが増している原因なのだという。
手頃な価格だからといって妥協はしたくない。しかし、こだわりすぎることもできない。テーブルワインとしてちょうどよいバランスに頭を悩ませているのだ。
コストを下げつつ、納得のいく品質に仕上がるように工夫を凝らしているという。皮ごと発酵させる工程をはさんで「醸し」にしたり、ボジョレー・ヌーボーの醸造手法として知られる「マセラシオン・カルボニック」を採用したりと、試みはさまざまだ。また、小さなタンクに分けて、丁寧に仕込むことも心がけている。
2022年ヴィンテージにおける醸造の工夫を紹介しよう。
糖度を上げるために、ぶどうの陰干しを取り入れた。収穫後のぶどうを陰干しすることで、凝縮度を上げられる。酸をキープしたまま糖度を2度程度上げることができ、複雑な香りをつけるために樽での発酵もおこなった。
醸造工程のみで考えると、テーブルワインのほうが難易度が高いと話してくれた長谷さん。自社ぶどうで勝負するハイレンジのワインと、醸造の工夫で美味しく気軽に飲めるテーブルワイン。目指すワインの方向性によって醸造方法を変えることもまた、造り手の個性がしっかりと発揮されるポイントなのだ。
▶︎有機ぶどうの発酵
ここで、有機ぶどうと農薬を使ったぶどうが、ワインになる工程でどのような違いを示すのかについてお話いただいたので触れておこう。
ぶどうの栽培方法とともに、酵母の種類もワインの仕上がりに大きく影響してくるという。
もっとも大きな違いが感じられるのは、発酵段階だ。化学農薬を使ったぶどうを乾燥酵母で発酵させると、発酵が急激に進み、ほんの数日で終わる。しかし有機ぶどうを野生酵母で発酵させると長く緩やかに発酵が進み、1か月近くもかかる。複数の自然酵母が時間をかけて発酵をつなぐために、発酵期間に大きな違いがでるのだという。
自然界に存在する酵母には複数の種類があり、種類によって発酵温度帯やアルコール耐性、糖への飽和度といった特性が異なる。ひとつの酵母が発酵を終えたら、次の酵母が発酵を始める。野生酵母での発酵がうまくいくと、たくさんの酵母が順番に発酵し、長く穏やかに続くことになるのはこのためだ。
「ワインの香りは、酵母の代謝由来の香りです。つまり、発酵が長いほど香りが豊かになっていくのです。有機ぶどうの発酵は長いので、香りの豊かさが段違いになります」。
特に瓶熟成の後に、香りの違いが顕著に現れる。瓶の中に残った酵母によって、反応が継続されるからだろう。
「有機ぶどうの発酵がもたらす香りの変化には、感動すら覚えます。また、ワインの持ちが圧倒的によいのも、有機栽培のぶどうの特徴ですよ。亜硫酸を使わなくても長期熟成が可能なワインになります」。
さまざまな酵母の存在が、ワインをより豊かで面白くする。長谷さんのワイン造りは、生きた酵母が織りなす多様性と共にあるのだ。
▶︎待望のピノ・ノワール単一ワイン
植栽してから10年間、まとまった収量が確保できずに苦しんだピノ・ノワールの栽培。だが、2022年にようやく収量が増え、ひと樽だけピノ・ノワール単体ワインを仕込むことができた。
栽培管理における試行錯誤の成果が出た2022年。待ちに待ったピノ・ノワールのワインを造ったとはいえ、最初は実感がわかなかったそうだ。発酵が終わりに差し掛かった頃に味見して、一気に感動が押し寄せた。
「まさに私が思い描いていた、『ピノ・ノワールらしい』味わいだったのです」。
丁寧に発酵させ、樽熟成をおこなう。リリースは2023年の年末から2024年3月頃にかけての予定で、300本ほどの販売になるだろう。
「今は待つのみですね。この後ワインを完成に持っていくのは、すべて酵母の仕事なのです。ピノ・ノワールらしいワインが出来つつあるので、仕上がりを楽しみにしています」。
待ちに待った、ドメーヌ長谷のピノ・ノワール単一ワイン。熟成の段階で、どんな香りが生まれてくるのだろうか。ぶどうと酵母が織りなす味わいに酔いしれたい。
『安定したぶどう栽培へ向けて 将来の目標』
最後のテーマは、「ドメーヌ長谷の未来」について。これからどんなワイン造りをおこない、どんなワイナリーに進化しようと考えているのだろうか。長谷さんの思いを尋ねてみた。
▶︎ワイン造りの「ルーティン」を確立させる
最初に伺ったのは、ワイン造りにおける目標だ。長谷さんは近いうちに、一連の作業工程の「ルーティン化」を確立させたいと話す。
「ワイナリー設立から今まで取り組んできたのは、何が自分たちのぶどう栽培に合うのかを実験する試行錯誤でした。2022年に初めて、これまでのやり方は正解だったという実感が得られたのです。積み重ねてきたことをルーティンとして落とし込む段階にきたと考えています」。
まずは、栽培管理のルーティン化に着手する予定だ。質の高い作業を無駄なくこなせるようになれば収量が安定し、従業員を雇用して一部の作業を分担することも可能となる。
「作業を『見える化』することが最優先ですね。もちろん、品質のよいぶどう栽培への努力も変わらずに取り組んでいきたいと思います」。
2022年まで積み重ねてきたものを分解し、再構築する2023年。自社の栽培管理への理解が一層深まる年になりそうだ。
▶︎世界に認められるワインを
最後に、今後どんなワイン造りを目指したいかについて質問してみた。
「よりワイン造りの精度を上げて、世界に認められるワインを造っていきたいです。自社ぶどうで、もっとハイレベルなワインを造ることにチャレンジしたいですね。そのためにはやはり、自社畑の安定化が重要になります」。
ドメーヌ長谷は自身の「強み」を武器に、世界に認められるワインを目指す。ワイナリーの強みとは、長谷さんがすべての舵を切っていることだ。小規模だからこそ、自分の判断で目標に向かい、一直線に進むことが出来る。また、前例のないことに積極的にチャレンジできることも強みだといえるだろう。
すべてを自分で決めるだけに、当然ながら責任も自分にふりかかる。しかし、だからこそ「やりがいがある仕事」だと長谷さんは話す。
「自分で求めたワインに向けて突き進み、完結できることが、ドメーヌ長谷の最大の強みではないでしょうか」。
自分がおこなってきたワイン造りは、ワインの味わいとして如実に表れる。一切の妥協なくワイン造りをしている造り手にとって、ワインは自分の努力と発想、技術、そして情熱を表現できる唯一無二のステージなのだ。
『まとめ』
ぶどうの品質を第一に考え、「感動できるワイン」を目指してぶどう栽培とワイン醸造をするドメーヌ長谷。丁寧な栽培管理で有機栽培を実践する。
確固たるワイン造りに対する信念がある長谷さんだが、まだまだ迷い立ち止まることも多いそうだ。
「毎日が迷いの連続です。ワイン造りはそれほど簡単にできることではありません。しかし、ドメーヌ長谷の畑には、確かに可能性があります。まずは、畑の可能性を十分に発揮できるようなぶどう作りをしていきたいですね」。
数回に渡るワインとの運命的な出会いを経て、造り手になろうと決心した長谷さん。押しつぶされそうな重圧にも耐えていけるのは、長谷さんが何よりもワインを愛しているからだ。長谷さんの愛とこだわりが詰まったワインは、これからも人々を感動させるだろう。
長谷さんが造ったワインも、いつか誰かの運命を変える1本になるかもしれない。
基本情報
名称 | ドメーヌ長谷 |
所在地 | 長野県高山村福井原 |
アクセス | 非公開 |
HP | https://domainehase-hikarufarm.com/ |