追跡!ワイナリー最新情報!『蒼龍葡萄酒』長い歴史を経てなお、新たな取り組みに積極的にチャレンジした2021年

1899年に創業した「蒼龍葡萄酒」は、山梨県甲州市勝沼町にある老舗ワイナリーのひとつ。蒼龍葡萄酒の前身は、近隣の農家たちによる共同醸造所だ。

先代の鈴木重富さんが蒼龍葡萄酒を設立してからも、数多くの地元契約農家と強いつながりを持ちながら、120年以上もの長きに渡り歩んできた。

甲州ぶどうの垣根栽培など、先進的な試みにもチャレンジしつつ、ぶどうの持ち味や土地の特徴を表現したワイン造りに取り組んでいる蒼龍葡萄酒。高品質なワイン造りの基礎となる、健全なぶどう栽培へのこだわりに妥協はない。

ワインを日常酒として普及させるために、高品質なワインを購入しやすい価格で提供することにも注力する。地元の人々に愛される「一升瓶ワイン」は、ワイン醸造の長い歴史を誇る山梨ならでは。蒼龍葡萄酒を訪れた際には、ぜひ手に取ってみてほしい。

雨が多かった2020年も、社員一丸となって、質のよいぶどうを十分に収穫することができた蒼龍葡萄酒。続く2021年は、どのような年だったのだろうか。

今回は、蒼龍葡萄酒の工場長の中込茂さんと、営業部の伊藤晃二郎さんにお話を伺った。蒼龍葡萄酒の2021年の動向とこれからの展開について、探っていきたい。

『フレッシュさが特徴の2021年』

全国的に寒さが厳しかった、2021年から2022年にかけての冬。温暖な山梨県も、例年に比べて最低気温が低かった。

「数字以上に寒さを感じましたね。風が強い日も例年に比べて多かったので、体感的にはより寒く感じました」と、工場長の中込さん。

気温が15度以下になると、ぶどうは休眠期に入る。冬季に気温が下がり過ぎると凍害が起こり、幹などが割れてしまうケースもあるという。だが、山梨の最低気温は低くてもマイナス5〜6度程度。凍害を心配するほどではないそうで、ひと安心だ。

▶︎日照不足に見舞われる

「寒さが厳しい年ではありましたが、山梨の冬場の冷え込みは、ぶどうにとってはそれほど問題ではありません。それよりも、発芽後の気象の影響を大きく受けるのが特徴です」と、中込さん。

2021年の山梨では、発芽後の時期は天候に恵まれた。そのため、ぶどうの豊作と品質の高さが予測されていたのだ。だが、実際には8月のお盆前後に雨が集中。気温も、肌寒いほどに冷え込んだ。天候の評価は、5つ星で考えると2〜3つ星程度だったという。

本来なら、ぶどうが収穫に向けて熟していく時期に、天候不順に見舞われてしまった蒼龍葡萄酒。結果、2021年は日照不足がぶどうの熟度に影響を与えた年となった。

▶︎爽やかでフレッシュな早飲みタイプのワイン

日照不足が続いたなかでも、比較的よい品質で収穫できた品種は、マスカット・ベーリーAだ。一方、甲州は糖度が低く、酸が高い状態が収穫直前まで続いた。

甲州だけではなく、ほかの赤ワイン用品種のメルロー、プチ・ヴェルドや甲斐ノワールに関しても、全体的に酸は高めとなった。

「病気はあまり出なかったので、収量はしっかりと確保できました。日照量がもう少しあれば、より熟した状態で収穫できたのにと残念です。今年のぶどうは酸が高かったので、柑橘のようなフレッシュさがあるのが特徴ですね。ボディよりも、香りのほうに特徴が出やすいと思います。味わいに関しては、例年よりもすっきりとした仕上がりになりそうです」。

営業部の伊藤さんが分析するとおり、蒼龍葡萄酒の2021年ヴィンテージは全体的に爽やかな印象の仕上がりのワインが多い。フレッシュ感があり、早飲みに適したタイプになることが見込まれる。

年ごとの天候によるぶどうの出来が、そのまま表現されるのがワインの醍醐味。フレッシュな味わいを口に含み、蒼龍葡萄酒の2021年に思いを馳せるのも、楽しみ方のひとつだろう。

『2021年の新しい取り組み』

蒼龍葡萄酒では2016年から、甲州の垣根仕立てを開始した。垣根仕立ての甲州は、棚栽培で栽培された果実よりも凝縮感があり、香りが芳醇になるのが特徴だ。

そして、垣根栽培の甲州に、2021年からさらに新たな取り組みを始めたという。

▶︎傘かけを徹底

まず、垣根栽培で育てられている甲州の房に、雨除けの傘かけを実施した。房のひとつずつにおこなう傘かけは、非常に手間がかかる作業だ。

傘かけを実施したきっかけは、2020年に発生した、べと病と晩腐病だ。病害が発生した果実は、ひとつずつ手作業で取り除く作業が必要となる。また、病気の発生は、収量が大幅に減少することにもつながる。そのため、2021年には予防策として傘かけに踏み切った。

「傘かけは、本当に大変な作業なのです」と、ため息混じりに話してくれた中込さん。

「しかし、病気が発生した場合の手間を考えれば、傘かけに時間をかけることを選びました。それに、傘をかけておかないと、ぶどうが病気にならないかと心配で眠れないんですよ」と、伊藤さんが苦笑いしながら言葉を継ぐ。

トラブルを事前に防ぐために万全を期すことこそが、経験値を生かした農業の要ということなのだろう。

▶︎収穫を2回に分け、別々に仕込む試み

ふたつめの新たな取り組みは、垣根栽培の甲州の収穫を2回に分けたことだ。1回目の収穫は、通常の収穫適期に実施。続く2回目の収穫は、適期の半月後におこなった。2回に分けて収穫したぶどうは、別々のタンクに入れて仕込んだ。

早摘みの果実は、香りが華やかで繊細な味わいが楽しめる。あとから収穫した果実はボディ感があり、しっかりとした骨格と、豊かな余韻が特徴だ。

「収穫時期をずらしたのは、実験の意味も含めての施策でした。あきらかな違いが出たので、試みは成功ですね。同じ畑で育った甲州でも、それぞれに異なる味わいに仕上がりました。リリースを楽しみにしてください」。

▶︎ビジュノワールの栽培に挑戦

また、2021年のもうひとつの取り組みとして、試験的にビジュノワールの植栽が挙げられる。ビジュノワールは、山梨の果樹試験場で交配された赤ワイン用品種だ。

蒼龍葡萄酒では近年、温暖化の影響により、ぶどうの着色不良の問題を抱えてきた。なかでも、カベルネ・ソーヴィニヨンやメルローは、気温の影響を受けて色づきにくくなる傾向がみられる。その点、ビジュノワールは、しっかりとした色付きが期待できる品種なのだ。

栽培方法は、一文字短梢仕立ての棚栽培を採用。20aほどの区画に40本の苗を植栽したので、数年後には1,000本程度のワインが醸造できる。

「うちの白ワインは、甲州が主力商品として確立しています。しかし赤ワインに関しては、マスカット・ベーリーAだけでなく、ほかのラインナップも強化したいという考えがあります。マスカット・ベーリーAも品質を上げてきていますが、それ以外にも気候に適した品種を探りたいのです。ビジュノワールが出来上がってきて結果がよければ増やし、ダメならほかの適種を探します」と、伊藤さん。

ビジュノワールは無事にリリースされるのだろうか。数年後の結果を楽しみに待ちたい。

▶︎気候変動という難問

世界規模で温暖化の危機が叫ばれる昨今では、日本を代表するワイン産地である山梨県でも、温暖化の影響は避けられないようだ。50年ほど前には、ワイナリー周辺でも長い「つらら」ができる程に冬の寒さが厳しかったという。しかし今では、つららを目にすることはなくなった。 

「10年単位でみると、赤ワイン用品種が造りづらくなってきていますね。マスカット・ベーリーAは日本の気候に合わせた、いわばハイブリッド品種なので作りやすいのです。しかし、純粋なヨーロッパ品種は、だんだんと栽培が難しくなってきています」と、中込さん。

「気候に合わせて、栽培方法を工夫していくしかないですね。ヨーロッパ系品種を栽培する場合にも、南仏やスペインの品種なら、気候にあう可能性が高いと思います」と、伊藤さんも展望を語ってくれた。

温暖化が進行する気候に対応するためには、栽培品種の見直しのほか、栽培地をより高地へと移動していくなどの対策も必要になるのかもしれない。

これからのワイン造りでは、気候変動を見越したうえで、さまざまな対策を講じることが必要だ。人類がいまだ経験したことのない難問に挑まなければならない、日本のワイナリー。今後の苦労を想像すると、私たち消費者も、日々の営みのなかでより環境に配慮していく必要があるだろう。

『2021年の自信作と新作』

2021年の自信作を中込さんと伊藤さんに伺うと、おふたり共通の意見として、「シトラスセント甲州」の名前が挙がった。「シトラス」の名のとおり、柑橘系の香りが表現された新酒である。

使用されているのは、ボルドー液を使わずに育てられた甲州種。ぶどうの爽やかな香りを損なわず醸された逸品だ。「シトラスセント甲州」は蒼龍葡萄酒で毎年安定的に好評を得ているワイン。2021年も非常によい出来となっているため、期待が高まる。

▶︎満を持してオレンジワインをリリース

蒼龍葡萄酒では新たに、オレンジワインもリリースする。ステンレスタンクで仕込み、樽で熟成させた。

「最初にテイスティングしたとき、なんと、スライスしたフレッシュオレンジのような香りがしたのです。樽熟成して味に複雑さが出てきているので、リリースする頃には樽のロースト感がしっかりと感じられるでしょう。社内のメンバーには、オレンジワインだからといってオレンジの香りがするなんて、と笑われましたね。ですが、素直な感想なのです」と、伊藤さん。

オレンジワインの香りは一般的に、同じ柑橘系でもグレープフルーツやカボス、レモンやライムなどに例えられる。しかし、オレンジの香りがすると表現された例はあまりない。

「決して、オレンジジュースは入れてないですよ」と、いたずらっ子のような表情で、冗談まじりに付け加えた中込さん。おふたりの軽快なやり取りからは、ワイン造りを心から楽しんでいる様子が伺えて微笑ましい。

実は、オレンジワインの醸造方法には、世界的にみても明確な定義はない。同じオレンジワインでも、白ワイン寄りのあっさりしたものを造るワイナリーもあれば、えぐみや渋みを赤ワインに近いところまでひき出す造り手もいる。

さまざまなスタイルが存在するのが、オレンジワインの大きな特徴であり魅力だ。ワイナリー各社の個性が出やすいのが、オレンジワインだといえるだろう。

「個人的には、甲州はすべてオレンジワインに仕込んだほうがよいのではとさえ思っています。パワフルで、可能性を秘めたワインに仕上がりました」と、伊藤さん。

甲州は白ワイン用ぶどう品種ではあるものの、赤ワイン用ぶどう品種に近いDNAも持っていることが、近年の研究であきらかになった。そのため、皮ごと漬け込む赤ワインの醸造方法に近いオレンジワインが、甲州に合うスタイルなのかもしれない。

「うちのオレンジワインは、甲州ぶどうそのものの特徴が満遍なく出ている感じがします。甲州のスティルワインと比べると、格段にインパクトのあるものに仕上がっています。私は甲州のスティルワインにも魅力を感じるので、甲乙付け難いですね」と、中込さん。

ぶどうには品種それぞれに、短所も含めたさまざまな香りや味の要素がある。また、気候変動により、山梨で甲州をしっかりと完熟させるのが難しくなっているのも現実だ。そのため、蒼龍葡萄酒では、甲州の新たな魅力と美味しさを引き出せるオレンジワインに期待を寄せる。

蒼龍葡萄酒のワインの魅力と個性を表現する、新たなフラッグシップワインになるかもしれない。

▶︎新型コロナウィルスの影響下にあった2021年を経て

新型コロナウィルスの影響は、蒼龍葡萄酒にも無縁ではない。感染者数が多い時期は、ワイナリーの来訪者は皆無だった。一方、感染者数が一時おさまった時期には来訪者が爆発的に増える。

「感染者数が減ると、お客様がたくさん来てくださるので、うれしい限りです。お客様にお越しいただける時間帯が見事に集中し、対応しきれないことがあるので、今後は来訪に関してはスムーズのご案内できるよう、予約制にするかもしれません」と、伊藤さん。

「コロナ禍で、主だったワインコンクールも開催されていないのが現状です。蒼龍葡萄酒のワインを知っていただくうえで、コンクールへの参加は効果的なので、非常に残念に感じています。ワイナリーの存在をアピールするためにも、そろそろ積極的に情報発信をしていかなければと危機感を抱いています」と、中込さんも苦しい胸の内を明かす。

新型コロナウィルスの影響は、ワインの売り上げにも大きく影響している。だが、蒼龍葡萄酒では契約農家からの原料の買い取りを減らさず、甲州は例年よりも多めに醸造した。

「コロナ禍にありながら、みなさん忘れないでうちのワイナリーに来てくださり、本当にありがたいです。感染状況が落ち着いたら、より多くのお客様にお越しいただきたいですね。たっぷりと仕込んだので、たくさんの方に飲んでほしいです」と、伊藤さんは力強く語ってくれた。

『まとめ』

難しい天候のなかでも、長年培ってきた経験と工夫を発揮して、高品質なワイン醸造をおこなった2021年シーズンの蒼龍葡萄酒。

毎年好評を博している「シトラスセント甲州」や、新たな取り組みが成果に繋がったオレンジワインのほかにも、蒼龍葡萄酒の2021年ヴィンテージには多彩な銘柄が揃う。たくさんのラインナップのなかから、飲みたい銘柄をじっくりと選ぶ時間までも楽しめるのが、蒼龍葡萄酒の魅力のひとつだ。

「垣根栽培した甲州の2021年ヴィンテージには、ぜひ期待してください」と、声を弾ませる伊藤さんと中込さん。

インタビューでのおふたりの話しぶりから、ワイナリーと自社ワインへの大きな愛情が、ひしひしと伝わってきたのが印象的だった。

多くの人に愛されながら、120年以上もの伝統を経て、新しいチャレンジにも意欲的な蒼龍葡萄酒。これからもますます目が離せない蒼龍葡萄酒のさらなる躍進に、引き続き注目していきたい。


基本情報

名称蒼龍葡萄酒
所在地〒409-1313 
山梨県甲州市勝沼町下岩崎1841
アクセス
勝沼ICより車で約7分
電車
JR勝沼ぶどう郷駅より車で約5分
HPhttp://www.soryu-wine.co.jp/

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