追跡!ワイナリー最新情報!『アールペイザンワイナリー』ぶどうに愛情を注ぎ、魅力を最大限に引き出したスティルワインをリリース

「アールペイザンワイナリー」は、岩手県花巻市幸田地区にある、社会福祉法人を母体とするワイナリーだ。「花巻クラフトワイン・シードル特区」第1号ワイナリーとして設立された。

農業者の高齢化問題の解決のため、農家から引き継いだリンゴ園で栽培したリンゴでシードルを醸造したのが、ワイナリーとしての歩みの始まりだ。その後、南向きの斜面にある風通しのよい耕作放棄地を造成しなおして、4品種のぶどうを植栽した。

自社畑で収穫した果実のみで醸造をおこなう、ドメーヌスタイルが武器のアールペイザンワイナリー 。

ぶどうの収穫が本格化した2021年ヴィンテージについて、栽培・醸造責任者の高橋和也さんにお話を伺った。さっそく紹介していこう。

『2021年のぶどう栽培』

2021年の秋、アールペイザンワイナリーでは初めての、本格的なぶどうの収穫を迎えた。

「ぶどう栽培を始めて3年目の初収穫ということで、あっという間に収穫し終わってしまいましたね。ぶどうの樹齢がまだ若いこともあり、悪い影響を与える菌が蓄積されていません。また、自社農園の周りにはほかの畑がないため、病害虫が出にくい環境です。この3年ぶどうを栽培してきて、土地柄的に非常に恵まれているということを感じています」。

自社畑が南斜面の風通しのよい土地にあることも功を奏し、2021年は大きな天候被害を受けることがなかった。そのため、病害虫の被害もなく、健全なぶどうを収穫することができたのだ。

▶︎樹の体力に合わせた栽培管理

アールペイザンワイナリーでは2018年から、シャルドネ、ゲヴェルツトラミネール、メルロー、マスカット・ベーリーAの4種類のぶどうを栽培してきた。 どの品種も樹齢が若いため、2021年は房数の制限を徹底した。

「ぶどうの樹を植えてから2〜3年は、樹形を作って樹を大きくすることに注力します。樹の体力に合わせて収量を制限することでポテンシャルを発揮でき、順調な生育が可能になるのです」。

ぶどうの収量が増えて安定してくるのは、植樹してから5〜7年後のこと。それまでは、樹勢や樹齢に応じた栽培管理が大切なのだ。アールペイザンワイナリーのぶどうの樹が一斉に可能性を開花させるまで、あと数年。それまで高橋さんたちはぶどうを大切に守り、育てていくのだ。

▶︎プティ・マンサンを植える

アールペイザンワイナリーでは2022年、5品種目となるプティ・マンサンを植えた。プティ・マンサンはフランス南西部、ピレネー山脈の麓で栽培されてきた歴史を持つ白ワイン用ぶどう品種だ。

当初は30aの畑に約300本のプティ・マンサンを植える計画だった。しかし、希望する数量の苗木を入手することは簡単ではない。

今回アールペイザンワイナリーが購入できたプティ・マンサンの苗木は、80本程度。予定を変更し、数年かけて植樹を続けることにした。プティ・マンサンで造られたワインのリリースが開始される未来を、心待ちにしたい。

▶︎クラウドファンディングで共感を集める

アールペイザンワイナリーでは、プティ・マンサンの苗木を購入するにあたり、クラウドファンディングで資金を募った。支援者にリターンとして提供したのは、2020年の『フジ・シードル・チャレンジ』で銀賞を受賞したシードルだ。

クラウドファンディングの実施は、アールペイザンワイナリーのシードルの存在を、世により広く知ってもらうことにもつながった。リターンとして受け取ったシードルを、その後リピート購入してくださったお客様も多いという。

クラウドファンディングの成功に、リターンの魅力が大きく働いた部分は確かにあるだろう。しかし、最も大きな勝因は、アールペイザンワイナリーが提示した内容が、人々の共感を集めたことにある。

「耕作放棄地や高齢の農家さんが、もう米作りできないという田んぼを造成し直して、果樹作りに向いた畑に作り替えて、ぶどうを栽培しています。ワイン事業を興すきっかけになったのも、もともとは高齢農家さんと地域の支援が目的でした」。

プティ・マンサンを植える計画も、岩手での栽培が初となる品種を耕作放棄地に植えて、高齢農家や地域の支援をおこなうことが目的。アールペイザンワイナリーの心意気が、多くの消費者の心を動かしたのだ。

▶︎ぶどうの生育タイミングに寄り添った栽培

続いて、2022年、アールペイザンワイナリーではどんな栽培方針を取っていくのかについて伺った。

「農業は、自然相手なのが難しいところですね。こちらがよかれと思ってやっても、あまりよい結果につながらないこともあるんです」。

常に変化していく自然環境に、人間はつい一喜一憂してしまう。だがある程度、ぶどうの力を信じて待つことも大切なのかもしれない。もちろん、ベースとなる栽培管理をきちんとおこなっているからこそできることだ。

アールペイザンワイナリーでは除草剤と化学肥料は使わず、減農薬でぶどうを栽培している。ぶどうの生命力を最大限に生かせる栽培方法だ。

また、ぶどうが自らの力で健全に育つためには、環境の整備が欠かせない。ぶどうが望む処置を適切なタイミングでおこなわなければ、ぶどうは健全に育たないのだ。そのため、2022年は土壌管理にも力を入れた。

「農業のことを『お天道様商売』と言うことがありますよね。僕もやってみてわかったんですが、本当にそうなんです。人間の都合で、ちょっと忙しいからと畑に行かなければ、草が伸び放題になります。また、適切な時期に『芽かき』をするなどの栽培作業も欠かせません。やらなければならないことを適切なタイミングで実施しないと、後々のぶどうの生育に響いてくるんですよ」。

アールペイザンワイナリーの畑の規模は、全部で1ha程度。そこまで大規模ではなく、収量もまだ多くないので、スタッフも栽培と醸造に落ち着いてじっくりと取り組めたという。健全なぶどうを作るために人ができることは、天候とぶどうが望むタイミングに、人がしっかりと寄り添うことなのだ。

▶︎ぶどうに愛情を注いで

畑の場所によってテロワールが異なることはよく知られているが、実は、同じ立地にある畑でも、局地的に気候や土壌の状態に違いが出ることがある。いわゆる「ミクロクリマ」だ。斜面の上と下では、風の吹きかたや日当たりの角度などが異なるため、ぶどうの生育に影響を与えるのだ。

生育状況に差が出ると、ぶどうが熟すタイミングが微妙に異なるケースも出てくる。そのためアールペイザンワイナリーでは、すべての品種において、エリアごとに2~3回に分けて収穫をおこなう。ぶどうの状態を見ながら、予定していた収穫日を急遽変更することもあるという。

「収穫当日にぶどうの様子を確認して、収穫日の変更を決断したこともありました。収穫には人手や道具の準備が必要なため、スケジュールを変えるのは一苦労です。急な予定変更を会社組織の中でおこなうということは、なかなか勇気のいることですね」。

しかし、高橋さんの采配により、2021年に収穫されたぶどうの糖度はすべて20度前後。酸もベストな状態だった。そのため、補糖と補酸は一切おこなわずワインを仕込むことができたのだ。

細やかな対応が可能なのは、アールペイザンワイナリーのスタッフが、ぶどうに愛情を注ぎ込んでいるからにほかならない。

「畑仕事をしていると、世間の喧騒からかけ離れた、清々しい気持ちになります。ぶどうのことを、つい『あの子』と言ってしまうことがあるんですよ。『あの子は来週あたり収穫だね』、という感じです」と、高橋さんは照れ笑いする。

人間の性格がそれぞれ違うように、ぶどうも樹によって性質が違うと高橋さんは考えている。子どもそれぞれの個性を大切にして子育てを行うように、最後の収穫の時まで大切に見守られて育つのが、アールペイザンワイナリーのぶどうなのだ。

『スティルワインの醸造をスタート』

アールペイザンワイナリーのファーストヴィンテージは、2020年。ロゼのスパークリングワインをリリースした。原料はマスカット・ベーリーAとゲヴェルツトラミネールだ。混醸してロゼにし、試験的にスパークリングワインを造った。

続く2021年のヴィンテージは、リリースした4種すべてがスティルワインだ。初めてのスティルワイン醸造を経験した高橋さんに、感想を伺った。

「品種の特性をそれぞれ出し切れた仕上がりになりましたね。1年かけて栽培したぶどうのポテンシャルを出すために、できることはやり切ったと感じています」。

健全なぶどうを使い、醸造家が丹精込めて仕込んだ、アールペイザンワイナリーの2021年ヴィンテージ。ぜひ味わってみてほしい。

▶︎4品種のスティルワイン

2021年のヴィンテージは、自社畑で栽培している4品種をそれぞれ単一で仕込んだ。赤と白、2銘柄ずつのリリースだ。

「1年かけて大切に栽培したぶどうのポテンシャルを引き出すための醸造を心がけました。ワインの味わいの深みは、樹齢に比例するところがあります。うちの畑の樹はまだ若いので、醸造する際にはできるだけ品種特徴を生かしつつ、味わいに厚みを出すことに注力しましたね」。

ここでは、白ワインの醸造についてのこだわりを紹介しよう。

まずシャルドネでは、味に厚みを出すために、一部で樽熟成を取り入れた。また、醗酵中に発生した澱とともにワインを熟成させる「シュール・リー」や「MLF(マロラクティック発酵)」などをおこない、味に複雑味を持たせるための工夫をしたのだ。MLFとは、ぶどうに含まれたリンゴ酸を、乳酸菌を用いてまろやかな酸味に変える製法だ。白ワインでは、シャルドネを使ったワインを醸造する際に多く用いられる技法だという。

樽はフレンチオークの新樽を採用。樽香が強く出すぎないよう、樽に入れたのは半量のみだ。樽熟成をしたのちに残りの半量とブレンドして、程よい樽香が心地よくバランスのとれた仕上がりを目指した。

もうひとつの白ワイン用ぶどう品種は、ゲヴェルツトラミネールだ。品種特徴である芳香を最大限に引き出すため、酸化しないよう注意しつつ、クリーンな状態で醸した。

▶︎醸造アドバイザーからの指導で大きな学びと自信を得る

アールペイザンワイナリーでは2021年、シャトー・メルシャンから醸造アドバイザーを招いた。

「世界的なコンクールで審査員を務めた実績をお持ちの方に、指導していただきました。醸造技術はもちろん、基準となる味や香りなどの評価について学ぶことができ、今後ワイン造りを続けていく上での指標になったと実感しています」。

ワインには、品質を判断するためのさまざまな指標がある。そのうちのひとつが「欠陥臭(オフフレーバー)」だ。

醸造過程で発生することがあるワインの欠陥臭は、さまざまな要因で引き起こされる、好ましくない香りのことだ。だが、事前にある程度の知識がなければ、発生した香りが欠陥臭なのかどうかの判断が難しい場合もある。

アールペイザンワイナリーでは、醸造アドバイザーからの指導を受け、ワイン造りをする際の重要な指標となる知識を得ることができたのだ。アールペイザンワイナリーにとって、この経験は大きな学びであるとともに、今後への自信材料となったはずだ。

▶︎健全なぶどうを作ることこそが、優れたワイン造りにつながる

「『ワインはぶどうが8割』と、よく言いますよね。実際にワインを醸造してみて、ぶどうの出来で、ワインの仕上がりの9割くらいが決まると感じています。ですから今後も、ぶどうの栽培にさらに力を入れて健全で質のよいぶどうを作ることで、よいワイン造りを目指したいと思います。醸造は足し算ではなく、むしろ引き算だと思うのです」。

優れたワインになるかどうかは、ぶどうの持つポテンシャルが高いかどうかにかかっている。健全なぶどうを作って仕込んでしまえば、そこからはクリーンな醸造を助けて見守るのみだ。

アールペイザンワイナリーは、自社栽培したぶどうのみで醸造をおこなう、100%ドメーヌスタイルだ。ドメーヌスタイルだからこそできる、ぶどうへのこだわりが、アールペイザンワイナリーの醸造を今後も支えていく。

▶︎2021年ヴィンテージのおすすめは、マスカット・ベーリーA

高橋さんが2021年のヴィンテージで特におすすめするワインは、マスカット・ベーリーAだ。

岩手県で垣根栽培のマスカット・ベーリーAを作っているのは、アールペイザンワイナリーだけだという。

「酒類総合研究所でおこなわれた、全国各地のマスカット・ベーリーAを集めた研究に参加して、サンプルを出したんです。そこでわかったのが、ほかの地域で栽培されたマスカット・ベーリーAと比べて糖度が高く、酸も十分に残っているということでした。酸があると同時にタンニンも感じられます。3年目にしては色素も濃く、ちょっと面白いワインになるんじゃないかなと思っています」と、高橋さんは自信を覗かせた。

▶︎海外品種のシードルが新登場

リンゴ栽培とシードル醸造もおこなっているアールペイザンワイナリーでは、2022年に6種類のシードル専用の海外品種の収穫がはじまった。6種類をブレンドし、新たな銘柄をラインナップしたのだ。

シードル醸造に定評のあるアールペイザンワイナリーの新たなラインナップに、大きな期待が寄せられる。

▶︎小高い丘の上でワインを

「日本ワインの魅力のひとつに、ワインが造られた土地に気軽に出かけて、現地で飲めることが挙げられると思うんです」。

アールペイザンワイナリーは小高い丘の上にあり、見晴らしがよく清々しい空気に包まれた環境だ。ぶどうが作られた土地の空気を感じながら飲むワインの味は、きっと格別だろう。

▶︎食とのマリアージュ

アールペイザンワイナリーが目指すワインは、クリーンでエレガントな味わいだ。それはすなわち、食事の邪魔をしない、食とのマリアージュを楽しめるワインを意味する。

「ワインは食文化であると考えていますし、ワインに合う料理があってこその存在です。ワインを食事と一緒に飲むイベントが開催できたら最高ですね」。

アールペイザンワイナリーのファーストヴィンテージは、2020年2月リリースだった。翌月には新型コロナウイルス感染症の影響で人の流れがストップした。これまでイベント開催の経験がないため、今後の開催に期待がかかる。

2022年5月末には、花巻市で開催された「日本ワインフェスティバル」に出店。また、東京の飲食店での試飲会にも初参加した。

「イベント参加は、うちのワインがどのような料理に合うのか教えていただく、よい機会だなと思っています。魚介など地元の食材との組み合わせを探っていきたいです」。

アールペイザンワイナリーのワインが今後、どのような食とのマリアージュを見出すのかに注目していこう。

『まとめ』

ぶどうに目を配って、ぶどうの声に耳を傾け、適切なタイミングで栽培管理をする。徹底した「ぶどうファースト」の姿勢でぶどうと向き合い、ぶどうのポテンシャルを最大限に引き出すワイン造りをしている、アールペイザンワイナリー。

新たにリリースされたスティルワインが、シードルとともにアールペイザンワイナリーを代表する銘柄になる日も近いだろう。

「畑がある環境にとても恵まれているので、ぶどうの樹がさらに成長するにつれ、どんなワインができるのかが自分でも楽しみですね」。

アールペイザンワイナリーがこれからもさらに大きく羽ばたいていく姿を、しっかりと追いかけていきたい。


基本情報

名称アールペイザンワイナリー
所在地〒025-0013
岩手県花巻市幸田4−35−1
アクセス東北新幹線「新花巻駅」より車で10分
HPhttps://artpaysanwinery.wixsite.com/website

関連記事

  1. 追跡!ワイナリー最新情報!『シャトージュン』実力ある銘柄が誕生、醸造技術の向上にも意欲的だった1年

  2. 『都農(つの)ワイン』不適地を逆手に取り、たゆまぬ挑戦で年間20万本以上のワインを生産するワイナリー

  3. 追跡! ワイナリー最新情報!『船橋コックワイナリー』 思いどおりの醸造ができた2022年ヴィンテージ

  4. 『原茂ワイン』勝沼の良質なぶどうで「天味無限」のワイン造り

  5. 『十勝ワイン』厳しい寒さを強みに変え、挑戦を続ける自治体直営ワイナリー

  6. 追跡!ワイナリー最新情報!『奥野田ワイナリー』栽培と醸造で大きな「進化」を遂げた2021年