『信州たかやまワイナリー』新しいワイン名産地・高山村の中核を担うワイナリー

ワイン愛好家であれば知らぬものはない、日本ワインの原産地域のひとつに、長野県の「千曲川ワインバレー」がある。その一角を占めるのが高山村だ。

志賀高原の南に位置する同村は、面積のおよそ7割を上信越高原国立公園が占めている。NPO法人「日本で最も美しい村」連合の加盟自治体だけあって、国内でも指折りの景観は抗しがたいほど美しい。
その風光の一部をかたち作っているのが、きれいに並んだぶどう畑の樹々。山並みを背景にした圃場からは、引く手あまたの高品質なぶどうが摘み取られていく。

しかし2010年代半ばに至るまで、この村にはワイナリーが存在しなかった。村の名産品であるぶどうを自分たちの手でワインに。
そんな生産者たちの情熱で誕生したのが「信州たかやまワイナリー」だ。

『標高差が産み出す高山村の多様な気候』

「千曲川ワインバレー」全般にいえることだが、高山村は年間平均降水量が850mmと少ない。逆に日照時間は長く、気候は冷涼。昼夜の気温差が大きくて、水はけのよい土壌を備えている。
まさにぶどう栽培にうってつけの土地である。欧州系のワイン用ぶどうが盛んに栽培されているのもうなずける。

村で一番標高が低い場所は400メートル。ワイナリーがある場所は標高650メートルで、さらに標高830メートルのところまでぶどう畑が点在している。
この傾斜はぶどうを栽培するうえで非常に有利に働いているが、そればかりではない。村内6か所にもうけられた気象観測機が興味深いデータを提供している。

カリファルニア大学のメイナード・アメリン博士とアダム・J・ウィンクラー博士が提唱しているワイン産地の気候区分がある。ワインの世界ではよく知られたものだが、5つある区分のうち、高山村では4つの区分が見られるという。
ワイン産地の気象条件の大部分をこの村で観測出来てしまえるのだ。言うなればイタリア南部からフランスのシャンパーニュまでがこの高山村内に存在する感覚だ。標高差による多様な気候は、多様なキュヴェ(ワインのロット。特定の畑や発酵槽で造られたワイン)を生む。
このワイナリーに届けられるぶどうだけでも、品種とキュヴェを合わせて70種類になるという。  

信州たかやまワイナリーではこのバラエティに富んだぶどうをアッサンブラージュし、調和をつくり出すことでワイナリーのカラーを創り出している。

『わずか20年で日本有数の生産地に』

高山村のワイン用ぶどうは品質が高く、収穫されたものは村外の著名なワイナリーでフラッグシップワインの原料となっている。なかでもシャルドネは人気でサントリーの「高山村シャルドネ」、メルシャンの「北信シャルドネ」などを通して、国内外で評価されてきた。

高山のぶどうを使ったワインはさまざまな国際コンクールで入賞を果たしたほか、国内で開催される国際会議のディナーやランチ(直近だと「 G7伊勢志摩サミット2016」)に供される機会も少なくない。
しかしこの村で初めてワイン用ぶどうが植えられたのは1996年のことである。かなり最近だ。

最初の栽培者は、近隣の中野市の農家で、メルシャンと契約栽培の関係にあった。あるとき山梨にあるワイナリーまでぶどうを納品に行く途中、高山村の扇状地が目に留まった。
道端から見上げて「ここはよいワイン産地になる」と直感。高山と須坂にまたがるエリアでのぶどう栽培のパイオニアとなった。

このあとはしばらく大きな動きがなかったものの、村全体の課題として、農産物価格の低迷や農家の高齢化による耕作放棄地の拡大が悩みの種となっていた。
その対策として「高齢者にとって作業が容易」「村の自然条件に合致している」「付加価値の高い農業を目指せる」という観点から、ヨーロッパ系品種のワイン用ぶどうで村の農業を活性化するプランが採択された。

前述の通り、高山村はぶどう栽培に適した気候風土に恵まれ、あっという間に注目を集めるようになった。その評判の高さから、この地に住む農家もワイン用のぶどうに興味を持ち、さらにまた評判が評判を呼んで村外、県外からも栽培者たちが訪れるようになった。

本格的な栽培が始まったのは1996年で、生産面積は3.0ヘクタールに過ぎなかった。それが2014年には26.6ヘクタール、生産者18名に拡大。翌年には35ヘクタールにまで伸び、現在は約60ヘクタール。
耕作放棄地や休耕地を転用していくことで、当初の20倍の規模になった。

転機となった2006年に設立されたのが「高山村ワインぶどう研究会」。村がワイン用ぶどうの振興を宣言したことを受けての動きで、村内外の栽培者や栽培希望者を中心に30名の会員が集まった。その後、9つのワイナリーが村のぶどうで醸造を開始。
さらにサントリーの「高山村シャルドネ2012」がフランスの国際ワインコンクール「Les Citadelles du Vin」で金賞の受賞を果たしたことで、生産者たちは高山のぶどうに自信を持つようになった。

しかし村ではぶどうは採れてもワインは造っていなかった。次の段階として自社醸造のワインを造りたい。そんな思いが徐々に浸透していった。

『今度はステージを変えてワイン産地になろう』

2011年、高山村はワイン特区として認定を受けた。そして、その2年後「ワイナリー構想検討協議会」の答申が高山村村長になされた。

まず最初に「ビジョンを定めよう」ということになり「ワイン産地とはなにか?」という定義づけが行われた。ワイン産地の三要素とは「よいぶどう」「よい人材」「よい飲み手」。
また、高山村の考えるワイン産地のイメージは「小さくても高品質なワインを造るワイナリーが複数点在する地域」とされた。

このビジョンを実現するためには、中核となるワイナリーが必要である。そしてそのワイナリーでは人材を養成して産地としての厚みを出していかねばならない。そんな答申ができあがったのだ。

また、行政では「特定任期付き職員」を雇用し、ワイン産地形成に向けての取り組みを行う中で、ワイナリー設立に向けてのバックアップを行った。

この答申の内容を「高山村ワインぶどう研究会」の栽培者たちに呼びかけたところ、数名の有志が名乗りを上げた。彼らと村内の酒屋産、旅館の経営者らが出資者となり、株式会社として信州たかやまワイナリーがスタートした。

『高山のぶどうとワイン』

信州たかやまワイナリーは自社畑を持たず、栽培者からぶどうを仕入れて醸造している。受け入れている栽培品種は以下の通りだ。

白:シャルドネ、ソーヴィニヨンブラン
赤:メルロー、カベルネ・ソーヴィニヨン、ピノ・ノワール

ほかに、まだ商品化されていないテスト品種が白で5種類、赤でも2〜3種類くらいあるという。サントリーの「高山村シャルドネ」やメルシャンの「北信シャルドネ」のネームバリューのなせる技なのか、シャルドネは一貫して生産量が多い。
もちろんほかの品種も高品質だ。鷹野さんは理想のぶどうの条件として「健全であること」「ワインになるために適切に熟していること」のふたつをあげている。

ぶどうは、畑でしか熟成しない。太陽や空気を感じられるぶどうこそよいぶどうなのだという。
その良質なぶどうの品種名を関したシリーズとして、信州たかやまワイナリーは4種類の「ヴァラエタルシリーズ」を展開している。

どのワインも「収穫のタイミング」と「瓶詰め」というふたつの工程を重視して造られている。ワイン造りの過程において、人間の意思でコントロール出来る数少ない工程だからだ。
ぶどうの収穫は人間が最適な時期を判断して行っている。瓶詰めも同様だ。若いワインが瓶詰めされて違う世界へ旅立っていく。
収穫と瓶詰めは、ぶどうやワインが様相を大きく変える瞬間である。「知恵や感性を使って変化のときを見極めるのが大切なポイントです」と鷹野さんは語る。

『ワイナリーを特徴付ける3つの調和』

ワインには醸造家の信奉する哲学が現れる。信州たかやまワイナリーのキーワードは「調和」である。信州たかやまワイナリーには3つの調和が見られる。
「ぶどうをアッサンブラージュ(ブレンド)することによる、ぶどう同士の調和」「ワインと食事の調和」「ワイナリーと地域との調和」だ。

突出した香りや味わいがないこと。すなわち「調和がとれた味わい」が信州たかやまワイナリーの商品の特徴だと鷹野さんは語る。
「いつの間にか飲み手のグラスが空いているのが理想です。そのためにはクリーンでバランスがよい、というのが条件になります」

奇をてらったワインはインパクトこそあるが、1〜2杯程度しか飲めない。
しかしクセのないワインであれば食事を通して最初から最後まで飲み続けられる。その結果としてグラスもボトルも空いてしまう。

クリーンなワインは、ワイナリーの設備と建物とで実現する。バランスはブレンドするうえで、畑ごとに小仕込みした個性的なワインたちのハーモニー、食事の邪魔をしない控えめな自己主張を吟味しながら落としどころを探っていく。
派手さはないかもしれないが、人や食卓に寄り添い会話を弾ませるようなワイン。その一方で王道を行くようなしっかりしたワイン。それが鷹野さんの目指している方向性だ。

ワイン造りの過程で、科学分析による評価とは別に、テイスティングによる官能評価で製造上の決定を下していく。いつ発酵を終わらせるか。この原酒とブレンドするにはどの原酒がよいか。判断の基準となるのは鷹野さんたちの味覚だ。我々の味覚は日本の食文化で培われている。
だからこそ繊細で旨みを重視する日本の食に合わせやすいワインが造り出せるのだと鷹野さんは考える。

ぶどうとぶどう。ワインと食事。多様なものの波長が共鳴すると、大きなうねりが生まれる。その波がワイン文化の中で実現出来たら素晴らしい。
鷹野さんは遠くを見つめてそんな風に語る。目指しているのはテーブルの上の調和だけではない。ワインを通した、村との調和も鷹野さんの関心事だ。

『理想のワイン産地への指標となる「Naćho」』

ワインの王道を行く信州たかやまワイナリーには、影の主役ともいうべき1本が「Naćho(なっちょ)」だ。同ワイナリーの看板ともいうべき「ヴァラエタルシリーズ」の価格が3,025円なのに対し、「Naćho」は半値の1,650円。なぜこの商品が影の主役と言えるのだろう。

「Naćho」というのはこの地方の方言で「どう?」という挨拶の言葉だ。
「なっちょだい(具合はどう)?」という具合に使う。顔見知り同士の挨拶のように気軽に呼びかけ合ってワインを楽しんで欲しいということらしい。

地元の方言なので、ワインのもつ堅苦しさ、敷居の高さを取り払う意味もあるのだろう。どんな料理にも合わせやすい辛口タイプで、あふれる果実味が魅力だ。ぶどうはもちろん、高山村内で収穫されたもののみを使用し、ステンレスタンクで発酵させている。
財布に優しいので、気軽にぐびぐび飲めるワインだ。

「Naćho」にはふたつの役割がある。ひとつは飲み手の方とのコミュニケーション・ツールとしての役割。もうひとつは地元に「よい飲み手」をつくるという役割だ。

ひとつめの役割について「『Naćho』は高山となにかを繋ぐツールなんです」と鷹野さんは語る。
一例として上げられたのが、神奈川県藤沢市の「Bar湘南ファーム」という日本ワインと日本チーズのワインバーの話だ。オーナーは中野市の出身で、オーナーの奥さんが高山村の出身だという。「Naćho」は毎年4月20日頃の桜の開花前にリリースされる。

『湘南ファーム』の夫妻はゴールデンウイーク頃帰省するのが常だが、帰る度にワイナリーに立ち寄りワイン談義に花を咲かせる。そうして両手に『Naćho』を抱えて藤沢に帰っていく。店で「ふるさとのワインです」と言いながら「Naćho」を出すのだろう。

そういうコンセプトなので、『Naćho』は原則として村内限定販売だ。取り寄せも可能なのだが、通信販売はしていない。対面でのやりとりがないと、ワインを介したコミュニケーションが飛んでしまうからだ。
「ワインに込めた背景がなくなって、ものとして動いていくだけというのは寂しい」と鷹野さんは語る。

もうひとつの役割「よい飲み手」をつくるというのはどういう意味か。ワイン産地の3条件のひとつに「よい飲み手」がある。高山村でワインが本格的に栽培されるようになったのは1996年。
それまではワインが飲まれている地域ではなかった。

創業時の総製造数量は仕込みで21トン。去年は5回目の仕込みで2.5倍まで増えている。最終的には70トンまで増やす予定だが、鷹野さんは3割(21トン)程度を「Naćho」にする意向を持っている。製造本数に換算すると1万5千本だ。

この1万5千本を村内で販売し、1年間で売り切ると、どんなことが起きるのか。高山村の人口は現在約7千人だが、お酒の飲める20歳以上の人口は5千人ほどになる。つまり年間で1人あたり3本の「Naćho」が消費される計算になる。

日本の果実酒・ワインの年間消費量は、ワイナリーが立ち上がった時点では3〜4本だった。つまり1年間で1万5千本の「Naćho」を売り切れば、日本のワイン消費の平均をクリア出来るという訳だ。
それはつまり高山村が「ワインに親しんでいる地域」ということにも繋がる。鷹野さんたちが目指すワイン産地の理想像に近づく道でもあるわけだ。言い換えれば、「Naćho」の消費量が信州たかやまワイナリーと高山村の目指すワイン産地に到達するうえでの指標になっているのである。

『今まで通りの業務を粛々と続ければ、道は開けていく』

ワイナリーの公式サイトには「未発売」と記された「プレミアムシリーズ」の存在がある。

「まだ方向性が見えていないラインナップなんですよ」と鷹野さん。
「プレミアムという言葉から、単一の畑から採れたぶどうだけで醸造する『シングルヴィンヤード(シングルキュヴェ)』が連想されるかもしれません。しかしこのワイナリーのプレミアムとしてはあまりふさわしくない気がしています。まだ出口が見えていないのですが、セレンディピティ(予期せぬ幸運)という言葉の通り、積極的に動き続けていれば自ずと答えが見えてくるのではないかと思っています」。

ワイン用ぶどうの産地から、ワイン産地へ。その取り組み自体が挑戦ともいえる。鷹野さんは今後も、今まで通りの業務を粛々と続けながら「世界に羽ばたくワイン」と「ワイン産地」というふたつのビジョンを確固たるものにしていくのだろう。

「海外の人たちによると、ワイン産地と言われるまでにだいたい200年かかるそうなんですよ。我々はようやく10分の1が終わったところです。200年先を見据えて、地域との調和を図りながらやっているところです」と鷹野さん。

たとえとして卑近すぎるかもしれないが、香川のうどん、喜多方のラーメン、宇都宮の餃子は、それぞれの地域に馴染んだ食事である。
それどころか一種の食文化として観光の目玉にさえなっている。高山のワインがそうした存在になったとき、高山村は普遍的な「ワイン産地」になるのかもしれない。

『まとめ』

「千曲川ワインバレー」の一角を占める高山村。国際コンクール入賞を果たした日本ワインの原料生産地として知られてきたが、満を持して設立されたのが「信州たかやまワイナリー」だ。
村をあげてぶどう産地からワイン産地への転換を図っているのである。

「小さくてもしっかりしたワイナリーが点在する地域」を実現する施策のひとつが、研修制度である。現在5軒まで増えた村内のワイナリーに続こうという若者たち、そして休日や長期休暇の度に東京から継続的にやってくる人たちが、ワイン造りを学んでいる。
鷹野さんたちは蓄積してきたノウハウを惜しみなく伝授しているという。

村ではぶどうの絞りかすなどの農産廃棄物、農業集落排水処理の脱水汚泥、さらには一般家庭からの分別生ごみを原料とした、高品質な堆肥を製造している。
再び畑に戻すことで、循環型農業を実現させているのだという。

エコロジーと手仕事、持続可能な産業。そして「日本で最も美しい村」連合の一翼を担う風光。信州たかやまワイナリーには、多くの人を呼び込むきっかけがたくさんあるのだ。

基本情報

名称信州たかやまワイナリー
所在地〒382-0800
長野県上高井郡高山村大字高井字裏原7926
アクセス電車
長野電鉄須坂駅から車で15分

小布施スマートICから20分
HPhttps://www.shinshu-takayama.wine/

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