「MOTHER VINES」(マザーバインズ)は、現代表 陳裕達さんと6人のワインづくりに係る専門家により2000年に創業された。「ワイナリーは心を豊かにし、人を幸せにする。また、地域を活性化し、社会に貢献する力がある」とそのポテンシャルに魅せられ、商社勤めで培った経験を糧に起業。
ワインの醸造設備や発酵資材、ワイン用ぶどうの苗木を提供。ワイナリー経営を目指す人に、コンセプトづくりから栽培・醸造・マーケティングを指導・支援し、日本ワインの生産を支えている。
『ワイン事業への熱い想いに、心が動く』
創業前、陳さんは東証一部に上場する商社に勤めていた。当時はバブル絶頂期。朝から晩までボロボロになって働いていたという。いかに稼ぐか。それが仕事の中心であり、価値になっていた。とにかく大きな仕事をすることが求められる時代だったのだ。
「入社後、酒類関係の醸造設備などの産業機械を扱う部署へと配属に。輸出や輸入に関わり、頻繁に海外に行きました。また、JICAの関係で東南アジアの僻地に行くなど、グローバルに働いていました。1990年ごろワインの担当になったときに、山梨県甲州市勝沼町の丸藤葡萄園酒工業株式会社(https://www.rubaiyat.jp/)のオーナーである大村さんの話を聞いたんです。大村さんはワインにかける想いや情熱、地域を愛する心など、目を輝かせながら話をしてくれました。同じように仕事に打ち込んでいても、ぼろ雑巾のように働く私と大村さんはこんなに違うのかと思ったのです」と陳さん。
大村さんのワイン事業にかける情熱に、カルチャーショックを受けたのだという。
『ワインは人を幸せに、地域を活性化する』
ワイン事業に関わる中で、農業の後継者問題や耕作放棄地、高付加価値化など、日本の農業が抱える諸問題が見えたそう。加えて、ワイン事業の高い可能性を感じたとも話す。
「ワインビジネスは農業であり、工業であり、商業でもあるなど、いろいろな要素が複合的に成立しているビジネスです。地域にワイナリーができると、農業だけではなく、そのエリアのレストランや食材、伝統工芸をつくる場所と結びつくことで新しい価値感が生まれる。それがとても魅力的だと思いましたね」。
営利事業だけでなく、文化的な事業も成立して、ワインのブランドができると語る。地域の代表的なブランドにつながり、ブランドを発信することで、地域のほかのブランドも一緒に発展できるという。
「ワイナリーはそういうポテンシャルを秘めていて、これは可能性のある事業だと思いました。心を豊かにしたり、人を幸せにしたりする。さらに地域を活性化したり、社会貢献の側面も持っている。地域の事業の持続性、サステナビリティや環境保護にもつながってくるんです」
地域にワイナリーが登場することで、時間とともに廃れていた地域の文化を再生する。そして、新たな価値が創造できる。心を豊かにできる仕事が、これから必要になってくると感じたのだという。
『世界のワインと肩を並べるため、ワイン造りの環境を整える』
MOTHER VINESは2000年に創業した。
「当時、日本のワイン造りの環境は、フランスなどのワイン先進国に比べて、非常に大きなギャップがありました。そのギャップをいかに埋めるか。それを我々が役割として担っていこうと起業しました」と語る。
「例えば、苗木のぶどう品種や接木用台木の種類が少ない。ワインを造るための発酵資材や酵母の選択肢も、非常に限られていました。日本でグローバルに肩を並べるようなワイン造りが実践できるように私がこれまでの経験を活かし、ワイン業界のインフラを整備していこうと思ったんです」
その考えが、現在の苗木づくりやワイン醸造の設備や発酵資材の提供につながっている。ワイン用に酵母をフランスのLAFFORT社から輸入するなど、日本のワインの作り手がさまざまなツールを選択肢に入れられるように、環境を整えているのだ。
『日本ワインを飲むという、新しい固有の価値を創る』
MOTHER VINESではワイン用ぶどうを栽培するための圃場作りから醸造、また、ワイナリーを造る計画、エンジニアリング、デザインから流通まで、一貫したコンサルティングを行っている。
「我々の会社には、それぞれの分野のプロがいます。プロの英知を集結し、日本ワインを飲むという新しい固有の価値をクリエイティブに創りたい。文化として根付かせていきたいと考えています」
MOTHER VINESが特に力を入れているのが、ローカルブランドづくりだ。地域やワイナリーの特徴を掘り下げて揺るぎないコンセプトをつくり、ワインのラベルデザインにまで落とし込む。
「ブランドを作るために、まずはデザイナーとコピーライターで現地調査に行きます。史実や歴史上の人物、民話や有名人、ワイナリーのオーナーの生い立ちなどを細かく調査します。その地域資源とワイナリーをどう融合するのかを考え、コンセプトを作ります。なぜワイナリーなのか、なぜワイナリーがあることが正解なのか。しっかりヒアリングをして紐解くことで、『だから私はワイナリーをやるんだ』ということに気づいてもらう。そうでなければならない理由がないと、長く存続するビジネスになり得ません」と陳さんは話す。
コンセプトが固まれば、誰をも説得ができるし、誰に話をしても共感を得られるのだという。「コンセプト作りは、『あなたのワイナリー事業は地域に根付いていますね。しっかりしたベースも理由もあるので応援します』ということにつながる。
作るのに時間はかかりますが、何十年も残ります。そのコンセプトをビジュアルに落としてラベルを作れば、一生使えるデザインになります」その地域に住む人が誇りを持てる商品を、ワイナリーを通して作っていきたいという。
『各分野のプロフェッショナルが集まる』
MOTHER VINESで働くメンバーは、ワイン造りに係る各分野のプロフェッショナルで構成されている。
「畑を担当する責任者は、アメリカ、カリフォルニア州のナパバレーやブラジルなどで経験を積んでおり、日本に帰ってきて我々と一緒にコンサルティングをしてくれています。長野県で活動している醸造家は、もともと北海道のワイナリーで10年間、醸造責任者としてワイン醸造をしていました。設備関係のエンジニアは、醸造や蒸留に携わってきた経験や海外経験も豊富です」。
また東京では、ワインの販促を手掛けるマザーバインズ&グローサリーズ株式会社という子会社を設立。MOTHER VINESでコンサルティングを手掛けたワイナリーの営業面を、ソムリエの社員がサポートしているという。
具体的には、日本ワインを応援する酒販店向けに毎年定期的に試飲会などを行っているそうだ。
コンサルティングでしっかりと骨格を作り、醸造の技術を伝え、そのワインをデザインして流通させるのだ。メンバーは、仕事関係で出会い声をかけた人もいるそう。日本ワインを応援したい人材が集まっているのだ。
『圃場計画や醸造所のレイアウトまで、幅広くコンサルティング』
日本では、毎年40件ほどの新しいワイナリーが誕生している。ぶどう畑を始める人、ワイナリーを始める人とさまざまだ。
MOTHER VINESには、畑を始める人から「圃場の作り方」「何を植えるか」などの相談があるという。栽培に適したぶどう品種や、圃場の事業計画を提案する。
ワイナリー計画者からは「圃場の事業計画をつくってほしい」「免許申請を手伝ってほしい」「ワイナリーや醸造所の設備やレイアウトをどうすべきか」などの相談を受ける。
ぶどうの品種や目指すワインスタイルにより、必要なタンクや原料処理の機械が異なる。だからこそ綿密に計画をつくらなければならないのだ。MOTHER VINESが引き受けるコンサルティングは多く、これまでたくさんの相談を受けてきたという。
『健全で高品質な苗木を、ワイン業界に供給』
MOTHER VINESは、ワイン造りのインフラ整備のひとつとして、苗木の生産と供給を行っている。優良クローンから選抜した苗木を海外から輸入して、生産や増殖を実施。海外の苗木メーカーと葡萄病理学の専門家に協力を求めた。健全で高品質な苗木をワイン業界に供給しているのだ。
現在栽培している苗木は、クローン苗を入れると50種類以上。何百種類の苗木やクローン苗を、お客様の要望に合わせて作らなければならず、管理がとても複雑で難しいという。人気があるのはシャルドネやピノ・ノワール、メルロー。最近はソーヴィニヨン・ブランやピノ・グリ、ゲヴェルツトラミネール、アルバリーニョが人気になってきているそうだ。
さらに、現在赤品種のマルベックとカベルネ・フランとピノタージュ、プティ・ヴェルドやガメ(ガメイ)に期待が持たれており、今後の供給に備えて育成している。
苗木は、台木と穂木を冬に剪定し、接ぎ木をして温床にかけ、地におろして育てる。1年半ほどかかるため、1年半前に翌年の苗木の品種を予測しなければならない難しさもある。時間がかかりすぎるため、希望の苗木を決められていないワイナリーも多い。
日本にはワイン用ぶどうの品種に特化した苗木会社がなかったため、MOTHER VINESが始めたという。現在は年間3万本ほど出荷しているものの、要望に対してまだまだ足りていないのが課題だ。
また、海外の苗木会社のように「この土壌や気候条件であればこの品種がいい」というアドバイスをしていきたいなど、改善したいポイントも多いという。
『設備はもちろん、醸造技術の最新情報も発信』
ワインの醸造設備は、原料処理から醸造設備、充填包装設備などを揃えている。加えてウイスキーやジンなど、スピリッツ系の蒸留器なども取り扱っている。
「ワインの醸造設備はイタリアがメイン。発酵資材は世界トップクラスの発酵資材メーカーであるフランスのLAFFORT社から仕入れています。LAFFORT社からはボルドー地方の研究機関でアップデートされた醸造技術の最新情報がもらえるんです。そこで得た最新情報の提供はセミナー等を通じて行っています」
ワイン醸造シーズン前に「こういうスタイルならこのような資材がいい」や「こういう造り方があります」など、プロの方向けや、これから始める方向けなど、テーマを変えながら新しい情報を発信している。
『長野県の醸造所は、ワイン醸造の学びの場』
2018年には、長野県の産地形成を支援するという意味も込めて、ワインの醸造所を設立。これからワイナリーを造る人を受け入れ、委託醸造を通じて技術習得してもらうのが目的だ。
LAFFORT社の発酵資材を使ってさまざまな実験を行い、こんなワインができるというのを実証する場でもある。
「長野県の醸造所では、現場に入って醸造技術を習得してもらうためのカリキュラムを組んでいます。醸造技術を実践したり、いろいろな発酵資材を試してどんなワインができるかを知ってもらう。委託醸造を通じて、基本技術を習得してからワイナリーを造ってほしいんです。子会社のマザーバインズ&グローサリーズ株式会社で、セールスチャネルも一緒に考えていきます。ワイナリーをオープンするときには、ある程度のセールスチャネルを持っている状況を整えたいと思っています」
さらに、情報交換ができるコミュニティーを形成するという狙いもあるそうだ。
長野県の醸造所に持ち込んで醸造しているワイナリーは、現在12組。参加者はこれからワイナリーを造る人たちで、基本的には長野県在住者が多い。しかし、日本には他にワイン醸造を勉強する場所が非常に少ないため、秋田県や山形県、岩手県、茨木県から学びに来る人もいる。
ワインを醸造するためには、ポンプを回したり、除梗破砕機を使う。タンクやサニテーションなどの醸造機械の扱いも覚える必要がある。現場に入って実習できる環境が必要なのだ。
『気候や風土を反映した、自分のワイン造りを目指す』
MOTHER VINESの醸造所では、ワイン造りの本質を伝えている。
「みなさん志が高く、グラン・クリュやブルゴーニュのようなワインが造りたいという熱い想いで来てくれています。しかしながら実践を続けていくとわかってくるんですよ。『その地域の気候風土を反映した、自分のワインを造らなければならない』ということが。醸造所は、自分のワインのスタイルを見極める場でもあるんです。12組が集まって、いろんなディスカッションができますし、ワイン造りも12通り以上の造り方を勉強できる。そのメリットはとても大きいと思います」
12組が丹精込めて造ったワインは、みんなでブラインド・テイスティングを行い、点数をつけ合うという。種明かしをする前に、何番のワインはこれがいい、これが悪いとディベートする。複数名の意見を同時に聞くことができるのは得難い機会になる。また、卒業生には手厚いフォローを行う予定だという。
ワイン造りを志す人の年代や職業はさまざまだ。会社を早期退職した人、医師、酒販店、建築会社等異業種参入もいる。中には、ブランド価値を高めるために自社のワイナリーを持ちたいという企業も。心を豊かに過ごしたいという人が多い印象だという。
『次の使命は、日本ワインの市場を広げること』
日本のワイン業界を支援し、日本ワインの新しい固有の価値観をつくっていく。それがMOTHER VINESの理念でありコンセプトだ。
今後の展望を伺うと、「創業してから、さまざまなインフラを整えてきました。ワイナリーも増え、環境は整ってきたと思っています。次に我々がやらなければならないのはマーケット作り。EPAやTPP※で自由化されて海外のワインがどんどん入ってくる中で、いかに安定した市場を作り、日本のワインが存続していくか。今後ワイン造りに関する法規制も国際法に準拠する形が進めば、さらに環境は整いワインメーカーの方々が、日本ワインの品質をさらに上げていく。一方で、我々はマーケットをどう広げていくかを考えています」と話してくれた。
さまざまなアイデアを考えているものの、まだまだこれから。一例として、ワインの造り手と飲食店やソムリエを、より結びつけるための方策を検討しているという。
※EPA…経済連携協定(EPA:Economic Partnership Agreement)
※TPP…環太平洋パートナーシップ(TPP)協定
『まとめ』
バブル時代に商社マンとして培った経験や鋭い洞察力を、日本のワインを飲むという新しい価値観を創造するために捧げてきた陳さん。地域の活性化にもつながり、心を豊かに、人を幸せにするワイナリーを日本全国に広げたい。そのために、一歩ずつ着実に歩みを進めてきた。
日本で健全かつ高品質な苗木や品種にあった醸造設備を提供する。造りたいワインを生み出すための発酵資材など、選択肢はMOTHER VINESの創業以前に比べて確実に増えているのだ。
現在の日本ワインの人気と、高評価を生んだ要因のひとつに、MOTHER VINESの理念とコンセプトが関係しているのは間違いない。日本ワインはまだまだこれから。そう感じさせてくれる、MOTHER VINESの熱い想いに、日本ワインの明るい未来が期待できる。
*今回は日本ワイナリーを応援する熱い志を持つ素敵な企業のインタビュー記事を掲載させていただきました。我々も少しでも日本ワイナリーを応援できるように微力ながら頑張りたいと思っております。
基本情報
名称 | マザーバインズ長野醸造所 |
所在地 | 〒382-0800 長野県上高井郡高山村久保1826−1 |
アクセス | https://goo.gl/maps/PhXugLs55iBenV6CA |
HP | http://mothervines.com/index.html |