信州たかやまワイナリーは長野県の北部、上高井郡高山村にあるワイナリーだ。高山村は日本ワインの原産地域のひとつ「千曲川ワインバレー」に属する。
高山村は、村内に点在するぶどう畑の標高差が大きいのが特徴だ。カリファルニア大学のメイナード・アメリン博士とアダム・J・ウィンクラー博士が提唱している、世界のワイン産地の5つの気候区分のうち、高山村にはなんと4つまでもが存在する。
標高差が生み出す多様な気候は、多くの「キュヴェ」を生む。キュヴェとはワインのロットのことで、特定の畑や発酵槽で造られたそれぞれのワインを指す言葉だ。信州たかやまワイナリーに届けられる村内産のぶどうだけでも、品種とキュべを合わせると80種類にものぼるという。そのブドウが成育する環境や栽培者の違いなどから、個性的なキュべが出来る。
ワイン用ぶどう栽培が盛んな高山村だが、実は2010年代半ばまで、村内にワイナリーは存在しなかった。そのため、村の名産品であるぶどうを自分達の手でワインにしようと、村内のぶどう農家や酒店、旅館経営者たちが出資して信州たかやまワイナリーを立ち上げたのだ。
「多様なキュベをアッサンブラージュ(ブレンド)することによる調和」「ワインと食事の調和」「ワイナリーと地域の調和」の3つの調和をキーワードに、高品質なワイン造りに取り組んできた信州たかやまワイナリー。
今回は醸造責任者の鷹野永一さんに、信州たかやまワイナリー2021年と、これからの展望についてお話を伺った。興味深いエピソードがいくつも飛び出したので、くわしく紹介していきたい。
『信州たかやまワイナリー、2021年のぶどう栽培』
村内のぶどう農家が栽培したぶどうでワインを造る信州たかやまワイナリーは、自社畑を所有していない。村内のさまざまなエリアで各農家が栽培したぶどうが、ワイナリーに集まってくる。
まずは、2021年の天候から見ていこう。2021年、信州たかやまワイナリーのある高山村では、春の低温被害と、お盆の時期の長雨に見舞われた。
▶︎2021年の気候
「ぶどう栽培では、花の時期の天候が収穫量を決め、8月の太陽が品質を決めるといわれています。2021年は、春夏の天候不良によるぶどう栽培へのマイナスのインパクトが大きかったですね」。
だが高山村全体では、過去最大の収穫量を記録した。天候による影響が大きかったにもかかわらず、収穫量が安定していたのはなぜなのかと、不思議に感じる人も多いはずだ。
樹が成長した区画で安定した収穫ができるようになったことや、新たに造成した畑が増えたことも、収穫量の向上に寄与したと考えられるという。だが、理由はそれだけではない。
▶︎多様な気候帯が支えた収穫量
実は、高山村のぶどう畑の特徴である、400mもの高低差に由来する多様な気候帯が功を奏したのだ。村内のさまざまな場所にぶどう畑が点在する高山村では、畑ごとに、標高と属する気候帯が異なる。そのため、同じ年の天候でも、畑によって受ける影響が違ってくる。
例えば、標高が低い場所にある畑において、芽吹きの時期に低温が続いたことで、花芽がうまく出そろわなかったり、開花の時期に個体差が生まれたりする被害が出た。しかし、標高の高い畑ではもともと芽吹きが遅いため、春の低温の影響は受けなかった。
また、お盆の時期の降雨に対しても同様だった。天候の影響を受けた畑はあったものの、村全体の収穫量としてはバランスが取れていたという。
「年ごとの気候は、畑の個性をかたちづくります。人間と同じように、ぶどうも周囲の環境から受ける影響は大きいのです。しかし、どんな環境がよいとか悪いとかいう話ではありません。高山村には、ぶどうが健全に育つための、多様な環境があるのです」。
難しい天候でも、多様な環境の中にさまざまな個性を持つ畑があるという、高山村ならではの強みが発揮されたのだ。
『「Labo. Series(ラボシリーズ)」のワイン』
続いては、信州たかやまワイナリーの2021年のワイン醸造について見ていこう。
信州たかやまワイナリーでは創立以来、醸造においてさまざまな取り組みをおこなってきた。毎年同じことを繰り返すだけではなく、ワインを仕込む中で気づいたことを試すため、試験的な醸造にも意欲的だ。
▶︎試験醸造のワインを商品化したシリーズ
信州たかやまワイナリーが創業した2016年の総仕込み量は21tだったが、2021年には67tとなった。ワイナリー設立時の事業計画で見込んでいた年間製造酒量は70tだったため、目標をほぼ達成できた。着実に歩みを進めてきた成果だといえるだろう。
「これまでの過程でトライアルとして仕込んできたワインが増えてきたため、商品化して市場に出し、お客様の反応を見てみようということでリリースしたのが『Labo. Series(ラボシリーズ)』です」。
Labo. Seriesの商品名はすべて数字の連番。「101」から始まって、現在「115」までが瓶詰めされている。2020年にリリースされたLabo. Seriesは、2019年ヴィンテージのワインだ。
▶︎ぶどうのポテンシャルを計るためのオレンジワイン
信州たかやまワイナリーがLabo. Seriesとして最初に仕込んだのは、ソーヴィニヨン・ブランのオレンジワインだった。
「2019年、ソーヴィニヨン・ブランの樹齢が高くなってきたので、樹のポテンシャルを測ってみようということで、オレンジワインとして仕込みました」。
オレンジワインは、白ブドウを赤ワインと同じように果皮や種を漬け込んで醸される。そのため、ぶどうから抽出される成分が赤ワインのように多く、ぶどうのポテンシャルを測るのにはもってこいの仕込み方法と考えられるのだ。
そして2021年には、成長してきた区画のシャルドネを使って、同じくオレンジワインを造ることにした。
若い樹から収穫されたぶどうは、華やかな香りがあったり、味わいが濃かったりと、樹齢以上のポテンシャルを発揮することがあると話してくれた鷹野さん。
ぶどうの持つ個性が花開くタイミングでポテンシャルを把握するために、オレンジワインがうってつけだと考えたのだ。
シャルドネのオレンジワインがリリースされるのは、2024年頃になる予定。仕上がりを楽しみに、気長に待ちたいものだ。
▶︎2021年シーズンに印象的だった出来事
続いては鷹野さんに、2021年シーズンの出来事で一番記憶に残っていることは何かと尋ねてみた。
「Labo. Seriesのワインを購入してくださった関西のお客様が、『とても美味しかったので同じワインを購入したい』と、ある日の朝一番にお電話をくださったのです。そして、ワインの味わいについてなど、感じたことを語ってくださいました。私としては、自分の手を離れた子供が巣立った先で愛してもらえているかのように思えて、造り手冥利に尽きると感じた出来事でしたね」。
醸造家の手を離れたワインが、それぞれの個性を持って自立し、世間に認知された嬉しさを実感できた瞬間だった。
▶︎篤農家へのオマージュが込められたLabo. Series「102」
関西から問い合わせがあった銘柄は、Labo. Series「102」。シャルドネを樽で発酵・熟成させたワインだ。樽由来のトースト香やバニラ香をしっかりと受け止めるだけのポテンシャルを持った、古木のシャルドネだけを使用している。
試験的に仕込んだワインを商品化してリリースするLabo. Seriesだが、この「102」に関しては、商品化の経緯が少々異なる。
実は「102」には、原料となったシャルドネを栽培した方へのオマージュが込められている。その栽培家とは、2020年3月に亡くなった、高山村のぶどう農家の岡村さんだ。
「岡村さんの畑は、高山村の栽培者たちがみな手本にするほど、管理が行き届いていました。岡村さんの畑に立つと、誰もが心地よさを感じられるほどです。見た目の美しさはもちろん、通り抜ける風の香りなど、五感を通じて環境のよさを感じられる畑なんです。その畑から収穫されるぶどうも、本当に素晴らしい品質でしたね」。
Labo. Series「102」は、岡村さんが2019年、生前最後に栽培を手がけた古木のシャルドネのみを使っている。
そんな「102」に対し、信州から遠く離れた関西の地から賛辞が届いたことは、信州たかやまワイナリーにとって非常に意味のあることだったのだ。
『「Naćho(なっちょ)」「Varietal Series(ヴァラエタルシリーズ)」のワイン』
2021年に醸造したワインで、すでにリリースされている銘柄に、「Naćho(なっちょ)」がある。 「なっちょ」とは長野県北部の方言で、「どうしてる?」と相手を思いやる言葉だ。イントネーションは「なっちょ?」と、尻上がりにする。思わず口にしたくなる、可愛らしいネーミングだ。
▶︎地元限定の銘柄「Naćho」
Naćhoは、村内の酒屋とワイナリー限定販売のワインで、毎年4月上旬にリリースされる。
今回、鷹野さんに紹介いただいたのは、Naćhoの2021年ヴィンテージのロゼだ。鮮やかなローズピンクで、薄いサーモンピンクである2020年ヴィンテージとは、色合いが大きく異なる。
「2021年のロゼは、過去最高に鮮やかな発色になりましたね。色の違いは主に、天候の影響によるものです。味わいはどちらもそれぞれによさがあるので、シーンや気分によって飲み分けていただけたらと思います」。
近年、夏の終わりまでは天候が不安定だが、秋が深まると次第に安定する傾向があり、2021年は特にその傾向が顕著だった。秋の気候は晩熟系の品種に影響を与えるので、色付きなどに違いが出やすいのだという。
ワイン専用品種のぶどうは一般的に、白ワイン用品種から赤ワイン用品種へと順番に熟していく。しかし、高山村の場合は畑ごとに標高差があるため、一概にそうとはいえない。
標高が高い畑では白ワイン用ぶどう品種でも熟期が遅くなることがあり、反対に、標高が低い畑の赤ワイン用ぶどうは収穫を早くおこなう必要があるケースもあるのだ。
「標高の高い畑の赤ワイン用品種は、気候が安定した時期に熟期を迎えるので、完熟させられます。それが果皮への色付きをより濃くすることにつながったと思います。また、果実がしっかりと熟して、蓄積された成分も多いため抽出しやすいのです。Naćhoの2021年ヴィンテージのロゼには、標高が高い畑の晩熟系品種のぶどうを使っているので、色合いが濃くなったのではとも考えられますね」。
このNaćho、使われているぶどう品種は非公開だ。
「ワインを飲んでいただいて、品種に心当たりがあれば、ぜひお教えください。正解かどうかをお答えしますよ。村内限定販売のNaćhoは、コミュニケーションを楽しもうという企画の商品なので、あえて使用した品種を非公開にしているんです」。
ちなみに、鷹野さんにインタビューをおこなった時点では、正解者はまだ出ていないとのことだった。ワインのテイスティングに自信がある方は、Naćhoで使われている品種当てに、ぜひ挑戦してみてはいかがだろうか。
▶︎「Varietal Series(ヴァラエタルシリーズ)」のシャルドネ
信州たかやまワイナリーで醸造しているワインのうち、Labo. Seriesは生産量が少なく、試験的な醸造から発展して商品化したシリーズだ。また、Naćhoは、高山村以外では購入できない。
それなら、遠方からでも購入できる、信州たかやまワイナリーのよさを総合的に感じられる銘柄はどれなのだろうか?
「『Varietal Series(ヴァラエタルシリーズ)』のシャルドネでしょうか。シャルドネは、高山の地を代表する品種です。信州たかやまワイナリーのワインを知っていただくには、うってつけの銘柄だと思いますよ」。
高山村のシャルドネは栽培の歴史が長く、栽培面積ももっとも大きい。大手ワイナリーをはじめとした全国の多くのワイナリーが、高山村のシャルドネを使って、「高山村」の名を冠したワインを醸造している。
高山村のテロワールと、信州たかやまワイナリーの持ち味を知るために、Varietal Seriesのシャルドネをぜひ飲んでみてほしい。
『信州たかやまワイナリーの新たな取り組み』
続いては、信州たかやまワイナリーの新たな取り組みについて紹介していこう。
新たな品種でのワイン造りについてとともに、イベント開催など、日本ワイン好きにとって見逃せない情報もお伝えしたい。
▶︎ワイナリー初のツヴァイゲルトレーベ
2021年ヴィンテージのワインで、鷹野さんがもっとも楽しみにしている品種は、ツヴァイゲルトレーベ。これまで信州たかやまワイナリーのラインナップにはなかった品種だが、2021年からは収穫量がかなり増え、商品化の流れとなったのだ。
「どんなスタイルに仕上げるのかは、もう少し時間をかけて決めたいと思っています。まずはLabo. Seriesとして2022年7月にリリースしました。その後、同じキュヴェの樽熟成したものを来年の2月くらいにリリースすると思います。我々にとっても初めての品種なのですが、期待できるのではと考えています」。
まだまだ未知数の信州たかやまワイナリー のツヴァイゲルトレーベが、一体どんなワインになって飲み手を楽しませてくれるのか、注目したい。
▶︎イベントを継続することの大切さ
長引くコロナ禍にあった2021年、信州たかやまワイナリーでは、イベントをオンラインでおこなうなどの工夫をしてきた。
「うちでは例年、2月には酒販店さん向けの新酒の試飲会を、4月には一般のお客様向けのワインのお披露目イベントを開催してきました。コロナ禍であっても継続することが大切だと考え、2020年からは、オンライン開催に切り替えて実施しました」。
幸いなことに、2021年4月のお披露目イベントからは、オンラインではなくリアルでの開催を再開。状況に配慮しながら、規模も縮小しての実施だったが、開催したことに意義があると話してくれた鷹野さん。
「イベント当日はあいにくの天候でしたが、それさえも大切な記憶になると思うのです。今後も、積極的にイベントを開催していきたいですね」。
▶︎「エノツーリズム」の開催
また、2021年は高山村の観光協会と合同で、「エノツーリズム」の実現につながる農業体験の試みもおこなった。
エノツーリズムとは、ワイン産地を訪れて、土地の自然や農業、ワインに親しむことができる旅のことだ。
「都内で活躍しているソムリエさんとお客様に、高山村のぶどう畑で、芽かきや除葉などをしてもらいました。農業体験のあとは、芽かきをしたぶどうの新芽を天ぷらにして、ワインと一緒に楽しんでいただいたんですよ」。
高山村の観光協会としても、ワイン産地としての地元の魅力をあらためて知り、集客力が高いコンテンツが準備可能であることを実感できた、よい機会だったという。
農業体験を通して、高山村とワイナリーにもっと親しんでもらいたいと考え、2022年もエノツーリズムの実施を計画している。
さらに魅力的な取り組みにもどんどん挑戦したいと、夢を語ってくれた鷹野さん。信州の自然やワインを味わうことができる高山村のエノツーリズムは、きっと多くの人を虜にするに違いない。
『まとめ』
最後に、信州たかやまワイナリーのこれからについて伺った。
「ワインの生産量も増えていますし、ワイナリーに関わる人も増えてきました。いろいろな人とものが共鳴して、より大きなうねりとなっていくでしょう。たくさんの人に、能動的に関わってもらえるワイナリーでありたいですね。ワインだけでなく、地域の人やものと、より深くつながるワイナリーとして成熟していきたいです。さらに、ワインを楽しむ文化を発信する役割も担っていくでしょう」。
成長とともに、子どもが社会とのつながりを深めていくように、ワイナリーも多方面でのつながりを作ることで、さらなる発展を遂げるのだ。
ワイン造りやワインの産地づくりは時間がかかるものだが、新しい価値観や、新たな瞬間を生み出すことができるワイン造りという生業(なりわい)を誇りにしていると語ってくれた鷹野さん。
地元とぶどうへの愛情がいっぱいに詰まった、信州たかやまワイナリーのワインを味わえば、きっとあたたかな気持ちになれることだろう。
ぜひ高山村まで足を伸ばし、信州たかやまワイナリーの大きな魅力に触れてみることをおすすめする。
基本情報
名称 | 信州たかやまワイナリー |
所在地 | 〒382-0800 長野県上高井郡高山村大字高井字裏原7926 |
アクセス | 【電車】 長野電鉄須坂駅から車で15分 【車】 小布施スマートICから20分 |
HP | https://www.shinshu-takayama.wine/ |