『Sawa Wines』フレッシュ&フルーティな味わいの千葉ワインを追求

千葉県の中央部にある八街市(やちまたし)は、東京都心までの距離が50kmほどにある自治体だ。基幹産業は近郊農業で、落花生の生産量は全国一を誇る。

今回紹介するワイナリーは、そんな八街市にある「Sawa Wines」。2010年にぶどう栽培をスタートさせた。ワイナリーの代表を務めるのは、飲食業界で活躍してきた経歴を持つ山本博幸さんだ。ご両親が所有していた畑を相続したことをきっかけに、ワイナリー立ち上げを決意した。

まずは、自社畑で栽培したぶどうを使用して、委託醸造でワインを造ってきた山本さん。2021年に八街市が「八街市ワイン特区」の認定を受けたため、酒類製造免許を取得して自社の醸造所を立ち上げ、Sawa Winesとして自社醸造を開始した。

マスカット・ベーリーAを主力品種に「フレッシュ&フルーティ」なスタイルのワインを追求しているSawa Wines。

創業からの歩みと、ぶどう栽培やワイン醸造におけるこだわりについて、山本さんに詳しくお話いただいた。さっそく紹介していこう。

『ワイナリー設立までの経緯』

山本さんがぶどう栽培とワイン醸造を始めることになったきっかけは、畑を相続したことだった。

長年、飲食業界の仕事に携わってきた山本さん。イタリアンやダイニングバー、無国籍料理などのレストランで働いてきた。調理師免許を取得しているため、サービスだけでなく厨房での勤務経験もある。仕事柄ワインに関わる機会は多かったが、自分でぶどうを栽培してワインを造ることになるとは考えたこともなかったそうだ。

「いつか自分で店を持ちたいという夢は持っていましたが、畑を始めるなんて構想はまったくなかったので、妻は驚いたと思いますよ」と、山本さんは苦笑する。

当初、家族からは猛反対されたが、何度も話しあいを重ねて、ようやく理解を得られたそうだ。

▶︎千葉県でワインを造る

山本さんがぶどう栽培とワイン醸造に挑戦しようと考えたのは、当時、千葉県内にはワイナリーが1軒しかなかったため、いわゆるブルー・オーシャン的な魅力を感じたからだった。また、畑はすでにあるので、ワイナリーさえ設立すれば次世代に引き継ぐことができる取り組みができるのではないかと考えたことも大きい。

「考えれば考えるほど、ワイナリー経営が魅力的に思えてきました。しかし、実際に始めてみたらとんでもなく大変なことばかりでしたね」。

栽培と醸造は、山梨県のぶどう生産者とワイナリーに通って学んだ。初めの1〜2年は前職を続けながら山梨に通い、2010年には満を持して専業農家に転身したのだ。

▶︎自社畑では6品種を栽培

2010年に最初に植樹したのは、マスカット・ベーリーAだった。その後シャルドネ、甲州、ピノ・グリ、ピノ・ノワール、サンジョヴェーゼを段階的に植えて、全部で6品種を栽培している。

最初に植えたマスカット・ベーリーAは、ぶどう栽培の実績が少ない千葉県でもきっと育つに違いないと、山梨県の業者からすすめられた品種だ。

「まずは全国で栽培されているマスカット・ベーリーAを植えて、きちんと育てられるようになったら、ヨーロッパ系品種を植えてみてはどうかとアドバイスされました」。

マスカット・ベーリーAの次に植えたシャルドネは、当初さまざまな問題は出たものの、順調に生育。2023年現在、樹齢8年となっている。

栽培している品種の中で、山本さんにとってもっとも思い入れがあるのは、イタリア系品種のサンジョヴェーゼだ。

「私にとってのワインとの最初の出会いは、イタリアンレストランで働いていたときのことでした。そのため、イタリア系品種が好きなのです。また、千葉もイタリアと同じく半島にあるので、イタリア系品種がなんとなくうまく育つのではないかという考えもありました」。

なるほど、たしかに千葉もイタリアも、南に向かって張り出した半島にある。面白い目の付けどころだ。

Sawa Winesのサンジョヴェーゼは樹の成長とともに徐々に収量が増えてきているため、2023年には初めて単独で仕込むことができそうだ。出来上がったら、きっと山本さんの原点ともいえる1本になるだろう。

▶︎糖度を上げる工夫

Sawa Winesの自社畑は、もともと落花生やさつまいもなどが植えられていた野菜畑だった。平野部にあり、海抜は40m程度。年間降水量は1600mmほどだが、梅雨時期の雨が少なめなのに対し、収穫時期の雨が多いという特徴がある。

「10〜11月あたりの雨が多いので、千葉県でぶどう栽培をするなら早生品種が向いていると個人的には思っています。台風も多いですね。千葉県を直撃することはまれですが、関東近辺を通過していく台風は毎年必ずやってきます。台風に対してできる対策はほとんどありません」。

自社畑は市内の4か所に点在しており、総面積は1.8hほど。マスカット・ベーリーAは垣根栽培だが、残りの品種はすべて棚栽培で育てている。

もっとも早く収穫がスタートするのはシャルドネの9月上旬で、最後はマスカット・ベーリーAだ。

「2022年は、できるだけマスカット・ベーリーAの糖度を上げるため、実験的に収穫時期を限界まで引っ張って、10月最後の週に収穫しました」。

熟度を確認しながら収穫時期を調整できるようになったのは、2021年の自社醸造スタート以降のことだ。委託醸造の場合には、委託先とのスケジュール調整が必要なため、本当に希望するタイミングでの収穫が叶わないこともあった。

収穫時期を遅らせた試みの結果、2022年のマスカット・ベーリーAは山本さんが栽培を始めて以来、最高に色づきがよかった。ただ、糖度はそれほど上がらなかったため、栽培期間中の対策を検討するのが今後の課題だ。色づきのよさは、収量制限をしたことにも依るようだ。

「ぶどうの樹が収穫までにバランスよく熟した状態にこぎつけられたのは幸いでした」。

ぶどうの糖度の高さや色づきはもちろん大切だが、いちばんの基本となるのは、病気にかからず健全な状態で生育することだ。

Sawa Winesの自社畑のある千葉県八街市は年間を通して強い風が吹く地域だ。そのため、ぶどうが病気になるリスクは低い。ただし、薬剤を散布するためには、風がおさまったタイミングを見計らうのが難しいという問題がある。また、強風によって植えたばかりの苗が折れてしまうこともあるので注意が必要だ。

▶︎草生栽培を実施

Sawa Winesの自社畑は関東ローム層の粘性土。酸性土壌のためカキ殻石灰を撒き、土壌の成分をアルカリ性に近づけている。しかし、近隣の野菜畑で撒いた肥料の成分が流れ込んでくるため、抜本的な土壌改良をおこなうのは難しい。そのため、土壌分析を随時おこない、その都度足りない成分を肥料で足していく方針をとっている。

また、Sawa Winesでは草生栽培をおこなっている。草生栽培では草刈り時期のコントロールが重要だ。草刈り時期のコントロールにもっとも気を使うのは、梅雨の時期だという。雨が続いて土壌の水分量が増えると樹が水分を過剰に吸い上げてしまう。

そのため、雑草を伸ばして水分の蒸発量を増やし、土壌に水分がたまらないようにすることで、ぶどうが水分過多になるのを防ぐのだ。そして、梅雨明け直前には草刈りをするのだが、そのタイミングが難しい。

「ほかの作業が忙しくて、草刈りできずに梅雨が明けてしまうということもあります。6月末からスタートする傘かけの時期と重なるので、毎年、スケジュールを調整するのが至難の業です」。

また、自社畑の周囲には野菜畑が広がり、宅地は少ないエリアだ。そのため野生動物も頻繁に姿を見せ、被害が出ることも度々あるという。ハクビシンやタヌキ、アライグマの対策としては、電柵を設置している。

▶︎待望の千葉産ピノ・ノワール

近年、千葉県では、ぶどう栽培を始める農家やワイナリーが着実に増えている。だが、山本さんがぶどう栽培を始めるまでは、千葉県ではぶどう栽培の実績は非常に少なかった。

「Sawa Winesではそれほど多くの品種を栽培しているわけではないのですが、もっとたくさんの品種を千葉で栽培する人も出てきています。ぶどう栽培をする仲間がもっと増えると嬉しいですね」。

Sawa Winesでは、一般的に栽培が難しいとされるピノ・ノワールの栽培にも成功している。色がつきにくいからやめておいたほうがよいのではないかと助言されたこともあるが、「千葉産のピノ・ノワール」を商品化できるのは自分しかいないとの思いで努力を重ねてきた山本さん。

「私の経験が、今後、千葉でぶどう栽培をする人の参考になれば嬉しいですね。Sawa Winesのピノ・ノワールが市場に出回るのは早くても2025年以降になると思いますが、造るのが今から楽しみです」。

『目指すのはフレッシュ&フルーティなワイン』

山本さんがSawa Winesで追求していくのは、「フレッシュ&フルーティ」なワイン。

「うちは貯蔵施設を持っておらず長期熟成させるスペースがないので、造ったワインはフレッシュな状態で販売するスタイルを続けるつもりです。熟成ワインを造るのは、次の世代に任せようかなと思っています」。

2023年現在、Sawa Winesのオンラインショップでは熟成タイプのワインも販売中だが、それらはすべて委託で醸造していた期間のもの。自社醸造開始以降のSawa Winesのスタイルはあくまでも、フレッシュ&フルーティなのだ。

▶︎ワイン造りを心から楽しむ

2021年から自社醸造を始め、これまで2回のシーズンを自社醸造として経験した山本さんに、醸造で経験した苦労についてたずねると次のような答えが返ってきた。

「いろいろことがありましたが、とにかく、めちゃくちゃ面白いということに尽きます。ワイン造りは本当に楽しいですよ」。

丹精込めて育てたぶどうを仕込み、ワインが発酵して変化していく姿を日々見つめていくことに、山本さんはこれ以上ないほどの楽しさを感じているのだそう。

学んできた醸造技術を生かし、委託醸造をしていた頃から仕込み作業には積極的に参加してきた山本さん。だが、自社醸造をスタートさせてからは、すべての工程を自分でコントロールできることに大きなメリットを感じているそうだ。

「自社醸造でのファースト・ヴィンテージのシャルドネは、仕上がりに自分で納得できないところが残った結果となりました。お客様からも『ちょっと課題が残ったね』という正直なご意見もいただきましたね。課題をしっかりと見直し、その後はおかげさまで好評をいただいてほっとしています」。

自社醸造は、山本さんにとって大きな刺激であり、同時に面白いと感じる作業。造り手が心から楽しんで造っていることは、ワインの味にもしっかりとあらわれているに違いない。

▶︎シャルドネの魅力

Sawa Winesの自社醸造2年目となる2022年。シャルドネのワインの出来を尋ねてみた。味わいについては、飲食店での勤務経験が長い山本さんならではの的確なレビューをお話いただいたので紹介したい。

「2022年ヴィンテージのシャルドネは、補糖や補酸をしないで仕込みました。アルコール度数は9%と軽めで、あっさりした飲み口ではありますが、複雑味も感じられます。白桃などの果実のニュアンスを感じていただきたいですね。しっかりと冷やして飲むのがおすすめです」。

合わせる料理としては、前菜や煮物など薄味の和食などがおすすめだ。実際に飲んだお客様からは寿司とも合うとの意見も届いた。

実は、2022年のシャルドネの醸造中には、ちょっとしたハプニングがあった。酵母を入れる前に、自然酵母での発酵が始まってしまったのだ。ぶくぶくと発酵しているところにあわてて培養酵母を継ぎ足し、様子を見守った。幸いにもうまく発酵が進み、培養酵母だけでは出せなかった複雑味のある味わいに仕上がった。

「発酵期間中はなにが起きるかわからないので、気が抜けません。よい結果が出たのは、収穫したシャルドネそのもののポテンシャルが高かったからだと思います。若さを感じる味わいで、今後さらに成長するのが楽しみですね。可能性や伸び代を感じています」。

Sawa Winesのシャルドネが今後どのような魅力を見せてくれるのか、引き続き注目していきたい。

▶︎主力品種のマスカット・ベーリーA

続いては、赤ワインについて紹介しよう。Sawa Winesの主力品種の、マスカット・ベーリーAのワインだ。委託醸造の頃から造っているマスカット・ベーリーAのワインは、Sawa Winesでもっとも歴史がある銘柄だ。

「お客様にも人気のマスカット・ベーリーAは、今後も継続して造っていきたいですね。2021年ヴィンテージは若干スパイシーでしたが、2022年のセカンドヴィンテージは、よりフレッシュでフルーティな香りと味わいが引き立っています。いろいろな食事に合わせやすくなったと思いますよ」。

2022年ヴィンテージの勝因は大きくふたつある。まずは、マスカット・ベーリーAの収穫時期をギリギリまで待ったこと。果実が十分に熟したことで、より深い味わいとなった。

また、発酵管理の方法を見直したこともよい結果につながった。2021年のヴィンテージの反省点を踏まえ、より慎重に酸化防止に努めたのだ。具体的には、空気への接触を減らし、亜硫酸塩の扱いに対してもかなり神経を使ったそうだ。

「自社醸造の初年度は、かなりバタバタと落ち着かない状況でおこなったので、終わったあとにいくつもの反省点がありました。2022年は醸造スケジュールを事前にしっかりと計画し、余裕を持って取り組めたのがうまくいった要因だと思います」。

周囲からの声も積極的に取り入れて進化していくSawa Wines。2023年には3回目の自社醸造を迎える。きっと、さらに進化したマスカット・ベーリーAのワインがリリースされることだろう。

▶︎地元で愛されるワインに

2022年、Sawa Winesでは初の新酒を仕込んだ。使用した品種はマスカット・ベーリーAで、無濾過・無清澄。11月最終週に300本ほどリリースしたのだ。

「醸造期間中に瓶詰めまでおこなうのは初めての経験でした。エチケットの準備などもあり、間に合うのかと不安でしたし、あわただしかったですね。2023年も新酒を出すつもりなので、余裕を持って、よりクオリティの高いものを造りたいと思っています」。

無濾過・無清澄でのワイン醸造は初挑戦だったが、お客様からの評判も上々。昨年の経験を生かし、2023年も同じスタイルで仕込むつもりだ。

また、今後の新たな取り組みとしては、市内にワイン専用品種や生食用品種のぶどうを栽培している農家がいるため、自社ぶどう以外の八街産のぶどうを仕入れてワインにしていこうという構想もある。実現すれば、Sawa Winesのラインナップはさらに充実するはずだ。

「八街市はワイン特区の認定を受けているので、八街の特産は落花生だけではないと、たくさんの人に知っていただけたら嬉しいですね」。

『まとめ』

Sawa Winesの強みは、八街産のぶどうを使って八街でワインを造っているという「千葉の地酒」であることだと話してくれた山本さん。

「始まったばかりのワイナリーなので、今後も新しいラインナップをどんどん増やして、楽しんでいただける取り組みもしていくつもりです。年配の方にも若い方にも、幅広い層のお客様に飲んでいただきたいですね。お酒の文化が続いていくように、ワインを楽しめる場も提供していきたいと考えています」。

今までワインに触れる機会がなかった人でも、ワインに親しむ場があれば、美味しいと感じてくれる人が増えるはず。

山本さんは、ワイナリーの目の前に畑が広がり、十分なスペースがあるという立地を生かしたイベント開催なども検討しているそうだ。さまざまな業種の人たちと組み、地域活性化につながるイベントを実施したいと話してくれた。

「妻と2人体制なので限界はありますが、やりたいことは本当にたくさんあります。毎年新しいことに挑戦して、千葉県内はもちろん全国にSawa Winesのよさが伝わるように活動していきます」。

千葉の地酒であるSawa Winesの、これからのますますの発展に期待したい。

基本情報

名称Sawa Wines
所在地〒289-1135
千葉県八街市小谷流887-1
アクセスJR総武本線 八街駅より車で15分。
タクシー、循環バス有り。
HPhttps://www.sawawines.com/

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