長野県須坂市の、果樹園が広がる扇状地にある「楠わいなりー」は、2011年に設立されたワイナリーだ。
代表取締役の楠茂幸さんは長年、航空機リースを手がける企業でサラリーマンをしていたが、残りの人生で「ものづくり」をしたいと一念発起。オーストラリアのアデレード大学で、ぶどう栽培とワイン醸造を本格的に学んだ。
アデレード大学での研究で日本の気象データを分析し、偶然にもご自身の実家がある長野県須坂市が、ワイン用ぶどうの栽培適地であることを知った楠さん。故郷へと戻り、「科学」「自然」「芸術」を軸に「人を幸せにするワイン」を造るため、欧州系品種を中心としたぶどう栽培とワイン醸造に励んできた。
楠わいなりーでは、さまざまなシーンで楽しんでもらえるよう、幅広いラインナップのワインをリリースしている。
今回は楠わいなりーの2021年以降の取り組みと、これからの展望について楠さんにお話を伺った。興味深いトピックが盛りだくさんなので、ぜひ最後までじっくりとお読みいただきたい。
『楠わいなりーのぶどう栽培』
楠わいなりーでは、ワイン専用品種のほかに、生食用ぶどうも数多く栽培している。今回のインタビューにお答えいただいたのは、2022年6月初旬のこと。畑ではちょうど、生食用ぶどうの「房切り」作業の真っ最中だった。まずは、楠わいなりーのぶどう栽培の最新情報を紹介しよう。
▶︎最新情報!2022年のぶどう栽培
房切りとは、開花前のぶどうの房を、先端のみを残して切り落とす作業のことだ。房の形を美しく整えるためにおこなわれる、生食用ぶどうの栽培管理において非常に重要な工程だ。
房切りのあとには、「摘粒(てきりゅう)」と呼ばれる、ぶどうの粒をさらに半分程度に減らす作業も控えている。生食用ぶどうの栽培では、もっとも忙しい時期のひとつなのだ。
「シャインマスカットや、長野県で多く栽培されている品種のナガノパープルやクイーンルージュ、巨峰などは房切りをおこないます。房切りは手間がかかる大変な作業なので、この時期、近隣のぶどう農家さんはどこもお手伝いの人に頼んで、総出で作業に当たっていますよ」。
一方、ワイン専用品種のぶどうでは房切りの工程は必要ないものの、メルローだけは「ショルダー」と呼ばれる、枝の上部にある房を切り落とさなければならない。
「メルローに関しては、例年、ヴェレゾン(ぶどうの粒が色付くこと)の前後にショルダーを取る作業を始めます。ショルダーの影になったぶどうの粒には日光が当たりにくく、着色不良をおこします。房全体の色づきをよくするために、ショルダーの除去は欠かせないのです」。
ぶどうの生育期の到来とともに、ワイナリーにとって忙しい日々がいよいよ始まるのだ。
▶︎2021年のぶどう栽培を振り返って
さて、続いては、楠わいなりーの2021年ヴィンテージに話を移そう。
比較的天候に恵まれた年となった2021年。お盆の時期に1週間ほど豪雨が続き、皮が薄い生食用ぶどうは実割れが起きてしまう被害が出たが、ワイン専用品種に関しては健全なぶどうが収穫できたという。なぜ、ワイン専用品種は難を免れることができたのだろうか?
「2021年は、ワイン専用品種には、早めに雨除けのビニールを設置しました。ここ何年かは、晩腐(おそぐされ)病の多さに悩まされています。房が雨に濡れると晩腐病の菌に感染しやすくなるので、雨除けのビニール掛けは欠かせない作業なのです」。
病気の菌は目に見えないので、症状が出てはじめて感染がわかる。気温が上がって、果実の糖度も上昇しヴェレゾンが始まる頃になると、菌に感染した実が腐りはじめるのだ。
防除暦に従って適正なタイミングで防除をおこなってはいるが、最近は気候変動の影響もあり、病原菌感染を防ぎきれないこともある。また、長雨が続くと防除はできないので、雨が早く止むよう祈るしかない。
菌が繁殖しやすいタイミングは、気温が上がったあとの降雨時。雨粒が跳ねて房にかかると、同時に菌も広がるのだ。そのため、早めに雨除けビニールを設置するのが、病気対策としてもっとも効果的だという。
雨除けビニールにはさまざまな設置方法があり、ワイナリーごとに工夫を凝らした対策をおこなうそうだ。楠わいなりーでは、房がつく新梢の3〜5段目よりも上全体を、ビニールで覆う方法を採用している。
2022年も雨が多いので、今後の天候が心配だと話してくれた楠さん。ちょうど、インタビューをおこなった日から、ビニールかけを開始したところだという。2022年ヴィンテージも、雨除けビニールが効果を発揮し、健全なぶどうが収穫できることを期待したい。
▶︎気候がぶどうに与える影響
健全な果実が収穫できた2021年だが、品種によっては房のサイズが例年より小さめになったものがあるという。
「ソーヴィニヨン・ブランの房が、少し小さかったですね。はっきりとした理由はわかりませんが、最近は開花時期に気温が下がることがあるので、低温障害なのではと考えています」。
健全なぶどうを収穫するためには、雨や病気を避けるしかない。特にシャルドネやメルローは病害に弱い印象なので、今後もしっかりとケアをしていきたいそうだ。
天候に大きく左右される農業では、さまざまな要因が複合的に作用して収穫に影響を及ぼす。異常気象が続く近年。そのため今後は、さらに柔軟な対応が必要になってくるに違いない。
『2021年ヴィンテージのワイン醸造』
2021年シーズンは天候がよかったため、ぶどうがしっかりと熟した状態で収穫できた。そのため、ワインは香り高く、味わいも飲みごたえのあるものになった。
醸造に関しては、前年までのやり方を踏襲したという2021年。楠わいなりーの2021年ヴィンテージに詳しく迫ろう。
▶︎2021年のワインの特徴
続いては、楠わいなりーの2021年のワインの特徴について尋ねてみた。
「白ワインに関しては、とてもよい状態ですね。ボディがある白ワインになると思いますよ。赤ワインはまだ樽に入っている状態ですが、こちらも十分に期待ができます。これから樽の中でMLF(マロラクティック発酵)を経た赤ワインがどんな味わいになるかを考えた上で、今後の方針を決めていきます」。
マロラクティック発酵とは、乳酸菌の働きによって、ワインに含まれるリンゴ酸を乳酸と炭酸ガスに分解する発酵のことだ。マロラクティック発酵により、ワインの酸味がまろやかになる。
楠わいなりーの2021年ヴィンテージのワインは、どんなワインに仕上がってリリースされるのか。いろいろと想像をふくらませながら、楽しみに待ちたい。
▶︎スパークリングワインのラインナップが充実
楠わいなりーでは数年前から、スパークリングワインのラインナップ拡充に取り組んできた。醸造が終わり、リリースを待つばかりの銘柄がいくつも控えている。
同じスパークリングワインといっても、価格や飲んで欲しいシーンはさまざまだ。スパークリングワインに使ったぶどう品種も多彩。製造方法も、炭酸ガスを注入する手法と、瓶内二次発酵の両方を採用した。
「デラウェアメインのブレンドと、キャンベル・アーリー、マスカット・ベーリーA、ナイアガラ、シャルドネのスパークリングは炭酸ガスを注入する製法で醸造しました。お求めやすい価格帯で販売する予定です。また、ピノ・ノワールのロゼとシャルドネは、瓶内二次発酵で仕込みました。それぞれ異なる味わいで面白いものに仕上がっていますので、リリースを楽しみにお待ちいただきたいですね」。
炭酸ガス注入方式のスパークリングは買いぶどうを使い、カジュアルなラインナップに。2021年は買いぶどうの品質も非常に高かったので、仕上がりには期待が持てる。
また、瓶内二次発酵のスパークリングに使用したのは、自社畑で栽培したぶどうだ。あえて醸造方法を変えることで、より多くの方に共感してもらえるラインナップを目指した。
▶︎スパークリングワインの特徴
楠わいなりーのスパークリングワインのおすすめポイントや、品種ごとの特徴について、楠さんに詳しく伺った。さっそく紹介していこう。
炭酸ガス注入方式のスパークリングワインでは、デラウェアメインで造った銘柄について紹介いただいた。
「炭酸ガスを使ったスパークリングワインは、気軽に飲んでいただける価格帯でリリースする予定です。中でもデラウェアメインのものがおすすめですね」。
スパークリングワインは、幅広い食材や料理と合わせやすい。特にリーズナブルなスパークリングワインは、カジュアルに飲んでほしいと考えている楠さん。暑い季節にはしっかりと冷やして、バーベキューやキャンプなど、外で乾杯するシーンにもピッタリだと話してくれた。
アルコール度数を低めに造ってあるので、普段はあまりお酒を飲まない人でも、シュワシュワ感を楽しめるだろう。
また、同じく炭酸ガス注入方式のキャンベルのスパークリングワインは鮮やかなピンク色が可愛らしい印象だ。注いだ瞬間は泡までピンク色で、華やかなのが特徴。若い方や女性にもおすすめの1本だ。
「どうやったら親しみやすい味わいになるか、じっくり考えながらブレンドを工夫しています。これまでワインに親しんでいない方でも、とっつきやすい味わいに仕上げているので、ぜひ一度試していただきたいですね」。
本格的な造りの瓶内二次発酵の方はというと、ピノ・ノワール100%のロゼスパークリングにかなり期待ができそうとのことだ。
瓶内二次発酵のスパークリングワインは、これから約3年の熟成期間に入る。熟成後にデゴルジュマン(澱引き)し、その後ようやくリリースを迎えるのだ。自社畑で栽培したぶどうだけを使用したスパークリングワインは、価格設定が高めのレンジ。記念日やパーティーの乾杯用など、特別な日に楽しめて、贅沢な気分が味わえる1本として登場することだろう。
『アワードを受賞したマスカット・ベーリーAのワイン』
最近起きた出来事で、特に印象的だったことについて伺ったところ、「サクラアワード」での、マスカット・ベーリーAのワインの受賞についてお話しいただいた。
サクラアワードとは、ワイン業界で活躍する日本の女性が審査員を務める、2014年から開催されている国際的なワインコンペティションだ。
アワードでの受賞歴は数多くある楠わいなりーだが、今回はマスカット・ベーリーAのワインでの受賞ということもあり、ぜひ紹介したい。
▶︎「マスカットベイリーA 2018」がサクラアワード受賞
サクラアワード2022において、楠わいなりーの「マスカットベイリーA 2018」が「【特別賞】グランプリ・ジャパニーズワイン賞」と「ダブルゴールド」を受賞した。
日本全国で栽培されている、マスカット・ベーリーA。そのため、マスカット・ベーリーAを使ったワインを造っているワイナリーは数多くある。そんな中での受賞は、楠わいなりーにとって、非常に意義あるものだ。
「以前造っていたマスカット・ベーリーAのワインは、どちらかというと一般的なマスカット・ベーリーAっぽくない、私の好みに寄せたワインでした。ですが、あるときから、好みのスタイルも残しつつ、もう少しマスカット・ベーリーAらしいワインに醸造スタイルを変更したんです。そうしたら、賞をいただいたんですよね」。
楠さんの好きなマスカット・ベーリーAは、品種特有の「キャンディ香」と呼ばれる甘い香りを抑えた、ガメイやピノ・ノワールを思わせるようなスタイルだ。
だが、「こんなマスカット・ベーリーAのワインがあるんですね」と評価してくれる方がいる一方で、マスカット・ベーリーAらしさを求めたお客様には、期待した通りの味わいではない場合もあったようだ。
楠わいなりーらしいマスカット・ベーリーAのワインは、自分にとっては理想的なスタイルだったと考えている楠さん。しかし、お客様の声を参考にして、「いわゆるマスカット・ベーリーAらしい」スタイルでの醸造を試みたのだという。
▶︎「マスカットベイリーA 2018」受賞の決め手
サクラアワード2022での、受賞の決め手は?と楠さんに尋ねてみた。
「自分のスタイルは残しつつも、広く認識されているマスカット・ベーリーAらしい品種特性が出るように工夫して醸造してみました。結果的に、これまで以上に複雑味が出たところが評価されたのかもしれませんね。自分のスタイルそのままではないので、複雑な気持ちもありますが」。
サクラアワードで受賞した「マスカットベイリーA 2018」は、軽いタンニンと軽快な飲み口が特徴で、楠わいなりーらしい複雑なニュアンスがプラスされている。甘口に仕上げられることが多いマスカット・ベーリーAだが、あえて樽に入れたり、マロラクティック発酵させたりすることで、これまでにない厚みのある味わいに仕上がっている。瓶熟成もしっかりさせた、楠わいなりーのこだわりが詰まった1本だ。
「手間もコストもかかっていますが、どこにでもあるマスカット・ベーリーAではないものになりましたね。2018年ヴィンテージはぶどうの品質が非常によかったので、受賞にふさわしい、最高のワインになりました」。
ただし、個人的にはやはりピノ・ノワール的なニュアンスがあるマスカット・ベーリーAのワインが好きだという楠さん。今後は自分好みの味わいに戻すかもしれないと、いたずらっぽく笑いながら話してくれた。大きな賞を取ってもブレない、真っ直ぐな姿勢が魅力的だ。
『楠わいなりーの新たな取り組み』
最後に、楠わいなりーの新たな取り組みについて紹介していきたい。楠わいなりーのこれからに迫っていこう。
▶︎ピノ・ノワールのワインにも注目
ワイナリーを設立し、自らワイン醸造を手がけるようになる以前から、自他ともに認めるワイン好きの楠さん。一番好きなワインについて質問してみた。
「ワインはどれも好きなんですけど、造っていて面白いのはピノ・ノワールですね。熟成によってどんどん変化しますし、仕上がったワインも、グラスの中に入れてもどんどん変化するところに魅力を感じます」。
ピノ・ノワールは、楠わいなりーでも特に力を入れている銘柄だ。2021年のピノ・ノワールはまだ樽に入れられて、マロラクティック発酵を待っているところ。楠さんの見立てでは、満足のいく仕上がりになりそうだ。
「樽から試飲した際に、よい感じになってきていると感じました。瓶詰めするのは2023年の早春ごろでしょうか。ピノ・ノワールは人気で需要があるワインなので、どこまで熟成させられるかはわかりませんが、瓶詰めしたあとは、できれば2年くらい寝かせたいですね。熟成によって、非常に複雑な香りと味わいが出てくるはずです」。
2021年ヴィンテージのピノ・ノワールがリリースされるのは、2025年ごろとのこと。待ちきれない気持ちでいっぱいの方も多いに違いない。
▶︎新たな品種の栽培に挑戦
楠わいなりーでは、新たな品種の植栽を進め、栽培を開始している。
「以前から気になっていた品種のピノ・グリは、だいぶ植え付けが進みましたね。2022年には、アルバリーニョの仮植えも開始しています。収穫は何年も先になりますが、楽しみですね。アルバリーニョは、日本国内でも、いろいろと面白いワインがでてきています。大分のワイナリーさんでも、非常に素晴らしいアルバリーニョのワインを造っています。長野県須坂市で、どんなアルバリーニョができるか、楽しみにしてください」。
気候変動により、ぶどうに病気が出やすくなっている昨今。病害虫に強く、栽培しやすい品種を開拓することが必要だ。高品質なワインを造るため、今後はさらに健全なぶどうを作ることに注力していきたいと話してくれた楠さん。
今後、楠わいなりーのラインナップに、ピノ・グリやアルバリーニョのワインが加わるのが待ち遠しい。
『まとめ』
さまざまな技術を駆使することにより生まれる、独自性豊かな楠わいなりーのワイン。その味わいは、「科学」「自然」「芸術」を軸として造られる。ものづくりに真摯に向き合ってきた楠さんだからこそ生み出せる、複雑で深みのある、真に人を楽しませてくれるものだ。
楠わいなりーのワインの銘柄の多くが長期熟成を経てからのリリースのため、2021年以降のヴィンテージが味わえるのは、まだまだ先のことになる。
熟成を経たワインが、より複雑で深みのある味わいに変化して、私たちのもとに届く日を他楽しみに待ちたいものだ。
基本情報
名称 | 楠わいなりー |
所在地 | 〒382-0033 長野県須坂市亀倉123-1 |
アクセス | 電車 JR長野駅より長野電鉄須坂駅下車車で15分。 車 高速IC須坂長野東より10分 |
URL | https://www.kusunoki-winery.com/ |