追跡!ワイナリー最新情報!『井上ワイナリー』地元に愛されるワイン造りが、より進化した1年

高知県香南市の「井上ワイナリー」は、ぶどう栽培に欠かせない「ボルドー液」の製造・販売を手掛ける、井上石灰工業株式会社を母体するワイナリーだ。

井上石灰工業株式会社は南国市稲生の石灰質土壌の持つワイン用ぶどう栽培への大きな可能性を見出し、2012年よりぶどう栽培を開始した。

高知は雨の多い土地である。しかし、その障壁は、高品質なボルドー液の使用と、レインカットの設置などの工夫で取り除いてきた。そして高知の名産品、「鰹のタタキに合うワイン」をPRポイントに、地元産のぶどうでワイン造りをしてきた。

また、耕作放棄地を利用してぶどうを栽培してワイン事業で地域を活性化し、人と人をつなぐ取り組みにも力を注いでいる。

2021年に自社の醸造施設「のいち醸造所」が完成、2022年4月29日には醸造所とショップが待望のグランドオープンを迎えた。

2022年に2回目の醸造を終えた井上ワイナリーの1年はどのような年だったのか、醸造所長の梶原英正さんにお話を伺った。高知県独特のお酒文化についても興味深いエピソードを聞くことができたので、余すところなく紹介していきたい。

『高知の土地に合うぶどう栽培』

「2022年は、2021年と比較しても、悪くはない年だったと思います。比較的雨も少なかったですしね」と、梶原さんは2022年の天候について語る。

2021年は収穫時期の8月に入ってから、なんと20日連続で雨に見舞われ、赤ワイン用品種の収穫に大きな影響が出たのだ。

一方の2022年は、台風の影響による収穫時期の変更を余儀なくされた品種はあったものの、ぶどうの品質に大きく影響する雨は降らなかったのだ。

▶︎棚栽培の効果を実感

井上ワイナリーでは、2012年からぶどう栽培をスタート。立ち上げ当初は垣根栽培で畑を広げてきた。だが、垣根栽培は房と地面の距離が近くなりやすいため、湿気や雨の跳ね返しなどで病気のリスクが高くなってしまう。

また、井上ワイナリーの主要な栽培品種のひとつであるヤマブドウ系のぶどうは、樹勢が強いために枝の誘引が難しく、枝を横に伸ばしにくいという問題もあった。

「高知の場合は棚栽培のほうが土地に合う栽培方法なのではということで、2018年以降はすべて棚に切り替えて、棚栽培の新しい畑を段階的に増やしていきました」。

▶︎自社で設置したぶどう棚

井上ワイナリーの自社畑と契約農家の畑の棚は、社員が自前で建てたものだ。地元にはぶどう棚の設置を依頼可能な業者がいなかったため、ぶどう栽培が盛んな地域の業者に、高知まで出向いてもらったところからのスタートだった。

「専門業者の職人さんが棚を設置する様子を動画撮影したり、作り方を指導していただいたりして勉強しました。そして、必要な器具や材料を揃え、素人仕事ながら棚を作って畑を拡大してきたのです」。

台風の被害を受けやすい高知では、ぶどう棚の強度が心配された。そのため、ぶどうを収穫したタイミングですぐに雨除けのビニールを撤去し、風の影響を受けにくくするなどの工夫が欠かせない。

そんな中でも、樹の成長とともに収量は次第に増加。ワイナリースタッフが力を合わせておこなった手探りの努力が、しっかりと実を結んできているのだ。

▶︎自力で棚を設置して得たもの

自社でぶどう棚を設置したことは、結果的には自分たちにとって、とてもよいことだったと話してくれた梶原さん。自力で棚を設置した経験が、さまざまな問題に対処する際に生かされているのだ。

畑の造成を手がけると、土地の特徴に関する理解が深まる。例えば、どのような排水対策をおこなえば効果的なのかなどがわかるという。棚を建てたときに、土壌の特徴を確認し、把握しているためだ。

高知のように雨の多い土地でのぶどう栽培では、いかに畑の排水をスムーズにするかが成功の大きな鍵となる。そのため、棚を設置する段階で、排水のよい場所をあらかじめ選ぶなどの工夫もしている。また、ぶどうの生育期間中に病気などの問題が出た場合にも、自分たちで排水対策をおこなうこともできるようになったという。

さらに、棚を建てるにあたって重機が必要だったため、重機の免許を取得した社員もいる。今では、ほかの作業で重機が必要になった際にも、業者に依頼することなくユンボなどを動かせるので効率的だ。

そもそもは業者に依頼できなかったがために自力で棚を建てることになったのだが、結果的には仕事の幅を広げる非常によいきっかけになったのだ。

▶︎収量が安定し、品質が向上

井上ワイナリーの契約農家の畑と自社畑を合わせると、約2haの広さがある。2021年に約10tだった収量は、2022年には倍増して約19tとなった。

収量の増加は、樹が成長したことはもちろん、棚栽培に切り替えたことも理由のひとつだという。高知に合う棚栽培を採用することで、収量が安定して品質もよくなってきていることを実感している。

高知は日照量が多いため、密植の垣根栽培よりも、棚で栽培したほうが管理しやすい。また、棚栽培のほうが、ぶどう自身が無理をせずのびのびと枝を伸ばして成長していると梶原さんは感じている。

井上ワイナリーが2012年に植え付けた樹は、2022年に樹齢10年を迎えた。自社の醸造施設も完成し、これから新たなステージを迎えることだろう。

▶︎ミネラル感あふれるシャルドネを目指す

井上ワイナリーではヤマブドウ系品種と西洋系品種を数種類ずつ栽培している。なかでも、梶原さんが高知の土地にあっていると感じている品種は、シャルドネとアルバリーニョだ。

「シャルドネとアルバリーニョに関しては、仕込み前に果実を分析したタイミングでも、とてもよい数値が確認できました。高知はぶどう栽培に適した石灰質の山が多い土地です。シャルドネを植えている畑は、国指定史蹟天然記念物の『龍河洞(りゅうがどう)』という鍾乳洞の近くにあるのですよ」。

石灰質の土壌は、ぶどうにミネラル感を与えるとされている。すっきりとしたミネラル感あふれるシャルドネは、日本のほかの地域で栽培されるものとはひと味違う「高知らしさ」が感じられるに違いない。

『2022年のワイン醸造』

井上ワイナリーでは2022年に、2回目の自社醸造を経験。新たな取り組みとして、珍しいスタイルのヌーヴォーを醸造した。ヌーヴォーのリリース日は、10月3日だった。
「10月3日は、語呂合わせが『土佐の日』ということで、地元に18ある酒蔵がイベントを実施しています。新酒を出すならこのイベントに合わせてリリースしたいと思い、9月上旬に収穫した『富士の夢』というヤマブドウ系の品種をダイレクトプレスして造りました」。

▶︎新たなヌーヴォーの誕生

ダイレクトプレスは、「直接圧搾法」とも呼ばれる手法だ。赤ワイン用品種のぶどうを使って、白ワインのように醸造する方法で、ロゼワインの造り方のひとつである。

富士の夢は、ヤマブドウ由来の青い香りが感じられる品種。1年程度熟成すると青さは感じられなくなるが、熟成しないで新酒として飲むためには、青い香りを出さない方法での醸造が必要となる。その解決策として採用したのが、ダイレクトプレス法だったのだ。

さらにこだわったのは、丁寧に除梗し、皮と種も取り除いた果汁だけを発酵させたことだ。よりすっきりとして果実味があり、新酒らしいフレッシュさのある仕上がりを目指した。

「富士の夢は数回に分けて収穫したので、新酒用には、9月に収穫したものを使いました。もう少し早く収穫したほうが、よりキレがある味わいになったかもしれません。多くの学びを得た、新たな試みでしたね。次年度以降は、収穫時期の調整にも注意していきたいと思います」。

2022年のヌーヴォーは、1000本の限定販売。地元で造られたヌーヴォーということで注目度が高く、すぐに完売した。

「名産の鰹のタタキに合うかどうか心配でしたが、リリース前にペアリングしてみたところ、よく合っていたので安心しました。酸は少なめでしたが、食事の邪魔をせず、まとまりのある味わいに仕上がっていたと思います」。

お客様の反応を参考にしながら、「高知スタイルのヌーヴォー」の確立を目指すことが、今後の目標のひとつだ。

▶︎高知の食事に合うワイン

井上ワイナリーでは、「食中酒」として楽しむことを前提としてワインを造っている。井上ワイナリーがある高知は、言わずと知れたお酒好きの県。

また、お酒好きが多い高知には「返杯(へんぱい)」という独特のお酌のルールがある。返杯とは、お酒の席において、同じ杯でお酒を酌み交わす昔ながらの作法のこと。高知では現在でも、返杯が重要なコミュニケーションツールとして息づいているのだ。

豊かなお酒文化を持つ高知だからこそ、井上ワイナリーは、高知独自のお酒文化に影響を受けながらワインを造ることの重要性を感じている。

高知の日本酒は、西日本には珍しく辛口が主流だ。地元の豊かな食に合わせて楽しまれる辛口の日本酒のように、井上ワイナリーが造るワインも辛口がメイン。地元の人たちに食中酒として楽しんでもらえることを目指している。

「高知の人には、地元愛がとても強いという特徴があります。高知人は、高知が世界で一番素晴らしい場所だと思っているのです。そんな高知の人に、認めて愛してもらえるワインを造りたいですね」。

井上ワイナリーが考える『高知のテロワール』とは、ぶどうが育つ土壌や気候だけでなく、高知の飲み手や、お酒を楽しむ文化も含む複合的なもの。そのため、高知のテロワールを表現して広めていくためには、まず地元の人に自慢してもらえる存在になる必要があるのだ。

「井上ワイナリーのワインが、高知のお酒のシーンで、地元の皆さんに選んでもらえるお酒のひとつになれたらと考えています」。

▶︎柑橘を感じるアルバリーニョ

続いては、2022年ヴィンテージのワインについて紹介しよう。2022年は収量が増えたため、同じ品種のワインでも、半分を樽熟成するなどして工夫。アイテム数は、10銘柄以上に増えた。スティルワインとスパークリングワインを醸造し、味わいのバランスのよさを重視。すいすい飲めて、気づいたら1本飲みきっていたというような仕上がりが目標だ。

自社醸造2年目ということで、現在は色々な可能性を探りながら、方向性を見つけていく段階だ。今はまだ「これが高知のワインだ」との見極めは難しいが、着実に進化を遂げていることは確かだろう。

2022年ヴィンテージのなかでも、梶原さんが特に期待しているのがアルバリーニョだ。糖度が24度と、しっかりと熟したアルバリーニョを使った自信作で、地元の食に合わせやすい仕上がりとなった。

「もともとミカン畑だったところで栽培したぶどうだからなのでしょうか、柑橘っぽい香りがかなり出ています。すぐに飲んでフレッシュさを味わうのはもちろん、熟成させて味の変化を楽しんでいただくのもおすすめですよ」。

アルバリーニョのワインに合わせて、梶原さんが提案する地元食材は、シラスや川魚のシイラとのペアリングだ。淡白な味わいがアルバリーニョの風味とマッチする。

アルバリーニョのワインが店頭に並ぶのは、2023年4月以降の予定。リリースを楽しみにしたい。

また、アルバリーニョ以外では、赤ワイン用ぶどうのタナも非常に出来がよかった。収量が少ないため単一品種での醸造は難しいが、今後はアッサンブラージュ用としてアクセントに役立ちそうな予感なのだとか。

井上ワイナリーでは、自社畑のぶどう以外に、他県から購入したぶどうでもワインを醸造している。発売中なのは、山梨県産の甲州を使った「melodia甲州」と、同じく山梨県産のメルローとマスカット・ベーリーAを使った「melodia」だ。すっきりとした辛口でライトな味わいは、やはり高知の食によく合う仕上がり。ぜひ味わってみてほしい。

『まとめ』

最後に、井上ワイナリーの将来について尋ねてみた。

「最適なタイミングで収穫ができる社内の体制づくりや、醸造技術の向上を目指したいですね。現在は『守破離(しゅはり)』でいうと、まだ『守』の段階です。まずは基本に忠実に栽培と醸造をして、しっかりと技術を磨いていきます」。

基礎固めをした上で、自分たちなりのスタイルを見つけたいと話してくれた梶原さん。今後、さらに高知らしさが際立つワインの登場が楽しみだ。

インタビューの当日の夜は、満月を眺めながらワインで乾杯する会が、ワイナリーで開かれたそうだ。

「高知の人は、お酒はもちろん、お酒を飲む場そのものが大好きなのです。ワイナリーは見晴らしのよい高台にあるので、月を眺めながら飲むワインは最高ですよ」。

実は、梶原さんは地元出身。実家は、なんとワイナリーから見渡せるほどすぐ近くにあるのだとか。地元を愛する高知人のひとりである梶原さんは、地元の人たちにワインを楽しんでもらっている姿が、一番の励みになるという。

地元に愛される存在を目指す井上ワイナリーの、今後のよりいっそうの飛躍に期待したい。


基本情報

名称井上ワイナリー
所在地〒781-5233 
高知県香南市野市町大谷1424番地31
アクセス
南国ICから車で30分
電車
のいち駅から徒歩30分
https://www.inoue-winery.co.jp/access.htm
HPhttps://www.tosawine.com/

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