日本有数のワイン産地のひとつ、北海道余市町。冷涼な気候の中で、日本らしさと北海道らしさを大切にしたワインを造るワイナリーがある。「Domaine Mont(ドメーヌ・モン)」だ。
ドメーヌ・モン代表の山中敦生さんは、かつて、スノーボードをするために北海道に移住した。スノーボードができない季節に農業に携わる中で、ワイン造りの魅力に惹かれ、自分のワイナリーを持つに至った。
日本らしい繊細な味わいのワイン造りを掲げるドメーヌ・モンの自社畑では、果皮が薄く微細なニュアンスを出しやすいピノ・グリを育てる。農薬や肥料は極力使用せず、自然のままの栽培を実践しているのだ。
どこまでもピュアに育てられたぶどうは、収穫後、シンプルな工程を経て自然酵母で醸される。大地の恵みをそのままを表現したワインが、ドメーヌ・モンの大きな魅力だ。
さて、今回見ていくのは2022年ヴィンテージのぶどう栽培とワイン造りについて。山中さんのお話から、1年間の歩みを共に振り返ってみよう。
『ドメーヌ・モン 2022年のぶどう栽培』
最初に見ていくのは、2022年のぶどう栽培について。
晴天続きで豊作だった2021年と比べると、「癖のある」年となった2022年。しかしその癖こそが、愛すべき特徴になるという。ドメーヌ・モンの2022年のぶどう栽培に迫っていこう。
▶︎雪に守られた2022年の冬
余市町の2022年の冬は、雪が多かった。雪はぶどうを凍害から守る布団代わりだ。すっぽりと樹を覆い、厳しい冷え込みからぶどうを守る。
「2022年1月下旬から2月にかけて、ぶどうは完全に雪に覆われました。一番冷え込む時期なので、雪がなければ凍害のおそれがありますが、降雪量が多かったので凍害の不安はほとんどありませんでした」。
ぶどうは耐寒性にすぐれた植物だが、マイナス10度以下になると越冬が難しくなることもある。余市町は、厳寒期にはマイナス10度を下回ることも少なくないエリアだ。凍害を防ぐために人ができることは、雪を待つこと以外にはない。
だが幸いなことに、余市町は日本海側に位置するため、西高東低の冬型気圧配置の影響を受け冬場の雪が多い。同じ北海道であっても、内陸部の冬は乾燥していて雪が少ないため、果樹栽培の難易度が高区なる。特別な越冬対策をすることなく果樹を栽培できるのは、余市町ならではの特徴なのだ。
「雪解けを待つ間は、事務作業やラベル貼りなど、ワインの出荷に向けた作業をしています。出荷の時期である3月くらいまでは、畑以外の仕事が中心ですね」。
降雪量は多かったものの、2022年の雪解けは比較的早かったという。雪解けとともに、2022年の栽培シーズンが本格的に始まった。
▶︎北海道らしいぶどうが採れた2022年
2022年は5月から6月にかけては降水量が多く、7月の開花期まで雨が続いていた。
「北海道の場合、雨が多くなると春以降でも気温が下がりやすくなり、受粉がうまくいかなくなることがあります。2022年は雨の影響で受粉に影響が出たため、全体的に房型が小さくなってしまいました」。
受粉した花が少ない場合、結実する量が減る。そのため2022年の房は「ばら房」になった。ばら房には、メリットとデメリットがある。メリットは風通しがよくなり、病気の発生が抑えられること。一方のデメリットは、収量が減ることだ。
「豊作だった2021年と比較すると、ばら房になった分、収量が減りました。しかし、ぶどうの品質は良好でしたね。開花期以降は晴れの日が多かったことも、その後の生育にプラスになりました。病気もほとんど発生しませんでした」。
2021年は、豊作で果実感があるぶどうが収穫できた年だった。そのため、2022年よりも2021年の方が当たり年だったという意見もあるが、山中さんの評価は少し異なっている。
「2021年のぶどうは、たしかに良質でした。しかし『北海道らしさ』という観点で考えると、私は2022年の出来のほうが好きですね。2022年のぶどうは、非常に北海道らしさが感じられる、繊細なぶどうが採れました」。
▶︎変わらない栽培管理がこだわり
2022年は、ばら房になったことにより収量が下がった。だが、ドメーヌ・モンでは数年かけて段階的に植栽をすすめてきたため、樹の成長に伴って自社畑全体の収量としては増加してきている。
ドメーヌ・モンの自社畑で最も古いぶどうは、8年目のピノ・グリだ。自社畑全体の収量の推移を見てみよう。2021年はおよそ5tだったが、2022年は6tに増加。そして2023年には、6.5tの収穫を見込んでいる。
2022年のぶどう栽培について尋ねてみると、「毎年変わらない栽培を続けていますね」と、山中さん。これからも変わらない姿勢を貫き、年や環境の個性を表したぶどうを育てる。
だが、栽培において迷ったり困ったりすることはないのだろうか?そんなときは、師匠である「ドメーヌ・タカヒコ」の曽我さんに相談することが多いという。
「曽我さんの畑はうちの近所なので、よく圃場を見に行かせてもらって勉強しています。ドメーヌ・タカヒコ以外のぶどう農家さんにも話を聞いたり、畑を見学したりして参考にすることもありますよ。同業者たちがよい関係性を築いているので、困ったときには助けてもらっています」。
ぶどう栽培の方法やこだわりは、ぶどう農家の数だけ存在する。横のつながりを大切にして自分にはない視点を取り入れることで、よりよいぶどうとの付き合い方が見えてくるのかもしれない。
また余市だけではなく、同じくぶどう栽培が盛んな岩見沢市のぶどう農家とも親交があるという山中さん。余市と岩見沢では気候の違いが栽培管理に反映され、違う点があるからこそ参考になることも多いのだとか。
人との絆を大切に、山中さんがぶどう栽培に取り組む日々は続いていく。
『新アイテムと醸造のこだわり』
続いては、2021年ヴィンテージのアイテムと、2022年の醸造について見ていきたい。
熟成中の2022年ヴィンテージのワインは、2021年とは異なる個性がすでに表出しているそうだ。変わらない醸造のこだわりと、毎年異なるワインの個性に迫ろう。
▶︎新鮮なぶどうのみを使用
まずは、買いぶどうに関するこだわりから紹介していく。ドメーヌ・モンが購入するのは、近隣農家のぶどうのみだ。近く農家のぶどうであれば、収穫したその日のうちに仕込みを開始することが出来る。農家から収穫の連絡を受けたらすぐに自分のワイナリーに運べる状態にしているのだ。
「余市町登町地区の農家さんのぶどうだけを購入しているので、ぶどうを搬送する距離は、トラクターでのんびり走っても数十分圏内ですね。近くの農家さんから仕入れることで、ぶどうが移動によって受けるストレスが圧倒的に少なくて済むのです」。
ドメーヌ・モンでは、ぶどうを収穫した当日に仕込みに入る。個人ワイナリーだからこそできる小回りが効いた対応によって、常に新鮮なぶどうのみでワインを造ることが可能なのだ。
「ぶどうの収穫日は直前までわからないので、スケジュール管理が大変な部分はありますね。しかし、新鮮な摘みたてのぶどうからワインを造りたいので、こだわっているポイントです」。
ドメーヌ・モンは、余市の大地が育んだ美味しさをそのまま閉じ込めた、瑞々しいぶどうでワインを造る。山中さんが醸すワインには、摘みたてのぶどうにしかない新鮮で繊細な味わいが詰まっているのだ。
▶︎ジュラワインをイメージ 新銘柄の登場
次に、2020年と2021年に新登場した銘柄について紹介しよう。2銘柄に共通するのは、フランス・ジュラ地方のワインをイメージして造っているということだ。
2020年の新アイテムはピノ・ノワールによるワイン。ジュラの「プールサール」という赤ワイン用品種を使ったワインをイメージして造られている。
そして、2021年ヴィンテージから生まれた新銘柄も、ジュラ・リスペクトのワイン。「ハセドネ」という個性的なネーミングの、シャルドネを使用したワインだ。2021年に仕込んだ「ハセドネ」のリリースは2023年3月頃を予定している。
余市町登町にある「長谷川ヴィンヤード」から購入したシャルドネを使っているため「ハセドネ」と名付けられたこのワインは、2021年は1樽、2022年は4樽仕込んだ。
「ハセドネ」最大の特徴は、フランス・ジュラ地方のワインをイメージして造られていること。ジュラワインは、山中さんの好きなワインだという。
「ジュラワインといえば、ほのかなシェリー香が特徴で、私が好きなワインのひとつです。少しマニアックな路線ですが、初めての挑戦にしてはうまくできたと思いますよ」。
ここで、ジュラワインについて少し触れておこう。フランス・ジュラ地方では、「ヴァン・ジョーヌ(黄ワイン)」と呼ばれる特殊なワインが造られている。このヴァン・ジョーヌに特徴的な香りが、シェリー香なのだ。酵母の皮膜である「産膜酵母」の影響で、樽熟時にシェリーのような香りが生まれるといわれている。
「ハセドネ」を醸造する際には、「感覚」を頼りにジュラらしさを表現したという山中さん。ジュラワインに関する本や、ジュラワイン生産者のインタビュー記事などを参考に、醸造方法についての想像を巡らながら造ったという。
なお、新しい銘柄に着手したことから、2023年度以降は、定番だった銘柄の「Monpe (モンペ)」と「Mont Kern (モンケルン)」の醸造がキャパシティの関係で終了する予定だ。2022年ヴィンテージが最後の醸造になるため、ぜひ今のうちに手に入れておいてはいかがだろうか。
▶︎意図しない酸化を防ぐために 醸造のこだわり
醸造の際のこだわりや気を遣っている点について、山中さんに尋ねてみた。
「樽熟成の段階の印象を変えずに、瓶詰めまで持っていけるように気を遣っていますね。瓶詰時に酸素に触れるため、酸化によって一気にワインの質感が変化してしまうからです。そのため、瓶詰め作業はできるだけスピーディーにおこなうようにしています」。
瓶詰め作業では樽からタンク、そして瓶へと移動させるため、空気に触れた分だけワインの色や香りが変わりやすくなるのだ。また、ドメーヌ・モンでの瓶詰め作業に繊細さが求められる理由には、酸化防止剤を使っていないことも挙げられる。
だが、決して酸化が悪というわけではない。熟成もワインの酸化がもたらす味の変化だ。問題は「意図しない酸化」にある。樽熟成時まで理想形だったワインが瓶詰時に変わってしまうことが、山中さんにとっての解決すべき課題だという。
最後の一瞬まで気を抜かないドメーヌ・モンのワイン造り。繊細な作業の先に、造り手自身も満足した至高の1本が生まれるのだ。
▶︎ぶどうのポテンシャルを最大限に生かす
「2021年は、本当に品質がよいぶどうが収穫できた年でした。絞っていて心配になる部分がほとんど見当たらなかったくらいです。搾汁の時点で、美味しくなると直感しましたね。一方2022年は、ジュースの段階では気になる香りがありました。やや青臭さの要素が感じられたのです」。
だが、2022年のぶどうの出来にも満足しているという山中さん。2022年のほうが、より北海道らしさが出そうな気がしているのだ。
まったく個性の異なるふたつのヴィンテージだが、ドメーヌ・モンでは造りを変えずにワインに仕上げる。なぜなら、造りを変えないことで、年の個性が明確になるからだ。
「私は、ぶどうをいかに自分の理想に持っていくかという本来の醸造学とは、やや異なる考えでワインを造っています。ありのままのぶどうでワインを造り、手を加えずに年ごとの品種の個性を出すように醸造しているのです。どんな個性も受け止めて醸造する、基本『ほったらかし』のワイン造りが、面白いと思うのです」。
そんな「一期一会の個性」を大切にする山中さんにとって、ワインとはどんな存在なのだろうか。
「毎日飲んでいて、幸せを感じる飲み物ですね。同じボトルでも、今日のワインと明日のワインは少し違います。また同じ造り手によるワインでも、今年の味と来年の味は違うのです。そんな小さな変化を楽しめる飲み物は、ワインくらいではないでしょうか」。
『変わらないことと変えていくこと ドメーヌ・モンの未来』
変わらないぶどう栽培とワイン醸造によって、ヴィンテージごとの変化をワインに映し出してきたドメーヌ・モン。これからのワイナリー運営について深掘りしていこう。
▶︎今までと変わらないワイン造りを
「これからも同じスタイルでワインを造っていこうと思います。突拍子もない新しいことは、あまり思いつかないですね」と、ほがらかに笑う山中さん。
2023年も、ドメーヌ・モンでは同じようなワイン造りを続けながら小さな変化を大切にしていく。同じ工程を経た醸造を続けることが、かえってその年にしか見られない「小さな変化」をくっきりと浮かび上がらせることだろう。
「ワインって、日常を表現していると思うのです。日常も、毎日が同じようで少しずつ違う。でもそれが面白いし、飽きない。『生活感を感じる飲み物』、それがワインな気がします」。
だが一方で、世界を見据えた新たな取り組みに意欲的な面も持ち合わせている。
▶︎世界への思い
「醸造に関しては2023年も特別なことはしないつもりです。ただ醸造以外で変わったことがあります。輸出量を少しずつ増やしているのです」。
ドメーヌ・モンのワインの今までの輸出先は、スウェーデンとシンガポール。そしてこれからの輸出先として内定している国が、フランス、アメリカ、オーストラリアの3か国だ。
また、ほかにも海外を視野に入れたイベントへの参加が予定されている。
「世界で予約が最も取りにくいレストラン」として名高い、デンマーク・コペンハーゲンのレストラン「noma(ノーマ)」が、2023年3月15日から5月20日に期間限定で京都に出店する「noma kyoto(ノーマ京都)」で、ドメーヌ・モンのワインが使われることが決定したのだ。
「ノーマ京都では、日本料理と日本ワインのペアリングコースがあり、うちの『Dom Gris(ドングリ)』という銘柄が提供されることになりました。世界中からお客さんがやって来ると思うので、たくさんの方に飲んで貰えるよい機会になると考えています。2022年11月には、ノーマのソムリエさんがワイナリーに試飲に来られましたよ」。
ひたすらに、余市で生まれたぶどうの美味しさをワインの中に引き出し続けるドメーヌ・モン。「ただ、ワインを造るだけ」だという取り組みは、なんと奥深く難しいことなのだろう。山中さんはその難しい作業を淡々と、しかし心のそこから楽しみながら続けているのだ。
ワインに対する山中さんの純粋な思いは、海を越えて多くの人々の心を掴むことだろう。
『まとめ』
「北海道らしい」ぶどうが収穫できたドメーヌ・モンの2022年。ヴィンテージの個性を映し出したワインが、リリースを今や遅しと待っている。
新アイテム「ハセドネ」など、ジュラワインをオマージュした銘柄も登場し、スティルワインを中心としたラインナップがより魅力的になったドメーヌ・モン。
「私は飽きっぽい性格なのですが、ワインに関しては毎年同じように醸造していても飽きることがありません。同じことをしているようで、常に変化があるからだと思います。とても小さな変化ではありますが、それに気づいたり見つけたりするのに、案外ハマってしまっているのかもしれませんね」。
変化を愛し個性を受け入れることこそが、ドメーヌ・モンのワイン造りの本質なのかもしれない。
基本情報
名称 | Domaine Mont(ドメーヌ モン) |
所在地 | 〒046-0002 北海道余市郡余市町登町898番地 |
アクセス | 【電車】 余市駅から車で10分 【車】 余市ICから車で5分 |
HP | https://domainemont.com/ |