追跡!ワイナリー最新情報!『蔵邸ワイナリー』新しい醸造と農業教育への取り組み

蔵邸ワイナリーは、神奈川県川崎市にある都市型ワイナリーだ。代表の山田貢さんは、都市部農業のビジネスモデルを確立するため、ワイナリー以外の事業も多数運営している。山田さんが目指すのは、地域農業の持続と発展だ。

蔵邸ワイナリーの自社畑は山田さんがひとりで管理しているが、収穫などのタイミングでは、地域のボランティアの人たちの力に支えられている。

また、ワインスクール「アカデミー・デュ・ヴァン」の講師でもある山田さんは、ワイン教育にも力を入れる。そのため、栽培する品種はピノ・ノワールやカベルネ・ソーヴィニヨンなど、ワインを知る上で欠かせない国際品種が中心だ。

ワイン造りにおいても、地域農業やワイン教育を意識した醸造をおこなう蔵邸ワイナリー。ワインの多くは単一品種での醸造で、品種個性がわかる造りなのが特徴だ。目指すのは「地元野菜とマッチするワイン」だという。

今回は、蔵邸ワイナリーの2021年と2022年についてお話を伺った。ぶどう栽培やワイン醸造、さらにワイナリーの取り組みについても深掘りしていこう。

『蔵邸ワイナリーのぶどう栽培』

最初に見ていくのは、蔵邸ワイナリーの2021年と2022年のぶどう栽培について。

苦労や工夫、山田さんの思いなど、それぞれの年のぶどう栽培のエピソードに迫っていこう。

▶︎都市型農業の強みで雨を乗り切る

2021年は梅雨が短かった川崎市。だが2022年は、平均的な長さと降雨量の梅雨に見舞われた。雨が少なく栽培条件がよかった2021年と比較すると、2022年は基本の雨対策や病気対策が必要な年だったのだ。蔵邸ワイナリーでは、どんな対策を実施したのだろうか。

まずは防除について。蔵邸ワイナリーは、最低限の防除でぶどうを管理している。2022年の場合、有機薬剤のボルドー液と、石灰硫黄合剤の使用や傘かけなどを工夫して雨による病気を防いだ。

薬剤の散布は、環境にも負荷がかかる行為だ。そのため蔵邸ワイナリーでは、畑の環境を守るため、農薬の使用は最小限でぶどう栽培をおこないたいと考えている。

続いて、ぶどうの栽培管理についても紹介しよう。蔵邸ワイナリーでは、地域でボランティアを募集して、ボランティアの人たちの手を借りながらぶどう栽培をおこなっている。2022年に協力を依頼した作業は、除葉と傘かけ、選果だった。

ちなみに除葉とは、不要な葉を落としていく作業のことだ。重なり合った葉をなくすことで「蒸れ」を解消する。葉の密集した部分には、害虫や病気が発生しやすくなってしまうのだ。風通しをよくすることは、ぶどうの健全性を保つことにつながる。

しかし、除葉や傘かけは非常に手間のかかる作業だ。山田さんひとりだけの力では、到底対応しきれない。そこでボランティアの人たちの手を借りるのだ。

「2022年もボランティアの方がたくさん来てくださって、本当にありがたいことです。今後も地域のみなさんとのつながりを大切にしたいです」と、心からの感謝を口にする山田さん。都市型ワイナリーや都市型農業最大の強みはなんといっても「人」で、それに勝るものはないと話してくれた。

居住者の多い「都市」だからこそ、生産者と消費者の距離が近いのが都市型農業の特徴だ。

消費者にボランティアとして参加してもらえれば、都市のアドバンテージである人口の多さが農業にも生きる。ボランティアのマンパワーがあるからこそ、少ない薬剤で健全なぶどうを栽培することが可能なのだ。

▶︎増加する収量とぶどうの成熟

山田さんの丁寧な管理とボランティア協力のかいあって、2022年は前年比1.6倍の収量を記録した。

前年よりも雨が多かったという2022年だが、なぜ収量を上げることができたのだろうか?考えられる主な要因は樹の成熟だ。

「自社畑のぶどうは、植え付けて7〜8年ほどになりました。ぶどうが成熟し、十分に実を付けられるようになったのでしょう」。

畑の空きエリアへの植樹も予定しており、今後もさらなる収量の増加が見込まれる。

一方で、懸念点もあるという。台木品種の寿命に関する問題だ。蔵邸ワイナリーが導入している台木品種「リパリア・グロワール・ド・モンペリエ」の寿命は、およそ15年前後だと言われている。成熟期をすぎれば、収量は減少に向かう可能性が高い。

「台木の性質はさまざまで、ヨーロッパに多い石灰質土壌を好む台木品種もあれば、湿度に強く肥沃な土地に適した台木品種もあります。ヨーロッパ系の台木は寿命が長い傾向がありますが、日本で主に使用する湿度に強い品種は、寿命が短い傾向にあるのです」。

山田さんは穂木だけでなく台木の特性も考えながらぶどうを栽培している。あらゆる知識と経験を総動員しても、答えにたどり着けないぶどう栽培。なんとも奥が深い世界だ。

▶︎早熟品種への期待と可能性

2022年は、台風の影響を受けた年だった。台風が直撃すると、樹がなぎ倒されてしまうこともある。蔵邸ワイナリーの畑は、昔ながらの木の支柱を使って仕立てているため、耐久性が弱い。梅雨でゆるくなった地盤に台風が重なると、被害が大きくなってしまうのだ。

「台風被害だけは、どれだけ人の手を借りようと避けようがありません。そこで、早熟品種に力を入れることで台風への対策をしています」。

なぜ早熟品種を育てることが台風対策になるのだろうか?それは、秋雨前線が来る前に収穫を終わらせることができるからだ。台風のピークは9月下旬頃から10月にかけてのため、早熟品種であれば、台風の到来前に収穫を済ませることができる。また仮に台風がやってきたとしても、被害を最小限に抑えられるのだ。

「早熟品種であるだけでなく、糖度や酸が十分に残ることも大切です。特に白・ロゼワイン用のぶどうに絶対必要なのは、『酸が乗ること』だと思っています。酸は味の骨格をつくり、全体を締めてくれる役割を担うためです」。

早熟で、かつ糖度と酸が残ること。この条件に合致するぶどうは、「ピノ・ノワール」だ。シャルドネと並び、蔵邸ワイナリーがいちばん力を入れている品種でもある。

日本におけるピノ・ノワール栽培は困難だともいわれることもあるが、蔵邸ワイナリーの畑ではどうなのだろう。

「実際に栽培してみるとわかるのですが、育てるだけであればピノ・ノワールは栽培が難しい品種ではありません。『高品質なピノ・ノワール』を栽培するのが難しい品種なのです」。

高品質なピノ・ノワールを栽培するのが難しい理由はいくつかある。まず、収穫のタイミングが難しいこと。本来であれば色づきしてからしばらくはそのまま実らせておきたいものだが、放置しすぎても病気などの原因になる。つまり、ベストなタイミングで収穫するのが難しい品種なのだ。

もうひとつの理由は、栽培環境に合ったクローン選びの問題だ。同じピノ・ノワールでも、遺伝子番号によってそれぞれ違った特徴が現れる。日本で広く栽培されているクローンは、実は高温多湿に弱い種類なのだという。日本ではクローン品種を選ぶことが一般的ではないのが現状だが、山田さんはクローン品種選びの重要性について力説する。

「チャレンジしてみたいのは、遺伝子番号113、114、115、667、777番のピノ・ノワール。ディジョン・クローンと呼ばれるフランス、ブルゴーニュ系のピノ・ノワールです。日本に浸透しているピノ・ノワールは冷涼地向けの遺伝子番号を持つ品種だと言われており、高温多湿環境ではトラブルが起きやすいので、より気候にマッチするクローンを選ぶ必要があると思います」。

山田さんが注目するディジョン・クローンのピノ・ノワールは粒同士の間があきやすく、いわゆる「バラ房」になるという特徴がある。日本で一般的なピノ・ノワールは密に粒ができる傾向にあり、房の湿気が溜まりやすい。粒同士に隙間があったほうが、房に風がとおり、蒸れによるトラブルを回避できるのだ。

天候への対策は、栽培管理に限ったことだけではない。品種選びやクローン選びによって栽培の精度をより一層向上させることが可能なのであれば、日本におけるぶどう栽培の未来は明るいだろう。

『新しい醸造に取り組んだ2022年のワイン造り』

続いて見ていくのは、最新ヴィンテージのワイン造りについて。

蔵邸ワイナリーが2022年に醸したワインは全部で7種類。白ワイン1種、ロゼワイン1種、赤ワイン3種。さらに、オレンジワインとスパークリングワインそれぞれ1種類ずつだ。

「醸造では、毎年新しいことに取り組むようにしています。ワイン造りは1年に1回しかできないのですから、失敗したとしても新たな取り組みにチャレンジしたいのです」。

どのような醸造方法がとられ、どんなワインが生まれたのか紹介していきたい。

▶︎白ワインの醸造には、スキンコンタクトを実践

最初に見ていくのは、白ワインの醸造について。

2022年の白ワインを語る上で外せないテーマは「スキンコンタクト」だ。スキンコンタクトとは、絞った果汁を果皮と共に漬け込む手法のことを指す。蔵邸ワイナリーの2022年ヴィンテージの白ワインでは、2日間のスキンコンタクトを実施した。

スキンコンタクトを実施した理由は、ワインにコクを出すため。適度な重みとコクが出たら面白いと考えたと、山田さんは話す。

続いて、白ワイン以外のワインについてもチェックしてみよう。

果汁を果皮と共に発酵させる「オレンジワイン」は、甲斐ブランを使用した。またスパークリングワインは、シャルドネ主体。それぞれぶどうの特徴を味わいたい。

▶︎フラッグシップのロゼは野生酵母にチャレンジ

蔵邸ワイナリーのフラッグシップワインは、ピノ・ノワール100%のロゼワイン。ロゼワインを中心に据えた理由は、野菜とペアリングしやすいワインだからだ。蔵邸ワイナリーでは、地域野菜とワインとのペアリングを考えてロゼワインを醸している。

「2022年のロゼワインは、初めて野生酵母を使って造りました。『地域のものでワイン造りをする』という思いが軸にあるので、野生酵母で醸造できたことはひとつの理想の達成です。また、そもそも野生酵母に踏み切れた理由は、ボランティアの皆さんがとても丁寧に選果をしてくださったからなのです。野生酵母は汚染のリスクもあるので、きれいなぶどうでなければチャレンジできません」。

野生酵母での仕込みは、酸化防止剤の亜硫酸塩が使用できない。また、発酵の過程で酵母のみが増えてくれればよいが、好ましくない菌が増えてしまえばワインは飲めなくなってしまう。そのため、いかに状態のよいぶどうを使うかが大切になるのだ。

野生酵母での発酵は、温度管理にいつも以上に神経をすり減らす事になる。どんな菌が増殖してしまうか、ワインの状態がどのように変わってくるか、予想がつかないためだ。ワイン以外の業務でも多忙な山田さんだが、ロゼワインの仕込み中はつきっきりで管理をおこなった。

「乾燥酵母なら2週間で発酵が完了するところ、野生酵母では2か月もかかりました。発酵のスピードがこんなにも違うのかと、とても驚きましたね」。

来年以降も野生酵母の仕込みが実現するかどうかは、2022年ヴィンテージの出来次第だ。すべては味を見てから判断するという。

「いくら頑張って野生酵母で造ったとしても、やはり味が美味しくなければ意味がありません。消費者の皆さんが味をどう評価するかが、自分にとっては大切なことなのです」。

地域の人たちの声を聴いてワインに生かし、地域のためのワイン造りを徹底する。蔵邸ワイナリーは都市型ワイナリーの強みである「生産者と消費者の距離の近さ」を生かして、地域が本当に求めるワイン造りを実現させていくのだ。

▶︎3種類の赤ワイン

最後に、赤ワインの紹介をしよう。2022年ヴィンテージの赤は全部で3種類。ひとつは、ピノ・ノワール100%の赤ワイン。残りのふたつは、ボルドーブレンドの赤ワインだ。

ピノ・ノワールの赤は、補糖なしで醸造した素材の味が生きる1本。なんと、糖度が21.5度もあるぶどうが使用されている。

ボルドーブレンドの2種赤ワインはいずれも、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー、ビジュノワールのブレンドワインだ。

ボルドーブレンドということで、カベルネ・ソーヴィニヨンとメルローのブレンドは理解できる。では「ビジュノワール」をブレンドしている理由とはいったいなんだろうか?

「ビジュノワールを入れているのは、発色が美しいためです。ビジュノワールには、『黒い宝石』と呼ばれるマルベックの遺伝子が入っています。そのため非常に色が濃いぶどうなのです」。

日本の赤ワイン用ぶどうは、全体的に色づきが弱い傾向がある。昼夜の寒暖差が大きければぶどうの色づきは強くなるが、特に日本の平野部の気候では、大きな寒暖差は望めない。色づきの原因は自然環境によるものなので、直接的に改善するのは困難なのだ。

それでは、色づきの弱さを醸造段階でどのようにカバーするのか?ここでも鍵になるのが、品種選びだ。山田さんはワインの発色に深みを与えるため、ビジュノワールを使うことを選択した。ビジュノワールは、驚くほど発色のよい品種だ。ワインの仕上がりの色味に鮮やかさが足りない場合でも、ビジュノワールをブレンドすることで美しく色付きが期待できる。

ブレンドの話題の次に、醸造工程についても確認しておこう。ブレンドが同じ2種の赤ワインだが、異なるのは熟成方法だ。一方は「ステンレスタンク」で、もう一方は「フレンチオーク樽」で熟成している。

「日本の一般消費者は『ワイン=樽』のイメージを持っている方が多いと思います。しかし実際には、ステンレスタンクを使用したワインの方が多いのです。ステンレスと樽の違いを感じていただきたくて、あえて熟成方法が異なる同じブレンドを2種類造りました」。

ぜひ食事と一緒に楽しんで、2種の味わいの明確な違いを体感してほしい。それぞれ異なる魅力とペアリングが楽しめることだろう。

2023年ヴィンテージ以降には、マロラクティック発酵にもチャレンジしたいという山田さん。実現すれば、また新しい可能性が開けることだろう。

▶︎醸造の受託 農業・ワイン仲間を増やすために

山田さんは、自身のワイナリーの存在意義を「ワインを造りたい人や農業を志す人の支援と育成」にあると話す。今後の蔵邸ワイナリーは、ぶどう栽培を拡大することより「農業の仲間づくり」を優先していく。

「蔵邸ワイナリーでは将来的に、ぶどうやそのほかの果物のワインを使った醸造を受託することも予定しています。たとえば、いちごは都市農業との親和性が高く、川崎市や横浜市ではいちご農家が増えているのです」。

農家が増えるに伴い避けて通れないのが、規格外商品の処分に関する問題だ。そこで地域農業の発展のため、規格外のいちごをワインにするという取り組みをおこないたいと考えている。

「いちご以外にも、地域の農家さんのサポートとして、川崎市で栽培面積が一番広い梨についても取り組みます。明治大学黒川農場アグリサイエンス研究室と共同で『梨ワイン』を開発したので、完成すれば果樹農家さんの新しい収入源になりますよ」。

梨ワインの原料は、台風で落ちてしまった果実が中心だ。品質自体には問題がなくとも、地面に落ちてしまえば食用として売ることは叶わない。品質に問題がなくても捨てるしかない梨をワインにできたなら、農家の努力や資源は無駄になることなく報われる。蔵邸ワイナリーの取り組みは、地域農業にとって力強いサポートとなるはずだ。

地域農業の振興とワイン造りを目指す人のため、山田さんが常日頃から目指すのは、自身のワイナリーの利益を最大化することではなく、地域の農業全体が幸せになれる道を追求することなのだ。

『2022年の振り返りと2023年以降の蔵邸ワイナリー』

最後のテーマは、2023年以降の蔵邸ワイナリーについて。未来にむけて取り組んでいることや、達成したいことについて伺った。

▶︎教育に力を入れた2022年 取り組みを振り返って

「2022年は、農業教育に力を入れた1年でした。今まで共同での取り組みをしていた和光大学だけでなく、明治大学農学部・理工学部とも共同プロジェクトをスタートしました。例えば明治大学農学部とは、完成したワインを数値化する試みが始まっています」。

山田さんは、若い世代が「ワインを通じて農業に注目すること」に大きな価値があると話す。現代の農業が考えるべきは、いかに未来につなぐかということ。農業人口を増やすことや、未来も農業のできる環境を維持していくことなどだ。若い世代が農業に対して積極的になれば、地域農業の未来は必ず明るい方向へと向かうと考える。

「大学間のナチュラルな連携を取りたいと思い、ワイナリー主催のヌーボー・イベントも、和光大学と明治大学共同で実施しました。ワインという共通項をつうじて、双方が『農業』のことを考えていることこそが、ワインのおもしろさの体現だと思っています」。

そのほかにも、大学と始めた試みがある。ぶどうの絞りカスの再利用プロジェクトだ。和光大学の学生が主体となって2021年にはぶどうの絞りカスから化粧品を、2022年にはアクセサリーを作った。また、近隣のパン屋では、絞りカスを利用して「カンパーニュ」というパンを作る試みもおこなわれた。

ぶどうの絞りカスに関して明治大学農学部と研究しているのは、絞りカスのデータを用いた「肥料作り」だ。ぶどうの絞りカスに何を混ぜたら肥料に生まれ変わるのかという実験中だという。

「うちでは2022年から米作りを始めていますが、米の収穫後に出る『稲わら』をぶどうの絞りカスに混ぜると肥料になる可能性があります。自家製肥料を今後の栽培に使えたら素晴らしいですよね」。

少量多品種栽培が都市農業の特徴のひとつだ。ワイン造りで完結するのではなく、ほかの農作物につなげたいと、山田さんは言う。

ワインから生まれたぶどうの絞りカスで米が実り、米から発生した稲わら肥料を次のぶどう栽培や野菜栽培に使うことで、循環していくことに意味がある。ワインを起点にして、理想系の循環農業が生まれるのだ。

ワイン造りもおこないながら、次世代農業の教育に力を入れる山田さんは多忙だ。だが、農業の未来について語る山田さんは笑顔だ。

「近隣に大学があり、恵まれた環境だと思います。若い世代がいるという地域の特徴を、最大限に生かすべきだと思うのです。若い人たちとスピーディーに色々なことに取り組めるのは、ただただ楽しいですね」。

▶︎地域農業体験の場として 2023年の目標

「2023年も、農業に関する教育事業を継続したいです。教育といっても堅苦しいものではなく、現地に来て農業を体験してもらうことを中心に考えています。米の刈り取り体験などをつうじて、身近な農業から新たな気づきを皆さんに与えていきたいですね。池に投げた石の波形が自然に広がるように、私の思いを周囲に派生させていければと思っています」。

ワインに関する目標も、教育に関するものが中心だ。2022年に引き続き、大学との連携をおこなっていく。また、川崎市政100周年に向けた記念ワイン造りも、大学や地域の人たちと協力して実現いきたいと話してくれた。

「これから先も、『感性』を大事にしていきたいです。自分は非効率なことが大好きなので、どれだけ儲かるかは基準にしていません。大事なのは、楽しさと喜びを感じるかどうかです。物事の中心に『喜び』が軸としてあるかどうかを大切にしたいのです」。

完成しないほうがおもしろい、と山田さんは笑って言う。そもそも農業には、完成形がないものだ。天候がや環境が毎年変化し、出来上がるものも同じではない。

蔵邸ワイナリーは、その年にしかない要素に価値を見出す。農業の不確かさを愛することはワインの個性を輝かせ、オンリーワンの魅力を醸し出すのだ。

『まとめ』

地域のボランティアの協力やぶどうの樹の成熟によって、収量を上げた2022年の蔵邸ワイナリー。収量だけでなく品質も良好だったことから、野生酵母での醸造やスキンコンタクトなど、新しい醸造の取り組みにも積極的にチャレンジできた。

ワイン造りだけでなく、大学との共同プロジェクトなど農業教育にも積極的に取り組んだ2022年は、地域農業の未来のために全力を出し切った1年だった。

山田さんの活動は、日本農業全体を救う力を秘めているように感じる。しかし山田さんは、そこまで大それたことは考えていないと言う。

「私ひとりが日本全国の農業を救えるなんて思っていません。しかし自分の住む地域だけでも、自分の力でよりよくしていきたいのです。いつも地域に助けてもらっていますし、農業ができる美しい自然も残った大切な場所です。故郷である岡上地区の力になれるような活動をこれからも継続していきたいです」。

押し付けがましくない山田さんの姿勢は、心に訴えかけるものがある。

「完璧すぎるものはオシャレじゃないですよね」と話す山田さんの粋な生き様は、農業を志す若い人たちの心を大きく揺さぶる力を秘めているのではないだろうか。ふと気づいたらその熱い思いが全国に広がっている、そんな未来を心待ちにしたい。


基本情報

名称 蔵邸ワイナリー
所在地〒 215-0027 
神奈川県川崎市麻生区岡上 225
アクセス電車
小田急線鶴川駅から徒歩10分
HPhttp://carnaest.jp/

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