能登半島に照りつける太陽の光がおいしいワインを生む、『HEIDEE WINERY(ハイディワイナリー)』

石川県輪島市にあるハイディワイナリーは、醸造家である高作正樹さんが2011年に設立。ワインショップとレストランが併設された、緑豊かな丘から海を臨むワイナリーだ。
草生栽培と微生物農法でぶどうを育て、海のそばで生まれたぶどうそのものの個性をワインに宿す。
そうして造られたワインは、どこのワインよりも、能登半島の名物である新鮮な海の幸や山菜に合うのだという。

『スイスの村で、ワイナリーに出会う』

ハイディワイナリーの“ハイディ”は、アルプスの少女“ハイジ”のドイツ語が由来だ。なぜハイジなのかというと、高作さんがワイナリーを立ち上げるきっかけとなったのが、アルプスの少女ハイジの舞台であるマイエンフェルトという村にあるからだ。

「高校のころ、スイスに留学をしていました。当時はまだワイナリーに興味を持っていませんでしたが、大学生のときに旅行で再びスイスを訪れ、そこでワイナリーに興味を持ち始めたのです。それがハイジの舞台になっていた村とつながったのがきっかけでした」と高作さんは語る。

そこからワインに関わる仕事がしたいと、日本国内や海外のワイナリーで勉強をスタート。
当初、起業する気持ちは全くなかったが、ワインについて勉強する過程でワイン会などに参加するようになり、そこで「お金を出資するからワイナリーを起業してみないか」と担ぎ上げられたのだとか。
親戚や親しい人たちに誘われて参加するようになったワイン会が、今まで続く大きな人脈作りにつながったのだという。

『土壌分析の結果、能登半島を選ぶ』

高作さんは生まれも育ちも、神奈川県横浜市。それがなぜ、石川県輪島市にワイナリーを築くことになったのだろうか。

「最初に新潟のワイナリーで研修して、その後フランスのブルゴーニュ地方(ドメーヌ・シモン・ビーズ)で研修させてもらって、戻ってワイナリーを開こうと考えていました。
ですが、“どこでワイナリーを営むか”というのを迷っていた。風光明媚な海沿いの土地で、景色が良くて、空気も澄んでいて、何よりも海産物が美味しいところがよかったんです。
当時は、東日本大震災後で東北地方は難しく、横浜などの関東圏は土地が高すぎた。名古屋や西側にはあまり土地勘がない。
なので、新潟県から福井県くらいまでの日本海側に的を絞って目星をつけました。土壌分析をした結果、能登半島の土壌が特にすばらしいと感じたのでここを選びました」と高作さんは話す。

ボーリング調査で地質を調べたら、能登半島の土壌がいろいろな層に分かれていることがわかった。
昔、海底だったところが隆起してできた土地で、砂利と砂、粘土が入り混じり、ミネラル分が豊富だったのだ。

そんな土壌に高作さんが最初に植えたのは、ソーヴィニヨン・ブラン。
「お金がなかったのと、ソーヴィニヨン・ブランであれば、この土壌でも間違いはないと思った」と高作さん。
その後、シャルドネやセミヨン、メルローやカベルネ・ソーヴィニヨンを植え、直近でプティ・ヴェルドとアルバリーニョを植えた。
毎年いろいろな品種を植えるというチャレンジを継続し、現在はしっかりと糖度の高い状態で実らせることができているという。

『5~8月の日照時間が、関東圏より長い』

北陸は「湿度が高く、加湿器いらず」といわれ、建物からカビが生えやすい気候である。ぶどうの木は、湿度が高ければ高いほど病気になりやすい。
しかし、風通しがよければ、病気の発生を防ぐことができる。ハイディワイナリーは、海からすぐに高台になっている場所にあるので、風通しがよく、斜面を利用できるので水はけもよい。
また、日本海から吹き上げる冷涼な風と、太平洋側から流れ込む乾燥した季節風により、熱や湿気がこもりにくい地形であることも、湿度が高いというデメリットを補っているのだ。

「土壌のすばらしさに加え、この地域を選んだのにはもう1つ理由があって、それが5~8月の日照時間の長さです。関東圏よりも長いんですよ。
季節風の影響を受けやすい地域なので、梅雨も雨があまり降らなくて、太陽の当たっている時間の方が長いくらい。
輪島市の気象台が出している数値を見て、さらに醸造所の真上にソーラーパネルを敷き詰めて確認しました」と高作さん。

冬の期間は太陽があまり出ないが、ぶどうの栽培のピークは5~8月。
特に重要なこの時期に日照時間が長いのは、完熟したぶどうを作るための大きなアドバンテージなのだ。

『草生栽培と微生物農法で、ぶどうを栽培』

ハイディワイナリーでは、ぶどうの育成に草生栽培と微生物農法を採用。除草剤や化学肥料は一切使わず、適切な有機堆肥を漉き込んでいる。

「微生物が多く、保肥力の高い生きた土地を作るために、地域でお米を収穫した後に出るもみ殻と乳酸菌をまいています。
それを毎年繰り返していると、3年間でみみずやいろいろな微生物の寝床ができてくる。化学肥料を使わずとも、有機堆肥を3年に1度加える程度で土壌環境が整います」と高作さんは話す。

除草剤を使うと微生物が死滅する場合もあるので、草刈りがとても大変なのだともいう。
「ある程度の高さまで草を伸ばし、伸びたら全面の草を刈らなければならないので、除草剤を使うよりも人手がかかります。トラクターなどの機械も使っていますが、木に刃が当たらないよう細心の注意を払わないといけない。
そのような苦労は多いけれど、将来的にみれば微生物農法が圧倒的にメリットがあるんですよね。」

『虫害や病気、獣害など、困難を乗り越える』

草生栽培と微生物農法を徹底することの苦労に加え、これまでの高作さんはぶどう栽培の過程で、多くの困難を経験してきている。
「この地域では6・7月くらいに、タマコガネという小さなコガネムシがわんさか出てきて、葉っぱが食べられてしまいます。葉っぱが食べられてしまうと、光合成ができなくなる。また、うどんこ病と灰色かび病が、5月以降はいつでも発生する可能性があるので気が抜けません」と高作さん。

続けて、「獣害もあります。内陸はサルやイノシシ、シカだと聞きますが、このあたりはタヌキ。収穫時期になるとタヌキが何十匹と出てきて、胃袋が相当大きいので1匹だけでも大量にぶどうを食べてしまう。
メルローの最初の収穫の年には、タヌキに丸一日でほぼ食べつくされてしまいました。ネットを張っても破かれてしまったので、今は電気柵で防いでいます。
さらに、9月下旬から10月の収穫の最終時期になると、昆虫最強のスズメバチがぶどうを狙ってやってきます。2019年はスズメバチが大量発生してしまって、ぶどうの一粒一粒の皮を破って蜜を集めるので大変でした。
女王蜂を捕獲して処分したので、2020年は大丈夫でした」とこれまで乗り越えてきた災難を語る。ぶどうが収穫できなかったこともあり、大変な思いをしたのだという。

『収穫は、日光の当たらない朝方に終える』

収穫時期には、病気にかかっていないかなど、ぶどうのひと房ひと房をしっかり人の目で見て摘んでいく。
スタッフだけではなく、ワイナリーの会員や取引のある飲食店の関係者などに声をかけて、一緒に行うこともあるという。
また、収穫の時期が集中してしまって大変なときには、地元のシルバー人材センターに行って、おじいちゃんおばあちゃんの手を借りることもあるそうだ。

「ぶどうの収穫は、主に朝5時半くらいから9時までに行います。
栽培している7品種のうち5品種が、残暑の厳しい9月中旬から下旬にかけての収穫となるためです。
9時を過ぎると、収穫したぶどうが日光にあたって温かくなってしまうので、9時までに終わらせて醸造所に持ち込んでいます。
ステンレスタンクの冷却装置はマイナス15度まであるので、早い時間に持ち込めば、すぐに冷やして仕込むことができる。高温になる前につぶしてしまいますね。」

『ワイン醸造のこだわりは、徹底した温度管理』

丁寧に収穫されたぶどうは、朝の涼しい時間帯に醸造所へ持ち込まれ、美味しいワインへとその姿を変えていく。ハイディワイナリーのワイン醸造のこだわりは、「徹底した温度管理」にある。

「国内でも国外でも、雑菌に汚染されてしまっているワインはたくさんある。
それを防止するためには、まず選果で病気にかかったぶどうをしっかりと取り除くこと。そして、温度管理を徹底することで、つぶした後に雑菌がぶどうジュースについて、好ましくない醸造過程を経てしまうのを防ぐのです。
次いで、亜硫酸塩や酵母菌の添加のタイミングも重要ですね」と高作さんは語る。

また、ワイン醸造で苦労する点を聞くと、
「科学的な部分をしっかり勉強してワインの醸造に取り組んでいても、まだまだ全然足りないところ」だという。
日々、海外の文献に目を通したり、知識の深い人の話を聞いてそれをワイナリーの技術に取り込むなど、勉強をして進歩しながら翌年の仕込みを続けるのが当たり前なのだとか。さらに、それをスタッフ全員で共有しなければならないというから大変だ。

『海産物に合う、ピュアなワインを目指す』 

初夏からのぶどう作り、晩夏の収穫、温度管理の行き届いたワイン醸造を経て生み出されるのは、高作さんが目指すピュアなワインだ。
ひねった香りなどは望んでいない。

「醸造を始めたのは2013年。ぶどうが収穫できるまでは、買い付けたぶどうを用い、科学的な根拠のもとで、さまざまなやり方をチャレンジしてきました。
能登半島は新鮮な魚が自慢で、素潜りをすればサザエやアワビなどもたくさん獲れる場所です。そのような海産物に合う、ピュアなワインを造りたいと毎年工夫をしてきました。」

今や、ハイディワイナリーの得意先には、たくさんの寿司屋がその名を連ねている。数年前から瓶内二次発酵のスパークリングワインを造るようになり、それが寿司屋で食事の最初のほうに注文される白身のような淡白な寿司に合ったためだという。
さらに、その後のネタには白ワインが合うと評判にもなって、注文が増えたのだ。

高作さん自身が、「白ワインは、海の幸と合わせて味わってほしい」という強い思いを持ち、そうなるようにとぶどう栽培とワイン醸造に力を入れている結果でもある。

『軽めの赤ワインは、山菜に合わせて味わう』

白ワインに関して、高作さんは「魚介類に合わせたら1番だと思っている」と言うほど自信を持っている。
一方、メルローやカベルネ・ソーヴィニヨン、プティ・ヴェルドの3品種で造られる赤ワインは、山菜に合うように造っているそうだ。

「能登半島ではワラビやゼンマイ、原木のしいたけなどがたくさん採れるんです。“のとてまり”という、1個1万円くらいの大きくて高級なしいたけもあるので、赤ワインはそういった山菜やきのこに合わせて味わってほしいですね。
うちのワイナリーの赤ワインは、木が若いし、土壌の関係もあって、クセもなく、そんなに重たくない。
ミディアムからライトになるのかなというくらいです。山菜に通常の赤ワインを合わせると、苦々しさが後に残ってしまうのですが、ハイディワイナリーの赤ワインは若干軽いのでよく合うと思います」。

特に山菜に合わせてほしい赤ワインは、カベルネ・ソーヴィニヨンの単一品種のものだったというが、現在は売り切れ中。
ハイディワイナリーのワインは、まだ生産量が少ないため市販店で購入はできないが、ワイナリー併設のワインショップほか、ネットでの販売もしている。

『全国の曹洞宗寺院から、注文のある赤ワイン』

高作さんによれば、「相承(そうじょう)」という、曹洞宗大本山總持寺御用達の赤ワインもおすすめだそうだ。
「あいたまわる」と漢字で書かれたこの赤ワインは、全国の曹洞宗の寺院から注文を受けている一品。
このように全国の曹洞宗から注文を受けるようになったのは、ワイナリーの近くに曹洞宗の祖院があり、石川県に来たばかりのころに、苗木の植樹を手伝ってもらったのがご縁だという。

「石川県に来たばかりのころは、まだ妹と2人だったんです。この土地では、苗木を植えられる季節は3月だけ。3月に穴を掘って、1000本くらいの苗木を植えなければなりませんでした。2人ではぜんぜん間に合わなくて、ご近所にあった曹洞宗の祖院に手伝ってほしいとお願いに行ったところ、快く引き受けていただけたんですよ。泥だらけになりながら、みんなで苗木を植えたのが最初のきっかけです。今では、他のお寺からも注文をいただけるようになって、アルバイトなどの人手を雇うお金がなかったからこそのご縁でしたね」と高作さん。
現在は全体の注文の30%が、全国のお寺からだというから驚きだ。

『地域の人と、ともに頑張っていきたい』

ハイディワイナリーの現在のワイン年間生産本数は、2万1千本。毎年ぶどうの苗木を植えているので、畑がこのまま大きくなれば、3年後くらいには5万本ほどになる見込みだ。ワイナリーは順調に成長している。

高作さんにこれからチャレンジしたいことを伺った。
「われわれだけではなく、この地域に飲食店や宿泊施設などをオープンする人がいれば、一緒にコラボレーションをしていきたいですね。ワイナリーが出来上がり、ワインの醸造ができるようになってきたから、これからは地域のみなさんと一緒にここで頑張っていきたいと思っています。複合的な要素がないと、今後の発展には結びつかないですから。」

『まとめ』

スイスでの運命的な出会いから始まった一人の大学生の夢は、今や紺碧の海を目の前に緑生い茂る美しいぶどう畑が広がるワイナリーへと姿を変えた。
そのぶどう畑は、除草剤や化学肥料を一切使わず、毎年丹精込めてぶどうが栽培されている。

ミネラルをたっぷり含んだ土地で生まれ育ったぶどうは、海のそばで生まれたぶどうとしての個性を存分に引き出され、その土地ならではの食文化に彩りを添える。
白ワインは「海の幸を制する、海のワイン」としてすっきり爽やかに、赤ワインは「山菜によく合う、軽めで心地よい仕上がり」が楽しめる。
その味わいは、醸造家である高作正樹さんの手で、年々さらに研ぎ澄まされていくことであろう。

併設されたレストランできらきらと輝く海を見ながら、美味しいワインを片手に、能登半島の海の幸と山菜を味わう。
石川県輪島市のハイディワイナリーは、そんな贅沢な体験をしに訪れてみたくなる唯一無二のワイナリーなのだ。

基本情報

名称ハイディワイナリー
所在地〒9272351
石川県輪島市門前町千代31-21-1
アクセス車 金沢から車で90分
電車 金沢から電車で約2時間30分
*駅からレンタカーやタクシー
https://heidee-winery.jp/access/
HPhttps://heidee-winery.jp/

関連記事

  1. 追跡!ワイナリー最新情報!『 Le Milieu(ル・ミリュウ)』ピノ・ノワールとリースリングに期待が高まった2021年

  2. 追跡!ワイナリー最新情報!『ヴィラデストワイナリー』新たな試みが光る新銘柄が登場した2021年ヴィンテージ

  3. 『Domaine Kelos(ドメーヌ ケロス)』「食事のよきパートナー」となるワインを造る 

  4. 『スペンサーズ・ヴィンヤーズ』厳しい収量制限で「美味しさ」を提供するワイナリー

  5. 『Domaine KOSEI』ワイン造りに半生を捧げてきた醸造家が造る、珠玉のメルロ

  6. 追跡!ワイナリー最新情報!『横濱ワイナリー』横浜ならではのワインを生み出した1年