「Infeeld winery(インフィールドワイナリー)」は、北海道北見市に誕生したオホーツク初のワイナリー。冬の寒さに負けないぶどうを育てるため、手作業を中心としたきめ細かい栽培管理を行っている。
インフィールドワイナリーを運営するのは、株式会社未来ファーム。メインの事業は黒毛和牛の育成や販売だ。
なぜ黒毛和牛の会社が、まったく異なる業種のワイン事業に進出したのだろうか?醸造責任者の森裕子さんに、詳しいお話を伺った。
『黒毛和牛の会社がなぜワインを? ワイナリー始まりのきっかけ』
ワイナリーを始めることになったきっかけは、代表取締役の中野克巳さんがとあるワイナリーへ見学に行ったことに始まる。
運営の様子を間近で見たことでワイン造りの大変さを感じたと共に、自分達がワイン造りに挑戦できる可能性を見出したのだった。
「ワインだけで知名度を上げつつ経営を回すのは、本当に難しいことだと思います。しかし私達にはブランド牛がある。黒毛和牛の事業とワイン造りを組み合わせた新しいチャレンジができるのではと思いました」。
現状、黒毛和牛とワインの両方の分野に進出しているワイナリーはほかにない。
新しい分野への挑戦だからこそ、やってみる価値があるはずだ。うまくいくという確信に似た思いを抱いたのだった。
ワイナリー創設への思いを後押しするように幸運が重なる。ちょうど同じ時期に、条件のよい畑を取得できたのだ。周囲には果樹畑があり、ぶどう栽培に適した畑だった。
畑の取得が決め手となり、ぶどう栽培がスタート。森さんは、未経験でぶどう栽培やワイン造りの世界に飛び込んだのだった。右も左も分からない中、がむしゃらに努力した。ぶどう栽培はほぼ独学。
自ら学び続け、栽培技術を向上させながら現在に至る。
独学のぶどう栽培は苦労と困難ばかりだった。そんな中で心の支えになったのは、同時期にぶどう栽培を始めた仲間の存在だ。
「自分と同じタイミングでぶどう栽培を始めた方がいたのです。とても勉強熱心な方で、一緒に試行錯誤しながら栽培を学んでいきました」。
ワイン醸造に関してはほかのワイナリーで勉強し、基本的な技術や知識を習得した。醸造免許を取る前年度に委託醸造を依頼したワイナリーが、醸造作業を手伝わせてくれたのである。
「人との縁」にも恵まれた。インフィールドワイナリーがワイン醸造を開始するタイミングで、北海道ワイン株式会社の元醸造担当者が力を貸してくれた。北海道ワインの創業当時から勤務していた、大ベテランの醸造家だ。ちょうど北海道ワインを退職することになり、インフィールドワイナリーに合流したのだ。
「醸造免許を取得した年から、インフィールドワイナリーで醸造の指導をしていただいています。今も一緒にワイン造りを行っていますよ」。森さんは、この不思議な縁に感謝しているという。
ワイナリーが設立したのは2019年。オホーツクで初めてのワイナリーの誕生だ。ワイナリー名「インフィールドワイナリー」の由来を尋ねた。
「Inは『ここ』、feelは『感じる』という意味があります。ぶどう栽培を始めた頃から、どこでも手に入るワインではなく、ワイナリーの場所に来なければ出会えない商品にしたいという想いがありました」。
インフィールドワイナリーが望むことは、ワイナリーに来て、すべてを感じてもらうことなのだ。
大切にしているのは、北見にしかない風景やワインを楽しんでもらうこと。実際にワインが造られる場所に来ることで、どんな場所でどんな人達がワインに携わっているかを知って欲しい。ただワインを飲むだけではなく、ワイン造りのストーリーや空気感を楽しんでこそ、最高のワイン体験になるはず。
インフィールドワイナリーは「体感することの素晴らしさ」を呼びかける。
「栽培を始めた時に抱いていた夢が『東京オリンピックの年にワインを飲みたい』というものでした。オリンピックは2021年の開催になりましたが、ぶどう栽培を始めて目標にした夢をひとつ叶えることができました」。
次なる目標に向かって、これからも歩みを進めていく。
『インフィールドワイナリーで栽培するぶどう』
次に見ていくのは、インフィールドワイナリーで栽培するぶどうについて。育てる品種や、栽培の工夫、苦労についてさまざまな角度からお話を伺っていこう。
▶ヤマブドウ系の品種が特徴 インフィールドワイナリーのぶどう
ワイナリーの自社畑で育てる品種を紹介したい。栽培するぶどうは全部で7種類だ。赤ぶどうと白ぶどうに分けて、それぞれ品種名を挙げていこう。
赤ぶどうは5種類。
- ピノ・ノワール
- 山幸(やまさち)
- 清舞(きよまい)
- ドルンフェルダー
- ツヴァイゲルトレーベ
白ぶどうは2種類。
- ミュラートゥルガウ
- シャルドネ
栽培品種が比較的多い理由は、北見におけるぶどう栽培が未知数だったことにある。どの品種に北見での適性があるのかが分からなかったのだ。
ワイナリー創業当時は同地域にワイナリーがなかったため、自分たちでやってみるしかなかった。適した品種を見極めるのは「栽培してみること」に尽きる。多くの品種を植えて試してみようと考えたのだ。
栽培品種の中には、ほかのワイナリーではあまり見かけない品種がある。「山幸」と「清舞」というヤマブドウ系の品種だ。ヤマブドウは、いわゆるヨーロッパ生まれの「ワイン用ぶどう」とは異なる属のぶどう。日本に古くから自生している野生種で、高いポテンシャルが注目されており国際的な評価も高い。
「山幸」「清舞」という品種を選んだ理由をたずねた。
「栽培を始めてから翌年までは苗木を入手できたのですが、近年は苗木不足によりぱったりとぶどうが手に入らなくなったのです。困っていた時に北海道池田町独自の品種があることを知り、分けていただいて栽培を開始しました」。
山幸と清舞は、北海道生まれの交配品種だ。どちらもヤマブドウの血を色濃く受け継ぎ、耐寒性が非常に高い。寒さ厳しい北海道の地で栽培しやすいぶどうなのである。
スパイシーでコクのある味は、肉料理との相性が抜群。「単独で飲んでもよいですが、特に試していただきたいのが肉料理とのペアリング。もちろん、インフィールドワイナリーの『山幸』と未来ファームの『北見和牛』の相性はばっちり。ぜひ味わっていただきたい組み合わせです」。
2020年には、山幸が「国際ブドウ・ワイン機構」にて国際品種として登録された。日本生まれのぶどうとしては、「甲州」「マスカットべーリーA」に続いて3番目の登録品種となった。世界からもますます注目されていくことだろう。これからの活躍が楽しみな品種だ。
インフィールドワイナリーでは、耐寒性の高さを基準にぶどうを選んでいる。北見の冬を乗り越えられないと、収量を確保できないからだ。
「理想としているのは、北見でピノ・ノワールなどを越冬させ、一定の収量を確保すること。越冬の工夫や経験を重ねつつ、栽培に取りくんでいきます」。
極寒の北見でのぶどう栽培方法を確立させ、北見ならではのぶどうが実ることを目指していく。インフィールドワイナリーのぶどう栽培は、これからも発展を続けていくことだろう。
▶日当たりがよく、寒暖差がある自社畑
インフィールドワイナリーの自社畑は、芝生や牧草で管理されている。そのため雨でぬかるみができることもなく、作業がしやすい環境だ。土がむき出しにならないため、土壌環境もよくぶどうの根に優しい。
また畑はほどよい傾斜地だ。傾斜があることで、水はけは良好。日当たりも確保できており、霜が降りにくいという利点もある。
「北見では最近、夏に30度を超える日も多く、寒暖差が大きくなっています。寒暖差はぶどうにとってよい影響があると考えています」。
寒暖差はぶどうに糖度を蓄積させるからだ。寒暖差がある環境だと、甘く熟したぶどうに仕上がる。
自社畑では目立った獣害も少なく、春先に野うさぎが多少木をかじるくらいなのだとか。北海道の雄大な自然に抱かれて、インフィールドワイナリー自社畑のぶどうはのびのびと育っている。
▶北見の冬を越す難しさ
「ぶどうの木が越冬できないことが現在の悩みでもあり、課題になっています」。
越冬できない要因や苦労している点について、深堀りしていこう。
ぶどうが越冬できない最大の要因は、やはり北見の「寒さ」にある。ぶどうは比較的、耐寒性の高い植物ではある。
しかし、マイナス10度近くの気温には耐えられないケースが多い。北見では例年、最低気温がマイナス20度以下にまで低下する。大幅に気温が下がると、ヤマブドウ系以外のぶどう品種はほぼすべて寒さによって大ダメージを受けてしまう。
雪害について尋ねたところ、意外な答えが返ってきた。北見においては、雪がぶどうにプラスの影響を与えているのだ。
「雪には保温効果があるのです。雪に埋まった状態のほうが、越冬しやすいのですよ」。
なんと、雪はぶどうの越冬に欠かせない存在なのだ。
ただし近年は降雪量が減り、ぶどう栽培の難しさが増している。
「栽培を始めた当初は150cmほど積もっていたのですが、ここ2年ほどは多くてもひざ丈くらい。とても雪が少なくなっています。寒さは例年通りやって来るため、雪が少ないと越冬が難しく被害がとても大きいのです」。
越冬できなかったぶどうは枯れてしまい、すべて抜くことになる。抜いた箇所は、翌年新たな苗に植え替える。しかしまた次の冬を越せなければ、同じことの繰り返しだ。
北見の冬をどう越すか。インフィールドワイナリーでは、冬越しの最適解を模索している。
▶手作業へのこだわり ぶどう栽培の工夫
垣根仕立てでぶどうを栽培しているインフィールドワイナリーの自社畑。青い空とどこまでも続くにぶどうの垣根が広がる様は、穏やかで心が洗われる風景だ。
インフィールドワイナリーでは、栽培のほとんどを手作業で行っている。手作業のよさは、細かな変化に気付けることにある。少しの変化であっても見逃さず、ぶどうの育ち具合を都度確認しやすい。
またトラブルへの早期対応も容易になる。必要に応じて無駄なく防除することができ、病気が発生しても蔓延する前に食い止められるのだ。
ぶどうを観察しながら手作業で栽培するメリットは、「変化に気づける」点だけではない。
「自ら手をかけることで、ぶどうへの愛着を感じて、栽培に楽しみを覚えます。手作業が、丁寧なワイン造りにつながっていくのです」。
ぶどうに愛情を注ぐことが、最大のこだわりだと言えるのかもしれない。
『インフィールドワイナリーのワイン』
それではワインの話題に移ろう。インフィールドワイナリーでは、どんなワインをどのように造っているのか。ワインに込められている思いとは。ワイン醸造にまつわるこだわりやエピソードを紹介していきたい。
▶「インフィールドワイナリー」でしかできないワインを目指して
インフィールドワイナリーが目指すのは、北見でしかできないワイン造りをして、「北見らしさ」をワインで表現することだ。
現在はまだ、自社畑のぶどう生産量が少ない状態だ。ワインの生産量を補うため、北海道のほかの地域から原料を購入している。
買いぶどうで造るワインが、生産の主軸を担う。
買いぶどうから自社ぶどうのワイン中心へと徐々にシフトしていき、北見のテロワール表現を目指すのだ。
▶醸造も「手作業」にこだわって 酸味を生かすワイン造り
インフィールドワイナリーのワイン醸造は、手作業を重要視する。手作業にこだわる姿勢は、ぶどうの栽培作業と同様だ。
丁寧な手作業にこだわればこだわるほど時間と労力がかかる。しかしインフィールドワイナリーには、「手をかけることがワインの味にもつながる」という信念がある。
ワイナリーで生まれるワインは、年間およそ9,000本ほど。2020年に2度目の醸造を迎えたばかりだ。
「もちろん全体の生産本数は増やしたいところですが、今大切だと思っているのは自社ぶどうのワインを重点的に増やすこと。最低数量の8,000本をクリアしつつ、自社ぶどうワインの割合を増やす目標を達成したいと考えています」。
インフィールドワイナリーならではのワインを造るために試行錯誤しているのが、強い「酸味」をどう生かすかという点だ。インフィールドワイナリーの自社畑で育てるぶどうは、さまざまな要因で酸味が強く出る傾向がある。
まずは気候的な要因がある。気温が低いとぶどうは熟しづらくなり糖度が上がらないので、酸が目立つぶどうになるのだ。気候的な要因にプラスして、メインで育てるぶどうが「ヤマブドウ系の品種」だという理由も大きい。ヤマブドウは、もともと酸度の高いぶどう品種なのだ。
酸味が強いことは、差別化できる個性でもある。酸味を上手に生かし、親しまれるワインにするべく試行錯誤を重ねている。特徴の酸の魅力を表現するため、ペアリングの仕方で酸を生かす方法も考案中だ。
▶2種類のワインそれぞれの楽しみ方
インフィールドワイナリーのワインのラインナップは、2021年現在大きく2種類に分かれている。ひとつが自社ぶどうのワイン。もうひとつは買いぶどうで造ったワインシリーズだ。2種類それぞれに特色があり、飲んでもらいたいシーンも違う。
道内のほかの地域からの買いぶどうで造ったワインは、ワイン初心者におすすめ。飲みやすく柔らかな風味で、ワインをほとんど飲んだことがない人でも挑戦できる味だ。
一方自社ぶどうのワインは、「和牛」とのペアリングを想定して造られた奥深い味が魅力。北見の食材と飲むことで、ワインの美味しさがより一層引き出される造りになっている。
▶おすすめの銘柄とエチケットの魅力
続いて、インフィールドワイナリーで醸造するワイン銘柄について紹介していきたい。はじめてインフィールドワイナリーのワインを飲む人におすすめしたい銘柄を見ていこう。
紹介いただいたのは2銘柄。ひとつは余市産ナイアガラを使用した白ワイン。もうひとつは北見産「山幸」の赤ワインだ。
ナイアガラは、香り高くフルーティーなワインで飲みやすい。
「幅広い層の方に好評です」。
山幸は、ワイン好きにもおすすめできる目玉の銘柄。野趣あふれる味にスパイシーな酸味で、山幸ならではの魅力に満ちたワインだ。
「今は在庫が少ないですが、山幸はこれから自社の柱になる品種です。今後のヴィンテージのワインも、注目して頂きたいですね」。
インフィールドワイナリーのワインを飲む際は、エチケットにも注目して欲しい。買いぶどうで醸造したワインのエチケットは、カラフルでポップなデザイン。自社ぶどうのワインは、高級感ある重厚なデザインだ。
エチケットには、自社の魅力でもある「牛」が登場。牛とぶどうをモチーフに、牧場にいる猫も描かれている。インフィールドワイナリーらしさが表現されたエチケットだ。
買いぶどうのエチケットを親しみやすいものにした理由を聞いた。
「多くの方に手にとっていただきたいので、かわいらしいエチケットにしました。普段お酒を飲まない方でも手に取りたくなるようなデザインにしています」。
インフィールドワイナリーの空気感や、強みである和牛の存在が表現された素敵なエチケットだ。
『冬の寒さを乗り越えられるぶどうを育てたい ワイナリーの未来』
最後に伺ったのは、インフィールドワイナリーの将来についてだ。ワインと和牛を同時に取り扱う強みを生かし、双方を同じ場所で味わえる場所を提供できないか構想している。
食事と共に楽しまれるワインにとって、一緒に楽しめる「食」を提供できることは、最高のアピールポイントだ。
「お互いを引き立て合うワインと肉が生まれるこの場所に、両方を味わってもらえる設備を造りたいです」。
造り手の愛情いっぱいに育った食材を同時に味わえる場所に、ぜひとも足を運びたいものだ。
『まとめ』
インフィールドワイナリーは、自分たちのワイナリーにしか創り出せない価値を考える。ワイン単体だけでなく畑の空気や大地など、ワインを取り巻くすべてを感じられる空間を提供してくれるのだ。
造り手の思いや表現したい味を100%感じるためには、ワイナリーに出向くことが一番だ。インフィールドワイナリーに行けば、北見の素晴らしさを、五感すべてで受け止めることができるだろう。
基本情報
名称 | Infeeld winery(インフィールドワイナリー) |
所在地 | 〒099-2231 北海道北見市端野町緋牛内715番地10 |
アクセス | 電車 緋牛内駅から車で7分 車 美幌高野ICから車で15分 |
HP | https://miraifarm.co.jp/ |