『渋谷ワイナリー東京』ぶどうの個性を生かし、愛されるワイン造りを目指す都市型ワイナリー

大都会のど真ん中、東京都渋谷区にある「渋谷ワイナリー東京」は、2020年8月にオープンした。日本のみならず、世界各地から買い付けたぶどうを使って、店内でワインを醸造する都市型ワイナリーだ。

醸造したワインは、主に併設のレストランで提供される。この店でワイン造りを任されているのは、50歳から醸造の道に進んだ村上学さん。日本や海外から集めたぶどう、それぞれの個性を引き出し、お客さまにファンになってもらえるワイン造りを目指している。

今回は村上さんに、渋谷ワイナリー東京の設立のきっかけと醸造におけるこだわり、これから目指す先についてお話しを伺った。

都会でワインを造る都市型ワイナリーとは、一体どういう存在なのか。都市にある利点を生かし、体験型の楽しみ方ができる「コト造りのワイナリー」を掲げる渋谷ワイナリー東京。その魅力について、詳しく紹介していこう。

『東京・大阪に都市型ワイナリーを展開』

渋谷ワイナリー東京を運営するのは、株式会社スイミージャパン。渋谷ワイナリー東京は、江東区にある「深川ワイナリー東京」や、大阪国際(伊丹)空港内の「大阪エアポートワイナリー」の姉妹店という位置付けだ。

自社圃場は持たず、買い付けたぶどうを醸造して併設のレストランで提供している渋谷ワイナリー東京。設立のきっかけについて見ていこう。

▶︎都市型ワイナリーという発案

まずは、株式会社スイミージャパンが都市型ワイナリーを立ち上げるに至った道のりから紹介したい。

代表取締役社長である中本徹さんが、都市型ワイナリーを始めることにしたきっかけは、会社員時代にさかのぼる。

中本さんは、出向していた中国で起業。そこで始めたワインバルに手ごたえを感じ、日本でも人気が出るのではと考えた。だが、普通のワインバルではインパクトに欠ける。ならば店内でワインを造ってしまえばよいのではないかと思いついたのだという。

ワイナリーは大掛かりな設備投資が必要なため、成功させるのが難しい業態だと周囲からは言われたそうだ。だが、造ったワインを提供するための場として、まずはワインバルをオープン。そして、都市型ワイナリーの1号店である深川ワイナリー東京を立ち上げた。

▶︎退職と新たなスタート

続いては、村上さんが株式会社スイミージャパンで働くことになった経緯に話を移そう。

「あるとき、娘たちから就職の相談をされ、私は『好きなことを仕事にするべきだ』と、熱く語ったのです。しかし逆に『パパは好きなことを仕事にしているの?』と聞かれました。その言葉が、自分の人生について立ち止まって考えてみるきっかけとなりました」。

ちょうど子供たちが成人し、好きなことを仕事にして人生の再スタートを図るのに最適なタイミングだった。娘たちの理解を受けて、妻の反対を押し切り、新卒から28年間勤めた製薬会社を2018年6月末に退職した。

仕事を辞めて、しばらくはのんびりと過ごす予定だった。これからの人生、何をして過ごすのかをじっくり考えたいと、一人旅に出かけたのだ。行き先は、日本各地のワイナリーだった。

多趣味だった村上さんは、以前からワインに造詣が深かった。製薬会社での仕事は、ワイン好きの医師との付き合いが多かったため、仕事にも役立てようと1998年にワインエキスパートの資格を取得していたのだ。

「ワインに関する仕事をするのも面白いのではと、なんとなく思い始めていました。そのとき、深川ワイナリー東京の求人をたまたま目にしたのです」。

深川ワイナリーで募集していたのは醸造助手だった。地方に移住しなくても自宅から通勤してワイン造りに携われる仕事は、村上さんにとって願ったり叶ったり。早速応募して採用された。前職を退職してから、わずか2か月後のことだった。

▶︎深川ワイナリー東京での修行

村上さんは、深川ワイナリー東京の醸造家である上野さんのもとで修行を開始した。株式会社スイミージャパンのワイナリーは、農家からぶどうを買い付けて、店舗内の醸造所でワインを造るスタイルだ。たくさんの品種のぶどうを購入して醸造するため、醸造について勉強するには最高の環境だった。深川ワイナリー東京にいた2年間で、多くを学べたという。

その後、株式会社スイミージャパンでは、新たな都市型ワイナリーを渋谷に立ち上げる企画が持ち上がる。中本社長から打診があり、新店舗の醸造を村上さんが担当することになった。

姉妹店とはいえ、別の店舗の醸造担当になれば、ひとりで判断しなければならないことも増えてくる。村上さんは、上野さんの指導を受けながら腕を磨き、渋谷ワイナリー東京のオープンに備えた。

当時を振り返って、村上さんはこう語る。

「退職してワイナリー巡りをしていたときに、セカンドライフとして地方に移住してワイナリーで働いたり、ワイン醸造について学べるアカデミーに通ったりするのもよいかもしれないと、おぼろげに考えてはいました。そんな中、自宅から通える東京で会社員として醸造をさせてもらえるのは、とてもありがたかったですね。偶然の出会いに感謝しています」。

『渋谷ワイナリー東京のワイン醸造スタイル』

渋谷ワイナリー東京では、さまざまな国と地域のぶどうを購入している。ワイン醸造に特化したワイナリーにおける、工夫やこだわりを紹介していこう。

渋谷ワイナリー東京の醸造人は、村上さんひとりだけ。ぶどうの買い付けから、お客様へのサービスまで、すべての工程に関わるのが仕事だ。

▶︎ワイン醸造に特化したスタイルのワイナリー

規模の大きなワイナリーでは、分業制を採用していることが多いだろう。だが、小規模な都市型ワイナリーである渋谷ワイナリー東京では、ワイン造りに関わることはすべて村上さんが担当する。

購入したぶどうで、どんなワインを造るのかを決めるのも重要な業務のひとつ。深川ワイナリー東京で修行をしていたときには、年間30種類ほどのワインを仕込んだ。無濾過ワインや、スパークリングワイン、オレンジワインなど、同じぶどう品種から、4~5種類のワインを造ることもあった。ブレンドワインを造るときには、ブレンドの比率も決めなければならない。

「山形県のぶどうと北海道のぶどうのブレンド比率を決めるときには、上野さんとふたりで試飲するうちに熱くなってしまい、気づくと酔っ払ってしまったこともありました」と、苦笑いしながら話してくれた村上さん。

出来上がったワインのほとんどは店舗で提供しているので、お客様の反応をダイレクトに感じられる。

「ワイナリー巡りをしていたころは、ぶどう栽培にも興味を持っていました。でも今は栽培をやりたいという気持ちはそれほどありません。しかし、生産者さんとお話しする機会も多いので、自宅のプランターではピノ・ノワールを育てています」。

醸造が面白くて、もっと醸造を極めたい気持ちが強くなったのだ。ぶどう栽培のプロが作った素晴らしいぶどうの個性を生かしたワインを醸造することが、今の村上さんの目標だ。

▶︎原料ぶどうの購入方法

渋谷ワイナリー東京で購入している原料ぶどうと、購入先の選定方法について伺った。

「自社畑で栽培したぶどうや、地元で栽培されたぶどうでワインを醸造するワイナリーでは、土地の個性を生かしたワインを造ることを目指すワイナリーさんが多いと思います。その点、うちのワイナリーでは、日本だけではなく海外からも原料を購入しているので、よりバラエティーに富んだラインナップのワインを造っているのが特徴です」。

秋の収穫の時期には、日本各地の生産者からぶどうを購入している渋谷ワイナリー東京。

「日本中の生産者さんを直接訪ねてお話を聞き、ぶどうを譲っていただいています。生産者さんのお話を聞くのは勉強になりますし、とても楽しいですね。よりよいぶどうを手に入れるため、常に情報を得るためのアンテナを張っています。ワインは、『原料のぶどうがワインの品質の8割を決める』という思いが強いからです」。

これまで取引がある生産者以外にも、紹介された生産者のもとに赴き、新たな仕入れ先を確保することもある。株式会社スイミージャパンには、直営店3店舗のほかにも社員を派遣しているワイナリーがあるため、ぶどうの購入先の確保は重要だ。各店舗の醸造担当者同士で相談し、それぞれのワイナリーで使用するぶどうを融通し合う。

さらに、株式会社スイミージャパンでは2023年にも、新たに2軒の都市型ワイナリーの立ち上げもプロデュースしており、新たな仕入れ先の開拓にも積極的だ。

渋谷ワイナリー東京では、日本でのぶどうの収穫期以外には、海外から買い付けたぶどうでワインを醸造している。

使用するのは、主にオーストラリアとニュージーランド産のぶどうだ。除梗破砕済みの「もろみ」が、冷凍した状態で届く。横浜港に到着したドラム缶入りのぶどうを村上さん自身がトラックを運転して運ぶのだ。ワイナリーに搬入したぶどうはそのまま醸造してワインに、一部は冷凍のまま倉庫に保管する。

2022年には、リースリングとシャルドネ、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルローをオーストラリアから取り寄せた。現在、海外からの購入はオーストラリアとニュージーランドのみ。現在、新たな仕入れ先としてスペインやイタリアの生産者と交渉中だ。

今後、渋谷ワイナリー東京では、より多くの種類のワインが楽しめるかもしれない。

『渋谷ワイナリー東京のワイン醸造』

続いては、渋谷ワイナリー東京のワイン醸造の秘密を探っていこう。スペースが限られているため、好きなだけワインが造れるわけではないのが、都市型ワイナリーならではの悩みだという。

どんな工夫をしながらワイン醸造をおこなっているのだろうか。

▶︎醸造は子育てと同じ

「ぶどうの個性を、できるだけ残して醸造することを心がけています。目指す味わいは、この仕事を始めた当初は持っていました。しかし今は、せっかく素晴らしい個性を持った原料があるのだから、ぶどうそのもののポテンシャルを生かして自然に造ることを優先しています」。

極力手を加えず、しっかりと観察して、室温やタンクの温度を変えるなどこまやかな対応をする。酸化防止剤を加えるタイミングなど、数値やマニュアルに従うのではなく、経験や感性を頼りに行うよう心がけている。

発酵はできるだけ天然酵母でおこないたい考えだ。例えば、オーストラリアから届いたもろみは、解凍後そのままにしておくと自然発酵する。自然発酵させるのか、乾燥酵母を加えるのかはギリギリまで決めないこともあるそうだ。

「醸造は子育てと同じです。どう対応したら正解だったかはわかりません。雑菌が繁殖しそうで怖いと思ったら酵母を入れますし、よい感じだと思ったら、自然発酵させます。総合的に判断して決めています」。

▶︎ぶどうとの出会いは一期一会

毎年新たなぶどう品種の使用と醸造方法に挑戦するのも、村上さんのこだわりだ。

渋谷ワイナリー東京の醸造所のタンクは、600ℓのステンレスタンクが5つと、500ℓの醸し発酵用タンクが2つのみ。日本で栽培されたぶどうを使う日本ワインの醸造は、1年に3種類しか醸造できない。だからこそ未経験のぶどうを使うことにこだわり、どのような味になるかワクワクしながら醸造を楽しんでいるそうだ。毎年新たなワインに挑戦し、ぶどうの新たな魅力を引き出すことに注力しているのだ。

前年に人気があったワインでも、翌年同じスタイルのワインを造ることはまずない。例えば、2020年にナイアガラをオレンジ仕立てにして出したワインが人気だったが、2021年は醸造しなかった。ぶどうとの出会いは一期一会。毎年やってくる新たな出会いがどんなワインに仕上がるのか、村上さん自身も楽しみにしているポイントだ。

『目指すのは自然で個性的なワイン造り』

「最近、9品種のぶどうを使って12種類のワインを造りました。来年も同じものを造ることはないと思います。再現性はなくても、新しいものにどんどん挑戦したいのです。優等生のようなワインは、リピーターがつきにくいことがわかってきました。一方で、個性が際立ったワインには、熱烈なファンがつきますね」。

醸造を始めた当初は、受け入れられやすい味わいのワインを造ろうとしていたという村上さん。しかし、高品質なぶどうで優等生のような美味しいワインは、例えば「ボルドーワインみたいで美味しい」とは言ってもらえるが、リピーターはつかないことに気づいたのだ。

▶︎「初めての味わい」と評されるワイン

そこで、型にはめた味わいを目指すより、気になる点があっても、ぶどうそのままの個性を生かす醸造を目指すべきだと考えた。渋谷という幅広い客層が訪れる立地も関係したのかもしれない。優等生な味ではお客様には面白がってもらえないが、強い個性のあるワインが受け入れられることを、渋谷ワイナリー東京で働くうちに学んだ。

有名な産地のワインを模倣した味わいより、「こんな味のワインは初めて飲みました」と言われる味わいこそが、村上さんの目指すワイン像となった。

「せっかくバラエティーに富んだぶどうを譲って頂いているのですから、ぶどうの個性を最大限に生かすべきだと考えが変わりました。ぶどうを普通に醸造するだけで、自然とバラエティーに富んだワインになり、お客さまに飲み比べを楽しんでいただけます」。

▶︎個性の強いワインが人気

また、同じようなワインを極力造らないのも、渋谷ワイナリー東京ならではのこだわりだ。ワインを醸造するときに、フルボディの赤ワインばかりでは変わり映えがしなくなってしまう。そのため、赤ワインと白ワインの中でバリエーションを増やすのはもちろん、ロゼワインやオレンジワインもラインナップに加えている。

「同じワイナリーで同じ人が造っているのに、こんなに違う味わいがあるのかと感じてほしいですね。10種類のワインがあれば、ひとつくらいは好きな味が見つかるのではないかと思いますし、おすすめもしやすくなります」。

『渋谷ワイナリー東京で味わうワイン』

渋谷ワイナリー東京で醸造されたワインの70%は、併設のレストランで消費される。レストランで提供されるワインは、ほとんどが「タップワイン」だ。ビールサーバーのようにタップ(蛇口)からワインをグラスに注いで提供する。

渋谷ワイナリー東京で飲めるタップワインは7種類。渋谷ワイナリー東京で醸造した3種類と、深川ワイナリー東京など別店舗のワインが4種類だ。バックナンバーの銘柄は、ボトルワインで販売されている。

「『少し前までタンクにあったワインですよ』とお客さまに伝えると、とても喜んでいただけますね。ぶどうが収穫されてからワインができるまでは、だいたい1か月半かかります。濁りと泡が残る出来立てのワインは、ほかでは味わう事が難しい特別なものだと思います。フレッシュでおすすめですよ。お店に何度も通って、次第に透明感が増していく味わいの変化を楽しんでくださるお客様もいらっしゃいます」。

▶︎渋谷ならではの幅広い客層

渋谷ワイナリー東京がオープンした当初、想定していたターゲット層は、40〜50代のワイン好きの人だった。だが、店舗のオープンはコロナ禍の真っただ中の時期。そのためもあってか、実際は20〜30代のお客様が多かった。

「渋谷という場所柄、客層は幅広いですね。ワインの醸造家やソムリエなど、ワインのプロの方だけでなく、ワインを初めて飲むというお客様にお立ち寄りいただくこともありますよ」。

体験してもらうことを重視する「コトづくりのワイナリー」を目指す渋谷ワイナリー東京では、ワイン好きの裾野を広げたいと考えている。地方のワイナリー訪問は難しくても、普段利用する街や空港にワイナリーがあれば、覗いてみようと考える人は多いはず。渋谷ワイナリー東京は、まさにそんな人にアプローチすることを目的とした都市型ワイナリーなのだ。

▶︎ワイナリーの強みは、お客様との距離の近さ

渋谷ワイナリー東京の強みについて伺うと、「お客さんとの距離が圧倒的に近いこと」と回答してくれた。多くのワイナリーは、お客様の生の声を聞くために、メーカーズディナーや試飲販売などの機会を設ける。

だが、渋谷ワイナリー東京では、ワイナリーに併設されたレストランでワインが提供されるため、村上さん自身が客席で話をする場面が多い。出来上がったばかりのワインについても、すぐに反応を確かめることができる。そんな環境で醸造していることを、村上さん自身が楽しんでいるのが印象的だ。

「ワインを飲んだお客様の意見がダイレクトに確認できるので、次にワインを造るときの参考にしています。できるだけ手を加えない醸造にシフトしたのは、お客様の反応を日々見ているからこそですね」。

『まとめ』

最後に、渋谷ワイナリー東京の未来について紹介しよう。

「『コトづくりのワイナリー』として、今後は渋谷ワイナリー東京主催のイベントに力を入れていきたいですね」。

コロナ禍で人を集めておこなうイベントを自粛していたが、2022年からはワイン会を開催するなど、徐々に解禁してきたところだ。

さらに、少人数制でのワイナリー見学も本格的にスタートする予定。醸造所でタンクから直接ワインを飲んだり、除梗破砕を体験してもらうことを計画中だという。

「『新しくできるワイナリーの立ち上げをやらないか』と、中本社長から勧められることもあります。しかし、私はまだまだ、渋谷ワイナリー東京でもっといろんなワインを造りたいと考えています。ワイン造りで大きな失敗をしたことはありませんが、大成功したという気持ちもないので、まだまだ試すことはたくさんあると思っています」。

渋谷ワイナリー東京で、これからどのような個性あふれるワインが飲めるのか。地方の産地で飲むのとは、また別の楽しみ方ができる都市型ワイナリー。「コト造りのワイナリー」というコンセプトに共感したなら、ぜひ一度、渋谷ワイナリー東京に足を運んでみてはいかがだろうか。

基本情報

名称渋谷ワイナリー東京
所在地〒150-0001
東京都渋谷区神宮前6-20-10
MIYASHITA PARK North 3F
アクセスJR山手線 渋谷駅より徒歩5分 
東急田園都市線 渋谷駅より徒歩5分
HPhttps://www.shibuya.wine/

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