山梨県の甲府盆地で、世界に挑戦すべく国際品種の栽培に力を入れるワイナリーがある。1962年創業の「奥野田ワイナリー」。家族経営で規模こそ小さいが、技術力とワイン造りへの情熱は大きなワイナリーだ。
奥野田ワイナリーでは、ぶどうの特性や産地の気候を考えた栽培手法で高品質なぶどうを作っている。作業のしにくい急斜面の畑では、無肥料不耕起で自然の力を利用したぶどう栽培がおこなわれる。奥野田ワイナリーのぶどうはたくましく育ち、健全で美味しいワインになるのだ。
今回紹介するのは、奥野田ワイナリーの2021年ヴィンテージについて。代表の中村雅量さんと、奥様の亜貴子さんにお話を伺った。新しく始めた取り組みや2021年ヴィンテージならではの特徴について、紹介していこう。
『2021年の栽培と醸造 進化の1年』
まずは、2021年のぶどう栽培とワイン醸造についてみていこう。
奥野田ワイナリー最新ヴィンテージのキーワードは、「安定品質」。気象条件はまずまずだったが、質のよいぶどうが収穫でき、満足のいく品質のワインに仕上がった。
安定品質を支えたのは、ふたつの取組みだ。ひとつは新しい栽培プログラムが完成したことで、もうひとつは新型搾汁機の導入だ。それぞれ紹介していきたい。
▶︎数年越しの栽培プログラムが完成
2021年は、奥野田ワイナリーのぶどう栽培にとって重要な1年になった。数年前から着手していた、新しい栽培プログラムが完成したのだ。
奥野田ワイナリーの、新しい栽培プログラムについて解説しよう。具体的には、「ぶどうの剪定時期を遅らせる」というもの。従来は12月から2月、ぶどうの「休眠期」におこなっていた剪定を、3月に実施するように変更した。剪定時期をずらすと、その後の生育ステージの時期にもずれが生じる。近年の異常気象によるぶどうへの影響を減らすための栽培手法なのだ。
休眠期とは、寒さによってぶどうが生育を止める時期のこと。休眠期に剪定すると樹に負担がかからない。そのため、春が訪れるとすぐに芽吹きが始まる。
芽吹きが早いことは一見、ぶどうにとってよいことに思えるが、近年は温暖化によって芽吹きがどんどん早まる傾向が懸念されている。芽吹きが早いと、不安定な大気の影響を受け、遅霜や雹害などの被害に遭いやすくなるためだ。芽が被害を受けてしまうと、その後の生育すべてが駄目になる大損害が発生する。
ここで新しい栽培プログラムの特性が生きてくる。ぶどうの活動が始まる3月にあえて剪定することで、新芽の芽吹きを人為的に遅らせるのだ。芽吹きの時期を遅らせることで、甲府盆地で被害が増加している遅霜や雹害を避けつつ、新芽を育てることが可能になる。
3月の剪定はぶどうの樹に大きなショックを与える。そのため、新しい栽培プログラムでは夏の剪定である「摘芯」をおこなわないことで収穫時期を調整する。
剪定時期を遅らせる栽培方法は、フランス・ブルゴーニュの名門ドメーヌ「ルロワ」の栽培部長が確立した技術だ。日本ではまだ導入実績が少ないが、近年の異常気象の影響を抑えるための有効な手段として注目されている。
「産業革命以降、ぶどう栽培とワイン醸造は進化し続けています。巷では温暖化によってぶどう産地が北上するなどと言われることがありますが、ワイン造りはそんなに単純なものではないのです。ワイン造りの歴史は、これまでも進化の連続でした。気候変動があれば、それに合わせて技術をアップデートしていけばよいのです」。
数千年の歴史を持つワイン造りが現代まで受け継がれているのは、時代に合った栽培方法を実践してきた人の力あってこそ。人がつないできたワイン醸造の技術力を、甘くみてはいけない。造り手たちの絶え間ない努力と知恵こそが、健全なワイン造りを支えるのだ。
▶︎新しい搾汁機を導入
2021年の目玉となる、奥野田ワイナリーの新たな取り組みのふたつ目は、新しい搾汁機を導入したことだ。導入した機械は、なんと国内初の導入例となるイタリア製搾汁機。最大の特徴は、「プレス式」ではなく「バキューム式」だということ。なんと、果汁を搾るのではなく、ぶどうから果汁を吸い取るマシンなのだ。
「バキューム式の利点は、プレスよりも熱による影響が少ない点です。また酸化を抑える仕組みもあり、より繊細な仕上がりが期待できますよ」。
熱と酸化は、ぶどう果汁のアロマや風味にマイナスの影響を与える要因だ。バキューム式では、より熱が発生しにくいのがポイントなのだ。
数値で比較してみよう。古いモデルの「ピストン型プレス」は、およそ8kgの圧力が果汁にかかり、現在主流になっている「バルーン型プレス」だと圧力は2kg程度。対するバキュームタイプでは、かかる圧力はおよそ1kg強と、差は歴然だ。
そして酸化防止の仕組みも見逃せない。奥野田ワイナリーが導入した搾汁機は、果汁を吸い取ると同時に窒素を充填する機能がついている。窒素を充填することで酸素との接触をなくし、搾汁時の酸化を最小限に抑えるのだ。
「出来上がったワインは味わいが劇的に変わりました。搾汁機を新しくしたことと、栽培プログラムを変えたことが非常によい結果をもたらしています」。
数年がかりで準備してきた栽培と醸造の計画が成功したときの喜びは、想像以上のものだろう。2022年ヴィンテージ以降に本格化する、新たなワイン醸造から目が離せない。
▶︎新しい栽培醸造が生きたワイン「クレプスキュール」ライン
2021年から始まった、新しいぶどう栽培と醸造。「劇的な味わいの変化」とはいったいどんなものなのだろうか?具体的に紹介しよう。
「今までは日本ワインといえば、よくも悪くも『旨味があって香りが控えめ』と表現されてきましたよね。今回、奥野田ワイナリーが新たな栽培プログラムと搾汁機で造ったワインは、香りの表現が段違いです。新たな取り組みが成功したことが、はっきりと実感できました」。
「柑橘系」「フローラル系」の香りが全面に出るように変化した。どちらかというと、日本ワインよりも海外ワインの特徴に近いアロマだという。
新導入した搾汁機の効果が感じられるのは、2021年ヴィンテージの「クレプスキュール」シリーズのワインだ。クレプスキュールは、奥野田ワイナリーに前からあった「La Florette(ラ・フロレット)シリーズ」の延長ラインとして位置づけられた、新たなラインナップなのだ。
「リリース時から、満足の行く香りと味わいが楽しめるシリーズになっています。奥野田ワイナリーの自信作になりました」。
楽しんでほしい銘柄は「2021アネモネ カベルネ・ソーヴィニヨン」。開けたての香りを楽しむもよし、年数を重ねた味わいを満喫するもよし。無限の楽しみ方ができるワインになった。
『魅力あふれる新施設』
続いて紹介するのは、2022年7月末にリノベーションが完成したばかりのワイナリーサロンと、2021年に稼働がスタートした新醸造所について。
2021年は、新しい設備を整えるために奔走した1年になった奥野田ワイナリー。新醸造所の特徴や見どころ、完成に向けておこなってきた取り組みを紹介しよう。
「相当かっこいい設備ができるぞ、という感じです」と、嬉しそうに話してくれた中村さん。奥野田ワイナリーの新たな魅力を存分に感じていただきたい。
▶︎ワイナリーサロンの新設
一番の注目ポイントは、今まで使用していた旧醸造所のあった場所が「ワイナリーサロン」として、お客様をお迎えする場所にリノベーションされたことだ。
「旧醸造所は、私たちが奥野田ワイナリーをオープンしてから31年間、ずっと大切にワインを醸造してきた場所です。私たちがこちらにくる前は、近隣の農家の方たちが、栽培したぶどうを持ち寄りワインを造っていた、いわばご近所の大切な憩いの場。この歴史ある場所が今回新しく生まれ変わりました。お客様にゆっくりくつろいでいただける『ワイナリーサロン』に生まれ変わったことは、私たちにとっても、奥野田ワイナリーを大切にしてくださるお客様にとっても、感慨深いものなんです」。
中村さんの奥様、亜貴子さんは柔らかいトーンで語ってくれた。
旧醸造所が生まれ変わったワイナリーサロンは、内部設備は新型コロナウイルスによる新しい生活様式に配慮。カウンターの広さを十分に取り、お客様に対して一定の距離を確保した。また、カウンターの横幅を大きくすることで、お客様同士の間隔も十分に空けられるように設計されている。
ワイナリーサロン正面には大きなアーチ型の窓があり、新醸造所とぶどう畑、ぶどう畑前に広がるガーデンテラスなど、奥野田ワイナリーを一望することができる。
「コロナ禍の状況も考慮し、設計について綿密に検討しました。お客様がゆっくり外を眺めながら過ごしていただける場所をどうしてもつくりたくて。近い将来、おつまみとグラスワインを提供できるようにしたいですね。そしてゆくゆくは、お世話になっている近隣の飲食店の方に来ていただいて、ワインとのマリアージュが楽しめるイベントも開催できたらと考えています」。
中村さんご夫婦の、お客様へのおもてなしに関する思いは広がるばかりだ。
▶︎醸造設備もリニューアル ワインに新たな可能性
醸造設備を入れ替えるにあたり、建設予定地を購入したのは6年ほども前のこと。新しい醸造所では新搾汁機が導入されたほか、ボトリング設備も一新された。
「新しい醸造施設の建設は、もともと、ボトリング設備を入れ変えることが主な目的でした。気象の変動に対応するためです」。
変わりゆく気象に対応するためには、ボトリングの作業時期を冬に移動させる必要があった。理由は、次のふたつだ。
ひとつは、気温が低い時期に作業することで、ワインの微生物汚染や劣化が防げること。もうひとつは、新栽培プログラムの剪定時期にかぶることなく、ボトリング作業が完了できることだ。
奥野田ワイナリーの醸造環境は、大きく進化を遂げた。これからも、高品質で変わりゆく環境にも影響されないワイン造りを行うためだ。新しい醸造施設が持つ可能性について語ってくれた中村さんの瞳は、キラキラと輝いていた。
『奥野田ヴィンヤードクラブの今』
限られた人数で運営している奥野田ワイナリーを支えるのは、「奥野田ヴィンヤードクラブ」の存在だ。最新情報を紹介していこう。
▶︎現在は250名の大所帯に成長
「15年ほど前にスタートした奥野田ヴィンヤードクラブですが、最初はたった6人から始まりました。参加したお客様がお友達を呼んでくださり、口コミで評判が広まりながら、徐々に大きくなりました。現在のメンバーは250人ほどです」。
以前は毎年新規会員を募集していた奥野田ヴィンヤードクラブだが、現在では人数が大幅に増えたため入会を制限している。なんとメンバーの中には、10年間参加し続けている方々も。継続メンバーの支援で、奥野田ワイナリーはワイン造りが続けられているのだ。
「継続メンバーの方々には、しっかりとぶどうの管理をしていただいています。新入メンバーがいた場合も、継続メンバーの方が、新メンバーをしっかりと指導してくれます」。
近隣のワイナリーからは、奥野田ヴィンヤードクラブは「真面目な参加者ばかり」だと言われるのだという。本気でぶどう栽培をしたいと考える人が参加しているクラブなのだ。
▶︎継続メンバーへの感謝を表すワイン会
年に6〜7回集まってぶどうの栽培作業をおこなう奥野田ヴィンヤードクラブ。実はクラブの集まりには「継続メンバー限定」の会も存在する。
「継続メンバーの方には日頃の感謝を込めて、特別なワイン会に参加してもらっています」。
特別なワイン会とは、なんとも内容が気になる。どういった集まりなのかについて尋ねた。
「樽から汲み上げたワインを一緒に飲んだりするのですよ」と、中村さん。なんと、普段は味わえない「樽の違いによる飲み比べ」をおこなうのだそうだ。
「樽が違うと、ワインの味わいは大きく変わります。数種類の樽で熟成させたものをブレンドしてリリースするので、樽別のワインを飲めるのは、この会のときだけですね」。
奥野田ワイナリーでは、ワイン樽にもこだわりがある。原料となる木材が育つ「森」を指定して購入しているのだ。また樽の内側を焼く「トースト」も、さまざまな強さのものを使い分けている。
樽の違いを飲み比べられるとは、ワイン好きにはたまらない企画だ。ワイナリーを長年支えてきた人たちにこそふさわしい、特別な体験になることは間違いない。
『リノベーションした醸造所を有効活用 2022年の目標』
最後に、奥野田ワイナリーが掲げる2022年の目標を紹介したい。
2022年は、新醸造所が本格的に始動した最初の年だ。意気込みや構想中の企画について伺った。
▶︎新しい醸造所の運営
「時代に合わせ、お客様との距離感や接し方を見直しました。たくさんのお客様にワイナリーを訪れていただきたいですね。また、新たな施設で醸造するメリットを最大限に生かし、ワイナリーのよい部分をより伸ばしていく1年にしたいです」。
2022年における大きな目標は、新設備の有効活用だ。また、新型コロナウイルス流行の動向も読みにくい昨今。中村さんは、人とのつながり方について考え抜いた。
「今まではどちらかというと、お客様とは密にコミュニケーションをしてきました。しかし今後、より多くの人にワイナリーのよさを伝えるには、時代に合ったコミュニケーションのあり方が求められています」。
時代の流れをいち早くキャッチし、新たな醸造所では、新しい生活様式に最大限配慮したデザインが採用されている。新醸造所は、お客様とのコミュニケーションを楽しむためのツールでもある。お客様に満足してもらうものを提供すると同時に、ワイナリーのカラーやよさを正しく伝えられる環境が大切だ。
感染対策などに最大限配慮しつつ、奥野田ワイナリーならではの「人懐っこさ」を感じてもらえるような運営を目指す。
▶︎イベント開催・後継者育成 ワイナリーのこれからを考える
奥野田ワイナリーでは、集客イベントを開催する意気込みは十分だ。新型コロナウイルスによる情勢が落ち着き、無事に企画中のイベントが開催されることを祈るばかり。
新設備の運営に新しい企画、ワイン醸造と精力的に活動する中村さん。また、「後継者の育成」にも積極的だ。
「私もそろそろ60歳になります。後継者を育てることも考えなくてはいけません」。そのため、ワイナリーを盛り上げてくれる新たなスタッフの募集も開始した。
ぶどう栽培とワイン醸造、イベント開催、そして後継者の育成。ワイナリー経営をする上でやるべきことは多いが、中村さんは常に笑顔を絶やさない。中村さんがどこまでもポジティブなのは、ワイン醸造という営みを、心から愛しているからなのだろう。
『まとめ』
2021年に大きく栽培醸造環境が変化した奥野田ワイナリー。大きな変化は主に3つあった。
ひとつは新しい栽培プログラムの確立だ。剪定時期を遅くすることで新芽の時期をずらし、異常気象の影響を受けにくくした。そしてもうひとつは、新搾汁機を導入したこと。ぶどうに負担をかけない「バキューム式」の搾汁で、ワインの熱負担を極限まで低下させたのだ。栽培、醸造技術を磨いたかいがあり、新ヴィンテージのワインは「豊かなアロマ」が特徴的なものに仕上がった。
そして3つ目の変化は、ワイナリー設備が新しくなったこと。新しい生活様式に対応したテイスティングルームは必見だ。ぜひゆったりとした気持ちで、心ゆくまでテイスティングを楽しんでほしい。
奥野田ワイナリーの2021年は、大きな「進化」を感じる年になった。今後もより一層、高品質なワイン造りに磨きをかけるに違いない。新しい魅力たっぷりの奥野田ワイナリーを訪れる旅に、ぜひ出かけてみてはいかがだろうか。
基本情報
名称 | 奥野田ワイナリー |
所在地 | 〒404-0034 山梨県甲州市塩山牛奥2529-3 |
アクセス | ・電車でお越しの場合 中央本線『塩山駅』よりタクシーで5分/徒歩20分 ・お車でお越しの場合 中央自動車道『勝沼IC』より15分 |
HP | http://web.okunota.com/ |