「丘の上 幸西ワイナリー」は、長野県塩尻市の「アルプス展望しののめのみち」沿いにある小さなワイナリーだ。
畑を管理するのは幸西夫妻。代表の幸西義治さんは、就職で塩尻に越してきたことがきっかけに日本ワインに出会った。「塩尻市片丘のテロワールを表現したい」との思いは年々強くなり、会社員を早期退職してワイナリーを立ち上げるに至ったのだ。
そんな丘の上 幸西ワイナリーのぶどうは、優しく穏やかな幸西夫妻によって、我が子同然に育てられている。ぶどう栽培において幸西さんがもっとも大切にしているのは、ぶどうを「観察」すること。些細な変化も見逃さない、丁寧なぶどう栽培によって、健全な果実を収穫する。
愛情たっぷりに育てられたぶどうから造られるのは、片丘のテロワールを映しこんだワインだ。ワインは品種や熟成方法によって銘柄が分けられ、個性の違いを楽しめる。
今回、代表の幸西義治さんに伺ったのは、丘の上 幸西ワイナリーの2021年の歩みについて。2021年の詳細を、栽培や醸造といったさまざまな角度からお話いただいた。じっくりと紹介していこう。
『天候と品質に満足 2021年のぶどう栽培』
まず気になるのは、丘の上 幸西ワイナリーの2021年のぶどうは、どんな出来だったかという点だろう。
結論からいうと、2021年のぶどうの出来は「極めて良好」。幸西さんも大満足の結果だった。よいぶどうができた要因は、一体何だったのか。ぶどう栽培と天候の様子、栽培の工夫について見ていこう。
▶︎「よいぶどう」ができた2021年
「総括すると、『よいぶどう』ができた年でした。健全なぶどうになり、熟度も十分な品質のものが収穫できました」と、幸西さんの第一声は明るい。
「よいぶどう」ができた最大の理由は天候だ。2021年の天候を一言で表現すると、「尻上がり調子」だったそう。8月までは雨が多い天候が続いたが、収穫期である9〜10月には晴天が続いたのだ。
ぶどうは、収穫期が近くなると一気に成熟に向かって糖度を上げていく。9月以降の好天は、ぶどうの熟度にプラスの影響を与える。
「正直、8月中までは『7月に長雨が降った2020年と同じく、病気が出てしまうかもしれない』と思っていました。8月前半には雹(ひょう)が降り、思ったほどの被害は出なかったものの、よい天候とはいえませんでした。しかし秋に入ってからは一気に盛り返し、おかげで濃厚なぶどうが採れました」。
最終的に申し分ないぶどう栽培となった2021年。しかし2021年は同時に、異常気象を実感した年でもあった。特に真夏の雹には、幸西さんも非常に驚いたという。長年、片丘地区で生活してきた幸西さんですら、8月の雹は見たことがなかったそうだ。
雹が降ったのは丁度ぶどうの「除葉」作業中だった。突然降り注いだ氷の塊は、果実を傷つけ、葉にも穴を開けた。幸いだったのは、生育に影響が出るほどの大きな被害は出なかったことだ。
「雹で傷付いたぶどうは成長して割れてしまうことがあるので、除去するしかありません。大きな被害にならなくて、本当によかったです」と、幸西さんは胸を撫で下ろす。
ワイン造りは農業であり、気候変動の影響は多大だ。今後もさまざまな気候上の問題が立ちはだかると予想される。しかし幸西さんは、丁寧なぶどう栽培でぶどうや土地に向き合う。
環境を受け入れつつ変わらない努力を続けることで、テロワールを表現する高品質なぶどうが生まれるのだろう。
▶︎収量は微減ながらも手応えは大 成長を感じるぶどう栽培
ぶどうの品質に次いで気になるのが収量だ。雨や雹の影響があり、丘の上 幸西ワイナリーの2021年の収量は前年比でやや減少。赤ワイン用ぶどうは例年通りだったが、白ワイン用ぶどうが2割ほど減った。
しかし、収量が減ることは悪いことばかりではない。果実が減ることで、残った実に養分が凝縮されるからだ。幸西さんは、収量の減少を前向きに捉えている。
「量が減ったことで果実味が凝縮されて味もよくなりますし、収穫と醸造が少し楽になったので、むしろ丁度よい感じかなとも思います。うちは家内とふたりでやっているので、多すぎても困るのです」。
また、2021年のぶどう栽培について、もうひとつ特筆すべきことがある。それはぶどう栽培の作業効率や技術が、大幅に向上したことだ。幸西さんのぶどう栽培は2021年で6年目を迎えた。無駄なく適切に作業するコツがつかめてきたという。作業効率がアップしたことを特に実感できたのは防除作業だ。
「栽培を始めた頃よりも、圧倒的に早く確実に防除できるようになりました。スピードスプレーヤーという道具を使って、薬剤を樹の両面から丁寧にかけ、かつ使用量は最小限に抑えています」。
丁寧な管理とこまめな観察をおこなえば、少量の薬剤でも十分な防除が可能になる。丘の上 幸西ワイナリーの薬剤使用量は、規定量の三分の一ほどだ。
作業技術が向上したことは、長雨に負けない強さを持つぶどうが栽培できたことにも表れている。2021年は防除を丁寧におこない、風通しを良好に保てるよう枝の管理を実施した。その効果があり、雨による病気の発生を効果的に抑えることができたのだ。
基本的な作業を軽視せず、栽培管理に真面目に取り組むことで、雨に立ち向かった幸西さん。造り手の努力は、ぶどうの品質として、しっかりと結果に表れている。
『よいぶどうからよいワインが生まれた、2021年のワイン醸造』
続いては、丘の上 幸西ワイナリーのワイン造りについて。
たくさんのお話を伺うことができたので、さっそく紹介していこう。
▶︎2021年ヴィンテージの個性は「濃いエキス」 ボディのあるワインが生まれる
2021年のぶどうから生まれた丘の上 幸西ワイナリーのワインの味わいを見ていこう。
「エキス分が高いしっかりとしたぶどうだったため、ワインの味わいもどっしりとしたものになっています」。
果汁の分析をした結果、糖度も十分で、補糖は不要だった。エキス分が濃いぶどうだったため、出来上がったワインはボディのある味わいに。また例年よりもアルコール度数が高めの仕上がりだ。
「息子に2021年のシャルドネを飲んでもらったところ、『今年のワインは濃いね』という第一声でした。どの品種も、強さが感じられる味わいになっていますよ」。
幸西さんは、「濃いワイン」になった理由がふたつあると分析している。
ひとつは、ぶどうの出来が良好だったこと。収穫期の天候がよかったおかげで、栄養分が高くなったことが影響していると考えている。
もうひとつは、収量が微減したことで、残った実に養分が凝縮したことだ。ぶどう栽培の成功が、ワインの味わいの濃さに直結したヴィンテージとなった。
▶︎3回目の醸造を終えて ワイン造りのこだわり
「2021年は、自社醸造を始めて3回目の年でした。地道に基本を徹底しながら、ぶどうに負荷のかからない醸造をおこなうことを心がけました」。
2021年の醸造におけるキーワードは、「ぶどうに負荷をかけないこと」。よいぶどうができたからこそ、ぶどうのポテンシャルをしっかりとワインに溶け込ませる醸造をおこなった。
具体的な作業内容を見ていこう。幸西さんが醸造において特に気にかけているのは、プレス圧や除梗の方法だ。プレスや除梗は、ぶどうにとって負担になる可能性がある作業。そのため、できる限りぶどうに優しい方法を選んだ。
また、醸し期間にもこだわりがある。ぶどうの状態や品種などによって、醸し期間を個別に決めていくのだ。
それぞれの作業を細かく丁寧におこなっていてもなお、作業効率は年々大きく上がっているという幸西さん。秘訣はあるのだろうか。
「基本を突き詰めてしっかりとおこなうことと、スピーディーに進めることを意識して作業しています。少しずつ技術が進歩しているのを感じますね」。
また、丘の上 幸西ワイナリーでは「衛生管理」にも丁寧に対応している。消費者がなかなか知ることができない、ワイナリーの衛生管理について紹介したい。
「当然のことなのですが、とにかく醸造機器類に雑菌があってはいけません。無香料の洗浄剤で、時間をかけて何度も洗うことが重要なのです」。
機械やタンク、樽の洗浄は想像以上に時間のかかる作業だ。丘の上 幸西ワイナリーでは、ワインの仕込みは、朝から始めて1〜2時間あれば終わる。だが、その後の洗浄のほうが時間がかかるという。洗浄作業は、具体的にはどのようにおこなわれているのだろうか。
洗剤を使用してゴシゴシと洗う作業が基本だが、ただ冷水で洗うだけでは落ちない汚れがある。例えばワインの成分である「酒石」。酒石は冷水では落とすことができないため、冷水だけでなく温水も使用して洗浄するのだ。
「4〜5回繰り返して洗います。しかも温度によって落ちる汚れが異なるので、違う温度の水を使って何回も洗浄するのです」。
特に樽にはカビや汚れが付きやすいため、神経を使う。ひとつひとつをライトで照らして隅々まで点検。目視だけでなく匂いもチェックして、異常がないかの確認もおこなう。
時間をかけた衛生管理があってはじめて、安心安全なワインが消費者の手元に届くのだ。
「汚染されたワインは絶対に消費者に出せませんからね。それに、せっかく大切に育てたぶどうですから、健全な状態で醸造したいのです」。
▶︎丘の上 幸西ワイナリー最新ワインの楽しみ方
続いて、おすすめの銘柄は?と尋ねたところ、幸西さんから返ってきたのはこんな答えだった。
「すべての銘柄がおすすめですよ。ワインは自分の子供のようなものですから、どの子が一番とは言えないですね」。
幸西さんがワインに向ける、深い愛情が伝わってくる言葉だ。
すべての銘柄がおすすめだという2021年のワインには、いずれもオンリーワンの個性が光る。同じヴィンテージの違う銘柄を比較して、品種の味を比べるもよし。ほかのヴィンテージと飲み比べて、年ごとの個性を感じるもよし。多様な楽しみ方で、丘の上 幸西ワイナリーのワインを味わってみたい。
特に、「前年ヴィンテージとの飲み比べ」がおすすめの楽しみ方だと話してくれた幸西さん。
2020年ヴィンテージは「こなれ感」が出ており、味の調和が際立つ仕上がりだ。一方の2021年ヴィンテージは、「荒々しい」のが特徴。果実味が強くフレッシュで、搾りたてぶどうのような生き生きとした味わいが押し寄せる。正反対の個性を持つヴィンテージを比較することで、圧倒的な香りと味の違いを感じられることだろう。
ワイナリーの試飲コーナーにおいても、ふたつのヴィンテージの飲み比べは非常に人気が高いという。
「ワインは嗜好品であり、人によって好みが分かれるものです。2020年と2021年の飲み比べも、お客様によって反応はバラバラですね。お客様ごとに異なるテイスティングコメントを聞くのは、とても楽しいものです」。
▶︎2021年ヴィンテージの銘柄紹介
ここからは、2021年ヴィンテージのワインの特徴と味を紹介していきたい。
まずは赤ワイン、カベルネ・ソーヴィニヨンの銘柄「カベルネソーヴィニヨン 2021 千秋」。2022年春に瓶詰めは完了しているので、タンニンが落ち着くまで寝かせて、銘柄名にふさわしい秋にリリースする。
銘柄名の「千秋」は、幸西さんの3番目のお孫さんの名前なのだとか。カベルネ・ソーヴィニヨンらしさや、2021年ヴィンテージならではの力強さを明確に感じたい人におすすめのワインとなるだろう。
そして白ワインからは、「シャルドネ 2021」を紹介したい。ステンレスタンクでクリアに仕上げた、シャルドネの最新ヴィンテージだ。
「果実の凝縮感と酸味が、しっかりと残ったワインに仕上がりました。爽やかさと味の強さが両立しているので、幅広い料理に合わせることができますよ」。
幸西さんおすすめのペアリングは、レモンを絞って食べる料理だ。白身魚のカルパッチョなどと合わせるとよいだろう。ワインの酸味がレモンとマッチし、ペアリングの妙が感じられる。
さらに2022年秋には、樽熟成のシャルドネも発売予定。ステンレスと樽の味わいの違いも楽しみたい。
最後に紹介するのは、ミズナラ製の樽で熟成されたメルローのワインだ。
「このミズナラ樽のワインは、塩尻市長の意向で生まれたものなのですよ。塩尻市長から直接、ミズナラの樽でワインを造ってほしいとの依頼をいただきました」。
塩尻市長の意向は、「オール塩尻産のワインを造る」こと。ぶどうはもちろん、塩尻産の樽を使ったワインを作りたいと考えた塩尻市長は、自身が所有する土地のミズナラ材を使って、ワイン樽を発注したのだとか。樽造りを担当したのは、かつて大手ワインメーカーに勤務していた塩尻出身の樽職人だ。
実は、幸西さんと塩尻市長は、以前同じ会社で勤務していた。さらに、子どもたちも同級生というつながりがある。
2020年ヴィンテージの「信州塩尻ミズナラ樽熟成メルロー2020」は、たったの2日で完売した。2021年ヴィンテージも、即完売が必至。2022年10月1日に発売予定なので、気になる方は、公式HPに掲載される情報をチェックしてほしい。
『丘の上 幸西ワイナリーの2022年 イベントとワイン造りの目標』
最後のテーマは、丘の上 幸西ワイナリーの目標について。
イベントへの参加や、2022ヴィンテージのワイン造りに向けた幸西さんの思いとは。ワイナリーの未来を、少しだけ覗いてみよう。
▶︎念願のイベント参加 お客様が楽しめるワイナリーになるために
丘の上 幸西ワイナリーがオープンしたのは、2019年秋のこと。そのため、2020年の年明け頃から拡大した新型コロナウイルスの影響により、イベントの開催や参加が難しい日々を過ごしてきた。
だが2022年には、塩尻のワインイベント「新緑と楽しむワインピクニック~塩尻ワイナリーフェスタ2022~」に初参加した。今後も、機会があればさまざまなイベントに参加する予定だ。
「お客様に楽しんでもらえる企画を考えていきたいです。まだ具体的に何をするかは決まっていませんが、体験型のイベントや、現地でワインを楽しんでもらえるイベントを積極的におこなっていきたいですね」。
▶︎できることが増えて、より楽しくなってきた ワイン造りの目標
ぶどうやワインの状態を見ながら自分なりの判断が下せるようになってきたことを、少しずつ実感しているという幸西さん。
今までは「基本を丁寧に」が最大の目標だったが、ワイン造りにも自信がつき、徐々に「自分の意図するワイン造り」にシフトしていく意識が芽生えてきた。
「ぶどう栽培では、ワインの方向性を考えて除葉や誘引作業をするようになりました。醸造でも、求める味や香りを出すために温度管理や各工程のタイミングを調整することも増えてきましたね」。
自分自身のレベルが上がったことを感じ、「楽しい」と話す幸西さん。丘の上 幸西ワイナリーのワインは今後、さらに魅力的になっていくことだろう。
「目指しているのは片丘のテロワール表現ですが、その域に達するにはまだまだ努力が必要です。ここまでやる必要があるかな?と感じるくらい、丁寧に地道にワインを造り続け、いつか片丘らしさが浮かび上がってくるワインができたら嬉しいですね」。
幸西さんは自分が造るワインを「いかにも日本人らしい、地味だけどコツコツと造ったワイン」と評する。テロワールとは、ワインを取り巻くすべての環境を表す言葉。幸西さんの真面目で誠実な人柄が宿ったワインには、すでにしっかりと片丘のテロワールが表現されているといえるのではないだろうか。
「ワインを飲むことで、お客様に美味しさと楽しさを感じてもらいたいと思います。それだけで私は嬉しいですし、ワインを造れること自体に喜びを感じていますね」。
幸西さんはこれからも、人々を優しく惹きつけるワインを醸す。
『まとめ』
天候に恵まれて素晴らしいぶどうが収穫できた、丘の上 幸西ワイナリーの2021年。
「よいぶどうができると、ワイン造りに携わっていて本当によかったと感じます」。
2021年ヴィンテージのワインも、ステンレスと樽熟成の2パターンのワインが醸造され、いずれも「2021年らしい」仕上がりだ。ボディの強さと、ぶどう本来のエキス分を存分に感じたい。
「2021年の成果は、樽熟成でのワイン醸造が軌道に乗ったことです。今後はさらにたくさんの方にワインを楽しんでいただけるよう、努力したいと思います」。
優しく微笑む幸西さんには、「欲」がない。あるのはただ、「人を喜ばせたい、ワイン造りを楽しみたい」そんな純粋な願いだけだ。
日本ワインについてもっと知りたいと感じたら、丘の上 幸西ワイナリーを訪れて、ぶどう栽培やワイン醸造について、造り手との対話を楽しんでみてはいかがだろうか。きっと、日本ワインの新たな魅力を発見するきっかけになるはずだ。
基本情報
名称 | 丘の上幸西ワイナリー |
所在地 | 〒399-0711 長野県塩尻市片丘9965−6 |
アクセス | 【電車】 塩尻駅から車で10分 【車】 塩尻ICから車で5分 |
HP | https://r.goope.jp/kounishi-wine |