追跡!ワイナリー最新情報!『深川ワイナリー東京』「東京らしさ」をさらに進化させた都市型ワイナリー

東京都江東区、下町情緒あふれる深川にある都市型ワイナリーが、「深川ワイナリー東京」だ。2016年のスタート以来、北海道や山梨、山形や長野など、さまざまな産地の優れたぶどうを仕入れてナチュラルなワインを造ってきた。「モノづくり」ならぬ「コトづくり」を提案するワイナリーだ。

限られた醸造スペースを最大限に活用し、各地の農家としっかりとした関係性を築くことで、バリエーション豊かなラインナップを揃える。また、東京湾まで徒歩10分という地の利を生かしてワインの海中熟成にも取り組むという独自性の高さでも注目を集めている。

さらに、街中でのぶどう栽培への取り組みにも注目したい。都心のビルの屋上で、ぶどうをプランター栽培している深川ワイナリー東京。他業種の企業とも連携し、ユニークなぶどう栽培に挑戦しているのだ。

さまざまな取り組みをおこなっている深川ワイナリー東京の、2022年の様子と今後について、醸造責任者の上野浩輔さんにお話を伺った。

『プランターでのぶどう栽培』

都会にあるワイナリーでは、自社畑を持つのが困難なケースも多い。深川ワイナリー東京でも、醸造で使用するぶどうのメインは、日本各地で作られた買いぶどう。だが、深川ワイナリー東京ではぶどうのプランター栽培も手がけている。2017年に始まった取り組みで、栽培する品種はナイアガラとデラウェア。80本程度を栽培している。

「深川ワイナリー東京で導入しているぶどうの『根域制限栽培』は、東京都東村山市のぶどう園さんで教えていただきました。根が這う場所を制限して栽培する方法です。ぶどうは最低限の土があれば育つのです」。

深川ワイナリー東京のぶどうのプランターでは、深さ30〜50cm程度の深さの土でぶどうを栽培している。樹は順調に成長しており、2021年は4.5Kgだった収量は、2022年には10Kgに倍増した。

▶︎安心安全な無農薬栽培

露地ではなくプランターでの栽培とはいえ、ワイン醸造に使用するためのぶどう栽培であることに変わりはない。栽培を手掛ける上野さんは、以前勤務していたワイナリーで、17年程度のぶどう栽培経験を持つ。

「ぶどう栽培の経験はあるものの、屋上でぶどうを育てるのは、もちろん初めてでした。当初は不安もありましたが、実際にやってみると、ぶどうの生育にとってなかなかよい環境であることがわかりました」。

ぶどうの生育には十分な日照が欠かせない。だが、露地栽培の場合、地域によっては特に春先の日差しが足りないこともある。

その点、屋上に設置したプランターは遮るものがないため日照時間も長く、厚みがあり丈夫な葉に育つのに時間がかからない。ぶどうが順調に生育して糖度を上げるために必要な光合成をしっかりとおこなうことができるのだ。

ぶどうの品質で出来が左右されるワイン造りでは、高品質なぶどうの確保が欠かせない。優れたぶどうを収穫するためには病害虫の影響を受けないぶどう栽培が望ましいが、その点でも深川ワイナリー東京のプランター栽培には利点がある。

プランターを設置しているビルの屋上は、風がよく吹き抜けるのだ。風通しがよい環境でのぶどう栽培では病気が発生しにくいため、深川ワイナリー東京では、なんと無農薬でぶどう栽培をおこなっている。

「屋上はびっくりするくらいよく風が吹くので、風通しがよいとぶどうは病気になりにくいということがはっきりわかります。ワインは直接口に入るものですから、無農薬でぶどう栽培ができるのは非常に嬉しいですね。屋上でのプランター栽培に可能性を感じています」。

無農薬栽培はワイナリーの自慢だと話してくれた上野さん。実は、深川ワイナリー東京では以前から、周辺地域の人やワイナリーのファンなどを招き、ぶどう栽培のワークショップを開催したいと考えている。その際、無農薬栽培であれば子供から大人まで、安心してぶどうに触ってもらえるはずだ。

計画はありつつも、コロナ渦のためになかなか実現しなかった参加型の企画は、実現に向けて具体的に検討中だ。

▶︎鳥害対策としての袋かけ

深川ワイナリー東京の屋上ぶどう園「深川ワインガーデン」は、東京メトロ東西線の門前仲町駅直結のビルの3階テラスにある。近くには公園があり、都心といえども自然もある環境なので、野鳥が多いのだとか。

そのため、ぶどうの房が成長してくると、鳥に狙われるのを防ぐために袋かけをしている。

「鳥はもちろん、小さいお子さんがぶどうをとってしまうこともあります。今のところ、袋かけをすることで予防できていますよ。鳥は頭がよいので、袋の中には美味しいぶどうがあると学習してしまったら、取り除けネットの設置など別の対策が必要ですね」。

▶︎水やりを自動化

健全なぶどうを栽培するのに向いているビルの屋上ではあるが、問題点もある。

「屋上は暑くなりやすく、昼夜の寒暖差も生まれにくい環境です。2022年の夏は特に暑い日が続いたため水分が蒸発してしまい、灌水できていなかった樹が枯れてしまいました」。

日本におけるワイン用ぶどう栽培では降雨量の多さが問題になることが多いものだが、根域が限られたプランター栽培では、水分不足が問題となることがあるのだ。

その後、一定の時間ごとに自動で水やりができる装置を導入し、水やり問題は無事解消した。

▶︎10kgのぶどうを収穫

2022年、深川ワイナリー東京では10kgのぶどうを収穫。販売できるほどの収量ではなかったため、試作品として仕込んだスティルタイプのワインは、社内メンバーでテイスティングをおこなった。

「みずみずしい味わいの美味しいワインでした。デラウェアとナイアガラの個性がしっかりと出ていたことに驚きましたね」。

今後さらに収量が増えれば、屋上で栽培されたぶどうを使ったワインの醸造と販売も検討している。フレッシュな早飲みタイプの新酒を造る予定だ。

醸造量が増えてきたら、熟成用のワインを残しておくことも検討しているという。都会の真ん中で育ったぶどうから造られたワインは、プレミアムな1本となるだろう。夢は膨らむばかりだ。

▶︎他業種とのリレーションシップ

深川ワイナリー東京が取り組んでいる屋上でのぶどうのプランター栽培に関心を寄せ、協力している企業がある。竹中工務店だ。

「『まちづくり戦略室』という部署の方たちが、我々の発信に興味を持って見学に来られたのがきっかけです」。

日本全国でまちづくりのサポートを実施している竹中工務店では、都市部での屋上の利活用や、緑地の付加価値向上としての屋上緑化にも取り組んでいる。

屋上緑化は建物の劣化を防ぐだけでなく、植物の蒸散作用によって室内外の温度の上昇を抑制するなど、都市部において多くのメリットがあると期待されているのだ。

2022年からは竹中工務店でも、東京メトロ大手町駅に直結したビルの屋上でぶどう栽培の実証実験を始めた。東京の風土で育ったぶどうのワインには、ほかにはない特別感がある。都市農業のひとつのかたちとして、東京でのぶどう栽培とワイン醸造の未来に引き続き注目したい。

『東京にあるワイナリーならではのワイン造り』

都市型ワイナリーに共通する悩みではあるが、深川ワイナリー東京の醸造スペースには限りがあり、たくさんの醸造タンクを置くことはできない。

そのため、醸造タンクを効率よく使い、さまざまな種類のワインを造る工夫をしている。

▶︎2022年のワイン醸造

上野さんが悩むのは、白ワインと赤ワインの醸造量のバランスを取ることだ。全国各地のぶどう産地で収穫されたぶどうが順に入荷してくるが、最終的にはいつも赤ワインの醸造量が多めになってしまう。そのため、シーズンの終わりには、白ワインをもう少し仕込めばよかったと毎年思うのだという。

そこで2022年に上野さんが注目したのが、青森県で多く栽培されるスチューベンというぶどう品種だった。

だが、スチューベンは果皮が黒い品種だ。白ワインの醸造量を増やしたいのに、なぜスチューベンに注目したのかと疑問に思う人もいるに違いない。

実は、上野さんが採用したのは、果皮が黒いぶどうでスパークリングワインを造るシャンパーニュの製法、いわゆる「ブラン・ド・ノワール」のような醸造方法だったのだ。

青森では実際にスチューベンを使った白ワインを製造・販売しているワイナリーがあるため、深川ワイナリー東京でも挑戦してみることにした。

青森でのスチューベンの収穫は通常、11月までに終わる。しかし、どうしても白ワインを仕込みたいという上野さんの要望を聞いた話を生産者が、通常よりも遅い時期に収穫して保管していたスチューベンを集めて送ってくれたのだ。

赤ワインの醸造が終わってタンクが空になったタイミングで、青森からスチューベンを購入。無事、12月半ばに仕込むことができた。

「果実を圧搾する段階で果汁だけを絞って、、白ワインとして仕込みました。果汁は薄いピンク色ですが、発酵の過程で徐々に色が落ちます。ロゼワインになる覚悟で仕込みましたが、上手くいけば白ワインになるはずですよ」。

スチューベンの仕込み量は、4900Kgほど。どんな仕上がりのワインになるのか、今から楽しみだ。

▶︎高品質なぶどうだけを使用

できる限り添加物を使わないワイン造りをしたいと考えている、深川ワイナリー東京。

「私自身、体の中にあまり余計なものを入れたくないと思っているほうなんです。また、もともとぶどうに自然に付いている天然酵母を生かさないのは、もったいないという思いもありますね。天然酵母を生かすのが、醸造家の腕の見せ所です」。

深川ワイナリー東京では、ほぼすべてのワインを天然酵母で発酵させている。

醸造する際には、補糖が過剰になりすぎないように努めている。発酵開始時の糖度が高くなりすぎると、不自然なアルコールが発生することがあるためだ。そして、補酸と亜硫酸の添加は一切おこなわない。

そのためには、できるだけ完熟していて、しかも酸味もほどよく残ったぶどうを入手する必要がある。そのため深川ワイナリー東京では、各産地で栽培された素晴らしい品質のぶどうを厳選して仕入れているのだ。

例えば、より完熟度が高く酸味も残った甲州を入手するため、日本各地のさまざまな産地で調査を実施した。その結果、栽培地としては甲州の最北エリアにあたる山形県鶴岡市から仕入れることにした。

素晴らしいぶどうを栽培することで定評のある鶴岡市の農家のぶどうは人気が高く、仕入れられるぶどうの量は決して多くない。だが、深川ワイナリー東京ではたとえ限られた量しか仕入れられないとしても、より品質のよいぶどうでワインを造ることを重視している。そのためには農家との信頼関係も必要になる。

「コロナ禍が開けてようやく産地に足を運んで、直接農家さんにお会いすることができました」。

よりよいぶどうを入手するため、農家との信頼関係の構築を怠らない。だからこそ、深川ワイナリー東京のナチュラルなワイン造りが実現するのだ。

▶︎エレガントなワインにこだわる

深川ワイナリー東京では、早飲みタイプのワインがラインナップの中心となっている。しかし同時に、海中熟成ワインや樽熟成した魅力的なワインも造っているのが特徴だ。

「熟成ワインを口にしたお客様は、みなさん喜んでくださいます。熟成ワインの美味しさも、もっと伝えていきたいですね。フレッシュなワインと並行して、熟成タイプのワイン造りも続けたいと思っています」。

上野さんがワイン造りにおいて特に重視しているのは「香り」だ。日本のぶどうは海外のぶどうに比べると糖度が低く、出来上がるワインのアルコール度数が低めになる。そのため、タンニンが豊富でどっしりしたワインを造るのは難しい。だからこそ、上野さんは繊細な香りの、エレガントなスタイルにこだわりたいと考えているのだ。

そんな上野さんがでこれまでに造ってきたなかでもっとも印象に残っているワインは、「松本市産メルロー木樽熟成」の2020年ヴィンテージなのだとか。

残念ながらこの銘柄はすでに品切れだが、2022年ヴィンテージでは、塩尻産のメルローを使って醸造した赤ワインがおすすめだという。

「同じ時期に仕込んだカベルネ・フランの味がよいので、カベルネ・フランと塩尻のメルローをブレンドして、香りと味のバランスがとれたワインに仕上げたいですね」。

2022年ヴィンテージのメルローとカベルネ・フランのブレンドワインは木樽熟成を経て、2024年頃にリリースする予定だ。

▶︎東京らしいアッサンブラージュのワイン

また、2023年秋頃にも樽熟成のワインがリリースされる。こちらはメルローにマスカット・ベーリーAをブレンドしたワイン。

また、長野県産と山梨県産、山形県産、青森県産のぶどうで造ったワインが、それぞれのタンクで瓶詰めを待っているという。上野さんはこの4つのタンクのワインを、思い切ってひとつにアッサンブラージュしようと考えているそうだ。

「東京という場所は全国から人が集まり、バランスを取って成立している土地だと思います。全国の産地からぶどうを集めて深川でおこなうワイン造りでも、違う産地のぶどうをひとつに合わせ、バランスをとって素晴らしい味わいのワインにするのが『東京らしい』と思うのです」。

リリースは、早ければ東京の花見シーズンに間に合う予定だ。東京ならではのアッサンブラージュのワインを東京の桜とともに楽しむ、そんな花見ができたら最高だろう。

▶︎おすすめペアリング

深川ワイナリー東京のおすすめのワインと、ペアリングしたい料理について質問したところ、「山形県産デラウェアオレンジ2022」と酸味の効いたビネグレットソースのペアリングを教えていただいた。

「山形県産デラウェアオレンジ2022」は、柑橘のニュアンスが感じられる非常にフルーティな味わいのオレンジワインだ。酸味のあるフレンチ系のサラダドレッシングとの相性が抜群で、焼きネギなど食材の味が生きているシンプルなメニューともよく合うそうだ。ぜひお試しいただきたい。

料理とワインをペアリングすることで、料理もワインももっと美味しくなるという実体験を提供したいと考えている上野さん。そのため、料理人と醸造家とが一緒になってペアリングの探究をすることも重視している。

想像でペアリングを提案する場合と、実際に料理とワインを合わせたときの味を知ってから提案するのとでは、説得力が違うのだ。自分たちが実際に体感したものを説明するからこそ、その言葉は初めて「本当の意味」を持つのだ。

『まとめ』

コロナ前のような日常が戻ったら、栽培体験などのワークショップと、収穫体験ツアーを実施したいと考えている深川ワイナリー東京。2023年は、お花見やクリスマスなどの季節のイベントも、徐々に再開したい考えだ。

イベントに参加して、上質なぶどうで香り高いエレガントなワインを醸す深川ワイナリー東京のワインを味わうことは、東京でのワイン造りならではの醍醐味を感じることでもある。

最後に、上野さんに美味しいワインを造り出すコツをたずねてみた。

「ワイン造りはロジカルな作業ではないので、醸造の段階ごとにテイスティングを何度もおこなうことですね。ひとつずつの工程は言葉にすれば大した作業ではないように見えるかもしれませんが、それぞれのタイミングが大切なんです。また、五感をフルに使って、焦らず待つのも仕事のうちです。すべてをタイミングよく進めても、仕上がりが納得いかないこともあります。結局、ワイン造りに正解はひとつではないのだと思っています」。

素材の持つポテンシャルを信じて、焦らず待つことを真摯に続け、上野さんはワインを造っている。研ぎすまされた感覚とワインへの愛情、そしてあくなき探究心で造られているのが、深川ワイナリー東京のワインなのだ。

都市型ワイナリーの先駆けともいえる深川ワイナリー東京。「コトづくりのワイナリー」が独自に提供するワインの楽しさを味わいに、ぜひワイナリーを訪れてみてはいかがだろうか。


基本情報

名称深川ワイナリー東京
所在地〒135-0045 
東京都江東区古石場1-4-10高畠ビル1F
アクセス門前仲町駅より歩いて8分
HPhttps://www.fukagawine.tokyo/

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