スペシャルインタビュー:「日本を世界の銘醸地に」を実現するために、我々がすべきこと『シャトー・メルシャン』ゼネラル・マネージャー 安蔵光弘氏

皆さま、こんにちは!

今回はスペシャルインタビューとして、シャトー・メルシャン ゼネラル・マネージャーの安蔵光弘氏を取材しました。
安蔵氏は1995年にシャトー・メルシャンに入社。日本のワイン業界を牽引した「現代日本ワインの父」とも称される故・浅井昭吾氏(ペンネーム:麻井宇介氏)と出会い、浅井氏との深い交流が始まります。浅井氏亡き後、浅井氏の想いを受け継ぎ「日本を世界の銘醸地に」というシャトー・メルシャンのヴィジョンのもと、醸造家として奮闘し続ける安蔵氏。2020年からは山梨県ワイン酒造組合会長も務めています。

そんな安蔵氏の半生が描かれた映画『シグナチャー〜日本を世界の銘醸地に〜』が、きたる2022年11月4日、新宿武蔵野館他で全国公開されます!

映画『シグナチャー〜日本を世界の銘醸地に〜』の公式サイトはこちら

「シグナチャー」とは、特別なワインに醸造責任者が署名することを指します。映画『シグナチャー〜日本を世界の銘醸地に〜』の脚本・監督を手掛けたのは、柿崎ゆうじ監督。前作では『ウスケボーイズ(2018年公開)』という、日本ワインを世界レベルに引き上げた、故・浅井昭吾氏の思いを受け継ぎ、それまでの日本のワイン造りの常識を覆す、若き醸造家たちの物語の映画化を手掛けました。

「映画『シグナチャー〜日本を世界の銘醸地に〜』は、私がシャトー・メルシャンに入社してから浅井さんと出会い、浅井さんが病気で亡くなるまでの話が主体となっています。私とおなじく醸造家である私のカミさんとのエピソードもけっこう出てきますよ。この映画が、日本ワインをより多くの方に知ってもらうきっかけになることを祈ります。私とカミさんの結婚式のシーンなども出てくるので、ちょっと恥ずかしくもありますね」。

少し照れくさそうに映画のお話をしてくださった安蔵氏。映画公開を前に、Terroir.mediaの読者に向けて「日本ワインに携わる人間はどうすべきか」を語ってくれました。「日本を世界の銘醸地に」するため、日本ワインはどうなっていくべきなのでしょうか。]

また、日本ワインを牽引するワイナリーであるシャトー・メルシャンの目指す方向性とは。さらに、シャトー・メルシャンという枠を越え「日本ワイン」を世界に広めるため日々奮闘される安蔵氏ご自身の「使命」とは。
安蔵氏の言葉は、日本ワインに携わる方たちがこれから進むべき道を、明るく灯してくれるはずです。


インタビューに入る前に、ここで「日本ワイン」という言葉の定義について改めて確認しましょう。

これまで、日本で醸造されるワインは「国産ワイン」や「日本ワイン」などさまざまな呼び方をされていました。
そこで、国税庁が定める「果実酒等の製法品質表示基準」によって「日本ワインとは、国産ぶどうのみを原料とし、日本国内で製造された果実酒」と基準が設けられ2018年から適用されました。
「日本ワイン」とは、国産ぶどうのみを原料とし、日本で製造されたワインのこと。一方で、「国内製造ワイン」はぶどう以外の果実を用いたいわゆるフルーツワインや、海外から輸入した濃縮ぶどう果汁などを使用し、国内で製造されたワインを指します。このように表示基準によって明確にルール化されたことで、国内で流通するワインは(1)日本ワイン(2)国内製造ワイン(3)輸入ワイン の3つに区分されました。

農林水産省HPより

また、安蔵氏と縁の深い「現代日本ワインの父」こと、浅井昭吾氏(ペンネーム:麻井宇介氏)の紹介はこちら。

1930年~2002年。東京工業大学工学部卒。メルシャンのルーツの一つである大黒葡萄酒株式会社を経て、三楽オーシャン(現メルシャン株式会社)藤沢工場長、同勝沼工場(現シャトー・メルシャン)長、理事を歴任。国立民族学博物館共同研究員、山梨ワイン酒造組合会長も務めた。
明治から昭和の中期にかけて、甘味果実酒用ブドウ品種のコンコードやナイアガラの一大産地であった長野県塩尻市の桔梗ヶ原地区において、本格的な赤ワインを造るため、欧州系ブドウ品種を模索。改植に当たり、多品種ではなく、メルローに絞った改植を決断・実行し、世界にも通用する品質の「シャトー・メルシャン 桔梗ヶ原メルロー」の誕生につながった。「甲州シュール・リー」の醸造技術を、山梨県全体のワイン産業振興のため、勝沼の近隣ワイナリーへ公開、各地の栽培地で欧州系品種の栽培を進め、食事と本格ワインを合わせて楽しむ文化を目指すなど、数々の功績があり、“現代日本ワインの父”と称されている。
メルシャンではもちろん、日本ワイン業界、特に若い日本ワインの造り手を鼓舞し続けた影響力は大きく、現役の多くのワインの造り手から慕い続けられている。著書「ワインづくりの思想」「ワインづくりの四季」等は、名著として現在も読み継がれている。

キリンホールディングスHPより

それでは、さっそく安蔵氏のインタビューに入りたいと思います!

『日本のワイナリーは協力し合うフェーズに』

「日本を世界の銘醸地に」という言葉は、シャトー・メルシャンのヴィジョンとして我々の中に浸透しています。企業のヴィジョンというと、「シャトー・メルシャンを世界に通じるワインメーカーに」などになるのが一般的かもしれません。

しかし私たちの目指すところは、シャトー・メルシャンという会社の枠を越えています。

「日本という国が、世界から銘醸地として認められるようになる」これが、シャトー・メルシャンの目指すヴィジョンなのです。自分たちの会社だけで実現できるヴィジョンではありません。

私が考える「日本を世界の銘醸地に」という言葉の解釈について説明します。例えば海外の有名なワイン評論家が世界のワインについて語る時、フランスやドイツ、イタリア、カリフォルニア、ニュージーランドといった世界の名だたるワイン産地を挙げるとします。
そのときに、「日本も忘れてはいけないよね」と言わしめること、これが第一歩だと考えます。

一方で現状を見てみましょう。現在の日本人の「日本ワイン」の消費量はどれくらいでしょうか。日本のワイン市場において、「日本ワイン」の占める割合は全体の約5%です。
つまり、日本人に購入されるワインのうち、20本に1本だけが「日本ワイン」で、残りの19本はフランスやイタリアなど海外のワインや海外原料を使った国内製造ワインなのです。「日本ワイン」の比率は、まだそれほど高くないことがお分かりいただけると思います。

なぜシャトー・メルシャンが「日本を世界の銘醸地に」というヴィジョンをかかげ、活動を続けるのか。そこにはシャトー・メルシャン発足の経緯や、諸先輩方から受け継いだ熱い思いがあるからです。

『シャトー・メルシャン誕生の経緯』

私が今着用しているシャトー・メルシャンの制服には、「1877」という数字が刺繍されています。この数字は、日本で最初に誕生した民間のワイン会社「大日本山梨葡萄酒会社」が誕生した年号です。「大日本山梨葡萄酒会社」が、我々シャトー・メルシャンの源流となります。

1877年(明治10年)、大日本山梨葡萄酒会社は「フランスに若手の技術者を留学させてワイン造りを学ばせる」という目的で、山梨県祝村(現在の山梨県甲州市勝沼町)に誕生しました。民間の会社ではありますが、明治政府からの後押しがあったようです。
当時の明治政府には、明治維新後の殖産政策にぶどう栽培とワイン生産を積極的に取り入れたいという思惑がありました。また、米不足を解消するため、国民に清酒の代わりにワインを飲んでもらうという狙いもありました。ワイン造りが盛んなフランスで、ぶどう栽培とワイン造りをゼロから学ぶ留学生を派遣したいけれど、当時の明治政府の財源は乏しかったのです。

そこで、祝村の地でぶどう栽培や絹織物で財を成した資産家や甲府の資産家が創設したのが、「大日本山梨葡萄酒会社」です。

勝沼出身の10代後半から20代前半の若者ふたりが2年間、フランスでぶどう栽培とワイン造りを学びました。帰国後、ふたりはフランスで学んだ知見を勝沼に伝え、やがてぶどう栽培とワイン造りの知識は勝沼の財産となります。
現在では勝沼にはワイナリーが40社ほどあり、この数字は全国のワイナリーの10%近くが勝沼に存在することを意味します。これはひとえに、150年近く前にふたりの若者がフランスで得た知見を勝沼の農家やワイナリーに余すことなく伝え、皆で高めあったからにほかなりません。

我々シャトー・メルシャンの源流はまさにこのふたりの若者の姿勢にあります。我々の先輩方も、勝沼全体のぶどう栽培とワイン醸造のレベルが上がり、勝沼という地が注目されることに重きを置いてきました。
そして今、我々シャトー・メルシャンは、「日本を世界の銘醸地に」というヴィジョンのもと、日本ワインというカテゴリーを育てたいと考えています。

「日本を世界の銘醸地に」という言葉を我々がイベント等で積極的に発信していくうちに、最近ではほかのワイナリーさんも発信してくださるようになりました。SNS等で「日本を世界の銘醸地に」というワードをハッシュタグ検索すると、たくさんの投稿が出てきます。「日本を世界の銘醸地に」という言葉は、145年前の大先輩からの思いを受け継いだヴィジョンなのです。

『「日本を世界の銘醸地に」を実現するために』

今ワイン業界では、日本のワイン市場の中の「日本ワイン」消費量5%という数字を、10%まで引き上げようという機運があります。ワイナリー同士が競い合うのではなく、業界をあげて取り組む必要があります。

では日本ワインのシェア10%を達成するために、また、「日本を世界の銘醸地に」を実現するためにはどうすべきなのでしょうか。

そのためにはまず、日本人が美味しい日本ワインを飲み、「日本ワインって美味しいんだ!」と体感することがなによりも重要です。「日本ワインは美味しい」と体感しなければ、普及することはないからです。

私がシャトー・メルシャンに入った27年前、当時は「日本ワイン」という言葉もなく、「日本でワインなんか造れるの?」と驚かれたものです。現在はもう少し日本ワインの認知度は上がりましたが、日常で日本ワインが飲まれているかというと、そこまでは到底いきません。大型スーパー等では日本ワインは売られるようになりましたが、さまざまな課題を抱えているのが現状です。

例えば、テレビの情報番組で小さなワイナリーが取材されるとします。取材で取り上げられたアイテムの生産量は1,000〜2,000本、あるいはもっと少ないかもしれません。するとテレビ放映後には即完売となってしまい、それ以降に商品を購入することはできません。
次のヴィンテージや違うアイテムを購入してみようという消費者もいるかもしれませんが、ヴィンテージが違うと、ぐっと売れ行きが落ちるのも事実です。

そのため、「この甲州ワインは美味しいですよ」とマスコミで紹介されたときに、日本中のどこのスーパーでも、誰もが気軽に購入できるようなアイテムが、日本ワインにいくつか存在することが重要なのです。
最低でも年間10万本流通するアイテムが、20〜30品目出てきてほしいですね。そうすれば、日本の消費者が「このワインは、定番で美味しい」と購入することができるのですから。

カリフォルニアの有名な「ロバート・モンダヴィ・ワイナリー」で造られる、「ウッドブリッジ」という銘柄を店頭で見かけたことのある方は多いかと思います。
「美味しかったからまた飲みたい」と思えば、いつでも「ウッドブリッジ」を購入することができます。多くの大型スーパーで取り扱っているからです。「アベイラビリティ(=商品の入手のしやすさ)」という言葉がありますが、まさにそれが今、日本ワインには必要なのです。

日本ワインというとクラフト感があり、一部の有名な小規模ワイナリーに人気が集中しているのも事実です。有名なワイナリーがワインを販売すると、愛好家の間であっという間に売れてしまいます。このような「クラフトワイン」という領域は大切に守りつつ、日本中に流通できるアイテムが、いくつか出てくる必要があります。
甲州ぶどうが5種類くらい、マスカット・ベーリーAも5種類くらい、メルローとシャルドネも何種類か出てくると、日本ワインのシェアが10%に近づく第一歩になると思うのです。

『「日本ワインは高い」というハードルを越えるために』

日本ワインは比較的割高であるという点も、目標を達成するための大きな障壁になっています。コストがかかりすぎるのです。以前は、「なぜ日本ワインにはコストがかかるのか」という議論になったとき、真っ先に「人件費が高い、物価が高い」という理由が挙がりました。しかし昨今、日本は世界の先進国の中で最も物価が安く、最低賃金はアメリカの半分ほどです。つまり、理由はほかに存在するのです。

私はフランス・ボルドーに4年間駐在したことがありますが、フランスでは広大な広さの畑を持っているシャトーで、赤ワインを2種類しか造っていないというケースは珍しくはありませんでした。逆にひとつのワイナリーで10〜20種類のワインを造っているところはあまり見かけません。

日本のワイナリーでは、ひとつのワイナリーで多くの種類のワインを造っているところがあります。しかし、これからは各ワイナリーが得意なワインに特化してワインを造っていくとよいのではと思っています。年ごとの生産量が1,000本のアイテムを10種類持っているよりも、生産量が1万本のアイテムを1種類だけ生産するほうが、時間もコストもかかりません。

ワインのラベルを印刷するにしても、印刷時にかかるコストの大半は原版にかかるのであって、1,000枚刷るのと1万枚刷るのでは料金はさほど変わらないはずです。

また、種類が少なくなることで、栽培醸造担当者が研究する分野も絞ることができます。Aワイナリーは瓶内二次発酵のスパークリングが評判であれば瓶内二次発酵に特化して研究に励み、毎年たくさんのファンが購入できるだけのスパークリングを生産し続けるというイメージです。Bワイナリーは甲州ぶどうに、Cワイナリーはメルローに特化してワインを生産するという具合です。

価格を安くすることだけが目標ではありませんが、「日本ワインは割高だ」というイメージを払拭することは、多くの日本の方に日本ワインを飲んでもらうためには欠かせません。

『10〜20万本のアイテムを生み出せない理由』

そうはいっても、1アイテムで10〜20万本流通する日本ワインを増やすことが非常に難しいことは、私も重々承知しています。

まずは物理的に、10万本のワインを造るだけのぶどうが集まらないという問題があります。ワインを10万本生産するためにはぶどう100tが必要になり、1つのアイテムに100tのぶどうを集めることは現状では極めて難しいことです。
また、事前に「このようなアイテムを造ろう」と商品開発を進めたところで、ワインという商材は事前に決めた通りにできるものではありません。さらに、販売価格の問題もあります。

シャトー・メルシャンでは「シャトー・メルシャン​​ 山梨甲州」「シャトー・メルシャン 萌黄(もえぎ)」が、生産量が10万本近いアイテムとなります。

他社でも10万本前後のワイン銘柄を生産していますので、10万本前後の日本ワインは、日本国内で10アイテムは存在するのではないでしょうか。10万本を越える生産量のワインをお客様にもリーズナブルだと感じていただき、企業としてもきちんと利益を出し続けることを実現していかなければなりません。

また、情報発信という点でも弊害があります。「ワインはCMを打つと赤字になる商品」といわれます。「生産量が10万本のワイン」と聞くと数字としては大きく聞こえるかもしれませんが、CMを出すとなると莫大なコストがかかり、たとえ10万本が完売したとしても赤字になってしまいます。

そのため、多くの日本人が満足する日本ワインのスタンダードアイテムを造ったとしても、お客様にいかに伝えるかが大きな課題となります。また、ワインという商材自体が、CMを出してもあまり効果を示さず、一般の消費者にインパクトを与えない商材ともいわれているのです。CMで見たワインが飲みたいと思っても、店頭に行くと他のワインと見分けがつかず、「CMのワインがどれかわからないから買えない」状況に陥ってしまうことが原因です。
今後は、これらの課題をクリアしながら、多くの日本の方に満足してもらえる日本ワインのスタンダードアイテムを生み出す必要性があります。決して容易なことではありませんが、業界をあげて取り組んでいけば、きっとなんらかの成果をあげられるのではないでしょうか。

『甲州、デラウェア、マスカット・ベーリーA 日本ならではの品種を大切にしたい理由』

「日本を世界の銘醸地に」を実現させるために、日本ならではの品種を大切にすることも重要だと考えています。

例えば、日本固有の品種である甲州は、1990年代に栽培面積がぐっと減り、危機的状況に陥ったことがありました。甲州ぶどうで造ったワインはあまり個性がなく、特徴あるワインが造れなかったというのが理由でした。

甲州ぶどうが発見された由来には諸説ありますが、勝沼で発見されたぶどう品種といわれる甲州。勝沼に拠点を置くシャトー・メルシャンにとって、甲州ぶどうが勝沼の地で減り続けるのは、なんとしても避けなければならない問題でした。

そこでシャトー・メルシャンでは、2000年より「甲州プロジェクト」を開始しました。「甲州ぶどうから特徴のあるワインを造り、甲州ぶどうが減るのを食い止めよう」という活動です。その結果、「シャトー・メルシャン 笛吹甲州グリ・ド・グリ」「シャトー・メルシャン 玉諸甲州きいろ香」というワインが誕生しました。その頃から「甲州ぶどうでよいワインを造ろう」という機運が高まり、甲州ぶどうの生産量の減りを食い止めることができたのです。

さらに2009年には、甲州ぶどうの品質向上を目指し、世界市場において認知度を上げることを目的として、KOJ(Koshu of Japan)というという団体が誕生しました。山梨県内のワイン生産者15社と甲州市商工会、甲府商工会議所、山梨県ワイン酒造共同組合からなる団体で、もちろんシャトー・メルシャンも参加しています。

その後、海外にも甲州ワインが輸出されるようになり、「甲州ぶどうを減らしてはいけない」という消極的な活動から、「甲州ワインを世界で認められるワインへ」という積極的な活動へと変化していきました。甲州種の減少を食い止めるというもともとの動機が、「日本固有の品種を、海外にも通用するワインにしよう」というポジティブな思いに変化したことで、甲州という品種は現在のポジションを獲得したのです。

また、かつては勝沼でのぶどう栽培面積が最も大きかったぶどうにデラウェアがあります。しかし、現在は大半のデラウェアがシャインマスカットや大粒の生食用ぶどうに切り替わってしまいました。

シャトー・メルシャンでは、私が入社した当時はかなりのワインをデラウェアから造っていましたが、現在ではデラウェアでの醸造はしていません。シャトー・メルシャンでデラウェアのワインがさかんに醸造されていた当時、デラウェアには独特の臭いがあると敬遠され、その臭いを避けるため、収穫時期をぐっと早めて収穫していました。当時のデラウェアのワインは、デラウェアが本来持つ華やかな香りや個性をまったく出せていない、残念なワインであったと今となっては思います。

そんなデラウェアの生産量が全国で第3位の大阪で、2021年に大阪のワインが「GI大阪」として、国税庁から酒類の地理的表示(GI:Geographical Indication)の認定を受けたのです。完熟した瑞々しいデラウェアから、デラウェアらしさが濃厚に表現されたぶどうで美味しいワインを造ろうという流れがあります。私はこれはとても素晴らしいことだと考えています。

また、マスカット・ベーリーAは日本の風土に合わせて開発された品種ですが、山梨県内で栽培量が減少し、なかなか入手できなくなっています。近年の温暖化の影響で、赤ワイン用品種であるマスカット・ベーリーAの色合いが薄くなる傾向があります。色づきの薄いぶどうは、手間がかかる割に買取価格が低く、農家側がシャインマスカットなど高値で買い取ってもらえるぶどうに切り替えていることが理由として挙げられます。

日本人の食事には、濃厚でタンニンの強い赤ワインというよりも、マスカット・ベーリーAのようにそれほど色の濃くない、柔らかな味わいのワインが合うと考えます。マスカット・ベーリーAで、海外の人たちからも評価してもらえる高品質なワインを造ることができれば、農家の方への励みにもなります。マスカット・ベーリーAの畑の減少を食い止められるかもしれません。

甲州、デラウェア、マスカット・ベーリーAはとても日本的なワインができる素晴らしい品種です。もちろんシャルドネやメルローなども大切ではありますが、日本ならではの品種が残って欲しいですし、海外にも通じ、日本の消費者が定期的に飲んでくれるワインを造ることも、我々ワインメーカーの責務であると考えています。

『高品質なワインを極める 3ワイナリーが切磋琢磨しアイコンワインを競い合う重要性』

ここまでお話しした内容は、「多くの日本の消費者に日本ワインを飲んでもらうためにはどうすべきか」ということでした。一方で我々シャトー・メルシャンは、世界に通用し、海外の人があっと驚くような高品質なワインを造りたいとも考えています。

現在シャトー・メルシャンには、「勝沼ワイナリー」「桔梗ヶ原ワイナリー」「椀子ワイナリー」の3つのワイナリーがあります。そして、それぞれのワイナリーでボルドー系赤ワインの「アイコンワイン」と呼ばれる高品質ワインを醸造しています。

・勝沼ワイナリー 「シャトー・メルシャン 城の平 オルトゥス」
・桔梗ヶ原ワイナリー 「シャトー・メルシャン 桔梗ヶ原メルロー シグナチャー」
・椀子ワイナリー 「シャトー・メルシャン 椀子 オムニス」

3つのワイナリーにはそれぞれ醸造責任者がいて、私は3人の醸造責任者を統括する立場にあります。それぞれが切磋琢磨し競い合い、すばらしい品質のワインを造ってほしいと考えています。

マーケティングの世界では、ワインはめずらしいタイプの消費財だといわれます。低価格帯のワインと高価格帯のワイン、明らかに性格の異なる商材が混在するためです。それぞれ、販売戦略もワインが飲まれるシチュエーションも大きく異なります。

そのため、日本ワインというお酒をより多くの人に知って飲んでもらうには、低価格帯の商品と、1本1万円や2万円といった高価格帯の商品を販売するための戦略を、個別に立てる必要があるでしょう。

正三角形のようなピラミッド型で考えると、「勝沼ワイナリー」「桔梗ヶ原ワイナリー」「椀子ワイナリー」3つのワイナリーのアイコンワインはピラミッドのトップにあたり、先ほどお話した大型スーパーなどで気軽に購入できる日本ワインは、ボトムにあたります。日本ワインの市場を大きくしていくためには、高品質ワインとリーズナブルに楽しめるワイン、両方の市場を育てていくことが重要です。

それぞれのワイナリーの醸造責任者には「土地の個性を生かしたワインを造ってほしい」と伝えています。ボルドー品種だからといってボルドーそっくりなワインを造る必要はありません。もしもボルドーのようなスタイルを目指すならば、ボルドーワインを買えばよいのです。その土地でワイン造りをするからこそ出せる土地の個性が、品質に結びつくようなワイン造りをしてほしいと考えています。

桔梗ヶ原ワイナリーは標高740mと高いところにあり、酸味がしっかりとして柔らかいエレガントな赤ワインになります。一方、椀子ワイナリーは標高650m、果実感もある、タンニンの強いどっしりとした赤ワイン、勝沼ワイナリーは標高は450mと低めで、酸味がまろやかなとても柔らかいワインに仕上がります。

『浅井昭吾氏の言葉を語り継ぎ、情報を発信し続ける重要性』

27年間、日本のワイン業界に身を置き、浅井さんはじめ多くの大先輩から貴重なことを教えてもらいました。今、私はその教えと言葉を語り継ぐ責任があると思っています。

浅井さんがシャトー・メルシャンのルーツのひとつである大黒葡萄酒株式会社に入社したのは昭和20年代で、当時のワイン造りについても色々と聞きました。浅井さんがワイングラスを片手に語ってくれたお話は、語り継がなければ消えてしまう。浅井さんがもう少し長生きをしていたら聞く機会もあったかもしれませんが、71歳で逝ってしまいました。

私は機会があるごとに、浅井さんを知らない世代の方にも、浅井さんの言葉を伝えています。それこそが自分の使命だと考えているからです。浅井さんが、ある講演会で発言された言葉が印象的だったので紹介しますね。

「過去を知るということは未来を予見することである」という言葉です。

ライフル銃を例にした話だったのですが、ライフル銃で的を狙う時、ライフルの先にある銃口と、自分のすぐ手前にある照門(リアサイト)を合わせて的を狙います。照門と銃口と的が一直線に並ばなければ、的に当てることができません。

これを過去、現在、未来に当てはめてみるとこうなります。未来を予測するとき、過去が一番手前の照門にあたり、現在が銃口、その延長線上に的となる未来がある。それらが一直線にならなければ、的となる未来には当たらないということです。

つまり、現在しか知らなければ、未来がどの方向に向かうか予想がつかないというわけです。過去と現在の延長線上に、必ず未来は存在するということです。だからこそ過去を知り、過去から現在までの流れを知ることはとても大切なのです。

私はよく、80歳近いシャトー・メルシャンOBの方と電話でお話することがあります。「安蔵くん、昔はこうだったんだよ」というお話を今聞いておかなければ、次の世代に伝えることはできません。日本ワインとはこのような流れでできたのだということを理解した上で、未来を考えることが大事だと常に思っています。

11月4日に公開となる映画『シグナチャー』は、私がシャトー・メルシャンに入社してから、浅井さんが病気で亡くなるまでのストーリーが中心です。浅井さんと私のエピソードもたくさん出てきます。

私とカミさんは結婚式を2000年に挙げました。その時に浅井さんを主賓でお呼びして、スピーチをお願いしたんです。結婚式の様子を録画したものを柿崎監督にお見せしたところ、スピーチだけでなく結婚式全体のシーンまで再現されてしまい、とても恥ずかしいのですが…

撮影は2021年の秋には完了し、2022年1月に完成試写会がおこなわれました。11月の公開までずいぶんと時間が空くのですねと柿崎監督に尋ねると、ふたつの理由を挙げられました。

ひとつは海外の映画コンクールへの出品意向があり、海外のコンクールの中には未公開のものに限るというしばりがいくつかあるので、出品が終わってから公開したいということ。

ふたつ目は、ワインの造り手に映画を観てほしいので、ぶどうの収穫とワインの醸造で忙しい時期が落ち着くタイミングで公開したいということでした。

前作の「ウスケボーイズ」は10月半ば公開で、ワイナリーの人たちがちょうど忙しい時期だったため、観に行くのがむずかしかったようです。そのため今回は、ワインの造り手に見てもらえるようにと、11月4日公開となりました。

柿崎監督はご自分の資金で映画を制作しているので、独立系の映画館での公開となります。全ての県での上映という形ではありませんが、特に山梨をはじめとする、ワイナリーがたくさんある地域で多く上映されるのではないかと思います。

多くの方に観ていただき、日本ワインに興味をもってもらうきっかけとなることを切に祈ります。「日本を世界の銘醸地に」という夢を、みなさまと共に叶えることができれば幸いです。



『まとめ』

先達の思いを引き継ぎ、「日本を世界の銘醸地に」というヴィジョンを胸に日本ワイン普及に尽力する安蔵光弘氏。素晴らしい醸造家であると同時に「語り部」として、日本ワインの歴史や先人の知恵を語り継ぎ、発信し続けています。

「過去を知るということは未来を予見することである」という浅井氏の言葉は、安蔵氏を通して今も日本ワインの造り手たちに語りかけ、これからの日本ワインが歩むであろう道を明るく灯してくれます。

「日本で世界のワインと肩を並べるようなワインが造れるわけがない」と揶揄された時代に、世界にも通用する品質の「シャトー・メルシャン 桔梗ヶ原メルロー」を誕生させた、シャトー・メルシャン。

不可能を可能にしたシャトー・メルシャンのエネルギーはとどまることを知りません。
「日本を世界の銘醸地に」という大きなヴィジョンを実現させるべく、日本ワインを成功へと導いてくれるでしょう。

安蔵氏のもと、日々ワイン造りに励む「勝沼ワイナリー」「桔梗ヶ原ワイナリー」「椀子ワイナリー」。

Terroir.mediaは、この3つのワイナリーの醸造責任者を取材し、それぞれのワイナリーの「テロワール」にじっくりと迫ります!

今後の記事もどうぞお楽しみに!


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