山梨県甲州市勝沼町にある「Nikkawaワイナリー」は、ひとつのエリアにワイナリーが集まった注目のスポット、「勝沼ワイン村」内にあるワイナリーだ。
Nikkawaワイナリーの代表取締役の吉原和夫さんは、元銀行員。定年退職を機に地元である勝沼に戻り、「いつまでも社会の一員でありたい」という強い思いのもと、第二の人生の情熱をワイン造りに注いできたのだ。
Nikkawaワイナリーでは、家族で協力してぶどう栽培をしている。そして、甲州の伝統と歴史を守ることに重きを置き、甲州でのワイン造りにこだわってきた。また、品揃えの充実にも力を入れ、さまざまな品種の栽培に対しても積極的である。
Nikkawaワイナリーの後継者は、吉原さんの息子さんとなる予定だ。来るべき次世代に向けて、販売ルートの拡大や、ぶどう栽培・醸造スタイルの確立に力を注いできた。
今回はNikkawaワイナリーの2022年について、また、これからの取り組みや展望について吉原さんにお話しを伺った。
「私は家内から、醸造家ではなく『饒舌家』だって言われてるんですよ」と、朗らかに笑う吉原さん。たくさんの興味深いお話を聞くことができたので、さっそく紹介していきたい。
『2022年のぶどう栽培』
まずは、Nikkawaワイナリーの2022年のぶどう栽培について見ていこう。異常気象で栽培が難しいことも増えてきている昨今、大きな影響はあったのだろうか。天候の特徴や、ぶどうの出来について尋ねてみた。
「2022年の天候の特徴としては、梅雨明けが早かったことが挙げられますね。そして6月になると急激に気温が上がり、晴れて暑い日が続きました」。
▶︎凝縮感のあるぶどう
吉原さんによると、2022年6月の勝沼の降水量は38mmで、平年に比べて75%も少なかった。いっぽう、日照時間は176時間で、平年に比べ30%も増えた。また、7月も引き続き、平年より降水量が少なく、日照時間も長かったという。
このため、Nikkawaワイナリーの自社畑のぶどうは、非常に凝縮感があり、しっかりと熟した果実となった。
「天候の影響で、例年よりも早く熟した品種もありました。例えばメルローは、2021年には9月13日に仕込みましたが、2022年の仕込みは前年より10日も早い9月3日でした」。
天候に恵まれた年となった2022年。日本列島を縦断するような台風もあったが、幸いにもNikkawaワイナリーのぶどうは被害を受けずに済んだ。また、ぶどうの大敵である秋の長雨がなかったことも幸運だったと振り返る。
秋に長雨が降ると収穫のタイミングがはかりにくく、晩腐病にかかるリスクも高くなる。秋の長雨はせっかく手塩にかけてぶどうを育ててきた努力を、台無しにしてしまうことがあるのだ。
「晩腐病の影響が少なかったため、健全な果実が収穫できました。メルローやビジュノワール、シャルドネなどは樹が成長してきたこともあって、自社畑の収量はおよそ6tまで増えました」。
▶︎勝沼エリアの課題
樹の成長と共に、2023年度には8t程度の収量を見込んでいるNikkawaワイナリー。現在は購入したぶどうも使って、ワイナリーとして必要な年間6000ℓの醸造量を確保している。収量がさらに増えてくると、自社畑のぶどうだけでまかなえるようになるだろう。
小規模ワイナリーの場合、醸造量が少なくて済む「ワイン特区」の制度を利用しているケースも多い。だが、Nikkawaワイナリーがあるのは日本を代表する銘醸地である勝沼だ。そのため、少量の生産量でも営業が許可されるワイン特区の制度は適用されない。したがって、醸造所としては年間醸造量6000ℓ以上の醸造をキープする必要がある。
これは、大規模なワイナリーであれば難なくこなせるものの、個人経営のワイナリーにはなかなか厳しい基準だといえる。
また、多くのワイナリーがある勝沼エリアだが、近年、勝沼のワイナリーには共通の課題がふたつあるという。
ひとつは、ぶどう農家の高齢化によるワイン用ぶどうの栽培量減少が止まらないこと。そしてもうひとつは、醸造用ぶどうからシャインマスカットなどの生食用ぶどうに植え替えをすすめるぶどう農家が多いという問題だ。
ワイナリーとして、これらの課題への対策としてできることは一体なんだろうか?それは、各ワイナリーが自社畑だけで原料用ぶどうを確保すること。契約農家に頼らず、自社で原料をまかなう企業努力が必要なのだ。
▶︎自社畑の収量を増やす
Nikkawaワイナリーではこの問題に対応するため、自社畑を段階的に拡大している最中だという。
「うちは私と家内と息子でやっているワイナリーですから、3人でできる範囲は限られています。体力との兼ね合いもありますし、無理しない範囲で自社畑の拡大をすすめながら、自社畑のぶどうだけで必要な原料を確保していくのが目標です」。
Nikkawaワイナリーの自社畑で育てている品種は、アジロン・ダック、メルロー 、ビジュノワール、シャルドネ、甲州、ソーヴィニヨン・ブラン、ヤマ・ソーヴィニヨンだ。最も古い樹はアジロン・ダックで、樹齢15年である。
「ワイナリー設立前のサラリーマン時代に、東京から週末ごとに勝沼に通っては栽培していたのがアジロン・ダックです。そのため、私にとってはいちばん思い入れのある品種ですね」。
メルロー 、ビジュノワール、シャルドネ、甲州はワイナリーを始めようと思ったタイミングで植えたため、樹齢は5〜6年ほど。また、ソーヴィニヨン・ブランは2020年、ヤマ・ソーヴィニヨンは2021年に植えたばかりだ。
これから樹が次第に成長してくるのが待ち遠しいが、同時に栽培面での大変さも増えてくる。また、栽培管理により工数がかかり、収穫できる品種やそれぞれの収量が増えることで、さらに仕込みの回数も増えると予想される。
日本ワインファンとしては、日本ワインの醸造量やラインナップが増えることは大歓迎だ。しかし、造り手は体力勝負のぶどう栽培とワイン造り。天候に左右され、さまざまな課題を抱えながらも美味しいワインを生み出すワイナリーに、改めて頭が下がる思いだ。
▶︎地道な雨対策
続いては、Nikkawaワイナリーがぶどう栽培において気をつけていることを紹介しよう。
吉原さんがぶどう栽培においてもっとも力を入れているのは、雨対策である。Nikkawaワイナリーでは雨対策として、栽培しているぶどうすべてに傘をかけている。自社畑では棚栽培を採用しているため、垣根栽培の場合のように、ビニールで房の上部を覆うレインカット設備の導入はなかなか難しいためだ。
だが、雨の多い日本の気候で健全なぶどうを収穫するためには、いかに雨対策を成功させるかが成功のカギとなる。雨対策の徹底は病気対策にもなり、ぶどうの健全性と収量アップに直結する。
「傘かけをする時期になると、朝4時半には畑に入って作業をスタートします。8時頃には気温が上がってくるのでいったん終了して、ワイナリーでの作業などをおこないます。そして、夕方に気温が下がってきてからまた畑に行くという生活ですね。梅雨に入る前にすべての房に傘をかけることを目指して取り組んでいます」。
畑一面のぶどうの房に傘をかけるのは、大変な作業だ。今後は、より効率的に雨を防ぐ方法を模索していきたいという吉原さん。ボランティアを募り、大人数でいっせいに傘かけ作業をおこなうことも検討している。
ワイナリーの栽培作業に関わりたいと考えているワインファンは多いはず。ワイナリーからの募集があった際には、ぜひ参加を検討してみてはいかがだろう。
『次世代に向けた土台づくり』
続いては、Nikkawaワイナリーの2022年ヴィンテージのワイン醸造に迫っていきたい。
新たな醸造の取り組みに挑戦した年だったという2022年。いったい、どんなワインが生み出されたのだろうか。吉原さんが語ってくれたのは、「未来につながる施策」についてだった。
▶︎さまざまなスタイルに挑戦
「Nikkawaワイナリーでは、息子に後を譲ったときに生かせる土台づくりをすすめています」。
かつて、吉原さんがワイナリーを立ち上げようと決意したのは、会社員人生が終わりに差し掛かった頃のこと。そして、今ではすでに70代を迎えている。
人が新しいことを始める時期には、遅いも早いもないだろう。だが、将来的に自分が続けられなくなったときに、引き継いでくれる存在がいればより心強い。
父親の後を継ぐことを決意した息子さんは勤めていた仕事を辞めて、同じく勝沼ワイン村内にある「東夢ワイナリー」で修行をスタート。
さらに、2022年の5月から山梨大学による「ワインフロンティアリーダー研修」を受講している。研修では、ぶどう栽培とワイン造りの基礎から専門的な分野までを網羅した講座を受けることができる。どんどんと知識と経験を身につけ、頼もしく成長を続ける息子さんに、吉原さんがかける期待は大きい。
「慎重に考えて始めた事業とはいえ、70代からの再スタートは無謀だったかもしれないと思ったことが何度もありました。そんな中、私が始めたことを息子が引き継いでくれると聞いたときには、本当に嬉しかったですね。もしかすると、2022年いちばんの成果は、後継者が正式に決まったことかもしれません」。
息子さんが受講したワインフロンティアリーダー研修は、吉原さんから見ても魅力的な講師陣による講座だという。日本ワインの一大産地である山梨だからこそ、ワイナリー経営にとって有益な情報を得られる機会も多いのだろう。
そして、来るべき次の世代に向けて、Nikkawaワイナリーでは新たな取り組みに次々と着手している。
「息子の代になる前に、いろいろなことを試してみることにしたのです。2021年は微発泡ワインのペティアンを造りました。また、本来は赤ワイン用のマスカット・ベーリーAを使った白ワインも仕込みました」。
さらに、収穫した甲州を一度冷凍。12月に半解凍して仕込み、凝縮感の強いワインにすることも試みた。なんともバラエティ豊かな挑戦だ。
Nikkawaワイナリーは小規模で醸造スペースにも限りがあり、大量のワインを一度に仕込むことはできない。しかし、小ロットずつさまざまなスタイルのワインを仕込むことで、息子さんにできるだけ多くの経験を積んでもらうことができる。その中から、Nikkawaワイナリーに合うものや、自分がやりたいと思うものを自ら選んで欲しいと吉原さんは考えているのだ。
「いまのところ息子は、澱(おり)とともに熟成させる手法で造った、甲州の『シュール・リー』を気に入っているようですよ」と、息子さんについて語るとき、にこやかな吉原さんの顔は一段と柔和になる。
畑とワインの種類を増やし、そして後継者を育てる。Nikkawaワイナリーは今、未来に向けてたくさんの種をまいている段階なのだ。
▶︎勝沼の特色を生かしたワイナリーとして
Nikkawaワイナリーが目指すのは、勝沼ならではの特色を生かしたワイナリーとしての在り方だ。
勝沼といえば、日本の中でも多くのワイナリーが集まっている地域のひとつだ。さらに、首都圏からの集客が可能な立地である点も、大きな特徴だろう。
「ワイナリーそれぞれが産地の特色を生かした、目指すべきワイナリー像を設定する必要があります。うちは特に、勝沼の中でも多くのワイナリーがひとつのエリアに集まる『勝沼ワイン村』にあるので、これを生かさない手はありません」。
目指すべきは、お客様に直接足を運んでもらい、現地で楽しんでもらえるワイナリーになること。また、Nikkawaワイナリーには、小規模な家族経営だからこその強みもある。
「家族みんなでぶどうの剪定、傘かけから収穫までをおこないます。苦労を家族で分かち合って経験したからこそ、ワイナリーに来てくださったお客様に、ぶどうやワインについて熱心にお話しができるのです」。
▶︎「ワインを楽しむ時間そのものを楽しむ」
Nikkawaワイナリーを訪れたら、ただ棚に並んだワインを買うだけでは終わらない。造り手である吉原さんから直接、それぞれのワインがどんなぶどうから造られているのか、どんな思いで造られたのかという話をじっくりと聞くことができる。
また、第二の人生としてワイナリーを立ち上げるまでの、吉原さんの熱い思いとストーリーも、訪れる人の心に残るものになるはずだ。
ワイナリーの入り口には、吉原さんが務めていた銀行から譲り受けた、あるものが飾られている。なんと、銀行の建物で使われていた大理石に、ワイナリーのロゴマークを刻印したものだ。吉原さんの人生に深く関わってきた大理石はワイナリーの壁に飾られているので、Nikkawaワイナリーを訪れた際には、ぜひじっくりと見てほしい。
「勝沼の自然の中、うちのワインをのんびりと楽しんでもらいたいですね。ワインの楽しみ方を皆さんに伝えることは、実は、造り手である私がいちばん楽しんでいることを伝えることでもあると思うのです。私のモットーである、『ワインを楽しむ時間そのものを楽しむ』ということも伝えられたら嬉しいですね」。
吉原さんはNikkawaワイナリーを、観光スポットとしても機能する場所にしたいと考えている。山梨県には、果物狩りなどのレジャーが数多くあり、富士山をはじめとした魅力的な観光地も多い。
山梨県内を観光するなかで、Nikkawaワイナリーが「ぜひ訪れたいスポット」のひとつとなるように。それが吉原さんの願いなのだ。
▶︎ギャップを楽しむアジロン・ダック
おすすめのワインを吉原さんに聞いたところ、思い入れがある品種だというアジロン・ダックの名が挙がった。
アジロン・ダックの特徴は、なんといっても黒蜜や綿菓子を彷彿とさせる甘い香り。収穫前の時期には、畑に近づいただけでも漂ってくるほどの芳香を放つ。吉原さんはお客様から、「前日に飲んだアジロン・ダックのワインの香りが、翌日になっても室内に漂っていた」と言われたこともあるほどだ。
甘い香りのアジロン・ダックだが、Nikkawaワイナリーでは辛口に仕上げている。一般的には、口に含む前にグラスの中のワインの香りを嗅ぎ、香りからワインの味わいを連想するだろう。そして、香りと味わいは連動していることが多い。
だが、Nikkawaワイナリーのアジロン・ダックの最大の特徴は、「ギャップ」だ。
「香りと味わいのギャップを楽しんでいただきたいですね。人でも、ギャップに惹かれるなんてことがあるでしょう。ワインも同じだと思うのです」。
お菓子のような甘い香りが漂うが、飲んでみると驚くほどすっきりとした辛口のアジロン・ダック。王道ワインではないかもしれないが、吉原さんが提案する楽しみ方も参考にギャップを楽しんでほしい1本だ。
また、早摘みの甲州で作った「果香(かか)」という銘柄も、吉原さんのいち押しだ。2022年ヴィンテージの「果香」は、2023年春にリリースを予定している。甲州の香り引き立つ仕上がりに期待したい。
Nikkawaワイナリーでは、栽培・醸造を吉原さんと息子さん、販売は奥さんが担当している。奥さんも、ワイナリーにとって決して欠かせない大きな存在だ。
「家内は家庭の主婦として、長年、我が家の食事を作ってくれました。料理の専門家ではありませんが、これまでの経験を生かして、吉原家ではこんな家庭料理と一緒に楽しんでいるんですよというペアリングの提案をしています」。
Nikkawaワイナリーのワインは、いつもの食卓や少し特別な日に楽しむのにぴったりのラインナップである。中でもアジロン・ダックは、すき焼きにマッチするそう。肉の脂身を口の中でさっぱりと洗い流し、旨味を引き立てる。また、チーズとマヨネーズを乗せて香ばしく焼き上げた椎茸も、つまみにぴったりなのだとか。ぜひ参考にしてみてはいかがだろうか。
▶︎進化を止めないNikkawaワイナリー
2023年1月以降、研修を終えた息子さんが醸造を担当しはじめる予定だ。ワイナリーはいよいよ世代交代に向けて動きだすわけだが、まだまだ、すべてが発展途上だと吉原さんは語る。
醸造に関しては、ある程度の方向性を定めると同時に、お客様からのフィードバックを受けて柔軟に対応していく姿勢が必要だと考えている。また、最近あることに改めて気づいたという。
「私の実家は生食用ぶどうを栽培している農家でした。そのため、『ぶどうは完熟してから収穫するものだ』という光景を子供の頃から見てきて、感覚としても染み付いていました。しかし、ワイン用ぶどうに関しては、完熟ではなく、『適熟』したときが収穫のタイミングなのです。そんなことも、ワイン造りにたずさわるうちにだんだんと身をもって理解してきています。今後はさらに、酸と糖のバランスが素晴らしい健全なぶどう作りも目指したいです」。
▶︎勝沼ワイン村にコテージが完成
Nikkawaワイナリーがある勝沼ワイン村には、東夢ワイナリーを中心として、複数のワイナリーが軒を並べている。そんな勝沼ワイン村に、2023年春には宿泊用のコテージが5棟完成した。
「テントを張ってキャンプできるスペースもできます。宿泊が容易になれば、勝沼のワインの楽しみ方の選択肢が広がると思います。ぜひ利用していただきたいですね」。
コテージが完成すれば、勝沼でワイナリーを巡り、ワインや食事をゆっくり楽しんで宿泊するという旅が可能になる。テントを張り、仲間とバーベキューをしながらワインを楽しんで一晩過ごすのもよいだろう。まさに吉原さん言うところの、「ワインを楽しむ時間そのものを楽しむ」ことを実現できる場だ。
昨今のアウトドアブームもあり、需要が見込まれる勝沼ワイン村のコテージやキャンプスペース。ただ単にワインを売る場所ではなく、「ワインを楽しむ時間そのものを楽しめる」場所になりたいと、吉原さんは話してくれた。
『まとめ』
話上手な吉原さん。勝沼まで足を運んできてくれた人たちがワイナリーで造り手と語り合って素敵な体験をし、よい思い出を持ち帰ってほしいと考えている。
「私は、縁あってぶどう栽培とワイン造りを仕事にすることになりました。日本ワインの素晴らしさを、お客様との対話をとおしてアピールし、日本ワインや勝沼の素晴らしさを伝えるための一端を担いたいですね」。
美しい自然とワイン、そして、吉原さんとの会話を楽しみたい方は、ぜひ勝沼のNikkawaワイナリーまで足を伸ばしてもらいたい。
基本情報
名称 | Nikkawaワイナリー |
所在地 | 〒409 -1316 山梨県甲州市勝沼町勝沼2543-15 |
アクセス | 車 勝沼ICより車で5分 電車 勝沼ぶどう郷駅より車で5分 |
HP | https://nikkawa-winery.com/ |