『Domaine Mikazuki(ドメーヌ ミカヅキ)』陸前高田を盛り上げる新進気鋭のワイナリー

岩手県の東南端に位置する陸前高田市は、三陸海岸の南の玄関口として発展してきた歴史を持つ。だが、2011年には東日本大震災による大津波で甚大な被害を受けた。

そんな陸前高田市に2021年に誕生したワイナリーが、「Domaine Mikazuki(ドメーヌ ミカヅキ)」だ。代表を務めるのは、陸前高田市出身の及川恭平さん。20代でワイナリーを立ち上げた若き実業家である。

ドメーヌ ミカヅキでは、栽培する品種をアルバリーニョだけに絞って陸前高田のテロワールを表現し、震災を乗り越えた故郷の復興を目指している。

ドメーヌ ミカヅキのワインの販売は、2024年以降を予定。2023年時点では、シードルの醸造と販売をすでにスタートさせている。

持続可能な農業を目指して、属人化しない栽培技術の確率を目指すドメーヌ ミカヅキ。アルバリーニョの栽培とワイン醸造を、陸前高田の地に長く続く産業として定着させようとしているのだ。

遠く未来まで見据えた展望を持って事業を開始したドメーヌ ミカヅキの、これまでの歩みとこれからのヴィジョンについてのお話は、非常に興味深いものだった。さっそく紹介していこう。

『陸前高田をワインで復興』

まずは、及川さんがドメーヌ ミカヅキを立ち上げたきっかけと、ワイナリー設立までの経緯を見ていきたい。

陸前高田の地でのぶどう栽培とワイン造りには、どのような思いが込められているのだろうか。

▶︎東日本大震災がすべてのきっかけ

「2011年に起こった東日本大震災が、すべてのきっかけです。当時、私は隣町の大船渡の高校に通っていました。あの日、突然の大地震によって故郷は壊滅的な被害を受けました」。

地震発生は、ちょうど下校のタイミングだった。地震と津波によって、瞬く間に道は寸断され、街は消滅。帰宅できなくなった及川さんはそのまま学校に留まり、ようやく帰宅できたのは実に3日後のことだった。

壮絶な体験をした及川さんは地震の直後から、自分が生まれ育った地である陸前高田をどのように復興させていくべきなのかを真剣に考え続けてきたのだ。

そして、10年後には故郷に戻り、陸前高田を再び盛り上げるための産業を興すことを心に決めて行動を開始。及川さんが注目したのは、陸前高田で古くから続いてきた果樹栽培だった。

「陸前高田という地域と親和性が高い産業を検討しました。陸前高田といえば海産物が有名ですが、実は沿岸部にしては珍しく、りんごなどの果樹栽培の歴史が長い地域でもあり、ぶどう栽培の実績もあります。そこで、ぶどう栽培とワイン醸造をすることに目標を定め、ワイナリー設立に向けて行動を開始しました」。

ここからの及川さんの行動力には、目を見張るものがある。まず、大学は「食」について総合的に学べるバイオ関係の学部に進学した。卒業後はワインを商材として扱う商社に入社。販路や顧客の反応を現場で学ぶことが目的だった。さらにこの頃、ソムリエ資格も取得した。そして、その後は海外のワイナリーでワイン造りを学ぶべく、3年で商社を退社。

だが折悪く、新型コロナウイルスによるパンデミックが発生したため、2年間を予定していた海外渡航は期間を短縮せざるを得なかった。そんな中でも、なんとかアルザスのワイナリーでの修行だけは終えて、2020年には予定よりも早く陸前高田にUターンを果たす。

「フランス・ブルゴーニュやドイツにも行くつもりだったので残念ではありましたが、地元に戻って土地を紹介してもらい、畑の開墾を開始しました。そして、2021年には会社を設立し、念願のワイナリーを始めました」。

淡々とした口調で話してくれた及川さんだが、10年前の思いを見事に実現した、実に壮大なストーリーだ。被災したときに感じた故郷への思いをぶれずに持ち続け、着実に歩みを続けた行動力と意志の強さに頭が下がる。

▶︎アルバリーニョのみで勝負

ドメーヌ ミカヅキでは、2021年の春に植樹をスタート。栽培を手がける品種は、白ワイン用品種のアルバリーニョのみだ。

「アルバリーニョは日本での栽培に適性があるぶどう品種です。病気に強く栽培が容易で、誰にでも無理なく栽培できます。地場産業として広がりを持たせるうえで欠かせない条件のため、この点は特に重視して品種を選定しました。また、陸前高田の特産品である海産物とペアリングでき、ブランド化しやすいのもアルバリーニョの魅力ですね。さらに、赤ワインに比べて醸造の工程が格段に少ないことも、白ワイン用品種を選んだ理由のひとつです」。

アルバリーニョが植えられている畑は太平洋に面しており、古い時代の花崗岩土壌が広がる。下層は荒い砂状の花崗岩で、上層は石が多いのが特徴だ。

また、海から吹く風のおかげで、畑全体の風通しは非常によい。さらに、陸前高田の北側には標高800mほどの氷上山(ひかみさん)がある。氷上山から吹き下ろされる冷涼な風が寒暖差をもたらすおかげで、陸前高田は果樹栽培の適地となっているのだ。

さらに、リアス式海岸を持つ穏やかな海も、果樹栽培にとって好条件をもたらしている。海が太陽光を反射して増幅させるため日照量が多く、陸前高田全体が南向きの斜面にあるため、ドメーヌ ミカヅキの畑にも傾斜がついている。

そのため、畑は水はけがよく、年間1,200mmほどの降水量があっても土壌に余分な雨水が溜まることはないのだ。

▶︎マイクロクライメットでバリエーションを生み出す

ドメーヌ ミカヅキの畑は数か所に分散しているため、区画によって日当たりの条件がそれぞれ異なり高低差もある。

「同じ地域にある畑でも、わずかな気候条件の違いから生じる『マイクロクライメット』を生かし、区画ごとのぶどうの特徴を引き出すように取り組んでいます」。

マイクロクライメットは日本語では「微小気候」のことで、局地的な気候を意味する言葉だ。隣接するエリアでも、日当たりや地形の違いによって生まれる違いにより、区画ごとのぶどうにそれぞれの個性が出るのだという。

アルバリーニョのみを栽培し、自社畑内のマイクロクライメットを生かしてワインのラインナップにバリエーションを作る。非常に繊細かつ大胆な、興味深い挑戦ではないだろうか。

▶︎りんご栽培にも着手

ドメーヌ ミカヅキでは、ぶどう栽培だけではなく、地域で古くから盛んだったりんご栽培も手がけている。周辺のりんご農家から依頼されて引き継いだ畑で収穫したりんごで、シードルを造っているのだ。

りんごのほとんどは、生食用としてメジャーな「ふじ」。そのほかにも、りんご栽培の歴史が長い陸前高田で栽培されてきた古い品種も栽培しているのだとか。

「もうほとんど栽培されなくなった『紅魁(べにさきがけ)』は、シードル向きの特徴を持つ品種です。しかし、今では希少な品種となりました。後世に残すため、接木して増やしていくことにも取り組んでいます」。

▶︎「マニュアル化」を推進

ぶどう栽培において及川さんが重視しているのは、「マニュアル化」だ。地域の産業としてぶどう栽培が広まっていくためには、及川さんだけが把握できる方法ではなく、誰にでもできる仕組みの構築が欠かせない。

「樹の仕立て方は、短梢栽培を採用しています。芽を1〜2個残して枝を切るだけなので、経験の少ない人でも剪定が可能なのが特徴の仕立て方です。短梢栽培が可能だということも、アルバリーニョを選んだ際のポイントのひとつでした」。

また、酸が豊富だというアルバリーニョの品種特性も、及川さんが目指す「マニュアル化」に向いているのだという。一体どういうことだろうか。

酸が高い、つまりpH値が低いアルバリーニョは、栽培が容易なだけではなく醸造の難易度も低いのだという。酸が少ないぶどうを醸造する際には、場合によっては補酸などの工程が必要になることもある。その点、もともと酸が豊富なアルバリーニョには補酸は不要。比較的簡単に醸造できるのだ。

こうしてみると、及川さんが目指す道にあらゆる面でマッチする品種がアルバリーニョだったということがよくわかるだろう。

▶︎栽培と醸造の年間スケジュール

2023年は、例年よりも2週間ほど早くりんごが開花した。観測史上最速の開花だったそうだ。開花が早い場合に懸念されるのが、遅霜の被害。開花後に寒さが戻って霜が降りてしまうと、花芽が被害を受ける可能性が出てくる。

果樹栽培に携わるようになって数年が経過したところだが、それでも気候の変化は感じているという及川さん。

「毎年さまざまな変化があって、その度になんとか対応しているという感じですね。気温が上昇してきているので、りんごの収穫時期もどんどん早まってくると思います。植物は気候の変化を敏感に察知しているのでしょう」。

りんごとぶどうの両方を手がけるドメーヌ ミカヅキの、栽培管理の年間スケジュールはどのようになっているのだろうか。

まず冬季は、剪定作業が中心だ。3〜4月には毎年拡大している自社畑に植樹をおこなう。春には防除作業がスタート。5月になり葉が茂ってくると除葉し、房が育つと間引き作業を開始する。そして、9月の末になるとりんごとアルバリーニョの収穫がほぼ同時期に始まるのだ。

「りんごは品種によって早生と中生と晩生があり、それぞれ、9月、10月、11月と収穫時期が異なります。また、アルバリーニョは造るワインによって収穫時期を数回に分けて実施するつもりです」。

アルバリーニョの収穫は、2〜3週間の間に区画ごと収穫することを予定している。作業を分散することで、収穫から醸造に至る作業が滞りなくおこなえ、しかも出来上がるワインに特徴を持たせることができるというわけだ。

▶︎区画ごとに仕立て方を調整

ドメーヌ ミカヅキのぶどう栽培では、どんな点にこだわっているのだろうか。

「住宅が近いところにある畑では農薬の散布をひかえることもありますが、とくに有機栽培にこだわっているわけではありません。ただ、畑の区画ごとに栽培方法や仕立て方を変えることは非常に意識しています」。

マイクロクライメットを反映させたぶどう栽培をおこなっている及川さん。収量と品質のバランスを見ながら、土地の特徴を栽培方法に反映させていく。土地が持つ特徴をしっかりと映し出したぶどうが収穫できるのが、今から待ち遠しい。

『アルバリーニョで造る、海のワイン』

ドメーヌ ミカヅキが造るシードルとワインは、酸が高くドライで海産物が合うテイストを目指している。

「シードルは現在、5割程度をふじで造っていますが、もう少し栽培品種が増えてきたらさらにいろいろなアイテムが造れると思います。ワインはアルバリーニョだけで10アイテム以上を造る予定なので、アルバリーニョの個性と可能性を最大限に引き出すことを考えています」。

アルバリーニョの初収穫は、早ければ2024年にスタート。買いぶどうでの醸造は予定していないため、2023年ヴィンテージまではシードルの醸造に特化する。

▶︎ドメーヌミカヅキのシードル「Cuvée M」

ドメーヌ ミカヅキからすでにリリースされているシードル「Cuvée M」は、及川さんの高校時代の同級生が手掛けたというエチケットデザインが印象的だ。

「高校では私は生徒会長だったのですが、デザインをしてくれたのは、当時の美術部部長です」。

及川さんが高校生だった頃に経験した震災が創設のきっかけとなっている、ドメーヌ ミカヅキだからこそ誕生したエチケットだと納得する。

ドメーヌ ミカヅキにとってファーストヴィンテージとなった「Cuvée M」だが、委託醸造先を探すのに苦労したそうだ。

「陸前高田からの距離が離れすぎていないことはもちろん、シードルの醸造にも対応しているワイナリーを探すのが大変でしたね。10軒以上に問い合わせて、宮城県の『南三陸ワイナリー』さんに依頼することにしました」。

南三陸ワイナリーは、ドメーヌ ミカヅキと同じように三陸の海の目の前にあるワイナリーだ。

シードル造りは、収穫したりんごを破砕し、澱引きなどの過程を経て熟成させる。瓶詰めまでは約3か月ほどの工程だ。及川さんがシードル造りにおいてもっともこだわったのは、ドライに仕上げること。ワインのように、料理と合わせられる味わいを目指した。

使用したのは、自社畑で栽培した小玉りんごだ。小玉りんごを使用したのは、果皮のタンニンを生かすため。味の広がりに幅があり、凝縮感のある風味を追求したという。

タンニン分を増やす目的で、あえて小さいサイズにりんごを育てるため、通常であればおこなう「摘果」を実施しなかった。花が咲いて受粉したあとにできる果実のうち、不要なものをまだ小さい段階で摘み取ることで、残した果実を大きく育てるためにおこなうのが摘果だ。

だが、摘果しなかったりんごは小さく、大人の手のひらに5〜6個乗ってしまうほどのサイズだ。

「栽培段階からシードルの出来上がりの味わいをイメージして、それに合わせる栽培をしたのです。しかし、生食用のりんごを栽培している近隣の農家さんからみると、うちの畑はきちんと管理をしていないと見えてしまったようです。シードル用だと説明しても、なかなか理解が得られないという大変さはありましたね」。

さまざまな苦労を経て完成したファーストヴィンテージの「Cuvée M」は、無事リリースされた。海の幸とのペアリングはもちろんのこと、天ぷらなどの揚げ物やたこ焼き、餃子などにもよく合うそうだ。ハーフサイズボトルなので気軽に開けられ、食前酒などにもおすすめだ。気になる方は、ぜひ公式サイトをチェックしてほしい。

▶︎バリエーション豊かな「海のワイン」を目指す

ドメーヌ ミカヅキの自社醸造場は、2023年夏には着工予定。2024年にはシードルだけでなく、自社栽培のアルバリーニョのワインが登場するだろう。

「ドメーヌ ミカヅキは、表面的には私ひとりだけでやっているように見えますが、実際にはたくさんの方に支えられて成り立っています。力を貸してくださっている皆さんへの恩返しになるような、優れたワインを造ることを目標にしたいと思います」。

スティルの白ワインだけではなく、スパークリングワインやオレンジワインなど、アルバリーニョで幅広いラインナップを作ることを目指す。

及川さんが思い描くドメーヌ ミカヅキのブランドコンセプトは、ずばり「海のワイン」。地元産の海の恵みをふんだんに使った寿司や牡蠣、陸前高田でしか採れない特産のイシカゲ貝などに合うさまざまなワインが続々とリリースされることだろう。

「樽や酵母、熟成期間の畑の違いなどで、さまざまなバリエーションを出すワイン造りをしようと思っています。料理に合わせやすく、飽きずに楽んでいただける商品展開をしていきたいですね」。

ドメーヌ ミカヅキのファーストヴィンテージワインのラインナップが、今から非常に楽しみだ。

▶︎いずれは情報発信する立場に

及川さんは日本ワインの将来が明るいものとなるよう、品種の特性や土地ごとのテロワールなどが、ワイン選びにおいてさらに重視される市場ができることを望んでいると話してくれた。そのために自身の活躍の場をさらに広げ、日本ワインの発展に貢献していきたいと考えている。

「流通の世界なども経験した上で、20代でワイナリーを立ち上げた人材は、この業界にほかにいません。これまでの知見を生かし、いずれはワイン造りだけでなく、ワインに関する情報を発信する立場に立ちたいと思っています」。

及川さんの今後の活躍にもぜひ注目しよう。

『まとめ』

最後に、ドメーヌ ミカヅキのこれからについて尋ねてみた。

及川さんはワイナリー立ち上げ前から、ワイナリーコンセプトの構築をかなり慎重に練り上げてきた。ブランドイメージがぶれないよう、これまではあえてひとりですべてを担ってきたおかげで、ワイナリーの特色を明確化できたという。

「立ち上げから3年が経過して、スタートアップから次のフェーズに入ってきた段階です。これからはワイナリー整備に本格的に取り組んでいきます。周辺の農家さんからは、畑を引き継いで欲しいという依頼もあるので、今後はたくさんの人を巻き込みながら事業規模を拡大していくのが今年の目標です」。

ドメーヌ ミカヅキには、近隣住人や学生団体、また遠く首都圏や関西からも多くの人がやってきて植樹や開墾作業に参加する。

最初の1年は及川さんがたったひとりで黙々とおこなっていた開墾作業。だが今では、各地から訪れた人たちが陸前高田にしばらく滞在して作業を手伝い、現地での暮らしを楽しんで農作業に携わっていくという非常によいサイクルが生まれ始めているのだ。

及川さんは今後、ドメーヌ ミカヅキをさらに開かれたワイナリーにしたいと考えている。

「ワインを作りたい人がいれば委託醸造を受け入れて、ワインを造りたい人にオープンなワイナリーを目指します。みんなが使えるリソースとして活用できる存在になると嬉しいですね。ドメーヌ ミカヅキに行くとなんだか楽しそうだと思ってもらえる場所にしたいですし、ソムリエ資格を生かしてワインの勉強会なども実施するつもりです」。

高校生で起業を決意し、強い意志で目指すところに向けて着々と進んできた及川さん。これまでの経験を含めたすべてが、ドメーヌ ミカヅキの唯一無二のブランド性となっているのだ。

ドメーヌミカヅキはこれから、日本全国のみならず世界に向けて扉を開き、活躍の場をさらに大きく広げていくことだろう。引き続き応援していきたい。

基本情報

名称ドメーヌ ミカヅキ
所在地岩手県陸前高田市
HPhttps://domaine-mikazuki.com/

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