『黒髪山葡萄園』香り高いソーヴィニヨン・ブランで、日常に寄り添うワインを造る

岡山県新見市にある「黒髪山葡萄園」は、園主の早川明良さんが2014年に設立したぶどう園だ。若い頃からワインに興味を持っていた早川さんは、自らの子供が生まれたことをきっかけに転職を決意。新規就農して、ぶどう作りの道に入った。

自社畑で栽培している品種は、ソーヴィニヨン・ブランとマスカット・ベーリーA、ピノ・グリの3品種。ぶどう栽培の適地として知られる岡山県で優れたワインを造るためのぶどう栽培に奮闘している。

今回紹介するのは、黒髪山葡萄園の歴史と、ぶどう栽培におけるこだわりについて。また、委託醸造しているワインについても詳しくお話いただいた。

品種固有の香りをしっかりと引き出し、日常に寄り添うワインを造る黒髪山葡萄園の秘密に迫ってみよう。

『黒髪山葡萄園 設立までのストーリー』

まずは、早川さんがぶどう園を始めることになったきっかけを見ていこう。前職では営業担当として活躍していたという早川さんは、なぜぶどう栽培を始めることになったのだろうか。

ワインとの出会いと、ぶどう栽培を開始するまでの経緯を時系列に沿って紹介していきたい。

▶︎ワインに興味を持ったきっかけ

早川さんがワインに興味を持ったのは、1993年頃のこと。大阪出身の早川さんは当時、大学生。大阪にあるホテル内のワインレストランでアルバイトをしていた。

日々多くのワインを扱うワインレストランで働くうち、ワインについての知識が増えてきた。当時のアルバイト先で扱っていたのは、ほとんどが海外で醸造されたワインだったそうだ。ワインの基本や料理とのペアリングの方法など、新たなことを学ぶたびに、ワインの奥深い世界についてもっと知りたいと思うようになったのだ。

その後、大学を卒業後に早川さんが就職先として選んだのは、英会話学校の営業職。体力的にも精神的にもハードな環境だった。ワインとは関係のない仕事を続けつつも、心の中ではいつも、いつかはワインに関わる仕事をしたいと思い続けていたそうだ。

そんな中、あることをきっかけにして、長年思い続けたワインに携わる仕事をしようと心に決めた早川さん。それは、2011年に子どもが誕生したことだった。

「前職は転勤が多い仕事だったため、この先、子供がいる生活と両立するのは難しいと考えました。土地に根差した生活をするために転職を決め、せっかくなら念願だったワイン関連の仕事につきたいと思ったのです」。

▶︎転職と就農 ぶどう栽培をスタートさせるまで

当初は、ワインを飲むことに興味があったため、まずはワインエキスパートの資格取得に向けての勉強をスタートさせた早川さん。だが、勉強を重ねるうちに、自分の興味が次第に、ワイン醸造用のぶどうを栽培することに移っていったのに気づいたそうだ。

過去に就農や醸造の経験はなかったため、どうすればぶどう栽培やワイン醸造を生業にすることができるかについて調べてみた。そこで出会ったのが、岡山県新見市のワイナリー、domaine tettaの研修生募集のお知らせだった。

「未経験でも応募できることを知り、さっそく申し込みました。2012年春先からdomaine tettaで研修を受けつつ、並行して、自分でぶどう栽培ができる畑を探しました。新見市内の耕作放棄地を借りられることになり、2014年にはぶどう栽培を始めたのです」。

早川さんが黒髪山葡萄園を始めたのは、30代後半の頃のこと。転職や移住をすることに対して、ご家族の反対はなかったのだろうか。

実は、早川さんの奥様の実家は、岡山県新見市から車で1時間程度の距離にある広島県三次市。実家近くに移住することで両親に孫を会わせやすくなるというメリットがあったため、特に反対はされなかったのだとか。こうして新見市に移住した早川家は、新天地で新たな生活をスタートさせたのだ。

『黒髪山葡萄園のぶどう栽培』

次に紹介するのは、黒髪山葡萄園のぶどう栽培について。自社畑で栽培している品種を紹介していこう。また、自社畑の土壌の特徴や周辺の気候に関しても触れておきたい。

西日本の中でも、特にぶどう栽培が盛んな岡山県ならではの、栽培管理における工夫などはあるのだろうか。

▶︎栽培しているのは3品種

黒髪山葡萄園が自社畑でのぶどう栽培をスタートさせたのは、2014年のこと。最初に植栽した品種は、ソーヴィニヨン・ブランとシャルドネだった。

「私自身の好みから、まずは白ワインを造りたいと考えて、白ワイン用品種を植えました。しかし、シャルドネはイメージしていたぶどうにならなかったため、植えてから4年目には全部抜いて、ソーヴィニヨン・ブランに植え替えました」。

その後、段階的に栽培品種を増やし、2020年にはマスカット・ベーリーA、2022年にはピノ・グリを植え、現在は3品種を栽培している。

▶︎品種ごとの特徴

最初の植栽から約10年が経過し、次第に土地に合う品種かどうかの見極めがついてきたのではないかと思われる。ソーヴィニヨン・ブランの栽培状況について尋ねてみた。

「ソーヴィニヨン・ブランは栽培管理に手間がかかります。ほかの品種に比べて樹勢が強く、枝が伸びるが早いですね。その分やりがいはありますし、なんといってもできるぶどうは非常に美味しいですよ」。

もともと、ソーヴィニヨン・ブランを植えたのは、早川さん自身が好きな品種だったから。昔からニュージーランドのソーヴィニヨン・ブランを好んで飲んでいたのだ。

一方で、マスカット・ベーリーAを選んだのは、営業的な理由が大きい。現在は委託醸造でワインを造っている黒髪山葡萄園だが、将来的には自社醸造することも視野に入れている。自社醸造をスタートさせると、年間の最低醸造量を毎年クリアする必要があるため、小さい畑でも一定以上の収量が期待できるマスカット・ベーリーAを選んだ。また、現在栽培している品種の中では、マスカット・ベーリーAが一番育てやすいと感じているそうだ。

▶︎自社畑の天候と土壌

昔から生食用ぶどうの栽培が盛んだった岡山県では、ガラス温室やビニールハウスを利用した栽培がおこなわれてきたが、黒髪山葡萄園ではどのような栽培をしているのだろうか。

まず、ソーヴィニヨン・ブランは棚栽培で、以前はイチゴ栽培に使われていたビニールハウスをそのまま活用。ビニールハウスのビニールを雨よけにしているのだ。

一方、マスカット・ベーリーAとピノ・グリは耕作放棄地だった土地に植えた。樹の上部に雨よけを設置して、雨による病害虫を防いでいる。

岡山県新見市は全国平均と比べて、とくに降水量が多い土地ではない。また、梅雨や集中豪雨、台風など、ぶどうの生育期における降雨量も決して少なくない。さらに近年では、特に8〜9月の降水量が多いこともあるので、雨対策には十分な注意が必要だ。

新見市は地下に鍾乳洞が広がるカルデラの地層があり、石灰質土壌が多いことで有名だが、黒髪山葡萄園の自社畑周辺は粘土質がメインで、やや石灰質が含まれている程度だという。

畑の周囲は木でおおわれているため、日当たりが悪い場所もある。自社畑は山の中腹の2か所にあり、夏でも朝晩には気温が下がって肌寒く感じることもあるそうだ。だが、ソーヴィニヨン・ブランを育てるうえでは、日照量が多すぎることが弊害となることもあるため、ちょうどよいと感じている。栽培する品種によっては、完熟になりすぎず、少し青いくらいの方が美味しいワインになるのだ。

▶︎猿による被害が甚大

黒髪山葡萄園の自社畑があるのは標高648mの黒髪山の中腹あたりで、畑の標高は450~500mほど。

「周りは畑や人家がなくて人の気配がしないので、猿がとても多いのです。特に、収穫前の8〜9月になると熟してきたぶどうを食べに来る猿が増えるので、この時期には猿対策が一番大変ですね」。

猿は柵を設置しても難なく飛び越えてくるため、対策としては早川さんが畑にいて作業をすることで、猿を近づけにくくすることしかない。そのため収穫が近くなると、毎日、早朝から夕方まで見張りを兼ねて畑で作業をする。

ちなみに、黒髪山葡萄園のワインのエチケットデザインは、猿がモチーフになっている。「猿にぶどうを食べられてしまうので、エチケットでは逆に利用させてもらおうと思いまして」と苦笑する早川さん。野生の猿も好むほど美味しいぶどうのワイン、という意味もあるだろうか。エチケットのイラストデザインは、新見市のイラストレーターに依頼をしているそうだ。

▶︎自然災害にも警戒が必要

黒髪山の山中に自社畑がある黒髪山葡萄園では、自然災害にも警戒が必要だ。携帯電話が繋がりにくいため、緊急時に孤立してしまう恐れもある。数年前には、大雨のときに畑に取り残されて、帰宅ができない事態に陥ってしまったこともあるのだ。

「収穫前の時期に大雨が降って、山から町の方面へと出る道が落盤で通行止めになってしまい、一晩畑で過ごしました。翌日にはなんとか帰宅できましたが、日が昇るまではとても不安でしたね」。

それ以降、天気予報をしっかり確認してから畑に行くようになったという早川さん。温暖な気候の西日本とはいえ、新見市は冬季には降雪が多いエリアだ。畑に続く山道は除雪機が入らないため、降雪情報は特に入念に確認しているそうだ。

冬季の気温が零下を下回ると、ぶどうの樹に凍害が発生することもある。年によっては凍害で数本枯れてしまう樹が出たことも。

また、降雪が始まる前に必ずおこなうのが、ビニールハウスのビニールの除去作業。雪の重みでハウスが倒壊するのを防ぐためには、欠かせない作業なのだ。

『ぶどう栽培におけるこだわり』

黒髪山葡萄園がぶどう栽培をする上でこだわっているのは、健全で高品質なぶどうを作ること。粒を適度に間引くことで、房型が大きくなりすぎないように注意している。目指すのは、凝縮感のあるぶどうだ。

年を経るごとに、栽培スキルが上がってきていることを実感していると話してくれた早川さん。栽培管理における工夫とこだわりを紹介していこう。

▶︎栽培管理と防除は最適なタイミングで

黒髪山葡萄園の自社畑を管理するのは、早川さんひとりだけ。収穫時などにはボランティアの人たちに協力を依頼することもあるが、いつもは自分のペースで無理なく仕事を進めている。そんな中で気をつけているのは、ぶどうにとって必要なタイミングで適切な管理と防除をおこなうこと。

「収穫や消毒などを最適なタイミングで実施することは常に心がけています。畑仕事をしていると、正直、暑い日や雨の日にはつい作業を先延ばしにしたくなることもあるのです。しかし、ぶどうを第一に考えて対処しています」。

早川さんは毎年、試行錯誤をしながらぶどうを栽培する。そのかいあって、年を重ねるごとにぶどうの質が上がっているのを実感している。

また、同じ房のなかで甘い実や酸っぱい実など味のばらつきが出ると、醸造段階でよくない影響を感じるため、バランスよく熟させるための房作りに重点を置いて栽培管理をおこなっている。

「いろいろと試しているうちに、最適な剪定のタイミングや、どうすれば実がより熟すようになるのかなどがわかってきました。畑の特徴をつかんできたことも大きいですね。2022年は、これまででいちばん品質がよく、私の理想に近いものが収穫できた自信があり、2023年にも期待していただきたいですね」。

大雨や台風の被害がなく、順調に栽培が進んだ2022年は、糖度や酸などの分析数値がバランスよく、房の見た目も美しかった。また、実をかじったときにも凝縮感を味わえたそうだ。

「ソーヴィニヨン・ブランの香りがはっきりと出て、さわやかな味わいでしたね。青すぎず、熟しすぎないベストタイミングで収穫できたのがよかったと思います」。

そんな2022年のソーヴィニヨン・ブランのワインは、2023年11月にリリース済みだ。気になる方は、ぜひ手に取ってみてほしい。

▶︎品種ごとに最適な管理を実施

「ソーヴィニヨン・ブラン800本を10年間栽培してみて、収穫のタイミングの重要性を実感しています。もともと私自身が好きな品種ということで植栽したソーヴィニヨン・ブランですが、日本で育てると品種特有の香りが出にくい傾向があるのです」。

収穫時期を細かく調整しながら試行錯誤したところ、熟しすぎずや青みが残る程度で収穫した方が醸造した際に、香りが出やすいことがわかった。

ある文献によると、ソーヴィニヨン・ブランには「日陰栽培」という栽培方法があるという。あえて日陰になりやすい場所を選んで植えることで、香りをしっかりと引き出す手法だ。

黒髪山葡萄園の自社畑のビニールハウスには、特に森に近く、午後3〜4時にはすでに日がかげってくる場所がある。ソーヴィニヨン・ブランに関しては、日のかげりが早い場所のほうが、納得のいく品質のぶどうが収穫できるという感触を持っている。たまたま縁のあった畑に、適した品種を植えることができた成功例だと言えそうだ。

また、よりソーヴィニヨン・ブランの香りを残すために、ボルドー液を使用しないのもこだわりのひとつ。ボルドー液は、液中にある銅の成分がソーヴィニヨン・ブランの香りを出しにくくする性質があるのだとか。

一方、2022年に植えた白ワイン用品種のピノ・グリの栽培状況はどうだろう。

「ピノ・グリは200本ほど植えています。まだ2年目の樹なのでそこまで大きくありませんが、育てやすい品種だという印象ですね。ソーヴィニヨン・ブランと同じく私が好きな品種なので、今後の成長が楽しみです」。

『​​黒髪山葡萄園が目指すワインと強み』

これまで、黒髪山葡萄園のワインのラインナップは白ワインのみだったため、種類を増やしてほしいという要望を受けることも多い。

早川さん自身も、いずれはソーヴィニヨン・ブランとマスカット・ベーリーA、ピノ・グリの3品種で、赤ワインと白ワイン、スパークリングワインを造っていきたいと考えている。

ワイン造りにおける今後の展開予定と構想をみていこう。また、黒髪山葡萄園ならではの強みについてもお話いただいた。

▶︎目指すワインの姿

「肩ひじを張らずに、日常の食卓で飲めるお酒として気軽に楽しめるワインが理想です。ワインを飲んだことがなくても、『ちょっと飲んでみようかな』と思ってもらえるワインを造りたいですね。お客様のリクエストも聞きながら、どんなワインを造っていくかを考えていきたいです」。

岡山県真庭市にある「ひるぜんワイナリー」に委託醸造している黒髪山葡萄園。これまで、長野や滋賀のワイナリーに委託したこともあるが、距離が近いことの圧倒的なメリットを実感しているそうだ。

「遠距離にあるワイナリーさんに委託する場合、一気に収穫して持ち込む必要があるので、希望するタイミングでの収穫ができないのが課題でした。収量が少ない場合には対応可能なのですが、次第に増えてくると大変でしたね。ひるぜんワイナリーが受け入れてくださって本当に助かりました」。

1週間ほどかけて収穫の適期がきたものから順に収穫し、都度ひるぜんワイナリーに運搬。冷蔵庫に保管しておき、まとめて醸造している。

ひるぜんワイナリーの醸造長は経験豊富な方で、早川さんの要望をしっかりと聞いて対応してくれるため、心強くありがたい存在なのだとか。

醸造における課題について尋ねると、やはりソーヴィニヨン・ブランの香りをどう引き出すかが悩みどころだとのこと。ひるぜんワイナリーの醸造長と相談しながら、毎年さまざまな試行錯誤をしている。

早川さん自身はどんな食事に合わせてソーヴィニヨン・ブランのワインを飲んでいるのか伺うと、意外な言葉が返ってきた。

「濃厚なカレーや韓国風の鍋などにもよく合いますよ。白ワインは繊細な料理に合わせるものだという考えにしばられず、好きな料理に合わせて飲んでみてください」。

特におすすめのペアリングは、地元産のブランド黒毛和牛である「千屋(ちや)牛」や、たこ焼き、お好み焼きなど。「粉もん」がおすすめに出てくるのは、大阪出身の早川さんならではだろう。意外性のある料理とワインの組み合わせも、ぜひ自由に味わってみてほしい。

▶︎黒髪山葡萄園の強み

「黒髪山葡萄園の強みは、栽培と醸造でやりたいことにすぐに挑戦して試せることです。ひとりでやっているので、リスクを恐れずなんでも試してみて、常によりよい方法を探しています」。

奥深いぶどう栽培とワイン造りに完全な正解はないかもしれないが、だからこそ色々試したいし、どんどんチャレンジできることが強みだと話してくれた早川さん。

新たな挑戦をすることによって、年ごとに味わいが違うワインになる事もあるが、それをいちばん楽しんでいるのは早川さん自身。変化や挑戦を造り手自身が楽しんでいるワインは、飲み手もわくわくさせられる味わいに違いない。

『まとめ』

「いずれは自社醸造を実現させたいです。自社醸造がスタートすれば、より自由度が上がり、チャレンジしてみたいことを気軽に試せるようになると思います。自社畑でのぶどう栽培をもっと頑張って、その上で自社醸造を開始したいと考えています。周辺に個人経営のワイナリーも増えて、自治体のサポートも期待できる環境なので、いつかきっと夢を叶えたいですね」。

資金面での課題などをクリアする必要はあるが、変化を楽しみ、周りからもさまざまなことを吸収して新しいものを見つけていくまっすぐな姿勢が素敵な早川さん。取り組みを応援してくれる人が多いのもうなずける。

試行錯誤の先にある、これからの黒髪山葡萄園が放つ新たなワインの誕生を、引き続き心待ちにしたい。

基本情報

名称黒髪山葡萄園
所在地〒718-0011
岡山県新見市新見1490-9
アクセス新見駅よりタクシーで約20分
http://www.kurokamiyama.sakura.ne.jp/access.html
HP
www.kurokamiyama.sakura.ne.jp

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