『福山わいん工房』本場シャンパーニュ地方仕込みの本格派スパークリングワイン専門ワイナリー

「福山わいん工房」は2016年にJR福山駅そばの商店街内にオープンしたワイナリーだ。福山市で初となるワイナリーを奥様と共に営んでいる、代表の古川和秋さんにお話を伺った。

『シャンパーニュ地方での経験が原点』

古川さんは広島県福山市出身。高校卒業後に地元の福山を離れ、料理の専門学校に進んだ。在学中と卒業後の2度フランスに渡り、シャンパーニュ地方で料理の現場に身を置いた。

ワイン造りに関しては、フランス滞在中から興味があったという古川さん。ワインに関連する仕事ができたらと考えていた。
将来的には、自分で醸造したワインを自分の店で提供したいとの構想もあった。

その後、実際に古川さんが福山でワイナリーをオープンするに至ったきっかけには、ビザの発行が難しかった当時のフランスの政治状況も、少なからず関係していた。

再度フランスへと発つつもりだったものの、ビザを取得することが困難だと判断した古川さん。ちょうど実家に戻っていたこともあり、福山で飲食店をはじめることにしたのだ。

▶ぶどう産地としての地元・福山

まずは福山で飲食店をオープンし、ワイン造りに関しても具体的に考え始めた古川さん。若い頃からワインが好きで、ワインに関連する仕事に携わりたいという想いがずっと根底にあったことが、ワイナリー設立の大きな原動力となった。
ワインに関する日本の法制度などについて改めて学び、福山でのワイナリーの創設を思いたったのだ。

また、古川さんの地元でもある福山の、ぶどう産地としての側面にも着目するようになった。福山はぶどう栽培が昔から盛んな地域で、特にマスカット・ベーリーAの栽培には歴史がある。

「はじめから福山のぶどうでワイン造りをしようと考えていたわけではありません。まずワイン造りを決意し、その際に改めて、ぶどう産地としての福山を意識するようになりました。福山でなら、目指すスタイルのワイナリーができそうだと感じたのです」。

自分の想いや周囲の環境の変化もあり、結果的にワイン造りに携わる今がある。経営する飲食店のお客さんに自分の構想を話すうち、協力したいと申し出てくれる人が現れはじめた。

ともに夢を叶えてくれる人を募って株主になってもらい、資金調達などの算段をすすめた。ぶどう畑として開墾する土地の買取りも目処がついた。
さまざまな問題が2015年ごろにタイミングよくクリアでき、ワイナリー設立にこぎつけたのだ。

▶福山駅から徒歩で行けるワイナリー

福山わいん工房へは、JR福山駅から徒歩10分。活気のある商店街にあり、駅から徒歩で気軽に立ち寄れる好立地だ。

「福山の駅前でワイナリーをはじめた理由は、福山わいん工房が福山で初のワイナリーだからです。アクセスがよく、訪問しやすい立地がよいと考えました。もともとワイン文化が盛んな街ではないですから、お客さんの目に触れやすい環境にオープンしたかったのです」。

ワインの醸造に関していえば、ワイナリーが畑に近い方がメリットがある。
しかし、福山初のワイナリーをオープンするにあたり、古川さんはお客さんの利便性を優先させたのだ。

現在のワイナリーは、畑から車で約30分。今後醸造量が増えた場合には、より畑に近い場所での醸造も視野に入れている。

『福山で採れるぶどうで造るスパークリングワイン』

福山わいん工房では、スパークリングワインを専門に醸造している。スパークリングワインに特化したのには、シャンパーニュ地方に長期滞在した古川さんが持つ、スパークリングワインに対しての特別な思い入れが何よりものモチベーションとなった。

さらに、福山のぶどうがスパークリングワインに向いていることに気づいた古川さんの先見の明にも注目したい。

福山は古くからマスカット・ベーリーAを生食用として栽培してきた地域である。しかし近年、福山で栽培されるマスカット・ベーリーAは色がつきにくい。

赤ぶどうの皮の色が濃く色付くには、生育中のじゅうぶんな寒暖差が条件だ。しかし、現在の福山は山間部を除き、日中の寒暖差が少ない。夏に日中の気温が35℃になる頃には夜温も下がりにくく、30℃を下回ることはまれだという。

実は地元でマスカット・ベーリーAの栽培経験が長い農家さんたちは、数十年ほど前からすでに、いつの日か赤ぶどうの色が濃く色づかなくなることを見抜いていた。
温暖化がすすむにつれ、赤ぶどうの色付きが悪くなることが予想していたのだ。そのため福山でも、シャインマスカットなどの白ぶどうに特化して栽培する農家が増えている。

しかし、色付きのよくないマスカット・ベーリーAを食べてみた古川さんは、皮の色づきは味にはあまり影響がないと感じた。色づきが悪い赤ぶどうは、赤ワインにするには致命的だが、スパークリングワインであれば問題はないと考えたのだ。

福山のぶどう栽培の現状を知り、地元の農家さんと話すなかで、スパークリングワインに特化するという方向性が見えてきた。

「福山のぶどうを活かすという目的にも、スパークリングワインの醸造が最適だとの結論が出たのです」。
ともすればデメリットともなる土地ならではのぶどうの特性を、逆に福山ならではのメリットとして活かしたのだ。

▶スパークリングワイン用の4種類のぶどう

福山わいん工房の自社農園は70aあり、4種類のぶどうを栽培している。ワイナリーがある場所は海抜100メートルに満たない土地。福山は快晴の日が多いため、日照量が十分に確保できるのが特徴だ。
最初に植えたのはシャルドネ。続いてピノ・ノワールとソーヴィニヨン・ブラン。マスカット・ベーリーAは借りた畑に当初からすでに植えてあった樹を引き継いだ。

栽培しているぶどうは、すべてスパークリングワインの醸造に向いている品種だ。試験的に栽培している甲州もある。

ソーヴィニヨン・ブランは当初は買いぶどうのみを利用していたが、福山でもうまく栽培できることがわかってきたため自社でも栽培を開始した。
ピノ・ノワールもマスカット・ベーリーAと同じく色づきはよくないが、スパークリングワイン用にするのであれば問題はない。

スパークリングワインに特化したワイナリーである福山わいん工房。スパークリングワイン用のぶどう栽培が通常のぶどう栽培と大きく違うのは、ぶどうの糖度が上がりすぎてはいけないという点だ。
糖度の上がり過ぎを防ぐため、糖度16〜18度の範囲内のぶどうを収穫するよう農家さんにお願いしている。

また、スパークリングワイン用のぶどうでは酸をじゅうぶんに保っていることも、味のバランスを取るうえで必要だ。
「スパークリングワインの醸造に必要な酸を、いかに保持するかを農家さんが色々と考えてくださっています」。

日本のワイナリーでは、一昔前まではスティルワイン用のぶどうとして余った原料をスパークリングワイン用に流用することが多かった。しかし現在では、分けて栽培しているところが多いという。
同じワイン用ぶどうでも、栽培管理の方法と、収穫のタイミングが異なるためだ。福山わいん工房でも、スパークリングワインによりふさわしい栽培と収穫時期の見極めに力を入れている。

▶古いものをカスタマイズして引き継ぐ

福山わいん工房の自社畑では、マスカット・ベーリーAのみが棚栽培。残りは垣根栽培を行っている。将来的には、すべての品種を棚栽培に移行する予定だ。もともとマスカット・ベーリーAが栽培されていたいくつかの棚は、台風で壊れたために古川さん達の身長に合わせて作り直した。

「昔の棚は、かつての栽培者であるおばあちゃんたちに合わせたサイズでした。腰も膝も曲げなければならないので、作り直したことでずいぶん楽になりました」。
先達らがのこしたものをカスタマイズし、しっかりと引き継いでいるのだ。

▶福山でのスタンダードを作る

ワイン用ぶどうを栽培している農家がいなかった状況からスタートした福山わいん工房。そのため、現在は福山でのワイン用ぶどうの栽培方法を模索している。

「JAの指導員の方は、生食用ぶどうの房や実を大きくする方法をよくご存じです。そのため、反対に大きくしない方法を聞きながら栽培をすすめています」。

福山におけるワイン用ぶどう栽培のスタンダードがわかってくる日も近いだろう。

▶ぶどうの品質と防除のバランス

2021年はぶどうの収穫時期に長雨が降り、日本全国のぶどう農家にとっては非常に厳しい年となったが、福山わいん工房も同様だった。

福山でもぶどうの収穫前、2週間にわたって雨が降り続いたのだ。これは自社畑でぶどう栽培を開始してから、初めての経験だった。雨が増えれば、ぶどうの病気も増える。
病気が増えそうであれば必要なタイミングで防除するのが、福山わいん工房の方針だ。健全なぶどうを栽培するため、無農薬での栽培は視野に入れていない。

一方で、農薬散布の回数や農薬の濃度を規定の範囲内でできるだけ減らす方向で栽培をすすめる。ぶどうの品質と防除のバランスを取りながらの栽培を模索しているのだ。

棚栽培をしているマスカット・ベーリーAに関しては、雨除けがあるため農薬をまかなくてもほぼ問題がない。むしろ、2021年のマスカット・ベーリーAは収量が減ったもののワイナリー創設以来最も出来がよく、ワインの仕上がりもかなり期待できるという。

▶糖と酸は足さず、福山らしさを大切に

福山わいん工房のスパークリングワインは、瓶内二次発酵によるワインだけでなく、ペティアン(微発泡性ワイン)をはじめとしたさまざまなスタイルを取り入れている。

ペティアンとは、果汁を一次発酵させている途中で、発酵完了を待たずに瓶詰めする手法だ。一次発酵で生じた炭酸ガスをボトル内に残すことで、優しい泡で飲みやすいスパークリングワインになる。

ぶどうの状態に合わせて柔軟な対応を実施している福山わいん工房。

「例えば、福山わいん工房で原料として使っているマスカット・ベーリーAは、福山の2か所の畑で栽培しています。土壌が違うので、ぶどうの味ももちろん異なります。補糖や補酸で同じくらいの数値にまで調整すると、福山のぶどうのよさを消してしまうのではないかと思うので、おこなっていません」。

補糖はアルコール度数の調整のため、補酸は味のバランスを取るために行う工程だ。補糖や補酸を実施することで、ぶどう本来の持ち味を生かしきれない可能性があると古川さんは考える。

福山でのぶどうの収穫はお盆明けから9月いっぱいまでで、その後仕込みに入る。福山わいん工房ではシードルも醸造しているため、冬場はシードルの仕込み対応に追われることになる。

シードルに関しては、福山わいん工房では補酸を必ず行い、味のバランスを整えている。ぶどうにはさまざまな種類の酸が複合的に混ざっているため、1〜2種類の酸を足すと味のバランスがくずれてしまう。しかし、りんごの酸は99%がリンゴ酸であるため、リンゴ酸を足してもそれほど大きくバランスが崩れることはないのだ。

またシャンパーニュタイプの瓶内二次発酵以外では、補糖を行わないスタイルで造ることで、糖度が低かったとしても、低アルコールで飲みやすいという強みにも転じる。せっかく採れた地元のぶどうの特徴を無駄にせず、ポジティブにとらえることが、福山のテロワールを表現することにつながるのだ。

福山わいん工房では、採れたぶどうに対してどのような選択をすればベストなのかを大切にしているのだ。

▶シードル醸造での苦労

2021年は全国的にりんごが不作の年だった。福山わいん工房がりんごを仕入れている広島県内のりんご農家でも、2021年は収量が少なかった。例年は2tのりんごが手に入るところ、500kgしか届かなかったのだ。

りんごが不作だった理由は、遅霜にやられてしまったため。また花が咲き、実が成育期を迎えた時期に雨が降り、農園が水没してしまったのだ。自然が相手の農業は元々環境に左右されがち。
加えて近年は自然災害が毎年のように起こり、農作物に深刻な打撃を与える。広島のりんごは完熟にまで達することが難しかったため、2021年の福山わいん工房のシードルは例年より少なめの醸造量となった。

▶パイオニアならではの葛藤

福山初のワイナリーである福山わいん工房には、ぶどう栽培とワイン造りに関して、参考になるモデルケースが存在しない。農家さんにどう栽培してもらうかの判断が難しく、似たような条件下にある同業者にアドバイスをもらうしかなかった。

「なにもかもが初めてという状態だったので、何事にも着手に時間がかかりました」と、古川さんはパイオニアならではの苦労を語る。

日本全国で広く栽培されているマスカット・ベーリーAだが、福山で県外の土地と同じようにできるわけではない。また、同じ広島県内のほかの地域のマスカット・ベーリーAと比べても栽培のポイントが異なる。

参考にできる例がないため、何もかも手探りで作り上げてきた結果、現在では福山ならではのぶどうができていると古川さんは考えている。

「マスカット・ベーリーAだけでなく、ほかの種類のぶどうも、品種の特性にあわせて福山という土地の特性が出ていると思います」。様々な苦労を経て得られたものは非常に大きいようだ。

マスカット・ベーリーAのワインについていえば、今季は収量こそ少なかったものの、品質には自信が持てる仕上がりになった。販売が開始されたら、ぜひ味わってみて欲しい。

福山わいん工房のワイナリーの2階にはワインバーもある。ワイナリーとともにワインバーにも足を運んでみることで、福山わいん工房の魅力により深く触れられるに違いない。

『福山わいん工房のこれから』

スパークリングワイン用に、主に白系ぶどうを栽培している福山わいん工房では、これからもスパークリングワイン造りを中心に続けていく予定だ。今後スティルワインを造る流れになる可能性もあるが、一般的なワイナリーとはスパークリングワインとスティルワインの割合は逆になるだろう。

また、古川さんはスティルワインに限らず、新たな醸造法にも挑戦していきたいと考えている。「将来的には僕や、妻の独自レーベルができたらと考えています」と、未来への展望を語る古川さん。地元・福山のテロワールを表現するだけでなく、ぶどう作りとワイン造りの世界を大きく自由にとらえ、唯一無二の味を提案していく福山わいん工房の未来は明るい。

▶ワインショップも新たにオープン

2021年1月、福山わいん工房はワインショップ「CHOISIR(ショワジール)」をオープンした。福山わいん工房初の直営店で、福山わいん工房のワインだけでなく、古川さんおすすめの国内外のワインを取り扱っている。

地元の飲食店へのアプローチも見据え、ワインをもっと広めるためにも直営のワインショップが一役買うことを念頭に置いている。古川さん自らが壁を塗ったかわいらしい外観で、若い世代が利用しやすい雰囲気だ。

「これからは20〜30代の方にも、もっとワインに親しんでもらいたいと思っています。また、地元の飲食店でワインをたくさん扱っているところがあまりないので、酒屋さんに代わって自分たちで飲食店にワインをアプローチしていく場にもしたいですね」。

シェフでもある古川さんによるワインの提案は、非常に説得力があるはずだ。福山わいん工房オンラインショップの各ワインへのマリアージュの提案は、具体性とセンスに富んでいる。想像力と食欲がかきたてられ、自然とワインの味を知りたくなるのだ。古川さんセレクトのワインが見つかるワインショップは、ワイン好きにとっては注目のスポットといえるだろう。福山を訪問する際には、ぜひ足を運んでみるのがおすすめだ。

『まとめ』

福山発で日本初のスパークリングワイン専門のワイナリー、福山わいん工房。スパークリングワインの本場、シャンパーニュ地方での経験に基づいた確かな目と、料理人ならではの研ぎ澄まされた感覚で作り出されるワインの味は、日本を代表するスパークリングワインひとつに数えられるだろう。

オープンからまだ5年というフレッシュさもあり、これからがますます楽しみなワイナリーだ。

基本情報

名称福山ワイン工房
所在地〒720-0812
広島県福山市霞町1-7-6
アクセスJR福山駅南口から徒歩約10分
HPhttp://www.enivrant.co.jp/vindefukuyama/

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