長野県の東部に位置する東御(とうみ)市は、「千曲川ワインバレー(東地区)特区」として認定されており、数々の個性派ワイナリーがあるエリアだ。
そんな東御市にある「Ro_vineyard(アールオーヴィンヤード)」は、標高900mの高地でぶどうを栽培している。代表を務めるのは前澤隆行さん。2016年からぶどう栽培を開始し、2021年からは委託醸造でワインを造っている。
食を中心とした生活文化の発信基地としての役割を担おうとしているRo_vineyardでは、ぶどうだけでなく米や野菜・果樹栽培にも取り組む。化学農薬を使用しないナチュラルな栽培管理をおこない、目指すのは滋味深さのある優しい味わいのワインだ。
今回は、Ro_vineyardのこれまでの歩みと目指す姿について、前澤さんにお話を伺った。詳しく紹介していこう。
『Ro_vineyard設立までのストーリー』
まずは、前澤さんがぶどう栽培を始めるきっかけについて見ていきたい。
もともと海外の食文化やワインに興味を持っていた前澤さん。就職先としては飲食業界を選んだが、数年後にはワーキングホリデーの制度を利用して海外での生活を経験。イギリスやニュージーランド、オーストラリアで過ごす中で、ワインへの興味がより高まったそうだ。
ニュージーランドでは季節労働者としてぶどう栽培に携わるという貴重な経験もした。帰国後はワイン業界で働くことを目指し、ワイナリーの求人情報を探しているときのこと。長野県東御市で新たに、ぶどう栽培とワイン情報を目指す人のためのアカデミーが開講するという情報を耳にしたのだ。
▶︎ぶどう栽培とワイン醸造を学ぶ
前澤さんが飛びついたのは、東御市のワイナリー「アルカンヴィーニュ」を運営する「日本ワイン農業研究所」による、「千曲川ワインアカデミー」開講に関する情報だった。
ぶどう栽培とワイン醸造に関する知識を学べる千曲川ワインアカデミーは、まさに前澤さんが学びたいと思っていた内容にぴったりのコースだった。ちょうど2015年に第1期生の募集があったため、自分にはこれしかないと考えてさっそく応募。晴れて受講生となったのだ。
また、JAが運営する「(有)信州うえだファーム」の果樹・野菜研修生にも申し込み、2年間の研修を受けて農業全般に関する知識を深めた。
「海外でワインを酌み交わす楽しさを身をもって感じたので、どうしても造り手の世界に入りたいと思っていました。タイミングよく千曲川ワインアカデミーが開講したことがきっかけで、今こうしてぶどう栽培とワイン造りに携わっています」。
そして、千曲川ワインアカデミーからの紹介を受けて借り受けた土地で、2016年にぶどう栽培を開始。Ro_vineyardの物語がスタートしたのだ。
『Ro_vineyardのぶどう栽培』
続いては、Ro_vineyardのぶどう栽培に話題を移そう。
前澤さんは、どのようなこだわりを持って自社畑でのぶどう栽培をおこなっているのだろうか。土壌や気候、栽培の工夫などについて尋ねてみた。
▶︎自社畑の特徴
Ro_vineyardの自社畑の特徴は、なんといっても標高900mの高地にあること。昼夜の寒暖差が大きく、冷涼な気候のエリアだ。そのため、ぶどうの芽吹きは遅めだという。
「周辺の標高800mの畑と比べると、1〜2週間ほど芽吹きが遅いですね。秋に気温が下がり始めるのも早いため成熟期間は短いですが、開けた立地なので日照量は十分です。また、収穫時期には気温がしっかり下がるので、酸を保持しながら成熟を待てるという利点もあります」。
土壌は黒ボク土だが肥沃すぎることはないため、枝が過成長して扱いにくくなる心配はない。また、東御市の年間降水量は約980mmで雨が少ない地域だ。ぶどう栽培の適地だと言えるだろう。
▶︎栽培している品種
Ro_vineyardで栽培しているメインの品種はピノ・グリやシャルドネ。また、今後少しずつ収穫量を増えてくる見込みの品種には、ゲヴェルツトラミネール、リースリング、ピノ・ブランがある。それ以外にも少量栽培している品種も多数あり、全部で18種類もの品種を植栽している。
「品種の選定は、非常に冷涼だという畑の立地条件を加味しておこないました。標高も高いので、アルザス地方などで栽培されているアロマティックな品種を中心に選んでいます」。
栽培方法は、垣根栽培と棚栽培の両方を導入。栽培する品種によって、どちらの方法を使用するのかを検討して使い分けているのだ。
「収量を確保したい品種は棚栽培しています。樹を大きくするとよりたくさんの房をつけることが可能になるからです。多少凝縮感は薄まりますが、味が落ちるわけではありません。自社栽培の収量をアップさせたいので、今後も垣根栽培と棚栽培を併用していきます」。
収穫は10月上旬にスタートするRo_vineyardの自社畑。もっとも早く収穫を迎えるのはピノ・ノワールで、さまざまな品種の収穫は10月下旬まで続く。
▶︎草生栽培を実施
Ro_vineyardでは、できるだけ自然な栽培をすることを心がけている。除草剤は使わず、草刈りも株周り以外はなるべくおこなわない。特にイネ科の植物は根を深く張り、土を耕して適度な酸素を通す役割を果たしてくれるため、畝の中心部に生えるものはそのままにしておくそうだ。
「種がつくまで草をそのまま伸ばしておいて、自然に土に倒れるようにするのがベストです。そのほうが、すぐ後にまた伸びてこないのです。種がついて自然と倒れたイネ科の植物は、地下から吸い上げた養分を種や実の部分に蓄えています。そのため、地下の養分を土壌表面に持ってくる効果も期待できると考えているのです」。
ぶどうの根は地下深くまで伸びるものの、雨の多い日本では表土近くを根が這う傾向にある。草生栽培をすることによって、過去に使用された農薬などによって汚染されていない地下深くの昔の土壌の成分を表土に戻すことで、よりよい成分をぶどうに吸収させるのだ。
▶︎栽培管理におけるこだわり
ぶどう栽培において前澤さんが特に大切にしているのは、できるだけこまめに畑に通うことだという。
「これまでさまざまな野菜や果物を栽培してきた中で、手をかければかけるだけ、収穫する作物の品質に成果があらわれることを実感してきました。生育状況をしっかりと確認しつつ、適切な栽培管理ができるようにチェックしています」。
すべての畑を丹念に見ているからこそ気づいたことがある。同じエリアにある畑でも、区画ごとに周囲の環境や土壌の成分に細かな違いが出ることだ。いわゆる「ミクロクリマ(微気候)」の考え方である。
そんなRo_vineyardの畑にもっとも合う品種は、シャルドネだ。シャルドネを栽培している畑の土は痩せているのが特徴。ほかの区画の雑草が伸びているときでも、シャルドネの畑の草丈は短く、土に栄養が少ないことが見て取れるほど。そのため、シャルドネの幹はあまり太くならず収量も少なめだ。しかし、時間をかけてゆっくりと成長してきた分、凝縮感のあるぶどうが収穫できる。
「近い場所にあっても、ほかの区画では地表付近の土壌が硬くて水の抜けが悪かったり、病気や虫の発生が多かったりと、標高の高さだけで一概に適性品種が決められるわけではないと感じています。そんな中で、もっとも品質がよいぶどうが収穫できているのは、間違いなくシャルドネですね」。
▶︎Ro_vineyardが届けたいメッセージ
ぶどうだけではなく、それ以外の作物の栽培にも積極的なRo_vineyardでは、米作りにも取り組んでいる。
「この集落では稲作も盛んです。中山間地域を昔の方が苦労して斜面を削って平らにして、田んぼを作ったという歴史があるエリアなのです。そんな地域の歴史を繋いでいけたらという気持ちがあり、米作りもしています。また、せっかく農業に従事しているので、自分で育てたものを食べたいという考えもありますね」。
米作りでも、ぶどう同様に除草剤や農薬は不使用だ。早朝から「田車」という昔ながらの道具を使って田んぼの草取りに励む日々を送っている。田車は「田打車」とも呼ばれ、回転する短い爪で水田の草を除草する道具だ。
Ro_vineyardが栽培している米の品種は、「亀の尾」や「ササシグレ」など。自家採種して栽培を続けることで、土地へ適応させていく取り組みをおこなっている。
これらの品種は、収穫量が少なく穂の背丈が高いことで栽培しづらいため、品種改良がなされてきた背景を持つそうだ。だが、人間都合でおこなった改良によって、代償として本来の味を失ってしまった可能性もあるため、米がもともと持っていた美味しさを確認したいとの思いもあって栽培しているのだ。
「体は食べたものでできている」という現実に、もっと向き合えるような社会になるための一端を担えればとの思いを持っている前澤さんらしい選択だ。
また、高齢化の影響で担い手のなくなったプラムやあんずの木を引き継いだり、桃を栽培したりと、地域の農業を次世代へと繋ぐ役割も担っている。
食べることは命を育むことであり、食べものを作り出す農業は私たち人間にとって欠かせない生業だ。Ro_vineyardは農業を通じて、これからの未来を生きていく私たちが忘れてはならない大切なメッセージを届けようとしてくれているのだ。
『Ro_vineyardのワイン醸造』
次に、ワイン造りについて見ていきたい。現在は委託醸造でワインを造っているRo_vineyard。どんな味わいのワインを目指しているのだろうか。
▶︎ぶどうを信じて見守る
Ro_vineyardが目指すのは、滋味深さと優しさが感じられるワイン。
「飲んでくださった方がワクワクして、驚きの感想を下さるようなワインを造りたいと思っています」。
そのために前澤さんが心がけていることは、醸造過程に入る前の栽培段階からしっかりと管理すること。例えば、ワインにアロマを持たせるためには、除葉のコントロールが欠かせない。房に日光が当たりすぎない程度に葉を取り除き、ぶどうの熟成がじっくりと進むのを見守っている。また、芽かきや誘引、ボルドー液の散布や株周りの草刈りなどを適切な時期に丁寧におこなうことも欠かせない。
「雨の影響を最小限に抑えるために、傘かけもしています。本当はもっといろいろ手を出したくなってしまうのですが、ぶどうの様子をよく観察して寄り添うことを心がけています」。
醸造においては、あえて手をかけすぎずに健全な発酵が進むように見守るのがポリシーだ。自然酵母を使って発酵させるためリスクもあるが、ぶどうの品質がよければ、自然とよい結果が出ることがわかってきた。澱(おり)引きのタイミングなどの見極めなど、外せないポイントのみで必要な手助けをすることを重視する。特に、シャルドネの醸造では手応えを感じているという。
「うちのワインを飲んで、どんな畑で育ったぶどうなのかを見たいと言ってくださった方がいて嬉しかったですね。醸造過程でも、余計なことは極力しないでぶどうに向き合うのが、よいワインを造るためのいちばんの近道なのだと実感しているところです」。
▶︎長期発酵が特徴
Ro_vineyardのワインの特徴のひとつに、発酵期間が長いことが挙げられる。そもそも酵母を添加して発酵を無理に進めることをしないため、発酵し始めるまでに時間がかかるが気長に待つのだ。
シャルドネの場合は11月の頭から翌年4月まで発酵させ、ようやく樽に移す。一般的には2週間ほどで終わる発酵を長く続けると、揮発酸が発生するなどのリスクも増えるはずだ。不安はないのだろうか。
「ぶどうありきと考えているので、人為的なコントロールはせず、微妙に発酵が続いていたらそのまま見守ります。ゆっくりとさまざまな要素をワインに溶かしながら発酵させているような感じですね」。
ぶどう栽培の段階でやるべき作業をひとつひとつこなしてきたとの自負があるからこそ、前澤さんはぶどうのポテンシャルを信じて待つことができるのだろう。
シャルドネ主体の「RO_VIN “W” 2021」は発泡性で濁りがあるのが特徴で、ナチュラルな味わいが全面に押し出されている。
「美味しいという声だけでなく、厳しいご意見もいただきました。今後はさらに、ぶどうの声を汲み取って素直に表現したワインを造っていきたいと思っています」。
『Ro_vineyardの未来の姿』
最後に、Ro_vineyardが大切にしていることと、目指す姿について紹介していこう。数年以内には自社醸造所のオープンを予定しているRo_vineyardの未来を、少し覗いてみたい。
▶︎大切にしていること
「まだまだ至らないところはありますが、皆さんの声を聞いて少しずつ自信がついてきたと感じています。そんな中で、頼りになる存在に助けられています。未経験から始めたので、仲間同士で意見を交わしながら試行錯誤するのは大切な時間ですし、周囲の方たちとの関係はやはり重要ですね」。
また、Ro_vineyardのワインはリリースから飲み頃まで少し時間が必要な銘柄もあるため、そんなときに頼りになるのが、販売を依頼しているワインショップの存在だ。ベストな状態で飲んでもらうためには、抜栓のタイミングを図る必要が出てくる。ワインショップが販売のタイミングを飲み頃に合わせることで、ワインの持つポテンシャルを最大限に花開かせる役割を果たしてくれることがあるためだ。
「最終的な仕上がりを決めるのは自分なので、醸造方法に関して反省することもありますが、ワインショップの方が飲んだ感想をくださることがあり、参考になりますね」。
これからも進化を続けていくRo_vineyardのワイン。2023年ヴィンテージ以降のワインも楽しみにしたい。
▶︎生活文化の発信の場として
Ro_vineyardがこれから目指す姿についても尋ねてみた。
「Ro_vineyardのワインは、取り組んでいるぶどう栽培や米作りなど、農業全体としての取り組みや私の暮らし方などにも共感を持っていただける方に飲んでいただきたいですね」。
農業を暮らしの一部だととらえている前澤さん。自社醸造所が完成したら、ワイナリーとしてだけでなく、暮らしの礎である食を中心とした生活文化に関する発信の場としての機能を持たせたいと考えている。
「嗜好品であるワインは、生活の中の娯楽の一部だと思います。ワイナリーをコミュニティの中での文化交流の場として活用することを検討しているので、楽しみにして欲しいですね」。
食に対する意識を高めるための活動など、今後の取り組みに関するアイデアは尽きることがない。他業種やアート界隈とのコラボなども視野に入れた企画は、多くの人を魅了することだろう。
『まとめ』
前澤さんの考えるRo_vineyardの強みとは「あまりガツガツしないこと」なのだそう。たしかに、Ro_vineyardのSNSでの発信からは、リラックスした雰囲気が伝わってくる。
暮らしを楽しむ延長線上にワイン造りがあるという前澤さんのライフスタイルが見て取れる様子はとても魅力的だ。
「自社のワイナリー施設を造ったら、クヴェヴリを利用して、地中に埋めてワインを温度管理する手法をぜひ試したいと考えています。東御市の自然な気温で醸造することを追求していきたいですね」。
また、対面でのコミュニケーションの重要性を感じているという前澤さんは、都内などでのイベント参加にも意欲的だ。東京・自由が丘のワインセレクトショップでのイベントにも参加した。都心でもRo_vineyardのワインを楽しめる機会があるのは嬉しいものだ。
丁寧な暮らしを実践し、農業に真摯に向き合っている前澤さんの考え方に興味を持ったら、ぜひ一度、Ro_vineyardのワインを味わってみて欲しい。
基本情報
名称 | アールオーヴィンヤード |
所在地 | 〒389-0505 長野県東御市和5180 |
アクセス | https://maps.app.goo.gl/e2L67cLvYLLH192z5 |
HP | http://tomiwine.jp/winery/ro_vineyard/ |