北海道北見市、オホーツク海に面した極寒の大地で、ぶどうを育てワインを醸す「インフィールドワイナリー」。黒毛和牛の育成を主業とする株式会社未来ファームが母体のワイナリーだ。黒毛和牛とワインのマリアージュに可能性を見出し、北見の味を表現することを目指す。
インフィールドワイナリーでは、元牧草地だった畑で複数種類のワイン用ぶどうを育てている。中でも特筆すべきなのは、「山幸」「清舞」といったヤマブドウ系の交配品種だ。ヤマブドウは寒さに強い性質を持つ品種。寒暖差のある良好な環境で栽培されるインフィールドワイナリーのぶどうは、北ならではの力強い酸味が特徴的だ。手作業を中心とした丁寧な栽培と醸造で、愛情たっぷりのワイン造りをおこなっている。
2022年には自社醸造4年目に突入したインフィールドワイナリー。ヴィンテージの特徴やぶどう栽培のエピソードなど、最新の情報を醸造責任者の森裕子様さんにお話いただいた。ひとつひとつ深掘りしながら、紹介していこう。
『2021年のぶどう栽培 少ない雨と多い雪』
最初に見ていくのは、インフィールドワイナリーの2021年のぶどう栽培について。
北見ならではのぶどう栽培を目指す、インフィールドワイナリーが取り組むぶどう栽培についてお届けしたい。
▶︎雨が少なかった2021年の北見
北見の2021年は、近年稀に見る降水量の少ない年だった。
湿度に弱いぶどうにとって、病害虫の原因になる多雨は大敵。インフィールドワイナリーの2021年は、雨の少なさから病気の発生が少なく抑えられた。さらに天候の追い風は続く。7月の気温が高かったことで、糖度もしっかりと上がった。
ぶどう栽培にとって最高の年だとも思えるが、ぶどう栽培はそれほど甘いものではない。雨が少なすぎたことによるデメリットもあったのだ。
「病気が少ないのはよかったのですが、あまりにも雨が少なかったため、ぶどうの粒がじゅうぶんに肥大しませんでした。ぶどう栽培には、やや乾燥している気候がマッチしていますが、雨が少なすぎると収量が減ってしまうのです。もう少し雨が降ってもよかったですね」。
特に、成長途中の若い樹には水が必要だ。本来なら雨が少ない時は、灌水して水分を行き渡らせたいところ。しかし畑すべてに灌水設備を設置するには、相当大規模な工事が必要だ。
農業であるぶどう栽培は、人間の力ではどうしようもない自然の力に大きく左右される。雨が降りすぎてもトラブルが起こり、雨が少なくても生育が阻害される。毎年立ちはだかる壁を乗り越えていくしかない。インフィールドワイナリーの試行錯誤は続く。
▶︎雪に守られる北見のぶどう
北見の冬は、文字通り「凍てつく」寒さだ。マイナス20℃にもなる空気は、すべてを凍らせてしまう。ぶどうとて例外ではなく、インフィールドワイナリーでは毎年、「ぶどうの越冬」が死活問題になっている。
北海道などの寒冷地では、冬季の寒さからぶどうの樹を守るため、樹を雪ですっぽりと覆って越冬させる。雪の中は一定の温度が保たれるため、樹が凍害にあうことはないのだ。
だが、降雪が少ない冬はぶどうを保温するすべがなく、外気にさらされた樹は凍害で枯れてしまうことがある。
降雪量の減少が続く近年では、雪の保温が期待できず凍害が多くなっていたという。しかし2021年は珍しく雪の多い冬になったという。
「雪の降り始めが遅かったので、多少は寒さによるダメージを受けました。しかし、例年より雪が多かったために凍害による被害が減り、ひと安心でしたね」。
ぶどうに凍害が起こると、どのような様子になるのだろうか。ぶどうは冬になると葉を枯らして落とす植物だ。しかし春の暖かさに触れると、新芽が芽吹いて成長を再開する。
しかし、凍害にあったぶどうの樹には、春の芽吹きが訪れない。冬のぶどうはすべて枯れたように見えるため、春になって初めて凍害の影響を知ることになるという。
凍害に遭った苗は抜くしかなく、その年の収穫が見込めないために収量が減ることはまぬがれない。また、新しい苗に植え替えをする必要があるため、作業量も増えてしまう。そのため、冬の気候が厳しい土地である北見のぶどう栽培においては、いかに凍害を防ぐかが重要なのだ。
凍害からぶどうを守るため、インフィールドワイナリーがおこなっているのは、不織布による防寒だ。農業用の布を苗に巻き付けて、外気からぶどうを守るのだ。
「少しでも寒さから守るためにおこなっていますが、寒さを完全に防げるわけではありません。よりよい対策を模索中です」。
北見でぶどうを育てる以上、寒さ対策は絶対条件になる。インフィールドワイナリー畑のぶどうすべてに、春の芽吹きが訪れることを心から祈りたい。
『北見のぶどうでワインを 2021年のワイン醸造』
続いてのテーマは、2021年のワイン醸造について。インフィールドワイナリーはどのような醸造をおこなったのだろうか。2021年ならではのエピソードやワインの味わいを探りたい。
▶︎自社ぶどう100%ワインへの実感 2021年の醸造
インフィールドワイナリーでは現在、自社畑のぶどうを使ったワインと、北海道のほかの地域で栽培された買いぶどうでワインを醸造している。
だが、インフィールドワイナリーが掲げる目標は、自社畑のぶどうだけでワインを醸造することだ。自社畑のぶどうは年を経るごとに収量が増えてきているため、夢が実現する日は近いといえるだろう。
降雨量が少なかったため、旨味が濃縮された実が収穫できた2021年、新しく取り組んだ醸造がある。オレンジワインと、自社栽培した山幸のロゼワインだ。
「オレンジワインを造った理由は、近年注目されているワインのスタイルだからです。オレンジワインを醸造するワイナリーが増えてきていますので、うちでも挑戦してみようと考えました」。
オレンジワインとは、白ワイン用ぶどうを果皮ごと醸す手法で醸造したワインのことだ。果皮の色素が抽出されて、オレンジ色に色づくワインになる。
インフィールドワイナリーのオレンジワインは、ピンクともオレンジとも付かない絶妙な色彩が美しく、特に女性に人気が高い。
自社栽培の山幸で造ったロゼは、十分な収量が確保できたために実現した新たな取り組みだ。
「同じ山幸という品種のぶどうでも、醸造方法をロゼに変えれば、商品のラインナップを増やせます。安定した収量を確保できる品種でいくつかの銘柄を造れば、お客様に選ぶ楽しさも提供できると思ったのです」。
2021年ヴィンテージのオレンジワインは、2022年7月中旬から直売所にて販売を開始している。ワイナリーを訪れたら、ぜひ手にとっていただきたい。
▶︎おすすめ銘柄を紹介 初登場「清舞2021」と「山幸2020」
オレンジワイン以外にも、注目すべき銘柄がある。森さんにおすすめいただいたひとつ目の銘柄は、「清舞2021」だ。
「自社畑で栽培したぶどうで造ったワインをおすすめしたいですね。『清舞2021』は、ヤマブドウ系品種の清舞を使用した銘柄です。清舞のみのワインを醸造するのは、実は初めてなのですよ」。
過去2年の醸造を見てみると、清舞はブレンドワインとしてリリースされてきた。2021年の清舞は、単一品種で醸造したことで清舞の特徴がはっきりと表れたワインに仕上がっている。インフィールドワイナリーでは、清舞と同じくヤマブドウ系列の「山幸」も栽培しているが、清舞のほうがより華やかさが強いワインになるという。
もうひとつ、森さんがおすすめしてくれたのは、2020年ヴィンテージの「山幸2020」。辛口タイプのワインだ。
「『山幸2020』は、北見のテロワールをしっかりと感じられる味わいになりました。ヤマブドウの交配品種である山幸は耐寒性がとても高く、北見の地でも力強く育つぶどうです。味はヤマブドウ系の品種らしく、野性味やスパイシーさがあり、くっきりとした酸味が特徴です」。
インフィールドワイナリーが醸す山幸や清舞のワインの味わいがもっとも輝くのは、地元名産の北見和牛と共に味わったとき。未来ファームの黒毛和牛とワインのマリアージュを楽しみたいものだ。
「北見は焼肉の街です。お店で焼肉を食べるという方も多いのですが、天気がよい週末には、昼間から家庭で焼肉をするご家庭も多いのですよ。そんな家族団らんの焼肉の場で、インフィールドワイナリーのワインも一緒に飲んで頂けたら嬉しいです」。
森さんは、ぜひワイナリーを訪れて、北見の食材とワインを楽しんでもらいたいと話してくれた。
「和牛やワインが造られている場所で、ワインと食材を味わってもらう機会が作れたらと考えています」。
ワイナリーを訪れて、澄んだ空気の北見でのびのび育った和牛とワインを堪能できたら、これ以上の幸せはないだろう。
『イベント参加と北見ならではのワイン』
最後のテーマは、インフィールドワイナリーの今後のワイン造りとワイナリー運営について。自社畑で栽培したぶどうでの醸造が軌道に乗ってきたインフィールドワイナリーが次に目指すべきものについて触れてみよう。
▶︎自社ぶどうを軌道にのせ、北見ならではのワインを醸す
「自社畑の樹が成長してきたので、収量は引き続き増えてくると見込んでいます。今後の目標は、商品のラインナップを少しずつ増やすことですね。また、『北見ならでは』の醸造方法を確立することにも挑戦したいと考えています」。
森さんが考える、北見ならではのワイン醸造とは?北見という地域が持つテロワールを、どのように醸造に生かしていこうと考えているのだろうか?
「北見で育てるぶどうは、酸が高く出るのが特徴でもあり、デメリットでもあります。しかし北見で育てている特徴を表現することを第一に考えるなら、酸を生かしたワイン造りが大切になってくると思っています」。
酸がくっきりとしたワインは、一本筋が通っていて、キリッとした飲み口になる。酸を意識したワイン醸造を続けていれば、「北見らしい酸」が消費者に認識される未来も遠くないだろう。
北見らしいワイン醸造を目指す森さんには、酸によるテロワール表現以外にも目指すワイン醸造がある。ひとつは「オホーツクに存在する酵母を使った仕込み」をおこなうことだ。実現すればまさに「北見ならでは」のワインが誕生することになるだろう。
また、もうひとつの目標は、「アイスワイン」を造ることだ。
アイスワインとは、凍結したぶどうを使用した極甘口のワインのこと。ぶどうの果実が凍結するほどの寒地でないと醸造することができないため、非常に珍しいワインのスタイルだ。寒冷地でのぶどう栽培ならではの銘柄を造るため、将来的に商品化を実現させたいそうだ。
「色々な商品を展開できたほうが、お客様も飽きずにワイナリーに通えますよね。さまざまな視点の『北見らしさがあるワイン』を醸造することで、消費者の選択肢を増やしていきたいです」。
▶︎イベントへの思い
インフィールドワイナリーでは、イベントへの参加や開催にも積極的だ。社会情勢が落ち着いて、屋外イベントや物産店の開催が増加してきたため、可能な限り出店するようにしているという。
ワイナリー以外の場に出向いて活動することにより、ワイナリーの存在を周知してもらうのが狙いだ。知名度の上昇とともに、より一層の販売強化も狙える。
「イベントに参加して実感するは、まだまだ北見にワイナリーがあることを知らないお客様が多いということです。しっかりと周知させていく必要があるなと感じています」。
2022年6月に開催された「つべつマルシェ」では、ボトルワインの販売はもちろん、バイザグラス(グラス一杯のワイン販売)での提供もおこなった。ワインをその場で味わってもらえるようにという思いからだ。
そして、インフィールドワイナリーのワインショップが2周年を迎えた2022年9月には、「ワインショップ2周年祭」を開催。
そのほかにも数々のイベントに積極的に参加し、精力的に活動するインフィールドワイナリー。活躍の場を広げ、北見ワインの素晴らしさをよりたくさんの人々に伝えていく。
『まとめ』
インフィールドワイナリーは、自社畑のぶどう栽培とワイン醸造に手応えを感じ、今まさに、新たなステージに立とうとしている。
ワイナリーに直接足を運んで、北見の土地を感じながらワインを味わってほしいと話してくれた森さん。オレンジワインやロゼワインなど、選ぶ楽しさも広がってきた。
「少しずつですが、醸造スキルが身についてきたかなと感じています。もちろんまだ勉強不足なところはあるので、今シーズン以降も日々勉強を続けて、もっと美味しいワインを造りたいですね。自社ぶどうのワインも充実させていきたいと考えていますので、ぜひ北見の地で育ったぶどうのワインを味わってください」。
インフィールドワイナリーで醸造されるワインが、自社栽培のぶどう100%になる日が楽しみだ。インフィールドワイナリーの今後の歩みから、目が離せない。
基本情報
名称 | Infeeld winery(インフィールドワイナリー) |
所在地 | 〒099-2231 北海道北見市端野町緋牛内715番地10 |
アクセス | 【電車】 緋牛内駅から車で7分 【車】 美幌高野ICから車で15分 |
HP | https://miraifarm.co.jp/ |