創業110年を超える歴史ある岩手のワイナリー「神田葡萄園」。リアス式海岸で有名な、岩手県陸前高田市に位置する。
神田葡萄園は1905年(明治38年)に初めてのワイン造りをおこなったが、1953年(昭和28年)には一度ワイン事業から撤退。2015年にはワイン醸造を再開し、現在にいたるまで、適したぶどう品種の選定を進めながら「海に近い気候」を生かしたワイン造りをおこなっている。
海から近いことは、ぶどう栽培において難しい面も多いが、海沿いで育ったぶどうには個性が生まれ、神田葡萄園ならではのワインを生み出す。
三陸の海の恵みをたっぷりと受けた神田葡萄園のワインは、「リアスワイン」として販売される。地元三陸の海産物とのペアリングを目指して造られており、ミネラルとほんのりと感じられる塩味が魅力だ。特に、フラッグシップワインである「アルバリーニョ」からは、神田葡萄園の目指すべき姿が最も強く感じ取れることだろう。
今回は、「2021年の神田葡萄園の歩み」にスポットを当てて紹介していきたい。最新ヴィンテージの栽培と醸造、そのほかの取り組みとは。神田葡萄園6代目の代表である 熊谷晃弘さんから、たくさんのお話を伺うことができた。
『圃場を拡張に向けて動いた2021年 品質も高水準をキープ』
最初に紹介するのは、神田葡萄園の2021年シーズンのぶどう栽培について。ヴィンテージの特徴や、シーズン中に取り組んだことについて伺った。
▶︎2021年ぶどう栽培の総括 天候はまずまずだが、獣害に苦労
まずは、天候とぶどう栽培への影響についてみていきたい。
2021年の岩手県陸前高田市は、比較的安定した天候だった。春は天候不良による病害が一部発生したものの、以降は持ち直した。梅雨も長引くことなく、台風の到来も少なかった。ぶどう栽培にとって大敵となる「多雨」に悩まされることが少ない年だったのだ。
例外的に、試験栽培していたソーヴィニヨン・ブランには、べと病の発生があった。病気発生の原因は、防除のタイミングがあわなかったことだ。
20a程度の小規模試験栽培だったため、生産に大きな影響はなく、ソーヴィニヨン・ブラン栽培における、ひとつの経験になった。ぶどう品種によって対応方法やタイミングを変えなくてはいけないという、ぶどう栽培の難しさが感じられる。
「軽微な被害はあったものの、天候に関しては決して悪くない年でした。一方で、年々深刻になっている「獣害」の問題がありました。ここ数年ほどで、獣害の件数は大きく増加しています。2021年も、ぶどうが被害を受けてしまったのです」。
近年獣害が増加しているのには、理由がある。高齢化等の問題で管理されない山林や土地が増えたことで、野生動物の食料が減っているのだ。野生動物たちは食べものを求めて山を下り、人里にやってくる。結果的に畑の作物を荒らし、農家に害をなす存在になってしまうのだ。
獣害対策のため、神田葡萄園では電気柵や箱罠を設置。場所によっては、フェンスを張ることで動物の侵入を防いでいる。今後も、獣害に対して何らかの対策が求められるだろう。
自然のなかでぶどうを栽培しながら収量をキープし、ワインの生産量を維持することは、一筋縄ではいかない。
なお、神田葡萄園の2021年における全体の収量は、計画的な減収となった。新型コロナウイルス流行を考慮し、あえて仕込量を減らしたからだ。ぶどう自体の品質は良好で、糖度の高い高品質なぶどうが収穫できた年だった。
▶︎新しいぶどう栽培の取り組みを開始
2021年、神田葡萄園では、新しいぶどう栽培の取り組みをスタートさせた。収量を制限した代わりに、品種の更新や改植作業を進めたのだ。
自社原料比率を上げるため、圃場の拡張に向けた準備もスタート。2022年春には、拡張圃場にぶどう苗を植え付けた。
新しく植え付けるのは、赤ワイン用ぶどう品種の「ガメイ」。ライトなフルーティーさで、赤いベリーを思わせる香りが魅力の品種。植樹面積は10aほどの限定的な範囲なので、現状は試験栽培という位置付けだ。
「ガメイは、これまでにも数本の試験栽培をしてきた経験があり、感触がよかった品種でした。また自分が好きな品種であることと、三陸の食にあう可能性がある赤ワインとしてのポテンシャルを感じたので、植栽を決めました」。
海産物が豊富な岩手の食にあうことが期待される、ガメイの赤ワイン。ペアリングが体験できる日が楽しみだ。
また拡張圃場には、既存の畑で栽培していた品種も植える予定だ。具体的な品種は、白ぶどうの「アルバリーニョ」と「リースリング・リオン」。赤ぶどうは「アルモノワール」を選んだ。
自社圃場で栽培するぶどうは、造り手の個性がワインに色濃く反映される。神田葡萄園での新たな品種の栽培は、まだはじまったばかり。数年後に迎える本格的な収穫とワイン醸造に期待したい。
『アルバリーニョの酸やペティアンに注目 2021年の醸造』
続いては、神田葡萄園の2021年のワイン醸造について紹介していきたい。
注力したラインナップは?また、2021年ヴィンテージならではの特徴とは?「次のヴィンテージにつながる醸造ができた」という、2021年のワイン造りについてみていこう。
▶︎2021年は「ペティアン」が目玉
2021年ならではのワイン造りの取り組みとして最初に紹介したいのは、「ペティアン」について。神田葡萄園では、2020年に続き、2021年もペティアンの商品化に注力した。
ペティアンとは、発酵途中に瓶詰めする手法の微発泡ワイン。発酵とは、酵母が糖分を消費してアルコールと二酸化炭素を生み出す工程だ。発酵途中に瓶詰めして密閉することで、発生した二酸化炭素が液体に溶け込み炭酸になる。
そのため、ペティアンの炭酸は、柔らかく溶け込むような質感が特徴だ。炭酸は強すぎず、柔らかく舌にふんわりと馴染む心地よいものになる。
神田葡萄園が2020年に醸造したペティアンは、「海のペティアン」というシリーズだ。生産したのはふたつの銘柄。
ひとつは、「海のペティアン2020ブラン」。白ぶどうのセイベル9110を66%、ケルナーを33%混醸したものだ。
もうひとつは、「海のペティアン2020ロゼ」。マスカットベーリーA100%で造った、やさしいピンク色のペティアンだ。早熟のマスカットベーリーAを原料にして、軽やかさを表現した。
いずれも、旨味や心地よい苦味、ミネラル感が調和した深みと清涼感ある飲み心地が特徴。地元の魚介類とのペアリングは、文句のつけようがない。
「2020年にペティアンを醸造した理由は、ワインのバリエーションを増やすためでした。結果、チャレンジは大成功をおさめました。『試験的な醸造』という扱いだったにも関わらず、飲食店を中心とした卸先に大変好評をいただいたのです」。
続く2021年は、「海のペティアン」をロゼに1本化し、大幅に増産。2022年初夏にリリース予定だ。
2021年のペティアンロゼは、複数のぶどう品種をブレンドして醸造した。コンセプトは「海の三陸を楽しむワイン」。地元魚介料理に合わせるロゼスパーリングとして、新たな定番になること間違いなしの銘柄だ。
また、「海のペティアン ポムレザン2021」も、2022年5月にリリースされた。岩手県産リンゴとナイヤガラのブレンドで、果実感と豊かな香りが調和した飲みごたえあるスパークリングに仕上がっている。暑くなる季節にぴったりの爽やかな味わいだ。よく冷やしてクリーミーな泡を楽しみたい。
▶︎2021年ヴィンテージの特徴 「きれいなワイン」に仕上がった
2021年ヴィンテージならではのワインの特徴は、酸と余韻。酸がのびやかで余韻が長く、「きれいさ」を感じるワインに仕上がった。
「きれいなワインに仕上がった理由は、良質なぶどうが栽培できたことです。買いぶどうの品質もおおむね良好だったため、ぶどうのポテンシャルをワインにしっかりと落とし込むことができました。栽培、醸造ともに順調で、全体的に満足のいくものになりましたね」。
よいものができた実感がある一方で、ワンランク上を目指すための課題もみつかった。来年に向けた目標や課題は、すでに定まっている。具体的には、ぶどうの栽培管理や品種ごとの醸造方法の工夫に関する部分だ。
熊谷さんは、課題が明確になったことが、2021年の「大きな収穫」だと話す。よりよいものを追求し、次シーズンへの活力となったためだ。進化を続ける神田葡萄園のワイン造りに、より一層の期待がかかる。
▶︎2021年のおすすめ銘柄紹介 アルバリーニョ
2021年に醸造したワインのなかで、特に注目すべき銘柄や品種は、「アルバリーニョ」の白ワインだ。神田葡萄園の2021年のアルバリーニョは、ミネラル感や酸と余韻が魅力の逸品。
ポルトガルやスペインといった海沿いの地域が原産のアルバリーニョは、「海のワイン」と呼ばれるぶどう品種。海鮮料理との組み合わせが絶妙な、バランスのよいワインが生まれる。
「2021年のアルバリーニョは、香りが例年に比べてやや控えめです。ほんのりと感じられる塩味は、まさしく『海』の味ですね。生魚に焼き魚など、幅広い魚介料理とあわせていただけます。リリースは、2022年初秋を予定していますので、楽しみにお待ちください」。
『挑戦を続けた2021年 新しい時代を見据えた取り組みに注力』
最後に伺ったのは、2021年にはじめた、新しい取り組みについて。神田葡萄園がチャレンジした取り組みに注目していきたい。
▶︎アフターコロナを見据えたワイナリー運営へ
神田葡萄園では2021年、Instagramの運用開始や、ぶどうやリンゴの絞り滓を活用した新商品ブランド「POMACE(ポマース)」の展開を進めてきた。
「2021年は、アフターコロナ、ウィズコロナを見据えて、先手を打って行動した年です。おかげさまで、新しい商品も定着しつつありますね。リニューアルしたラインナップも、好評いただいています」。
神田葡萄園の新ブランド「POMACE(ポマース)」は、食を超え、「生活」そのものを豊かにするために開発された商品ラインナップだ。ワイナリーとして「飲料」を中心に生産してきた神田葡萄園において、革新的なアイテム展開だといえる。
第1弾として発表されたのは、ぶどうやリンゴの絞り滓で作った「アロマミスト」。本来捨ててしまうはずの絞り滓を再利用できないか、というアイデアから「アロマミスト」が考案された。
「コロナ流行をきっかけに、生活を豊かにできるアイテムを提案できないかと考えた結果、生まれたアイテムです。『「捨てる」を「香る」へ』という商品コンセプトで、タイミングよくご縁ができた提携先と共同開発に至りました」。
香りの展開は2種類、「白砂」と「青松」。ネーミングの由来は、東日本大震災の津波でも流されなかった「奇跡の一本松」がある、地元岩手の高田松原という海岸だ。以前、高田松原海岸が「白砂青松」という言葉で例えられていたことから着想を得て、香りのモチーフに採用した。
醸造の副産物である絞り滓以外にも、各種ボタニカルエキスを配合。名前のとおり「白浜」は海の香りを、「青松」は松林の香りをイメージして作られている。
▶︎イベントを大切にした2021年
2021年は、オンラインワイン会や各種イベントなどの開催や参加も積極的におこなった神田葡萄園。感染予防対策を徹底して安全を確保しつつ、イベントを大切にした1年になった。
2021年10月に開催された「IWATE FOOD&CRAFT AWARD 2021」では、「KANDA CRAFT JUICE ナイヤガラ」がフード部門で準グランプリを受賞。「KANDA CRAFT JUICE ナイヤガラ」は、もともとワイナリーのラインナップにあった100%ぶどうジュースをリニューアルしたものだ。ターゲットを明確に定め、デザインも大幅に刷新。アルコールが避けられがちなコロナ下でも楽しめる飲料として開発された。
「コンセプトは、『ノンアルコール派のための食中ジュース』です。ジュースと聞くと甘さが連想されるかもしれませんが、『KANDA CRAFT JUICE ナイヤガラ』は味わいのバランスを重視しています。食事の最中でも飲み疲れしない、スッキリ感と味のバランスが取れたジュースに仕上がっていますよ」。
「KANDA CRAFT JUICE ナイヤガラ」は、ワイナリーならではの強みが遺憾なく発揮されている、大人のためのジュースだ。酒類提供禁止の時期には、レストランを始めとした飲食店からも多くの需要があった。
神田葡萄園では、2022年においても、引き続きイベントやワイン会を開催する予定だ。直近に開催したワイン会でも、15名程度の参加客が楽しい時間を過ごした。ワイナリーのFacebook公式ページには、開催の告知や様子が報告されている。ぜひチェックしてみてほしい。
『まとめ』
神田葡萄園は2021年も、地元岩手のぶどうや自社畑のぶどうを使用した、品質の高いワインを醸造した。2021年のヴィンテージは「きれいな酸と余韻」が特徴。比較的安定した天候のなか、高品質なぶどう栽培をおこなうことができた。
特に注目したいワインは、アルバリーニョの白ワインと、発泡ワインの「海のペティアン」。「海のペティアン ロゼ」は、魚介類との組み合わせを楽しんでほしい。ワイナリーに出向き、地元食材の料理とともに味わえば、最高の体験ができるだろう。
神田葡萄園では、2022年も新たな取組が次々と進行している。
「ワイン」の枠にとらわれず、農作物で人々の生活を豊かにする神田葡萄園。魅力的なアイテムを手にすることで、神田葡萄園の活動を引き続き応援していきたい。
基本情報
名称 | 神田葡萄園 |
所在地 | 〒029-2206 岩手県陸前高田市米崎町字神田33 |
アクセス | <新幹線・JRでお越しの場合> 最寄り新幹線駅:一ノ関 最寄りJR駅:大船渡線BRT陸前高田駅 一ノ関駅から車で約80分 陸前高田駅から約5分 <車でお越しの場合> ナビで「神田葡萄園」と検索 |
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